「言語進化」の版間の差分
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担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br> | |||
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「言語進化」とは、言語を可能にしている諸機能が生物進化を経て発現した後のことを扱う。これ以前のことを扱うのが「[[言語の起源]] | 「言語進化」とは、言語を可能にしている諸機能が生物進化を経て発現した後のことを扱う。これ以前のことを扱うのが「[[言語の起源]]」(別項)の問題である。言語という信号がどのように変化してきたかという文化進化の問題、また、言語を担う構造である脳が、言語という環境によってどのように変化してきたかという生物進化の問題、そしてこの2つの相互作用を扱うのが言語の進化の問題である。しかしながら、本稿は「脳科学辞典」の一項目であるため、言語の存在によって[[ヒト]]の脳がどう変化してきたかを扱うことになる。<br /> | ||
言語とは何かの定義がまず必要になるが、これについては多様な意見があるので、言語が満たすべき条件を最低限挙げておくに留める。言語とは、有限の要素の組み合わせにより無限の状況・意味を表現できる体系のことである。このような性質をもった体系は、地球上ではヒトの言語以外には見つかっていない。また、[[手話]]や文字等も言語の表出であることは疑いないが、これらは音声言語を担う機能がまず出現してから、その機能を応用して発現したものであると考えられる。このため、手話や文字についてはここでは論ぜず、もっぱら音声言語の進化について考えることにする。<br /> | 言語とは何かの定義がまず必要になるが、これについては多様な意見があるので、言語が満たすべき条件を最低限挙げておくに留める。言語とは、有限の要素の組み合わせにより無限の状況・意味を表現できる体系のことである。このような性質をもった体系は、地球上ではヒトの言語以外には見つかっていない。また、[[手話]]や文字等も言語の表出であることは疑いないが、これらは音声言語を担う機能がまず出現してから、その機能を応用して発現したものであると考えられる。このため、手話や文字についてはここでは論ぜず、もっぱら音声言語の進化について考えることにする。<br /> | ||
現生人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)は15万年ほど前に誕生し、その一部が6万年ほど前にアフリカを出て、世界中に分布するようになった。世界の言語が持つ高い類似性から、最初の言語は10万年から8万年ほど前に出現したと考えられる。逆に言えば、現生人類の出現から言語の出現まで、5-6万年しかかかっていない。この間に、現生人類の脳を構成する遺伝子群に変異が生じたであろうか。また、人類の脳は、最初の言語の出現から現在まで、言語という環境と共にいることで、何らかの変化を経ているだろうか。<br /> | |||
前者の問題について論ずるには、言語以前の現生人類の脳と、言語以後の現生人類の脳の違いを調べねばならぬが、必要なデータがない。後者の問題については、音調性言語を使う民族とそうでない民族で、脳の形成に関わる遺伝子を比較した研究がある | 前者の問題について論ずるには、言語以前の現生人類の脳と、言語以後の現生人類の脳の違いを調べねばならぬが、必要なデータがない。後者の問題については、音調性言語を使う民族とそうでない民族で、脳の形成に関わる遺伝子を比較した研究がある<ref name=ref1><pubmed>21615290</pubmed></ref>。これによれば、脳形成と発達に関わる2つの遺伝子(ASPMとMicrocephalin)が、音調性言語を使う民族の分布に有意に対応している。このことは、音調性言語を使う民族に特有の脳構造があることを示唆するが、それがどういうものかはわかっていない。<br /> | ||
言語を用いることが[[エピジェネティック]] | 言語を用いることが[[エピジェネティック]]な変化を脳にもたらすことは当然考えられる。鳥の歌は言語ではないが、その獲得過程は言語に類似している。相関研究であり、因果関係を示したわけではないが、鳴禽類の一種ジュウシマツにおいて、[[メチル化]]の程度が高いほど歌が単純になることがわかっている<ref name=ref2><pubmed>23701473</pubmed></ref>。ヒトにおいて言語をより有効に用いる個体に淘汰上の利益があったとすれば、言語を用いやすいようなエピジェネティックな変化が選択されてきている可能性はある。<br /> | ||
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2016年2月19日 (金) 14:32時点における版
岡ノ谷 一夫
東京大学
DOI:10.14931/bsd.6924 原稿受付日:2016年2月18日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:定藤 規弘(自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)
「言語進化」とは、言語を可能にしている諸機能が生物進化を経て発現した後のことを扱う。これ以前のことを扱うのが「言語の起源」(別項)の問題である。言語という信号がどのように変化してきたかという文化進化の問題、また、言語を担う構造である脳が、言語という環境によってどのように変化してきたかという生物進化の問題、そしてこの2つの相互作用を扱うのが言語の進化の問題である。しかしながら、本稿は「脳科学辞典」の一項目であるため、言語の存在によってヒトの脳がどう変化してきたかを扱うことになる。
言語とは何かの定義がまず必要になるが、これについては多様な意見があるので、言語が満たすべき条件を最低限挙げておくに留める。言語とは、有限の要素の組み合わせにより無限の状況・意味を表現できる体系のことである。このような性質をもった体系は、地球上ではヒトの言語以外には見つかっていない。また、手話や文字等も言語の表出であることは疑いないが、これらは音声言語を担う機能がまず出現してから、その機能を応用して発現したものであると考えられる。このため、手話や文字についてはここでは論ぜず、もっぱら音声言語の進化について考えることにする。
現生人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)は15万年ほど前に誕生し、その一部が6万年ほど前にアフリカを出て、世界中に分布するようになった。世界の言語が持つ高い類似性から、最初の言語は10万年から8万年ほど前に出現したと考えられる。逆に言えば、現生人類の出現から言語の出現まで、5-6万年しかかかっていない。この間に、現生人類の脳を構成する遺伝子群に変異が生じたであろうか。また、人類の脳は、最初の言語の出現から現在まで、言語という環境と共にいることで、何らかの変化を経ているだろうか。
前者の問題について論ずるには、言語以前の現生人類の脳と、言語以後の現生人類の脳の違いを調べねばならぬが、必要なデータがない。後者の問題については、音調性言語を使う民族とそうでない民族で、脳の形成に関わる遺伝子を比較した研究がある[1]。これによれば、脳形成と発達に関わる2つの遺伝子(ASPMとMicrocephalin)が、音調性言語を使う民族の分布に有意に対応している。このことは、音調性言語を使う民族に特有の脳構造があることを示唆するが、それがどういうものかはわかっていない。
言語を用いることがエピジェネティックな変化を脳にもたらすことは当然考えられる。鳥の歌は言語ではないが、その獲得過程は言語に類似している。相関研究であり、因果関係を示したわけではないが、鳴禽類の一種ジュウシマツにおいて、メチル化の程度が高いほど歌が単純になることがわかっている[2]。ヒトにおいて言語をより有効に用いる個体に淘汰上の利益があったとすれば、言語を用いやすいようなエピジェネティックな変化が選択されてきている可能性はある。
参考文献
- ↑
Dediu, D. (2011).
Are languages really independent from genes? If not, what would a genetic bias affecting language diversity look like? Human biology, 83(2), 279-96. [PubMed:21615290] [WorldCat] [DOI] - ↑
Wada, K., Hayase, S., Imai, R., Mori, C., Kobayashi, M., Liu, W.C., ..., & Okanoya, K. (2013).
Differential androgen receptor expression and DNA methylation state in striatum song nucleus Area X between wild and domesticated songbird strains. The European journal of neuroscience, 38(4), 2600-10. [PubMed:23701473] [WorldCat] [DOI]