「神経誘導」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0118148 笹井紀明]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0118148 笹井 紀明]</font><br>
''奈良先端科学技術大学院大学''<br>
''奈良先端科学技術大学院大学''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2017年2月3日 原稿完成日:2017年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2017年2月3日 原稿完成日:2017年月日<br>
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==神経誘導==
==神経誘導==
 神経誘導(neural induction)とは、動物の初期発生の段階において、形成体(organizer)と呼ばれる胚の一領域が未分化外胚葉に作用して、神経組織という性質を付与する(神経に運命決定する)現象のことである<ref name=ref1><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed></pubmed></ref>。
 神経誘導(neural induction)とは、動物の初期発生の段階において、形成体(organizer)と呼ばれる胚の一領域が未分化外胚葉に作用して、神経組織という性質を付与する(神経に運命決定する)現象のことである<ref name=ref1><pubmed>11967557</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>24014419 </pubmed></ref>。


 受精卵は、最初は増殖を繰り返して未分化な細胞の塊を形成するが、原腸形成期(マウスでは受精6日前後、アフリカツメガエルでは温度にもよるが12-14時間程度)になると細胞が外胚葉、中胚葉、内胚葉の3つの胚葉に分類され、細胞それぞれの性質が大まかに特徴付けられるようになる。このうち外胚葉の一部は神経組織へと分化し、神経板を形成するが、その運命決定は、背側中胚葉(カエルでは原口背唇部(dorsal lip)、マウスやニワトリでは結節(node))から分泌されるシグナル因子(神経誘導因子)に依存する。一般に「誘導(induction)」とは、1つの組織が別の組織に作用してふるまいを制御する現象のことをいい、神経誘導はこのような誘導現象の1つである。
 受精卵は、最初は増殖を繰り返して未分化な細胞の塊を形成するが、原腸形成期(マウスでは受精6日前後、アフリカツメガエルでは温度にもよるが12-14時間程度)になると細胞が外胚葉、中胚葉、内胚葉の3つの胚葉に分類され、細胞それぞれの性質が大まかに特徴付けられるようになる。このうち外胚葉の一部は神経組織へと分化し、神経板を形成するが、その運命決定は、背側中胚葉(カエルでは原口背唇部(dorsal lip)、マウスやニワトリでは結節(node))から分泌されるシグナル因子(神経誘導因子)に依存する。一般に「誘導(induction)」とは、1つの組織が別の組織に作用してふるまいを制御する現象のことをいい、神経誘導はこのような誘導現象の1つである。


==神経誘導と神経誘導因子の発見==
==神経誘導と神経誘導因子の発見==
[[image:神経誘導1.png|thumb|250px|'''図1.神経と表皮を分離する分子機構'''<br>未分化外胚葉細胞でBMPシグナルが活性化されると細胞内でSmad1がリン酸化され、下流遺伝子の遺伝子発現が誘導され、表皮へと分化する。一方、BMPシグナルが遮断された細胞は神経に分化する。<ref name=ref71><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref72><pubmed></pubmed></ref>を参考にして作成。図中のBMP受容体のうち、I, IIとあるのはそれぞれタイプ1、タイプ2の意味。Pはリン酸化を示す。]]
[[image:神経誘導1.png|thumb|250px|'''図1.神経と表皮を分離する分子機構'''<br>未分化外胚葉細胞でBMPシグナルが活性化されると細胞内でSmad1がリン酸化され、下流遺伝子の遺伝子発現が誘導され、表皮へと分化する。一方、BMPシグナルが遮断された細胞は神経に分化する。<ref name=ref71><pubmed>9272945</pubmed></ref> <ref name=ref11><pubmed>8752213 </pubmed></ref> <ref name=ref72><pubmed>15296978</pubmed></ref>を参考にして作成。図中のBMP受容体のうち、I, IIとあるのはそれぞれタイプ1、タイプ2の意味。Pはリン酸化を示す。]]


 外胚葉から神経組織への運命決定、すなわち細胞の神経化(neuralization)は脊椎動物の胚発生において最も初期に起こる現象の1つである。したがって神経誘導の研究は、初期胚が比較的大きく発生が母胎外で起きる両生類胚(イモリ、カエルなど)を中心に進展してきた。
 外胚葉から神経組織への運命決定、すなわち細胞の神経化(neuralization)は脊椎動物の胚発生において最も初期に起こる現象の1つである。したがって神経誘導の研究は、初期胚が比較的大きく発生が母胎外で起きる両生類胚(イモリ、カエルなど)を中心に進展してきた。


