「22q11.2欠失症候群および22q11.2重複症候群」の版間の差分

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{| class="wikitable"
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|+ 表1.22q11.2
|+ 表1.22q11.2欠失症候群の身体症状
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*円錐動脈幹異常などの先天性心疾患
*円錐動脈幹異常などの先天性心疾患
*チアノーゼ
*チアノーゼ
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*血小板減少
*血小板減少
*聴覚異常
*聴覚異常
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 それぞれの精神疾患の罹患率は年齢によっても異なり、また知的障害は自閉症スペクトラム障害とも重複する。精神疾患としては表2のものがある<ref name=ref5 /> <ref name=ref6 />。


 それぞれの精神疾患の罹患率は年齢によっても異なり、また知的障害は自閉症スペクトラム障害とも重複する。精神疾患としては以下のものがある<ref name=ref5 /> <ref name=ref6 />。
{| class="wikitable"
|+ 表2.22q11.2欠失症候群の精神症状
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*知的障害
*知的障害
*注意欠陥・多動性障害(ADHD)
*注意欠陥・多動性障害(ADHD)
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*自閉症スペクトラム障害
*自閉症スペクトラム障害
*抑うつ
*抑うつ
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 22q11重複は一般に症状が軽く個人間で症状出現にバラツキがあり、身体症状だけでは診断が難しい。主な症状は表3のものを含む<ref name=ref5 /> <ref name=ref8><pubmed>18707033</pubmed></ref>。


 22q11重複は一般に症状が軽く個人間で症状出現にバラツキがあり、身体症状だけでは診断が難しい。主な症状は以下のものを含む<ref name=ref5 /> <ref name=ref8><pubmed>18707033</pubmed></ref>。
{| class="wikitable"
|+ 表3.22q11.2欠失症候群の主な症状
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*認知運動機能の発達の遅れ
*認知運動機能の発達の遅れ
*知的障害および学習困難
*知的障害および学習困難
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*筋緊張低下
*筋緊張低下
*平坦な鼻など特徴的な顔貌
*平坦な鼻など特徴的な顔貌
 
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 なお、22q11重複は統合失調症の発症リスクを減少させる(発症防御因子)という報告もある<ref name=ref9><pubmed>24217254</pubmed></ref>。
 なお、22q11重複は統合失調症の発症リスクを減少させる(発症防御因子)という報告もある<ref name=ref9><pubmed>24217254</pubmed></ref>。


==確定診断==
==確定診断==
 22q11.2欠失の診断は、Fluorescence In Situ Hybridization(FISH)、BACs-on-Beads technology、Multiplex Ligation-dependent Probe Amplification(MLPA)、Array-Comparative Genomic Hybridization(Array-CGH)などの検査で確定する。欠失が単一DNAプローブの外にある非定型の場合FISHでは見逃すことがあり、多くのプローブを同時に使うBACs-on-Beads technologyやMLPAが必要となる。また、Array-CGHはゲノム全域にわたってプローブが組み込まれた検知法であるため、欠失や重複の長さがより正確に同定できる。重複はFISH, Array-CGHやMLPAで同定されている。
 22q11.2欠失の診断は、[[Fluorescence In Situ Hybridization]]([[FISH]])、[[BACs-on-Beads technology]]、[[Multiplex Ligation-dependent Probe Amplification]]([[MLPA]])、[[Array-Comparative Genomic Hybridization]]([[Array-CGH]])などの検査で確定する。
 
 欠失が単一DNAプローブの外にある非定型の場合FISHでは見逃すことがあり、多くのプローブを同時に使うBACs-on-Beads technologyやMLPAが必要となる。また、Array-CGHはゲノム全域にわたってプローブが組み込まれた検知法であるため、欠失や重複の長さがより正確に同定できる。重複はFISH, Array-CGHやMLPAで同定されている。


