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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0064344/?lang=japanese 稲村 直子]、[http://researchmap.jp/read0182659 池中 一裕]</font><br> | |||
''自然科学研究機構生理学研究所 分子生理研究系 分子神経生理研究部門''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年2月12日 原稿完成日:201X年X月X日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br> | |||
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英:astrocyte 独:Astrozyt 仏:astrocyte | |||
: | 同義語:大膠細胞、星状細胞、星状膠細胞、マクログリア | ||
{{box|text= アストロサイトは神経系の細胞であるグリア細胞の一種で、ニューロンを取り囲んでおり、神経回路を調節する。アストロサイトは以前は神経細胞から放出された伝達物質を回収するなど神経回路の補助的役割とされていたが、2000年以降、アストロサイトが伝達物質グリオトランスミッターを放出し神経回路を制御する報告が多くなるにつれ、より主体的に神経回路を調節すると考えられている。}} | |||
==歴史== | |||
アストロサイトは[[wj:ルドルフ・ルートヴィヒ・カール・フィルヒョウ|Virchow]]や[[wj:Otto Deiters|Deiters]]らにより19世紀にはすでにその存在が知られていた<ref>'''A Privat, M Gimenez-Ribotta, J L Ridet'''<br>Morphology of astrocyte.<br>''Neuroglia (1st edition)'': H Kittenmann, B R Ransom, eds. Oxford University Press, NY, 1995, pp3–22</ref><ref name=ref2><pubmed>2976736</pubmed></ref>。Virchowは[[ニューロン]]でない細胞を発見し<ref>'''R Virchow'''<br>Über das granulierte Ansehen der Wandungen der Gehirnventrikel. <br>''Allg Z Psychiatr.'': 1846, 3:242–50</ref>、Deitersはニューロンや[[オリゴデンドロサイト]]と接する[[軸索]]を持っていない細胞を見つけた<ref>'''O Deiters'''<br>Untersuchungen über Gehirn und Rückenmark des Menschen und der Säugethiere.<br>Posthumously edited by M Schultze, F Vieweg, U Sohn. Braunschweig, 1865, pp318</ref>。また[[wj:カミッロ・ゴルジ|Golgi]]は神経系の全ての細胞を形態学的に同定した<ref name=ref5>'''C Golgi'''<br>Sulla fina anatomia degli organi centrali del sistema nervosa.<br>''Riv Sper Fremiat Med Leg Alienazioni Ment.'': 1885, 11;72–123</ref>。その後[[wj:サンティアゴ・ラモン・イ・カハール|Cajal]]は[[ゴルジ染色]]や[[鍍銀法]]によって具体的な形態を明らかにし、白質に[[線維性アストロサイト]] (fibrous astrocyte)が、灰白質に[[原形質性アストロサイト]] (protoplasmic astrocyte) が主にあることを示した<ref>'''S R Cajal'''<br>Contribución al conocimiento de la neuroglía del cerebro humano.<br>''Trab Lab Invest Biol Univ Madrid.'': 1913, 18;109–27</ref>。「アストロサイト」と命名したのもCajalである。 | |||
==形態と種類== | |||
