「電気けいれん療法」の版間の差分
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英語名:ElectroConvulsive Therapy ;ECT | 英語名:ElectroConvulsive Therapy ;ECT | ||
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===従来型ECTの誕生=== | ===従来型ECTの誕生=== | ||
電気けいれん療法(ElectroConvulsive Therapy ;ECT)は経皮的に脳に電気的刺激を与えることで脳にてんかん様けいれん発作を誘発し、治療効果を得ようとする治療法であり、うつ病を中心とする精神神経疾患に古くから広く用いられてきた。 | 電気けいれん療法(ElectroConvulsive Therapy ;ECT)は経皮的に脳に電気的刺激を与えることで脳にてんかん様けいれん発作を誘発し、治療効果を得ようとする治療法であり、うつ病を中心とする精神神経疾患に古くから広く用いられてきた。 | ||
けいれんを誘発して精神疾患を治療しようとする試みは18世紀頃から行われており、最初はけいれん誘発物質としてショウノウが用いられた。1931年、Medunaは統合失調症(旧精神分裂病)とてんかんの拮抗仮説に基づき、ショウノウ誘発性けいれんによる統合失調症治療を実施し有効性を確認した(1)。まもなくけいれん惹起物質としてショウノウにかわりペンチレンテトラゾールが用いられるようになったが、けいれん誘発前の不快感が生じるため、他の方法が求められていた。 | |||
精神症状に対し治療効果のあるけいれんを誘発するために、けいれんを惹起する薬剤ではなく確実性のある電気刺激による脳への通電を用いる方法は、1938年にCerlettiらによりはじめて報告された。彼らは屠殺場で通電することによりけいれんが誘発されることをヒントにしてヒトに応用し、身元不明の統合失調症患者に対し、電気による脳への通電によりけいれんを誘発するECTが確立した(2)。 | |||
このように統合失調症患者に対して、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、欧米では精神科治療としてECTが確立し、同時にうつ病への治療効果も報告されるようになった。 | |||
日本では1939年に九州大学の安河内と向笠により統合失調症者に対するECTが報告され、以後本邦でもECTが普及するようになった(3)。 | |||
(参考文献) | |||
1) Abrams R : Electroconvulsive Therapy.3 rd ed.New York, Oxford University Press, 1997 | |||
2) Cerletti U ; Old and new information about electroshock. Am J Psychiatry 1950 ;107 :87-94 | |||
3) 安河内五郎,向笠広次 : 精神分離症の電撃痙攣療法について. 福岡医大誌 1939 ;32:1437-1440 | |||
===従来型ECTから修正型電気けいれん療法へ=== | ===従来型ECTから修正型電気けいれん療法へ=== | ||
麻酔や筋弛緩薬を使用せず施行する従来型ECTでは、施行前に患者に恐怖感があることとやけいれんに伴う脊椎等の骨折、呼吸器系・循環器系の副作用が少なからず起こることが問題視されていた。 | |||
次第に、施行前の患者の恐怖感に対しては、静脈麻酔薬であるバルビツール酸チオペンタールやアモバルビタール等のバルビツール系の静脈麻酔薬が用いられるようになり、けいれん発作時の骨折事故を減らすため、通電後の脳のけいれん波出現時に全身けいれんが起こらないようにする工夫として筋弛緩薬が用いられるようになった。 | |||
筋弛緩薬については、1940年、Bennetらはクラレを使用したが(4)、作用時間が長いことが問題であったため、1952年、HolmbergとThesleffzらは、サクシニルコリン(succinylcholine ; SCC)の使用を提唱し(5)、ここに現在まで用いられている静脈麻酔薬とSCCによる修正型ECT(Modified ElectroConvulsive Therapy;mECT)の基盤が完成した。 | |||
日本でも1958年、島薗らにより筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされた(6)が、その後安全面を含めた評価、改良、一般化が不十分で、また患者に強制的に行う負のイメージが強いこともあり、薬物療法の発展とともに次第に第一線の治療から後退した。 | |||
1980年代、ようやく日本でも総合病院の一つの科としての精神科の位置づけが確立し、またリエゾン精神医学の進展に伴い、麻酔科医と連携した十分な酸素化と呼吸循環管理のもとで筋弛緩薬と静脈麻酔薬を用いて行うmECTが総合病院や大学病院を中心に拡がり、同時に手術に準じて患者や家族にインフォームドコンセントが行われることが一般的となったことで、ECTの安全性が高まるのと同時に、従来の負のイメージは徐々に払拭された。 | |||
その後、精神科治療アルゴリズムの作成の動きに伴いECTの治療的位置付けも行われ、各国でECTのガイドラインが作成された(7,8)。2000年になり、日本でも本橋らによりわが国初めてのECTマニュアルが出版された(9)。 | |||
(参考文献) | |||
4) Bennet AE : Preventing traumatic complications in convulsive therapy by curare. JAMA 1940 ; 114 :322-324 | |||
5) Holmberg G, Thesleff S : Succinyl-choline-iodide as amuscular relaxant in electroshock therapy. Am J Psychiatry 1952 ; 108 :842-846 | |||
