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<font size="+1"> | <font size="+1">野田 隆政、岡本 長久</font><br> | ||
''国立精神・神経医療研究センター''<br> | ''国立精神・神経医療研究センター''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年月日 原稿完成日:2014年月日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | ||
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英語名:ElectroConvulsive Therapy ;ECT | |||
== | ==ECTの歴史== | ||
===従来型ECTの誕生=== | ===従来型ECTの誕生=== | ||
電気けいれん療法(ElectroConvulsive Therapy ;ECT)は経皮的に頭部に通電を行うことで脳に人工的なけいれんを誘発し、治療効果を得ようとする治療法であり、精神神経疾患に古くから広く用いられてきた。<br> | |||
けいれんを誘発して精神疾患を治療しようとする試みは18世紀頃から行われており、最初はけいれん誘発物質としてショウノウが用いられた。1931年、Medunaは統合失調症(旧精神分裂病)とてんかんの拮抗仮説に基づき、ショウノウ誘発性けいれんによる統合失調症治療を実施し有効性を確認した(1)。まもなくけいれん惹起物質としてショウノウにかわりペンチレンテトラゾールが用いられるようになったが、けいれん誘発前の不快感が生じるため、他の方法が求められていた。<br> | |||
精神症状に対し治療効果のあるけいれんを誘発するために、けいれんを惹起する薬剤ではなく確実性のある電気刺激による脳への通電を用いる方法は、1938年にCerlettiらによりはじめて報告された。彼らは屠殺場で通電することによりけいれんが誘発されることをヒントにしてヒトに応用し、身元不明の統合失調症患者に対し、電気による脳への通電によりけいれんを誘発するECTが見出された(2)。<br> | |||
このように統合失調症患者に対して、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、欧米では精神科治療として1950~60年代にかけてECTが広く行われるようになり、同時にうつ病への治療効果も報告されるようになった。 | |||
日本では1939年に九州大学の安河内と向笠により統合失調症者に対するECTが報告され、以後本邦でもECTが普及するようになった(3)。<br> | |||
(参考文献) | |||
1) Abrams R : Electroconvulsive Therapy.3 rd ed.New York, Oxford University Press, 1997 | |||
2) Cerletti U ; Old and new information about electroshock. Am J Psychiatry 1950 ;107 :87-94 | |||
3) 安河内五郎,向笠広次 : 精神分離症の電撃痙攣療法について. 福岡医大誌 1939 ;32:1437-1440 | |||
===従来型ECTから修正型電気けいれん療法へ=== | |||
麻酔や筋弛緩薬を使用せず施行する従来型ECTでは、施行前に患者に恐怖感があることとやけいれんに伴う脊椎等の骨折、呼吸器系・循環器系の副作用が少なからず起こることが問題視されていた。<br> | |||
次第に、施行前の患者の恐怖感に対しては、静脈麻酔薬であるチオペンタールやアモバルビタール等のバルビツール系の静脈麻酔薬が用いられるようになり、けいれん発作時の骨折事故を減らすため、通電後の脳のけいれん波出現時に全身けいれんが起こらないようにする工夫として筋弛緩薬が用いられるようになった。<br> | |||
筋弛緩薬については、1940年、Bennetらはクラレを使用したが(4)、作用時間が長いことが問題であったため、1952年、HolmbergとThesleffzらは、サクシニルコリン(succinylcholine ; SCC)の使用を提唱し(5)、ここに現在まで用いられている静脈麻酔薬とSCCによる修正型ECT(Modified ElectroConvulsive Therapy;mECT)の基盤が完成した。 | |||
日本でも1958年、島薗らにより筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされた(6)が、その後安全面を含めた評価、改良、一般化が不十分で、また患者に強制的に行う負のイメージが強いこともあり、薬物療法の発展とともに次第に第一線の治療から後退した。<br> | |||
1980年代、ようやく日本でも総合病院の一つの科としての精神科の位置づけが確立し、またリエゾン精神医学の進展に伴い、麻酔科医と連携した十分な酸素化と呼吸循環管理のもとで筋弛緩薬と静脈麻酔薬を用いて行うmECTが総合病院や大学病院を中心に拡がり、同時に手術に準じて患者や家族にインフォームドコンセントが行われることが一般的となったことで、ECTの安全性が高まるのと同時に、従来の負のイメージは徐々に払拭された。 | |||
英国ではECTに関するガイドラインが報告され(7)、米国でも、1975年に米国精神医学会がECTに関する専門委員会を設置し、1990年、2001年(8)に全体を網羅するガイドラインが刊行された。<br> | |||
わが国では日本総合病院精神医学会から精神科電気けいれん療法の実践指針が示され、同学会に電気けいれん療法の手技や適応基準の検討を行う小委員会が設置された。2000年、本橋らによりわが国初めてのECTマニュアルが出版され(9)、2002年には全国自治体病院協議会が電気けいれん療法の仕様に関する提言を行い、修正型での運用を強く推奨することとなった。<br> | |||
わが国で現在用いられるECT麻酔薬は、比較的短時間で麻酔作用の消失するバルビツレート系麻酔薬のチオペンタールや非バルビツレート系麻酔薬のプロポフォールが使用されることが多く、また筋弛緩薬はSCCが使用されることが多い状況である。<br> | |||
(参考文献) | |||
4) Bennet AE : Preventing traumatic complications in convulsive therapy by curare. JAMA 1940 ; 114 :322-324 | |||
5) Holmberg G, Thesleff S : Succinyl-choline-iodide as amuscular relaxant in electroshock therapy. Am J Psychiatry 1952 ; 108 :842-846 | |||
6) 島薗安雄,森温理,徳田良仁 : 電撃療法時におけるSuccinylcholine Chlorideの使用経験.脳と神経 1958 ; 10 : 183-193 | |||
7) Royal College of Psychiatrists : The ECT Handbook : The Second Report of the Royal College of Psychiatrists’ Special Committee on ECT, Royal College of Psychiatrists, London 1995 | |||
8) American Psychiatric Association : Task Force on Electroconvulsive therapy : The Practice of Electroconvulsive therapy : Recommendations for Treatment, Training, and Privileging 2nd. APA 2001 | |||
9) 本橋伸高 : ECTマニュアル~科学的精神医学を目指して 医学書院 2000 | |||
===サイン波治療器からパルス波治療器へ=== | |||
通電のためのECT機器としては、従来、交流正弦波(サイン波)治療器が用いられてきた。サイン波治療器は電源から交流正弦波の電圧変換を行う機器で、2本の電気通電用の棒の先についている布部分を生理食塩水で湿らせ、医療者が両手で2本の電気通電用の棒を持ち、棒の先の布部分を患者の両側の前頭部に当てながら通電ボタンを押し、正弦波(サイン波)を105V程度で5秒間程度通電することで脳のけいれんを誘発する機器であった。<br> | |||
欧米では、1980年代より、サイン波治療器より安全性の高い定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が用いられるようになり、わが国への導入推進の動きが本橋らを中心に行われ、2002年に日本でパルス波治療器が認可され導入された。<br> | |||
現在主に使用されているものはサイマトロン(Thymatron®)と呼ばれるパルス波治療器で、短パルス矩形波(パルス波)を通電することで、従来の刺激装置であるサイン波治療器の約1/3程度のエネルギー量でけいれんを誘発することができるため、循環器系副作用、通電後の認知機能障害などが低減し、更にECTの安全性が向上している。パルス波治療器を用いた実際のECT手順については後述する。<br> | |||
またECTの手順の標準化や安全性のさらなる向上のため、定電流短パルス矩形波治療器の使用にあたり、近年はECT治療施行者に対する精神科関連学会を中心に運営するECTトレーニングセミナーの受講が義務付けられ、使用法についても標準化されていることで、強い高齢者や身体合併症のある精神疾患患者にもECT治療がより安全に行われるようになっている。<br> | |||
しかし、ECT麻酔薬として良く用いられているチオペンタールなどのバルビツレート系麻酔薬はもちろん、プロポフォールなどの非バルビツレート系麻酔薬も少なからず抗けいれん作用を持ち、パルス波治療器の普及とともに、パルス波治療器の最大刺激電流量(100%)を用いても脳波上のけいれん波が誘発されない症例が少なからず存在することが分かってきた。バルビツレート系麻酔薬であるメトヘキシタールでECTを受けた471名の患者のうち72人(15%)は最大刺激強度を必要とし、最大刺激強度でも72名のうち24名(33%)は発作持続時間が足りないか、不発であったという報告がある(10)。脳波上のけいれん波が不十分であったり、不発である場合は、内服している抗けいれん作用のあるベンゾジアゼピンや抗けいれん薬の中止、けいれん域値を下げるECT通電前の過換気、ケタミン麻酔などへの変更(11)を検討する必要がある。<br> | |||