アストロサイトには線維性アストロサイトと原形質性アストロサイトがある<ref>'''A Reichenbach, H Wolburg'''<br>Astrocyte and ependymal glia.<br>''Neuroglia (3rd ediition)'': H Kittenmann, B R Ransom, eds. Oxford University Press, 2013, pp35–49</ref>。 | |||
=== 線維性アストロサイト === | |||
[[白質]]にあり典型的な星形をしていて、[[グリア線維性酸性タンパク質]] (glial fibrillaryacidic protein, [[GFAP]])陽性の[[グリア]]の線維を豊富に持っている。線維性アストロサイトは原形質アストロサイトより長い突起を伸ばしていて[[ランビエ絞輪]]のnodeで[[軸索]]と接している。 | |||
=== 原形質性アストロサイト === | |||
[[灰白質]]にあり、GFAPはほとんど無い。原形質性アストロサイトの突起は線維性アストロサイトより複雑で、数千もの不規則な茂みのような細い突起をのばして、[[シナプス]]を密接に取り囲んでいる。アストロサイトの突起の一部は毛細血管も覆っており、[[血管内皮細胞]]の[[タイトジャンクション]]を誘導したり、神経活動に応答して血管を拡張させたり収縮させたりしている。 | |||
=== 活性化型アストロサイト === | |||
: | [[活性化型アストロサイト]] (reactive astrocyte)は神経が損傷を受けたときに観察されるGFAP陽性のアストロサイトのことである。 | ||
==マーカー== | |||
:'''GFAP''':[[細胞骨格]]を形成する[[中間径フィラメント]]<ref><pubmed>5113526</pubmed></ref><ref><pubmed>4559710</pubmed></ref><ref>'''L F Eng, J C Kosek '''<br>Light and electron microscopic localization of the glial fibrillary acidic protein and S-100 protein by immunoenzimatic techniques.<br>''Am Soc Neurochem.'': 1974, 5;160</ref>。線維性アストロサイトで高い発現を示す。また、神経損傷部で観察される活性化型アストロサイトは強いGFAP陽性を示す。また培養したアストロサイトでもGFAPの強い発現を示す。正常な状態ではほとんどの原形質性アストロサイトはGFAP陰性であり<ref><pubmed>4121706</pubmed></ref>、それらの多くは大脳皮質などの灰白質にある<ref>'''A Bignami, D Dahl'''<br>The astroglial response to stabbing. immunofluorescence studies with antibodies to astrocyte-specofic protein (GFA), in mammalian and submammalian vertebrates.<br>''Neuropathol Appl Neurobiol.'': 1976, 2;99–111</ref><ref><pubmed>3676806</pubmed></ref>。 | |||
:'''[[グルタミン酸トランスポーター]]''':アストロサイトはシナプス間で放出された[[グルタミン酸]]を速やかに取り込む。その除去に関わる[[グルタミン酸トランスポーター]]のうち[[GLAST]] (glutamate-aspartate transporter: EAAT (excitatory amino acid transporter)1)および[[GLT-1]] (glutamate transporter-1: EAAT2):がアストロサイトのマーカーとして使用される<ref><pubmed>7917301</pubmed></ref><ref><pubmed>7891138</pubmed></ref>。<br> | |||
:'''[[S100β]]''':[[カルシウム]]結合タンパク質である[[S100]]のβサブユニットは中枢神経系ではアストロサイトと上皮細胞のマーカーとして使用される<ref><pubmed>7011781</pubmed></ref><ref>'''H K Kimelberg'''<br>Astrocyte heterogeneity or homogeneity?<br>''Astrocyte in (Patho) Physiology of the Nervous System'': V Parpura and P G Haydon, eds. Springer Science & Business Media, NY, 2009, pp1–26.</ref>。 | |||
