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==命名法についての議論== | ==命名法についての議論== |
2016年2月5日 (金) 11:07時点における版
稲田 健、石郷岡 純
東京女子医科大学医学部
DOI:10.14931/bsd.6768 原稿受付日:2016年1月30日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:加藤 忠史(国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名:psychotropic drug: psychotropics 独:psychotrope Stoffe 仏:medicaments psychotropes
向精神薬は、中枢神経系に作用し、精神機能を変容させる薬物の総称である。広義には、アルコールなどの嗜好品、覚せい剤などの精神異常発現薬なども含まれるが、一般的には、精神疾患の治療に用いられる薬物を指す。
向精神薬とは
向精神薬とは、中枢神経系に作用し、精神機能を変容させる薬物の総称である。広義には、アルコールやたばこなどの嗜好品、危険ドラッグなどの精神異常発現薬なども含まれるが、厳密な定義や分類があるわけではなく国際的にも統一的な用語になっていない。一般的には、精神疾患の治療に用いられる薬物を指す。
近代以前
最初の向精神薬(広い意味で精神活動を変化させる薬物)は、アルコールであったと考えられている。他にも、阿片、ベラドンナ、インド蛇木などの草木が利用されていた。
19世紀に入ると、阿片からモルヒネが抽出され、薬用動植物からの成分抽出や新規化合物の合成が始まった。
向精神薬としては、1850年代に臭化物(編集部コメント:何の臭化物でしょうか?)がてんかんや不眠症に用いられ、1903年ころにバルビツール酸誘導体が導入された。
(編集部コメント:通常歴史的背景は総論としてイントロに入れるようにしておりますのでこちらに持ってきました。)
精神科における薬物療法の導入
1950年代に抗ヒスタミン薬として用いられていたクロルプロマジンを、麻酔の併用薬として投与した際に、精神症状が安定することが観察され、精神病の治療薬として用いられるようになった。当時は、インスリンショック療法やマラリア発熱療法、前頭葉白質切断術などの治療法が中心であった精神科治療を大きく変えるきっかけとなった。
精神科における薬物療法の影響
精神疾患に対して、抗精神病薬が用いられるようになった影響は、1950年代の精神科病院の臨床統計に反映されている。すなわち、薬物療法を行われる患者数の増加に反比例して、入院患者数と院内拘束患者数は減少し、ショック療法が用いられる頻度は減少した[1]。
抗精神病薬の化学構造や薬理作用の研究は、動物の行動を指標とした薬効研究すなわち行動薬理学に発展した。向精神薬の臨床開発では、無作為化二重盲検比較試験が採用され、症状は評価尺度によって評価されるようになった。これらの変化は、精神科治療を経験的な医療から、科学的な医療に変換させた。
分類
分類は、化学構造式や薬理作用に基づくもの、適応疾患あるいは適応症状に基づくものなどがある。主には、適応疾患に基づく分類が用いられている(表)。
治療に用いられるものには抗精神病薬(antipsychotics)、抗うつ薬(antidepressants)、気分安定薬(mood stabilizers)、抗不安薬(antianxiety drugs: anxiolytics)、睡眠薬(hypnotics)、精神刺激薬(psychostimulants)、認知症治療薬(dementia therapeutics)などが含まれる[2]。バルプロ酸ナトリウムは抗てんかん薬でもあり気分安定薬でもあるなど、複数の適応疾患を持つものがある。このため、命名法の改革が全世界的に進められている。命名法についての議論を参照。
中枢神経系薬 | 主作用として精神症状変容させるもの | 向精神薬 | 嗜好品 | アルコール | ||
ニコチン(たばこ) | ||||||
精神異常発現薬 | 覚せい剤 | |||||
危険ドラッグ | ||||||
治療薬 | 抗精神病薬 | 第一世代抗精神病薬 | ||||
第二世代抗精神病薬 | ||||||
抗うつ薬 | 化学構造式による分類 | 三環系抗うつ薬 | ||||
四環系抗うつ薬 | ||||||
薬理作用による分類 | SSRI | |||||
SNRI | ||||||
NaSSA | ||||||
気分安定薬 | ||||||
抗不安薬 | ||||||
睡眠薬 | ベンゾジアゼピン受容体作動薬 | |||||
メラトニン受容体作動薬 | ||||||
オレキシン受容体拮抗薬 | ||||||
認知症治療薬 | ||||||
主作用として精神症状を変容させないもの | 麻酔薬 | |||||
抗てんかん薬 | ||||||
抗パーキンソン病薬 |
抗精神病薬
主に統合失調症の治療薬である。双極性障害やうつ病、せん妄の治療にも用いられる。抗精神病薬は、全てドーパミンD2受容体に親和性を有し、ドーパミン神経伝達を制御する。第一世代抗精神病薬と第二世代抗精神病薬がある。第二世代抗精神病薬は、第一世代で問題となった錐体外路症状の副作用が軽減している。
気分安定薬
主に双極性障害の治療薬である。代表的薬剤として炭酸リチウムがあり、ほかにバルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリギンといった抗てんかん薬が気分安定薬としての作用を持つ。
抗うつ薬
主にうつ病と不安症の治療薬である。うつ病・うつ状態、不安症を改善させる。三環系抗うつ薬と四環系抗うつ薬といった化学構造式上の分類と、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitors, SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(serotonin & norepinephrine reuptake inhibitors, SNRI)、ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(noradrenergic and specific serotonergic antidepressant, NaSSA)といった薬理作用による分類が混在している。
抗不安薬
不安症の治療薬である。ベンゾジアゼピン受容体作動薬(ベンゾジアゼピン系薬)が中心となる。他に5-HT1A受容体部分作動薬などがある。ベンゾジアゼピン系薬は抗不安作用、鎮静催眠作用、筋弛緩作用、抗けいれん作用を有する[2] [3]。抗うつ薬に分類されるSSRIも抗不安作用を持ち、不安症の治療に用いられる。
睡眠薬
睡眠障害の一つである不眠症の治療薬である。鎮静催眠作用を生じる。
バルビツール酸系薬、ベンゾジアゼピン系薬、非ベンゾジアゼピン系薬、メラトニン受容体作動薬、オレキシン受容体拮抗薬がある。
