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現状、MCIに対する認知症薬の保険適応は無い。上記の通りMCIにおいて認知機能低下は軽微で基本的な日常生活は保たれるため、将来的には認知症への進展(コンバート)の予防を目標とした治療法が検討される可能性はある。 | 現状、MCIに対する認知症薬の保険適応は無い。上記の通りMCIにおいて認知機能低下は軽微で基本的な日常生活は保たれるため、将来的には認知症への進展(コンバート)の予防を目標とした治療法が検討される可能性はある。 | ||
臨床研究レベルで、薬物治療として[[ドネペジル]]、[[ガランタミン]]、[[リバスチグミン]]などのアルツハイマー病治療薬([[コリンエステラーゼ]] [[cholinesterase]](ChE)[[阻害薬]])の有効性を検討した研究がいくつかあるが、MCIから認知症への転換を抑制する効果について明らかなエビデンスは無いのが現状である。しかし、[[APOE|ApoE]] | 臨床研究レベルで、薬物治療として[[ドネペジル]]、[[ガランタミン]]、[[リバスチグミン]]などのアルツハイマー病治療薬([[コリンエステラーゼ]] [[cholinesterase]](ChE)[[阻害薬]])の有効性を検討した研究がいくつかあるが、MCIから認知症への転換を抑制する効果について明らかなエビデンスは無いのが現状である。しかし、[[APOE|ApoE]]遺伝子ε4多型保因者の検討において[[ドネペジル]]治療により36ヶ月後のAD発症率が有意に低下していたとする報告も存在する。レビー小体型認知症のMCIでは記憶障害や遂行機能障害は呈さずにリアルな[[幻視]]や[[REM睡眠]]行動障害等が出現することがあり、この場合はレビー小体型認知症としての[[抑肝散]]やドネペジル等による薬物療法が有効な場合があるとされる。 | ||
薬物以外のアプローチでは、認知症予防のライフスタイル、具体的には運動や食生活・[[睡眠]]の改善、血圧や血糖、脂質異常の改善、[[視覚]]・[[聴覚]]の維持などがMCIから認知症への進行を防ぐためには重要という考え方も存在する。 | 薬物以外のアプローチでは、認知症予防のライフスタイル、具体的には運動や食生活・[[睡眠]]の改善、血圧や血糖、脂質異常の改善、[[視覚]]・[[聴覚]]の維持などがMCIから認知症への進行を防ぐためには重要という考え方も存在する。 |
2016年2月5日 (金) 17:21時点における版
松村 晃寛、川又 純、下濱 俊
札幌医科大学 医学部 神経内科学講座
DOI:10.14931/bsd.6846 原稿受付日:2016年2月5日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:漆谷 真(京都大学 大学院医学研究科)
英:mild cognitive impairment, minor neurocognitive disorder 英略語:MCI 独:Mild cognitive impairment 仏:La déficience cognitive légère
軽度認知障害は正常ではないが認知症ともいえないほど軽度の認知機能障害を呈し、日常生活も保たれている状態を示す概念である。2013年の調査では本邦において400万人ほどの症例が存在することが明らかになっている[1]。MCIは認知症の前駆状態であるとする考えがある一方、健常加齢の経過においてもみられる状態であるとする考え方も存在する。実際、MCIから認知症へのコンバート率は年間約10%とする一方、正常状態に戻るリバート率も14〜44%と報告されている。検査法については簡易スクリーニング法として近年、Montreal Cognitive Assessment日本語版(MoCA-J)が作成され、他にもMRI、SPECTといった画像検査や、脳脊髄液中のAβ42、リン酸化タウといったバイオマーカーが試みられている。治療法はまだ確立したものは無いがアルツハイマー病に対する治療やレビー小体型認知症に対する治療が試みられている。またライフスタイルの改善が重要とする考えもある。
軽度認知障害とは
背景
軽度認知障害は何らかの認知機能障害を呈し健常とはいえないが、認知症ともいえない正常加齢と認知症のいわば境界領域に該当する概念である。アルツハイマー病などの認知症の前駆状態としてとらえられることが多く、認知症における早期診断・治療の重要性という観点から近年注目されるようになっている。しかし他方で、認知症は未だ根治療法が無いことや診断・告知による心理社会的影響から早期診断については慎重な対応が必要とする考えも存在する。
歴史的推移
類似概念としては、まず1962年にKralが提唱した「進行速度が緩徐な正常老化としての『良性健忘』と急速に進行する病的な『悪性健忘』」が挙げられる。その後、1986年に米国の国立精神保健研究所のCrookらにより「年齢50歳以上で日常生活上の記憶障害の訴えがあり、記憶検査で成人平均値より1SD以下の低下を認めるが認知症ではない」という定義でage-associated memory impairment(AAMI)という概念が提唱される。これは健常高齢者における記憶障害という位置づけでとらえられている。
また1994年には国際老年精神医学会のLevyによりage-associated cognitive decline(AACD)という概念が提唱される。これはAAMIとは異なり「記憶・学習以外にも注意・集中、思考、言語、視空間認知のいずれかが健常高齢者平均から1SD以上低下しているもの」とされる。ここには健常加齢と認知症前駆状態の両方が含まれうる。
概してヨーロッパでは健常加齢の果てに認知機能の低下が起こるという考え方(normality model)が受け入れられており、現在でもAAMIやAACDがしばしば引用されている。