==発生== | |||
アストロサイトはニューロンより発生が遅く、ニューロンが発生中~後期に盛んに発生するのに対して、発生後期から生後にかけて盛んに発生する。アストロサイトは[[脳室帯]] (ventricular zone)にある[[神経前駆細胞]]から[[分化]]する<ref><pubmed>19555289</pubmed></ref><ref><pubmed>21068830</pubmed></ref>。[[大脳皮質]]ではアストロサイトは神経前駆細胞から分化した、[[ネスチン]]陽性の[[放射状グリア]](radial glia)<ref><pubmed>7002963</pubmed></ref><ref><pubmed>9364068</pubmed></ref>から生じ、線維性アストロサイトと原形質性アストロサイトになる<ref><pubmed>17442813</pubmed></ref>。また生後では放射状グリアから分裂して出来る[[脳室下帯]](subventricular zone)のintermediate progenitorからも生じる<ref><pubmed>8439409</pubmed></ref><ref>'''J E Goldman'''<br>Astrocyte development. <br>''Neuroglia (3rd ediition)'': H Kittenmann, B R Ransom, eds. Oxford University Press, NY, 2013, pp137–47</ref>。神経細胞と同様アストロサイトの発生にも領域特異性があり、脳室での発生する部位によりアストロサイトはサブタイプに分かれる<ref><pubmed>18455991</pubmed></ref>。また放射状グリアから分化した大脳皮質の原形質性アストロサイトは、同様に放射状グリアから分化した皮質の錐体ニューロンと共にコラム(column)という柱状の領域を形成する<ref><pubmed>22492032</pubmed></ref>。 | |||
==構造と機能== | |||
アストロサイトは水や[[イオン]]の[[バランス]]制御や脳血液関門の維持に貢献している。また[[神経伝達物質]]の回収、[[グリオトランスミッター]]の放出、[[神経ペプチド]]の放出を介して[[シナプス伝達]]の調節に関わっている。 | |||
===ネットワーク(ドメイン構造)=== | |||
アストロサイトは神経細胞のみならずアストロサイト同士でもネットワークを形成している。アストロサイトのネットワークはドメイン構造といわれる互いのアストロサイトのごく一部だけが接することにより、それぞれのアストロサイトが個々の領域をもつドメイン構造をとっている<ref name=ref27><pubmed>11756501</pubmed></ref>。個々のアストロサイトは[[ギャップジャンクション]] (gap junction)の一構成要素である[[ヘミチャネル]] (hemichannel)をもっており、互いにギャップジャンクションを形成し、分子のやりとりをしている。このことは[[dye-coupling]]という方法で確認できる。一つのアストロサイトに[[ルシファーイエロー]] (lucifer yellow)を微量注入すると、それが周辺のアストロサイトにも広がることが観察される<ref name=ref28><pubmed>20087359</pubmed></ref>。 | |||
===興奮とカルシウム濃度上昇=== | |||
アストロサイトは電気的に興奮しないので活動電位が生じない。[[電位依存性チャネル]]は存在し、[[内向き整流性カリウムチャネル]]を発現しており、アストロサイトの[[膜電位]]をカリウムの[[平衡電位]]に近い状態にしている<ref><pubmed>11181976</pubmed></ref><ref name=ref30><pubmed>20148679</pubmed></ref><ref name=ref31><pubmed>16816144</pubmed></ref>。電気的に興奮しないかわりに、アストロサイトは細胞内のカルシウム濃度上昇により「興奮」する。