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<font size="+1"> | <font size="+1">1岡本 長久 2野田 隆政 </font><br> | ||
'' | ''1札幌鈴木病院'' ''2国立精神・神経医療研究センター'' <br> | ||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年月日 原稿完成日:2014年月日<br> | |||
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DOI:<selfdoi /> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br> | ||
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英語名:ElectroConvulsive Therapy ;ECT | |||
== | ==ECTの歴史== | ||
===従来型ECTの誕生=== | ===従来型ECTの誕生=== | ||
電気けいれん療法(ElectroConvulsive Therapy ;ECT)は経皮的に頭部に通電を行うことで脳に人工的なけいれんを誘発し、治療効果を得ようとする治療法であり、精神神経疾患に古くから広く用いられてきた。<br> | |||
精神疾患に有効な薬物がまだ発見されていなかった時代から、てんかんによるけいれん発作があった後に精神症状が改善することがあることが知られたいた。 | |||
人工的にけいれんを誘発して精神疾患を治療しようとする試みは18世紀頃から行われており、最初はけいれん誘発物質としてショウノウが用いられた。1931年、Medunaは統合失調症(旧精神分裂病)とてんかんの拮抗仮説に基づき、ショウノウ誘発性けいれんによる統合失調症治療を実施し有効性を確認した(1)。まもなくけいれん惹起物質としてショウノウにかわりペンチレンテトラゾールが用いられるようになったが、けいれん誘発前の不快感が生じるため、他の方法が求められていた。<br> | |||
Baranらは、当時の報告をICD-10で再診断し、その効果を検証したところ、気分障害を有する患者で効果的であったことが判明している(a)。 | |||
精神症状に対し治療効果のあるけいれんを誘発するために、けいれんを惹起する薬剤ではなく確実性のある電気刺激による脳への通電を用いる方法は、1938年にCerlettiらによりはじめて報告された。彼らは屠殺場で通電することによりけいれんが誘発されることをヒントにしてヒトに応用した。身元不明の統合失調症患者に対し、電気による脳への通電によりけいれんを誘発するECTが見出された(2)。<br> | |||
このように統合失調症患者に対して、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、欧米では精神科治療として1950~60年代にかけてECTが広く行われるようになり、同時にうつ病への治療効果も報告されるようになった。 | |||
本邦では1939年に九州大学の安河内と向笠により統合失調症者に対するECTが報告され、以後本邦でもECTが普及するようになった(3)。<br> | |||
(参考文献) | |||
1) Abrams R : Electroconvulsive Therapy.3 rd ed.New York, Oxford University Press, 1997<br> | |||
2) Cerletti U ; Old and new information about electroshock. Am J Psychiatry 1950 ;107 :87-94<br> | |||
3) 安河内五郎,向笠広次 : 精神分離症の電撃痙攣療法について. 福岡医大誌 1939 ;32:1437-1440<br> | |||
(a) Baran B, Bitter I, Ungvari GS, et al.: The birth of convulsive therapy revisited: a reappraisal of László Meduna's first cohort of patients. J Affect Disord 136: 1179-82, 2012 | |||
===従来型ECTから修正型電気けいれん療法へ=== | |||
麻酔や筋弛緩薬を使用せず施行する従来型ECTでは、施行前に患者に恐怖感を与えることとやけいれんに伴う骨折、呼吸器系・循環器系の副作用が少なからず起こることが問題視されていた。<br> | |||
施行前の患者の恐怖感に対しては、静脈麻酔薬であるチオペンタールやアモバルビタール等のバルビツール系の静脈麻酔薬が用いられるようになり、けいれん発作時の骨折事故を減らすため、通電後の脳のけいれん波出現時に全身けいれんが起こらないようにする工夫として筋弛緩薬が用いられるようになったことで、静脈麻酔薬と筋弛緩薬を併用する修正型ECT(Modified ElectroConvulsive Therapy;mECT)の基盤が完成した。<br> | |||
筋弛緩薬については、1940年、Bennetらはクラレを使用したが(4)、作用時間が長いことが問題であったため、1952年、HolmbergとThesleffzらが、サクシニルコリン(succinylcholine ; SCC)の使用を提唱し(5)、以後現在まで修正型ECTの標準的な筋弛緩薬として用いられている。 | |||
本邦でも1958年、島薗らにより筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされた(6)が、その後安全面を含めた評価、改良、一般化が不十分で、また患者に強制的に行う負のイメージが強いこともあり、薬物療法の発展、反精神医学の潮流のなかで1970年代には次第に第一線の治療から後退した。<br> | |||
英国ではECTに関するガイドラインが刊行され(7)、米国でも、1975年に米国精神医学会(APA)がECTに関する専門委員会を設置し、1990年、2001年(8)に全体を網羅するガイドラインが刊行された。<br> | |||
1980年代になると、リエゾン精神医学の進展に伴い、日本でも精神科が総合病院の一つの科として位置づけられるようになった。麻酔科医と連携して行うmECTが総合病院や大学病院を中心に拡がり、同時に手術に準じて患者や家族にインフォームドコンセントが行われることが一般的になったことで、ECTの安全性が高まり、従来の負のイメージは徐々に払拭された。 | |||
本邦では日本総合病院精神医学会から精神科電気けいれん療法の実践指針が示され、同学会に電気けいれん療法の手技や適応基準の検討を行う小委員会が設置された。 | |||
2000年、本橋によりわが国初めてのECTマニュアルが出版され(9)、手技や適応などの標準化が進められた。2002年には、日本精神神経学会の「電気けいれん療法の手技と適応基準検討小委員会」により、「米国精神医学会タスクフォースレポートECT実践ガイド」が翻訳され刊行され、全国自治体病院協議会は電気けいれん療法の使用に関する提言を行い、修正型での運用、インフォームドコンセントの取得が強く推奨することとなった。<br> | |||
現在は、インフォームドコンセントを取得し、麻酔科医による呼吸循環管理のもとで、十分な酸素化と筋弛緩薬と静脈麻酔薬を用いて行うmECTが標準的治療となっている。 | |||
(参考文献) | |||
4) Bennet AE : Preventing traumatic complications in convulsive therapy by curare. JAMA 1940 ; 114 :322-324<br> | |||
5) Holmberg G, Thesleff S : Succinyl-choline-iodide as amuscular relaxant in electroshock therapy. Am J Psychiatry 1952 ; 108 :842-846<br> | |||
6) 島薗安雄,森温理,徳田良仁 : 電撃療法時におけるSuccinylcholine Chlorideの使用経験.脳と神経 1958 ; 10 : 183-193 <br> | |||
7) Royal College of Psychiatrists : The ECT Handbook : The Second Report of the Royal College of Psychiatrists’ Special Committee on ECT, Royal College of Psychiatrists, London 1995 <br> | |||
8) American Psychiatric Association : Task Force on Electroconvulsive therapy : The Practice of Electroconvulsive therapy : Recommendations for Treatment, Training, and Privileging 2nd. APA 2001<br> | |||
9) 本橋伸高 : ECTマニュアル~科学的精神医学を目指して 医学書院 2000<br> | |||
===サイン波治療器からパルス波治療器へ=== | |||
通電のためのECT機器としては、従来、交流正弦波(サイン波)治療器が用いられてきた。サイン波治療器は電源から交流正弦波の電圧変換を行う機器で、2本の電気通電用の棒の先についている布部分を生理食塩水で湿らせ、医療者が両手で2本の電気通電用の棒を持ち、棒の先の布部分を患者の両側の前頭部に当てながら通電ボタンを押し、正弦波(サイン波)を105V程度で5秒間程度通電することで脳のけいれんを誘発する機器であった。<br> | |||
欧米では、1980年代より、サイン波治療器より安全性の高い定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が用いられるようになり、2002年に日本でもパルス波治療器が医療機器として承認された。<br> | |||
現在医療機器として使用されているパルス波治療器はサイマトロン(Thymatron®)で、短パルス矩形波(パルス波)を通電することで、従来の刺激装置であるサイン波治療器の約1/3程度のエネルギー量で神経細胞の脱分極を起こし効率的に発作の誘発ができ、また個人個人の電気抵抗値によらずに定電流を通電できるため、循環器系副作用、通電後の認知機能障害などが低減し、更にECTの安全性が向上した。<br> | |||
またECTの手順の標準化や安全性のさらなる向上のためパルス波治療器の使用にあたり、近年はECT施行者に対して精神科関連学会を中心に運営するECTトレーニングセミナーの受講が義務付けられ、使用法についても標準化されたことで、強い高齢者や身体合併症のある精神疾患患者にもECTがより安全に行われるようになっている。<br> | |||
==ECTの作用機序== | |||
ECTの効果は電流通電そのものの効果ではなく、むしろ脳波上の発作を誘発することに起因する。通電によるけいれん発作時には脳血流と脳代謝が増加し、発作後数日間は抑制され、けいれん発作による脳の血流量のパターンや脳代謝の変化が起きることが知られており、前頭葉を主体とした早期の抗けいれん効果との関連が示唆されている。また近年は、内側側頭葉を主体とした神経栄養効果を介した細胞新生や神経回路成長の促進等が想定されている(12)。<br> | |||
従来、抗うつ効果との関連から、ECTの効果発現にかかわる可能性のある物質として、神経伝達物質やその受容体への直接的影響や細胞内情報伝達系に与える影響が注目され、コルチゾール、副腎皮質刺激ホルモン、コルチコトロピン放出因子、甲状腺刺激ホルモン、プロラクチン、オキシトシン、バソプレッシン、dehycroepiandrosterone sulfate、tumor necrosis factor α等のECTによる変化が報告されてきた(13)。<br> | |||
またgamma-aminobutyric acid(GABA)もmagnetic resonance spectoscopyを用いた研究で、ECT後増加することが示されており(14)、ECTの施行を繰り返すとけいれん時間の減少やけいれん閾値の上昇がみられ、脳内におけるGABAの増加が関係している可能性がある。<br> | |||
== | 近年、ECTの神経保護作用が注目されるようになり、神経細胞の可塑性、再生、維持に関わる神経栄養因子であるbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)を強化する働きと内側側頭葉を中心とした神経栄養効果が注目されるようになった(15)。<br> | ||
うつ病患者ではメタ解析でもECT治療後のBDNFの増加が確認されており(16)、BDNF増加とHAM-D総得点減少が相関するという報告も存在する。また霊長類を用いた研究では、ECTにより海馬での神経新生が促進されたことが報告されている(17)。<br> | |||
このようにECTの有効性における作用機序についての検討は多く行われいくつかの有力な仮説は提示されているものの、現在までECTの明確な作用機序は明らかにされていない。 | |||
<br> | |||
12) Abbott CC1, Gallegos P, Rediske N, Lemke NT, Quinn DK.J Geriatr Psychiatry Neurol. 2014 Mar;27(1):33-46. doi: 10.1177/0891988713516542. 2013 Dec 30.A review of longitudinal electroconvulsive therapy: neuroimaging investigations. | |||
13) Marano CM, Phatak P, Vemulapalli UR, et al.: Increased plasma concentrat<br>ion of brain-derived neurotrophic factor with electroconvulsive therapy: a pilot study in patients with major depression. J Clin Psychiatry 68: 512-517, 2007<br> | |||
14) Bajbouj M, Lang UE, Niehaus L, et al.: Effects of right unilateral electroconvulsive therapy on motor cortical excitability in depressive patients. J Psychiatr Res 40: 322-327, 2006<br> | |||
15) Taylor SM: Electroconvulsive therapy, brain-derived neurotrophic factor, and possible neurorestorative benefit of the clinical application of electroconvulsive therapy. J ECT 24: 160-165, 2008<br> | |||
16) Rocha RB, Dondossola ER, Grande AJ, et al.: Increased BDNF levels after electroconvulsive therapy in patients with major depressive disorder: A meta-analysis study. J Psychiatr Res 83: 47-53, 2016. <br> | |||
17) Perera TD, Coplan JD, Lisanby SH, et al.: Antidepressant-induced neurogenesis in the hippocampus of adult nonhuman primates. J Neurosci 27: 4894-4901, 2007<br> | |||
==ECTの適応と禁忌== | |||
===ECTの適応=== | |||
2015年米国精神医学会は「ECTは、安全かつ有効なエビデンスに基づく医療であり、適切に適応を選択された患者のために、適切な資格のある精神科医によって行われるとき、ECTはAPAによって支持される」という声明を発表している。<br> | |||
米国APAによるECTの適応(8)は広く、わが国においても本橋らが報告する日本精神神経学会ECT検討委員会適応および日本総合病院精神医学会ECT委員会のECTの推奨事項に関する推奨事項(18)においても比較的幅広い適応となる診断と状況が記載されているが、英国NICE(The National Institute of Health and Clinical Excellenc)は、ECTは重症うつ病、薬物治療抵抗性の重症躁病、または緊張病のみに用いられるべきであるとしている。<br> | |||
まだ十分なエビデンスは確立しておらず研究的な要素が存在するものの、難治性で緊急性を要すパーキンソン病やレビー小体型認知症、悪性症候群、慢性疼痛、難治性強迫性障害の治療にも臨床的に用いられることがあり有効性を認めることがあるものの、ECTが臨床的治療で主に適応となる疾患として世界的にコンセンサスのあるものはうつ病や躁うつ病のうつ状態、治療抵抗性躁状態、治療抵抗性統合失調症や緊張病症候群であり、その診断と症状特性や重症度などの状態像の組み合わせからECTの適応を判断することになる。<br> | |||
たとえば、うつ病はECTの主要な適応となる疾患であるが、軽症であれば基本的にECTが選択されることはない。ECTの一次的適応が考慮される状態として、食事摂取困難や拒食による低栄養・脱水が進行し生命にかかわる可能性がある場合、自殺企図など患者に生命の危険の差し迫った重篤な症状が存在し迅速な症状改善を要する場合など、抗うつ薬が効いてくるまでの時間的余裕がない場合にはECTの優先順位は高くなりECTは切り札的な治療として実施されることがある。また、薬物療法のリスクや催奇形性が問題となる妊娠、薬物忍容性の乏しい高齢者、薬物療法の副作用や身体合併症など他の治療よりECTのほうが高い安全性があると考えられる場合もECTが考慮される。ECTの二次的な適応としては、過去の薬物療法への強い治療抵抗性があり長期にうつ症状が遷延している場合、薬物治療の副作用が強く十分な薬物療法が行えず忍容性においてECTが優れる場合などはECTの適応が検討されることがある。<br> | |||
統合失調症では、同様に治療抵抗性で生命にかかわるような緊張病や昏迷状態、精神症状による著しい焦燥感・興奮・錯乱がある場合、強い希死念慮がある場合等に適応が検討されることがある。また、いずれの疾患でも過去のECTが効果的であった治療歴、患者本人の希望は治療方針の決定において重要となる。<br> | |||
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18)本橋伸高, 粟田主一, 一瀬邦弘ほか: 電気けいれん療法(ECT)推奨事項 改訂版. 精神神経学雑誌 115: 586-600, 2013. <br> | |||
