「アドヘレンスジャンクション」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/7000004035 丸尾 知彦]、[http://researchmap.jp/hirake5ma 高井 義美]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/7000004035 丸尾 知彦]、[http://researchmap.jp/hirake5ma 高井 義美]</font><br>
''神戸大学 大学院 医学研究科''<br>
''神戸大学 大学院 医学研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年12月29日 原稿完成日:20XX年X月XX日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年12月29日 原稿完成日:2015年12月30日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/wadancnp 和田 圭司](国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/wadancnp 和田 圭司](国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター)<br>
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英:adherence junction 英略称:AJ 独:Adhäsionsverbindungen
英:adherence junction 英略称:AJ 独:Adhäsionsverbindungen
同義語:接着結合


{{box|text= アドへレンスジャンクションは細胞間接合部位において形成される、タンパク質複合体からなる機能構造体である。アドへレンスジャンクションは主として物理的に強固な細胞間接着をにない、発生期の器官形成や生体の恒常性に重要な役割を果たす。上皮組織においては、細胞周囲を取り囲むベルト状の構造ゾニューラアドヘレンスおよびスポット状のアドヒージョンプラークがアドへレンスジャンクションとしてくくられる。また線維芽細胞や心筋などでは、より非連続的なスポット状のアドへレンスジャンクション構造が存在する。神経系におけるアドへレンスジャンクションも必須の構造として機能している。例えば、側脳室神経上皮細胞は脳室側の頂端部にアドへレンスジャンクションを有し、発生期の大脳皮質の構築に重要な役割を果たす。また、シナプス結合部位の近傍には上皮細胞のアドへレンスジャンクション類似の接着分子を含む構造であるプンクタアドヘレンスジャンクションが形成され、シナプスの形成、維持や可塑性に関与している。アドへレンスジャンクションの接着は主としてカドヘリン-カテニン複合体によって担われ、アクチン骨格系、更には微小管骨格系に連結されているが、その形成過程ではネクチン-アファディン複合体も重要な役割を果たす。}}
{{box|text= アドへレンスジャンクションは細胞間接合部位において形成される、タンパク質複合体からなる機能構造体である。アドへレンスジャンクションは主として物理的に強固な細胞間接着をにない、発生期の器官形成や生体の恒常性に重要な役割を果たす。上皮組織においては、細胞周囲を取り囲むベルト状の構造ゾニューラアドヘレンスおよびスポット状のアドヒージョンプラークがアドへレンスジャンクションとしてくくられる。また線維芽細胞や心筋などでは、より非連続的なスポット状のアドへレンスジャンクション構造が存在する。神経系におけるアドへレンスジャンクションも必須の構造として機能している。例えば、側脳室神経上皮細胞は脳室側の頂端部にアドへレンスジャンクションを有し、発生期の大脳皮質の構築に重要な役割を果たす。また、シナプス結合部位の近傍には上皮細胞のアドへレンスジャンクション類似の接着分子を含む構造であるプンクタアドヘレンスジャンクションが形成され、シナプスの形成、維持や可塑性に関与している。アドへレンスジャンクションの接着は主としてカドヘリン-カテニン複合体によって担われ、アクチン骨格系、更には微小管骨格系に連結されているが、その形成過程ではネクチン-アファディン複合体も重要な役割を果たす。}}
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==分子構成==
==分子構成==
 細胞間接着構造はおのおの機能的に分化しており、異なった接着分子とその裏打ち分子により構成されている。例えば上皮細胞では、密着結合には4回膜貫通型接着分子である[[オクルーディン]]、[[クローディン]]および[[免疫グロブリンスーパーファミリー]]に属する[[接着分子]][[JAM]]が[[ZO-1]]/[[ZO-2|2]]/[[ZO-3|3]]に裏打ちされてバリア機能を発現しており、また[[デスモソーム]]ではカドヘリンスーパーファミリーに属する接着分子[[デスモグレイン]]、[[デスモコリン]]が、[[アルマジロファミリー]]の[[プラコグロビン]]、[[プラコフィリン]]と[[プラキンファミリー]]の[[デスモプラキン]]を介して[[ケラチン]][[中間径フィラメント]]に接続されている。
 アドヘレンスジャンクションの主な構成分子は[[wj:竹市雅俊|竹市]]らの発見した[[カドヘリン]]、およびその細胞内領域結合タンパク質である[[カテニン]]、さらにそれを裏打ちする[[アクチン]]骨格系である<ref name=ref4></ref><ref name=ref5></ref>。また高井らが同定した、アクチン結合分子[[アファディン]]とそれと結合する[[免疫グロブリンスーパーファミリー]]に属する[[接着分子]][[ネクチン]]もまたアドヘレンスジャンクションに高度に濃縮し、両者は細胞内外でクロストークしてアドヘレンスジャンクション複合体の形成と機能を制御している<ref name=ref10><pubmed> 18648374 </pubmed></ref>。
 アドヘレンスジャンクションの主な構成分子は[[wj:竹市雅俊|竹市]]らの発見した[[カドヘリン]]、およびその細胞内領域結合タンパク質である[[カテニン]]、さらにそれを裏打ちする[[アクチン]]骨格系である<ref name=ref4></ref><ref name=ref5></ref>。また高井らが同定した、アクチン結合分子[[アファディン]]とそれと結合する[[免疫グロブリンスーパーファミリー]]に属する[[接着分子]][[ネクチン]]もまたアドヘレンスジャンクションに高度に濃縮し、両者は細胞内外でクロストークしてアドヘレンスジャンクション複合体の形成と機能を制御している<ref name=ref10><pubmed> 18648374 </pubmed></ref>。