具体的には、ニューロンからの伝達物質の放出に[[細胞膜]]上の[[Gタンパク質共役型受容体]] (G protein coupled receptor (GPCR))や[[プリン受容体]](purinergic receptor)が応答し、[[小胞体]] (endoplasmic reticulum)にストアされているカルシウムや、[[電位依存性カルシウムチャネル]]などによる外部からのカルシウム流入により細胞内カルシウム濃度が上昇することにより「興奮」し、伝達物質を放出する<ref name=ref31 /><ref><pubmed>18817732</pubmed></ref><ref><pubmed>21118669</pubmed></ref>。細胞内カルシウム濃度上昇によるアストロサイトの「興奮」は伝達物質を介してニューロンや他のアストロサイトに影響を及ぼす<ref><pubmed>18834310</pubmed></ref>。また一つのアストロサイトが一定の間隔で細胞内カルシウム濃度上昇を繰り返すカルシウムのオシレーションや一つのアストロサイトの細胞内カルシウム濃度上昇に応答して周辺のアストロサイトにカルシウム濃度上昇が広がるカルシウムウェーブが観察される<ref><pubmed>1967852</pubmed></ref><ref><pubmed>1675864</pubmed></ref>。 | |||
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| <div class="thumb tright" style="width:450px;"><youtube>SssUVE1d9bY</youtube></div> | |||
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| '''動画 培養アストロサイトのカルシウム反応'''<br>カルシウム感受性色素であるFura-2をロードした細胞に30 µMのATPを作用させている。 | |||
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===三者間シナプス=== | |||
アストロサイトは空間的にも機能的にも密接にシナプスと結びついている。[[海馬]]では原形質性アストロサイトが57%のシナプス(軸索とスパイン)の外周を取り囲んでいて、多くは[[興奮性シナプス]]である<ref><pubmed>10436047</pubmed></ref>。一つのアストロサイトが数万ものシナプスとコンタクトを取り、アストロサイトの突起はシナプス近傍を取り囲んでいる。例えば[[ラット]]の海馬[[CA1]]ではアストロサイトは~140,000のシナプスとコンタクトを取っている<ref name=ref27 />。アストロサイトは前シナプスから後シナプスに向けて放出されたグルタミン酸をグルタミン酸トランスポーターを介して取り込むだけではなく、アストロサイト自身も伝達物質を放出し、シナプス伝達を制御している。このように[[シナプス前部]]、[[シナプス後部]]、それを取り囲むアストロサイトを合わせた構造を[[三者間シナプス]] (tripartite synapse)と言う<ref><pubmed>21068831</pubmed></ref>。 | |||
===脳血液関門の維持=== | |||
アストロサイトは[[エンドフィート]] (endfeet)をのばして、脳の毛細血管とコンタクトをとっている。この所見はGolgiにより19世紀に観察された<ref><pubmed>2671382</pubmed></ref><ref name=ref40><pubmed>24847203</pubmed></ref>。アストロサイトは神経細胞とも接しているので、アストロサイトは毛細血管と神経細胞の橋渡しとなり、毛細血管からエネルギーの元となる分子を神経細胞に供給している<ref name=ref28 /><ref name=ref31 />。またアストロサイトはエンドフィートを介して血管平滑筋を制御して血管の直径を変化させる。これにはアストロサイトの細胞内カルシウム濃度が関係している<ref name=ref31 /><ref name=ref40 />。 | |||
===グリオトランスミッター=== | |||
アストロサイトは神経細胞と同様に伝達物質を放出し、神経回路を調節している。アストロサイトから放出される伝達物質はグリオトランスミッター(gliotransmitter)と言われている<ref><pubmed>20300101</pubmed></ref>。グリオトランスミッターには、グルタミン酸<ref><pubmed>7911978</pubmed></ref>、[[ATP]]<ref><pubmed>11264297</pubmed></ref>、[[D-セリン|<small>D</small>-セリン]]<ref><pubmed>15800046</pubmed></ref>などがある。グルタミン酸や<small>D</small>-セリンはシナプスに対して[[興奮性]]に、[[ATP]]は[[抑制性]]に働く<ref name=ref30 />。グリオトランスミッターはシナプス前部にもシナプス後部にも作用する。例えばシナプス前部に作用し興奮性を増強すること<ref><pubmed>15339653</pubmed></ref>、シナプス後部に対しては、興奮しているシナプスから放出されるグルタミン酸に作用し、シナプス後ニューロンの興奮性を増強することがあげられる<ref><pubmed>17310248</pubmed></ref>。 | |||
