「記憶固定化」の版間の差分

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== 鮮烈な体験による些細な出来事の記憶の固定化:シナプスタグ・行動タグ ==
== 鮮烈な体験による些細な出来事の記憶の固定化:シナプスタグ・行動タグ ==
 記憶は、固定化の間に損なわれたり強化されたりする可能性があるが、この不安定な状態の存在は、記憶を新しい経験と統合する方法として進化させてきた可能性を示唆している<ref><pubmed>10634773</pubmed></ref> 。
 記憶は、固定化の間に損なわれたり強化されたりする可能性があるが、この不安定な状態の存在は、記憶を新しい経験と統合する方法として進化させてきた可能性を示唆している<ref name=ref3 /> 。


 些細な出来事と鮮烈な出来事が短い間隔で生じた場合、本来忘却される些細な経験(短期記憶)が長期記憶へと固定化されることがある<ref><pubmed>23840541</pubmed></ref><ref><pubmed>9020352</pubmed></ref><ref><pubmed>25607357</pubmed></ref> 。これは「[[行動タグ]]」と呼ばれ、動物に備わる記憶固定化の変法である。行動タグは「[[シナプスタグ]]」機構を行動レベルで模倣する現象として発見された。
 些細な出来事と鮮烈な出来事が短い間隔で生じた場合、本来忘却される些細な経験(短期記憶)が長期記憶へと固定化されることがある<ref name=ref36><pubmed>23840541</pubmed></ref><ref name=ref37><pubmed>9020352</pubmed></ref><ref name=ref38><pubmed>25607357</pubmed></ref> 。これは「[[行動タグ]]」と呼ばれ、動物に備わる記憶固定化の変法である。行動タグは「[[シナプスタグ]]」機構を行動レベルで模倣する現象として発見された。
=== シナプスタグ ===
=== シナプスタグ ===
[[ファイル:Ohkawa Fig3.png|サムネイル|'''図3: シナプスタグ現象の説明'''<br>急性海馬スライスを用いた2経路実験の概要とシナプスタグの説明。CA1の独立した2つのシェーファー側枝(経路1および経路2)を刺激した場合、両者の入力は「異なる神経細胞の異なるシナプス」を刺激する場合もあれば、「同一の神経細胞の異なるシナプス」を刺激する場合もある。同一神経細胞の異なるシナプスに短い時間間隔でE-LTPとL-LTPがそれぞれ誘導された場合、E-LTPがL-LTPへと変換(固定化)される。]]
[[ファイル:Ohkawa Fig3.png|サムネイル|'''図3: シナプスタグ現象の説明'''<br>急性海馬スライスを用いた2経路実験の概要とシナプスタグの説明。CA1の独立した2つのシェーファー側枝(経路1および経路2)を刺激した場合、両者の入力は「異なる神経細胞の異なるシナプス」を刺激する場合もあれば、「同一の神経細胞の異なるシナプス」を刺激する場合もある。同一神経細胞の異なるシナプスに短い時間間隔でE-LTPとL-LTPがそれぞれ誘導された場合、E-LTPがL-LTPへと変換(固定化)される。]]
 1997年、Freyと[[w:Richard G. Morris|Morris]]は[[急性海馬スライス]]を用いて、[[CA1]]の独立した2つの[[Schaffer側枝]]を刺激する[[2経路実験]](two-pathway protocol)によって、独立した2つの入力が同じ神経細胞の異なるシナプスに収束した場合の各経路に誘導されたLTPに対する効果を検討した<ref><pubmed>9020352</pubmed></ref> 。
 1997年、Freyと[[w:Richard G. Morris|Morris]]は[[急性海馬スライス]]を用いて、[[CA1]]の独立した2つの[[Schaffer側枝]]を刺激する[[2経路実験]](two-pathway protocol)によって、独立した2つの入力が同じ神経細胞の異なるシナプスに収束した場合の各経路に誘導されたLTPに対する効果を検討した <ref name=ref37 /><ref name=ref39><pubmed> 9020359 </pubmed></ref> 。