===ECTの禁忌=== | |||
アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association; APA)は、ECT導入に際しての絶対的禁忌はないとしながらも、ECTのリスクが増す状態として相対的禁忌を定義している(8)。<br> | |||
わが国で用いられているサイマトロン(Thymatron®)の添付文書でもこれらが反映され、原則として禁忌となる疾患や状態として、①最近起きた心筋梗塞、不安定狭心症、非代償性うっ血性心不全、重度の心臓弁膜症のような不安定で重度の心血管系疾患、②血圧上昇により破裂する可能性のある動脈瘤または血管奇形、③脳腫瘍その他の脳占拠性病変により生じる頭蓋内圧亢進、④最近起きた脳梗塞、⑤重度の慢性閉塞性肺疾患、喘息、肺炎のような呼吸器系疾患、⑥米国麻酔学会水準4または5と評価される状態(ECTにより脳出血後まもない患者では再出血の危険性がある、発作による交感神経系の活性化による血圧上昇、頻脈により最近起きた心筋梗塞患者では心室性不整脈や心破裂の危険性がある、修正型ECTは麻酔下において治療が行われるため麻酔危険度を設定する必要がある)が挙げられている。またECTとの併用禁忌として、深部脳刺激装置(deep brain stimulation: DBS)が埋め込まれている場合が挙げられている。<br> | |||
明確な禁忌ではないが、リチウムはてんかんなどの脳波異常には禁忌とされ、ECTにより急激に脳内濃度が上昇し、術中の心室性不整脈リスクや術後せん妄を悪化させる可能性があり中止する必要がある。抗てんかん薬やベンゾジアゼピン系薬剤は、ECTとの併用禁忌ではないが抗けいれん作用によりけいれんを生じにくくするので漸減中止することが望ましい。<br> | |||
==ECTの有効性とその特徴== | |||
===ECTの各疾患への有効性=== | |||
近年は精神科でもエビデンスベースドメディスンが重要視され、各国で精神科治療アルゴリズムが作成され、難治性うつ病や重症うつ病へのECTの治療的位置付けがある程度明確化されてきている。<br> | |||
うつ病に対するECTの効果のメタ解析では、プラセボ、模擬ECT、経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation: TMS)、抗うつ薬のいずれにもECTの有効性が勝っていることが示されている(19,20,21,22)。<br> | |||
各抗うつ薬との比較では、ECTと三環形抗うつ薬(tricyclic antidepressants : TCA)やmonoamine oxidase inhibitors(MAOI)を比較した研究でTCAやMAOIよりECTの方が有効性が高いことが示されてきた。新規抗うつ薬とECTを比較した研究は少ないが、Folkertsらによる治療抵抗性うつ病患者を対象としたECTと新規抗うつ薬のparoxetineを比較した研究では、ECT群で59%、paroxetine群で29% のうつ状態の改善を認め、ECT群でより高い反応率(71%でHAM-D総得点の50%減少)を認めている(23)。<br> | |||
治療抵抗性うつ病に対しての有効性も確立しており(24,25,26)、抑うつ症状の改善以外にも社会機能やQOLを改善させる(27)ことが報告されている。また、一般に抗うつ薬に対して治療反応の乏しい精神病像を伴う重症うつ病にもECTは有効である (28,29,30)。<br> | |||
ECTは単極性うつ病、双極性うつ病の双方のうつ状態に有効であり、寛解率はともにほぼ同等で約50%と報告されている(31)。Keitnerらのメタ解析(32)によると、うつ病へのECTの反応率は53~80%、寛解率は27~56%と推定さればらつきが大きい。ECTの施行方法が報告によって異なり、有効性や有害事象に施行方法による差異が出やすいため、有効率にばらつきが出ていることも指摘されている(33)。<br> | |||
このようにECTは気分障害のうつ状態に対し高い有効性を持つが、同時に双極性障害の躁状態への効果も知られている。躁状態への比較対照研究は少ないものの、ECTの抗躁効果は確立しており、Mckherjeeらは過去50年間にECTを施行された約600例の急性躁病患者の転機を調査し、約80%が著明改善または完全寛解したことと報告しており(34)、躁鬱混合状態への有効性も報告されている(35)。<br> | |||
生命が脅かされるような状態を伴う重症躁病や薬物治療抵抗性の遷延性躁状態への二次的なECTの適応があるとされる(36,37) が、躁状態では意識障害、頭部外傷、HIV感染等の器質疾患の術前の鑑別に十分な注意を要する。一般的にECTが抗躁効果を示すためにはうつ状態より時間がかかり両側性で6~10回の治療回数が必要とされる(38)。躁状態に対して施行する問題点としては、患者本人からの同意が得にくいこと(39)、覚醒状態でECT施行室に搬送することが困難であることが挙げられる。<br> | |||
またカタトニア(緊張病)への高い効果も知られている。カタトニアを呈する疾患として、統合失調症の緊張病型がよく知られるが、カタトニアは症候群で気分障害の躁状態やうつ状態、抗NMDA関連脳炎などの器質性精神疾患(40)、自閉症スペクトラム障害などでも起こりうる。4つの研究によるカタトニアのロラゼパムでの寛解率は80-100%と高く(40)、通常のカタトニアではロラゼパム等のベンゾジアゼピン系薬剤が優先して使用され反応しない場合にECTが検討されるが、生命に危険の強い悪性緊張病ではECTは一時的選択になりうる(41)。5つの研究でのECTでのカタトニアの寛解率は82-96%とされる(40)。統合失調症、気分障害、統合失調感情障害、器質性精神障害を含む28例のカタトニアにECTを行った研究では、93%が緊張病症候群の症状消失がみられ、特に気分障害におけるカタトニアの寛解率は96%と高かったと報告されている(43)。自閉症スペクトラム障害に伴うカタトニア(43)や抗NMDA関連脳炎に伴うカタトニアへのECTの有効性の知見の蓄積はまだ乏しい。<br> | |||
統合失調症では前述のように緊張病型には著効することが多く、また精神運動興奮や昏迷を伴う場合も興奮や意思発動性低下が改善・軽減する。一部のアルゴリズムには薬物治療抵抗性統合失調症の治療として、ECTが位置づけられているが、慢性的な幻覚妄想や陰性症状および認知機能低下には効果が乏しいことが多い。<br> | |||
19) Janicak PG, Davis JM, Gibbons RD, et al.: Efficacy of ECT: a meta-analysis. Am J Psychiatry 142: 297-302, 1985<br> | |||
20)Pagnin D, de Queiroz V, Pini S, et al. Efficacy of ECT in depression: a meta-analytic review. J ECT 20: 13-20, 2004. <br> | |||
21)The UK ECT Review Group: Efficacy and safety of electroconvulsive therapy in depressive disorders: a systematic review and meta-analysis. Lancet 361: 799-808, 2003. <br> | |||
22)Micallef-Trigona B. Comparing the effects of repetitive transcranial magnetic stimulation and electroconvulsive therapy in the treatment of depression: a systematic review and meta-analysis. Depress Res Treat 2014:135049, 2014. <br> | |||
23) Folkerts HW, Michael N, Tolle R, et al.: Electroconvulsive therapy vs. paroxetine in treatment-resistant depression -- a randomized study. Acta Psychiatr Scand 96: 334-342, 1997 <br> | |||
24)Avery D, Lubrano A: Depression treated with imipramine and ECT: the DeCarolis study reconsidered. Am J Psychiatry 136: 559-562, 1979. <br> | |||
25)Husain SS, Kevan IM, Linnell R, et al. Electroconvulsive therapy in depressive illness that has not responded to drug treatment. J Affect Disord 83: 121-126, 2004. <br> | |||
26)van den Broek WW, de Lely A, Mulder PG, et al. Effect of antidepressant medication resistance on short-term response to electroconvulsive therapy. J Clin Psychopharmacol 24: 400-403, 2004. <br> | |||
27) Huang CJ, Huang YH, Lin CH: Factors Related to the Changes in Quality of Life for Patients With Depression After an Acute Course of Electroconvulsive Therapy. J ECT Sep 23, 2016. <br> | |||
28)Buchan H, Johnstone E, McPherson K, et al.: Who benefits from electroconvulsive therapy? Combined results of the Leicester and Northwick Park trials. Br J Psychiatry 160: 355-359, 1992<br> | |||
29)O'Leary D, Gill D, Gregory S, et al.: Which depressed patients respond to ECT? The Nottingham results. J Affect Disord 33: 245-250, 1995<br> | |||
30)Sobin C, Prudic J, Devanand DP, et al.: Who responds to electroconvulsive therapy? A comparison of effective and ineffective forms of treatment. Br J Psychiatry 169: 322-328, 1996<br> | |||
31) Dierckx B, Heijnen WT, van den Broek WW, Birkenhäger TK. Efficacy of electroconvulsive therapy in bipolar versus unipolar major depression: a meta-analysis. | |||
Bipolar Disord. 2012 Mar;14(2):146-50. <br> | |||
32) Keitner GI, Ryan CE, Solomon DA: Realistic expectations and a disease management model for depressed patients with persistent symptoms. J Clin Psychiatry 67: 1412-1421, 2006<br> | |||
33) Lisanby SH: Electroconvulsive therapy for depression. N Engl J Med 357: 1939-1945, 2007<br> | |||
34)Mukherjee S, Sackheim HA, Schnur DB : Electroconvulsive therapy of acute manic episodes : a review of 50 years’ experience. Am J Psychiatry, 151 : 169-176, 1994<br> | |||
35)Devanand DP, Polanco P, Cruz R et al. : The efficacy of ECT in mixed affective states. J ECT, 16 :32-37, 2000<br> | |||
36)Kanba S, Kato T, Terao T, Yamada K . Guideline for treatment of bipolar disorder by the Japanese Society of Mood Disorders, 2012". Psychiatry Clin Neurosci. 67 (5): 285–300. 2013. <br> | |||
37)Malhi GS, et al. Mania: diagnosis and treatment recommendations. Curr Psychiatry Rep. 14 (6): 676–86.2012. <br> | |||
38)Grunze H, Erfurth A, Schafer M et al : Electroconvulsive therapy in der Behandlung der schweren Manie ; Kasuistik und Wissensstand. Nervenarzt , 70 : 662-667, 1999<br> | |||
39)Miller M.C. : ECT and mania. Am J Psychiatry, 152 : 654, 1995 (40)Fink M, Taylor MA.The catatonia syndrome: forgotten but not gone.Arch Gen Psychiatry. 2009 Nov;66(11):1173-7. <br> | |||
41)Sienaert P, et al. A clinical review of the treatment of catatonia. Front Psychiatry. 5: 181.2014. <br> | |||
42)Rohland BM1, Carroll BT, Jacoby RG. ECT in the treatment of the catatonic syndrome.J Affect Disord. 1993 Dec;29(4):255-61. <br> | |||
43)DeJong H, et al. A systematic review of interventions used to treat catatonic symptoms in people with autistic spectrum disorders. J Autism Dev Disord. 44 (9): 2127–36. 2014<br> | |||
== | ===ECTによる早期の効果発現=== | ||
ECTの効果発現の特徴として、ECTは効果発現が早いことがあげられる。<br> | |||
米国で行われた大規模臨床試験STAR*D研究(Systematic Treatment Alternatives to Relieve Depression)では、増強療法や併用療法を含めた薬物療法による最終段階までの累積寛解率は67%で、4段階の薬物治療戦略を試みても寛解に至らない症例が3分の1存在することが示されている(45)。初回の抗うつ薬で改善したとしても、抗うつ薬の効果発現には十分量に増量後2~4週間かかり、一般的に寛解に至るには少なくとも4~8週間を必要とする。1剤目が無効や効果が乏しかった場合、次の薬剤選択を行い、再び同様に時間がかかることになる。<br> | |||
一方、ECTについて、Folkertsらは、治療抵抗性うつ病患者でECTとparoxetineの効果発現の早さについても比較検討し、ECT群ではparoxetine群と比較し、治療1週間後よりうつ状態の有意な改善を認めた(23)。 | |||
またHusainらはうつ病の患者に対し週3回のECTを施行し反応や寛解のスピードを検討したところ、54%が1週目3回目のセッションまでに治療反応がみられ、2週間目6回目のセッションまでに34%が寛解し3-4週目の10回目のセッションまでに65%が寛解したことを示した(45)。<br> | |||
われわれが国立精神神経センターうつストレスケア病棟に入院しECTを行った31名の両側性修正型電気けいれん療法での治療成績を示す。週に2回のECTを行うことで、重症度を示すうつ病評価尺度の平均得点が回を重ねるごとに改善し、ECT8回施行後(1ヶ月後)には平均得点が寛解を示す7点以下になっていることがわかる。<br> | |||
このようにECTは早期の症状改善効果を持ち、早急な抗うつ効果が必要とされる症例に有用で、特に深刻な自殺念慮があり自殺が切迫している状態(a)や食事摂取が困難で栄養の維持が困難な症例、カタトニアで全身状態が悪化しつつある場合などは、薬物療法より効果発現や寛解に至るまでが早いECTがより有効な治療であると考えられる。ECTの迅速で高い治療効果は、医療経済の観点からも費用対効果比が高いことが示されている(47) <br> | |||
近年はECT麻酔としてケタミン麻酔を用い、ECTの効果発現をさらに加速させる試みも行われている(46)。<br> | |||
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44)岡本長久 坂本広太 長房裕子、Star-D研究から得られるもの―アメリカでのうつ病のsequential treatmentを知る、精神科治療学 23巻3,4号2008年<br> | |||
45) Husain MM, Rush AJ, Fink M, et al.: Speed of response and remission in major depressive disorder with acute electroconvulsive therapy (ECT): a Consortium for Research in ECT (CORE) report. J Clin Psychiatry 65: 485-491, 2004<br> | |||
46) Okamoto N, Nakai T, Sakamoto K, Nagafusa Y, Higuchi T, Nishikawa T. Rapid antidepressant effect of ketamine anesthesia during electroconvulsive therapy of treatment-resistant depression: comparing ketamine and propofol anesthesia.J ECT. 2010 Sep;26(3):223-7. doi: 10.1097/YCT.0b013e3181c3b0aa. <br> | |||
