「馴化・脱馴化」の版間の差分

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 SWRやGWRは、[[脊椎動物]]の肢[[屈曲反射]]の反射弓などと同様、感覚ニューロンと[[運動ニューロン]]との間の単[[シナプス]]反射である。体表の[[触覚]]ニューロン(TS)の細胞体は腹部神経節にあり、たとえばL28と名づけられた細胞などが代表的である(もちろん他にも多数ある)。TSはその[[軸索]][[膨大部]](ボタン)で、同じく腹部神経節内で鰓牽引筋の運動ニューロンL7(もちろん他にもある)と接触し、[[グルタミン酸]]作動性の[[興奮性シナプス]]結合をつくっている(図2)。
 SWRやGWRは、[[脊椎動物]]の肢[[屈曲反射]]の反射弓などと同様、感覚ニューロンと[[運動ニューロン]]との間の単[[シナプス]]反射である。体表の[[触覚]]ニューロン(TS)の細胞体は腹部神経節にあり、たとえばL28と名づけられた細胞などが代表的である(もちろん他にも多数ある)。TSはその[[軸索]][[膨大部]](ボタン)で、同じく腹部神経節内で鰓牽引筋の運動ニューロンL7(もちろん他にもある)と接触し、[[グルタミン酸]]作動性の[[興奮性シナプス]]結合をつくっている(図2)。


 馴化は、このシナプスで、反復刺激による伝達の弱化として起こる。L7から細胞内記録を行いながら、体表への非侵害的刺激(水の吹きかけ)を行うとEPSPが記録されるが、反復によって次第に振幅は縮小する。また、TSの電気刺激によるL7の誘発EPSPも、反復によって縮小する<ref name=re2 />。TSの細胞内記録を行うと、パルス刺激によって誘発されるTSの活動電位は、[[CA2|Ca2]]+依存性のプラトー相の持続時間が反復刺激によってしだいに短縮していく。TSの細胞体での現象がボタンでも同様に起こっているとするなら、これによって伝達物質放出の漸減を説明できる。一方、L7への伝達物質直接投与による誘発脱分極の振幅は変わらない<ref name=ref6><pubmed>4373738</pubmed></ref>。
 馴化は、このシナプスで、反復刺激による伝達の弱化として起こる。L7から細胞内記録を行いながら、体表への非侵害的刺激(水の吹きかけ)を行うとEPSPが記録されるが、反復によって次第に振幅は縮小する。また、TSの電気刺激によるL7の誘発EPSPも、反復によって縮小する<ref name=ref2 />。TSの細胞内記録を行うと、パルス刺激によって誘発されるTSの活動電位は、[[CA2|Ca2]]+依存性のプラトー相の持続時間が反復刺激によってしだいに短縮していく。TSの細胞体での現象がボタンでも同様に起こっているとするなら、これによって伝達物質放出の漸減を説明できる。一方、L7への伝達物質直接投与による誘発脱分極の振幅は変わらない<ref name=ref6><pubmed>4373738</pubmed></ref>。


 TS活動電位のプラトー相の持続時間は、[[Kチャネル]]の活性によって決まるから、Kチャネルの活性化が起きていると考えられる<ref name=ref7>'''Kandel E R'''<br>学習の分子生物学を目指してI<br>''科学'' 51:10-15 (1981)</ref> <ref name=ref7-1>'''Kandel E R'''<br>学習の分子生物学を目指してII<br>''科学'' 51:109-115(1981)</ref> <ref name=ref7-2><pubmed>6289442</pubmed></ref>。
 TS活動電位のプラトー相の持続時間は、[[Kチャネル]]の活性によって決まるから、Kチャネルの活性化が起きていると考えられる<ref name=ref7>'''Kandel E R'''<br>学習の分子生物学を目指してI<br>''科学'' 51:10-15 (1981)</ref> <ref name=ref7-1>'''Kandel E R'''<br>学習の分子生物学を目指してII<br>''科学'' 51:109-115(1981)</ref> <ref name=ref7-2><pubmed>6289442</pubmed></ref>。
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 上述のように、TSの活動電位短縮は細胞体での観測結果であり、[[シナプス前部]]位(軸索膨大部(ボタン))で同じ現象が起きている保証はない。これは1980年代にはかなり「痛い」指摘で、真正面から答えるのは現在でも難しいが([[パッチクランプ法]]では、電極内液=細胞内液の組成は実験者が決めるので、結果も解釈も実験者に依存してしまう)、たとえばCaイメージングによって、活動電位に伴うボタン内Ca2+濃度上昇の規模が縮小していることが確かめられた<ref name=ref12><pubmed>1976321</pubmed></ref>ことなどから、おそらく正しいものと考えられている。
 上述のように、TSの活動電位短縮は細胞体での観測結果であり、[[シナプス前部]]位(軸索膨大部(ボタン))で同じ現象が起きている保証はない。これは1980年代にはかなり「痛い」指摘で、真正面から答えるのは現在でも難しいが([[パッチクランプ法]]では、電極内液=細胞内液の組成は実験者が決めるので、結果も解釈も実験者に依存してしまう)、たとえばCaイメージングによって、活動電位に伴うボタン内Ca2+濃度上昇の規模が縮小していることが確かめられた<ref name=ref12><pubmed>1976321</pubmed></ref>ことなどから、おそらく正しいものと考えられている。


