「記憶固定化」の版間の差分

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== 短期記憶から長期記憶へ ==
== 短期記憶から長期記憶へ ==
[[ファイル:Ohkawa Fig1.png|350px|サムネイル|'''図1:長期記憶の形成過程'''<br>記憶は、学習時に一部の細胞が活性化し、細胞内の分子機構のスイッチがオンになることで遺伝子発現やタンパク質合成を誘導することで短期記憶から長期記憶へと質を変える(固定化)。長期記憶は、想起にともない不安定化と再固定化を経ることで強化されると考えられている。また、長期間のCS暴露は、恐怖記憶の減弱化を誘導する(消去学習)。]]
[[ファイル:Ohkawa Fig2.png|250px|サムネイル|'''図2:記憶の固定化'''<br>文脈性恐怖条件付けでは、電線グリッドのある箱に入れられた状況や箱という空間を含む情報(文脈)がCS、電気ショックがUSとして使用され、これらが連合し恐怖記憶を形成する[46]。条件付けされたマウスやラットは、条件付け後に再度CSに曝されると再度電気ショックが来ることを恐れ身動きしなくなる“フリージング反応(すくみ行動)”を示す。このフリージングの割合を定量化したものが記憶の評価の指標として使用されている。トレーニング時のタンパク質合成阻害剤の投与は、動物のトレーニング1時間後までの短期記憶には影響を与えないが、24時間後の長期記憶形成を阻害する。これは、記憶の固定化にタンパク質合成が必要であることを示している(<ref name=ref4 />抜粋改変)。]]
 [[記憶]]は、その保持される時間によって2つの形態に分けることができる。学習成立後から数時間ほど続く[[短期記憶]]と、1日から場合によっては生涯保持される[[長期記憶]]である。
 [[記憶]]は、その保持される時間によって2つの形態に分けることができる。学習成立後から数時間ほど続く[[短期記憶]]と、1日から場合によっては生涯保持される[[長期記憶]]である。


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=== 長期増強(LTP)の誘導 ===
=== 長期増強(LTP)の誘導 ===
[[ファイル:Ohkawa Fig3.png|350px|サムネイル|'''図3: シナプスタグ現象の説明'''<br>急性海馬スライスを用いた2経路実験の概要とシナプスタグの説明。CA1の独立した2つのシェーファー側枝(経路1および経路2)を刺激した場合、両者の入力は「異なる神経細胞の異なるシナプス」を刺激する場合もあれば、「同一の神経細胞の異なるシナプス」を刺激する場合もある。同一神経細胞の異なるシナプスに短い時間間隔でE-LTPとL-LTPがそれぞれ誘導された場合、E-LTPがL-LTPへと変換(固定化)される。]]
 神経細胞間の伝達を行う[[シナプス]]の構造や機能が変化することで特定神経回路で長期増強が誘導され、長期記憶の回路ができると考えられる('''図3''')。
 神経細胞間の伝達を行う[[シナプス]]の構造や機能が変化することで特定神経回路で長期増強が誘導され、長期記憶の回路ができると考えられる('''図3''')。


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== 記憶の固定化・再固定化・強化 ==
== 記憶の固定化・再固定化・強化 ==
[[ファイル:Ohkawa Fig1.png|サムネイル|'''図1:長期記憶の形成過程'''<br>記憶は、学習時に一部の細胞が活性化し、細胞内の分子機構のスイッチがオンになることで遺伝子発現やタンパク質合成を誘導することで短期記憶から長期記憶へと質を変える(固定化)。長期記憶は、想起にともない不安定化と再固定化を経ることで強化されると考えられている。また、長期間のCS暴露は、恐怖記憶の減弱化を誘導する(消去学習)。]]
 2000年にNaderらによって、固定化された記憶を想起した際に、脳にタンパク質合成阻害剤を注入すると記憶が壊れて消えることが報告され<ref name=ref25><pubmed>10963596</pubmed></ref> 、固定化された記憶は思い出すと(想起すると)、一旦不安定になり、その後再びタンパク質合成依存的な「[[再固定化]]」という過程を通して再度安定的に脳内に定着するという概念が提唱された('''図1''')。
 2000年にNaderらによって、固定化された記憶を想起した際に、脳にタンパク質合成阻害剤を注入すると記憶が壊れて消えることが報告され<ref name=ref25><pubmed>10963596</pubmed></ref> 、固定化された記憶は思い出すと(想起すると)、一旦不安定になり、その後再びタンパク質合成依存的な「[[再固定化]]」という過程を通して再度安定的に脳内に定着するという概念が提唱された('''図1''')。