47) Greenhalgh J, Knight C, Hind D, et al. Clinical and cost-effectiveness of electroconvulsive therapy for depressive illness, schizophrenia, catatonia and mania: systematic reviews and economic modelling studies. Health Technol Assess 9: 1-156, 2005. <br> | |||
J Clin Psychiatry. 2004 Apr;65(4):485-91. | |||
a) Kellner CH, Fink M, Knapp R, Petrides G, Husain M, Rummans T, Mueller M, Bernstein H, Rasmussen K, O'connor K, Smith G, Rush AJ, Biggs M, McClintock S, Bailine S, Malur C. Relief of expressed suicidal intent by ECT: a consortium for research in ECT study. Am J Psychiatry. 2005 May;162(5):977-82. | |||
===ECTの効果の長期的維持に関する限界と維持薬物療法、維持ECT=== | |||
ECT後の再発はECT治療における最大の限界であり、ECTは高い急性期効果を示す一方で、継続療法を行わない場合は、高い再燃率を示すことが知られている。ECT後6ヶ月の間にうつ病の3分の1から約半数が再発し(48,49)、1年以内の最燃率は30~60%と報告されている(50)ため、抗うつ薬などによる維持薬物療法により再燃・再発率を減少させる必要がある(51)。またECT後再発のリスクファクターとして、薬物治療への抵抗性や、精神病症状の合併、Double Depressionが報告されている(50)が、再燃予測因子は明確にはなっていない。<br> | |||
ECTにより急性期が改善しても、再燃率が高いため、うつ病におけるECT後の再燃予防には一般的に抗うつ薬やリチウムなどの気分安定薬による維持療法が行われる。薬物療法の種類によって再燃予防効果に差異があるかは明らかになっていないが、いくつかの薬剤の優越性を示す研究が報告されている。LauritzenらはECT後の維持療法としてプラセボとimipramine 、paroxetineを比較し、6ヵ月以内の再燃はプラセボ群65%に対し、imipramine 群30%、paroxetine群10%で、維持療法の薬剤により差を認めたことを報告した(52)。<br> | |||
ECT施行前に効果を認めなかった薬剤は維持療法としての効果も乏しい(50)という報告がある一方で、van den Broekらは、TCAやLi、MAOIなどの薬剤に治療抵抗性の患者に対しECT施行後の維持療法としてimipramineを使用したRCTを行ったところ、24週後にプラセボ群は80%が再発したのに対して、imipramine群は18%で有意に再発率が低かったと報告しており(53)、ECTにより従前の治療抵抗性が改善するという可能性も示されている。またSackeimらは、ECT施行後6ヶ月後にプラセボ群では84%が再発したのに対して、nortriptyline群は60%、nortriptylineとLithium併用群が39%と有意に低く、抗うつ薬の単剤投与よりLithiumの併用が維持療法として有効であったと報告している(51)。<br> | |||
適切かつ十分な薬物療法にもかかわらず、再燃、再発を繰り返す場合は、ECT反応性がよく、薬物療法抵抗性または不耐性で、安全にECTを行うことができる環境がある場合には、低頻度のECTを定期的に繰り返す維持ECT(maintenance ECT)も考慮される。 | |||
維持ECTの目標は、再燃を防ぐために十分な頻度でECTを行い、寛解状態を保つことであり、薬物抵抗性でECTに反応するが再燃、再発を繰り返す症例に適している。<br> | |||
維持ECTは、最初は1週間に1回からはじめ、4回行ったところで症状が再燃しなければ、徐々に4週間に1回まで間隔を広げる方法が一般的で(54)、初めの1ヶ月は週に1回、次の1~2ヶ月は2週に1回、それ以後は月に1回で継続する方法が多く用いられている(55,56)。<br> | |||
Kellerらはうつ病の維持療法として、維持継続ECT群と、nortriptyline、nortriptyline とLithiumの併用をした薬物療法群とを比較した研究(55)を行い、6ヶ月後、維持ECT群では46.1%、薬物療法群では46.3%が寛解を維持し、プラセボ群に比べ有意に再燃率が低かったことを示した。<br> | |||
Gagneらは、急性期にECTを使用し寛解に至った治療抵抗性うつ病患者に対して、維持ECTと薬物療法の併用群と薬物療法単独群とを比較する後ろ向き症例対照研究(57)を行い、抗うつ薬と維持ECTの併用群での寛解維持率は2年後、5年後それぞれ93%、73%と良好であったが、抗うつ薬単独群では52%、18%と低かったことを示した。この研究においては、維持ECT群の方が過去の薬物療法抵抗性レベルが高かったが、維持ECT群のほうが抗うつ薬単独群よりも高い寛解維持率を示している。<br> | |||
Navarro らは、急性期にECTが有効であった高齢者の精神病像を伴う治療抵抗性うつ病患者に対し、維持ECTとnortriptylineの併用群とnortriptyline単独群を比較し、2年目の時点で、併用群では65%が、nortriptyline群では29%が寛解を維持し、60歳以上の高齢者に対しても併用群が薬物療法単独群より有効で有害な副作用は認めなかったことを示した(56)。これらの結果からは維持ECTを行う場合でも薬物療法を併用する方が寛解を維持する可能性が高いことが示唆される。<br> | |||
維持ECTでの治療中に再燃の兆候がみられた場合は、維持ECTの予定を早めることで対応が可能である。Frederikseらは、維持ECTの有効性についてまとめて、抗うつ薬の効果が不十分な場合などではECT維持継続を行うことを推奨している(58)。しかし、維持ECTには、具体的なガイドラインはなく、一度導入するとECT治療からの離脱が困難であるため、安易な維持ECT導入は避け、症例ごとに適応を判断し丁寧な十分なインフォームドコンセントを行い慎重に検討することが望ましい。<br> | |||
48)Martiny K, Larsen ER, Licht RW, et al.: Relapse Prevention in Major Depressive Disorder After Successful Acute Electroconvulsive Treatment: a 6-month Double-blind Comparison of Three Fixed Dosages of Escitalopram and a Fixed Dose of Nortriptyline - Lessons from a Failed Randomised Trial of the Danish University Antidepressant Group (DUAG-7). Pharmacopsychiatry 48: 274-278, 2015. <br> | |||
49)Moksnes KM: Relapse following electroconvulsive therapy. Tidsskr Nor Laegeforen. 131: 1991-1993, 2011. <br> | |||
50) Bourgon LN, Kellner CH: Relapse of depression after ECT: a review. J ECT 16: 19-31, 2000<br> | |||
51)Sackeim HA, Haskett RF, Mulsant BH, et al. Continuation pharmacotherapy in the prevention of relapse following electroconvulsive therapy: a randomized controlled trial. JAMA 285: 1299-1307, 2001. <br> | |||
52) Lauritzen L, Odgaard K, Clemmesen L, et al.: Relapse prevention by means of paroxetine in ECT-treated patients with major depression: a comparison with imipramine and placebo in medium-term continuation therapy. Acta Psychiatr Scand 94: 241-251, 1996<br> | |||
(53) an den Broek WW, Birkenhager TK, Mulder PG, et al.: Imipramine is effective in preventing relapse in electroconvulsive therapy-responsive depressed inpatients with prior pharmacotherapy treatment failure: a randomized, placebo-controlled trial. J Clin Psychiatry 67: 263-268, 2006<br> | |||
54)Kellner CH, Pritchett JT, Beale MD et al : Handbook of ECT. American Psychiatric Press, Washington DC, 1997<br> | |||
55) Kellner CH, Knapp RG, Petrides G, et al.: Continuation electroconvulsive therapy vs pharmacotherapy for relapse prevention in major depression: a multisite study from the Consortium for Research in Electroconvulsive Therapy (CORE). Arch Gen Psychiatry 63: 1337-1344, 2006<br> | |||
56) Navarro V, Gasto C, Torres X, et al.: Continuation/maintenance treatment with nortriptyline versus combined nortriptyline and ECT in late-life psychotic depression: a two-year randomized stud.. Am J Geriatr Psychiatry 16: 498-505, 2008. <br> | |||
57)Gagne GG Jr, Furman MJ, Carpenter LL, et al.: Efficacy of continuation ECT and antidepressant drugs compared to long-term antidepressants alone in depressed patients. Am J Psychiatry 157: 1960-1965, 2000<br> | |||
58)Frederikse M, Petrides G, Kellner C: Continuation and maintenance electroconvulsive therapy for the treatment of depressive illness: a response to the National Institute for Clinical Excellence report. J ECT 22: 13-17, 2006<br> | |||
===ECTの効果に影響を与える実施方法と発作の質=== | |||
パルス波治療器でのECTは標準的施行方法では約8秒間の通電を行い、通電により、脳神経細胞の脱分極を生じさせ、全般発作が誘発される。一般的に脳波上の発作はてんかんの強直間代発作と類似し、発作初期は、多棘波と低電位速波が出現し、その後の発作の進行により脳全体に高電位多棘徐波が律動的に出現する。発作が終了すると脳波は一時的に平坦化し発作後抑制期に移行する。ECTクール終了後は4-6週間程度の全般性の徐波化を認めることがあるが徐々に正常化する。<br> | |||
ECTの効果はその発作誘発の実施方法に影響を受け、ECTの効果に影響を与える主要な因子として、刺激用量(最大刺激の何%で刺激するか)、電極配置部位(両側性か左右片側性か)、治療波の波形(サイン波かパルス波か)がある。<br> | |||
刺激用量は高いほど効果があるが、副作用である認知障害を起こす確率は高くなる(59)。有効な発作波では、規則的な律動性のある左右対称の高振幅徐波が約25秒以上、かつ十分な脳波上の発作後抑制がみられる。25秒以上のけいれん誘発は必須とされるがけいれん時間と効果は比例しないことが分かっており、むしろ十分な効果のあるエネルギー量ではけいれん時間は減少する。片側性ECTで両側性ECTと同様の効果を得るためにはより高い刺激用量が必要とされる。<br> | |||
発作閾値は脳波上の全般けいれんを起こすための最小限の電気容量で、加齢によって増加し、片側性では増加する。臨床的効果のある発作を起こすためには両側性では閾値の1.5~2.5倍、右片側性2.5~6倍が必要とされる。 | |||
初回治療の刺激強度の設定には、半年齢法(年齢の半分程度の電気量で例えば60歳であれば30%)が用いられることが多いが、閾値滴定法(けいれん閾値決定し両側性では閾値の1.5~2.5倍、右片側性2.5~6倍閾値で行う)が用いられることもある。わが国のサイマトロンでの通電は最大100J の電気量を用いることができるが、通常は半年齢法による刺激強度で開始し、発作波の質や治療効果、治療継続に伴うけいれん閾値の上昇により漸次調整していくことが多い。 | |||
電極配置は、両側性と片側性があり、両側性の場合は左右半球に通電され、片側性の場合は通常右半球に行われ右半球だけに通電されるが、共に通電による脳全体の発作誘発が可能である。両側性の方が片側性よりも効果が高いとする報告が多く、現在は世界的に両側性ECTが主流を占める。しかし十分な刺激用量での右片側性ECTは両側性と比較し効果に差がなく、認知機能への影響が少ないのでより望ましいという報告もある(60)。 | |||
波形については、パルス波刺激とサイン波刺激の両者で効果に有意な差を認めなかったとするメタ解析があるが(59)、ECT麻酔薬として良く用いられているチオペンタールなどのバルビツレート系麻酔薬はもちろん、プロポフォールなどの非バルビツレート系麻酔薬も少なからず抗けいれん作用を持ち、パルス波治療器の普及とともに、パルス波治療器の最大刺激電流量(100%)を用いても脳波上のけいれん波が誘発されない症例が少なからず存在することが分かってきた。バルビツレート系麻酔薬であるメトヘキシタールでECTを受けた患者の15%は最大刺激強度を必要とし、最大刺激強度でもその中の33%は発作持続時間が足りないか、不発であったという報告がある(10)。 | |||
脳波上のけいれん波が不十分であった場合は、次の治療では前回治療の1.5倍の刺激用量で刺激を行う。脳波上のけいれんが中15秒以内で中断した場合、発作が不発であった場合、2倍の刺激用量で、中断した場合は45秒、不発の場合は45秒の間隔をあけて再通電を行う必要がある。 | |||
また内服している抗けいれん作用のあるベンゾジアゼピンや抗けいれん薬の中止を見直し、けいれん域値を下げるフルマゼニルのECT通電前の使用、ECT通電前の過換気、ケタミン麻酔などへの変更(11)を検討する必要がある。<br> | |||
59)UK ECT Review Group: Efficacy and safety of electroconvulsive therapy in depressive disorders: a systematic review and meta-analysis. Lancet 361: 799-808, 2003 | |||
Sackeim HA, Prudic J, Devanand DP, et al.: A prospective, randomized, double-blind comparison of bilateral and right unilateral electroconvulsive therapy at different stimulus intensities. Arch Gen Psychiatry 57: 425-434, 2000<br> | |||
60)Sackeim HA, Prudic J, Devanand DP, et al.: A prospective, randomized, double-blind comparison of bilateral and right unilateral electroconvulsive therapy at different stimulus intensities. Arch Gen Psychiatry 57: 425-434, 2000<br> | |||
10) Krystal AD, Dean MD, Weiner RD, : ECT stimulus intensity: are present ECT devices too limited? Am J Psychiatry 157 : 963-7, 2000<br> | |||
11) Krystal AD, Weiner RD, Dean MD, et al : Comparison of seizure duration, ictal EEG, and cognitive effects of ketamine and methohexital anesthesia with ECT. J Neuropsychiatry Clin Neurosci 15 : 27-34, 2003<br> | |||
==ECTの副作用== | |||
===致死的副作用=== | ===致死的副作用=== | ||
ECTによる最も重篤な副作用は死亡であるが、概ね5~8万治療回数(8,54,61,62,a,b)に1回程度の頻度とされ、これは全身麻酔や歯科麻酔の危険率にほぼ相当し、非常にまれでECTは安全な治療法とされる。1クールで計5~8回の治療を受けると仮定すると、1クールを施行することでの死亡リスクは1万クールに1回程度と推測され、主な死因はけいれん直後や回復期の心血管系合併症(63,64)や嘔吐に伴う窒息(65)によると考えられ、リスク評価や絶食の徹底などECT前管理が重要である。mECTにて通電1分後よりwide QRS頻拍が出現し、リドカインの投与で頻拍が停止せず直流通電により停止させた症例(c)も報告されており、緊急時の対応を想定しておき、ECT処置室には除細動器などの準備が必要である。 | |||