==疫学==
==疫学==
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==病態生理==
==病態生理==
 22q11.2欠失は、ヒト22番染色体長腕のq11.2領域における1コピーの欠失による。大多数においては3 Mbの欠失、残りは3 Mb 部位の内側にある1.5 Mbや2 Mb欠失、あるいは3 Mbを含みそれ大きな以上の染色体欠失である。これらの領域から離れた部位での欠失も1%以下のケースでみられる<ref name=ref14><pubmed>9106531</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>23245648</pubmed></ref> <ref name=ref16><pubmed>17028864</pubmed></ref>。22q11.2重複も、欠失と同じ部位での3 Mbあるいはその内側での 1.5 Mb重複として起こる。22q11.2欠失は両親の一方から受け継いだケースがみられるが、新規な遺伝子異常(''de novo'')のケースの方が多い<ref name=ref17><pubmed>    24395195</pubmed></ref> <ref name=ref18><pubmed>9350810</pubmed></ref>。一方で22q11.2重複は、逆に両親の一方から遺伝して生じる方が新規な遺伝子異常のケースより多いと推定されている<ref name=ref19><pubmed>25118001</pubmed></ref>。欠失や重複の起始点や終着点が同一箇所になるのは、low copy repeats(LCR)と呼ばれる染色体部位でのゲノム再編成によると考えられている。
 22q11.2欠失は、ヒト22番染色体長腕のq11.2領域における1コピーの欠失による。大多数においては3 Mbの欠失、残りは3 Mb 部位の内側にある1.5 Mbや2 Mb欠失、あるいは3 Mbを含みそれ大きな以上の染色体欠失である。これらの領域から離れた部位での欠失も1%以下のケースでみられる<ref name=ref14><pubmed>9106531</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>23245648</pubmed></ref> <ref name=ref16><pubmed>17028864</pubmed></ref>。22q11.2重複も、欠失と同じ部位での3 Mbあるいはその内側での 1.5 Mb重複として起こる。22q11.2欠失は両親の一方から受け継いだケースがみられるが、新規な遺伝子異常(''de novo'')のケースの方が多い<ref name=ref17><pubmed>    24395195</pubmed></ref> <ref name=ref18><pubmed>9350810</pubmed></ref>。一方で22q11.2重複は、逆に両親の一方から遺伝して生じる方が新規な遺伝子異常のケースより多いと推定されている<ref name=ref19><pubmed>25118001</pubmed></ref>。欠失や重複の起始点や終着点が同一箇所になるのは、[[low copy repeats]](LCR)と呼ばれる染色体部位でのゲノム再編成によると考えられている。
 
 欠失、重複は最低でも1.5 Mb、大多数において3 Mbにも及ぶため、そこに含まれている多くの遺伝子がどのように身体症状および精神症状に寄与しているのかはよくわかっていない。CNV領域にコードされている遺伝子は、タンパクを作るものだけではなく[[マイクロRNA]]と呼ばれるタンパク質を生成せず他の遺伝子の[[翻訳]]を制御するものも含まれている。


 欠失、重複は最低でも1.5 Mb、大多数において3 Mbにも及ぶため、そこに含まれている多くの遺伝子がどのように身体症状および精神症状に寄与しているのかはよくわかっていない。CNV領域にコードされている遺伝子は、タンパクを作るものだけではなくマイクロRNAと呼ばれる蛋白を生成せず他の遺伝子の翻訳を制御するものも含まれている。
 欠失・重複の両方で多くの同じ症状が出現することから、22q11.2での遺伝子が適正値から多くても少なくても症状を引き起こすものと考えられている<ref name=ref5 />。しかしながら、統合失調症は欠失では高頻度で見られるものの重複では見られないか、あるいは防御因子になることから<ref name=ref9 />、遺伝子量の増減が必ずしも同一症状を引き起こすものではない。さらに、22q11.2欠失・重複では症状のバラツキが大きいので、当該領域の遺伝子の表現型に与える影響は決して100%ではなく、各症状の出現には欠失・重複領域の遺伝子の他、他のゲノム領域上の遺伝子との相加的作用、相乗的相互作用が想定される。[[マウス]]での遺伝子背景を変えた研究、また人での統合失調症の[[エキソーム解析]]の結果から、このような機序の存在が示唆されている<ref name=ref20><pubmed>24482440</pubmed></ref> <ref name=ref21><pubmed>19240081</pubmed></ref>。