10) Krystal AD, Dean MD, Weiner RD, : ECT stimulus intensity: are present ECT devices too limited? Am J Psychiatry 157 : 963-7, 2000 | |||
11) Krystal AD, Weiner RD, Dean MD, et al : Comparison of seizure duration, ictal EEG, and cognitive effects of ketamine and methohexital anesthesia with ECT. J Neuropsychiatry Clin Neurosci 15 : 27-34, 2003 | |||
==ECTの作用機序== | |||
ECTの効果は電流通電そのものの効果ではなく、むしろ脳波上の発作を誘発することに起因することが分かっている。脳波上の発作による脳の血流量のパターンや脳代謝の変化、前頭葉を主体とした早期の抗けいれん効果との関連 、内側側頭葉を主体とした神経栄養効果等が想定されている(12)。<br> | |||
従来、抗うつ効果との関連から、ECTの効果発現にかかわる可能性のある物質として、神経伝達物質やその受容体への直接的影響や細胞内情報伝達系に与える影響が注目され、コルチゾール、副腎皮質刺激ホルモン、コルチコトロピン放出因子、甲状腺刺激ホルモン、プロラクチン、オキシトシン、バソプレッシン、dehycroepiandrosterone sulfate、tumor necrosis factor α等のECTによる変化が報告されてきた(13)。<br> | |||
またgamma-aminobutyric acid(GABA)もmagnetic resonance spectoscopyを用いた研究で、ECT後増加することが示されており(14)、ECTの施行を繰り返すとけいれん時間の減少やけいれん閾値の上昇がみられ、脳内におけるGABAの増加が関係している可能性がある。<br> | |||
近年は、ECTの神経保護作用が注目されるようになり、神経細胞の可塑性、再生、維持に関わる神経栄養因子であるbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)を強化する働きと内側側頭葉を中心とした神経栄養効果が注目されるようになった(15)。<br> | |||
うつ病患者ではメタ解析でもECT治療後のBDNFの増加が確認されており(16)、BDNF増加とHAM-D総得点減少が相関するという報告も存在する。また霊長類を用いた研究では、ECTにより海馬での神経新生が促進されたことが報告されている(17)。<br> | |||
このようにECTの有効性における作用機序についての検討は多く行われいくつかの有力な仮説は提示されているものの、現在までECTの明確な作用機序は明らかにされていない。 | |||
ECTの作用機序を研究することは、うつ病の本質的な病態の解明につながる可能性もあり非常に重要な課題である。<br> | |||
12) Abbott CC1, Gallegos P, Rediske N, Lemke NT, Quinn DK.J Geriatr Psychiatry Neurol. 2014 Mar;27(1):33-46. doi: 10.1177/0891988713516542. 2013 Dec 30. | |||
A review of longitudinal electroconvulsive therapy: neuroimaging investigations. | |||
13) Marano CM, Phatak P, Vemulapalli UR, et al.: Increased plasma concentration of brain-derived neurotrophic factor with electroconvulsive therapy: a pilot study in patients with major depression. J Clin Psychiatry 68: 512-517, 2007 | |||
14) Bajbouj M, Lang UE, Niehaus L, et al.: Effects of right unilateral electroconvulsive therapy on motor cortical excitability in depressive patients. J Psychiatr Res 40: 322-327, 2006 | |||
15) Taylor SM: Electroconvulsive therapy, brain-derived neurotrophic factor, and possible neurorestorative benefit of the clinical application of electroconvulsive therapy. J ECT 24: 160-165, 2008 | |||
16) Rocha RB, Dondossola ER, Grande AJ, et al.: Increased BDNF levels after electroconvulsive therapy in patients with major depressive disorder: A meta-analysis study. J Psychiatr Res 83: 47-53, 2016. | |||
17) Perera TD, Coplan JD, Lisanby SH, et al.: Antidepressant-induced neurogenesis in the hippocampus of adult nonhuman primates. J Neurosci 27: 4894-4901, 2007 | |||
==ECTの適応と禁忌== | |||
===ECTの適応=== | |||
ECTはエビデンスに基づく医療行為である。2015年米国精神医学会は「ECTは、安全かつ有効なエビデンスに基づく医療であり、適切に適応を選択された患者のために、適切な資格のある精神科医によって行われるとき、ECTはAPAによって支持される」という声明を発表している。<br> | |||
ECTが臨床的治療で主に用いられる疾患としてうつ病、躁うつ病のうつ状態および躁状態、統合失調症がある。また、まだ十分なエビデンスは確立しておらず研究的な要素も存在するものの、難治性で緊急性を要すパーキンソン病やレビー小体型認知症、慢性疼痛の治療にも臨床的に用いられ有効であることがある。 | |||
臨床的には、ECTの適応は、診断と状態(症状特性や重症度)の組み合わせから判断することになる。<br> | |||
たとえば、うつ病はECTの主要な適応となる疾患であるが、軽症であれば基本的にECTが選択されることはない。ECTの一次的適応が考慮される状態として、食事摂取困難や拒食による低栄養・脱水が進行し生命にかかわる可能性がある場合、自殺企図など患者に生命の危険の差し迫った重篤な症状が存在し迅速な症状改善を要する場合など、抗うつ薬が効いてくるまでの時間的余裕がない場合にはECTの優先順位は高くなりECTは切り札的な治療として実施されることがある。また、妊娠、高齢者、薬物療法の副作用、身体合併症など他の治療よりECTのほうが高い安全性があると考えられる場合もECTが考慮される。ECTの二次的な適応としては、過去の薬物療法への強い治療抵抗性があり長期にうつ症状が遷延している場合、薬物治療の副作用が強く十分な薬物療法が行えず忍容性においてECTが優れる場合などはECTの適応が検討されることがある。<br> | |||
統合失調症では、同様に治療抵抗性で生命にかかわるような緊張病や昏迷状態、精神症状による著しい焦燥感・興奮・錯乱がある場合、強い希死念慮がある場合等に適応が検討されることがある。また、いずれの疾患でも過去のECTが効果的であった治療歴、患者本人の希望は治療方針の決定において重要となる。<br> | |||
わが国においてECTの適応について詳述されているものは本橋らが報告している「電気けいれん療法(ECT)推奨事項 改訂版」を参照されたい(18)。<br> | |||
18)本橋伸高, 粟田主一, 一瀬邦弘ほか: 電気けいれん療法(ECT)推奨事項 改訂版. 精神神経学雑誌 115: 586-600, 2013. | |||
=== | ===ECTの禁忌=== | ||
アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association; APA)は、ECT導入に際しての絶対的禁忌はないとしながらも、ECTのリスクが増す状態として相対的禁忌を定義している(8)。<br> | |||
わが国で用いられているサイマトロン(Thymatron®)の添付文書でもこれらが反映され、原則として禁忌となる疾患や状態として、①最近起きた心筋梗塞、不安定狭心症、非代償性うっ血性心不全、重度の心臓弁膜症のような不安定で重度の心血管系疾患、②血圧上昇により破裂する可能性のある動脈瘤または血管奇形、③脳腫瘍その他の脳占拠性病変により生じる頭蓋内圧亢進、④最近起きた脳梗塞、⑤重度の慢性閉塞性肺疾患、喘息、肺炎のような呼吸器系疾患、⑥米国麻酔学会水準4または5と評価される状態(ECTにより脳出血後まもない患者では再出血の危険性がある、発作による交感神経系の活性化による血圧上昇、頻脈により最近起きた心筋梗塞患者では心室性不整脈や心破裂の危険性がある、修正型ECTは麻酔下において治療が行われるため麻酔危険度を設定する必要がある)が挙げられている。またECTとの併用禁忌として、深部脳刺激装置(deep brain stimulation: DBS)が埋め込まれている場合が挙げられている。<br> | |||
==ECTの有効性とその特徴== | |||
===ECTの各疾患への有効性=== | |||
ECTは幅広い精神疾患に適応を有し、特に重症うつ病、治療抵抗性の躁病や緊張病には高い治療的有効性を持つ。<br> | |||
近年は精神科でもエビデンスベースドメディスンが重要視され、各国で精神科治療アルゴリズムが作成され、難治性うつ病や重症うつ病へのECTの治療的位置付けがある程度明確化されてきている。<br> | |||
うつ病に対するECTの効果のメタ解析では、プラセボ、模擬ECT、経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation: TMS)、抗うつ薬のいずれにもECTの有効性が勝っていることが示されている(19,20,21,22)。<br> | |||
