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<font size="+1">近藤 有希子、[http://researchmap.jp/naomichimatsumoto 松本 直通]</font><br> | |||
''横浜市立大学 大学院医学研究科''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年5月8日 原稿完成日:2012年5月23日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | |||
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英語名: Human genes in relation to Intellectual Disability | 英語名: Human genes in relation to Intellectual Disability | ||
英語略名: ID genes | 英語略名: ID genes | ||
[[知的障害]](Intellectual Disability、以下IDと称す)は全人口のうち約2-3%に認めるといわれ、特徴的な身体所見や検査所見を伴う症候性IDと、ID以外に付随症状を伴わない非症候性IDに分類される。IDのうち約50-60%で遺伝的原因が解明されており、それらは[[wikipedia:ja:染色体異常|染色体異常]]、[[wikipedia:ja:ゲノム構造異常|ゲノム構造異常]]、単一遺伝子異常など多岐にわたる。[[マイクロアレイ]]や[[wikipedia:DNA_sequencing#High-throughput_sequencing|次世代シーケンサー]]など[[wikipedia:ja:分子遺伝学|分子遺伝学]]検査の急速な進歩・普及により、現在ID関連遺伝子は約450遺伝子以上も報告され、そのうち症候性IDの原因として約400遺伝子、非症候性IDの原因として約50遺伝子が認知されている。また[[wikipedia:ja:X連鎖性遺伝子|X連鎖性遺伝子]]は約22%(約100遺伝子)で、男性にIDの頻度が高い要因となっている。非症候性IDに対する[[wikipedia:Exome sequencing|エクソーム解析]]によって、[[wikipedia:ja:常染色体|常染色体]]上の関連遺伝子の同定が相次いでいる。高速かつ網羅的な解析が可能となることで、疾患の重症度に複数の遺伝子異常の関与も示唆され始めている。ID関連遺伝子の多くは、[[シナプス形成]] | {{box|text= | ||
[[知的障害]](Intellectual Disability、以下IDと称す)は全人口のうち約2-3%に認めるといわれ、特徴的な身体所見や検査所見を伴う症候性IDと、ID以外に付随症状を伴わない非症候性IDに分類される。IDのうち約50-60%で遺伝的原因が解明されており、それらは[[wikipedia:ja:染色体異常|染色体異常]]、[[wikipedia:ja:ゲノム構造異常|ゲノム構造異常]]、単一遺伝子異常など多岐にわたる。[[マイクロアレイ]]や[[wikipedia:DNA_sequencing#High-throughput_sequencing|次世代シーケンサー]]など[[wikipedia:ja:分子遺伝学|分子遺伝学]]検査の急速な進歩・普及により、現在ID関連遺伝子は約450遺伝子以上も報告され、そのうち症候性IDの原因として約400遺伝子、非症候性IDの原因として約50遺伝子が認知されている。また[[wikipedia:ja:X連鎖性遺伝子|X連鎖性遺伝子]]は約22%(約100遺伝子)で、男性にIDの頻度が高い要因となっている。非症候性IDに対する[[wikipedia:Exome sequencing|エクソーム解析]]によって、[[wikipedia:ja:常染色体|常染色体]]上の関連遺伝子の同定が相次いでいる。高速かつ網羅的な解析が可能となることで、疾患の重症度に複数の遺伝子異常の関与も示唆され始めている。ID関連遺伝子の多くは、[[シナプス形成]]・機能に関連するタンパク質をコードし、さらに多くの関連遺伝子の同定が進むことで、ID発症メカニズムの詳細が明らかになると期待される。 | |||
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==概略== | ==概略== | ||
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[[Image:図3. シナプス前終末におけるID関連分子群.png|thumb|300px|'''図3. [[シナプス前終末]]におけるID関連分子群'''<br />[[シナプス小胞]]形成から[[神経伝達物質]]の放出までの代表的な経路を示す。ID関連遺伝子がコードする分子は紫色で提示されている。(H. van Bokhoven, 2011より改変引用)<br />]] | [[Image:図3. シナプス前終末におけるID関連分子群.png|thumb|300px|'''図3. [[シナプス前終末]]におけるID関連分子群'''<br />[[シナプス小胞]]形成から[[神経伝達物質]]の放出までの代表的な経路を示す。ID関連遺伝子がコードする分子は紫色で提示されている。(H. van Bokhoven, 2011より改変引用)<br />]] | ||
