「統合失調症」の版間の差分

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==病態生理==
==病態生理==
===病態生理のさまざまなレベル===
===病態生理のさまざまなレベル===
 統合失調症について得られているバイオマーカーの結果を、メタ解析における effect size として比較すると,認知機能障害(言語性記憶1.41,注意機能1.16)>神経生理指標(MMN成分振幅 0.99,P300 成分振幅 0.85)>脳機能画像([[前頭葉]]賦活 0.81,前頭葉安静 0.65)>脳構造画像(右[[海馬]] 0.58,左上側頭回 0.55),という順となる。異なる研究領域で得られた effect size を比較することには統計学的な問題があるが,おおまかには統合失調症で認められる所見の健常者からの隔たりの程度は「認知機能>神経生理機能>脳機能画像>脳構造画像」の順になるというもので,複雑な機能であるほど変化が大きいことを示している。
 統合失調症について得られているバイオマーカーの結果を、[[wj:メタ解析|メタ解析]]における effect size として比較すると,認知機能障害(言語性記憶1.41,注意機能1.16)>神経生理指標(MMN成分振幅 0.99,P300 成分振幅 0.85)>脳機能画像([[前頭葉]]賦活 0.81,前頭葉安静 0.65)>脳構造画像(右[[海馬]] 0.58,左[[上側頭回]] 0.55),という順となる。異なる研究領域で得られた effect size を比較することには統計学的な問題があるが,おおまかには統合失調症で認められる所見の健常者からの隔たりの程度は「認知機能>神経生理機能>脳機能画像>脳構造画像」の順になるというもので,複雑な機能であるほど変化が大きいことを示している。


===脳構造から想定される病態生理===
===脳構造から想定される病態生理===
 統合失調症のMRI研究から、脳構造に軽度の変化があることが知られている。慢性患者においては、全脳体積が約3%小さく、その変化は[[灰白質]]に強く、[[前頭前野]]・側頭葉・辺縁傍辺縁系に強く、初発患者においても明らかである。このように、脳構造としての病態生理は、広範囲にわたりながらも脳部位により異なり、全体としては成熟が遅い領域に強い傾向がある。この体積減少は発症前後で進行が目立つが、長期的な加齢に伴う変化には健常者と差を認めないとする報告が多い。こうした脳構造変化が、どのような細胞や分子レベルの変化を背景とするかは十分明らかではない。組織学的には[[シナプス]]数の減少が示唆されていることから、細胞レベルやシナプスレベルでの変化を背景としたものであることが推測されている。
 統合失調症の[[MRI]]研究から、脳構造に軽度の変化があることが知られている。慢性患者においては、全脳体積が約3%小さく、その変化は[[灰白質]]に強く、[[前頭前野]]・[[側頭葉]]・[[辺縁系|辺縁]][[傍辺縁系]]に強く、初発患者においても明らかである。このように、脳構造としての病態生理は、広範囲にわたりながらも脳部位により異なり、全体としては成熟が遅い領域に強い傾向がある。この体積減少は発症前後で進行が目立つが、長期的な加齢に伴う変化には健常者と差を認めないとする報告が多い。こうした脳構造変化が、どのような細胞や分子レベルの変化を背景とするかは十分明らかではない。組織学的には[[シナプス]]数の減少が示唆されていることから、細胞レベルやシナプスレベルでの変化を背景としたものであることが推測されている。


===神経生理から想定される病態生理===
===神経生理から想定される病態生理===
 [[事象関連電位]]と呼ばれる[[脳波]]で臨床神経生理についての病態を検討すると、P50成分やPPIのような刺激のフィルタ機能を反映する指標は、リスク期から所見が認められ、発症後もあまり変化がない。これと対照的に、刺激のある程度高次な処理を反映するMMN成分は、慢性期になって初めて所見として認められるようになる。この両者の中間の変化を示すのがP300成分やN100成分であり、前駆期になって明らかとなる所見が慢性期になって進行する。
 [[事象関連電位]]と呼ばれる[[脳波]]で臨床神経生理についての病態を検討すると、[[P50]]成分や[[プレパルスインヒビション]] (pre-pulse inhibition; PPI)(<u>編集部コメント:PPIが正しく定義されているかご確認ください</u>)のような刺激のフィルタ機能を反映する指標は、リスク期から所見が認められ、発症後もあまり変化がない。これと対照的に、刺激のある程度高次な処理を反映するMMN(<u>編集部コメント:何の略でしょうか?</u>)成分は、慢性期になって初めて所見として認められるようになる。この両者の中間の変化を示すのがP300成分やN100成分であり、前駆期になって明らかとなる所見が慢性期になって進行する。