各抗うつ薬との比較では、ECTと三環形抗うつ薬(tricyclic antidepressants : TCA)やmonoamine oxidase inhibitors(MAOI)を比較した研究でTCAやMAOIよりECTの方が有効性が高いことが示されてきた。新規抗うつ薬とECTを比較した研究は少ないが、Folkertsらによる治療抵抗性うつ病患者を対象としたECTと新規抗うつ薬のparoxetineを比較した研究では、ECT群で59%、paroxetine群で29% のうつ状態の改善を認め、ECT群でより高い反応率(71%でHAM-D総得点の50%減少)を認めている(23)。<br> | |||
治療抵抗性うつ病に対しての有効性も確立しており(24,25,26)、抑うつ症状の改善以外にも社会機能やQOLを改善させる(27)ことが報告されている。また、一般に抗うつ薬に対して治療反応の乏しい精神病像を伴う重症うつ病にもECTは有効である (28,29,30)。<br> | |||
ECTは単極性うつ病、双極性うつ病の双方のうつ状態に有効であり、寛解率はともにほぼ同等で約50%と報告されている(31)。Keitnerらのメタ解析(32)によると、うつ病へのECTの反応率は53~80%、寛解率は27~56%と推定さればらつきが大きい。ECTの施行方法が報告によって異なり、有効性や有害事象に施行方法による差異が出やすいため、有効率にばらつきが出ていることも指摘されている(33)。<br> | |||
このようにECTは気分障害のうつ状態に対し高い有効性を持つが、同時に双極性障害の躁状態への効果も知られている。躁状態への比較対照研究は少ないものの、ECTの抗躁効果は確立しており、Mckherjeeらは過去50年間にECTを施行された約600例の急性躁病患者の転機を調査し、約80%が著明改善または完全寛解したことと報告しており(34)、躁鬱混合状態への有効性も報告されている(35)。<br> | |||
生命が脅かされるような状態を伴う重症躁病や薬物治療抵抗性の遷延性躁状態への二次的なECTの適応があるとされる(36,37) が、躁状態では意識障害、頭部外傷、HIV感染等の器質疾患の術前の鑑別に十分な注意を要する。一般的にECTが抗躁効果を示すためにはうつ状態より時間がかかり両側性で6~10回の治療回数が必要とされる(38)。躁状態に対して施行する問題点としては、患者本人からの同意が得にくいこと(39)、覚醒状態でECT施行室に搬送することが困難であることが挙げられる。<br> | |||
またカタトニア(緊張病)への高い効果も知られている。カタトニアを呈する疾患として、統合失調症の緊張病型がよく知られるが、カタトニアは症候群で気分障害の躁状態やうつ状態、抗NMDA関連脳炎などの器質性精神疾患(40)、自閉症スペクトラム障害などでも起こりうる。4つの研究によるカタトニアのロラゼパムでの寛解率は80-100%と高く(40)、通常のカタトニアではロラゼパム等のベンゾジアゼピン系薬剤が優先して使用され反応しない場合にECTが検討されるが、生命に危険の強い悪性緊張病ではECTは一時的選択になりうる(41)。5つの研究でのECTでのカタトニアの寛解率は82-96%とされる(40)。統合失調症、気分障害、統合失調感情障害、器質性精神障害を含む28例のカタトニアにECTを行った研究では、93%が緊張病症候群の症状消失がみられ、特に気分障害におけるカタトニアの寛解率は96%と高かったと報告されている(43)。自閉症スペクトラム障害に伴うカタトニア(43)や抗NMDA関連脳炎に伴うカタトニアへのECTの有効性の知見の蓄積はまだ乏しい。<br> | |||
統合失調症では前述のように緊張病型には著効することが多く、また精神運動興奮や昏迷を伴う場合も興奮や意思発動性低下が改善・軽減する。一部のアルゴリズムには薬物治療抵抗性統合失調症の治療として、ECTが位置づけられているが、慢性的な幻覚妄想や陰性症状および認知機能低下には効果が乏しいことが多い。<br> | |||
19) Janicak PG, Davis JM, Gibbons RD, et al.: Efficacy of ECT: a meta-analysis. Am J Psychiatry 142: 297-302, 1985 | |||
20)Pagnin D, de Queiroz V, Pini S, et al. Efficacy of ECT in depression: a meta-analytic review. J ECT 20: 13-20, 2004. | |||
21)The UK ECT Review Group: Efficacy and safety of electroconvulsive therapy in depressive disorders: a systematic review and meta-analysis. Lancet 361: 799-808, 2003. | |||
22)Micallef-Trigona B. Comparing the effects of repetitive transcranial magnetic stimulation and electroconvulsive therapy in the treatment of depression: a systematic review and meta-analysis. Depress Res Treat 2014:135049, 2014. | |||
23) Folkerts HW, Michael N, Tolle R, et al.: Electroconvulsive therapy vs. paroxetine in treatment-resistant depression -- a randomized study. Acta Psychiatr Scand 96: 334-342, 1997 | |||
24)Avery D, Lubrano A: Depression treated with imipramine and ECT: the DeCarolis study reconsidered. Am J Psychiatry 136: 559-562, 1979. | |||
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Bipolar Disord. 2012 Mar;14(2):146-50. | |||
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33) Lisanby SH: Electroconvulsive therapy for depression. N Engl J Med 357: 1939-1945, 2007 | |||
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===ECTの有効性発現速度=== | |||
ECTの効果発現の特徴として、ECTは効果発現が早いことがあげられる。<br> | |||
米国で行われた大規模臨床試験STAR*D研究(Systematic Treatment Alternatives to Relieve Depression;)では、最終段階までの累積寛解率は67%で、4段階の薬物治療戦略を試みても寛解に至らない症例が3分の1存在することが示されている(45)。初回の抗うつ薬で改善したとしても、抗うつ薬の効果発現には十分量に増量後2~4週間かかり、一般的に寛解に至るには少なくとも4~8週間を必要とする。1剤目が無効や効果が乏しかった場合、次の薬剤選択を行い、再び同様に時間がかかる。<br> | |||
Folkertsらは、治療抵抗性うつ病患者でECTとparoxetineの効果発現の早さについても比較検討し、ECT群ではparoxetine群と比較し、治療1週間後よりうつ状態の有意な改善を認めている(23)。またHusainらはうつ病の患者に対し週3回のECTを施行し反応や寛解の速さを検討したところ、ECTは平均4回の施行(1.3週)で効果発現を認め、平均8回(約2.5週間)の施行で寛解に至ると報告している(45)。<br> | |||
われわれが国立精神神経センターうつストレスケア病棟に入院しECTを行った31名の両側性修正型電気けいれん療法での治療成績を示す。週に2回のECTを行うことで、重症度を示すうつ病評価尺度の平均得点が回を重ねるごとに改善し、ECT8回施行後(1ヶ月後)には平均得点が寛解を示す7点以下になっていることがわかる。<br> | |||
このようにECTは早期の症状改善効果を持ち、早急な抗うつ効果が必要とされる症例、特に深刻な自殺念慮があり自殺が切迫している状態や食事摂取が困難で栄養の維持が困難な症例、カタトニアで全身状態が悪化しつつある場合などは、薬物療法より効果発現や寛解に至るまでが早いECTがより有効な治療であると考えられる。近年はECT麻酔としてケタミン麻酔を用い、ECTの効果発現をさらに加速させる試みも行われている(46)。<br> | |||
またECTは有効性や迅速な治療効果から医療経済の観点からも費用対効果比が高いことが示されている(47)<br> | |||
44)岡本長久 坂本広太 長房裕子、Star-D研究から得られるもの―アメリカでのうつ病のsequential treatmentを知る、精神科治療学 23巻3,4号2008年 | |||
45) Husain MM, Rush AJ, Fink M, et al.: Speed of response and remission in major depressive disorder with acute electroconvulsive therapy (ECT): a Consortium for Research in ECT (CORE) report. J Clin Psychiatry 65: 485-491, 2004 | |||
46) Okamoto N, Nakai T, Sakamoto K, Nagafusa Y, Higuchi T, Nishikawa T. Rapid antidepressant effect of ketamine anesthesia during electroconvulsive therapy of treatment-resistant depression: comparing ketamine and propofol anesthesia.J ECT. 2010 Sep;26(3):223-7. doi: 10.1097/YCT.0b013e3181c3b0aa. | |||
47) Greenhalgh J, Knight C, Hind D, et al. Clinical and cost-effectiveness of electroconvulsive therapy for depressive illness, schizophrenia, catatonia and mania: systematic reviews and economic modelling studies. Health Technol Assess 9: 1-156, 2005. | |||