[[Image:図4. シナプス後部におけるID関連分子群.png|thumb|300px|'''図4.[[シナプス後部]]におけるID関連分子群'''<br />[[シナプス後肥厚形成]]、[[細胞骨格]]再構成、[[シグナル]]伝達、[[ | [[Image:図4. シナプス後部におけるID関連分子群.png|thumb|300px|'''図4.[[シナプス後部]]におけるID関連分子群'''<br />[[シナプス後肥厚形成]]、[[細胞骨格]]再構成、[[シグナル]]伝達、[[エピジェネティクス]]な[[転写制御]]に関わる代表的な経路を示す。図3と同様ID関連遺伝子がコードする分子は紫色で提示されている。(H. van Bokhoven , 2011より改変引用)]] | ||
[[wikipedia:American Psychiatric Association|アメリカ精神医学会]]の定めている「精神疾患の診断・統計マニュアル[[DSM-IV-TR]]」の定義によると、IDは | [[wikipedia:American Psychiatric Association|アメリカ精神医学会]]の定めている「精神疾患の診断・統計マニュアル[[DSM-IV-TR]]」の定義によると、IDは | ||
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Najmabadiら(2011年)は、[[wikipedia:ja:常染色体劣性遺伝|常染色体劣性遺伝]]形式を示す非症候性IDの136[[wikipedia:ja:血族婚|血族婚]]家系に対し、次世代シーケンサーを用いたエクソーム解析を行い、新規原因遺伝子として50遺伝子を同定したと報告している<ref name=ref8 />。Awadallaら(2010年)やVissersら(2010年)は、家族歴のない非症候性ID例([[自閉症]]や[[統合失調症]]を含む)において、エクソーム解析により常染色体上の遺伝子に多数の[[新生突然変異]](de novo mutation)を報告しており、今後さらに常染色体上のID関連遺伝子の同定が進むと考えられる<ref name=ref5 /><ref name=ref6 />。 | Najmabadiら(2011年)は、[[wikipedia:ja:常染色体劣性遺伝|常染色体劣性遺伝]]形式を示す非症候性IDの136[[wikipedia:ja:血族婚|血族婚]]家系に対し、次世代シーケンサーを用いたエクソーム解析を行い、新規原因遺伝子として50遺伝子を同定したと報告している<ref name=ref8 />。Awadallaら(2010年)やVissersら(2010年)は、家族歴のない非症候性ID例([[自閉症]]や[[統合失調症]]を含む)において、エクソーム解析により常染色体上の遺伝子に多数の[[新生突然変異]](de novo mutation)を報告しており、今後さらに常染色体上のID関連遺伝子の同定が進むと考えられる<ref name=ref5 /><ref name=ref6 />。 | ||
ID関連遺伝子は、コードするタンパク質の機能別に、 | |||
#シナプス形成に関与するもの | #シナプス形成に関与するもの | ||
#細胞骨格に関与するもの | #細胞骨格に関与するもの | ||
#シグナル伝達系群に関与するもの | #シグナル伝達系群に関与するもの | ||
# | #遺伝子転写制御やエピジェネティクス機構に関与するもの | ||
#代謝系に関与するもの | #代謝系に関与するもの | ||
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==IDの分子遺伝学的診断フローチャート== | ==IDの分子遺伝学的診断フローチャート== | ||
[[Image:図5. IDの分子遺伝学的検査のフローチャート.png|thumb|300px|図'''5. IDの分子遺伝学的検査のフローチャート''']] | [[Image:図5. IDの分子遺伝学的検査のフローチャート.png|thumb|300px|図'''5. IDの分子遺伝学的検査のフローチャート''']] | ||
2011年2月に日本医学会より作成された「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」によると、遺伝学的検査はその分析的妥当性、臨床的妥当性、臨床的有用性などを確認した上で、臨床的および遺伝医学的に有用と考えられる場合に実施するとされている。IDの診断は症候性、非症候性ともに、遺伝学的検査の結果のみにより行われるのではなく、臨床医学的な情報を含め、総合的に行われるべきであるが、遺伝学的検査を行うことで、診断の確定に有用なだけではなく、遺伝型と表現型の関係に関する情報から臨床経過の見通しや適切な予防法や治療法の選択、血縁者、次世代へ関わる情報提供が可能となる。また個々の症例の遺伝的背景が明らかになり、これが蓄積されることで、疾患全体の病態解明が進み、今後の新規治療法開発研究等にもつながることが期待される。遺伝学的検査は遺伝情報の取扱いと、被検者とその血縁者の最善の利益が十分考慮された上で実施されるべきであることは言うまでもない。 | |||