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 些細な出来事と鮮烈な出来事が短い間隔で生じた場合、本来忘却される些細な経験(短期記憶)が長期記憶へと固定化されることがある<ref name=ref36><pubmed>23840541</pubmed></ref><ref name=ref37><pubmed>9020352</pubmed></ref><ref name=ref38><pubmed>25607357</pubmed></ref> 。これは「[[行動タグ]]」と呼ばれ、動物に備わる記憶固定化の変法である。行動タグは「[[シナプスタグ]]」機構を行動レベルで模倣する現象として発見された。
 些細な出来事と鮮烈な出来事が短い間隔で生じた場合、本来忘却される些細な経験(短期記憶)が長期記憶へと固定化されることがある<ref name=ref36><pubmed>23840541</pubmed></ref><ref name=ref37><pubmed>9020352</pubmed></ref><ref name=ref38><pubmed>25607357</pubmed></ref> 。これは「[[行動タグ]]」と呼ばれ、動物に備わる記憶固定化の変法である。行動タグは「[[シナプスタグ]]」機構を行動レベルで模倣する現象として発見された。
=== シナプスタグ ===
=== シナプスタグ ===
[[ファイル:Ohkawa Fig3.png|サムネイル|'''図3: シナプスタグ現象の説明'''<br>急性海馬スライスを用いた2経路実験の概要とシナプスタグの説明。CA1の独立した2つのシェーファー側枝(経路1および経路2)を刺激した場合、両者の入力は「異なる神経細胞の異なるシナプス」を刺激する場合もあれば、「同一の神経細胞の異なるシナプス」を刺激する場合もある。同一神経細胞の異なるシナプスに短い時間間隔でE-LTPとL-LTPがそれぞれ誘導された場合、E-LTPがL-LTPへと変換(固定化)される。]]
 
 1997年、Freyと[[w:Richard G. Morris|Morris]]は[[急性海馬スライス]]を用いて、[[CA1]]の独立した2つの[[Schaffer側枝]]を刺激する[[2経路実験]](two-pathway protocol)によって、独立した2つの入力が同じ神経細胞の異なるシナプスに収束した場合の各経路に誘導されたLTPに対する効果を検討した <ref name=ref37 /><ref name=ref39><pubmed> 9020359 </pubmed></ref> 。
 1997年、Freyと[[w:Richard G. Morris|Morris]]は[[急性海馬スライス]]を用いて、[[CA1]]の独立した2つの[[Schaffer側枝]]を刺激する[[2経路実験]](two-pathway protocol)によって、独立した2つの入力が同じ神経細胞の異なるシナプスに収束した場合の各経路に誘導されたLTPに対する効果を検討した <ref name=ref37 /><ref name=ref39><pubmed> 9020359 </pubmed></ref> 。


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==参考文献==
==参考文献==
<references />
<references />
[[ファイル:Ohkawa Fig2.png|サムネイル|'''図2:記憶の固定化'''<br>文脈性恐怖条件付けでは、電線グリッドのある箱に入れられた状況や箱という空間を含む情報(文脈)がCS、電気ショックがUSとして使用され、これらが連合し恐怖記憶を形成する[46]。条件付けされたマウスやラットは、条件付け後に再度CSに曝されると再度電気ショックが来ることを恐れ身動きしなくなる“フリージング反応(すくみ行動)”を示す。このフリージングの割合を定量化したものが記憶の評価の指標として使用されている。トレーニング時のタンパク質合成阻害剤の投与は、動物のトレーニング1時間後までの短期記憶には影響を与えないが、24時間後の長期記憶形成を阻害する。これは、記憶の固定化にタンパク質合成が必要であることを示している(Cell 88: 615-626, 1997より抜粋改変)[4]。]]