===ECTの効果の長期的維持に関する問題点と対策=== | |||
ECT後の再発はECT治療における最大の限界であり、ECTは高い急性期効果を示す一方で、継続療法を行わない場合は、高い再燃率を示すことが知られている。ECT後6ヶ月の間にうつ病の3分の1から約半数が再発し(48,49)、1年以内の最燃率は30~60%と報告されている(50)ため、抗うつ薬などによる維持薬物療法により再燃・再発率を減少させる必要がある(51)。またECT後再発のリスクファクターとして、薬物治療への抵抗性や、精神病症状の合併、Double Depressionが報告されている(50)が、再燃予測因子は明確にはなっていない。<br> | |||
ECTにより急性期が改善しても、再燃率が高いため、うつ病におけるECT後の再燃予防には一般的に抗うつ薬やリチウムなどの気分安定薬による維持療法が行われる。薬物療法の種類によって再燃予防効果に差異があるかは明らかになっていないが、いくつかの薬剤の優越性を示す研究が報告されている。LauritzenらはECT後の維持療法としてプラセボとimipramine 、paroxetineを比較し、6ヵ月以内の再燃はプラセボ群65%に対し、imipramine 群30%、paroxetine群10%で、維持療法の薬剤により差を認めたことを報告した(52)。<br> | |||
ECT施行前に効果を認めなかった薬剤は維持療法としての効果も乏しい(50)という報告がある一方で、van den Broekらは、TCAやLi、MAOIなどの薬剤に治療抵抗性の患者に対しECT施行後の維持療法としてimipramineを使用したRCTを行ったところ、24週後にプラセボ群は80%が再発したのに対して、imipramine群は18%で有意に再発率が低かったと報告しており(53)、ECTにより従前の治療抵抗性が改善するという可能性も示されている。またSackeimらは、ECT施行後6ヶ月後にプラセボ群では84%が再発したのに対して、nortriptyline群は60%、nortriptylineとLithium併用群が39%と有意に低く、抗うつ薬の単剤投与よりLithiumの併用が維持療法として有効であったと報告している(51)。<br> | |||
適切かつ十分な薬物療法にもかかわらず、再燃、再発を繰り返す場合は、ECT反応性がよく、薬物療法抵抗性または不耐性で、安全にECTを行うことができる環境がある場合には、低頻度のECTを定期的に繰り返す維持ECT(maintenance ECT)も考慮される。 | |||
維持ECTの目標は、再燃を防ぐために十分な頻度でECTを行い、寛解状態を保つことであり、薬物抵抗性でECTに反応するが再燃、再発を繰り返す症例に適している。<br> | |||
維持ECTは、最初は1週間に1回からはじめ、4回行ったところで症状が再燃しなければ、徐々に4週間に1回まで間隔を広げる方法が一般的で(54)、初めの1ヶ月は週に1回、次の1~2ヶ月は2週に1回、それ以後は月に1回で継続する方法が多く用いられている(55,56)。<br> | |||
Kellerらはうつ病の維持療法として、維持継続ECT群と、nortriptylineにLithiumを加えた薬物療法群とを比較した研究(55)を行い、6ヶ月後、維持ECT群では46.1%、薬物療法群では46.3%が寛解を維持し、プラセボ群に比べ有意に再燃率が低かったことを示した。<br> | |||
Gagneらは、急性期にECTを使用し寛解に至った治療抵抗性うつ病患者に対して、維持ECTと薬物療法の併用群と薬物療法単独群とを比較する後ろ向き症例対照研究(57)を行い、抗うつ薬と維持ECTの併用群での寛解維持率は2年後、5年後それぞれ93%、73%と良好であったが、抗うつ薬単独群では52%、18%と低かったことを示した。この研究においては、維持ECT群の方が過去の薬物療法抵抗性レベルが高かったが、維持ECT群のほうが抗うつ薬単独群よりも高い寛解維持率を示している。<br> | |||
Navarro らは、急性期にECTが有効であった高齢者の精神病像を伴う治療抵抗性うつ病患者に対し、維持ECTとnortriptylineの併用群とnortriptyline単独群を比較し、2年目の時点で、併用群では65%が、nortriptyline群では29%が寛解を維持し、60歳以上の高齢者に対しても併用群が薬物療法単独群より有効で有害な副作用は認めなかったことを示した(56)。これらの結果からは維持ECTを行う場合でも薬物療法を併用する方が寛解を維持する可能性が高いことが示唆される。<br> | |||
維持ECTでの治療中に再燃の兆候がみられた場合は、維持ECTの予定を早めることで対応が可能である。Frederikseらは、維持ECTの有効性についてまとめて、抗うつ薬の効果が不十分な場合などではECT維持継続を行うことを推奨している(58)。しかし、維持ECTには、具体的なガイドラインはなく、一度導入するとECT治療からの離脱が困難でであるため、安易な維持ECT導入は避け、症例ごとに適応を判断し丁寧な十分なインフォームドコンセントを行い慎重に検討することが望ましい。<br> | |||
48)Martiny K, Larsen ER, Licht RW, et al.: Relapse Prevention in Major Depressive Disorder After Successful Acute Electroconvulsive Treatment: a 6-month Double-blind Comparison of Three Fixed Dosages of Escitalopram and a Fixed Dose of Nortriptyline - Lessons from a Failed Randomised Trial of the Danish University Antidepressant Group (DUAG-7). Pharmacopsychiatry 48: 274-278, 2015. | |||
49)Moksnes KM: Relapse following electroconvulsive therapy. Tidsskr Nor Laegeforen. 131: 1991-1993, 2011. | |||
50) Bourgon LN, Kellner CH: Relapse of depression after ECT: a review. J ECT 16: 19-31, 2000 | |||
51)Sackeim HA, Haskett RF, Mulsant BH, et al. Continuation pharmacotherapy in the prevention of relapse following electroconvulsive therapy: a randomized controlled trial. JAMA 285: 1299-1307, 2001. | |||
52) Lauritzen L, Odgaard K, Clemmesen L, et al.: Relapse prevention by means of paroxetine in ECT-treated patients with major depression: a comparison with imipramine and placebo in medium-term continuation therapy. Acta Psychiatr Scand 94: 241-251, 1996 | |||
(53) an den Broek WW, Birkenhager TK, Mulder PG, et al.: Imipramine is effective in preventing relapse in electroconvulsive therapy-responsive depressed inpatients with prior pharmacotherapy treatment failure: a randomized, placebo-controlled trial. J Clin Psychiatry 67: 263-268, 2006 | |||
54)Kellner CH, Pritchett JT, Beale MD et al : Handbook of ECT. American Psychiatric Press, Washington DC, 1997 | |||
55) Kellner CH, Knapp RG, Petrides G, et al.: Continuation electroconvulsive therapy vs pharmacotherapy for relapse prevention in major depression: a multisite study from the Consortium for Research in Electroconvulsive Therapy (CORE). Arch Gen Psychiatry 63: 1337-1344, 2006 | |||
56) Navarro V, Gasto C, Torres X, et al.: Continuation/maintenance treatment with nortriptyline versus combined nortriptyline and ECT in late-life psychotic depression: a two-year randomized stud.. Am J Geriatr Psychiatry 16: 498-505, 2008. | |||
57)Gagne GG Jr, Furman MJ, Carpenter LL, et al.: Efficacy of continuation ECT and antidepressant drugs compared to long-term antidepressants alone in depressed patients. Am J Psychiatry 157: 1960-1965, 2000 | |||
58)Frederikse M, Petrides G, Kellner C: Continuation and maintenance electroconvulsive therapy for the treatment of depressive illness: a response to the National Institute for Clinical Excellence report. J ECT 22: 13-17, 2006 | |||