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 カドヘリンはカドヘリンスーパーファミリーに属する一連の[[細胞膜]]貫通型分子の総称であり、アドヘレンスジャンクションで機能するカドヘリンは主に20種類程度の分子群により構成されるクラシックカドヘリンファミリー(当初に発見されたことからこのように呼ばれる)に属する。
 カドヘリンはカドヘリンスーパーファミリーに属する一連の[[細胞膜]]貫通型分子の総称であり、アドヘレンスジャンクションで機能するカドヘリンは主に20種類程度の分子群により構成されるクラシックカドヘリンファミリー(当初に発見されたことからこのように呼ばれる)に属する。


 クラシックカドヘリンはその細胞外にファミリー間で保存された5つのカドヘリンリピートないしECドメインと呼ばれるドメインからなる繰り返し構造を特徴とした細胞外領域、それに続く膜貫通領域と細胞内領域を有する一回膜貫通型の[[細胞接着分子]]である。カドヘリンは[[カルシウムイオン]]依存性に同種分子同士の強固な接着をにない、また高度に保存された細胞内領域でカテニンと結合して細胞内骨格系と細胞膜のアドヘレンスジャンクション分子複合体をつなぐ上で必須の役割を果たしている。カドヘリンやカテニンの機能を阻害するとアドヘレンスジャンクションの形成と維持に障害が生じ、胚形成や、神経系での[[大脳皮質]]の構造形成などに重要な機能を果たしている事が明らかになっている。また、シナプス形成や機能においても重要な役割を果たしていることが知られている(後述)<ref name=ref4></ref><ref name=ref5></ref>。
 クラシックカドヘリンはその細胞外にファミリー間で保存された5つのカドヘリンリピートないしECドメインと呼ばれるドメインからなる繰り返し構造を特徴とした細胞外領域、それに続く膜貫通領域と細胞内領域を有する一回膜貫通型の[[細胞接着分子]]である。カドヘリンは[[カルシウムイオン]]依存性に同種分子同士の強固な接着をにない、また高度に保存された細胞内領域でカテニンと結合して細胞内骨格系と細胞膜のアドヘレンスジャンクション分子複合体をつなぐ上で必須の役割を果たしている。カドヘリンやカテニンの機能を阻害するとアドヘレンスジャンクションの形成と維持に障害が生じ、胚形成や、神経系での[[大脳皮質]]の構造形成などに重要な機能を果たしていることが明らかになっている。また、シナプス形成や機能においても重要な役割を果たしていることが知られている(後述)<ref name=ref4></ref><ref name=ref5></ref>。