6) 島薗安雄,森温理,徳田良仁 : 電撃療法時におけるSuccinylcholine Chlorideの使用経験.脳と神経 1958 ; 10 : 183-193 | |||
7) Royal College of Psychiatrists : The ECT Handbook : The Second Report of the Royal College of Psychiatrists’ Special Committee on ECT, Royal College of Psychiatrists, London 1995 | |||
8) American Psychiatric Association : Task Force on Electroconvulsive therapy : The Practice of Electroconvulsive therapy : Recommendations for Treatment, Training, and Privileging 2nd. APA 2001 | |||
9) 本橋伸高 : ECTマニュアル~科学的精神医学を目指して 医学書院 2000 | |||
===サイン波治療器からパルス波治療器へ=== | ===サイン波治療器からパルス波治療器へ=== |
2016年12月15日 (木) 16:06時点における版
野田 隆政、岡本 長久
国立精神・神経医療研究センター
DOI:10.14931/bsd.4610 原稿受付日:2014年月日 原稿完成日:2014年月日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名:ElectroConvulsive Therapy ;ECT
ECTの歴史
従来型ECTの誕生
電気けいれん療法(ElectroConvulsive Therapy ;ECT)は経皮的に脳に電気的刺激を与えることで脳にてんかん様けいれん発作を誘発し、治療効果を得ようとする治療法であり、うつ病を中心とする精神神経疾患に古くから広く用いられてきた。 けいれんを誘発して精神疾患を治療しようとする試みは18世紀頃から行われており、最初はけいれん誘発物質としてショウノウが用いられた。1931年、Medunaは統合失調症(旧精神分裂病)とてんかんの拮抗仮説に基づき、ショウノウ誘発性けいれんによる統合失調症治療を実施し有効性を確認した(1)。まもなくけいれん惹起物質としてショウノウにかわりペンチレンテトラゾールが用いられるようになったが、けいれん誘発前の不快感が生じるため、他の方法が求められていた。 精神症状に対し治療効果のあるけいれんを誘発するために、けいれんを惹起する薬剤ではなく確実性のある電気刺激による脳への通電を用いる方法は、1938年にCerlettiらによりはじめて報告された。彼らは屠殺場で通電することによりけいれんが誘発されることをヒントにしてヒトに応用し、身元不明の統合失調症患者に対し、電気による脳への通電によりけいれんを誘発するECTが確立した(2)。 このように統合失調症患者に対して、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、欧米では精神科治療としてECTが確立し、同時にうつ病への治療効果も報告されるようになった。 日本では1939年に九州大学の安河内と向笠により統合失調症者に対するECTが報告され、以後本邦でもECTが普及するようになった(3)。 (参考文献) 1) Abrams R : Electroconvulsive Therapy.3 rd ed.New York, Oxford University Press, 1997 2) Cerletti U ; Old and new information about electroshock. Am J Psychiatry 1950 ;107 :87-94 3) 安河内五郎,向笠広次 : 精神分離症の電撃痙攣療法について. 福岡医大誌 1939 ;32:1437-1440
従来型ECTから修正型電気けいれん療法へ
麻酔や筋弛緩薬を使用せず施行する従来型ECTでは、施行前に患者に恐怖感があることとやけいれんに伴う脊椎等の骨折、呼吸器系・循環器系の副作用が少なからず起こることが問題視されていた。 次第に、施行前の患者の恐怖感に対しては、静脈麻酔薬であるバルビツール酸チオペンタールやアモバルビタール等のバルビツール系の静脈麻酔薬が用いられるようになり、けいれん発作時の骨折事故を減らすため、通電後の脳のけいれん波出現時に全身けいれんが起こらないようにする工夫として筋弛緩薬が用いられるようになった。 筋弛緩薬については、1940年、Bennetらはクラレを使用したが(4)、作用時間が長いことが問題であったため、1952年、HolmbergとThesleffzらは、サクシニルコリン(succinylcholine ; SCC)の使用を提唱し(5)、ここに現在まで用いられている静脈麻酔薬とSCCによる修正型ECT(Modified ElectroConvulsive Therapy;mECT)の基盤が完成した。 日本でも1958年、島薗らにより筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされた(6)が、その後安全面を含めた評価、改良、一般化が不十分で、また患者に強制的に行う負のイメージが強いこともあり、薬物療法の発展とともに次第に第一線の治療から後退した。 1980年代、ようやく日本でも総合病院の一つの科としての精神科の位置づけが確立し、またリエゾン精神医学の進展に伴い、麻酔科医と連携した十分な酸素化と呼吸循環管理のもとで筋弛緩薬と静脈麻酔薬を用いて行うmECTが総合病院や大学病院を中心に拡がり、同時に手術に準じて患者や家族にインフォームドコンセントが行われることが一般的となったことで、ECTの安全性が高まるのと同時に、従来の負のイメージは徐々に払拭された。 その後、精神科治療アルゴリズムの作成の動きに伴いECTの治療的位置付けも行われ、各国でECTのガイドラインが作成された(7,8)。2000年になり、日本でも本橋らによりわが国初めてのECTマニュアルが出版された(9)。 (参考文献) 4) Bennet AE : Preventing traumatic complications in convulsive therapy by curare. JAMA 1940 ; 114 :322-324 5) Holmberg G, Thesleff S : Succinyl-choline-iodide as amuscular relaxant in electroshock therapy. Am J Psychiatry 1952 ; 108 :842-846 6) 島薗安雄,森温理,徳田良仁 : 電撃療法時におけるSuccinylcholine Chlorideの使用経験.脳と神経 1958 ; 10 : 183-193 7) Royal College of Psychiatrists : The ECT Handbook : The Second Report of the Royal College of Psychiatrists’ Special Committee on ECT, Royal College of Psychiatrists, London 1995 8) American Psychiatric Association : Task Force on Electroconvulsive therapy : The Practice of Electroconvulsive therapy : Recommendations for Treatment, Training, and Privileging 2nd. APA 2001 9) 本橋伸高 : ECTマニュアル~科学的精神医学を目指して 医学書院 2000
サイン波治療器からパルス波治療器へ
さらに、定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が、日本では2002年に認可され導入された。パルス波治療器は、従来の刺激装置である交流正弦波治療器(サイン波治療器)の1/3程度のエネルギー量でけいれん誘発することができ、更にECTの安全性が向上した。 近年は精神科でもエビデンスベースドメディスンが重要視され、各国で精神科治療アルゴリズムが作成され、難治性うつ病や重症うつ病へのECTの治療的位置付けもある程度明確化されてきている。 またECTの手順の標準化や安全性のさらなる向上のため、定電流短パルス矩形波治療器の使用にあたり、近年はECT治療施行者に対する精神科関連学会を中心に運営するECTトレーニングセミナーの受講が義務付けられ、全身麻酔と筋弛緩薬使用下に限定するなど使用法についても統一されたことで、強い高齢者や身体合併症のある精神疾患患者にもECT治療がより安全に行われるようになっている。
ECTの適応と禁忌
ECTの適応
ECTは主にうつ病、そううつ病、統合失調症に用いられる。躁状態にも有効であるが、特に気分障害では、うつ状態に著効することが多い。統合失調症では緊張病型には著効することが多く、精神運動興奮状態を伴う場合も興奮が改善・軽減することが多いが、慢性的な幻覚妄想や陰性症状および認知機能低下には効果が乏しいことが多い。精神疾患には広く適応を持つが、すぐれた臨床効果と臨床的実用性は主に気分障害のうつ状態と統合失調症の緊張病型にある。 ECTは薬物治療抵抗例や、副作用のために十分な薬物療法ができない症状遷延例に用いられることが多いが、症状が著しく重篤で早期に症状改善が必須な場合等にも当初からECTの施行も視野に治療を検討される場合も存在する。以下に一次選択治療としてECTが適応になりうる例を挙げる。
○ECTが一次的治療選択となりうる場合
- 精神症状の型(緊張病状態など)
- 症状が重篤(深刻な焦燥感など)
- 自傷他害の危険(自殺企図など)
- ECTが効果的であった治療歴
- 全身状態(精神症状による全身衰弱など)
- 他の治療より高い安全性があると考えられる場合(高齢者、妊娠中、薬物療法の副作用など)
- 患者希望(薬物療法に強い治療抵抗性があった場合や以前のECTの効果が良好であった場合など)
○ECTが二次的治療選択となりうる場合
- 薬物療法への乏しい反応性
- 副作用、忍容性においてECTが優れる場合
ECTの禁忌
修正型ECTでは絶対的禁忌はないとされるが、ECTの危険度を増す医学的状態について以下に挙げておく。
- 空間占拠性病変(特にテント上の腫瘍・血腫など)
- 頭蓋内圧亢進を示す状態
- 最近の心筋梗塞とそれに伴う心機能の不安定性
- 最近の脳内出血
- 不安定な動脈瘤あるいは血管奇形
- 褐色細胞腫
- 網膜剥離
- 麻酔危険度の高いもの(アメリカ麻酔学会の水準4または3)
水準4:日常生活を大きく制限する全身疾患があり、常に生命を脅かされている患者(多臓器不全)
水準3:日常生活を妨げる全身疾患があるが、運動不可能ではない患者(重症の糖尿病、中~高度の肺機能障害、治療されている冠動脈疾患)
ECTの作用機序
ECTの効果発現にかかわる可能性のある物質として、従来は抗うつ効果との関連から、神経伝達物質やその受容体への直接的影響や細胞内情報伝達系に与える影響が注目され、コルチゾール、副腎皮質刺激ホルモン、コルチコトロピン放出因子、甲状腺刺激ホルモン、プロラクチン、オキシトシン、バソプレッシン、dehycroepiandrosterone sulfate、tumor necrosis factor α等のECTによる変化が報告されてきた。21)。近年は、ECTの神経保護作用が注目されるようになり、神経細胞の可塑性、再生、維持に関わる神経栄養因子であるbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)を増強する可能性も示唆されている22)。(10, 29) Maranoらは、ECTによるBDNFの増加を確認し、BDNF増加とHAM-D総得点減少が相関すると報告した21)。BDNFはセロトニンの発現を増加させる可能性があるので23)、セロトニンを介する機序が示唆される。またPereraらは、霊長類を用いた研究で、ECTにより海馬での神経新生が促進されたことを確認した24)。gamma-aminobutyric acid(GABA)はうつ状態で減少していると報告されている神経伝達物質であるが、magnetic resonance spectoscopy(MRS)を用いた研究で、ECTにてGABAが増加することが示されている。ECTの施行を繰り返すとけいれん時間の減少やけいれん閾値の上昇がみられ、脳内におけるGABAの増加が関係していると考えられている25)。。また以前より間脳や脳幹網様体賦活系を中心とする脳幹部に対する作用と治療効果の関連も多く示されている(10,29)。 ECTの有効性における作用機序についての検討は多くなされているが(44,45,46)、現在までECTの明確な作用機序は明らかにされていない。以上のようにECTの作用機序を研究することは、うつ病の病態の解明につながる可能性もあり重要である。