 活性化するKチャネルの本体がどの種のKチャネルかは、未確定である。後述の脱馴化がS型Kチャネル(の不活性化)によることから、馴化がS型Kチャネル(の活性化)によっているなら、シナリオが一続きになって好都合で、それを主張する報告はある<ref name=ref13><pubmed>2433600</pubmed></ref> <ref name=ref13-1><pubmed>   2442363</pubmed></ref>。しかし、伝達物質放出の減少には、Kチャネル活性化による活動電位の短縮より、むしろ電位依存性[[Caチャネル]]の不活性化によるCa2+流入の減少によるところが大きいという見解も有力である<ref name=ref14><pubmed>2443695</pubmed></ref> <ref name=ref14-1><pubmed>2174573</pubmed></ref>。もしそうなら、馴化と脱馴化は、機能的には鏡像的でも、機構的には鏡像的ではないことになる。
 活性化するKチャネルの本体がどの種のKチャネルかは、未確定である。後述の脱馴化がS型Kチャネル(の不活性化)によることから、馴化がS型Kチャネル(の活性化)によっているなら、シナリオが一続きになって好都合で、それを主張する報告はある<ref name=ref13><pubmed>2433600</pubmed></ref> <ref name=ref13-1><pubmed>2442363</pubmed></ref>。しかし、伝達物質放出の減少には、Kチャネル活性化による活動電位の短縮より、むしろ電位依存性[[Caチャネル]]の不活性化によるCa2+流入の減少によるところが大きいという見解も有力である<ref name=ref14><pubmed>2443695</pubmed></ref> <ref name=ref14-1><pubmed>2174573</pubmed></ref>。もしそうなら、馴化と脱馴化は、機能的には鏡像的でも、機構的には鏡像的ではないことになる。


 調節の標的がCaチャネルであれKチャネルであれ、その調節機構についても不明な部分が残されている。現象生起の時間経過からは、Ca2+などの細胞内リガンドによる速い調節よりも、リン酸化・脱リン酸化を含むタンパク修飾による、遅い調節の可能性が高い。すると、その調節装置を活性化する信号は何かが問題になる。腹部神経節にはFMRFアミド([[神経ペプチド]])を含む[[抑制性]]介在ニューロンが含まれている。FMRFアミドを運動ニューロンに投与すると、[[ホスホリパーゼ]]A2の活性化とアラキドン酸の生成が起こる。アラキドン酸ないしその代謝物は、[[逆行性伝達物質]]としてシナプス後細胞からシナプス前細胞に達し、Caチャネル、Kチャネルを調節するという見解があり<ref name=re12 />、一定の支持をえている。
 調節の標的がCaチャネルであれKチャネルであれ、その調節機構についても不明な部分が残されている。現象生起の時間経過からは、Ca2+などの細胞内リガンドによる速い調節よりも、リン酸化・脱リン酸化を含むタンパク修飾による、遅い調節の可能性が高い。すると、その調節装置を活性化する信号は何かが問題になる。腹部神経節にはFMRFアミド([[神経ペプチド]])を含む[[抑制性]]介在ニューロンが含まれている。FMRFアミドを運動ニューロンに投与すると、[[ホスホリパーゼ]]A2の活性化とアラキドン酸の生成が起こる。アラキドン酸ないしその代謝物は、[[逆行性伝達物質]]としてシナプス後細胞からシナプス前細胞に達し、Caチャネル、Kチャネルを調節するという見解があり<ref name=ref12 />、一定の支持をえている。