バルビツール酸系薬は古い薬物で、現在使用される機会はほとんどない。
ベンゾジアゼピン系薬、非ベンゾジアゼピン系薬はいずれもベンゾジアゼピン受容体作動薬である。非ベンゾジアゼピン系薬はベンゾジアゼピン系薬よりも筋弛緩作用が少ないとされる[4]。
メラトニン受容体作動薬は、睡眠覚醒リズムと関連するメラトニンの受容体に作用する薬物である。リズム障害と関連した睡眠障害が良い適応となる[5] [6]。
オレキシン受容体拮抗薬は、覚醒の保持と関連すると考えられるオレキシンの作用を拮抗することで催眠作用を生じる[7]。2014年11月に上市された新規の薬剤である。
精神刺激薬
注意欠如・多動性障害(ADHD)の治療薬、ナルコレプシーの治療薬であるメチルフェニデートなどがある。
認知症治療薬
認知症の原因疾患のうち、アルツハイマー病、レビー小体型認知症の治療薬である。神経伝達物質であるアセチルコリンの分解酵素を阻害することによりアセチルコリン性神経伝達を維持する。神経細胞の消失を阻止するものではなく、アルツハイマー病の根本治療薬ではない。
命名法についての議論
向精神薬は経験に基づいて分類され、命名されてきた。結果として、化学構造式による分類名(例:三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬)、作用機序による分類名(例:選択的セロトニン再取り込み阻害薬、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)、合成された時代による分類名(例:第一世代抗精神病薬、第二世代抗精神病薬)などが混在している。また、従来、統合失調症の治療薬とされてきた、抗精神病薬が、双極性障害にも、うつ病にも適応を取得した。この結果、従来の統合失調症治療薬との呼称は臨床現場に適合しなくなっている。すなわち、現在の命名法は、神経科学基盤を反映しておらず、研究においても、臨床現場においても、不都合を生じている。
このような現状を踏まえて、世界の主要な神経精神薬理学会(米国神経精神薬理学会(American College of Neuropsychopharmacology: ACNP)、アジア神経精神薬理学会(Asian College of Neuropsychopharmacology: AsCNP)、国際神経精神薬理学会(Collegium Internationale Neuro-Psychopharmacologicum: CINP)、欧州神経精神薬理学会(the European College of Neuropsychopharmacology: ECNP)、国際薬理学連合(the International Union of Basic and Clinical Pharmacology: IUPHAR)は合同で、新たなる命名法を提案している。この命名法は5つの軸からなる多軸命名法となっている[8]。
関連項目
参考文献
- ↑ 八木剛平
向精神薬の歴史 in 向精神薬の歴史・基礎・臨床
Edited by 三浦貞則
東京、星和書店; 1996. pp. 1-23. - ↑ 2.0 2.1 Stahl SM
Stahl's Essential Psychopharmacology: Neuroscientific Basis and Practical Applications 3rd Ed,
Cambridge University Press; 2008. - ↑ 稲田健
本当にわかる精神科の薬はじめの一歩
東京、羊土社; 2013. - ↑
Berlin, I., Warot, D., Hergueta, T., Molinier, P., Bagot, C., & Puech, A.J. (1993).
Comparison of the effects of zolpidem and triazolam on memory functions, psychomotor performances, and postural sway in healthy subjects. Journal of clinical psychopharmacology, 13(2), 100-6. [PubMed:8463441] [WorldCat] - ↑
Zammit, G., Erman, M., Wang-Weigand, S., Sainati, S., Zhang, J., & Roth, T. (2007).
Evaluation of the efficacy and safety of ramelteon in subjects with chronic insomnia. Journal of clinical sleep medicine : JCSM : official publication of the American Academy of Sleep Medicine, 3(5), 495-504. [PubMed:17803013] [PMC] [WorldCat] - ↑
Richardson, G., & Wang-Weigand, S. (2009).
Effects of long-term exposure to ramelteon, a melatonin receptor agonist, on endocrine function in adults with chronic insomnia. Human psychopharmacology, 24(2), 103-11. [PubMed:19090503] [WorldCat] [DOI] - ↑
Herring, W.J., Snyder, E., Budd, K., Hutzelmann, J., Snavely, D., Liu, K., ..., & Michelson, D. (2012).
Orexin receptor antagonism for treatment of insomnia: a randomized clinical trial of suvorexant. Neurology, 79(23), 2265-74. [PubMed:23197752] [WorldCat] [DOI] - ↑
Zohar, J., Nutt, D.J., Kupfer, D.J., Moller, H.J., Yamawaki, S., Spedding, M., & Stahl, S.M. (2014).
A proposal for an updated neuropsychopharmacological nomenclature. European neuropsychopharmacology : the journal of the European College of Neuropsychopharmacology, 24(7), 1005-14. [PubMed:24630385] [WorldCat] [DOI]