 1924年、ドイツの生物学者Hans SpemannとHilde Mangoldはイモリの原口背唇部(背側中胚葉を含む部分)を別の個体に移植する実験を行い、移植された胚に2次軸(体軸)が形成され、さらにその周辺部に神経組織が誘導されることを発見した<ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref>。これは、移植した原口背唇部(dorsal lip)が移植先の組織に影響を及ぼし、結果として胚の形態形成を制御したことを意味する。そこで、Spemannらはこの領域を「形態形成を支配する領域」という意味で「形成体(organizer)」と命名した<ref name=ref3 /> <ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref>。その後、この現象を制御する分泌性の因子(神経誘導因子(neural inducer))を特定する試みが長く行われてきたが、背側中胚葉はサイズ的に小さいために、そこに存在するタンパク質を生化学的に特定することは困難であった。しかし、分子生物学的手法が発達するにつれて遺伝子解析が可能となり、1990年代にはその分子実体が次々と明らかになった。Richard M HarlandとWilliam C Smithは、発現スクリーニング(背側中胚葉に発現する遺伝子のmRNAの中で神経誘導活性を持つ分画を細分化する方法)によりnogginを<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref>、Edward M De Robertisと笹井芳樹は、ディファレンシャルスクリーニング(発現が背側中胚葉に限局する遺伝子を単離する方法)によってchordinを<ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref>それぞれ単離し、それらが神経誘導因子であることを証明した。また、Douglas A Meltonと Ali Hemmati-Brivanlou は、上野直人らがすでに単離していた卵胞刺激ホルモンの阻害因子follistatinに神経誘導活性があることを見いだした<ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref>。
 1924年、ドイツの生物学者Hans SpemannとHilde Mangoldはイモリの原口背唇部(背側中胚葉を含む部分)を別の個体に移植する実験を行い、移植された胚に2次軸(体軸)が形成され、さらにその周辺部に神経組織が誘導されることを発見した<ref name=ref3><pubmed>11291840</pubmed></ref>。これは、移植した原口背唇部(dorsal lip)が移植先の組織に影響を及ぼし、結果として胚の形態形成を制御したことを意味する。そこで、Spemannらはこの領域を「形態形成を支配する領域」という意味で「形成体(organizer)」と命名した<ref name=ref3 /> <ref name=ref4><pubmed>16482093</pubmed></ref>。その後、この現象を制御する分泌性の因子(神経誘導因子(neural inducer))を特定する試みが長く行われてきたが、背側中胚葉はサイズ的に小さいために、そこに存在するタンパク質を生化学的に特定することは困難であった。しかし、分子生物学的手法が発達するにつれて遺伝子解析が可能となり、1990年代にはその分子実体が次々と明らかになった。Richard M HarlandとWilliam C Smithは、発現スクリーニング(背側中胚葉に発現する遺伝子のmRNAの中で神経誘導活性を持つ分画を細分化する方法)によりnogginを<ref name=ref5><pubmed>1339313</pubmed></ref>、Edward M De Robertisと笹井芳樹は、ディファレンシャルスクリーニング(発現が背側中胚葉に限局する遺伝子を単離する方法)によってchordinを<ref name=ref6><pubmed>8001117</pubmed></ref>それぞれ単離し、それらが神経誘導因子であることを証明した。また、Douglas A Meltonと Ali Hemmati-Brivanlou は、上野直人らがすでに単離していた卵胞刺激ホルモンの阻害因子follistatinに神経誘導活性があることを見いだした<ref name=ref7><pubmed>3120188 </pubmed></ref> <ref name=ref8><pubmed> 8168135</pubmed></ref>。


 さらなる研究の結果、これらの神経誘導因子はいずれもTGFスーパーファミリーの一種BMP4と結合し、BMP4とBMP受容体の相互作用を阻害することによって細胞を神経化することが明らかとなった(図1)<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref> <ref name=ref11 />。実際にBMPの強制発現により細胞は神経化が抑制されて表皮に分化し<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref>、逆にドミナントネガティブBMP受容体を用いてBMPシグナルを遮断すると細胞が神経化する<ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref>。したがって、BMPシグナルの存在・非存在が未分化外胚葉の運命(表皮か神経か)の二者択一(binary decision)を行うと言える<ref name=ref9 />。
 さらなる研究の結果、これらの神経誘導因子はいずれもTGFスーパーファミリーの一種BMP4と結合し、BMP4とBMP受容体の相互作用を阻害することによって細胞を神経化することが明らかとなった(図1)<ref name=ref9><pubmed>7630399</pubmed></ref> <ref name=ref10><pubmed>8752214</pubmed></ref> <ref name=ref11 />。実際にBMPの強制発現により細胞は神経化が抑制されて表皮に分化し<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref>、逆にドミナントネガティブBMP受容体を用いてBMPシグナルを遮断すると細胞が神経化する<ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref>。したがって、BMPシグナルの存在・非存在が未分化外胚葉の運命(表皮か神経か)の二者択一(binary decision)を行うと言える<ref name=ref9 />。


 なお、follistatinはBMP4のほかにactivin(TGFの一種で中胚葉誘導因子)とも結合してその活性を抑制する。このことはFollistatinが中胚葉分化抑制と神経誘導の活性を併せ持つことを意味する<ref name=ref8 /> <ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref>。
 なお、follistatinはBMP4のほかにactivin(TGFの一種で中胚葉誘導因子)とも結合してその活性を抑制する。このことはFollistatinが中胚葉分化抑制と神経誘導の活性を併せ持つことを意味する<ref name=ref8 /> <ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref>。