 このように、事象関連電位の所見は「P50成分・PPI → P300成分・N100成分 → MMN成分」という順で進行する。それぞれの成分が表わす意味を考えると、これは機能の障害が「フィルタ機能 → 感覚処理 → 高次処理」という順で進むことを示している。そうした機能を担う脳部位として、「視床 → 感覚野 → 連合野」という順が想定できる。統合失調症の病態生理の進展をおおまかに表わしたものと考えられ、「素因として視床の障害にもとづくフィルタ機能の障害があり、そこに感覚野における障害が加わることで発症に至り、さらに連合野における障害が進展することで慢性化へと到る」という進展である。
 このように、事象関連電位の所見は「P50成分・PPI → P300成分・N100成分 → MMN成分」という順で進行する。それぞれの成分が表わす意味を考えると、これは機能の障害が「フィルタ機能 → 感覚処理 → 高次処理」という順で進むことを示している。そうした機能を担う脳部位として、「[[視床]] [[感覚野]] [[連合野]]」という順が想定できる。統合失調症の病態生理の進展をおおまかに表わしたものと考えられ、「素因として視床の障害にもとづくフィルタ機能の障害があり、そこに感覚野における障害が加わることで発症に至り、さらに連合野における障害が進展することで慢性化へと到る」という進展である。


===情報処理から想定される病態生理===
===情報処理から想定される病態生理===
 3.4.で述べた神経心理学的な認知機能障害のより上位となるメカニズムが、幻覚や妄想の発生の認知心理学的メカニズムとなっているとする考えがある。思考やイメージについて自分が内部で生成したか外部に由来するかを弁別する中枢モニター機能に障害があると、内部で生成した思考やイメージを外部に由来する事象と誤って受けとめ、それが幻覚や妄想として体験されるとする考え方である。その背景に、自己の行動や思考について、それをフィードフォワードにより制御する脳機構が想定されている。
 「[[統合失調症#認知機能障害|認知機能障害]]」で述べた神経心理学的な認知機能障害のより上位となるメカニズムが、幻覚や妄想の発生の認知心理学的メカニズムとなっているとする考えがある。思考やイメージについて自分が内部で生成したか外部に由来するかを弁別する中枢モニター機能に障害があると、内部で生成した思考やイメージを外部に由来する事象と誤って受けとめ、それが幻覚や妄想として体験されるとする考え方である。その背景に、自己の行動や思考について、それをフィードフォワードにより制御する脳機構が想定されている。


 こうした一種の[[メタ認知]]の障害は、より複雑な自己認知にまで拡大できる可能性についての指摘がある。統合失調症の発症や再発には社会的ストレスへの情動反応の影響が大きいが、その情動反応は自己価値についての低い評価という自己認知により影響を受ける。小児期のトラ[[ウマ]]体験や社会的ストレス、それと関連する社会的スティグマやそれを内在化させたセルフスティグマが、低い自己認知と相互作用することで発症や再発を引き起こしやすくするという考え方である。
 こうした一種の[[メタ認知]]の障害は、より複雑な自己認知にまで拡大できる可能性についての指摘がある。統合失調症の発症や再発には社会的ストレスへの情動反応の影響が大きいが、その情動反応は自己価値についての低い評価という自己認知により影響を受ける。小児期のトラウマ体験や社会的ストレス、それと関連する社会的スティグマやそれを内在化させたセルフスティグマが、低い自己認知と相互作用することで発症や再発を引き起こしやすくするという考え方である。