またアストロサイトは、活性化しているシナプスがアストロサイトを介して他のシナプスを抑制する、[[ヘテロシナプス抑制]] (heterosynaptic depression)にも関与する<ref><pubmed>17962333</pubmed></ref>。グリオトランスミッターの放出はエキソサイトーシスの他にヘミチャネルや[[P2X7受容体]]、[[塩素チャネル#細胞容積感受性塩素チャネル|マキシアニオンチャネル]]からも放出される<ref name=ref40 />。グリオトランスミッターの放出には細胞内カルシウム濃度上昇が関与する。 | |||
===グルコース代謝=== | |||
ヒトでは脳は身体の約2%の重量だが、その機能の維持のため身体が必要とする酸素とグルコースの20%を使用する<ref><pubmed>16731806</pubmed></ref><ref>'''I Allaman, P J Magistretti'''<br>Brain energy metabolism.<br>''Fudamental Neuroscience (4th edition)'': L R Squire, D Berg, F E Bloom, S du Lac, A Ghosh, N Spitzer,eds. Academic Press, MA, 2013, pp261-86</ref>。アストロサイトは毛細血管からグルコースを取り込むか、アストロサイト内で貯蓄されている[[グリコーゲン]]を[[グルコース]]に変換した後、グルコースを[[乳酸]]に変換し、神経細胞に供給する。またアストロサイトで産生された乳酸はギャップジャンクションを介して他のアストロサイトにも供給される<ref name=ref28 />。 | |||
===神経伝達物質の回収=== | |||
アストロサイトはグルタミン酸トランスポーターであるGLASTやGLT-1を発現している。シナプス間で放出されたグルタミン酸はGLASTやGLT-1を介してアストロサイトに回収される。このときナトリウムイオンも取り込まれる。ナトリウムイオンは[[Na+K+-ATPase|Na<sup>+</sup>K<sup>+</sup>-ATPase]]により細胞外に排出されるが、このときNa<sup>+</sup>K<sup>+</sup>-ATPaseはアストロサイト細胞内のATPを[[ADP]]に置換する<ref><pubmed>26528968</pubmed></ref>。 | |||
===神経ペプチドの放出=== | |||
アストロサイトもまた神経細胞と同様にペプチドを放出する。アストロサイトから放出されるペプチドには[[心房性ナトリウム利尿ペプチド]] (atrial natriuretic peptide, ANP)、 [[ニューロペプチドY]] (neuropeptide Y, [[NPY]])<ref><pubmed>19091972</pubmed></ref>、[[脳由来神経栄養因子]] (brain-derived neurotrophic factor, [[BDNF]])<ref><pubmed>18852301</pubmed></ref>、[[インターロイキン6]] (interleukin-6, [[IL-6]])や[[腫瘍壊死因子]] (tumor necrosis factor, [[TNF]])などの[[サイトカイン]]や[[ケモカイン]]<ref><pubmed>20156504</pubmed></ref>があげられる。 | |||
==疾患== | |||
アストロサイトは多くの[[精神神経疾患]]に関係している。[[痙攣]]や[[神経変性疾患]]ではGFAP の発現が増加した活性化型アストロサイトが増える。これに対して[[うつ病]]や[[統合失調症]]の死後脳ではGFAPの発現が減少している<ref name=ref30 />。また[[マウス]]の実験ではアストロサイトから放出されるATPが鬱状態のマウスに対し抗鬱作用があるという報告もある<ref><pubmed>23644515</pubmed></ref>。 | |||
