「盲視」の版間の差分

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英語名:blindsight
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<font size="+1">[http://researchmap.jp/masatoshiyoshida 吉田 正俊]</font><br>
''生理学研究所 発達生理学研究系・認知行動発達研究部門''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年2月28日 原稿完成日:2017年2月7日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/keijitanaka 田中 啓治](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
</div>


類語・同義語:
英語名:blindsight 独:blindes Sehen、Rindenblindheit 仏:vision aveugle


 盲視とは、[[第一次視覚野]](primary visual cortex: V1)が損傷した患者において、現象的な[[視覚]][[意識]]がない(phenomenal blindness)にもかかわらず見られる、視覚誘導性の自発的な反応のことを指す。盲視という現象は視覚情報の処理(光点の位置を当てる)と現象的な視覚意識(光点が眼前に見えたという経験をする)とが乖離しうること、そしてそれらがべつの脳部位で処理されているということを示している。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]だけではなく、[[wikipedia:ja:マカクザル|マカクザル]]においても盲視と同様な行動が見られる。盲視に関わる脳部位としては[[上丘]]を経由するとする説と[[外側膝状体]]を経由するとする説とがある。盲視の能力の発現には機能回復トレーニングと可塑性が関与していることを示唆する報告が複数ある。
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 盲視とは、[[第一次視覚野]](primary visual cortex: V1)が損傷した患者において、現象的な[[視覚]][[意識]]がない(phenomenal blindness)にもかかわらず見られる、視覚誘導性の自発的な反応のことを指す。盲視という現象は視覚情報の処理(光点の位置を当てる)と現象的な視覚意識(光点が眼前に見えたという経験をする)とが乖離しうること、そしてそれらがべつの脳部位で処理されているということを示している。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]だけではなく、[[wikipedia:ja:マカクザル|マカクザル]]においても盲視と同様な行動が見られる。盲視に関わる脳部位としては[[上丘]]を経由するとする説と[[外側膝状体]]を経由するとする説とがある。盲視の能力の発現には機能回復トレーニングと[[可塑性]]が関与していることを示唆する報告が複数ある。
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== 盲視とは ==
== 盲視とは ==


 盲視とは、第一次視覚野(primary visual cortex: V1)が損傷した患者において、現象的な視覚意識がない(phenomenal blindness)にもかかわらず見られる、視覚誘導性の自発的な反応のことを指す<ref name=ref4>'''L. Weiskrantz'''<br>Blindsight: a case study spanning 35 years and new developments<br>''Oxford University Press.'': 2009</ref>。
 盲視とは、第一次視覚野が損傷した患者において、現象的な視覚意識がないにもかかわらず見られる、視覚誘導性の自発的な反応のことを指す<ref name=ref4>'''L. Weiskrantz'''<br>Blindsight: a case study spanning 35 years and new developments<br>''Oxford University Press.'': 2009</ref>。


 V1は[[大脳皮質]]での視覚情報が最初に入ってくる領域であり、左右の半球でそれぞれ右左半分ずつの視野の情報を処理している。たとえば左側のV1全体が損傷すると、左右の眼ともに右半分の視野が見えなくなる。このような症状は[[同名半盲]]と呼ばれる。盲視はそのような患者の一部でのみ見られる。
 V1は[[大脳皮質]]での視覚情報が最初に入ってくる領域であり、左右の半球でそれぞれ右左半分ずつの視野の情報を処理している。たとえば左側のV1全体が損傷すると、左右の眼ともに右半分の視野が見えなくなる。このような症状は[[同名半盲]]と呼ばれる。盲視はそのような患者の一部でのみ見られる。
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=== 動物モデル ===
=== 動物モデル ===


 この項では、マカクザルの片側のV1を損傷させた盲視動物モデルでの知見をまとめる。
 この項では、マカクザルの片側のV1を損傷させた盲視[[動物モデル]]での知見をまとめる。


 [[視覚誘導性サッカード課題]]において、損傷部位に対応した視野に提示した視覚標的に向けてサッカードすることが可能であることが示された<ref name=ref3><pubmed> 401874 </pubmed></ref>。また、[[レバープレス課題]]によって提示された刺激を検出することも可能であった。
 [[視覚誘導性サッカード課題]]において、損傷部位に対応した視野に提示した視覚標的に向けてサッカードすることが可能であることが示された<ref name=ref3><pubmed> 401874 </pubmed></ref>。また、[[レバープレス課題]]によって提示された刺激を検出することも可能であった。