[[wikipedia:American Academy of Neurology|アメリカ神経学会]](ANN)からの[[全般性発達障害]](global developmental delay)/知的障害(Intellectual Disability)の評価を行うガイドライン(2003年)では、少なくとも三世代にわたる家系図、出生前後の病歴、特徴的な身体所見、画像所見、核型検査などの遺伝学的検査、代謝系の検査、行動などについての評価を段階的に行うことが勧められている<ref name=ref10><pubmed>21956720</pubmed></ref>。そのなかで遺伝学的検査は3.5~10%に診断的意義を認め、形態異常が認められない症例でも行うべきであるとしている<ref><pubmed>12578916</pubmed></ref>。 | [[wikipedia:American Academy of Neurology|アメリカ神経学会]](ANN)からの[[全般性発達障害]](global developmental delay)/知的障害(Intellectual Disability)の評価を行うガイドライン(2003年)では、少なくとも三世代にわたる家系図、出生前後の病歴、特徴的な身体所見、画像所見、核型検査などの遺伝学的検査、代謝系の検査、行動などについての評価を段階的に行うことが勧められている<ref name=ref10><pubmed>21956720</pubmed></ref>。そのなかで遺伝学的検査は3.5~10%に診断的意義を認め、形態異常が認められない症例でも行うべきであるとしている<ref><pubmed>12578916</pubmed></ref>。 | ||
遺伝学的検査は段階的に行うことが推奨される(既知の原因探索を除く)。まず染色体異常の検出方法として、[[wikipedia:ja:Gバンド分染法|Gバンド分染法]]による核型検査、FISH法が挙げられ、これらの検査では約数Mb~数十Kbレベルの構造異常が検出可能である。より微細なゲノム構造異常、CNVの検出方法として、マイクロアレイ解析、MLPA法、[[wikipedia:ja:定量PCR法|定量PCR法]] | 遺伝学的検査は段階的に行うことが推奨される(既知の原因探索を除く)。まず染色体異常の検出方法として、[[wikipedia:ja:Gバンド分染法|Gバンド分染法]]による核型検査、FISH法が挙げられ、これらの検査では約数Mb~数十Kbレベルの構造異常が検出可能である。より微細なゲノム構造異常、CNVの検出方法として、マイクロアレイ解析、MLPA法、[[wikipedia:ja:定量PCR法|定量PCR法]]などがあり、これらの検査では数Kbレベルの構造異常を検出することができる。Michelsonら(2011年)の報告によると、核型検査での異常検出率は約4% (症候性は約19%)、サブテロメアFISHでの異常検出率は約3-6% (症候性が約5%)であった<ref name=ref10 />。マイクロアレイ解析での異常検出率は約7% (症候性は約11%)であり、欧米ではGバンド分染法に替わるFirst tier testとして提唱された<ref name=ref2 />。 | ||
単一遺伝子異常のうち、[[脆弱X症候群|FMR1遺伝子変異]]は軽症の患児の2%に認め、[[レット症候群|MECP2遺伝子変異]]は中等度から重度の女児の1.5%に認めており、家族歴のないID患者でもよく認めることから、ルーチンで行うことが推奨されている<ref name=ref10 />。 | 単一遺伝子異常のうち、[[脆弱X症候群|FMR1遺伝子変異]]は軽症の患児の2%に認め、[[レット症候群|MECP2遺伝子変異]]は中等度から重度の女児の1.5%に認めており、家族歴のないID患者でもよく認めることから、ルーチンで行うことが推奨されている<ref name=ref10 />。 | ||
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==展望== | ==展望== | ||
マイクロアレイ解析や次世代シーケンス解析などの新しい分子遺伝学検査の進歩・普及により、多くの症例を詳細に解析することができるようになった。その一端としてID関連遺伝子の多くが、シナプス形成・機能に関わるタンパク質をコードするなど、今後も多くの関連遺伝子が同定されIDの総合的理解が進むとともに、ID予防や治療につながる戦略の開発も可能になることが期待される。 | |||
==参考文献== | ==参考文献== | ||
<references /> | <references /> | ||