「双極性障害」の版間の差分

編集の要約なし
(3人の利用者による、間の7版が非表示)
1行目: 1行目:
英語名: bipolar disorder
<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史]</font><br>
''独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年4月23日 原稿完成日:2013年4月9日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/ryosuketakahashi 高橋 良輔](京都大学 大学院医学研究科)<br>
</div>
 
英語名: bipolar disorder 独:bipolare Störung 仏:trouble bipolaire


同義語: 双極性感情障害、躁うつ病(manic depressive illness)
同義語: 双極性感情障害、躁うつ病(manic depressive illness)
5行目: 12行目:
関連語: 双極Ⅰ型障害、双極Ⅱ型障害
関連語: 双極Ⅰ型障害、双極Ⅱ型障害


 
{{box|text=
 双極性障害は、[[躁状態]]([[躁病エピソード]])または[[軽躁状態]]([[軽躁病エピソード]])と[[うつ状態]]([[大うつ病エピソード]])を反復する[[精神疾患]]である。躁状態による問題行動やうつ状態による長期休職等により、社会生活の障害を引き起こす。また、自殺率も高い。[[気分安定薬]]および[[抗精神病薬#.E7.AC.AC2.E4.B8.96.E4.BB.A3|非定型抗精神病薬]]がその予防に有効である。原因としては遺伝的要因の関与が大きい。[[カルシウム]]シグナリングの変化などに伴う神経細胞レベルでの病態がその基底に存在すると推定されている。
 双極性障害は、[[躁状態]]([[躁病エピソード]])または[[軽躁状態]]([[軽躁病エピソード]])と[[うつ状態]]([[大うつ病エピソード]])を反復する[[精神疾患]]である。躁状態による問題行動やうつ状態による長期休職等により、社会生活の障害を引き起こす。また、自殺率も高い。[[気分安定薬]]および[[抗精神病薬#.E7.AC.AC2.E4.B8.96.E4.BB.A3|非定型抗精神病薬]]がその予防に有効である。原因としては遺伝的要因の関与が大きい。[[カルシウム]]シグナリングの変化などに伴う神経細胞レベルでの病態がその基底に存在すると推定されている。
}}


== 歴史  ==
== 歴史  ==


 紀元前2世紀、[[wikipedia:JA:カッパドキア|カッパドキア]]の[[wikipedia:Aretaeus of Cappadocia|Aretaeus]]が躁とうつが同じ患者に現れることを記載したことが躁うつ病概念の起源とされている<ref name=ref1>'''Frederick K. Goodwin, Kay Redfield Jamison'''<br>Manic-Depressive Illness: Bipolar Disorders and Recurrent Depression<br>2007, ''Oxford University Press''</ref>。精神疾患に関する認識が停滞した中世の後、19世紀に、[[wikipedia:Jean-Pierre Falret|Farlet]](循環精神病)と[[wikipedia:Jules Baillarger|Baillarger]](重複精神病)により、再発見された。また、同時期に[[[wikipedia:Karl Ludwig Kahlbaum|Kahlbaum]]も、気分循環症を記載した。
 紀元前2世紀、[[wikipedia:JA:カッパドキア|カッパドキア]]の[[wikipedia:Aretaeus of Cappadocia|Aretaeus]]が躁とうつが同じ患者に現れることを記載したことが躁うつ病概念の起源とされている<ref name=ref1>'''Frederick K. Goodwin, Kay Redfield Jamison'''<br>Manic-Depressive Illness: Bipolar Disorders and Recurrent Depression<br>2007, ''Oxford University Press''</ref>。精神疾患に関する認識が停滞した中世の後、19世紀に、[[wikipedia:Jean-Pierre Falret|Farlet]](循環精神病)と[[wikipedia:Jules Baillarger|Baillarger]](重複精神病)により、再発見された。また、同時期に[[w:Karl Ludwig Kahlbaum|Kahlbaum]]も、気分循環症を記載した。