 視覚誘導性のリーチング課題によって、ディプレーに提示された視覚刺激の位置を二択で正しく選択することが可能だった<ref name=ref7></ref>。一方で、視覚刺激があるか無いかを報告させる課題においては、視覚刺激が提示されていても、視覚刺激が提示されていないことを示す選択肢を選んだ。
 視覚誘導性のリーチング課題によって、ディプレーに提示された視覚刺激の位置を二択で正しく選択することが可能だった<ref name=ref7></ref>。一方で、視覚刺激があるか無いかを報告させる課題においては、視覚刺激が提示されていても、視覚刺激が提示されていないことを示す選択肢を選んだ。より決定的な結論は、視覚誘導性サッカード課題を用いた実験結果を信号検出理論を用いた解析を行うことによって得られた<ref><pubmed>26021856</pubmed></ref>。


 視覚誘導性サッカード課題において、損傷視野に提示した視覚標的の輝度コントラストに対する閾値は正常視野と比べて上昇していた<ref name=ref1><pubmed> 18923028 </pubmed></ref>。また、サッカードの終止点は不正確であり、軌道も正常視野へのサッカードと比べてより直線的になっていた。このことはV1損傷が視覚だけでなく運動コントロールにも影響を与えていることが示唆している。また、応答潜時は分布が狭くなっており、計算論的解析から、V1損傷が意志決定の過程にも影響を与えていることが示唆している。
 視覚誘導性サッカード課題において、損傷視野に提示した視覚標的の輝度コントラストに対する閾値は正常視野と比べて上昇していた<ref name=ref1><pubmed> 18923028 </pubmed></ref>。また、サッカードの終止点は不正確であり、軌道も正常視野へのサッカードと比べてより直線的になっていた。このことはV1損傷が視覚だけでなく運動コントロールにも影響を与えていることが示唆している。また、応答潜時は分布が狭くなっており、計算論的解析から、V1損傷が意志決定の過程にも影響を与えていることが示唆している。


 記憶誘導性サッカード課題を用いて、盲視モデル動物が見えていない部分に提示された視覚刺激の位置を2秒間記憶することが出来るかどうかを検証したところ、盲視モデル動物はこの課題を90%以上の成績で行うことができた<ref name=ref2><pubmed> 21411664 </pubmed></ref>。また、注意誘因課題において、キュー刺激を事前に提示することによって視覚誘導性サッカードの応答潜時は短くなった<ref><pubmed> 20521856 </pubmed></ref>。これらのことは盲視の動物モデルでは反射的な視覚情報処理だけではなく、高次認知機能も遂行可能であることを示唆している。
 記憶誘導性サッカード課題を用いて、盲視[[モデル動物]]が見えていない部分に提示された視覚刺激の位置を2秒間記憶することが出来るかどうかを検証したところ、盲視モデル動物はこの課題を90%以上の成績で行うことができた<ref name=ref2><pubmed> 21411664 </pubmed></ref>。また、注意誘因課題において、キュー刺激を事前に提示することによって視覚誘導性サッカードの応答潜時は短くなった<ref><pubmed> 20521856 </pubmed></ref>。また、ポズナー課題による注意課題において、盲視モデル動物は手がかり刺激の情報を使って盲視視野部位に提示された視覚刺激に対する応答潜時が短くなるなどの注意の効果が見られることが報告されている<ref>'''Masatoshi Yoshida, Ziad M. Hafed and Tadashi Isa'''<br>Informative cues facilitate saccadic localization in blindsight monkeys.<br>''Front. Syst. Neurosci.'' 2017, | doi: 10.3389/fnsys.2017.00005</ref>。これらのことは盲視の動物モデルでは反射的な視覚情報処理だけではなく、高次認知機能も遂行可能であることを示唆している。