ECTの効果
文章加筆
ECTの副作用
アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association; APA)によると、ECT導入に際しての絶対的禁忌はないが、患者の精神症状が深刻でECTが最も安全な治療であると判断される場合に適応となる相対的禁忌を定義している(表2)(APA, 2001)。
ECTによる死亡は5~8万治療回数に1回であると推測される(Shiwach, 2001, APA, 2001, Levin, 1997)。また、ECTの副作用で問題となるものに認知機能障害がある。エピソード記憶と意味記憶では、意味記憶が、時間的に遠隔記憶より近時記憶が障害されやすい(Lisanby, 2000)。施行間隔の延長する継続、維持ECTでは、1年間の施行で認知障害を起こさなかったとしている(Rami, 2004)。また、記憶障害はECT中の低酸素と関係があり、ECT刺激前の十分な酸素化を行うことで予防できる(Devanand, 1994)。
ECTのメカニズムについては、明確になっていない。1990年代よりPET、SPECT、MRIなどの脳機能画像検査を使ったECT研究が見られるようになった。CTとMRIによるECTの反復施行による前向き研究では、構造変化は示されなかった(Devanand, 1994)。
ECTの死亡率は低く、治療回数50,000回に1回程度と推測されている(38)。これは全身麻酔の危険率にほぼ相当し、抗うつ剤服用中の死亡率より少ない。主な死因はけいれん直後や回復期の心血管系合併症と考えられている(39,40)。わが国では1998年にも、非修正型ECT後の嘔吐に基づく窒息による死亡例の報告があり、ECT前管理の重要性が指摘されている(41)。
認知障害
ECTの副作用として出現する認知障害には以下の3つがある(37)。副作用としての認知障害を評価するために、術前の認知機能評価が重要である。
- 発作後錯乱
多くの患者がECTからの覚醒時に数分から数時間の錯乱状態を示す。焦燥感が強い場合はベンゾジアゼピンや静脈麻酔薬の静注が必要となる場合がある。
- 発作間せん妄
治療を続けるうちにせん妄が長引く場合があるが、一般的には治療終了とともに速やかに消失する。
- 記憶障害
前向性健忘と逆行性健忘がある。共にECT終了後数日から数週で消失することが多い。ECT治療中や開始直前の記憶は欠けたままのこともある。両側性刺激を多数回行った場合には、まれに更に以前の記憶を失うことがある。認知の副作用を増強するリスクとして、サイン波(>パルス波)、刺激強度が強い(>弱い)、両側性通電(>片側性)、治療回数が多い(>少ない)、治療間隔が短い(>長い)、患者年齢が高齢(>非高齢)、既存の認知障害、が挙げられる(37)。重篤な認知障害が出現した時は、電極配置を両側性から片側性への変更、治療間隔をあける、刺激強度を下げる、認知障害に関与している併用薬を見直す等の対策をしてみる(36)。うつ病そのものによる認知障害はECTによるうつ症状の改善とともに回復するため、鑑別しなければならない。
心血管性合併症
ECT通電直後の数秒間は脳幹部刺激により副交感神経が優位になり徐脈・洞停止・血圧低下などが一過性に起こるが、発作が生じると交感神経が優位となり頻脈・高血圧が起こり、間代期が終了するまで持続する(10)。副交感神経反応抑制には抗コリン薬の術前投与が有効である。高血圧に対しては朝の降圧剤を服用し、必要に応じてジルチアゼム・ニカルジピン等をECT直前か直後に静注する。虚血性心疾患のある患者では注意が必要である(37,40)。
その他の合併症
(37を改変)
頭痛:筋肉の収縮や脳循環動態変化によると考えられる。一過性であり、消炎鎮痛剤に反応する。
筋肉痛:サクシニルコリンによる筋線維束性収縮による。一過性で消炎鎮痛剤に反応する。持続性のものではサクシニルコリンの量を減量するか、ベクロニウムに変更する。
嘔気:麻酔薬、けいれん発作、または強制換気による胃内の空気の影響と考えられる。頻回に起きる際はプロメサジンをECT前あるいは直後に筋注する。誤嚥予防に前日の絶飲食と制酸剤による前処置が重要である。
歯科的損傷:咬筋の収縮により歯や口腔内の損傷が起こり得る。ECT前の歯科診察およびバイトブロックを使用することが重要である。 遷延性けいれん:けいれん発作は通常2分未満であるが、まれに3分以上けいれんが続くことがある。運動成分が目立たないことがあり脳波モニターが必要である。リスクとして、初回治療(投与電気量が不明)、ベンゾジアゼピン退薬者、けいれん誘発物質(カフェイン、テオフィリン)やリチウムの同時投与者、てんかんや発作性脳波異常を伴う者、電解質異常や脳器質疾患が挙げられる。処置としては、酸素投与を続け、麻酔薬を追加するかミタゾラムやジアゼパムを静脈内投与する。
遅発性けいれん:遅発性けいれんは稀であり、ECT終了後の自発的なけいれんの頻度は一般人口と差がないとされる。
遷延性無呼吸:サクシニルコリンの代謝障害に伴い、遷延性無呼吸が起こる可能性がある。患者の自発呼吸が安定するまでの陽圧換気が必要となる。
躁転:双極性障害患者では治療中に躁転することがある(42)。この場合、ECTの抗躁効果を期待してさらにECTを継続する場合と、ECTを終了し薬物療法に変更する場合がある。ECT後の軽度の意識障害による抑制の欠如との鑑別が問題になることがあり、認知機能や脳波の評価が重要である。
脳損傷:ECTにより非可逆的な脳損傷を起こすという、神経生理学的な証拠はない(43)。
ECT治療の実際
ECTの同意