 ただし、外因的に投与したFMRFアミドがこの作用を示すとしても、個体が馴化する際にFMRFアミドとアラキドン酸がこのシナプスで放出されている証拠はない。また、FMRFアミドが馴化の誘因だとして、それがなぜ刺激の初期には放出されず、反復後にはじめて放出されるのか、未詳である(そちらこそ馴化の本質であろう)。
 ただし、外因的に投与したFMRFアミドがこの作用を示すとしても、個体が馴化する際にFMRFアミドとアラキドン酸がこのシナプスで放出されている証拠はない。また、FMRFアミドが馴化の誘因だとして、それがなぜ刺激の初期には放出されず、反復後にはじめて放出されるのか、未詳である(そちらこそ馴化の本質であろう)。
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==脱馴化==
==脱馴化==
===現象===
===現象===
 非侵害的刺激の反復によってGWRが馴化したあと、侵害的な刺激(たとえば頭部への刺突、電撃など)を加えると、GWRは再び増大する<ref name=re2 />。これを馴化の解除とみて「脱馴化」または「脱・慣れ」(dishabituation)とよぶ(図1)。
 非侵害的刺激の反復によってGWRが馴化したあと、侵害的な刺激(たとえば頭部への刺突、電撃など)を加えると、GWRは再び増大する<ref name=ref2 />。これを馴化の解除とみて「脱馴化」または「脱・慣れ」(dishabituation)とよぶ(図1)。


 馴化は入力刺激特異的だが(GWRを水管刺激に馴化させても仮足刺激には馴化しない)、脱馴化は非特異的である。また、侵害刺激はあらかじめ馴化していないナイーブ個体のGWRも(SWRも)強化する。そこで、鋭敏化(sensitization)という表現もなされる。しかし、馴化した反射の再強化である脱馴化と、非特異的な防御反射の強化である鋭敏化とは、定義上異なるだけでなく、機構的にも異なる可能性がある<ref name=ref15>脱馴化が、馴化の上に鋭敏化が重なった「見かけ上の打消し」であるならば、脱馴化の時間経過と、馴化なしの鋭敏化の時間経過とは同じはずであるが、実際は異なる。ここから、脱馴化と鋭敏化は別の現象だとの見解が生じる。</ref> <ref name=ref15-1><pubmed>16705138</pubmed></ref>。
 馴化は入力刺激特異的だが(GWRを水管刺激に馴化させても仮足刺激には馴化しない)、脱馴化は非特異的である。また、侵害刺激はあらかじめ馴化していないナイーブ個体のGWRも(SWRも)強化する。そこで、鋭敏化(sensitization)という表現もなされる。しかし、馴化した反射の再強化である脱馴化と、非特異的な防御反射の強化である鋭敏化とは、定義上異なるだけでなく、機構的にも異なる可能性がある<ref name=ref15>脱馴化が、馴化の上に鋭敏化が重なった「見かけ上の打消し」であるならば、脱馴化の時間経過と、馴化なしの鋭敏化の時間経過とは同じはずであるが、実際は異なる。ここから、脱馴化と鋭敏化は別の現象だとの見解が生じる。</ref> <ref name=ref15-1><pubmed>16705138</pubmed></ref>。
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===長期化===
===長期化===
 この脱馴化も、1回では短期可塑性にとどまる。しかし馴化の場合と同様、これを繰り返すことで、持続時間が漸増する。つまり、長期化が起こる<ref name=ref17><pubmed>4748675</pubmed></ref>。これにも、前述の長期馴化の場合と同様、各ボタンレベルの変化(小胞の増加、放出帯の延長)<ref name=re9 />と、ボタン数自体の変化(増加)<ref name=re10 />が提唱されている。構造変化であれば、当然ながらタンパク合成に依存し、骨格分子<ref name=ref18><pubmed>3041225</pubmed></ref>、[[接着分子]]<ref name=ref19><pubmed>1585176</pubmed></ref>などの合成が伴うはずで、そうした報告もある。しかし、これらが長期化の原因か結果かと問うならば、むしろ結果であろう。原因分子の特定は難しい。短期の脱馴化の機構(cAMP、PKA、[[CREB]] [PKAによるリン酸化で活性化する[[転写因子]]])との分離が難しいためである。
 この脱馴化も、1回では短期可塑性にとどまる。しかし馴化の場合と同様、これを繰り返すことで、持続時間が漸増する。つまり、長期化が起こる<ref name=ref17><pubmed>4748675</pubmed></ref>。これにも、前述の長期馴化の場合と同様、各ボタンレベルの変化(小胞の増加、放出帯の延長)<ref name=ref9 />と、ボタン数自体の変化(増加)<ref name=ref10 />が提唱されている。構造変化であれば、当然ながらタンパク合成に依存し、骨格分子<ref name=ref18><pubmed>3041225</pubmed></ref>、[[接着分子]]<ref name=ref19><pubmed>1585176</pubmed></ref>などの合成が伴うはずで、そうした報告もある。しかし、これらが長期化の原因か結果かと問うならば、むしろ結果であろう。原因分子の特定は難しい。短期の脱馴化の機構(cAMP、PKA、[[CREB]] [PKAによるリン酸化で活性化する[[転写因子]]])との分離が難しいためである。


===未解明の問題===
===未解明の問題===