 欠失・重複の両方で多くの同じ症状が出現することから、22q11.2での遺伝子が適正値から多くても少なくても症状を引き起こすものと考えられている<ref name=ref5 />。しかしながら、統合失調症は欠失では高頻度で見られるものの重複では見られないか、あるいは防御因子になることから<ref name=ref9 />、遺伝子量の増減が必ずしも同一症状を引き起こすものではない。さらに、22q11.2欠失・重複では症状のバラツキが大きいので、当該領域の遺伝子の表現型に与える影響は決して100%ではなく、各症状の出現には欠失・重複領域の遺伝子の他、他のゲノム領域上の遺伝子との相加的作用、相乗的相互作用が想定される。マウスでの遺伝子背景を変えた研究、また人での統合失調症のエキソーム解析の結果から、このような機序の存在が示唆されている<ref name=ref20><pubmed>24482440</pubmed></ref> <ref name=ref21><pubmed>19240081</pubmed></ref>。
 ヒトでは、22q11.2欠失・重複領域内にある単一遺伝子のCNVは報告されていないため、個々の遺伝子がどの症状にどのように関与しているかについては、詳細は不明である。ただ、[[TBX1|''TBX1'']]遺伝子の機能欠失型変異を持つ家系は数例報告されており、これらの家系では[[心臓|心]]疾患、[[副甲状腺]]機能低下症、典型的な顔貌、知能発達遅延、自閉症スペクトラム障害、[[広汎性発達障害]]、等が見られることから、''TBX1''の22q11.2欠失症候群における一部の症状への寄与が推定されている<ref name=ref22><pubmed>11748311</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>24637876</pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed>16684884</pubmed></ref>。


 ヒトでは、22q11.2欠失・重複領域内にある単一遺伝子のCNVは報告されていないため、個々の遺伝子がどの症状にどのように関与しているかについては、詳細は不明である。ただ、''TBX1''遺伝子の機能欠失型変異を持つ家系は数例報告されており、これらの家系では心疾患、副甲状腺機能低下症、典型的な顔貌、知能発達遅延、自閉症スペクトラム障害、[[広汎性発達障害]]、等が見られることから、''TBX1''の22q11.2欠失症候群における一部の症状への寄与が推定されている<ref name=ref22><pubmed>11748311</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>24637876</pubmed></ref> <ref name=ref24><pubmed>16684884</pubmed></ref>。
 22q11.2領域にある遺伝子をマウスのゲノムで遺伝子操作した研究からは、各々の遺伝子の役割が推定されている。''Tbx1''欠損マウスは、22q11.2欠失症候群の[[心臓]]疾患をある程度再現することから<ref name=ref25><pubmed>11242110</pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed>11242049</pubmed></ref> <ref name=ref27><pubmed>11239417</pubmed></ref>、この遺伝子が特に心臓疾患に寄与すると考えられている。マウスでの''Tbx1''欠損は、他にも[[胸腺]]の形成異常、[[口蓋裂]]、[[聴覚]]異常などを起こす<ref name=ref28><pubmed>15190012</pubmed></ref>。


 22q11.2領域にある遺伝子をマウスのゲノムで遺伝子操作した研究からは、各々の遺伝子の役割が推定されている。''Tbx1''欠損マウスは、22q11.2欠失症候群の[[心臓]]疾患をある程度再現することから<ref name=ref25><pubmed>11242110</pubmed></ref> <ref name=ref26><pubmed>11242049</pubmed></ref> <ref name=ref27><pubmed>11239417</pubmed></ref>、この遺伝子が特に心臓疾患に寄与すると考えられている。マウスでの''Tbx1''欠損は、他にも胸腺の形成異常、口蓋裂、聴覚異常などを起こす<ref name=ref28><pubmed>15190012</pubmed></ref>。
 精神疾患に寄与するものとしては、22q11.2領域遺伝子の単独欠損マウスを用いた解析が行われている<ref name=ref5 />''Tbx1''欠損マウスは、自閉症スペクトラム障害様の広汎な行動異常を引き起こす<ref name=ref29><pubmed>21908517</pubmed></ref>。