しかしながら、アストロサイトで発現する分子の遺伝子変異が原因で起こる疾患はあまり多くはない。 | |||
:'''[[アレキサンダー病]]''':GFAP遺伝子の変異によりおこる疾患で、症状としては[[大脳白質萎縮症]] (leukodystrophy)がみられる<ref><pubmed>17498694</pubmed></ref>。病理学的にはGFAPがアストロサイトに過剰に発現し[[ローゼンタールファイバー]]という凝集体を形成する。 | |||
:'''[[皮質下嚢胞を伴う巨脳性白質脳症]]''' (megalencephalicleukoencephalopathy with subcortical cysts, MLC):はアストロサイトのエンドフィートに発現する[[MLC1]]遺伝子変異によりおこる疾患で、症状としては[[巨頭症]]、進行性の[[運動失調]]、けいれん、[[精神遅滞]]がおこる。病理学的には[[皮質下嚢胞]]、[[ミエリン]]やアストロサイトの空胞形成が観察される<ref><pubmed>7695231</pubmed></ref><ref><pubmed>8841668</pubmed></ref>。 | |||
==関連項目== | |||
* [[グリア細胞]] | |||
==参考文献== | |||
<references /> |
2016年2月15日 (月) 08:48時点における最新版
稲村 直子、池中 一裕
自然科学研究機構生理学研究所 分子生理研究系 分子神経生理研究部門
DOI:10.14931/bsd.6875 原稿受付日:2016年2月12日 原稿完成日:201X年X月X日
担当編集委員:村上 富士夫(大阪大学 大学院生命機能研究科)
英:astrocyte 独:Astrozyt 仏:astrocyte
同義語:大膠細胞、星状細胞、星状膠細胞、マクログリア
アストロサイトは神経系の細胞であるグリア細胞の一種で、ニューロンを取り囲んでおり、神経回路を調節する。アストロサイトは以前は神経細胞から放出された伝達物質を回収するなど神経回路の補助的役割とされていたが、2000年以降、アストロサイトが伝達物質グリオトランスミッターを放出し神経回路を制御する報告が多くなるにつれ、より主体的に神経回路を調節すると考えられている。
歴史
アストロサイトはVirchowやDeitersらにより19世紀にはすでにその存在が知られていた[1][2]。Virchowはニューロンでない細胞を発見し[3]、Deitersはニューロンやオリゴデンドロサイトと接する軸索を持っていない細胞を見つけた[4]。またGolgiは神経系の全ての細胞を形態学的に同定した[5]。その後Cajalはゴルジ染色や鍍銀法によって具体的な形態を明らかにし、白質に線維性アストロサイト (fibrous astrocyte)が、灰白質に原形質性アストロサイト (protoplasmic astrocyte) が主にあることを示した[6]。「アストロサイト」と命名したのもCajalである。
形態と種類
アストロサイトには線維性アストロサイトと原形質性アストロサイトがある[7]。
線維性アストロサイト
白質にあり典型的な星形をしていて、グリア線維性酸性タンパク質 (glial fibrillaryacidic protein, GFAP)陽性のグリアの線維を豊富に持っている。線維性アストロサイトは原形質アストロサイトより長い突起を伸ばしていてランビエ絞輪のnodeで軸索と接している。
原形質性アストロサイト
灰白質にあり、GFAPはほとんど無い。原形質性アストロサイトの突起は線維性アストロサイトより複雑で、数千もの不規則な茂みのような細い突起をのばして、シナプスを密接に取り囲んでいる。アストロサイトの突起の一部は毛細血管も覆っており、血管内皮細胞のタイトジャンクションを誘導したり、神経活動に応答して血管を拡張させたり収縮させたりしている。
活性化型アストロサイト
活性化型アストロサイト (reactive astrocyte)は神経が損傷を受けたときに観察されるGFAP陽性のアストロサイトのことである。
マーカー
- GFAP:細胞骨格を形成する中間径フィラメント[8][9][10]。線維性アストロサイトで高い発現を示す。また、神経損傷部で観察される活性化型アストロサイトは強いGFAP陽性を示す。また培養したアストロサイトでもGFAPの強い発現を示す。正常な状態ではほとんどの原形質性アストロサイトはGFAP陰性であり[11]、それらの多くは大脳皮質などの灰白質にある[12][13]。
- グルタミン酸トランスポーター:アストロサイトはシナプス間で放出されたグルタミン酸を速やかに取り込む。その除去に関わるグルタミン酸トランスポーターのうちGLAST (glutamate-aspartate transporter: EAAT (excitatory amino acid transporter)1)およびGLT-1 (glutamate transporter-1: EAAT2):がアストロサイトのマーカーとして使用される[14][15]。
