「多系統萎縮症」の版間の差分

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 [[小脳]]あるいはその連絡線維の変性を呈する疾患の総称である[[脊髄小脳変性症]]のうち、遺伝性がなく、かつ病変が[[大脳基底核]]、[[自律神経系]]をなどにも及ぶ病型を指す。脊髄小脳変性症の孤発例の約3分の2を占める。
 [[小脳]]あるいはその連絡線維の変性を呈する疾患の総称である[[脊髄小脳変性症]]のうち、遺伝性がなく、かつ病変が[[大脳基底核]]、[[自律神経系]]をなどにも及ぶ病型を指す。脊髄小脳変性症の孤発例の約3分の2を占める。


 従来、小脳系の変性を主体とする病型は、[[オリーブ橋小脳萎縮症]](olivopontoserebellar atrophy:OPCA)、大脳基底核系を主体とする病型は、[[線条体黒質変性症]](striatonigral degeneration:SND)、自律神経系を主体とする病型は、[[Shy-Drager症候群]](Shy-Drager syndrome:SDS)とも呼ばれてきた。オリーブ橋小脳萎縮症は[[w:Joseph Jules Dejerine|Dejerine]]とAndré-Thomasによる1900年の報告に始まるが<ref>'''J. J. Dejerine, A. Thomas'''<br>L'átrophie olivo-ponto-cérébelleuse.<br>In: ''Nouvelle iconographie de la Salpêtrière''. 1900, 13, S. 330.</ref>、[[オリーブ小脳系]]を超えた病変も認められていた。1964年にAdamsが提唱した線条体黒質変性症においても、[[黒質]][[線条体]]だけでなく、オリーブ小脳系の変性を伴うと記載されていた<ref><pubmed> 14219099</pubmed></ref>。Shy-Drager症候群はShyとDragerにより1960年に報告されたが<ref><pubmed> 14446364 </pubmed></ref>、1967年のSchwarzによる4剖検例では、自律神経系を超えた変性が認められていた<ref><pubmed> 6018044 </pubmed></ref>。こうした経緯から、GrahamとOppenheimerは1969年、病変分布の共通性から、オリーブ橋小脳萎縮症、線条体黒質変性症、Shy-Drager症候群を包括する多系統委縮症という名称を提案した<ref><pubmed>5774131</pubmed></ref>。高橋によるShy-Drager症候群のわが国初の詳細な剖検報告(1969年)<ref>'''高橋昭, 高城晋, 山本耕平ほか'''<br>Shy-Drager症候群. オリーブ橋小脳萎縮症との関連<br>''臨床神経学'' 9: 121-129, 1969</ref>でも、Shy-Drager症候群とオリーブ橋小脳萎縮症病変の共通性が指摘されている。
 従来、小脳系の変性を主体とする病型は、[[オリーブ橋小脳萎縮症]](olivopontoserebellar atrophy:OPCA)、大脳基底核系を主体とする病型は、[[線条体黒質変性症]](striatonigral degeneration:SND)、[[自律神経系]]を主体とする病型は、[[Shy-Drager症候群]](Shy-Drager syndrome:SDS)とも呼ばれてきた。オリーブ橋小脳萎縮症は[[w:Joseph Jules Dejerine|Dejerine]]とAndré-Thomasによる1900年の報告に始まるが<ref>'''J. J. Dejerine, A. Thomas'''<br>L'átrophie olivo-ponto-cérébelleuse.<br>In: ''Nouvelle iconographie de la Salpêtrière''. 1900, 13, S. 330.</ref>、[[オリーブ小脳系]]を超えた病変も認められていた。1964年にAdamsが提唱した線条体黒質変性症においても、[[黒質]][[線条体]]だけでなく、オリーブ小脳系の変性を伴うと記載されていた<ref><pubmed> 14219099</pubmed></ref>。Shy-Drager症候群はShyとDragerにより1960年に報告されたが<ref><pubmed> 14446364 </pubmed></ref>、1967年のSchwarzによる4剖検例では、自律神経系を超えた変性が認められていた<ref><pubmed> 6018044 </pubmed></ref>。こうした経緯から、GrahamとOppenheimerは1969年、病変分布の共通性から、オリーブ橋小脳萎縮症、線条体黒質変性症、Shy-Drager症候群を包括する多系統委縮症という名称を提案した<ref><pubmed>5774131</pubmed></ref>。高橋によるShy-Drager症候群のわが国初の詳細な剖検報告(1969年)<ref>'''高橋昭, 高城晋, 山本耕平ほか'''<br>Shy-Drager症候群. オリーブ橋小脳萎縮症との関連<br>''臨床神経学'' 9: 121-129, 1969</ref>でも、Shy-Drager症候群とオリーブ橋小脳萎縮症病変の共通性が指摘されている。