===神経伝達物質から想定される病態生理===
===神経伝達物質から想定される病態生理===
 抗精神病薬が共通して[[D2受容体]]遮断作用を持つことから、[[ドーパミン]]系の過活性があると考えられている。未服薬患者の[[PET]]研究などで、[[シナプス前]]細胞からのドーパミン放出は亢進しており、シナプス後細胞の[[ドーパミン受容体]]数の増加は軽度であることから、ドーパミン系の過活性にはドーパミン放出の亢進が大きな役割を果たしていると考えらえている。
 抗精神病薬が共通して[[D2受容体]]遮断作用を持つことから、[[ドーパミン]]系の過活性があると考えられている。未服薬患者の[[PET]]研究などで、[[シナプス前細胞]]からのドーパミン放出は亢進しており、[[シナプス後細胞]]の[[ドーパミン受容体]]数の増加は軽度であることから、ドーパミン系の過活性にはドーパミン放出の亢進が大きな役割を果たしていると考えらえている。


 しかし、統合失調症以外の疾患で認める幻覚妄想にも抗精神病薬が有効なことが多いことからは、ドーパミン系の過活性は統合失調症の病態のうちの下流に位置する現象と考えられている。その上流として[[グルタミン酸]]系や[[GABA]]系、修飾要因として[[セロトニン]]系などが、活発に研究されている。
 しかし、統合失調症以外の疾患で認める幻覚妄想にも抗精神病薬が有効なことが多いことからは、ドーパミン系の過活性は統合失調症の病態のうちの下流に位置する現象と考えられている。その上流として[[グルタミン酸]]系や[[GABA]]系、修飾要因として[[セロトニン]]系などが、活発に研究されている。
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 遺伝子研究においては日進月歩の成果が次々と報告されているが、いずれの遺伝子についても統合失調症のリスクを多くても2倍程度に増すという影響のものであり、神経疾患について目覚ましい成果が挙がっていることと対照的な状況にある。これはひとつには統合失調症が多因子遺伝によると想定されていることから予想されるものであるが、臨床的にみても均質とは想定されない統合失調症という疾患概念を対象として行った検討の結果であるという、より根本的な問題がある。
 遺伝子研究においては日進月歩の成果が次々と報告されているが、いずれの遺伝子についても統合失調症のリスクを多くても2倍程度に増すという影響のものであり、神経疾患について目覚ましい成果が挙がっていることと対照的な状況にある。これはひとつには統合失調症が多因子遺伝によると想定されていることから予想されるものであるが、臨床的にみても均質とは想定されない統合失調症という疾患概念を対象として行った検討の結果であるという、より根本的な問題がある。


 そうした制約がありながらも、神経細胞なかでもシナプスに関連した遺伝子の関与が示唆されることが多いのは、ある意味では驚くべきことである。このことは、統合失調症の病因・病態として神経細胞なかでもそのシナプスの役割が大きいことを示すとともに、臨床的に定義された統合失調症という疾患概念がある程度は妥当であることを示している。
 そうした制約がありながらも、神経細胞なかでも[[シナプス]]に関連した遺伝子の関与が示唆されることが多いのは、ある意味では驚くべきことである。このことは、統合失調症の病因・病態として神経細胞なかでもそのシナプスの役割が大きいことを示すとともに、臨床的に定義された統合失調症という疾患概念がある程度は妥当であることを示している。


 そのなかで最近指摘されているのは、統合失調症に関連するとされる遺伝子のなかで、他の精神疾患と共通する遺伝子が多いことである。このことは、統合失調症などの精神疾患の病因・病態が精神疾患に共通する疾患非特異的な過程と、個別の精神疾患ごとの疾患特異的な過程とで重層的に構成されていることを示していると理解することができる。
 そのなかで最近指摘されているのは、統合失調症に関連するとされる遺伝子のなかで、他の精神疾患と共通する遺伝子が多いことである。このことは、統合失調症などの精神疾患の病因・病態が精神疾患に共通する疾患非特異的な過程と、個別の精神疾患ごとの疾患特異的な過程とで重層的に構成されていることを示していると理解することができる。