発生
アストロサイトはニューロンより発生が遅く、ニューロンが発生中~後期に盛んに発生するのに対して、発生後期から生後にかけて盛んに発生する。アストロサイトは脳室帯 (ventricular zone)にある神経前駆細胞から分化する[18][19]。大脳皮質ではアストロサイトは神経前駆細胞から分化した、ネスチン陽性の放射状グリア(radial glia)[20][21]から生じ、線維性アストロサイトと原形質性アストロサイトになる[22]。また生後では放射状グリアから分裂して出来る脳室下帯(subventricular zone)のintermediate progenitorからも生じる[23][24]。神経細胞と同様アストロサイトの発生にも領域特異性があり、脳室での発生する部位によりアストロサイトはサブタイプに分かれる[25]。また放射状グリアから分化した大脳皮質の原形質性アストロサイトは、同様に放射状グリアから分化した皮質の錐体ニューロンと共にコラム(column)という柱状の領域を形成する[26]。
構造と機能
アストロサイトは水やイオンのバランス制御や脳血液関門の維持に貢献している。また神経伝達物質の回収、グリオトランスミッターの放出、神経ペプチドの放出を介してシナプス伝達の調節に関わっている。
ネットワーク(ドメイン構造)
アストロサイトは神経細胞のみならずアストロサイト同士でもネットワークを形成している。アストロサイトのネットワークはドメイン構造といわれる互いのアストロサイトのごく一部だけが接することにより、それぞれのアストロサイトが個々の領域をもつドメイン構造をとっている[27]。個々のアストロサイトはギャップジャンクション (gap junction)の一構成要素であるヘミチャネル (hemichannel)をもっており、互いにギャップジャンクションを形成し、分子のやりとりをしている。このことはdye-couplingという方法で確認できる。一つのアストロサイトにルシファーイエロー (lucifer yellow)を微量注入すると、それが周辺のアストロサイトにも広がることが観察される[28]。
興奮とカルシウム濃度上昇
アストロサイトは電気的に興奮しないので活動電位が生じない。電位依存性チャネルは存在し、内向き整流性カリウムチャネルを発現しており、アストロサイトの膜電位をカリウムの平衡電位に近い状態にしている[29][30][31]。電気的に興奮しないかわりに、アストロサイトは細胞内のカルシウム濃度上昇により「興奮」する。具体的には、ニューロンからの伝達物質の放出に細胞膜上のGタンパク質共役型受容体 (G protein coupled receptor (GPCR))やプリン受容体(purinergic receptor)が応答し、小胞体 (endoplasmic reticulum)にストアされているカルシウムや、電位依存性カルシウムチャネルなどによる外部からのカルシウム流入により細胞内カルシウム濃度が上昇することにより「興奮」し、伝達物質を放出する[31][32][33]。細胞内カルシウム濃度上昇によるアストロサイトの「興奮」は伝達物質を介してニューロンや他のアストロサイトに影響を及ぼす[34]。また一つのアストロサイトが一定の間隔で細胞内カルシウム濃度上昇を繰り返すカルシウムのオシレーションや一つのアストロサイトの細胞内カルシウム濃度上昇に応答して周辺のアストロサイトにカルシウム濃度上昇が広がるカルシウムウェーブが観察される[35][36]。
動画 培養アストロサイトのカルシウム反応 カルシウム感受性色素であるFura-2をロードした細胞に30 µMのATPを作用させている。 |
三者間シナプス
アストロサイトは空間的にも機能的にも密接にシナプスと結びついている。海馬では原形質性アストロサイトが57%のシナプス(軸索とスパイン)の外周を取り囲んでいて、多くは興奮性シナプスである[37]。一つのアストロサイトが数万ものシナプスとコンタクトを取り、アストロサイトの突起はシナプス近傍を取り囲んでいる。例えばラットの海馬CA1ではアストロサイトは~140,000のシナプスとコンタクトを取っている[27]。アストロサイトは前シナプスから後シナプスに向けて放出されたグルタミン酸をグルタミン酸トランスポーターを介して取り込むだけではなく、アストロサイト自身も伝達物質を放出し、シナプス伝達を制御している。このようにシナプス前部、シナプス後部、それを取り囲むアストロサイトを合わせた構造を三者間シナプス (tripartite synapse)と言う[38]。