た | |||
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61) Abrams R : The mortality rate with ECT. Convulsive Ther, 13 :125-127, 1997<br> | |||
62) Shiwach RS1, Reid WH, Carmody TJ. An analysis of reported deaths following electroconvulsive therapy in Texas, 1993-1998.Psychiatr Serv. 2001 Aug;52(8):1095-7. | |||
63)Ali PB, Tidmarsh MD : Cardiac rupture during electroconvulsive therapy. Anaesthesia, 52 : 884-885, 1997<br> | |||
64)Levin L, Wambold D, Viguera A et al. : Hemodynamic responses to ECT in a patient to critical aortic stenosis. J ECT, 52 : 884-885, 1997<br> | |||
65)Zhu B-L, Ishida K, Oritani S et al.: Sudden death following psychiatric electroconvulsive therapy ; a case report. Jpn J Legal Med, 52 : 149-152, 1998<br> | |||
<br> | |||
(a) Kramer BA. Use of ECT in California, 1977-1983.Am J Psychiatry. 1985 Oct;142(10):1190-2. | |||
(b)Dennis NM, Dennis PA, Shafer A, Weiner RD, Husain MM. | |||
Electroconvulsive Therapy and All-Cause Mortality in Texas, 1998-2013. J ECT. 2016 Jul 16. [Epub ahead of print] | |||
(c) うつ病に対する修正型電気けいれん療法によって誘発されたwide QRS頻拍の1例 | |||
小田切 史徳1), 関田 学1), 小松 さやか1), 杉原 匡美1), 平野 景子1), 小松 かおる1), 林 英守1), 戸叶 隆司1), 住吉 正孝1), 中里 祐二1), 代田 浩之1) 心臓 | |||
Vol. 44 (2012) No. SUPPL.2 p. S2_56-S2_62 | |||
===心血管系合併症=== | ===心血管系合併症=== | ||
通電中と通電直後には、通電による迷走神経の直接刺激から副交感神経が優位なり、発作中は交感神経が、発作終了後には再び副交感神経優位となる(9)。通電直後の副交感神経優位状態では徐脈、洞停止、血圧低下などが一過性に出現しやすく、発作中の交感神経優位状態では、頻脈・高血圧出現しやすく、発作終了後には再び徐脈や不整脈が出現しやすい。このような短時間の内に急激に生じる生理学的変化に対して、ECT中は麻酔科医によるバイタルモニターと全身管理が必要になる。また、ECT中の徐脈性不整脈、血圧低下、口腔内分泌の増大などの副交感神経反応を抑制するため、抗コリン薬である硫酸アトロピン0.1mg/kg静脈内投与を麻酔導入数分前に行うことがある。高血圧に対しては高血圧症を合併症に持つ場合は朝の降圧剤を服用し、必要に応じてジルチアゼム・ニカルジピン等のカルシウム拮抗薬をECT直前か直後に静注する。特に従来からの心血管系合併症を持つ患者では十分な注意が必要である。<br> | |||
===認知機能障害=== | ===認知機能障害=== | ||
ECTの副作用として出現する認知機能障害には発作後錯乱、発作間せん妄、健忘がある(66)。<br> | |||
発作後錯乱(発作後せん妄)は、通常ECT麻酔覚醒後数分以内に簡単や従命や会話が可能となるところ、ECT麻酔覚醒時に数分から数時間の精神運動性興奮や失見当識を伴う錯乱状態を示すもので、リカバリー時の慎重な観察を要し、安心できる声かけや静かな環境でのリカバリーが重要である。著しく興奮が強い場合は、静脈麻酔薬の再投与やミダゾラム、ジアゼパム等のベンゾジアゼピンの追加投与が必要となる場合がある。<br> | |||
発作間せん妄は、ECT治療を続けている間、せん妄状態を呈することがあるが、一般的には治療終了とともに速やかに消失するものであり、ECTの継続が望ましい場合はやむを得ず抗精神病薬などでせん妄治療を行う必要がある。<br> | |||
健忘は前向性健忘と逆行性健忘があり、共にECT終了後数日から数週で消失することが多いが、前向性健忘は速やかに回復するのに対し、逆行性健忘は回復に比較的時間がかかることがあり、時にECT治療中や開始直前の記憶は欠けたままのこともある。逆行性健忘は、ECT施行前の全般的認知機能障害を伴う場合や、ECT施行直後の失見当識の持続時間が長いほど起こりやすいとされる(74)。また、エピソード記憶より意味記憶のほうが、遠隔記憶より近時記憶のほうがが障害されやすい(67)ことが知られている。<br> | |||
認知機能障害の頻度は、片側性より両側性が、刺激強度が低用量より高用量の方が、パルス波よりサイン波の方が、認知障害の頻度が高いとされる(21,68)。その他、治療回数が多い、治療間隔が短い、患者年齢が高い、既存の認知障害の存在は認知機能障害のリスクの増加に関連する。<br> | |||
認知機能障害が出現した時は、治療の中断、両側性から右片側性への電極配置の変更、治療頻度の引き下げ、治療有効性を損ねない程度の刺激強度の引き下げ、認知障害に関与している併用薬剤の見直し等の対策(8.9,54)が行われることが望ましい。<br> | |||
記憶障害はECT中の低酸素と関係があり、ECT刺激前の十分な酸素化が重要である(69)。またケタミン麻酔は神経保護作用を持ち、認知機能障害を低減する可能性が示唆されている(70.71)。<br> | |||
認知機能障害はECTコース中に生じやすいがECT終了して約2週間経過すると治療前の水準以上となるという報告(72)があり、うつ病そのものによる認知障害はECTによるうつ症状の改善とともに回復するため、鑑別しなければならない。<br> | |||
副作用としての認知障害を正しく評価するためには、ECT前の認知症などの認知機能障害の合併を把握しておく必要があり、ECT施行前の認知機能評価が重要である。<br> | |||
ECTの反復施行による認知機能障害の進行は否定的に考えられており(73)、MRIやCTを用いたECTによる脳構造への障害についてのメタ解析では、脳構造への障害は示されなかった(69)。<br>またサイン波治療器で100回以上の両側性修正型ECTを受けた8名の患者とECTとECTを受けたことのない患者の比較研究でも、認知機能に差はなかったという報告がある(75)。 | |||
66)Beyer JL, Weiner RD, Glenn MD : Electroconvulsive therapy. A programmed test 2 nd, American Psychiatric Press, Washington DC, 1998<br> | |||
67) Lisanby SH, Maddox JH, Prudic J, Devanand DP, Sackeim HA.The effects of electroconvulsive therapy on memory of autobiographical and public events.Arch Gen Psychiatry. 2000 Jun;57(6):581-90. <br> | |||
68) Weiner RD, Rogers HJ, Davidson JR, et al.: Effects of stimulus parameters on cognitive side effects. Ann N Y Acad Sci 462: 315-325, 1986 | |||
69)Devanand DP, Dwork AJ, Hutchinson ER, et al.: Does ECT alter brain structure? Am J Psychiatry 151: 957-970, 1994<br> | |||
70) McDaniel WW, Sahota AK, Vyas BV, et al : Ketamine appears associated with better word recall than etomidate after a course of 6 electroconvulsive therapies. J ECT 22 : 103-6, 2006<br> | |||
71) MacPherson RD, Loo CK. : Cognitive impairment following electroconvulsive therapy--does the choice of anesthetic agent make a difference? J ECT 24 : 52-6, 2008<br> | |||
72) Semkovska M, McLoughlin DM: Objective cognitive performance associated with electroconvulsive therapy for depression: a systematic review and meta-analysis. Biol Psychiatry 68: 568-577, 2010. <br> | |||
73) Barnes RC, Hussein A, Anderson DN et al : Maintenance electroconvulsive therapy and cognitive function. Br J Psychiatry, 170 : 285-287, 1997<br> | |||
74) Sobin C, Sackeim HA, Prudic J, Devanand DP, Moody BJ, McElhiney MC.Predictors of retrograde amnesia following ECT. Am J Psychiatry. 1995 Jul;152(7):995-1001. <br> | |||
75) Devanand DP, Verma AK, Tirumalasetti F, Sackeim HA. Absence of cognitive impairment after more than 100 lifetime ECT treatments. Am J Psychiatry. 1991 Jul;148(7):929-32. | |||
===その他の合併症=== | ===その他の合併症=== | ||
その他の合併症では、ECTの通電直後の副作用として、遷延性けいれん、けいれん重積、遷延性無呼吸があり、ECTからの覚醒後に出現し数時間持続することがある副作用として、頭痛、筋肉痛、嘔気がある(66)。<br> | |||
遷延性けいれんは、通常2分未満で終了するけいれんが2分以上(8)ないし3分以上(54)続く場合で、筋弛緩薬により運動成分が目立たないことがあるため脳波モニターで判断する。テオフィリンなどのけいれん誘発物質やリチウムの使用、電解質異常、1回の治療内での複数回の刺激、若年者、初回治療(投与電気量が不明)などではより出現しやすいとされる。処置としては、酸素投与を続け、麻酔薬を追加するか抗けいれん作用のあるミタゾラムやジアゼパム等を静脈内投与する。<br> | |||
遅発性けいれんは稀であり、ECT終了後の自発的なけいれんの頻度は一般人口と差がないとされる。<br> | |||
遷延性無呼吸は、サクシニルコリンの代謝障害に伴い起こりうるまれな副作用である。患者の自発呼吸が回復し安定するまでの間の手動換気や気管内挿管が必要となる。<br> | |||
頭痛は、ECT後約半数弱が自覚する最も頻度の多い副作用で、側頭筋や咬筋の通電による収縮や脳循環動態変化による疼痛と考えられ、非ステロイド系消炎鎮痛剤に反応しやすい。<br> | |||
筋肉痛は通電による筋肉の収縮やサクシニルコリンによる筋線維束攣縮によると考えられる。ほとんどが一過性であるが、持続性のものではサクシニルコリンの量を減量するか、筋弛緩薬を臭化ベクロニウムなどに変更する。<br> | |||
嘔気は、麻酔薬、けいれん発作、手動換気時に胃内に流入した空気などの影響によると考えられ、嘔気が強い場合はメトクロプラミド、ドンペリドンや制吐作用のあるフェノチアジン系抗精神病薬を使用する。誤嚥予防に前日の絶飲食と制酸剤による前処置が重要である。<br> | |||
歯科的損傷は、咬筋の収縮により歯や口腔内の損傷が起こり得るため、ECTの術前検査として口腔内診察を行い、また通電前にバイトブロックを使用することが重要である。<br> | |||
うつ状態に対するECT治療中に躁転が出現することがある(76)。この場合、ECTの抗躁効果を期待してさらにECTを継続する場合と、ECTを終了し薬物療法に変更する場合がある。ただし躁転はECT後の軽度の意識障害による脱抑制との鑑別が難しいことがあり、認知機能や脳波の評価が重要である。<br> | |||
76)Devanand DP, Sackeim HA, Decina P, Prudic J : The development of mania and organic euphoria during ECT, J Clin Psychiatry, 49 : 69-71, 1988<br> | |||
==mECTの実際== | |||
===ECTの同意=== | |||
精神医学的病歴・症状と薬物治療抵抗性の十分な評価に基づき、精神症状に対する適応の判断が慎重に行われECTの適応が確認された場合、ECTが実施できる全身状態の確認後、患者および家族へのインフォームドコンセントを行う。 | |||
2005年に世界保健機関(WHO)が、ECTは患者本人からのインフォームドコンセント、あるいは同意能力の欠如が明らかな場合は保護者からのインフォームドコンセントを得た場合のみに使用されるべきであると勧告しており、これらが欠如した状態でECTを施行してはならない。手術同意と同様に文書を用いて、本人や保護者に口頭で説明し、署名による同意を得る。医療保護入院や措置入院等で本人に同意能力がない場合は、保護者に説明して同意を得ることになるが、病状の回復とともに同意能力が回復した場合には、本人にも十分な説明をすることが望ましい。 | |||
説明すべき重要な点には、臨床経過とECTの適応理由、現在の状態に対するECTの想定される有効性と限界、ECT以外の代替治療の可能性、ECT後の薬物療法などの継続治療の必要性、ECTの手順、副作用および生命への危険性とその際の緊急的処置と行動制限の可能性、同意撤回の自由がある(7,8,9,66)。 | |||
===前日までの術前検査・前処置=== | ===前日までの術前検査・前処置=== | ||
術前検査として、既往歴やアレルギーの問診、内科学的診察、口腔や歯科的診察、神経学的診察、簡単な認知機能検査に加え、血算・一般生化学検査、心電図、胸腹部レントゲン、頭部画像検査、脳波検査を行い、既往歴や合併症に応じてさらに追加検査を実施し、麻酔科医による問診と麻酔リスク評価を行っておく。 | |||
リチウムを服用している場合は中止し、抗けいれん薬やベンゾジアゼピン系薬剤も施行前に漸減や中止をしておくことが望ましい。嘔吐による誤嚥や窒息を予防するため、ECT治療開始の少なくとも6時間前からの固形物の中止、少量の水と必要な薬物以外の2時間前からの中止が推奨(18)されており、例えば午前中施行する場合は前日夜から、午後に施行する場合は当日朝からの絶食とする必要がある。当日朝薬は降圧剤など必要最小限に留め、必要に応じて施行前に胃酸の誤嚥を防止のため制酸剤内服等を行う。 | |||
===パスル波治療器での修正型ECTの手順===(未完成) | |||
精神科関連学会の推奨事項(18)や順守事項を参照したマニュアルを各ECT施行施設ごとに作り、各施設でのECT手順が標準化されている必要がある。 | |||
施行場所は修正型電気けいれん療法の普及とともに、手術室やECT専用ユニットで実施されている施設が標準的となっている。国立精神神経医療研究センター病院のECT専用ユニット(図1)では、ECTを安全かつ効率よく実施するためにECT前室、ECT処置室、ECTリカバリー室が設置されている。ECT処置室には、100%酸素で陽圧換気が行うことのできる麻酔器、バイタサイン、心電図、酸素飽和度の自動モニター、ECT治療器、気管内挿管や万一の急変時に備える除細動器などが配置されている。 | |||
当日は、手術に準じた本人確認、ECT同意書の確認、前処置が適切に行われたかの確認を行い、病棟で排尿とバイタルサインの測定、バイトブロックや換気で危険を伴うと予測される口腔内異物や歯の再確認、義歯・コンタクトレンズ・貴金属装飾品などを装着していないかの確認を行ってから、ストレッチャーでECT処置室へ移動する。 | |||
ECT処置室では、精神科医師、麻酔科医師、看護師が協働しそれぞれ処置を行う。 | |||
乳酸リンゲル液などを用いて静脈ルートを確保し、呼吸循環モニターのため血圧計、心電図電極、パルスオキシメーターを装着しバイタルサインを確認し、通電後の発作を確認するためパルス波治療器の脳波電極、筋電図電極を装着する。通電刺激電極シール(サイマパッド)を装着する電極配置予定部位の皮膚は生理食塩水で湿らせたガーゼで良く拭いて乾かし、同部に通電を行うためのサイマパッドを付着させてから、機器のセルフテストで回路インピーダンスの適切性を確認し、脳波、筋電図が適切に記録されるか確認する。 | |||
===パスル波治療器での修正型ECTの手順=== | 精神科医はパルス波治療器であるサイマトロン(図2)の静的インピーダンスが適切であるかどうか(3000Ω以上では熱傷の可能性があり通電できない)を確認し、刺激強度を症例にあわせて設定する。サイマトロンでは、パルス幅、周波数の設定も可能だが、通常はプリセットされている刺激プログラムで行なわれている。 | ||
麻酔科医は、100%酸素による十分な酸素投与を行いながら、麻酔導入を開始し、短時間作用型のthiopental(2-5㎎/kg)またはpropofol(0.75-1.5mg/kg) 等の静脈麻酔薬を投与し麻酔導入を行い、必要に応じて副交感神経反応抑制のための硫酸アトロピン(0.1mg/kg)の投与を行う。麻酔効果出現後、マスク換気などの人工換気に切り替え、SCC(0.5-1.5mg/kg) または臭化ベクロニウム(0.08-0.1mgkg)等の筋弛緩薬を投与し、SCCでは筋線維束攣縮の出現を確認する。筋弛緩と十分な酸素投与が確認された後、咬傷の予防のためマウスガード(バイトブロック)を口内に挿入し、口腔内での安全な固定を確認する。 | |||