その後1995年にはカナダの認知症研究に基づいてEblyらによりcognitive impaired not demented(CIND)という概念が提唱されたが、せん妄やうつ状態、精神疾患、アルコールや薬物によるものも含まれるため必ずしも認知症の前駆状態とはいえない。また、他にもICD-10におけるmild cognitive disorder(MCD)やDSM-Ⅳにおけるage related cognitive decline(ARCD)、mild neurocognitive decline(MNCD)などが提唱されてきた。
一方、米国においては病的状態を背景とした認知症前駆状態としてのMCIという概念(pathology model)が提唱されるようになる。具体的には、1988年にReisbergらが、自らが提唱したglobal deterioration scale for assessment of primary degenerative dementia(GDS)におけるstage 3をMCIと表現したのが始まりとされる。1991年にはZaudigらが神経心理学的測定による検証を行い、新たなMCIの定義を提唱してGDS 2および3、CDR 0.5に相当するとしている。米国Mayo ClinicのPetersenらは1995年からMCIという用語を使用しているが、1999年には記憶障害に重きを置いた診断基準を提唱している(後述)[2]。しかし、同年にシカゴで開催されたMCIコンセンサス会議においてはMCIを1つのclinical entityとして表現することは困難として、
- 健忘型(amnestic type)
- 複数の高次機能領域にまたがってごく軽度の障害を呈するタイプ(multiple cognitive domains slightly impaired type
- 記銘力以外の高次機能領域で単一の障害を呈するタイプ(single non-memory domain impaired type)
の3つのsubtypeに分類することが提唱されている。そして2003年にスウェーデンのWinbladらが開催したMCI key symposiumにおいて現在の診断基準が提唱された[3]。最近では記憶とその他の認知機能障害の有無によってamnestic MCIかnon-amnestic MCIかに分け、さらにそれぞれを単一領域の障害か複数の障害かによって
- amnestic MCI single domain
- amnestic MCI multiple domain
- non-amnestic MCI single domain
- non-amnestic MCI multiple domain
の4つのサブタイプに分類することが提唱されている。このように、MCIという概念は様々な変遷を経ながら予防医学的観点から認知症高リスク群として注目され、受け入れられるようになっていった。
診断
診断基準
MCIの診断基準としては1999年にPetersonらが提唱した記憶障害に重きを置いた診断基準[2]の他、2003年のMCI key symposiumで提唱された診断基準[3]、および2013年5月に公開されたDSM-5の診断基準などが挙げられる。
1999年 Petersonらの診断基準[2]ではMCIを
- 記憶障害の愁訴がある
- 日常生活活動は正常
- 全般的な認知機能は正常
- 年齢に比して記憶力が低下
- 認知症は認めない
ものと定義している。
一方、2003年のMCI key symposiumにおけるMCI診断基準[3]では
- 認知機能は正常ではないが認知症でもない(DSM-Ⅳ、ICD-10による認知症の診断基準を満たさない)
- 認知機能低下-①本人および/または第三者からの申告および客観的認知検査の障害、-②客観的認知検査上の経時的減衰の証拠
- 基本的な日常生活は保たれており、複雑な日常生活機能の障害は軽度にとどまる
ものとしている。
他方、DSM-5では
- 複雑性注意、遂行機能、学習および記憶、言語、知覚-運動、社会的認知の6項目のうち1項目以上でわずかな低下が-①本人の訴え、よく知る介護者やかかりつけ医等からの情報、-②標準化された認知テストの成績に基づいて明らか
- 認知障害は日常生活の独立性を妨げるものではない
- せん妄によるものではない
- うつ病や統合失調症等の精神疾患ではうまく説明できない
ことをmild neurocognitive disorder(ND)としている。日本老年精神医学会病名検討委員会において、mild NDは内容的にmild cognitive impairment(MCI)とみなすのが妥当であることから「軽度認知障害」とすることが決まり、日本精神神経学会 精神科用語検討委員会 精神科病名検討連絡会に提案して承認されている。
鑑別診断
血管性認知症、外傷性認知症、アルツハイマー病や他の変性性認知症、プリオン病などが挙げられる。
検査
MCIを鑑別する簡易スクリーニング検査のうち、国際的にも認知されているのがMontreal Cognitive Assessment(MoCA)[4]である。近年、その日本語版であるMoCA-J[5]も作成されている。これはtrail making test B簡略版、立方体の図形模写、時計描画、命名課題、数字の順唱と逆唱、target detection課題(ひらがなのリストを読み上げ「あ」の時に手を叩くよう求める)、計算、復唱課題、語想起課題、類似課題、5単語遅延再生課題、見当識の12課題からなり最高点は30点満点で26点以上を正常、25点以下をMCIの疑いとする。
画像検査としてはMRIや脳血流SPECTなどが挙げられるが所見が軽微のことが多く視察法では評価が難しいため画像統計解析の利用が必要になることが多い。voxel-based morphometry(VBM)による画像解析では近年、海馬傍回前方の嗅内野皮質の萎縮が注目されている。保健適応外の臨床研究領域では、FDG-PETやバイオマーカーとして脳脊髄液中のAβ42やリン酸化タウの測定が注目されているが、まだ確立はしていない。