 彼らは、弱いテタヌス刺激によって誘導され数時間で減退する[[early-phase LTP]] ([[E-LTP]])は、異なる経路から同じ神経細胞集団に短い時間間隔(1時間以内)で[[late-phase LTP]] ([[L-LTP]])を誘導する強い入力が入ることで、新規タンパク質合成依存的に数時間から一日以上持続するL-LTPに固定化されることを示した。この結果から、弱いテタヌス刺激によって、タグがセッティングされたシナプスは、時間限定的かつ新規タンパク質合成依存的な神経可塑性関連遺伝子群(plasticity-related proteins; PRPs)のリクルート(ハイジャック)を経て安定化するという「シナプスタグ仮説」が提唱された('''図3''')。シナプスタグ機構は、L-LTPの入力特異性を保証すると共に、記憶を正確に脳内に保存する仕組みであると考えられる<ref><pubmed>19443779</pubmed></ref> 。
 彼らは、弱いテタヌス刺激によって誘導され数時間で減退する[[early-phase LTP]] ([[E-LTP]])は、異なる経路から同じ神経細胞集団に短い時間間隔(1時間以内)で[[late-phase LTP]] ([[L-LTP]])を誘導する強い入力が入ることで、新規タンパク質合成依存的に数時間から一日以上持続するL-LTPに固定化されることを示した。この結果から、弱いテタヌス刺激によって、タグがセッティングされたシナプスは、時間限定的かつ新規タンパク質合成依存的な神経可塑性関連遺伝子群(plasticity-related proteins; PRPs)のリクルート(ハイジャック)を経て安定化するという「シナプスタグ仮説」が提唱された('''図3''')。シナプスタグ機構は、L-LTPの入力特異性を保証すると共に、記憶を正確に脳内に保存する仕組みであると考えられる<ref name=ref40><pubmed>19443779</pubmed></ref> <ref name=ref41><pubmed>'''Okada D, Inokuchi K'''<br>Activity-Dependent Protein Transport as a Synaptic Tag.<br>In ''Synaptic Tagging and Capture From Synapses to Behavior''
Edited by Sajikumar, Sreedharan: Springer; 2015:79-98.</pubmed></ref>。


=== 行動タグ ===
=== 行動タグ ===
 2007年、Violaのグループは、ラットを用いてシナプスタグ機構を行動レベルで模倣する現象の存在を探索し、短期記憶のみが形成される学習と新規環境提示が短い時間間隔で生じた場合、短期記憶が長期記憶へと新規タンパク質合成依存的に固定化されることを示した。
 2007年、Violaのグループは、ラットを用いてシナプスタグ機構を行動レベルで模倣する現象の存在を探索し、短期記憶のみが形成される学習と新規環境提示が短い時間間隔で生じた場合、短期記憶が長期記憶へと新規タンパク質合成依存的に固定化されることを示した<ref name=ref42><pubmed>19706547</pubmed></ref>。


 この結果は、行動レベルでシナプスタグ仮説を模倣する「行動タグ」の存在と新奇環境提示が記憶痕跡を安定化するための神経可塑性関連遺伝子群を提供すること示唆している。
 この結果は、行動レベルでシナプスタグ仮説を模倣する「行動タグ」の存在と新奇環境提示が記憶痕跡を安定化するための神経可塑性関連遺伝子群を提供すること示唆している。


 さらに、行動タグは新規環境提示との組み合わせにより、抑制性回避学習課題の他にも海馬依存性課題である恐怖条件付け文脈記憶課題、[[新奇物体認知記憶課題]]、[[新奇物体位置課題]]においても観察されている<ref><pubmed>19706547</pubmed></ref><ref><pubmed>24429424</pubmed></ref><ref><pubmed>20962282</pubmed></ref><ref><pubmed>27477539</pubmed></ref> 。
 さらに、行動タグは新規環境提示との組み合わせにより、抑制性回避学習課題の他にも海馬依存性課題である恐怖条件付け文脈記憶課題、[[新奇物体認知記憶課題]]、[[新奇物体位置課題]]においても観察されている<ref name=ref42 /><ref name=ref43><pubmed>24429424</pubmed></ref><ref name=ref44><pubmed>20962282</pubmed></ref><ref name=ref45><pubmed>27477539</pubmed></ref> 。


 また、行動タグはヒトにおいても観察されている<ref><pubmed>23840541</pubmed></ref><ref><pubmed>25607357</pubmed></ref> 。
 また、行動タグはヒトにおいても観察されている<ref name=ref36 /><ref name=ref38 />。


 異なる脳領域に依存する学習課題同士の間では行動タグは成立しない<ref><pubmed>19706547</pubmed></ref> 。さらに、海馬依存的な二つの学習課題同士の間で行動タグが成立する場合、記憶痕跡細胞の重複が重要である<ref><pubmed>27477539</pubmed></ref> 。すなわち、同一の神経細胞が些細な経験と新規環境の両方の記憶痕跡を担っている必要があり、このことは行動タグがシナプスタグ機構を用いていることを示唆している。
 異なる脳領域に依存する学習課題同士の間では行動タグは成立しない<ref name=ref42 /> 。さらに、海馬依存的な二つの学習課題同士の間で行動タグが成立する場合、記憶痕跡細胞の重複が重要である<ref name=ref45 />。すなわち、同一の神経細胞が些細な経験と新規環境の両方の記憶痕跡を担っている必要があり、このことは行動タグがシナプスタグ機構を用いていることを示唆している。


==関連項目==
==関連項目==