再度抵抗値が3000Ω以下であることを確認してから、一時的に人工換気を中断し、精神科医が通電ボタンを押し通電を開始する。通電終了後、人工換気を再開し、サイマトロンにより自動的に脳波記録が開始され、脳波上のけいれん(図2)を確認し、持続時間と適切な波形を確認する。運動性のけいれんは、筋弛緩作用のため軽微かほぼ認めないこともあるが、片下肢にターニケットを巻いて実施することで筋電図上のけいれんを計測することができる。 | |||
通電後は、麻酔科医は十分なマスク換気での酸素投与の継続とともに、交感神経、副交感刺激による脈拍や血圧の変化等の全身反応に対し必要な処置を行う。 | |||
筋弛緩薬と静脈麻酔薬の効果が消失し、自発呼吸再開後、十分な酸素投与を継続し、バイタルサインの正常化、簡単な会話など意識レベルの回復を確認したのち、ECT回復室にて意識レベルやバイタルサインが安定していることを確認して医師や看護師が付き添いECT処置室を退室し酸素投与は継続しながら病棟に戻る。 | |||
病棟に帰棟後は、慎重なバイタルサインと意識状態の観察を要し、通常1時間程度で、酸素投与は終了し静脈留置針を抜去する。嚥下状態や歩行状態を確認し、問題がなければ、服薬や食事を再開し、ベッド上安静を解除する。 | |||
通常ECTは週に2回ないし3回の頻度で行い、一連の治療セッション(1クール)は6~12回行われる。完全な寛解が得られるか、過去数回の治療で効果が頭打ちになったところで中止する。 | |||
==ECTを取り巻く課題と今後== | ==ECTを取り巻く課題と今後== | ||
従来型ECTは過去には電気ショック療法と呼ばれ、社会的な負のイメージが強かった。その背景には過去の時代に適応を選ばないECTの乱用が少なからずあったと考えられることやインフォームドコンンセントを得ずに医療者の独断でECTが行われることが多かったことがある。 | |||
1975年に米国で公開された映画「カッコーの巣の上で」( One Flew Over the Cuckoo's Nest)には精神病院入院中の患者に従来型ECTが行われ強直間代けいれんする懲罰的な様子が描写されており、この時代のECTはインフォームドコンセントが行われておらず、ECTを病院が患者の管理手段として乱用されていた傾向があったことは否めない。また、わが国でも松本昭夫の手記「精神病棟の二十年」に、1960年代の精神病院の無麻酔でのサイン波治療器でのECTの様子が描写されており、大熊一夫「ルポ・精神病棟」には、1970年代の精神病院でECTが懲罰的に用いられ患者が強い恐怖を抱いていた様子が記載されている。更に近年では、特定の宗教団体が、ECTを非医療的に悪用した悪質な事件が起きている。 | |||
現在は、APA等の各国の精神科学会や多くの精神科医が、適切な適応に十分なインフォームドコンセントを行いトレーニングされた精神科医が行うECTはエビデンスに基づく治療として行われていると考えているが、様々な領域でECTへの反対意見を持つ人は少なからずおり、現在でも一部の精神科医はECTを勧めない場合がある。 | |||
ECTは従来型ECTから、mECTへ、そしてパルス波治療器を用いたECTへと発展し、現在は患者の恐怖感を防ぐための静脈麻酔薬の使用、骨折を防止するための筋弛緩薬の使用、酸素投与による術前の十分な酸素化と呼吸循環モニターが望まれる。 | |||
しかし、本邦でのECT施行の課題として未だに、修正型でない従来型のECTが行われうること、パルス波治療器の普及が不十分でサイン波治療器を用いたECTが行われうることの問題がある。 | |||
1991年に中島らにより行われたECTに関する精神神経学会に所属する精神科医への全国アンケート調査(a)では、約4割の精神科医が現在ECTを実施していたが、修正型ECTを施行している精神科医は15%程度で、インフォームドコンセントの取得も不十分であった。 | |||
1997年~1999年に本橋らが行った、大学病院・国立病院を対象にしたアンケート調査(b)では、65%の施設でECTが行われ、mECTを行っている施設は80%であったが、mECTのみを行っている施設は33%で、約3分の2の施設で非修正型ECTが用いられることがあった。民間精神病院の実態は不明で更に非修正型の割合が増えることが予測された。 | |||
2009年に日本精神神経学会精神科専門医制度研修施設を対象に行われた一瀬らの調査(c | |||
)では、ECTを行っている施設は40%で、mECTのみを実施している施設は37.9%、静脈麻酔薬は使用するが筋弛緩薬は使用しないECTを行っている施設は44.9%で、静脈麻酔薬も使用しないECTを行っている施設も3.7%存在していた。 | |||
治療器に関しては、パルス波治療器のみを使用している施設は24%で、パルス波とサイン波治療器の双方を使用している施設は20.8%、サイン波治療器のみを使用している施設は51%だった。 | |||
このように、年々mECTが行われる割合やパルス波治療器で行われるECTの割合は増加しているが、本邦では未だに従来型ECTやサイン波治療器でのECTが行われうる。 | |||
安全性の高いパルス波治療器でのmECTをさらに普及させていく必要があるが、mECTは麻酔科医や手術室に準じた施設が必要となるため限られた医療機関でしか行えない治療であり、地域の精神病院と麻酔科医の配置が可能な総合病院との医療連携の強化が指摘されている(c)。 | |||
研究面におけるECTにおける最大の課題はその作用機序である。ECT前後での遺伝子発現の変化や脳内物質の変化など、作用機序について世界中で研究がされているが、未だ作用機序は未解明のままである。ECTの作用機序を解明することは、うつ病の本質的な病態の解明につながる可能性もあり非常に重要な課題である。 | |||
臨床的課題は、ECTの急性期効果後の効果の長期的維持に関する限界と最適な維持療法の模索である。またECT治療は現在のところ入院治療による管理が必要でありアクセスビリティがよくないため外来で行う維持ECTが可能であるかの検討を行う必要がある。 | |||
直接的に電気を用いないけいれん療法として、磁気によってけいれんを誘発し認知機能障害が少ないとされる磁気けいれん療法(Magnetic seizure therapy: MST)や焦点を絞った通電が可能となるFocal electrically administered seizure therapy(FEAST)も研究が行われている。 | |||
(a)中島一憲,山崎久美子,守屋裕文:「電気けいれん療法(ECT)をめぐる諸問題」についてアンケート調査.精神経誌95;537-554,1993 | |||
(b)Motohashi N, Awata S, Higuchi T.A questionnaire survey of ECT practice in university hospitals and national hospitals in Japan.J ECT. 2004 Mar;20(1):21-3. | |||
(c)一瀬 邦弘、鮫島 達夫、粟田 主一、わが国の電気けいれん療法(ECT)の現況 : 日本精神神経学会ECT検討委員会の全国実態調査から 精神神經學雜誌. 113, (9), pp. 939-951, 2011-09-25. 日本精神神経学会 | |||
2016年12月22日 (木) 21:16時点における版
1岡本 長久 2野田 隆政
1札幌鈴木病院 2国立精神・神経医療研究センター
DOI:10.14931/bsd.4610 原稿受付日:2014年月日 原稿完成日:2014年月日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名:ElectroConvulsive Therapy ;ECT
ECTの歴史
従来型ECTの誕生
電気けいれん療法(ElectroConvulsive Therapy ;ECT)は経皮的に頭部に通電を行うことで脳に人工的なけいれんを誘発し、治療効果を得ようとする治療法であり、精神神経疾患に古くから広く用いられてきた。
精神疾患に有効な薬物がまだ発見されていなかった時代から、てんかんによるけいれん発作があった後に精神症状が改善することがあることが知られたいた。
人工的にけいれんを誘発して精神疾患を治療しようとする試みは18世紀頃から行われており、最初はけいれん誘発物質としてショウノウが用いられた。1931年、Medunaは統合失調症(旧精神分裂病)とてんかんの拮抗仮説に基づき、ショウノウ誘発性けいれんによる統合失調症治療を実施し有効性を確認した(1)。まもなくけいれん惹起物質としてショウノウにかわりペンチレンテトラゾールが用いられるようになったが、けいれん誘発前の不快感が生じるため、他の方法が求められていた。
Baranらは、当時の報告をICD-10で再診断し、その効果を検証したところ、気分障害を有する患者で効果的であったことが判明している(a)。
精神症状に対し治療効果のあるけいれんを誘発するために、けいれんを惹起する薬剤ではなく確実性のある電気刺激による脳への通電を用いる方法は、1938年にCerlettiらによりはじめて報告された。彼らは屠殺場で通電することによりけいれんが誘発されることをヒントにしてヒトに応用した。身元不明の統合失調症患者に対し、電気による脳への通電によりけいれんを誘発するECTが見出された(2)。
このように統合失調症患者に対して、経皮的な脳への電気通電によるけいれん誘発が施行され治療効果を認めたことから、欧米では精神科治療として1950~60年代にかけてECTが広く行われるようになり、同時にうつ病への治療効果も報告されるようになった。
本邦では1939年に九州大学の安河内と向笠により統合失調症者に対するECTが報告され、以後本邦でもECTが普及するようになった(3)。
(参考文献)
1) Abrams R : Electroconvulsive Therapy.3 rd ed.New York, Oxford University Press, 1997
2) Cerletti U ; Old and new information about electroshock. Am J Psychiatry 1950 ;107 :87-94
3) 安河内五郎,向笠広次 : 精神分離症の電撃痙攣療法について. 福岡医大誌 1939 ;32:1437-1440
(a) Baran B, Bitter I, Ungvari GS, et al.: The birth of convulsive therapy revisited: a reappraisal of László Meduna's first cohort of patients. J Affect Disord 136: 1179-82, 2012
従来型ECTから修正型電気けいれん療法へ
麻酔や筋弛緩薬を使用せず施行する従来型ECTでは、施行前に患者に恐怖感を与えることとやけいれんに伴う骨折、呼吸器系・循環器系の副作用が少なからず起こることが問題視されていた。
施行前の患者の恐怖感に対しては、静脈麻酔薬であるチオペンタールやアモバルビタール等のバルビツール系の静脈麻酔薬が用いられるようになり、けいれん発作時の骨折事故を減らすため、通電後の脳のけいれん波出現時に全身けいれんが起こらないようにする工夫として筋弛緩薬が用いられるようになったことで、静脈麻酔薬と筋弛緩薬を併用する修正型ECT(Modified ElectroConvulsive Therapy;mECT)の基盤が完成した。
筋弛緩薬については、1940年、Bennetらはクラレを使用したが(4)、作用時間が長いことが問題であったため、1952年、HolmbergとThesleffzらが、サクシニルコリン(succinylcholine ; SCC)の使用を提唱し(5)、以後現在まで修正型ECTの標準的な筋弛緩薬として用いられている。
本邦でも1958年、島薗らにより筋弛緩薬を使用したECTの報告がなされた(6)が、その後安全面を含めた評価、改良、一般化が不十分で、また患者に強制的に行う負のイメージが強いこともあり、薬物療法の発展、反精神医学の潮流のなかで1970年代には次第に第一線の治療から後退した。
英国ではECTに関するガイドラインが刊行され(7)、米国でも、1975年に米国精神医学会(APA)がECTに関する専門委員会を設置し、1990年、2001年(8)に全体を網羅するガイドラインが刊行された。
1980年代になると、リエゾン精神医学の進展に伴い、日本でも精神科が総合病院の一つの科として位置づけられるようになった。麻酔科医と連携して行うmECTが総合病院や大学病院を中心に拡がり、同時に手術に準じて患者や家族にインフォームドコンセントが行われることが一般的になったことで、ECTの安全性が高まり、従来の負のイメージは徐々に払拭された。
本邦では日本総合病院精神医学会から精神科電気けいれん療法の実践指針が示され、同学会に電気けいれん療法の手技や適応基準の検討を行う小委員会が設置された。
2000年、本橋によりわが国初めてのECTマニュアルが出版され(9)、手技や適応などの標準化が進められた。2002年には、日本精神神経学会の「電気けいれん療法の手技と適応基準検討小委員会」により、「米国精神医学会タスクフォースレポートECT実践ガイド」が翻訳され刊行され、全国自治体病院協議会は電気けいれん療法の使用に関する提言を行い、修正型での運用、インフォームドコンセントの取得が強く推奨することとなった。
現在は、インフォームドコンセントを取得し、麻酔科医による呼吸循環管理のもとで、十分な酸素化と筋弛緩薬と静脈麻酔薬を用いて行うmECTが標準的治療となっている。
(参考文献)
4) Bennet AE : Preventing traumatic complications in convulsive therapy by curare. JAMA 1940 ; 114 :322-324
5) Holmberg G, Thesleff S : Succinyl-choline-iodide as amuscular relaxant in electroshock therapy. Am J Psychiatry 1952 ; 108 :842-846
6) 島薗安雄,森温理,徳田良仁 : 電撃療法時におけるSuccinylcholine Chlorideの使用経験.脳と神経 1958 ; 10 : 183-193
7) Royal College of Psychiatrists : The ECT Handbook : The Second Report of the Royal College of Psychiatrists’ Special Committee on ECT, Royal College of Psychiatrists, London 1995
8) American Psychiatric Association : Task Force on Electroconvulsive therapy : The Practice of Electroconvulsive therapy : Recommendations for Treatment, Training, and Privileging 2nd. APA 2001
9) 本橋伸高 : ECTマニュアル~科学的精神医学を目指して 医学書院 2000
サイン波治療器からパルス波治療器へ
通電のためのECT機器としては、従来、交流正弦波(サイン波)治療器が用いられてきた。サイン波治療器は電源から交流正弦波の電圧変換を行う機器で、2本の電気通電用の棒の先についている布部分を生理食塩水で湿らせ、医療者が両手で2本の電気通電用の棒を持ち、棒の先の布部分を患者の両側の前頭部に当てながら通電ボタンを押し、正弦波(サイン波)を105V程度で5秒間程度通電することで脳のけいれんを誘発する機器であった。
欧米では、1980年代より、サイン波治療器より安全性の高い定電流短パルス矩形波治療器(パルス波治療器)が用いられるようになり、2002年に日本でもパルス波治療器が医療機器として承認された。
現在医療機器として使用されているパルス波治療器はサイマトロン(Thymatron®)で、短パルス矩形波(パルス波)を通電することで、従来の刺激装置であるサイン波治療器の約1/3程度のエネルギー量で神経細胞の脱分極を起こし効率的に発作の誘発ができ、また個人個人の電気抵抗値によらずに定電流を通電できるため、循環器系副作用、通電後の認知機能障害などが低減し、更にECTの安全性が向上した。
またECTの手順の標準化や安全性のさらなる向上のためパルス波治療器の使用にあたり、近年はECT施行者に対して精神科関連学会を中心に運営するECTトレーニングセミナーの受講が義務付けられ、使用法についても標準化されたことで、強い高齢者や身体合併症のある精神疾患患者にもECTがより安全に行われるようになっている。
ECTの作用機序
ECTの効果は電流通電そのものの効果ではなく、むしろ脳波上の発作を誘発することに起因する。通電によるけいれん発作時には脳血流と脳代謝が増加し、発作後数日間は抑制され、けいれん発作による脳の血流量のパターンや脳代謝の変化が起きることが知られており、前頭葉を主体とした早期の抗けいれん効果との関連が示唆されている。また近年は、内側側頭葉を主体とした神経栄養効果を介した細胞新生や神経回路成長の促進等が想定されている(12)。
従来、抗うつ効果との関連から、ECTの効果発現にかかわる可能性のある物質として、神経伝達物質やその受容体への直接的影響や細胞内情報伝達系に与える影響が注目され、コルチゾール、副腎皮質刺激ホルモン、コルチコトロピン放出因子、甲状腺刺激ホルモン、プロラクチン、オキシトシン、バソプレッシン、dehycroepiandrosterone sulfate、tumor necrosis factor α等のECTによる変化が報告されてきた(13)。
またgamma-aminobutyric acid(GABA)もmagnetic resonance spectoscopyを用いた研究で、ECT後増加することが示されており(14)、ECTの施行を繰り返すとけいれん時間の減少やけいれん閾値の上昇がみられ、脳内におけるGABAの増加が関係している可能性がある。
近年、ECTの神経保護作用が注目されるようになり、神経細胞の可塑性、再生、維持に関わる神経栄養因子であるbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)を強化する働きと内側側頭葉を中心とした神経栄養効果が注目されるようになった(15)。
うつ病患者ではメタ解析でもECT治療後のBDNFの増加が確認されており(16)、BDNF増加とHAM-D総得点減少が相関するという報告も存在する。また霊長類を用いた研究では、ECTにより海馬での神経新生が促進されたことが報告されている(17)。
このようにECTの有効性における作用機序についての検討は多く行われいくつかの有力な仮説は提示されているものの、現在までECTの明確な作用機序は明らかにされていない。
12) Abbott CC1, Gallegos P, Rediske N, Lemke NT, Quinn DK.J Geriatr Psychiatry Neurol. 2014 Mar;27(1):33-46. doi: 10.1177/0891988713516542. 2013 Dec 30.A review of longitudinal electroconvulsive therapy: neuroimaging investigations.