病態生理
当初は生活状況と記憶テストで判定し、アルツハイマー病に移行する前駆状態という位置づけであった。しかし、現在ではレビー小体型認知症や前頭側頭葉変性症、血管性認知症などアルツハイマー病以外の認知症性疾患の前駆状態も含む概念として認識されている。MCIのサブタイプ別に考えると、記憶障害のみであったり、記憶を含む多領域障害であればアルツハイマー病に移行しやすく、記憶以外の症状が主症状の場合はレビー小体型認知症や前頭側頭葉変性症等に移行しやすいと認識されている。
治療
現状、MCIに対する認知症薬の保険適応は無い。上記の通りMCIにおいて認知機能低下は軽微で基本的な日常生活は保たれるため、将来的には認知症への進展(コンバート)の予防を目標とした治療法が検討される可能性はある。
臨床研究レベルで、薬物治療としてドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンなどのアルツハイマー病治療薬(コリンエステラーゼ cholinesterase(ChE)阻害薬)の有効性を検討した研究がいくつかあるが、MCIから認知症への転換を抑制する効果について明らかなエビデンスは無いのが現状である。しかし、ApoE遺伝子ε4多型保因者の検討においてドネペジル治療により36ヶ月後のAD発症率が有意に低下していたとする報告も存在する。レビー小体型認知症のMCIでは記憶障害や遂行機能障害は呈さずにリアルな幻視やREM睡眠行動障害等が出現することがあり、この場合はレビー小体型認知症としての抑肝散やドネペジル等による薬物療法が有効な場合があるとされる。
薬物以外のアプローチでは、認知症予防のライフスタイル、具体的には運動や食生活・睡眠の改善、血圧や血糖、脂質異常の改善、視覚・聴覚の維持などがMCIから認知症への進行を防ぐためには重要という考え方も存在する。
疫学
2013年の全国調査によるとMCI患者数は400万人と推計され、高齢者人口の約13%を占めることが明らかとなった[1]。他の報告でも高齢者人口の17〜18%とするものが散見される。また、長期介護施設に入所している集団では地域社会で暮らしている人に比べ2倍近く高いとする報告がある。MCIのコンバート率については、Bowenらによる記憶障害のみ認める群の追跡調査では、4年間に48%が認知症を発症したのに対して対照群では18%であったと報告している。また、メタアナリシスの報告では認知症へのコンバート率は年間約10%とされ、正常へのリバート率については14〜44%の範囲で報告されている。
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 朝田 隆、 泰羅 雅、石合 純、清原 裕、池田 学、et al.
都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応.
平成23年度-平成24年度総合研究報告書 : 厚生労働科学研究費補助金認知症対策総合研究事業: 2013 - ↑ 2.0 2.1 2.2
Petersen, R.C., Smith, G.E., Waring, S.C., Ivnik, R.J., Tangalos, E.G., & Kokmen, E. (1999).
Mild cognitive impairment: clinical characterization and outcome. Archives of neurology, 56(3), 303-8. [PubMed:10190820] [WorldCat] [DOI] - ↑ 3.0 3.1 3.2
Winblad, B., Palmer, K., Kivipelto, M., Jelic, V., Fratiglioni, L., Wahlund, L.O., ..., & Petersen, R.C. (2004).
Mild cognitive impairment--beyond controversies, towards a consensus: report of the International Working Group on Mild Cognitive Impairment. Journal of internal medicine, 256(3), 240-6. [PubMed:15324367] [WorldCat] [DOI] - ↑
Nasreddine, Z.S., Phillips, N.A., Bédirian, V., Charbonneau, S., Whitehead, V., Collin, I., ..., & Chertkow, H. (2005).
The Montreal Cognitive Assessment, MoCA: a brief screening tool for mild cognitive impairment. Journal of the American Geriatrics Society, 53(4), 695-9. [PubMed:15817019] [WorldCat] [DOI] - ↑
Fujiwara, Y., Suzuki, H., Yasunaga, M., Sugiyama, M., Ijuin, M., Sakuma, N., ..., & Shinkai, S. (2010).
Brief screening tool for mild cognitive impairment in older Japanese: validation of the Japanese version of the Montreal Cognitive Assessment. Geriatrics & gerontology international, 10(3), 225-32. [PubMed:20141536] [WorldCat] [DOI]