説明すべき重要な点には、①ECTの適応、②現在の状態に対するECTの有効性、③ECTの手順、④一般的な副作用、⑤稀な副作用、⑥生命への危険性、⑦代替治療の可能性、⑧同意撤回の自由、がある(10,36,37,47)。基本的には手術同意と同様に文書を用いて、本人と保護者に説明し、両者から署名による同意を得る。医療保護入院や措置入院のように本人に同意能力がない場合は、保護者に説明して同意を得ることになるが、病状の回復とともに同意能力が回復した場合には、本人にも十分な説明をすることが望ましい。以下に国立精神神経センター武蔵病院で用いられている同意書を挙げておく。
無けいれん性通電療法の説明(国立精神神経センター武蔵病院版) 現在の精神状態(病名・症状記入: )に対して無けいれん性通電療法を行うことをおすすめします。かつてはショック療法として知られていた通電療法(電気けいれん療法)は、1938年以降多くの精神科患者に対して行われ、多くの改善をもたらしてきました。特にうつ病や緊張病に対しては最も改善率が高く、安全性が高い治療法であることが知られています。近年は患者さんの不快感と骨折や脱臼の危険を回避するために麻酔下の無けいれん性通電療法が広く行われるようになっています。
治療は通常1週間に2回の頻度で、通常は準手術室(無けいれん性通電療法室)で精神科医、麻酔科医および看護婦により以下の手順で行います。
治療日は麻酔中の誤嚥を防止するため6時間前より禁飲食とし、胃酸の誤嚥を予防するため予め胃酸分泌抑制薬を服用していただきます。治療開始30分前に点滴を開始します。この後準手術室に移り、けいれんを確認するための脳波の電極を頭につけてから、患者さんの苦痛をなくすために麻酔科医により麻酔薬が静脈内に注射されます。患者さんが眠ったところで痙攣を起こさないための筋肉弛緩薬が静注され、マスクにより酸素が与えられます。
治療は患者さんが眠っている間に行われます。まず額のあたりから100~110V程度の電流を5~7秒間通電します。そのため脳内にも電流が流れ、けいれん発作と同じ変化が脳の中に生じます。本来ならば全身けいれんが起こるのですが、筋弛緩薬の影響でけいれんが起こることはありません。また、静脈麻酔薬により本来通電やけいれんにともなって起こる不安や苦痛もありません。
治療が終わると麻酔科医が呼吸と循環の状態を確認し、呼吸が戻り意識が回復した時点で病棟に戻ります。準手術室に移ってから病棟に帰るまでの時間は30分程度です。目が覚めたときにフラフラしたり、まれに胃がむかついたり、頭痛のすることがありますが、数時間でおさまるものなので心配ありません。1時間程度マスクから酸素を吸ってもらい、2時間後には食事をとってもらいます。
以上が治療の概略で、治療回数は効果のでかたによりますが、一般的にはうつ病で6回程度、精神分裂病で8~12回行います。
通電療法にはある程度の危険が伴います。重篤な副作用や死亡は主に心血管系の合併症ですが、これはごく稀で5万回に1回程度と考えられ、これはお産や全身麻酔の危険率と同じくらいです。物忘れはしばしばみられますが、これは一時的であり、最後の治療から4週間以内、長くても数ヶ月程度で回復することが通例です。
治療中止の申し出は治療開始後であっても自由ですが、適当な回数を終了するまでは治療を続けられることをおすすめします。
無けいれん性通電療法・麻酔・処置同意書
平成 年 月 日
国立精神神経センター武蔵病院長殿
私は 医師から、無けいれん性通電療法の内容、その危険性および方法について詳しい説明を受け、納得しましたので治療を受けることに同意します。治療中の麻酔についても、麻酔科医が適当と考えた麻酔を行うことに同意し、麻酔に関する一切をお任せします。また実施中に緊急の処置を受ける必要が生じた場合には、臨機の処置を受けることができること、また治療中でも中止を要求できること、およびそれにより診療上の不利になることは決してないと理解いたします。
患者氏名 印
保護者氏名 印 続柄
私は上記の説明を患者本人および保護者に行いました。
説明医師名 印
ECTの手順
週2~3回の治療頻度で、合計6~10回を1クールとするのが一般的である。完全な回復が得られるか、効果が頭打ちになったところで中止する(36)。
前日までの術前検査・前処置
術前検査として、既往歴や喘息・卵等のアレルギーの問診、内科学的・神経学的診察、簡単な認知機能検査、血算・一般生化学的検査、甲状腺機能検査、心電図、胸腹部X線、頭部CT、脳波を行い、器質疾患の除外と、全身状態の評価を行っておく必要がある。前日までに麻酔科医の診察を行っておくことが望ましい。
一般的に向精神薬は睡眠導入剤を以外のものは漸減、中止しておく。嘔吐による誤嚥・窒息を予防するため、前日夜間からは禁飲食(守れない場合個室隔離が必要なこともある)とする。当日朝薬は降圧剤など必要最小限に留める。施行一時間前に胃酸の誤嚥を防止のためファモチジン内服(または麻酔導入前に静注)を行っておく。
当日のECT手順
■は一般的に麻酔科医が行う。
□ 本人確認および同意書の再確認を行う
□ 前処置および絶飲食の再確認を行う
□ ストレッチャーにより治療台(ECTユニットや手術室)へ移動する
■ アセテートリンゲル液等で静脈ルートを確保する
■ 血圧計、心電図モニター、パルスオキシメーターを装着してバイタルサインの測定する
□ 脳波電極と刺激電極部の皮膚をアルコール綿で汚れを拭く
□ ECT治療器の条件を設定する(90~110V程度)
□ 脳波電極を設置する(一般的には両側前頭部)
■ 硫酸アトロピン0.3~0.5mgを静注する
■ 麻酔薬(プロポフォール1.0~1.5mg/kgやチオペンタール3~5mg/kg)を静注する
■ マスクにより100%酸素を投与する
■ 筋弛緩薬(サクシニルコリン0.75mg/kg等)を静注する
□ 筋線維束性収縮を確認する(または末梢神経刺激装置で筋弛緩を確認する)
■ バイトブロック(Somatics社製マウスガード等)を挿入する
□ 時間を計りながら通電を行う(5s程度が一般的)
□ 脳波にて発作を確認し記録をとる(脳波上で25秒以上の発作波が望まれる)
■ バックによる100%酸素投与を再開する
■ 呼吸と意識の回復を確認する
□ 脳波電極・刺激電極をはずす
■ バイタルサインを再検する
■ マスクによる3l程度の酸素投与を開始する