=== カテニン ===
=== カテニン ===
 カテニンはカドヘリンの裏打ち分子として、接着した細胞膜を[[細胞骨格]]系に結びつける重要な働きをになっている。カテニンのうちカドヘリンに結合するのは[[p120カテニン]]と[[カテニン#β–カテニン、プラコグロビン|β-カテニン]]であり、β-カテニンは[[Α-カテニン|α-カテニン]]と結合しカドヘリン-カテニン複合体を形成する。α-カテニンがアクチン線維と結合する事から、カドヘリン-カテニン系とアクチン線維が連動していることが想定されてきたが、それに反して、カドヘリン-カテニン複合体は直接アクチンには結合しない事が示された<ref name=ref11><pubmed> 16325582 </pubmed></ref>。この問題に関しては、さらに分子メカニズムの解明に大きな進展があった。すなわち、アクチン骨格系とカドヘリン-カテニン系をつなぐものとして、アクチンとα-カテニンに結合する分子[[エプリン]]が同定され、ベルト状アドヘレンスジャンクションの形成に必要である事が解明された<ref name=ref12><pubmed> 18093941 </pubmed></ref>。
 カテニンはカドヘリンの裏打ち分子として、接着した細胞膜を[[細胞骨格]]系に結びつける重要な働きをになっている。カテニンのうちカドヘリンに結合するのは[[p120カテニン]]と[[カテニン#β–カテニン、プラコグロビン|β-カテニン]]であり、β-カテニンは[[Α-カテニン|α-カテニン]]と結合しカドヘリン-カテニン複合体を形成する。α-カテニンがアクチン線維と結合することから、カドヘリン-カテニン系とアクチン線維が連動していることが想定されてきたが、それに反して、カドヘリン-カテニン複合体は直接アクチンには結合しないことが示された<ref name=ref11><pubmed> 16325582 </pubmed></ref>。この問題に関しては、さらに分子メカニズムの解明に大きな進展があった。すなわち、アクチン骨格系とカドヘリン-カテニン系をつなぐものとして、アクチンとα-カテニンに結合する分子[[エプリン]]が同定され、ベルト状アドヘレンスジャンクションの形成に必要であることが解明された<ref name=ref12><pubmed> 18093941 </pubmed></ref>。


 一方、[[p120-カテニン]]は[[PLEKHA7]]と結合し、PLEKHA7が[[微小管]]マイナス端結合分子[[Nezha]]と結合することで、カドヘリン-カテニン系を介してアドヘレンスジャンクションと微小管が連結される事もわかっており<ref name=ref13><pubmed> 19041755 </pubmed></ref>、複雑な細胞骨格系の裏打ちがアドヘレンスジャンクションの機能を制御している事が明らかになりつつある。β-カテニンにはまた、[[Wntシグナル]]経路のメディエーターとしての働きや、シナプスにおけるタンパク質複合体のリンカーとしての働きなどがあり、カドヘリンと共益するアドヘレンスジャンクション形成や機能における役割以外にも重要な分子であるが、それらとアドヘレンスジャンクションの機能を仲介している可能性も示唆されている<ref name=ref14><pubmed> 22617422 </pubmed></ref>。
 一方、[[p120-カテニン]]は[[PLEKHA7]]と結合し、PLEKHA7が[[微小管]]マイナス端結合分子[[Nezha]]と結合することで、カドヘリン-カテニン系を介してアドヘレンスジャンクションと微小管が連結されることもわかっており<ref name=ref13><pubmed> 19041755 </pubmed></ref>、複雑な細胞骨格系の裏打ちがアドヘレンスジャンクションの機能を制御していることが明らかになりつつある。β-カテニンにはまた、[[Wntシグナル]]経路のメディエーターとしての働きや、シナプスにおけるタンパク質複合体のリンカーとしての働きなどがあり、カドヘリンと共益するアドヘレンスジャンクション形成や機能における役割以外にも重要な分子であるが、それらとアドヘレンスジャンクションの機能を仲介している可能性も示唆されている<ref name=ref14><pubmed> 22617422 </pubmed></ref>。


=== ネクチン−アファディン複合体 ===
=== ネクチン−アファディン複合体 ===
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== アドヘレンスジャンクションにおけるタンパク質複合体の動的平衡 ==
== アドヘレンスジャンクションにおけるタンパク質複合体の動的平衡 ==
 アドヘレンスジャンクションは強固な結合をになう一方で、アドヘレンスジャンクションを構成する細胞が分裂、参入し、また排除されるといった動的な側面を併せ持ち、また維持過程においても常に構成分子が入れ替わる動的平行状態にある。主要な接着分子であるカドヘリンは、成熟したアドヘレンスジャンクションにおいては、膜上の拡散よりもむしろ[[エンドサイトーシス]]と[[エクソサイトーシス]]による小胞リサイクリング過程によってその動的平衡を保っていることが明らかになりつつある。この過程にはアクチン動態、[[Rhoファミリー低分子量Gタンパク質]]、[[細胞極性]]制御因子[[Par]]などが関わっている。このようなアドヘレンスジャンクションの動的特性は、組織と器官の形態形成に重要な役割を果たしている<ref name=ref33><pubmed> 21422226 </pubmed></ref>。  
 アドヘレンスジャンクションは強固な結合をになう一方で、アドヘレンスジャンクションを構成する細胞が分裂、侵入し、また排除されるといった動的な側面を併せ持ち、また維持過程においても常に構成分子が入れ替わる動的平行状態にある。主要な接着分子であるカドヘリンは、成熟したアドヘレンスジャンクションにおいては、膜上の拡散よりもむしろ[[エンドサイトーシス]]と[[エクソサイトーシス]]による小胞リサイクリング過程によってその動的平衡を保っていることが明らかになりつつある。この過程にはアクチン動態、[[Rhoファミリー低分子量Gタンパク質]]、[[細胞極性]]制御因子[[Par]]などが関わっている。このようなアドヘレンスジャンクションの動的特性は、組織と器官の形態形成に重要な役割を果たしている<ref name=ref33><pubmed> 21422226 </pubmed></ref>。  