 精神疾患に寄与するものとしては、22q11.2領域遺伝子の単独欠損マウスを用いた解析が行われている<ref name=ref5 />。''Tbx1''欠損マウスは、自閉症スペクトラム障害様の広汎な行動異常を引き起こす<ref name=ref29><pubmed>21908517</pubmed></ref>。''Sept5''欠損マウスは、社会行動に選択的な異常を示す<ref name=ref21 /> <ref name=ref30><pubmed>22589251</pubmed></ref>。認知機能の重要な要素である作業記憶は、''Tbx1''欠損28および''Dgcr8''欠損<ref name=ref31><pubmed>24904170</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>23719809</pubmed></ref> <ref name=ref33><pubmed>18469815</pubmed></ref>で異常を呈する。
 [[Sept5|''Sept5'']]欠損マウスは、社会行動に選択的な異常を示す<ref name=ref21 /> <ref name=ref30><pubmed>22589251</pubmed></ref>。認知機能の重要な要素である[[作業記憶]]は、''Tbx1''欠損28および''Dgcr8''欠損<ref name=ref31><pubmed>24904170</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>23719809</pubmed></ref> <ref name=ref33><pubmed>18469815</pubmed></ref>で異常を呈する。


 22q11.2重複については、ヒト22q11.2ゲノム領域を含んだBAC(bacterial artificial chromosome)クローンを用いて[[トランスジェニックマウス]]を作成し、複数遺伝子を過剰発現させた場合の解析が進んでいる<ref name=ref5 />''。SEPT5、GP1BB、TBX1、GNB1L''を含む200 kbのヒト22q11.2相当部位を過剰発現させたマウスでは、抗精神薬で抑えられる活動量亢進を示し、社会行動の低下がみられた<ref name=ref34><pubmed>16365290</pubmed></ref>。その隣接部位190 kbの染色体領域は、''TXNRD2、COMT、ARVCF''を含み、この部位の過剰発現は作業記憶を選択的に障害した<ref name=ref35><pubmed>19617637</pubmed></ref>。これらの遺伝子の過剰発現が、さまざまな精神疾患のいろいろな側面に関与していると推定されている。
 22q11.2重複については、ヒト22q11.2ゲノム領域を含んだBAC(bacterial artificial chromosome)クローンを用いて[[トランスジェニックマウス]]を作成し、複数遺伝子を過剰発現させた場合の解析が進んでいる<ref name=ref5 />''SEPT5''、[[GP1BB|''GP1BB'']]、''TBX1''、[[GNB1|''GNB1L'']]を含む200 kbのヒト22q11.2相当部位を過剰発現させたマウスでは、[[抗精神薬]]で抑えられる活動量亢進を示し、社会行動の低下がみられた<ref name=ref34><pubmed>16365290</pubmed></ref>。その隣接部位190 kbの染色体領域は、[[TXNRD2|''TXNRD2'']]、[[COMT|''COMT'']]、[[ARVCF|''ARVCF'']]を含み、この部位の過剰発現は作業記憶を選択的に障害した<ref name=ref35><pubmed>19617637</pubmed></ref>。これらの遺伝子の過剰発現が、さまざまな精神疾患のいろいろな側面に関与していると推定されている。


==治療==
==治療==
 現時点で22q11.2欠失・重複自体の治療法はないが、症候群内の個々の症状に対してはさまざまな治療法が施されている。心臓疾患は修復外科手術により生存率が高まり、胸腺欠如は胸腺移植手術によって機能が回復し、バクテリア感染症は抗生物質で対処できる。副甲状腺機能低下症に起因する低カルシウム血症は、[[ビタミンD]]やカルシウムサプリメントで補正される。精神症状には向精神薬等が用いられる。認知機能の遅れや知的障害、学習困難に対しては、専門機関、専門家による療育プログラムが施行されている。
 現時点で22q11.2欠失・重複自体の治療法はないが、症候群内の個々の症状に対してはさまざまな治療法が施されている。心臓疾患は修復外科手術により生存率が高まり、胸腺欠如は胸腺移植手術によって機能が回復し、[[wikipedia:ja:細菌|細菌]][[wikipedia:ja:感染症|感染症]]は[[wikipedia:ja:抗生物質|抗生物質]]で対処できる。副甲状腺機能低下症に起因する[[wikipedia:ja:低カルシウム血症|低カルシウム血症]]は、[[wikipedia:ja:ビタミンD|ビタミンD]]やカルシウムサプリメントで補正される。精神症状には向精神薬等が用いられる。認知機能の遅れや知的障害、学習困難に対しては、専門機関、専門家による療育プログラムが施行されている。


==参考文献==
==参考文献==
<references />
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