□ 回復室または病棟に搬送する
□ ベットに他動的に移動させ2時間安静を保つ(錯乱により隔離拘束が必要なこともある)
□ 終了2時間後に飲水、問題なければ食事をとらせる
ECTと薬物療法 維持療法を踏まえて
ECTの麻酔薬
ECTの課題
TMS、磁気けいれん療法
(36を改変)。
ECTの禁忌および副作用
ECT後の維持療法
双極性障害は反復傾向が強く、ECTで病状の改善が得られた後も、積極的に病相反復の予防に努めなければならない。ECTで改善したうつ病の1年以内の最燃率は30~60%と報告されている(48)。再燃を予測するリスク因子として、ECT後のデキサメサゾン抑制試験の非抑制やECT前の薬物治療抵抗性を挙げる報告がある(48)。
双極性障害の維持療法の治療アルゴリズム(28,29)では、ECTは特別な位置付けはされていないが、①ECT反応性がよく、②薬物療法抵抗性または不耐性で、③安全にECTを行うことができる環境がある場合は(7)、維持ECTも考慮されるだろう。
維持ECTは日本ではほとんど行われていないが、最初は1週間に1回からはじめ、4回行ったところで症状が再燃しなければ、4週間に1回まで間隔を広げる方法が一般的である(36)。
ECTの今後
ECTの改良は従来型ECTから修正型ECT(無けいれん性通電療法)へ発展してきた。すなわち①恐怖感を防ぐための静脈麻酔薬の使用、②骨折を防止するための筋弛緩薬の使用、③純酸素投与による術前の十分な酸素化、である。今後日本のECTの課題としては、④認知障害を少なくするための電極配置の工夫(劣位半球片側性通電の方が認知に関する有害作用が少なく治療効果が少ない)、⑤現在のサイン波治療器からパルス波定電流治療器への変換(サイン波は認知に関する有害作用が多く治療効果が少ない)、⑥明確なECTガイドラインの作成、⑦外来維持療法としてのECTの確立、が求められるだろう(49,50)。
電気けいれん療法(electroconvulsive therapy ; ECT)の歴史は古く、わが国では1939年よりECTの報告があり、うつ病に対しても高い有効性が確認されている治療である。麻酔や筋弛緩薬を使わず施行する従来型ECTでは副作用も多く、1950年代になると、静脈麻酔薬と筋弛緩薬、呼吸循環管理を用いた修正型電気けいれん療法(modified ECT; mECT)が施行されるようになった。わが国でも、1980年代にmECTが普及し、高齢患者や身体合併症患者に対しても安全なECTを提供できるようになった。さらに、定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が、本邦で2002年に認可され導入された。パルス波治療器は、交流正弦波治療器(サイン波治療器)の1/3程度のエネルギー量でけいれん誘発することができ、更に安全性が向上し、ECTに対する負のイメージは払拭されつつある。
Pagninら12)やUK ECT Review Group13)やのメタ解析によれば、治療抵抗性うつ病を含むうつ病に対しECTはほとんどの薬物療法よりもすぐれた有効性があることが示されている。アメリカ精神医学会のガイドラインでは、薬物療法抵抗性うつ病はECTの二次適応となっているが、多くの薬物療法に反応しない多剤抵抗性うつ病でもECTに反応する可能性が約60-80%以上あると考えられる。
Folkers(1997)らは、2剤以上の抗うつ薬抵抗性であった39人を、パロキセチン群と右片側性ECT群に割り付け、反応率はパロキセチン群で28%、ECT群で71%であり、HAM-Dの改善はパロキセチン群で30%、ECT群で60%であったことを示している。
ECT後の再発はECT治療における最大の限界であり、ECTは高い急性期効果を示す一方で、効果が長続きせず、継続療法を行わない場合は、高い再燃率を示すことが知られている。ECTコース終了後、継続療法を行わない場合に、6ヵ月以内の再燃率は50~80%と報告されており、再燃率は、妄想性うつ病、二重うつ病ではさらに高くなり、治療抵抗性も同様に再燃しやすい。 ECT後の維持薬物療法については、ノルトリプチリンとリチウムの併用療法が有効であったとする報告や、パロキセチンが効果的であったという報告があり一定した見解はない。少なくとも再燃予防には十分な維持薬物療法が必要であり、ECT施行前に効果がなかった抗うつ薬は使用しないない方がよいと考えられる。
適切かつ十分な薬物療法にもかかわらず、再燃、再発を繰り返す場合は、低頻度のECTを定期的に繰り返す維持ECT(maintenance ECT)も選択肢となりうる。維持ECTの目標は、再燃を防ぐために十分な頻度でECTを行い、寛解状態を保つことであり、薬物抵抗性でECTに反応するが再燃、再発を繰り返す症例に適している。維持ECTのガイドラインは存在しないが、Schwarzらは、維持ECTの施行基準を示し平均7回の繰り返す入院、10回の薬物療法の失敗、5種類の向精神薬、ECTへの高い反応性を挙げている。Gagneらは、平均5.4年と長期間の追跡調査を行い、抗うつ薬とECTの併用群での寛解維持率は2年後、5年後それぞれ93%、73%であるが、抗うつ薬単独群では52%、18%であり、症状のない期間は、6.9年、2.7年であったことを示している。この研究においては、ECT群の方が過去の薬物療法抵抗性レベルが高かったが、高い寛解維持率を示している。再燃の兆候がみられた場合は、維持ECTの予定を早めることで対応可能である。しかし、維持ECTに関する具体的なガイドラインはなく、安易な維持ECT導入は避け、十分なインフォームドコンセントを行い症例毎に慎重に検討することが望ましい。臨床研究では、ECTの作用機序の解明が急務であるが、ECTの無作為化割付試験やECTの長期効果、ECTコース終了後の継続薬物療法に関する研究も必要であろう。
電気けいれん療法electroconvulsive therapy(ECT)は、パルス波治療器導入に伴い、より安全性の高い使用法が広がり、うつ病の治療として再びその有効性が期待されるようになった。薬物療法に抵抗性を示したうつ病にも効果を認め治療抵抗性うつ病の治療として有効であり、その効果発現は薬物療法より早いため急性期の治療としても有効である。一方、その効果が持続しない問題点があり、ECT治療後の維持療法として薬物療法を行うことや、薬物療法だけでは寛解状態を維持できない時は薬物療法に維持継続ECTを併用することが望まれる。しかしながら、麻酔のリスクだけでなく認知障害などの副作用の軽減、作用機序の解明、より効果的な使用法の統一などの課題があり、今後更なる研究が必要であろう。(340)