===実施方法によるECTの効果の差異=== | |||
ECTの効果はその実施方法に影響を受け、ECTの効果に影響を与える因子として、刺激用量、電極配置部位、治療波の波形、治療の頻度がある。<br> | |||
刺激用量が高いほど効果があるが、副作用である認知障害を起こす確率は高くなる(59)。電極配置は、両側性の方が片側性よりも効果があるとする報告が多いが、十分な刺激用量での右片側性ECTは両側性と比較し効果に差がなく、認知機能への影響が少ないのでより望ましいという報告もある(60)。波形については、パルス波刺激とサイン波刺激の両者で効果に有意な差を認めなかったとするメタ解析があるが(59)、ECT麻酔薬として良く用いられているチオペンタールなどのバルビツレート系麻酔薬はもちろん、プロポフォールなどの非バルビツレート系麻酔薬も少なからず抗けいれん作用を持ち、パルス波治療器の普及とともに、パルス波治療器の最大刺激電流量(100%)を用いても脳波上のけいれん波が誘発されない症例が少なからず存在することが分かってきた。バルビツレート系麻酔薬であるメトヘキシタールでECTを受けた471名の患者のうち72人(15%)は最大刺激強度を必要とし、最大刺激強度でも72名のうち24名(33%)は発作持続時間が足りないか、不発であったという報告がある(10)。脳波上のけいれん波が不十分であるか不発である場合は、内服している抗けいれん作用のあるベンゾジアゼピンや抗けいれん薬の中止、けいれん域値を下げるECT通電前の過換気、ケタミン麻酔などへの変更(11)を検討する必要がある。<br> | |||
59)UK ECT Review Group: Efficacy and safety of electroconvulsive therapy in depressive disorders: a systematic review and meta-analysis. Lancet 361: 799-808, 2003 | |||
Sackeim HA, Prudic J, Devanand DP, et al.: A prospective, randomized, double-blind comparison of bilateral and right unilateral electroconvulsive therapy at different stimulus intensities. Arch Gen Psychiatry 57: 425-434, 2000 | |||
60)Sackeim HA, Prudic J, Devanand DP, et al.: A prospective, randomized, double-blind comparison of bilateral and right unilateral electroconvulsive therapy at different stimulus intensities. Arch Gen Psychiatry 57: 425-434, 2000 | |||
10) Krystal AD, Dean MD, Weiner RD, : ECT stimulus intensity: are present ECT devices too limited? Am J Psychiatry 157 : 963-7, 2000 | |||
11) Krystal AD, Weiner RD, Dean MD, et al : Comparison of seizure duration, ictal EEG, and cognitive effects of ketamine and methohexital anesthesia with ECT. J Neuropsychiatry Clin Neurosci 15 : 27-34, 2003 |
2016年12月17日 (土) 23:53時点における版
野田 隆政、岡本 長久
国立精神・神経医療研究センター
DOI:10.14931/bsd.4610 原稿受付日:2014年月日 原稿完成日:2014年月日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名:ElectroConvulsive Therapy ;ECT
ECTの歴史
従来型ECTの誕生
電気けいれん療法(ElectroConvulsive Therapy ;ECT)は経皮的に頭部に通電を行うことで脳に人工的なけいれんを誘発し、治療効果を得ようとする治療法であり、精神神経疾患に古くから広く用いられてきた。
けいれんを誘発して精神疾患を治療しようとする試みは18世紀頃から行われており、最初はけいれん誘発物質としてショウノウが用いられた。1931年、Medunaは統合失調症(旧精神分裂病)とてんかんの拮抗仮説に基づき、ショウノウ誘発性けいれんによる統合失調症治療を実施し有効性を確認した(1)。まもなくけいれん惹起物質としてショウノウにかわりペンチレンテトラゾールが用いられるようになったが、けいれん誘発前の不快感が生じるため、他の方法が求められていた。
精神症状に対し治療効果のあるけいれんを誘発するために、けいれんを惹起する薬剤ではなく確実性のある電気刺激による脳への通電を用いる方法は、1938年にCerlettiらによりはじめて報告された。彼らは屠殺場で通電することによりけいれんが誘発されることをヒントにしてヒトに応用し、身元不明の統合失調症患者に対し、電気による脳への通電によりけいれんを誘発するECTが見出された(2)。
このように統合失調症患者に対して、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、欧米では精神科治療として1950~60年代にかけてECTが広く行われるようになり、同時にうつ病への治療効果も報告されるようになった。
日本では1939年に九州大学の安河内と向笠により統合失調症者に対するECTが報告され、以後本邦でもECTが普及するようになった(3)。
(参考文献)
1) Abrams R : Electroconvulsive Therapy.3 rd ed.New York, Oxford University Press, 1997
2) Cerletti U ; Old and new information about electroshock. Am J Psychiatry 1950 ;107 :87-94
3) 安河内五郎,向笠広次 : 精神分離症の電撃痙攣療法について. 福岡医大誌 1939 ;32:1437-1440
従来型ECTから修正型電気けいれん療法へ
麻酔や筋弛緩薬を使用せず施行する従来型ECTでは、施行前に患者に恐怖感があることとやけいれんに伴う脊椎等の骨折、呼吸器系・循環器系の副作用が少なからず起こることが問題視されていた。
次第に、施行前の患者の恐怖感に対しては、静脈麻酔薬であるチオペンタールやアモバルビタール等のバルビツール系の静脈麻酔薬が用いられるようになり、けいれん発作時の骨折事故を減らすため、通電後の脳のけいれん波出現時に全身けいれんが起こらないようにする工夫として筋弛緩薬が用いられるようになった。
筋弛緩薬については、1940年、Bennetらはクラレを使用したが(4)、作用時間が長いことが問題であったため、1952年、HolmbergとThesleffzらは、サクシニルコリン(succinylcholine ; SCC)の使用を提唱し(5)、ここに現在まで用いられている静脈麻酔薬とSCCによる修正型ECT(Modified ElectroConvulsive Therapy;mECT)の基盤が完成した。
日本でも1958年、島薗らにより筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされた(6)が、その後安全面を含めた評価、改良、一般化が不十分で、また患者に強制的に行う負のイメージが強いこともあり、薬物療法の発展とともに次第に第一線の治療から後退した。
1980年代、ようやく日本でも総合病院の一つの科としての精神科の位置づけが確立し、またリエゾン精神医学の進展に伴い、麻酔科医と連携した十分な酸素化と呼吸循環管理のもとで筋弛緩薬と静脈麻酔薬を用いて行うmECTが総合病院や大学病院を中心に拡がり、同時に手術に準じて患者や家族にインフォームドコンセントが行われることが一般的となったことで、ECTの安全性が高まるのと同時に、従来の負のイメージは徐々に払拭された。
英国ではECTに関するガイドラインが報告され(7)、米国でも、1975年に米国精神医学会がECTに関する専門委員会を設置し、1990年、2001年(8)に全体を網羅するガイドラインが刊行された。
わが国では日本総合病院精神医学会から精神科電気けいれん療法の実践指針が示され、同学会に電気けいれん療法の手技や適応基準の検討を行う小委員会が設置された。2000年、本橋らによりわが国初めてのECTマニュアルが出版され(9)、2002年には全国自治体病院協議会が電気けいれん療法の仕様に関する提言を行い、修正型での運用を強く推奨することとなった。
わが国で現在用いられるECT麻酔薬は、比較的短時間で麻酔作用の消失するバルビツレート系麻酔薬のチオペンタールや非バルビツレート系麻酔薬のプロポフォールが使用されることが多く、また筋弛緩薬はSCCが使用されることが多い状況である。
(参考文献)
4) Bennet AE : Preventing traumatic complications in convulsive therapy by curare. JAMA 1940 ; 114 :322-324
5) Holmberg G, Thesleff S : Succinyl-choline-iodide as amuscular relaxant in electroshock therapy. Am J Psychiatry 1952 ; 108 :842-846
6) 島薗安雄,森温理,徳田良仁 : 電撃療法時におけるSuccinylcholine Chlorideの使用経験.脳と神経 1958 ; 10 : 183-193
7) Royal College of Psychiatrists : The ECT Handbook : The Second Report of the Royal College of Psychiatrists’ Special Committee on ECT, Royal College of Psychiatrists, London 1995
8) American Psychiatric Association : Task Force on Electroconvulsive therapy : The Practice of Electroconvulsive therapy : Recommendations for Treatment, Training, and Privileging 2nd. APA 2001