13) Marano CM, Phatak P, Vemulapalli UR, et al.: Increased plasma concentrat
ion of brain-derived neurotrophic factor with electroconvulsive therapy: a pilot study in patients with major depression. J Clin Psychiatry 68: 512-517, 2007
14) Bajbouj M, Lang UE, Niehaus L, et al.: Effects of right unilateral electroconvulsive therapy on motor cortical excitability in depressive patients. J Psychiatr Res 40: 322-327, 2006
15) Taylor SM: Electroconvulsive therapy, brain-derived neurotrophic factor, and possible neurorestorative benefit of the clinical application of electroconvulsive therapy. J ECT 24: 160-165, 2008
16) Rocha RB, Dondossola ER, Grande AJ, et al.: Increased BDNF levels after electroconvulsive therapy in patients with major depressive disorder: A meta-analysis study. J Psychiatr Res 83: 47-53, 2016.
17) Perera TD, Coplan JD, Lisanby SH, et al.: Antidepressant-induced neurogenesis in the hippocampus of adult nonhuman primates. J Neurosci 27: 4894-4901, 2007
ECTの適応と禁忌
ECTの適応
2015年米国精神医学会は「ECTは、安全かつ有効なエビデンスに基づく医療であり、適切に適応を選択された患者のために、適切な資格のある精神科医によって行われるとき、ECTはAPAによって支持される」という声明を発表している。
米国APAによるECTの適応(8)は広く、わが国においても本橋らが報告する日本精神神経学会ECT検討委員会適応および日本総合病院精神医学会ECT委員会のECTの推奨事項に関する推奨事項(18)においても比較的幅広い適応となる診断と状況が記載されているが、英国NICE(The National Institute of Health and Clinical Excellenc)は、ECTは重症うつ病、薬物治療抵抗性の重症躁病、または緊張病のみに用いられるべきであるとしている。
まだ十分なエビデンスは確立しておらず研究的な要素が存在するものの、難治性で緊急性を要すパーキンソン病やレビー小体型認知症、悪性症候群、慢性疼痛、難治性強迫性障害の治療にも臨床的に用いられることがあり有効性を認めることがあるものの、ECTが臨床的治療で主に適応となる疾患として世界的にコンセンサスのあるものはうつ病や躁うつ病のうつ状態、治療抵抗性躁状態、治療抵抗性統合失調症や緊張病症候群であり、その診断と症状特性や重症度などの状態像の組み合わせからECTの適応を判断することになる。
たとえば、うつ病はECTの主要な適応となる疾患であるが、軽症であれば基本的にECTが選択されることはない。ECTの一次的適応が考慮される状態として、食事摂取困難や拒食による低栄養・脱水が進行し生命にかかわる可能性がある場合、自殺企図など患者に生命の危険の差し迫った重篤な症状が存在し迅速な症状改善を要する場合など、抗うつ薬が効いてくるまでの時間的余裕がない場合にはECTの優先順位は高くなりECTは切り札的な治療として実施されることがある。また、薬物療法のリスクや催奇形性が問題となる妊娠、薬物忍容性の乏しい高齢者、薬物療法の副作用や身体合併症など他の治療よりECTのほうが高い安全性があると考えられる場合もECTが考慮される。ECTの二次的な適応としては、過去の薬物療法への強い治療抵抗性があり長期にうつ症状が遷延している場合、薬物治療の副作用が強く十分な薬物療法が行えず忍容性においてECTが優れる場合などはECTの適応が検討されることがある。
統合失調症では、同様に治療抵抗性で生命にかかわるような緊張病や昏迷状態、精神症状による著しい焦燥感・興奮・錯乱がある場合、強い希死念慮がある場合等に適応が検討されることがある。また、いずれの疾患でも過去のECTが効果的であった治療歴、患者本人の希望は治療方針の決定において重要となる。
18)本橋伸高, 粟田主一, 一瀬邦弘ほか: 電気けいれん療法(ECT)推奨事項 改訂版. 精神神経学雑誌 115: 586-600, 2013.
ECTの禁忌
アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association; APA)は、ECT導入に際しての絶対的禁忌はないとしながらも、ECTのリスクが増す状態として相対的禁忌を定義している(8)。
わが国で用いられているサイマトロン(Thymatron®)の添付文書でもこれらが反映され、原則として禁忌となる疾患や状態として、①最近起きた心筋梗塞、不安定狭心症、非代償性うっ血性心不全、重度の心臓弁膜症のような不安定で重度の心血管系疾患、②血圧上昇により破裂する可能性のある動脈瘤または血管奇形、③脳腫瘍その他の脳占拠性病変により生じる頭蓋内圧亢進、④最近起きた脳梗塞、⑤重度の慢性閉塞性肺疾患、喘息、肺炎のような呼吸器系疾患、⑥米国麻酔学会水準4または5と評価される状態(ECTにより脳出血後まもない患者では再出血の危険性がある、発作による交感神経系の活性化による血圧上昇、頻脈により最近起きた心筋梗塞患者では心室性不整脈や心破裂の危険性がある、修正型ECTは麻酔下において治療が行われるため麻酔危険度を設定する必要がある)が挙げられている。またECTとの併用禁忌として、深部脳刺激装置(deep brain stimulation: DBS)が埋め込まれている場合が挙げられている。
明確な禁忌ではないが、リチウムはてんかんなどの脳波異常には禁忌とされ、ECTにより急激に脳内濃度が上昇し、術中の心室性不整脈リスクや術後せん妄を悪化させる可能性があり中止する必要がある。抗てんかん薬やベンゾジアゼピン系薬剤は、ECTとの併用禁忌ではないが抗けいれん作用によりけいれんを生じにくくするので漸減中止することが望ましい。
ECTの有効性とその特徴
ECTの各疾患への有効性
近年は精神科でもエビデンスベースドメディスンが重要視され、各国で精神科治療アルゴリズムが作成され、難治性うつ病や重症うつ病へのECTの治療的位置付けがある程度明確化されてきている。
うつ病に対するECTの効果のメタ解析では、プラセボ、模擬ECT、経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation: TMS)、抗うつ薬のいずれにもECTの有効性が勝っていることが示されている(19,20,21,22)。
各抗うつ薬との比較では、ECTと三環形抗うつ薬(tricyclic antidepressants : TCA)やmonoamine oxidase inhibitors(MAOI)を比較した研究でTCAやMAOIよりECTの方が有効性が高いことが示されてきた。新規抗うつ薬とECTを比較した研究は少ないが、Folkertsらによる治療抵抗性うつ病患者を対象としたECTと新規抗うつ薬のparoxetineを比較した研究では、ECT群で59%、paroxetine群で29% のうつ状態の改善を認め、ECT群でより高い反応率(71%でHAM-D総得点の50%減少)を認めている(23)。
治療抵抗性うつ病に対しての有効性も確立しており(24,25,26)、抑うつ症状の改善以外にも社会機能やQOLを改善させる(27)ことが報告されている。また、一般に抗うつ薬に対して治療反応の乏しい精神病像を伴う重症うつ病にもECTは有効である (28,29,30)。
ECTは単極性うつ病、双極性うつ病の双方のうつ状態に有効であり、寛解率はともにほぼ同等で約50%と報告されている(31)。Keitnerらのメタ解析(32)によると、うつ病へのECTの反応率は53~80%、寛解率は27~56%と推定さればらつきが大きい。ECTの施行方法が報告によって異なり、有効性や有害事象に施行方法による差異が出やすいため、有効率にばらつきが出ていることも指摘されている(33)。
このようにECTは気分障害のうつ状態に対し高い有効性を持つが、同時に双極性障害の躁状態への効果も知られている。躁状態への比較対照研究は少ないものの、ECTの抗躁効果は確立しており、Mckherjeeらは過去50年間にECTを施行された約600例の急性躁病患者の転機を調査し、約80%が著明改善または完全寛解したことと報告しており(34)、躁鬱混合状態への有効性も報告されている(35)。
生命が脅かされるような状態を伴う重症躁病や薬物治療抵抗性の遷延性躁状態への二次的なECTの適応があるとされる(36,37) が、躁状態では意識障害、頭部外傷、HIV感染等の器質疾患の術前の鑑別に十分な注意を要する。一般的にECTが抗躁効果を示すためにはうつ状態より時間がかかり両側性で6~10回の治療回数が必要とされる(38)。躁状態に対して施行する問題点としては、患者本人からの同意が得にくいこと(39)、覚醒状態でECT施行室に搬送することが困難であることが挙げられる。
またカタトニア(緊張病)への高い効果も知られている。カタトニアを呈する疾患として、統合失調症の緊張病型がよく知られるが、カタトニアは症候群で気分障害の躁状態やうつ状態、抗NMDA関連脳炎などの器質性精神疾患(40)、自閉症スペクトラム障害などでも起こりうる。4つの研究によるカタトニアのロラゼパムでの寛解率は80-100%と高く(40)、通常のカタトニアではロラゼパム等のベンゾジアゼピン系薬剤が優先して使用され反応しない場合にECTが検討されるが、生命に危険の強い悪性緊張病ではECTは一時的選択になりうる(41)。5つの研究でのECTでのカタトニアの寛解率は82-96%とされる(40)。統合失調症、気分障害、統合失調感情障害、器質性精神障害を含む28例のカタトニアにECTを行った研究では、93%が緊張病症候群の症状消失がみられ、特に気分障害におけるカタトニアの寛解率は96%と高かったと報告されている(43)。自閉症スペクトラム障害に伴うカタトニア(43)や抗NMDA関連脳炎に伴うカタトニアへのECTの有効性の知見の蓄積はまだ乏しい。
統合失調症では前述のように緊張病型には著効することが多く、また精神運動興奮や昏迷を伴う場合も興奮や意思発動性低下が改善・軽減する。一部のアルゴリズムには薬物治療抵抗性統合失調症の治療として、ECTが位置づけられているが、慢性的な幻覚妄想や陰性症状および認知機能低下には効果が乏しいことが多い。
19) Janicak PG, Davis JM, Gibbons RD, et al.: Efficacy of ECT: a meta-analysis. Am J Psychiatry 142: 297-302, 1985
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ECTによる早期の効果発現
ECTの効果発現の特徴として、ECTは効果発現が早いことがあげられる。
米国で行われた大規模臨床試験STAR*D研究(Systematic Treatment Alternatives to Relieve Depression)では、増強療法や併用療法を含めた薬物療法による最終段階までの累積寛解率は67%で、4段階の薬物治療戦略を試みても寛解に至らない症例が3分の1存在することが示されている(45)。初回の抗うつ薬で改善したとしても、抗うつ薬の効果発現には十分量に増量後2~4週間かかり、一般的に寛解に至るには少なくとも4~8週間を必要とする。1剤目が無効や効果が乏しかった場合、次の薬剤選択を行い、再び同様に時間がかかることになる。
一方、ECTについて、Folkertsらは、治療抵抗性うつ病患者でECTとparoxetineの効果発現の早さについても比較検討し、ECT群ではparoxetine群と比較し、治療1週間後よりうつ状態の有意な改善を認めた(23)。
またHusainらはうつ病の患者に対し週3回のECTを施行し反応や寛解のスピードを検討したところ、54%が1週目3回目のセッションまでに治療反応がみられ、2週間目6回目のセッションまでに34%が寛解し3-4週目の10回目のセッションまでに65%が寛解したことを示した(45)。
われわれが国立精神神経センターうつストレスケア病棟に入院しECTを行った31名の両側性修正型電気けいれん療法での治療成績を示す。週に2回のECTを行うことで、重症度を示すうつ病評価尺度の平均得点が回を重ねるごとに改善し、ECT8回施行後(1ヶ月後)には平均得点が寛解を示す7点以下になっていることがわかる。
このようにECTは早期の症状改善効果を持ち、早急な抗うつ効果が必要とされる症例に有用で、特に深刻な自殺念慮があり自殺が切迫している状態(a)や食事摂取が困難で栄養の維持が困難な症例、カタトニアで全身状態が悪化しつつある場合などは、薬物療法より効果発現や寛解に至るまでが早いECTがより有効な治療であると考えられる。ECTの迅速で高い治療効果は、医療経済の観点からも費用対効果比が高いことが示されている(47)
近年はECT麻酔としてケタミン麻酔を用い、ECTの効果発現をさらに加速させる試みも行われている(46)。
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ECTの効果の長期的維持に関する限界と維持薬物療法、維持ECT
ECT後の再発はECT治療における最大の限界であり、ECTは高い急性期効果を示す一方で、継続療法を行わない場合は、高い再燃率を示すことが知られている。ECT後6ヶ月の間にうつ病の3分の1から約半数が再発し(48,49)、1年以内の最燃率は30~60%と報告されている(50)ため、抗うつ薬などによる維持薬物療法により再燃・再発率を減少させる必要がある(51)。またECT後再発のリスクファクターとして、薬物治療への抵抗性や、精神病症状の合併、Double Depressionが報告されている(50)が、再燃予測因子は明確にはなっていない。