はじめに
ECTの効果
* ECTは治療抵抗性うつ病にも有効である。
Keitnerらのメタ解析によると、ECTの反応率は53~80%、寛解率は27~56%であった3)。しかし、ECTの施行方法が報告によって異なるため、結果に幅があると考察されている7)。では、治療抵抗性うつ病に対する効果はどうであろうか。Folkertsらによる治療抵抗性うつ病患者に対するECT(右片側性週3回)の反応率は71%であった8)。当院において2006年に治療抵抗性うつ病の患者63人にECT(両側性週2回)を施行したところ、反応率が93%、寛解率は74%という高い効果を認めた。また、一般に抗うつ薬に対して治療反応の乏しい精神病像を伴う重症うつ病にもECTは有効である 9, 10, 11)。
うつ病患者に対して、プラセボ、シュミレーションECT、抗うつ薬と比較してECTの方が治療効果が優れていると、多くのメタ解析で報告されてきた12, 13, 14)。各抗うつ薬との比較では、ECTと三環形抗うつ薬(tricyclic antidepressants : TCA)やmonoamine oxidase inhibitors(MAOI)を比較した研究がいくつかあり、TCAやMAOIよりECTの方が有効であることが示されてきた。新しい抗うつ薬とECTを比較した研究は未だ少ないが、従来薬と同様ECTの方が有効である可能性が高いと思われる。Folkertsらによる治療抵抗性うつ病患者を対象としたECTとparoxetineを比較した研究がある8)。治療抵抗性うつ病の患者39人を、無作為にECT群(21人)とparoxetine群(18人)に分けたところ、ECT群で59%、paroxetine群で29% のうつ状態の改善を認めた。ECT群でより高い反応率(71%でHAM-D総得点の50%減少)を認め、paroxetineと比較してもECTがより有効であった。
*ECTは効果発現が早い。
先述したFolkertsらは、治療抵抗性うつ病患者でECTとparoxetineの効果発現の早さについても比較検討している8)。ECT群ではparoxetine群と比較し、治療1週間後よりうつ状態の有意な改善を認めた。Husainらはうつ病の患者に対し週3回のペースでECTを施行し反応や寛解の速さを検討したところ、ECTは平均4回の施行(1.3週)で効果発現を認め、平均8回(約2.5週間)の施行で寛解に至ると報告している15)。一方、抗うつ薬の効果発現には2~4週間かかり16)、一般的に寛解に至るには約4~8週間を必要とする。早急な抗うつ効果が必要とされるカタトニアで全身状態が悪化している患者や、深刻な自殺念慮があり自殺企図リスクが高い患者などに、薬物療法より効果発現や寛解に至るまでが早いECTがより有効な治療であると考えられる。
*ECTの効果は持続しない。
ECTの治療持続性はどうであろうか。継続治療を行わない場合の再発率は50%以上で、ほとんどの再発が治療後の6ヶ月以内に起こり17)、その効果が持続しないという問題点がある。ECT後に再発しやすくなるリスクファクターとして、抗うつ薬への抵抗性や、精神病症状の合併、Double Depressionが報告されている17)。
*ECTの効果はその方法に影響を受ける。
ECTの効果に影響を与えうる因子として、刺激用量と電極の位置(両側性か片側性か)がある。刺激用量が高いほど効果があるが、副作用である認知障害を起こす確率は高くなる13)。電極の位置は、両側性の方が片側性よりも効果があるとする報告が多い。しかし、Sackeimらは刺激用量の十分高い右片側性ECTは両側性と比較し効果に差がなく、認知機能への影響が少ないのでより適切であると報告している18)。波形については、パルス波刺激とサイン波刺激の両者で効果の面で有意な差を認めなかったとするメタ解析がある13)。
*ECTに禁忌はないが、いくつかのリスクがある。
ECTに絶対的な医学的禁忌は存在しない。しかし麻酔下で行うため、潜在的な麻酔のリスクがあるので、麻酔科医と連携し術前に全身状態や合併症について評価する必要がある。ECTを第一選択の治療法としない理由の一つは、全身麻酔による致死的副作用のリスクがゼロではないからである。
ECTの通電直後の副作用としては、けいれん重積、遷延性けいれん、発作後せん妄、遷延性無呼吸、交感・副交感神経刺激による心血管性合併症(不整脈など)がある。また、覚醒後に出現し数時間持続する副作用として、頭痛、筋肉痛、嘔気、見当識障害、せん妄がある。
ECTの副作用として問題となる認知障害として、前向性健忘と逆行性健忘がある。前向性健忘は速やかに回復するのに対し、逆行性健忘は回復に時間がかかることがあり、まれには残存することもある。片側性より両側性が、低用量より高用量の方が13)、パルス波よりサイン波の方が19)、認知障害の頻度がやや高いという報告がある。しかし、ECTを反復して施行することによる器質的障害の発生については否定的に考えられている20)。
mECTの実際
適応の判断
ここではNCNPで行われているECTの実際について述べる。うつ・ストレスケア病棟はセンター病院としての役割もあり、他院にて抗うつ薬を何剤か試されて十分な改善を示さなかった治療抵抗性うつ病患者が多く入院してくる。当院ではアルゴリズムを用いてうつ病の治療を行っている。まず「見かけ上の」治療抵抗性を否定するために、診断(双極性障害など)や治療(内服は出来ていたかなど)の見直しを行う。異なる種類の抗うつ薬2剤以上を十分量、十分期間使用しても寛解に至らない「本当の」治療抵抗性うつ病と診断された場合は、lithiumや非定型抗精神病薬、甲状腺ホルモンなどの増強療法の使用を検討する。次に、ドーパミンアゴニストや気分安定薬(carbamazepineやvalproate)などの使用を検討する。個別・集団の認知行動療法や運動療法、認知トレーニングなどを必要に応じて行っている。以上で寛解に至らない場合、ECTの適応を検討する(表1の二次的使用の場合)26)。ただし、緊張病状態など表1の一次的使用に当てはまる状態の場合は積極的にECTの適応を考慮して良い。最終的な判断はECT適応検討委員会で行う(別項目参照)が、相対的禁忌の疾患(表2)を合併している場合は麻酔科医や専門医へECTの適応についてコンサルトしている。