 19世紀末に、[[wikipedia:Emil Kraepelin|Kraepelin]]が精神病を、慢性に経過して人格に欠陥を残す[[早発性痴呆]](現在の[[統合失調症]])と、周期性に経過して人格の欠陥を残さない躁うつ病に分けた。この際、躁うつ病に重症な[[単極性うつ病]]も含まれていたため、躁うつ病に単極性うつ病を含むとする考えもあった。しかし、その後、[[wikipedia:Jules Angst|Angst]]が、躁状態を伴う患者の方が、うつ状態だけの患者よりも再発頻度が高いことから、双極性と単極性を明確に分離した。現在では、「躁うつ病」といえば、通常、単極性のうつ病は含まず、双極性障害を示すようになっている<ref name=ref2>'''加藤忠史'''<br>双極性障害 第2版―病態の理解から治療戦略まで<br>2011年、''医学書院''</ref>。
 19世紀末に、[[wikipedia:Emil Kraepelin|Kraepelin]]が精神病を、慢性に経過して人格に欠陥を残す[[早発性痴呆]](現在の[[統合失調症]])と、周期性に経過して人格の欠陥を残さない躁うつ病に分けた。この際、躁うつ病に重症な[[単極性うつ病]]も含まれていたため、躁うつ病に単極性うつ病を含むとする考えもあった。しかし、その後、[[wikipedia:Jules Angst|Angst]]が、躁状態を伴う患者の方が、うつ状態だけの患者よりも再発頻度が高いことから、双極性と単極性を明確に分離した。現在では、「躁うつ病」といえば、通常、単極性のうつ病は含まず、双極性障害を示すようになっている<ref name=ref2>'''加藤忠史'''<br>双極性障害 第2版―病態の理解から治療戦略まで<br>2011年、''医学書院''</ref>。
32行目: 40行目:
=== 疾患の診断===  
=== 疾患の診断===  


 次に、エピソードの組み合わせにより、疾患を診断する<ref name=ref3>'''高橋三郎他'''<br>DSM-Ⅳ.精神疾患の診断・統計マニュアル<br>''医学書院''、19963</ref>(参考文献の年号御確認下さい)。
 次に、エピソードの組み合わせにより、疾患を診断する<ref name=ref3>'''高橋三郎他'''<br>DSM-Ⅳ.精神疾患の診断・統計マニュアル<br>''医学書院''、1996</ref>


 1回でも躁病エピソードまたは混合性エピソードがあれば、双極I型障害と診断される。すなわち、単一躁病エピソードも、双極Ⅰ型障害に含まれる。
 1回でも躁病エピソードまたは混合性エピソードがあれば、双極I型障害と診断される。すなわち、単一躁病エピソードも、双極Ⅰ型障害に含まれる。
56行目: 64行目:
*[[向精神薬]]の副作用 <br> [[抗精神病薬]]による[[アカシジア]](静坐不能)と[[焦燥]]、[[薬剤性パーキンソン症状]]とうつ状態、抗うつ薬(特に[[パロキセチン]])による中止後発現症状とうつ状態による[[不快気分]]・[[焦燥]]、[[三環系抗うつ薬]]による[[幻視]]とうつ状態に伴う精神病症状、[[カルバマゼピン]]による[[聴覚]]系の副作用(音程が変化して感じられる)と知覚変容などについて、鑑別が必要となる。<br> 抗うつ薬により誘発された躁状態は、抗うつ薬中止ですぐ改善しないような場合は、双極性障害によるものと判断される。  
*[[向精神薬]]の副作用 <br> [[抗精神病薬]]による[[アカシジア]](静坐不能)と[[焦燥]]、[[薬剤性パーキンソン症状]]とうつ状態、抗うつ薬(特に[[パロキセチン]])による中止後発現症状とうつ状態による[[不快気分]]・[[焦燥]]、[[三環系抗うつ薬]]による[[幻視]]とうつ状態に伴う精神病症状、[[カルバマゼピン]]による[[聴覚]]系の副作用(音程が変化して感じられる)と知覚変容などについて、鑑別が必要となる。<br> 抗うつ薬により誘発された躁状態は、抗うつ薬中止ですぐ改善しないような場合は、双極性障害によるものと判断される。  