 盲視モデル動物がムービークリップを受動的に見ている間の眼の動きを[[サリエンシー]]計算論モデルによって解析することによって、盲視で利用可能な情報処理のチャンネルを網羅的に調べた報告がある<ref><pubmed> 22748317 </pubmed></ref>。盲視モデル動物では「輝度」「赤-緑」「青-黄」「動き」の情報は利用できるが、「傾き」の情報は利用できなかった。同じ動物に等輝度色刺激を提示して刺激を検出できるかどうか検証したところ、赤-緑、青-黄どちらの刺激ともに偶然より高い成績で検出できることが判明した。この結果は盲視モデル動物で色情報の処理が出来るとするこれまでの報告<ref name=ref9></ref>と整合的だった。
 盲視モデル動物がムービークリップを受動的に見ている間の眼の動きを[[サリエンシー]]計算論モデルによって解析することによって、盲視で利用可能な情報処理のチャンネルを網羅的に調べた報告がある<ref><pubmed> 22748317 </pubmed></ref>。盲視モデル動物では「輝度」「赤-緑」「青-黄」「動き」の情報は利用できるが、「傾き」の情報は利用できなかった。同じ動物に等輝度色刺激を提示して刺激を検出できるかどうか検証したところ、赤-緑、青-黄どちらの刺激ともに偶然より高い成績で検出できることが判明した。この結果は盲視モデル動物で色情報の処理が出来るとするこれまでの報告<ref name=ref9></ref>と整合的だった。
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 盲視の被験者は視覚刺激に対してまったく意識経験がないわけではないらしい。たとえば有名な盲視被験者のGY氏は、視覚刺激の強度が高いときにはしばしば「何かある感じ」がすると報告する<ref name=ref8><pubmed> 9549486 </pubmed></ref>。しかしそれはいわゆる視覚経験とは違うらしい。たとえばGY氏はその感覚について「黒い影が黒い背景上を動いている感じ」と表現する(ただし、この表現はあくまで比喩であることを強調している)。Weiskrantzはこのような盲視をtype II 盲視と呼んで、このような意識経験を全く持たないtype I 盲視と区別している<ref name=ref4></ref>。
 盲視の被験者は視覚刺激に対してまったく意識経験がないわけではないらしい。たとえば有名な盲視被験者のGY氏は、視覚刺激の強度が高いときにはしばしば「何かある感じ」がすると報告する<ref name=ref8><pubmed> 9549486 </pubmed></ref>。しかしそれはいわゆる視覚経験とは違うらしい。たとえばGY氏はその感覚について「黒い影が黒い背景上を動いている感じ」と表現する(ただし、この表現はあくまで比喩であることを強調している)。Weiskrantzはこのような盲視をtype II 盲視と呼んで、このような意識経験を全く持たないtype I 盲視と区別している<ref name=ref4></ref>。


 いっぽうで[[Zeki]]はこのような感覚は視覚経験の一種であり、[[Riddoch症候群]]として捉えるべきであると主張している<ref name=ref8></ref>。[[Riddoch現象]]とは、V1を損傷した患者で、静止した物体はまったく見えないのに対して、動いているものに関しては感知できる現象のことを指す<ref>'''G. Riddoch'''<br>Dissociation of visual perceptions due to occipital injuries, with especial reference to appreciation of movement<br>''Brain'': 1917; 40: 15–57</ref>。
 いっぽうで[[wikipedia:Semir_Zeki|Zeki]]はこのような感覚は視覚経験の一種であり、[[Riddoch症候群]]として捉えるべきであると主張している<ref name=ref8></ref>。[[Riddoch現象]]とは、V1を損傷した患者で、静止した物体はまったく見えないのに対して、動いているものに関しては感知できる現象のことを指す<ref>'''G. Riddoch'''<br>Dissociation of visual perceptions due to occipital injuries, with especial reference to appreciation of movement<br>''Brain'': 1917; 40: 15–57</ref>。


== ほかの感覚でも盲視に対応したものはあるか? ==
== ほかの感覚でも盲視に対応したものはあるか? ==
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== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
*[[上丘]]
*[[上丘]]
*[[V1]]
*[[一次視覚野]]
*[[気づき]]
*[[気づき]]


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==


<references />  
<references />
 
 
(執筆者:吉田正俊 担当編集委員:伊佐正)