==症候==
==症候==
 40~60歳に、多くは[[小脳性運動失調]]から発症し、次第に自律神経症状や[[錐体外路症状]]、[[錐体路症状]]を伴う病型を[[MSA-C]]と呼ぶ。新潟大学の剖検例では、MSA-Cに[[パーキンソニズム]]を伴うのは74%であった。また、[[尿失禁]]や[[排尿困難]]、[[起立性低血圧]]や[[失神]]、男性では[[陰萎]]などの自律神経症状が発現する中央値は発症から2.5年であり、2.5年より早期から自律神経障害が出現すると、その後の進行が速かった。
 40~60歳に、多くは[[小脳性運動失調]]から発症し、次第に自律神経症状や[[錐体外路症状]]、[[錐体路症状]]を伴う病型を[[MSA-C]]と呼ぶ。新潟大学の剖検例では、MSA-Cに[[パーキンソニズム]]を伴うのは74%であった。また、[[尿失禁]]や[[排尿困難]]、[[起立性低血圧]]や[[失神]]、男性では[[陰萎]]などの自律神経症状が発現する中央値は発症から2.5年であり、2.5年より早期から自律神経障害が出現すると、その後の進行が速かった。


 多くはパーキンソン症状から発症し、次第に自律神経症状を伴う病型を[[MSA-P]]と呼ぶ。小脳性運動失調症状はパーキンソン症状にマスクされやすく、MSA-Pが小脳性運動失調を伴う頻度は、新潟大学の検討では44%であった。MSA-Pの初期には、パーキンソン病との鑑別が困難な症例もある。パーキンソン病に比べて、[[レボドパ]]補充療法の効果が乏しく、進行が速く、症状の左右差や[[静止時振戦]]がまれであることが特徴とされるが、MSA-Pでもパーキンソン症状の左右差が明らかな例や、典型的な静止時振戦を示す例、レボドパも無効ではなく、改善を示す例がある。進行期になると、多系統萎縮症でも[[大脳皮質]]の著明な萎縮や、進行性の認知障害が認められる。
 一方、[[パーキンソン症状]]から発症し、次第に自律神経症状を伴う病型を[[MSA-P]]と呼ぶ。小脳性運動失調症状はパーキンソン症状にマスクされやすく、MSA-Pが小脳性運動失調を伴う頻度は、新潟大学の検討では44%であった。MSA-Pの初期には、パーキンソン病との鑑別が困難な症例もある。パーキンソン病に比べて、[[レボドパ]]補充療法の効果が乏しく、進行が速く、症状の左右差や[[静止時振戦]]がまれであることが特徴とされるが、MSA-Pでもパーキンソン症状の左右差が明らかな例や、典型的な静止時振戦を示す例、レボドパも無効ではなく、改善を示す例がある。進行期になると、多系統萎縮症でも[[大脳皮質]]の著明な萎縮や、進行性の認知障害が認められる。