9) 本橋伸高 : ECTマニュアル~科学的精神医学を目指して 医学書院 2000
サイン波治療器からパルス波治療器へ
通電のためのECT機器としては、従来、交流正弦波(サイン波)治療器が用いられてきた。サイン波治療器は電源から交流正弦波の電圧変換を行う機器で、2本の電気通電用の棒の先についている布部分を生理食塩水で湿らせ、医療者が両手で2本の電気通電用の棒を持ち、棒の先の布部分を患者の両側の前頭部に当てながら通電ボタンを押し、正弦波(サイン波)を105V程度で5秒間程度通電することで脳のけいれんを誘発する機器であった。
欧米では、1980年代より、サイン波治療器より安全性の高い定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が用いられるようになり、わが国への導入推進の動きが本橋らを中心に行われ、2002年に日本でパルス波治療器が認可され導入された。
現在主に使用されているものはサイマトロン(Thymatron®)と呼ばれるパルス波治療器で、短パルス矩形波(パルス波)を通電することで、従来の刺激装置であるサイン波治療器の約1/3程度のエネルギー量でけいれんを誘発することができるため、循環器系副作用、通電後の認知機能障害などが低減し、更にECTの安全性が向上している。パルス波治療器を用いた実際のECT手順については後述する。
またECTの手順の標準化や安全性のさらなる向上のため、定電流短パルス矩形波治療器の使用にあたり、近年はECT治療施行者に対する精神科関連学会を中心に運営するECTトレーニングセミナーの受講が義務付けられ、使用法についても標準化されていることで、強い高齢者や身体合併症のある精神疾患患者にもECT治療がより安全に行われるようになっている。
しかし、ECT麻酔薬として良く用いられているチオペンタールなどのバルビツレート系麻酔薬はもちろん、プロポフォールなどの非バルビツレート系麻酔薬も少なからず抗けいれん作用を持ち、パルス波治療器の普及とともに、パルス波治療器の最大刺激電流量(100%)を用いても脳波上のけいれん波が誘発されない症例が少なからず存在することが分かってきた。バルビツレート系麻酔薬であるメトヘキシタールでECTを受けた471名の患者のうち72人(15%)は最大刺激強度を必要とし、最大刺激強度でも72名のうち24名(33%)は発作持続時間が足りないか、不発であったという報告がある(10)。脳波上のけいれん波が不十分であったり、不発である場合は、内服している抗けいれん作用のあるベンゾジアゼピンや抗けいれん薬の中止、けいれん域値を下げるECT通電前の過換気、ケタミン麻酔などへの変更(11)を検討する必要がある。
10) Krystal AD, Dean MD, Weiner RD, : ECT stimulus intensity: are present ECT devices too limited? Am J Psychiatry 157 : 963-7, 2000
11) Krystal AD, Weiner RD, Dean MD, et al : Comparison of seizure duration, ictal EEG, and cognitive effects of ketamine and methohexital anesthesia with ECT. J Neuropsychiatry Clin Neurosci 15 : 27-34, 2003
ECTの作用機序
ECTの効果は電流通電そのものの効果ではなく、むしろ脳波上の発作を誘発することに起因することが分かっている。脳波上の発作による脳の血流量のパターンや脳代謝の変化、前頭葉を主体とした早期の抗けいれん効果との関連 、内側側頭葉を主体とした神経栄養効果等が想定されている(12)。
従来、抗うつ効果との関連から、ECTの効果発現にかかわる可能性のある物質として、神経伝達物質やその受容体への直接的影響や細胞内情報伝達系に与える影響が注目され、コルチゾール、副腎皮質刺激ホルモン、コルチコトロピン放出因子、甲状腺刺激ホルモン、プロラクチン、オキシトシン、バソプレッシン、dehycroepiandrosterone sulfate、tumor necrosis factor α等のECTによる変化が報告されてきた(13)。
またgamma-aminobutyric acid(GABA)もmagnetic resonance spectoscopyを用いた研究で、ECT後増加することが示されており(14)、ECTの施行を繰り返すとけいれん時間の減少やけいれん閾値の上昇がみられ、脳内におけるGABAの増加が関係している可能性がある。
近年は、ECTの神経保護作用が注目されるようになり、神経細胞の可塑性、再生、維持に関わる神経栄養因子であるbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)を強化する働きと内側側頭葉を中心とした神経栄養効果が注目されるようになった(15)。
うつ病患者ではメタ解析でもECT治療後のBDNFの増加が確認されており(16)、BDNF増加とHAM-D総得点減少が相関するという報告も存在する。また霊長類を用いた研究では、ECTにより海馬での神経新生が促進されたことが報告されている(17)。
このようにECTの有効性における作用機序についての検討は多く行われいくつかの有力な仮説は提示されているものの、現在までECTの明確な作用機序は明らかにされていない。
ECTの作用機序を研究することは、うつ病の本質的な病態の解明につながる可能性もあり非常に重要な課題である。
12) Abbott CC1, Gallegos P, Rediske N, Lemke NT, Quinn DK.J Geriatr Psychiatry Neurol. 2014 Mar;27(1):33-46. doi: 10.1177/0891988713516542. 2013 Dec 30.
A review of longitudinal electroconvulsive therapy: neuroimaging investigations.
13) Marano CM, Phatak P, Vemulapalli UR, et al.: Increased plasma concentration of brain-derived neurotrophic factor with electroconvulsive therapy: a pilot study in patients with major depression. J Clin Psychiatry 68: 512-517, 2007
14) Bajbouj M, Lang UE, Niehaus L, et al.: Effects of right unilateral electroconvulsive therapy on motor cortical excitability in depressive patients. J Psychiatr Res 40: 322-327, 2006
15) Taylor SM: Electroconvulsive therapy, brain-derived neurotrophic factor, and possible neurorestorative benefit of the clinical application of electroconvulsive therapy. J ECT 24: 160-165, 2008
16) Rocha RB, Dondossola ER, Grande AJ, et al.: Increased BDNF levels after electroconvulsive therapy in patients with major depressive disorder: A meta-analysis study. J Psychiatr Res 83: 47-53, 2016.
17) Perera TD, Coplan JD, Lisanby SH, et al.: Antidepressant-induced neurogenesis in the hippocampus of adult nonhuman primates. J Neurosci 27: 4894-4901, 2007
ECTの適応と禁忌
ECTの適応
ECTはエビデンスに基づく医療行為である。2015年米国精神医学会は「ECTは、安全かつ有効なエビデンスに基づく医療であり、適切に適応を選択された患者のために、適切な資格のある精神科医によって行われるとき、ECTはAPAによって支持される」という声明を発表している。
ECTが臨床的治療で主に用いられる疾患としてうつ病、躁うつ病のうつ状態および躁状態、統合失調症がある。また、まだ十分なエビデンスは確立しておらず研究的な要素も存在するものの、難治性で緊急性を要すパーキンソン病やレビー小体型認知症、慢性疼痛の治療にも臨床的に用いられ有効であることがある。
臨床的には、ECTの適応は、診断と状態(症状特性や重症度)の組み合わせから判断することになる。
たとえば、うつ病はECTの主要な適応となる疾患であるが、軽症であれば基本的にECTが選択されることはない。ECTの一次的適応が考慮される状態として、食事摂取困難や拒食による低栄養・脱水が進行し生命にかかわる可能性がある場合、自殺企図など患者に生命の危険の差し迫った重篤な症状が存在し迅速な症状改善を要する場合など、抗うつ薬が効いてくるまでの時間的余裕がない場合にはECTの優先順位は高くなりECTは切り札的な治療として実施されることがある。また、妊娠、高齢者、薬物療法の副作用、身体合併症など他の治療よりECTのほうが高い安全性があると考えられる場合もECTが考慮される。ECTの二次的な適応としては、過去の薬物療法への強い治療抵抗性があり長期にうつ症状が遷延している場合、薬物治療の副作用が強く十分な薬物療法が行えず忍容性においてECTが優れる場合などはECTの適応が検討されることがある。
統合失調症では、同様に治療抵抗性で生命にかかわるような緊張病や昏迷状態、精神症状による著しい焦燥感・興奮・錯乱がある場合、強い希死念慮がある場合等に適応が検討されることがある。また、いずれの疾患でも過去のECTが効果的であった治療歴、患者本人の希望は治療方針の決定において重要となる。
わが国においてECTの適応について詳述されているものは本橋らが報告している「電気けいれん療法(ECT)推奨事項 改訂版」を参照されたい(18)。
18)本橋伸高, 粟田主一, 一瀬邦弘ほか: 電気けいれん療法(ECT)推奨事項 改訂版. 精神神経学雑誌 115: 586-600, 2013.