ECTにより急性期が改善しても、再燃率が高いため、うつ病におけるECT後の再燃予防には一般的に抗うつ薬やリチウムなどの気分安定薬による維持療法が行われる。薬物療法の種類によって再燃予防効果に差異があるかは明らかになっていないが、いくつかの薬剤の優越性を示す研究が報告されている。LauritzenらはECT後の維持療法としてプラセボとimipramine 、paroxetineを比較し、6ヵ月以内の再燃はプラセボ群65%に対し、imipramine 群30%、paroxetine群10%で、維持療法の薬剤により差を認めたことを報告した(52)。
ECT施行前に効果を認めなかった薬剤は維持療法としての効果も乏しい(50)という報告がある一方で、van den Broekらは、TCAやLi、MAOIなどの薬剤に治療抵抗性の患者に対しECT施行後の維持療法としてimipramineを使用したRCTを行ったところ、24週後にプラセボ群は80%が再発したのに対して、imipramine群は18%で有意に再発率が低かったと報告しており(53)、ECTにより従前の治療抵抗性が改善するという可能性も示されている。またSackeimらは、ECT施行後6ヶ月後にプラセボ群では84%が再発したのに対して、nortriptyline群は60%、nortriptylineとLithium併用群が39%と有意に低く、抗うつ薬の単剤投与よりLithiumの併用が維持療法として有効であったと報告している(51)。
適切かつ十分な薬物療法にもかかわらず、再燃、再発を繰り返す場合は、ECT反応性がよく、薬物療法抵抗性または不耐性で、安全にECTを行うことができる環境がある場合には、低頻度のECTを定期的に繰り返す維持ECT(maintenance ECT)も考慮される。
維持ECTの目標は、再燃を防ぐために十分な頻度でECTを行い、寛解状態を保つことであり、薬物抵抗性でECTに反応するが再燃、再発を繰り返す症例に適している。
維持ECTは、最初は1週間に1回からはじめ、4回行ったところで症状が再燃しなければ、徐々に4週間に1回まで間隔を広げる方法が一般的で(54)、初めの1ヶ月は週に1回、次の1~2ヶ月は2週に1回、それ以後は月に1回で継続する方法が多く用いられている(55,56)。
Kellerらはうつ病の維持療法として、維持継続ECT群と、nortriptyline、nortriptyline とLithiumの併用をした薬物療法群とを比較した研究(55)を行い、6ヶ月後、維持ECT群では46.1%、薬物療法群では46.3%が寛解を維持し、プラセボ群に比べ有意に再燃率が低かったことを示した。
Gagneらは、急性期にECTを使用し寛解に至った治療抵抗性うつ病患者に対して、維持ECTと薬物療法の併用群と薬物療法単独群とを比較する後ろ向き症例対照研究(57)を行い、抗うつ薬と維持ECTの併用群での寛解維持率は2年後、5年後それぞれ93%、73%と良好であったが、抗うつ薬単独群では52%、18%と低かったことを示した。この研究においては、維持ECT群の方が過去の薬物療法抵抗性レベルが高かったが、維持ECT群のほうが抗うつ薬単独群よりも高い寛解維持率を示している。
Navarro らは、急性期にECTが有効であった高齢者の精神病像を伴う治療抵抗性うつ病患者に対し、維持ECTとnortriptylineの併用群とnortriptyline単独群を比較し、2年目の時点で、併用群では65%が、nortriptyline群では29%が寛解を維持し、60歳以上の高齢者に対しても併用群が薬物療法単独群より有効で有害な副作用は認めなかったことを示した(56)。これらの結果からは維持ECTを行う場合でも薬物療法を併用する方が寛解を維持する可能性が高いことが示唆される。
維持ECTでの治療中に再燃の兆候がみられた場合は、維持ECTの予定を早めることで対応が可能である。Frederikseらは、維持ECTの有効性についてまとめて、抗うつ薬の効果が不十分な場合などではECT維持継続を行うことを推奨している(58)。しかし、維持ECTには、具体的なガイドラインはなく、一度導入するとECT治療からの離脱が困難であるため、安易な維持ECT導入は避け、症例ごとに適応を判断し丁寧な十分なインフォームドコンセントを行い慎重に検討することが望ましい。
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ECTの効果に影響を与える実施方法と発作の質
パルス波治療器でのECTは標準的施行方法では約8秒間の通電を行い、通電により、脳神経細胞の脱分極を生じさせ、全般発作が誘発される。一般的に脳波上の発作はてんかんの強直間代発作と類似し、発作初期は、多棘波と低電位速波が出現し、その後の発作の進行により脳全体に高電位多棘徐波が律動的に出現する。発作が終了すると脳波は一時的に平坦化し発作後抑制期に移行する。ECTクール終了後は4-6週間程度の全般性の徐波化を認めることがあるが徐々に正常化する。
ECTの効果はその発作誘発の実施方法に影響を受け、ECTの効果に影響を与える主要な因子として、刺激用量(最大刺激の何%で刺激するか)、電極配置部位(両側性か左右片側性か)、治療波の波形(サイン波かパルス波か)がある。
刺激用量は高いほど効果があるが、副作用である認知障害を起こす確率は高くなる(59)。有効な発作波では、規則的な律動性のある左右対称の高振幅徐波が約25秒以上、かつ十分な脳波上の発作後抑制がみられる。25秒以上のけいれん誘発は必須とされるがけいれん時間と効果は比例しないことが分かっており、むしろ十分な効果のあるエネルギー量ではけいれん時間は減少する。片側性ECTで両側性ECTと同様の効果を得るためにはより高い刺激用量が必要とされる。
発作閾値は脳波上の全般けいれんを起こすための最小限の電気容量で、加齢によって増加し、片側性では増加する。臨床的効果のある発作を起こすためには両側性では閾値の1.5~2.5倍、右片側性2.5~6倍が必要とされる。
初回治療の刺激強度の設定には、半年齢法(年齢の半分程度の電気量で例えば60歳であれば30%)が用いられることが多いが、閾値滴定法(けいれん閾値決定し両側性では閾値の1.5~2.5倍、右片側性2.5~6倍閾値で行う)が用いられることもある。わが国のサイマトロンでの通電は最大100J の電気量を用いることができるが、通常は半年齢法による刺激強度で開始し、発作波の質や治療効果、治療継続に伴うけいれん閾値の上昇により漸次調整していくことが多い。
電極配置は、両側性と片側性があり、両側性の場合は左右半球に通電され、片側性の場合は通常右半球に行われ右半球だけに通電されるが、共に通電による脳全体の発作誘発が可能である。両側性の方が片側性よりも効果が高いとする報告が多く、現在は世界的に両側性ECTが主流を占める。しかし十分な刺激用量での右片側性ECTは両側性と比較し効果に差がなく、認知機能への影響が少ないのでより望ましいという報告もある(60)。
波形については、パルス波刺激とサイン波刺激の両者で効果に有意な差を認めなかったとするメタ解析があるが(59)、ECT麻酔薬として良く用いられているチオペンタールなどのバルビツレート系麻酔薬はもちろん、プロポフォールなどの非バルビツレート系麻酔薬も少なからず抗けいれん作用を持ち、パルス波治療器の普及とともに、パルス波治療器の最大刺激電流量(100%)を用いても脳波上のけいれん波が誘発されない症例が少なからず存在することが分かってきた。バルビツレート系麻酔薬であるメトヘキシタールでECTを受けた患者の15%は最大刺激強度を必要とし、最大刺激強度でもその中の33%は発作持続時間が足りないか、不発であったという報告がある(10)。
脳波上のけいれん波が不十分であった場合は、次の治療では前回治療の1.5倍の刺激用量で刺激を行う。脳波上のけいれんが中15秒以内で中断した場合、発作が不発であった場合、2倍の刺激用量で、中断した場合は45秒、不発の場合は45秒の間隔をあけて再通電を行う必要がある。
また内服している抗けいれん作用のあるベンゾジアゼピンや抗けいれん薬の中止を見直し、けいれん域値を下げるフルマゼニルのECT通電前の使用、ECT通電前の過換気、ケタミン麻酔などへの変更(11)を検討する必要がある。
59)UK ECT Review Group: Efficacy and safety of electroconvulsive therapy in depressive disorders: a systematic review and meta-analysis. Lancet 361: 799-808, 2003
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ECTの副作用
致死的副作用
ECTによる最も重篤な副作用は死亡であるが、概ね5~8万治療回数(8,54,61,62,a,b)に1回程度の頻度とされ、これは全身麻酔や歯科麻酔の危険率にほぼ相当し、非常にまれでECTは安全な治療法とされる。1クールで計5~8回の治療を受けると仮定すると、1クールを施行することでの死亡リスクは1万クールに1回程度と推測され、主な死因はけいれん直後や回復期の心血管系合併症(63,64)や嘔吐に伴う窒息(65)によると考えられ、リスク評価や絶食の徹底などECT前管理が重要である。mECTにて通電1分後よりwide QRS頻拍が出現し、リドカインの投与で頻拍が停止せず直流通電により停止させた症例(c)も報告されており、緊急時の対応を想定しておき、ECT処置室には除細動器などの準備が必要である。 た
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心血管系合併症
通電中と通電直後には、通電による迷走神経の直接刺激から副交感神経が優位なり、発作中は交感神経が、発作終了後には再び副交感神経優位となる(9)。通電直後の副交感神経優位状態では徐脈、洞停止、血圧低下などが一過性に出現しやすく、発作中の交感神経優位状態では、頻脈・高血圧出現しやすく、発作終了後には再び徐脈や不整脈が出現しやすい。このような短時間の内に急激に生じる生理学的変化に対して、ECT中は麻酔科医によるバイタルモニターと全身管理が必要になる。また、ECT中の徐脈性不整脈、血圧低下、口腔内分泌の増大などの副交感神経反応を抑制するため、抗コリン薬である硫酸アトロピン0.1mg/kg静脈内投与を麻酔導入数分前に行うことがある。高血圧に対しては高血圧症を合併症に持つ場合は朝の降圧剤を服用し、必要に応じてジルチアゼム・ニカルジピン等のカルシウム拮抗薬をECT直前か直後に静注する。特に従来からの心血管系合併症を持つ患者では十分な注意が必要である。
認知機能障害
ECTの副作用として出現する認知機能障害には発作後錯乱、発作間せん妄、健忘がある(66)。
発作後錯乱(発作後せん妄)は、通常ECT麻酔覚醒後数分以内に簡単や従命や会話が可能となるところ、ECT麻酔覚醒時に数分から数時間の精神運動性興奮や失見当識を伴う錯乱状態を示すもので、リカバリー時の慎重な観察を要し、安心できる声かけや静かな環境でのリカバリーが重要である。著しく興奮が強い場合は、静脈麻酔薬の再投与やミダゾラム、ジアゼパム等のベンゾジアゼピンの追加投与が必要となる場合がある。
発作間せん妄は、ECT治療を続けている間、せん妄状態を呈することがあるが、一般的には治療終了とともに速やかに消失するものであり、ECTの継続が望ましい場合はやむを得ず抗精神病薬などでせん妄治療を行う必要がある。
健忘は前向性健忘と逆行性健忘があり、共にECT終了後数日から数週で消失することが多いが、前向性健忘は速やかに回復するのに対し、逆行性健忘は回復に比較的時間がかかることがあり、時にECT治療中や開始直前の記憶は欠けたままのこともある。逆行性健忘は、ECT施行前の全般的認知機能障害を伴う場合や、ECT施行直後の失見当識の持続時間が長いほど起こりやすいとされる(74)。また、エピソード記憶より意味記憶のほうが、遠隔記憶より近時記憶のほうがが障害されやすい(67)ことが知られている。
認知機能障害の頻度は、片側性より両側性が、刺激強度が低用量より高用量の方が、パルス波よりサイン波の方が、認知障害の頻度が高いとされる(21,68)。その他、治療回数が多い、治療間隔が短い、患者年齢が高い、既存の認知障害の存在は認知機能障害のリスクの増加に関連する。
認知機能障害が出現した時は、治療の中断、両側性から右片側性への電極配置の変更、治療頻度の引き下げ、治療有効性を損ねない程度の刺激強度の引き下げ、認知障害に関与している併用薬剤の見直し等の対策(8.9,54)が行われることが望ましい。
記憶障害はECT中の低酸素と関係があり、ECT刺激前の十分な酸素化が重要である(69)。またケタミン麻酔は神経保護作用を持ち、認知機能障害を低減する可能性が示唆されている(70.71)。
認知機能障害はECTコース中に生じやすいがECT終了して約2週間経過すると治療前の水準以上となるという報告(72)があり、うつ病そのものによる認知障害はECTによるうつ症状の改善とともに回復するため、鑑別しなければならない。
副作用としての認知障害を正しく評価するためには、ECT前の認知症などの認知機能障害の合併を把握しておく必要があり、ECT施行前の認知機能評価が重要である。
ECTの反復施行による認知機能障害の進行は否定的に考えられており(73)、MRIやCTを用いたECTによる脳構造への障害についてのメタ解析では、脳構造への障害は示されなかった(69)。
またサイン波治療器で100回以上の両側性修正型ECTを受けた8名の患者とECTとECTを受けたことのない患者の比較研究でも、認知機能に差はなかったという報告がある(75)。
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75) Devanand DP, Verma AK, Tirumalasetti F, Sackeim HA. Absence of cognitive impairment after more than 100 lifetime ECT treatments. Am J Psychiatry. 1991 Jul;148(7):929-32.