mECTの方法
当院では、麻酔科医による全身麻酔下で筋弛緩薬を用い、パルス波治療器によりmECTを施行している。mECT治療を効率的かつ安全に施行するために、mECTマニュアル27)とクリニカルパスを作成した。まず、患者本人や保護者(扶養義務者)へ書面を用いて十分な情報提供を行う。mECTの治療内容だけでなく、維持療法の重要性や期間など治療方針の十分なインフォームドコンセントを行う。原則として患者本人から同意を得る必要があるが、医療保護入院や措置入院の場合は少なくとも保護者か扶養義務者の同意を必要としている。同意を得たら、クリニカルパスに従い術前検査や患者情報のチェックを行う。
mECTの施行はECTユニットと呼ばれる専用の準手術室で、精神科医、麻酔科医、看護師のチームで行う。mECTの施行は、ECT実務者委員会の講習に参加し承認を得た精神科医により行われる。パルス波治療器を用い、初回の刺激強度は半年齢法(患者の年齢の半分の刺激強度)により決定する。電極はせん妄や認知障害が発生するリスクが高い場合は原則として片側で行うが、適切な刺激強度で4-6回施行しても十分な効果が得られない場合は両側へ変更する。静脈麻酔や呼吸管理は麻酔科医が行う。静脈麻酔薬としては、thiopentalやpropofolが一般に使われるが、当院でketamineを使用したところ、うつ状態がより早く改善する傾向がみられた28)。今後はketamineの使用をより積極的に考慮してもいいと思われる。
抗うつ薬とECTの併用療法
最後に抗うつ薬とECTの併用療法について述べる。ECTは寛解を維持する効果は乏しいので、一般に抗うつ薬による維持療法が用いられる。抗うつ薬の抗うつ効果の発現に週単位の時間がかかるため実際にはECT施行前から抗うつ薬を開始する。抗うつ薬の種類によって維持効果が異なると報告されている。LauritzenらはECT施行後の維持療法としてプラセボとimipramine 、paroxetineとを比較し、6ヵ月以内の再燃はプラセボ群65%に対し、imipramine 群30%、paroxetine群10%であり薬剤による差を認めた29)。ECT施行前に効果を認めなかった薬剤は再発予防の維持療法としての効果も乏しい17)という報告がある一方、それを否定するような次のような報告もある。van den Broekらは、TCA(imipramineを含む)やLi、MAOIなどの薬剤に治療抵抗性の患者に対しECT施行後の維持療法としてimipramineを使用したRCTを行ったところ、24週後にプラセボ群は80%が再発したのに対して、imipramine群は18%で有意に再発率が低かったと報告しており30)、ECTにより治療抵抗性が改善した可能性が示唆された。また、Lithiumの併用療法が有効との報告もある。Sackeimらは、ECT施行後24週間後にプラセボ群では84%が再発したのに対して、nortriptyline群は60%、nortriptylineとLithium併用群が39%と有意に低く、抗うつ薬の単剤投与よりLithiumの併用が維持療法として有効であったと報告している31)。
最近ECTを維持療法として使用して効果を認めたという報告がいくつか出てきている。維持継続ECTの方法としては、初めの1ヶ月は週に1回、次の1~2ヶ月は2週に1回、それ以後は月に1回で継続する方法が多く用いられる32, 33)。Kellerらはうつ病の維持療法として、維持継続ECT群と、nortriptylineにLithiumを加えた薬物療法群とを比較した研究を行った32)。6ヶ月後、維持継続ECT群の46.1%、薬物療法群の46.3%が寛解を維持した。この結果はプラセボコントロール群に比べ有意に再燃率が低く、維持継続ECTの有効性が示された。また、Gagneらは、急性期にECTを使用し寛解に至った治療抵抗性うつ病患者に対して、併用群(維持ECTと薬物療法)と薬物療法単独群とを比較する後ろ向きケースコントロール研究を行った34)。経過2年の時点で、併用群では寛解率が93%、薬物療法単独群では52%、経過5年の時点では、併用群では寛解率73%、薬物療法単独群18%と、併用群において優れた寛解維持効果を示した。さらにNavarro らは、急性期にECTが有効であった高齢者の精神病像を伴う治療抵抗性うつ病患者に対して、併用群(維持ECTにnortriptyline)とnortriptyline単独群を比較した33)。2年目の時点で、併用群では17人中11人(65%)が、nortriptyline群では17人中5人(29%)が寛解を維持し、併用群が薬物療法単独群より有効であり、しかも有害な副作用は認めなかった。維持ECTは、60歳以上の高齢者に対し忍容性があることも示唆された。以上より、長期予後の点からも維持ECT、特に薬物との併用で優れた治療効果が期待される。
Frederikseらは、ECTの維持療法としての有効性を示す報告をまとめて、抗うつ薬の効果が不十分な場合などにECT維持継続を行うことを推奨している35)。その際ECT単独ではなく薬物療法を併用する方が寛解を維持する可能性が高い33)。大規模スタディの実施や、維持ECTの方法(頻度や併用する薬物など)について、今後検討する必要があると思われる。
おわりに
ECTはうつ病患者、特に治療抵抗性の場合でも有効性が期待される治療であり、今後更なる貢献が期待されている。しかしながら、問題点もいくつかある。ECTは麻酔科医や手術室に準じた施設が必要となるため限られた医療機関でしか行えない治療であることや、入院が必要でありアクセスビリティがよくないこと、さらには方法や施設により効果に差があることなどである。ECTは急性期のみならず、維持療法としても効果が期待できるが、その機序が明らかとはなっていない。また薬物療法との併用の方法や、その機序についても不明な点が多く、今後さらなる研究が必要であろう。