ECTの禁忌
アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association; APA)は、ECT導入に際しての絶対的禁忌はないとしながらも、ECTのリスクが増す状態として相対的禁忌を定義している(8)。
わが国で用いられているサイマトロン(Thymatron®)の添付文書でもこれらが反映され、原則として禁忌となる疾患や状態として、①最近起きた心筋梗塞、不安定狭心症、非代償性うっ血性心不全、重度の心臓弁膜症のような不安定で重度の心血管系疾患、②血圧上昇により破裂する可能性のある動脈瘤または血管奇形、③脳腫瘍その他の脳占拠性病変により生じる頭蓋内圧亢進、④最近起きた脳梗塞、⑤重度の慢性閉塞性肺疾患、喘息、肺炎のような呼吸器系疾患、⑥米国麻酔学会水準4または5と評価される状態(ECTにより脳出血後まもない患者では再出血の危険性がある、発作による交感神経系の活性化による血圧上昇、頻脈により最近起きた心筋梗塞患者では心室性不整脈や心破裂の危険性がある、修正型ECTは麻酔下において治療が行われるため麻酔危険度を設定する必要がある)が挙げられている。またECTとの併用禁忌として、深部脳刺激装置(deep brain stimulation: DBS)が埋め込まれている場合が挙げられている。
ECTの有効性とその特徴
ECTの各疾患への有効性
ECTは幅広い精神疾患に適応を有し、特に重症うつ病、治療抵抗性の躁病や緊張病には高い治療的有効性を持つ。
近年は精神科でもエビデンスベースドメディスンが重要視され、各国で精神科治療アルゴリズムが作成され、難治性うつ病や重症うつ病へのECTの治療的位置付けがある程度明確化されてきている。
うつ病に対するECTの効果のメタ解析では、プラセボ、模擬ECT、経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation: TMS)、抗うつ薬のいずれにもECTの有効性が勝っていることが示されている(19,20,21,22)。
各抗うつ薬との比較では、ECTと三環形抗うつ薬(tricyclic antidepressants : TCA)やmonoamine oxidase inhibitors(MAOI)を比較した研究でTCAやMAOIよりECTの方が有効性が高いことが示されてきた。新規抗うつ薬とECTを比較した研究は少ないが、Folkertsらによる治療抵抗性うつ病患者を対象としたECTと新規抗うつ薬のparoxetineを比較した研究では、ECT群で59%、paroxetine群で29% のうつ状態の改善を認め、ECT群でより高い反応率(71%でHAM-D総得点の50%減少)を認めている(23)。
治療抵抗性うつ病に対しての有効性も確立しており(24,25,26)、抑うつ症状の改善以外にも社会機能やQOLを改善させる(27)ことが報告されている。また、一般に抗うつ薬に対して治療反応の乏しい精神病像を伴う重症うつ病にもECTは有効である (28,29,30)。
ECTは単極性うつ病、双極性うつ病の双方のうつ状態に有効であり、寛解率はともにほぼ同等で約50%と報告されている(31)。Keitnerらのメタ解析(32)によると、うつ病へのECTの反応率は53~80%、寛解率は27~56%と推定さればらつきが大きい。ECTの施行方法が報告によって異なり、有効性や有害事象に施行方法による差異が出やすいため、有効率にばらつきが出ていることも指摘されている(33)。
このようにECTは気分障害のうつ状態に対し高い有効性を持つが、同時に双極性障害の躁状態への効果も知られている。躁状態への比較対照研究は少ないものの、ECTの抗躁効果は確立しており、Mckherjeeらは過去50年間にECTを施行された約600例の急性躁病患者の転機を調査し、約80%が著明改善または完全寛解したことと報告しており(34)、躁鬱混合状態への有効性も報告されている(35)。
生命が脅かされるような状態を伴う重症躁病や薬物治療抵抗性の遷延性躁状態への二次的なECTの適応があるとされる(36,37) が、躁状態では意識障害、頭部外傷、HIV感染等の器質疾患の術前の鑑別に十分な注意を要する。一般的にECTが抗躁効果を示すためにはうつ状態より時間がかかり両側性で6~10回の治療回数が必要とされる(38)。躁状態に対して施行する問題点としては、患者本人からの同意が得にくいこと(39)、覚醒状態でECT施行室に搬送することが困難であることが挙げられる。
またカタトニア(緊張病)への高い効果も知られている。カタトニアを呈する疾患として、統合失調症の緊張病型がよく知られるが、カタトニアは症候群で気分障害の躁状態やうつ状態、抗NMDA関連脳炎などの器質性精神疾患(40)、自閉症スペクトラム障害などでも起こりうる。4つの研究によるカタトニアのロラゼパムでの寛解率は80-100%と高く(40)、通常のカタトニアではロラゼパム等のベンゾジアゼピン系薬剤が優先して使用され反応しない場合にECTが検討されるが、生命に危険の強い悪性緊張病ではECTは一時的選択になりうる(41)。5つの研究でのECTでのカタトニアの寛解率は82-96%とされる(40)。統合失調症、気分障害、統合失調感情障害、器質性精神障害を含む28例のカタトニアにECTを行った研究では、93%が緊張病症候群の症状消失がみられ、特に気分障害におけるカタトニアの寛解率は96%と高かったと報告されている(43)。自閉症スペクトラム障害に伴うカタトニア(43)や抗NMDA関連脳炎に伴うカタトニアへのECTの有効性の知見の蓄積はまだ乏しい。
統合失調症では前述のように緊張病型には著効することが多く、また精神運動興奮や昏迷を伴う場合も興奮や意思発動性低下が改善・軽減する。一部のアルゴリズムには薬物治療抵抗性統合失調症の治療として、ECTが位置づけられているが、慢性的な幻覚妄想や陰性症状および認知機能低下には効果が乏しいことが多い。
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ECTの有効性発現速度
ECTの効果発現の特徴として、ECTは効果発現が早いことがあげられる。
米国で行われた大規模臨床試験STAR*D研究(Systematic Treatment Alternatives to Relieve Depression;)では、最終段階までの累積寛解率は67%で、4段階の薬物治療戦略を試みても寛解に至らない症例が3分の1存在することが示されている(45)。初回の抗うつ薬で改善したとしても、抗うつ薬の効果発現には十分量に増量後2~4週間かかり、一般的に寛解に至るには少なくとも4~8週間を必要とする。1剤目が無効や効果が乏しかった場合、次の薬剤選択を行い、再び同様に時間がかかる。
Folkertsらは、治療抵抗性うつ病患者でECTとparoxetineの効果発現の早さについても比較検討し、ECT群ではparoxetine群と比較し、治療1週間後よりうつ状態の有意な改善を認めている(23)。またHusainらはうつ病の患者に対し週3回のECTを施行し反応や寛解の速さを検討したところ、ECTは平均4回の施行(1.3週)で効果発現を認め、平均8回(約2.5週間)の施行で寛解に至ると報告している(45)。
われわれが国立精神神経センターうつストレスケア病棟に入院しECTを行った31名の両側性修正型電気けいれん療法での治療成績を示す。週に2回のECTを行うことで、重症度を示すうつ病評価尺度の平均得点が回を重ねるごとに改善し、ECT8回施行後(1ヶ月後)には平均得点が寛解を示す7点以下になっていることがわかる。
このようにECTは早期の症状改善効果を持ち、早急な抗うつ効果が必要とされる症例、特に深刻な自殺念慮があり自殺が切迫している状態や食事摂取が困難で栄養の維持が困難な症例、カタトニアで全身状態が悪化しつつある場合などは、薬物療法より効果発現や寛解に至るまでが早いECTがより有効な治療であると考えられる。近年はECT麻酔としてケタミン麻酔を用い、ECTの効果発現をさらに加速させる試みも行われている(46)。
またECTは有効性や迅速な治療効果から医療経済の観点からも費用対効果比が高いことが示されている(47)
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ECTの効果の長期的維持に関する問題点と対策