 多系統萎縮症の全経過は約9年で、[[wj::誤嚥性肺炎|誤嚥性肺炎]]や[[wj::敗血症|敗血症]]などの[[wj::感染症|感染症]]が死因となることが多いが、夜間の[[突然死]]も重要である。通常の低音のいびきとは異なる高調の喉頭喘鳴は、[[声帯外転麻痺]]を示唆する症候とされ、声帯外転麻痺による気道閉塞が突然死の原因と考えられてきた。しかし、麻酔薬により[[睡眠]]状態を再現して喉頭内視鏡検査を行うと、気道狭窄が生じている部位は[[wj:声帯|声帯]]に限らず、[[wj:被裂部|被裂部]]、[[wj::喉頭蓋|喉頭蓋]]、[[wj::舌根部|舌根部]]、[[wj::軟口蓋|軟口蓋]]など広範囲に及び、また吸気時に喉頭蓋が気管に引き込まれ、気道を閉塞する[[wikipedia:floppy epiglottis|floppy epiglottis]]と呼ばれる病態も合併することが明らかになった。MSAの睡眠呼吸障害に対する治療法として、マスクを用いた[[持続陽圧換気]](continuous positive airway pressure: CPAP)を不用意に行うと、floppy epiglottisでは気道狭窄が悪化する[[恐れ]]があり、注意を要する。
 多系統萎縮症の全経過は約9年で、[[wj::誤嚥性肺炎|誤嚥性肺炎]]や[[wj::敗血症|敗血症]]などの[[wj::感染症|感染症]]が死因となることが多いが、夜間の[[突然死]]も重要である。通常の低音のいびきとは異なる高調の喉頭喘鳴は、[[声帯外転麻痺]]を示唆する症候とされ、声帯外転麻痺による気道閉塞が突然死の原因と考えられてきた。しかし、麻酔薬により[[睡眠]]状態を再現して喉頭内視鏡検査を行うと、気道狭窄が生じている部位は[[wj:声帯|声帯]]に限らず、[[wj:被裂部|被裂部]]、[[wj::喉頭蓋|喉頭蓋]]、[[wj::舌根部|舌根部]]、[[wj::軟口蓋|軟口蓋]]など広範囲に及び、また吸気時に喉頭蓋が気管に引き込まれ、気道を閉塞する[[wikipedia:floppy epiglottis|floppy epiglottis]]と呼ばれる病態も合併することが明らかになった。MSAの睡眠呼吸障害に対する治療法として、マスクを用いた[[持続陽圧換気]](continuous positive airway pressure: CPAP)を不用意に行うと、floppy epiglottisでは気道狭窄が悪化する[[恐れ]]があり、注意を要する。


 多系統萎縮症の睡眠呼吸障害に対して、CPAP装着や気管切開などを行っても、突然死を防げない症例が存在する。[[中枢性無呼吸]]や致死性[[wj::不整脈|不整脈]]などが原因と考えられ、気管切開による人工呼吸管理が必要になる。
 多系統萎縮症の睡眠呼吸障害に対して、CPAP装着や気管切開などを行っても、突然死を防げない症例が存在する。[[中枢性無呼吸]]や致死性[[wj:不整脈|不整脈]]などが原因と考えられ、気管切開による人工呼吸管理が必要になる。