その他の合併症
その他の合併症では、ECTの通電直後の副作用として、遷延性けいれん、けいれん重積、遷延性無呼吸があり、ECTからの覚醒後に出現し数時間持続することがある副作用として、頭痛、筋肉痛、嘔気がある(66)。
遷延性けいれんは、通常2分未満で終了するけいれんが2分以上(8)ないし3分以上(54)続く場合で、筋弛緩薬により運動成分が目立たないことがあるため脳波モニターで判断する。テオフィリンなどのけいれん誘発物質やリチウムの使用、電解質異常、1回の治療内での複数回の刺激、若年者、初回治療(投与電気量が不明)などではより出現しやすいとされる。処置としては、酸素投与を続け、麻酔薬を追加するか抗けいれん作用のあるミタゾラムやジアゼパム等を静脈内投与する。
遅発性けいれんは稀であり、ECT終了後の自発的なけいれんの頻度は一般人口と差がないとされる。
遷延性無呼吸は、サクシニルコリンの代謝障害に伴い起こりうるまれな副作用である。患者の自発呼吸が回復し安定するまでの間の手動換気や気管内挿管が必要となる。
頭痛は、ECT後約半数弱が自覚する最も頻度の多い副作用で、側頭筋や咬筋の通電による収縮や脳循環動態変化による疼痛と考えられ、非ステロイド系消炎鎮痛剤に反応しやすい。
筋肉痛は通電による筋肉の収縮やサクシニルコリンによる筋線維束攣縮によると考えられる。ほとんどが一過性であるが、持続性のものではサクシニルコリンの量を減量するか、筋弛緩薬を臭化ベクロニウムなどに変更する。
嘔気は、麻酔薬、けいれん発作、手動換気時に胃内に流入した空気などの影響によると考えられ、嘔気が強い場合はメトクロプラミド、ドンペリドンや制吐作用のあるフェノチアジン系抗精神病薬を使用する。誤嚥予防に前日の絶飲食と制酸剤による前処置が重要である。
歯科的損傷は、咬筋の収縮により歯や口腔内の損傷が起こり得るため、ECTの術前検査として口腔内診察を行い、また通電前にバイトブロックを使用することが重要である。
うつ状態に対するECT治療中に躁転が出現することがある(76)。この場合、ECTの抗躁効果を期待してさらにECTを継続する場合と、ECTを終了し薬物療法に変更する場合がある。ただし躁転はECT後の軽度の意識障害による脱抑制との鑑別が難しいことがあり、認知機能や脳波の評価が重要である。
76)Devanand DP, Sackeim HA, Decina P, Prudic J : The development of mania and organic euphoria during ECT, J Clin Psychiatry, 49 : 69-71, 1988
mECTの実際
ECTの同意
精神医学的病歴・症状と薬物治療抵抗性の十分な評価に基づき、精神症状に対する適応の判断が慎重に行われECTの適応が確認された場合、ECTが実施できる全身状態の確認後、患者および家族へのインフォームドコンセントを行う。 2005年に世界保健機関(WHO)が、ECTは患者本人からのインフォームドコンセント、あるいは同意能力の欠如が明らかな場合は保護者からのインフォームドコンセントを得た場合のみに使用されるべきであると勧告しており、これらが欠如した状態でECTを施行してはならない。手術同意と同様に文書を用いて、本人や保護者に口頭で説明し、署名による同意を得る。医療保護入院や措置入院等で本人に同意能力がない場合は、保護者に説明して同意を得ることになるが、病状の回復とともに同意能力が回復した場合には、本人にも十分な説明をすることが望ましい。 説明すべき重要な点には、臨床経過とECTの適応理由、現在の状態に対するECTの想定される有効性と限界、ECT以外の代替治療の可能性、ECT後の薬物療法などの継続治療の必要性、ECTの手順、副作用および生命への危険性とその際の緊急的処置と行動制限の可能性、同意撤回の自由がある(7,8,9,66)。
前日までの術前検査・前処置
術前検査として、既往歴やアレルギーの問診、内科学的診察、口腔や歯科的診察、神経学的診察、簡単な認知機能検査に加え、血算・一般生化学検査、心電図、胸腹部レントゲン、頭部画像検査、脳波検査を行い、既往歴や合併症に応じてさらに追加検査を実施し、麻酔科医による問診と麻酔リスク評価を行っておく。 リチウムを服用している場合は中止し、抗けいれん薬やベンゾジアゼピン系薬剤も施行前に漸減や中止をしておくことが望ましい。嘔吐による誤嚥や窒息を予防するため、ECT治療開始の少なくとも6時間前からの固形物の中止、少量の水と必要な薬物以外の2時間前からの中止が推奨(18)されており、例えば午前中施行する場合は前日夜から、午後に施行する場合は当日朝からの絶食とする必要がある。当日朝薬は降圧剤など必要最小限に留め、必要に応じて施行前に胃酸の誤嚥を防止のため制酸剤内服等を行う。 ===パスル波治療器での修正型ECTの手順===(未完成) 精神科関連学会の推奨事項(18)や順守事項を参照したマニュアルを各ECT施行施設ごとに作り、各施設でのECT手順が標準化されている必要がある。 施行場所は修正型電気けいれん療法の普及とともに、手術室やECT専用ユニットで実施されている施設が標準的となっている。国立精神神経医療研究センター病院のECT専用ユニット(図1)では、ECTを安全かつ効率よく実施するためにECT前室、ECT処置室、ECTリカバリー室が設置されている。ECT処置室には、100%酸素で陽圧換気が行うことのできる麻酔器、バイタサイン、心電図、酸素飽和度の自動モニター、ECT治療器、気管内挿管や万一の急変時に備える除細動器などが配置されている。 当日は、手術に準じた本人確認、ECT同意書の確認、前処置が適切に行われたかの確認を行い、病棟で排尿とバイタルサインの測定、バイトブロックや換気で危険を伴うと予測される口腔内異物や歯の再確認、義歯・コンタクトレンズ・貴金属装飾品などを装着していないかの確認を行ってから、ストレッチャーでECT処置室へ移動する。 ECT処置室では、精神科医師、麻酔科医師、看護師が協働しそれぞれ処置を行う。 乳酸リンゲル液などを用いて静脈ルートを確保し、呼吸循環モニターのため血圧計、心電図電極、パルスオキシメーターを装着しバイタルサインを確認し、通電後の発作を確認するためパルス波治療器の脳波電極、筋電図電極を装着する。通電刺激電極シール(サイマパッド)を装着する電極配置予定部位の皮膚は生理食塩水で湿らせたガーゼで良く拭いて乾かし、同部に通電を行うためのサイマパッドを付着させてから、機器のセルフテストで回路インピーダンスの適切性を確認し、脳波、筋電図が適切に記録されるか確認する。 精神科医はパルス波治療器であるサイマトロン(図2)の静的インピーダンスが適切であるかどうか(3000Ω以上では熱傷の可能性があり通電できない)を確認し、刺激強度を症例にあわせて設定する。サイマトロンでは、パルス幅、周波数の設定も可能だが、通常はプリセットされている刺激プログラムで行なわれている。 麻酔科医は、100%酸素による十分な酸素投与を行いながら、麻酔導入を開始し、短時間作用型のthiopental(2-5㎎/kg)またはpropofol(0.75-1.5mg/kg) 等の静脈麻酔薬を投与し麻酔導入を行い、必要に応じて副交感神経反応抑制のための硫酸アトロピン(0.1mg/kg)の投与を行う。麻酔効果出現後、マスク換気などの人工換気に切り替え、SCC(0.5-1.5mg/kg) または臭化ベクロニウム(0.08-0.1mgkg)等の筋弛緩薬を投与し、SCCでは筋線維束攣縮の出現を確認する。筋弛緩と十分な酸素投与が確認された後、咬傷の予防のためマウスガード(バイトブロック)を口内に挿入し、口腔内での安全な固定を確認する。 再度抵抗値が3000Ω以下であることを確認してから、一時的に人工換気を中断し、精神科医が通電ボタンを押し通電を開始する。通電終了後、人工換気を再開し、サイマトロンにより自動的に脳波記録が開始され、脳波上のけいれん(図2)を確認し、持続時間と適切な波形を確認する。運動性のけいれんは、筋弛緩作用のため軽微かほぼ認めないこともあるが、片下肢にターニケットを巻いて実施することで筋電図上のけいれんを計測することができる。 通電後は、麻酔科医は十分なマスク換気での酸素投与の継続とともに、交感神経、副交感刺激による脈拍や血圧の変化等の全身反応に対し必要な処置を行う。 筋弛緩薬と静脈麻酔薬の効果が消失し、自発呼吸再開後、十分な酸素投与を継続し、バイタルサインの正常化、簡単な会話など意識レベルの回復を確認したのち、ECT回復室にて意識レベルやバイタルサインが安定していることを確認して医師や看護師が付き添いECT処置室を退室し酸素投与は継続しながら病棟に戻る。 病棟に帰棟後は、慎重なバイタルサインと意識状態の観察を要し、通常1時間程度で、酸素投与は終了し静脈留置針を抜去する。嚥下状態や歩行状態を確認し、問題がなければ、服薬や食事を再開し、ベッド上安静を解除する。 通常ECTは週に2回ないし3回の頻度で行い、一連の治療セッション(1クール)は6~12回行われる。完全な寛解が得られるか、過去数回の治療で効果が頭打ちになったところで中止する。
ECTを取り巻く課題と今後
従来型ECTは過去には電気ショック療法と呼ばれ、社会的な負のイメージが強かった。その背景には過去の時代に適応を選ばないECTの乱用が少なからずあったと考えられることやインフォームドコンンセントを得ずに医療者の独断でECTが行われることが多かったことがある。 1975年に米国で公開された映画「カッコーの巣の上で」( One Flew Over the Cuckoo's Nest)には精神病院入院中の患者に従来型ECTが行われ強直間代けいれんする懲罰的な様子が描写されており、この時代のECTはインフォームドコンセントが行われておらず、ECTを病院が患者の管理手段として乱用されていた傾向があったことは否めない。また、わが国でも松本昭夫の手記「精神病棟の二十年」に、1960年代の精神病院の無麻酔でのサイン波治療器でのECTの様子が描写されており、大熊一夫「ルポ・精神病棟」には、1970年代の精神病院でECTが懲罰的に用いられ患者が強い恐怖を抱いていた様子が記載されている。更に近年では、特定の宗教団体が、ECTを非医療的に悪用した悪質な事件が起きている。 現在は、APA等の各国の精神科学会や多くの精神科医が、適切な適応に十分なインフォームドコンセントを行いトレーニングされた精神科医が行うECTはエビデンスに基づく治療として行われていると考えているが、様々な領域でECTへの反対意見を持つ人は少なからずおり、現在でも一部の精神科医はECTを勧めない場合がある。 ECTは従来型ECTから、mECTへ、そしてパルス波治療器を用いたECTへと発展し、現在は患者の恐怖感を防ぐための静脈麻酔薬の使用、骨折を防止するための筋弛緩薬の使用、酸素投与による術前の十分な酸素化と呼吸循環モニターが望まれる。 しかし、本邦でのECT施行の課題として未だに、修正型でない従来型のECTが行われうること、パルス波治療器の普及が不十分でサイン波治療器を用いたECTが行われうることの問題がある。 1991年に中島らにより行われたECTに関する精神神経学会に所属する精神科医への全国アンケート調査(a)では、約4割の精神科医が現在ECTを実施していたが、修正型ECTを施行している精神科医は15%程度で、インフォームドコンセントの取得も不十分であった。 1997年~1999年に本橋らが行った、大学病院・国立病院を対象にしたアンケート調査(b)では、65%の施設でECTが行われ、mECTを行っている施設は80%であったが、mECTのみを行っている施設は33%で、約3分の2の施設で非修正型ECTが用いられることがあった。民間精神病院の実態は不明で更に非修正型の割合が増えることが予測された。 2009年に日本精神神経学会精神科専門医制度研修施設を対象に行われた一瀬らの調査(c )では、ECTを行っている施設は40%で、mECTのみを実施している施設は37.9%、静脈麻酔薬は使用するが筋弛緩薬は使用しないECTを行っている施設は44.9%で、静脈麻酔薬も使用しないECTを行っている施設も3.7%存在していた。 治療器に関しては、パルス波治療器のみを使用している施設は24%で、パルス波とサイン波治療器の双方を使用している施設は20.8%、サイン波治療器のみを使用している施設は51%だった。 このように、年々mECTが行われる割合やパルス波治療器で行われるECTの割合は増加しているが、本邦では未だに従来型ECTやサイン波治療器でのECTが行われうる。 安全性の高いパルス波治療器でのmECTをさらに普及させていく必要があるが、mECTは麻酔科医や手術室に準じた施設が必要となるため限られた医療機関でしか行えない治療であり、地域の精神病院と麻酔科医の配置が可能な総合病院との医療連携の強化が指摘されている(c)。 研究面におけるECTにおける最大の課題はその作用機序である。ECT前後での遺伝子発現の変化や脳内物質の変化など、作用機序について世界中で研究がされているが、未だ作用機序は未解明のままである。ECTの作用機序を解明することは、うつ病の本質的な病態の解明につながる可能性もあり非常に重要な課題である。 臨床的課題は、ECTの急性期効果後の効果の長期的維持に関する限界と最適な維持療法の模索である。またECT治療は現在のところ入院治療による管理が必要でありアクセスビリティがよくないため外来で行う維持ECTが可能であるかの検討を行う必要がある。 直接的に電気を用いないけいれん療法として、磁気によってけいれんを誘発し認知機能障害が少ないとされる磁気けいれん療法(Magnetic seizure therapy: MST)や焦点を絞った通電が可能となるFocal electrically administered seizure therapy(FEAST)も研究が行われている。 (a)中島一憲,山崎久美子,守屋裕文:「電気けいれん療法(ECT)をめぐる諸問題」についてアンケート調査.精神経誌95;537-554,1993 (b)Motohashi N, Awata S, Higuchi T.A questionnaire survey of ECT practice in university hospitals and national hospitals in Japan.J ECT. 2004 Mar;20(1):21-3. (c)一瀬 邦弘、鮫島 達夫、粟田 主一、わが国の電気けいれん療法(ECT)の現況 : 日本精神神経学会ECT検討委員会の全国実態調査から 精神神經學雜誌. 113, (9), pp. 939-951, 2011-09-25. 日本精神神経学会