== ヒト疾患の関係 ==
== ヒト疾患との関係 ==
 多岐にわたる[[ヒト]]疾患と、アドヘレンスジャンクション構成因子の遺伝的な異常の関係性が示唆されている。
 多岐にわたる[[ヒト]]疾患と、アドヘレンスジャンクション構成因子の遺伝的な異常の関係性が示唆されている。


 神経系疾患としては、[[知的障害]](Intellectual disability, ID)と[[M-カドヘリン]]([[CDH15]])の複数の[[点変異]](細胞接着活性が著しく低下する)が関連していること<ref name=ref34><pubmed> 19012874 </pubmed></ref>(34)、重度の知的障害、[[小頭症]]および[[痙縮]]を呈する複数の患者とβ-カテニンのヘテロの[[フレームシフト変異]]が関連していること<ref name=ref35><pubmed> 23033978 </pubmed></ref>、[[若年性網膜黄斑変性]]を伴う[[先天性貧毛症]]の原因遺伝子として[[P-カドヘリン]]([[CDH3]])が<ref name=ref36><pubmed> 11544476 </pubmed></ref>、[[精神発達遅滞]]を伴うことがあり[[口唇口蓋裂]]を主な症状とする[[マルガリータ島症候群]]の原因遺伝子としてネクチン−1が同定されたこと<ref name=ref37><pubmed> 10932188 </pubmed></ref>などが知られている。
 神経系疾患としては、[[知的障害]](Intellectual disability, ID)と[[M-カドヘリン]]([[CDH15]])の複数の[[点変異]](細胞接着活性が著しく低下する)が関連していること<ref name=ref34><pubmed> 19012874 </pubmed></ref>、重度の知的障害、[[小頭症]]および[[痙縮]]を呈する複数の患者とβ-カテニンのヘテロの[[フレームシフト変異]]が関連していること<ref name=ref35><pubmed> 23033978 </pubmed></ref>、[[若年性網膜黄斑変性]]を伴う[[先天性貧毛症]]の原因遺伝子として[[P-カドヘリン]]([[CDH3]])が<ref name=ref36><pubmed> 11544476 </pubmed></ref>、[[精神発達遅滞]]を伴うことがあり[[口唇口蓋裂]]を主な症状とする[[マルガリータ島症候群]]の原因遺伝子としてネクチン−1が同定されたこと<ref name=ref37><pubmed> 10932188 </pubmed></ref>などが知られている。


 浸潤性の上皮性の[[がん]]においては、アドヘレンスジャンクション接着分子の発現量の異常が観察され、[[上皮間葉転換]](epithelial-mesenchymal transition, EMT)をおこし、カドヘリンの発現量が減少して接着から乖離し、運動性を向上させる。[[胃がん]]においては、家族性のものが見つかっており、やはり[[E-カドヘリン]]の変異により上皮間葉転換がおこり、悪性度の高い胃がんが生じることが判明している<ref name=ref38><pubmed> 9537325 </pubmed></ref>。
 浸潤性の上皮性の[[がん]]においては、アドヘレンスジャンクション接着分子の発現量の異常が観察され、[[上皮間葉転換]](epithelial-mesenchymal transition, EMT)をおこし、カドヘリンの発現量が減少して接着から乖離し、運動性を向上させる。[[胃がん]]においては、家族性のものが見つかっており、やはり[[E-カドヘリン]]の変異により上皮間葉転換がおこり、悪性度の高い胃がんが生じることが判明している<ref name=ref38><pubmed> 9537325 </pubmed></ref>。