== 診断 ==
== 診断 ==
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|'''従来通り、definite, probable, possibleに分類し、さらにMSA-PとMSA-Cに分類する。'''
|'''従来通り、definite, probable, possibleに分類し、さらにMSA-PとMSA-Cに分類する。'''
#Definite MSA<br> 病理学的に,中枢神経に広範に、多数のα-synuclein陽性glial cytoplasmic inclusion(GCI)を認め、線条体黒質系またはオリーブ橋小脳系の変性所見を伴う。
#Definite MSA<br> 病理学的に,中枢神経に広範に、多数の[[α-シヌクレイン]]陽性glial cytoplasmic inclusion(GCI)を認め、線条体黒質系またはオリーブ橋小脳系の変性所見を伴う。
#Probable MSA<br> 孤発性で進行性の成人発症(30歳以降)の変性疾患で、自律神経障害(尿失禁([[wj:膀胱|膀胱]]からの尿排出をコントロールできない、男性では勃起障害)、または起立後3分以内に少なくとも収縮期血圧が30 mmHg,拡張期血圧が15 mmHg低下する起立性低血圧)に加え、レボドパ反応性の乏しいパーキンソニズム(動作緩慢に、筋強剛、振戦、または[[姿勢反射]]障害を伴う)、または小脳症候群([[歩行失調]]に、小脳性[[構音障害]]、四肢失調、または小脳性[[眼球運動障害]]を伴う)を呈する。
#Probable MSA<br> 孤発性で進行性の成人発症(30歳以降)の変性疾患で、自律神経障害(尿失禁([[wj:膀胱|膀胱]]からの尿排出をコントロールできない、男性では勃起障害)、または起立後3分以内に少なくとも収縮期血圧が30 mmHg,拡張期血圧が15 mmHg低下する起立性低血圧)に加え、レボドパ反応性の乏しいパーキンソニズム(動作緩慢に、筋強剛、振戦、または[[姿勢反射]]障害を伴う)、または小脳症候群([[歩行失調]]に、小脳性[[構音障害]]、四肢失調、または小脳性[[眼球運動障害]]を伴う)を呈する。
#Possible MSA<br> 孤発性で進行性の成人発症(30歳以降)の変性疾患で、パーキンソニズム、または小脳症候群を呈し、加えて自律神経障害を示唆する所見(他の原因では説明できない[[尿意促迫]]、[[頻尿]]、[[残尿]]、男性では[[勃起不全]]、またはprobable MSAの規準を満たさないレベルの起立性低血圧)を少なくとも一つ認め、さらに以下の表で少なくとも一つの所見を満たすもの。<br>
#Possible MSA<br> 孤発性で進行性の成人発症(30歳以降)の変性疾患で、パーキンソニズム、または小脳症候群を呈し、加えて自律神経障害を示唆する所見(他の原因では説明できない[[尿意促迫]]、[[頻尿]]、[[残尿]]、男性では[[勃起不全]]、またはprobable MSAの規準を満たさないレベルの起立性低血圧)を少なくとも一つ認め、さらに以下の表で少なくとも一つの所見を満たすもの。<br>
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   (2) Possible MSA-P<br>    急速進行性のパーキンソニズム、レボドパ反応性が乏しいこと、運動症状出現3年以内の姿勢反射障害、
   (2) Possible MSA-P<br>    急速進行性のパーキンソニズム、レボドパ反応性が乏しいこと、運動症状出現3年以内の姿勢反射障害、
歩行失調・小脳性構音障害・四肢失調・または<br>    小脳性眼球運動障害、運動症状出現5年以内の嚥下障害、
歩行失調・小脳性構音障害・四肢失調・または<br>    小脳性眼球運動障害、運動症状出現5年以内の嚥下障害、
MRIにおける[[被殻]]・[[中小脳脚]]・[[橋]]・または小脳の萎縮、[[陽電子断層撮像法#脳機能計測|FDG-PET]]における被殻・脳幹・または小脳の低代謝。<br>
[[MRI]]における[[被殻]]・[[中小脳脚]]・[[橋]]・または小脳の萎縮、[[陽電子断層撮像法#脳機能計測|FDG-PET]]における被殻・脳幹・または小脳の低代謝。<br>
   (3) Possible MSA-C<br>    パーキンソニズム(動作緩慢と筋強剛)、MRIにおける被殻・中小脳脚・または橋の萎縮、FDG-PETにおける被殻の低代謝、SPECTまたはPETにおける<br>    黒質線条体[[ドーパミン]]作動性ニューロンの節前性脱神経 。
   (3) Possible MSA-C<br>    パーキンソニズム(動作緩慢と筋強剛)、MRIにおける被殻・中小脳脚・または橋の萎縮、FDG-PETにおける[[被殻]]の低代謝、[[SPECT]]または[[PET]]における<br>    黒質線条体[[ドーパミン]]作動性ニューロンの節前性脱神経 。
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|'''多系統萎縮症の診断を支持するred flag所見<br>'''
|'''多系統萎縮症の診断を支持するred flag所見<br>'''
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 多系統萎縮症の補助診断には[[MRI]]が有用である。MSA-Cでは、小脳、[[中小脳脚]]、[[脳幹]]の進行性萎縮とともに、橋底部に十字状の高信号(hot cross bun sign:橋十字サイン)が、MSA-Pでは、被殻の進行性萎縮とグリオーシス、鉄の沈着により、被殻後外側部に線状の高信号(putaminal slit sign)が認められる(図1)。
 多系統萎縮症の補助診断には[[MRI]]が有用である。MSA-Cでは、小脳、[[中小脳脚]]、[[脳幹]]の進行性萎縮とともに、橋底部に十字状の高信号(hot cross bun sign:橋十字サイン)が、MSA-Pでは、被殻の進行性萎縮とグリオーシス、鉄の沈着により、被殻後外側部に線状の高信号(putaminal slit sign)が認められる(図1)。


 [[MIBG心筋シンチグラフィー]]では、MSA-Pの初期には取り込みの低下は認められないので、パーキンソン病との鑑別に役立つ。[[脳脊髄液]]中のα-シヌクレインは多系統萎縮症では低下する。glial cytoplasmic inclusionに結合するリガンドを利用した[[PET]]検査も開発中である。
 [[MIBG心筋シンチグラフィー]]では、MSA-Pの初期には取り込みの低下は認められないので、パーキンソン病との鑑別に役立つ。[[脳脊髄液]]中の[[α-シヌクレイン]]は多系統萎縮症では低下する。glial cytoplasmic inclusionに結合するリガンドを利用した[[PET]]検査も開発中である。


==治療==
==治療==