== 病態生理 ==
==病態生理 ==


 双極性障害の原因は完全には解明されていない。
 双極性障害の原因は完全には解明されていない。


 遺伝学的研究では、[[wikipedia:JA:一卵性双生児|一卵性双生児]]における一致率が[[wikipedia:JA:二卵性双生児|二卵性双生児]]よりも高いことから、遺伝要因が関与すると考えられている。ゲノムワイド関連研究では、[[wikipedia:CACNA1C|L型電位依存性カルシウムチャネルCa<sub>v</sub>1.2]]、[[wikipedia:ODZ4|odz, odd Oz/ten-m homolog 4]] (ODZ4)などとの弱い関連が示唆されている<ref name=ref4><pubmed>21926972</pubmed></ref>。また、まれな遺伝性疾患で気分障害を伴うものとして、[[ウォルフラム病]]、[[ダリエ病]]、[[慢性進行性外眼筋麻痺]]などがあり、これらも疾患解明の手がかりになる可能性があるとして研究されている。
 遺伝学的研究では、[[wikipedia:JA:一卵性双生児|一卵性双生児]]における一致率が[[wikipedia:JA:二卵性双生児|二卵性双生児]]よりも高いことから、遺伝要因が関与すると考えられている。ゲノムワイド関連研究では、[[電位依存性カルシウムチャネル|L型電位依存性カルシウムチャネルCa<sub>v</sub>1.2]]、[[wikipedia:ODZ4|odz, odd Oz/ten-m homolog 4]] (ODZ4)などとの弱い関連が示唆されている<ref name=ref4><pubmed>21926972</pubmed></ref>。また、まれな遺伝性疾患で気分障害を伴うものとして、[[ウォルフラム病]]、[[ダリエ病]]、[[慢性進行性外眼筋麻痺]]などがあり、これらも疾患解明の手がかりになる可能性があるとして研究されている。


 脳画像研究では、[[脳室]]拡大、[[MRI]]([[T2強調画像]])における白質高信号領域の増加、[[前部帯状回]]および[[島皮質]]の[[灰白質]]体積減少<ref name=ref5><pubmed>21835091</pubmed></ref>が報告されている。機能的脳画像法では、さまざまな課題が用いられ、双極性障害が躁状態、うつ状態、寛解期とさまざまな臨床状態を呈することも相まって、膨大な知見が報告されているが、大まかに要約すると、[[前頭葉背外側部]]等の認知処理に関わる脳部位の認知課題に対する反応性については低下を示す研究が多く、[[扁桃体]]等の情動に関わる脳部位の表情課題等の情動課題に対する反応性は亢進を示す報告が多い<ref name=ref2>'''加藤忠史'''<br>双極性障害 第2版―病態の理解から治療戦略まで 2011年、医学書院</ref>。
 脳画像研究では、[[脳室]]拡大、[[MRI]]([[T2強調画像]])における白質高信号領域の増加、[[前部帯状回]]および[[島皮質]]の[[灰白質]]体積減少<ref name=ref5><pubmed>21835091</pubmed></ref>が報告されている。機能的脳画像法では、さまざまな課題が用いられ、双極性障害が躁状態、うつ状態、寛解期とさまざまな臨床状態を呈することも相まって、膨大な知見が報告されているが、大まかに要約すると、[[前頭葉背外側部]]等の認知処理に関わる脳部位の認知課題に対する反応性については低下を示す研究が多く、[[扁桃体]]等の情動に関わる脳部位の表情課題等の情動課題に対する反応性は亢進を示す報告が多い<ref name=ref2>'''加藤忠史'''<br>双極性障害 第2版―病態の理解から治療戦略まで 2011年、医学書院</ref>。
86行目: 94行目:
 心理社会的治療としては、心理教育が基本であり、個人で、夫婦で、あるいは集団で行われる。一般的な疾患の理解と受容、ライフチャートを書くなどして本人の疾患の経過とその増悪因子、改善に有効であった因子を理解すること、薬剤の知識の獲得とアドヒアランスの向上、初期徴候の把握などが主なテーマとなる。
 心理社会的治療としては、心理教育が基本であり、個人で、夫婦で、あるいは集団で行われる。一般的な疾患の理解と受容、ライフチャートを書くなどして本人の疾患の経過とその増悪因子、改善に有効であった因子を理解すること、薬剤の知識の獲得とアドヒアランスの向上、初期徴候の把握などが主なテーマとなる。


 また、対人関係社会リズム療法も有効であり、対人関係に焦点を当て、種々の心理学的・行動学的技法を用いて、対人ストレスへの対処能力を身につけると共に、生活リズムを一定に保ち、再発を予防することを主眼とする。
 また、対人関係社会リズム療法も有効であり、対人関係に焦点を当て、種々の心理学的・行動学的技法を用いて、対人[[ストレス]]への対処能力を身につけると共に、生活リズムを一定に保ち、再発を予防することを主眼とする。


== 疫学 ==
== 疫学 ==
97行目: 105行目:
   
   
<references/>
<references/>
(執筆者:加藤忠史 担当編集者:高橋良輔)