ECT後の再発はECT治療における最大の限界であり、ECTは高い急性期効果を示す一方で、継続療法を行わない場合は、高い再燃率を示すことが知られている。ECT後6ヶ月の間にうつ病の3分の1から約半数が再発し(48,49)、1年以内の最燃率は30~60%と報告されている(50)ため、抗うつ薬などによる維持薬物療法により再燃・再発率を減少させる必要がある(51)。またECT後再発のリスクファクターとして、薬物治療への抵抗性や、精神病症状の合併、Double Depressionが報告されている(50)が、再燃予測因子は明確にはなっていない。
ECTにより急性期が改善しても、再燃率が高いため、うつ病におけるECT後の再燃予防には一般的に抗うつ薬やリチウムなどの気分安定薬による維持療法が行われる。薬物療法の種類によって再燃予防効果に差異があるかは明らかになっていないが、いくつかの薬剤の優越性を示す研究が報告されている。LauritzenらはECT後の維持療法としてプラセボとimipramine 、paroxetineを比較し、6ヵ月以内の再燃はプラセボ群65%に対し、imipramine 群30%、paroxetine群10%で、維持療法の薬剤により差を認めたことを報告した(52)。
ECT施行前に効果を認めなかった薬剤は維持療法としての効果も乏しい(50)という報告がある一方で、van den Broekらは、TCAやLi、MAOIなどの薬剤に治療抵抗性の患者に対しECT施行後の維持療法としてimipramineを使用したRCTを行ったところ、24週後にプラセボ群は80%が再発したのに対して、imipramine群は18%で有意に再発率が低かったと報告しており(53)、ECTにより従前の治療抵抗性が改善するという可能性も示されている。またSackeimらは、ECT施行後6ヶ月後にプラセボ群では84%が再発したのに対して、nortriptyline群は60%、nortriptylineとLithium併用群が39%と有意に低く、抗うつ薬の単剤投与よりLithiumの併用が維持療法として有効であったと報告している(51)。
適切かつ十分な薬物療法にもかかわらず、再燃、再発を繰り返す場合は、ECT反応性がよく、薬物療法抵抗性または不耐性で、安全にECTを行うことができる環境がある場合には、低頻度のECTを定期的に繰り返す維持ECT(maintenance ECT)も考慮される。
維持ECTの目標は、再燃を防ぐために十分な頻度でECTを行い、寛解状態を保つことであり、薬物抵抗性でECTに反応するが再燃、再発を繰り返す症例に適している。
維持ECTは、最初は1週間に1回からはじめ、4回行ったところで症状が再燃しなければ、徐々に4週間に1回まで間隔を広げる方法が一般的で(54)、初めの1ヶ月は週に1回、次の1~2ヶ月は2週に1回、それ以後は月に1回で継続する方法が多く用いられている(55,56)。
Kellerらはうつ病の維持療法として、維持継続ECT群と、nortriptylineにLithiumを加えた薬物療法群とを比較した研究(55)を行い、6ヶ月後、維持ECT群では46.1%、薬物療法群では46.3%が寛解を維持し、プラセボ群に比べ有意に再燃率が低かったことを示した。
Gagneらは、急性期にECTを使用し寛解に至った治療抵抗性うつ病患者に対して、維持ECTと薬物療法の併用群と薬物療法単独群とを比較する後ろ向き症例対照研究(57)を行い、抗うつ薬と維持ECTの併用群での寛解維持率は2年後、5年後それぞれ93%、73%と良好であったが、抗うつ薬単独群では52%、18%と低かったことを示した。この研究においては、維持ECT群の方が過去の薬物療法抵抗性レベルが高かったが、維持ECT群のほうが抗うつ薬単独群よりも高い寛解維持率を示している。
Navarro らは、急性期にECTが有効であった高齢者の精神病像を伴う治療抵抗性うつ病患者に対し、維持ECTとnortriptylineの併用群とnortriptyline単独群を比較し、2年目の時点で、併用群では65%が、nortriptyline群では29%が寛解を維持し、60歳以上の高齢者に対しても併用群が薬物療法単独群より有効で有害な副作用は認めなかったことを示した(56)。これらの結果からは維持ECTを行う場合でも薬物療法を併用する方が寛解を維持する可能性が高いことが示唆される。
維持ECTでの治療中に再燃の兆候がみられた場合は、維持ECTの予定を早めることで対応が可能である。Frederikseらは、維持ECTの有効性についてまとめて、抗うつ薬の効果が不十分な場合などではECT維持継続を行うことを推奨している(58)。しかし、維持ECTには、具体的なガイドラインはなく、一度導入するとECT治療からの離脱が困難でであるため、安易な維持ECT導入は避け、症例ごとに適応を判断し丁寧な十分なインフォームドコンセントを行い慎重に検討することが望ましい。
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実施方法によるECTの効果の差異
ECTの効果はその実施方法に影響を受け、ECTの効果に影響を与える因子として、刺激用量、電極配置部位、治療波の波形、治療の頻度がある。
刺激用量が高いほど効果があるが、副作用である認知障害を起こす確率は高くなる(59)。電極配置は、両側性の方が片側性よりも効果があるとする報告が多いが、十分な刺激用量での右片側性ECTは両側性と比較し効果に差がなく、認知機能への影響が少ないのでより望ましいという報告もある(60)。波形については、パルス波刺激とサイン波刺激の両者で効果に有意な差を認めなかったとするメタ解析があるが(59)、ECT麻酔薬として良く用いられているチオペンタールなどのバルビツレート系麻酔薬はもちろん、プロポフォールなどの非バルビツレート系麻酔薬も少なからず抗けいれん作用を持ち、パルス波治療器の普及とともに、パルス波治療器の最大刺激電流量(100%)を用いても脳波上のけいれん波が誘発されない症例が少なからず存在することが分かってきた。バルビツレート系麻酔薬であるメトヘキシタールでECTを受けた471名の患者のうち72人(15%)は最大刺激強度を必要とし、最大刺激強度でも72名のうち24名(33%)は発作持続時間が足りないか、不発であったという報告がある(10)。脳波上のけいれん波が不十分であるか不発である場合は、内服している抗けいれん作用のあるベンゾジアゼピンや抗けいれん薬の中止、けいれん域値を下げるECT通電前の過換気、ケタミン麻酔などへの変更(11)を検討する必要がある。
59)UK ECT Review Group: Efficacy and safety of electroconvulsive therapy in depressive disorders: a systematic review and meta-analysis. Lancet 361: 799-808, 2003 Sackeim HA, Prudic J, Devanand DP, et al.: A prospective, randomized, double-blind comparison of bilateral and right unilateral electroconvulsive therapy at different stimulus intensities. Arch Gen Psychiatry 57: 425-434, 2000 60)Sackeim HA, Prudic J, Devanand DP, et al.: A prospective, randomized, double-blind comparison of bilateral and right unilateral electroconvulsive therapy at different stimulus intensities. Arch Gen Psychiatry 57: 425-434, 2000 10) Krystal AD, Dean MD, Weiner RD, : ECT stimulus intensity: are present ECT devices too limited? Am J Psychiatry 157 : 963-7, 2000 11) Krystal AD, Weiner RD, Dean MD, et al : Comparison of seizure duration, ictal EEG, and cognitive effects of ketamine and methohexital anesthesia with ECT. J Neuropsychiatry Clin Neurosci 15 : 27-34, 2003