脳血液関門の維持
アストロサイトはエンドフィート (endfeet)をのばして、脳の毛細血管とコンタクトをとっている。この所見はGolgiにより19世紀に観察された[39][40]。アストロサイトは神経細胞とも接しているので、アストロサイトは毛細血管と神経細胞の橋渡しとなり、毛細血管からエネルギーの元となる分子を神経細胞に供給している[28][31]。またアストロサイトはエンドフィートを介して血管平滑筋を制御して血管の直径を変化させる。これにはアストロサイトの細胞内カルシウム濃度が関係している[31][40]。
グリオトランスミッター
アストロサイトは神経細胞と同様に伝達物質を放出し、神経回路を調節している。アストロサイトから放出される伝達物質はグリオトランスミッター(gliotransmitter)と言われている[41]。グリオトランスミッターには、グルタミン酸[42]、ATP[43]、D-セリン[44]などがある。グルタミン酸やD-セリンはシナプスに対して興奮性に、ATPは抑制性に働く[30]。グリオトランスミッターはシナプス前部にもシナプス後部にも作用する。例えばシナプス前部に作用し興奮性を増強すること[45]、シナプス後部に対しては、興奮しているシナプスから放出されるグルタミン酸に作用し、シナプス後ニューロンの興奮性を増強することがあげられる[46]。
またアストロサイトは、活性化しているシナプスがアストロサイトを介して他のシナプスを抑制する、ヘテロシナプス抑制 (heterosynaptic depression)にも関与する[47]。グリオトランスミッターの放出はエキソサイトーシスの他にヘミチャネルやP2X7受容体、マキシアニオンチャネルからも放出される[40]。グリオトランスミッターの放出には細胞内カルシウム濃度上昇が関与する。
グルコース代謝
ヒトでは脳は身体の約2%の重量だが、その機能の維持のため身体が必要とする酸素とグルコースの20%を使用する[48][49]。アストロサイトは毛細血管からグルコースを取り込むか、アストロサイト内で貯蓄されているグリコーゲンをグルコースに変換した後、グルコースを乳酸に変換し、神経細胞に供給する。またアストロサイトで産生された乳酸はギャップジャンクションを介して他のアストロサイトにも供給される[28]。
神経伝達物質の回収
アストロサイトはグルタミン酸トランスポーターであるGLASTやGLT-1を発現している。シナプス間で放出されたグルタミン酸はGLASTやGLT-1を介してアストロサイトに回収される。このときナトリウムイオンも取り込まれる。ナトリウムイオンはNa+K+-ATPaseにより細胞外に排出されるが、このときNa+K+-ATPaseはアストロサイト細胞内のATPをADPに置換する[50]。
神経ペプチドの放出
アストロサイトもまた神経細胞と同様にペプチドを放出する。アストロサイトから放出されるペプチドには心房性ナトリウム利尿ペプチド (atrial natriuretic peptide, ANP)、 ニューロペプチドY (neuropeptide Y, NPY)[51]、脳由来神経栄養因子 (brain-derived neurotrophic factor, BDNF)[52]、インターロイキン6 (interleukin-6, IL-6)や腫瘍壊死因子 (tumor necrosis factor, TNF)などのサイトカインやケモカイン[53]があげられる。
疾患
アストロサイトは多くの精神神経疾患に関係している。痙攣や神経変性疾患ではGFAP の発現が増加した活性化型アストロサイトが増える。これに対してうつ病や統合失調症の死後脳ではGFAPの発現が減少している[30]。またマウスの実験ではアストロサイトから放出されるATPが鬱状態のマウスに対し抗鬱作用があるという報告もある[54]。
しかしながら、アストロサイトで発現する分子の遺伝子変異が原因で起こる疾患はあまり多くはない。
- アレキサンダー病:GFAP遺伝子の変異によりおこる疾患で、症状としては大脳白質萎縮症 (leukodystrophy)がみられる[55]。病理学的にはGFAPがアストロサイトに過剰に発現しローゼンタールファイバーという凝集体を形成する。
- 皮質下嚢胞を伴う巨脳性白質脳症 (megalencephalicleukoencephalopathy with subcortical cysts, MLC):はアストロサイトのエンドフィートに発現するMLC1遺伝子変異によりおこる疾患で、症状としては巨頭症、進行性の運動失調、けいれん、精神遅滞がおこる。病理学的には皮質下嚢胞、ミエリンやアストロサイトの空胞形成が観察される[56][57]。
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