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Tomokouekita (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0102345 上北 朋子]</font><br> | <font size="+1">[http://researchmap.jp/read0102345 上北 朋子]</font><br> | ||
''京都橘大学 健康科学部心理学科''<br> | ''京都橘大学 健康科学部心理学科''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2017年2月1日 原稿完成日:2018年1月2日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tsuyoshimiyakawa 宮川 剛](藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学)<br> | |||
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{{box|text= 空間記憶は、目的のものを探す、目的地へ向かう、家に戻るなど、我々の日常生活の至る場面で駆動する記憶である。実験動物として用いられるラットやマウスは優れた空間記憶をもつことから、動物実験において空間記憶は頻繁に取り上げられ、その神経基盤が明らかになってきた。医学、電気生理学、心理学、薬理学など様々なアプローチから、海馬が空間記憶の中枢であるという仮説が実証された。近年の神経科学的手法の進歩により、空間記憶の分類や記憶過程に対応した海馬内領域の機能分化を示す実験的証拠が得られている。}} | {{box|text= 空間記憶は、目的のものを探す、目的地へ向かう、家に戻るなど、我々の日常生活の至る場面で駆動する記憶である。実験動物として用いられるラットやマウスは優れた空間記憶をもつことから、動物実験において空間記憶は頻繁に取り上げられ、その神経基盤が明らかになってきた。医学、電気生理学、心理学、薬理学など様々なアプローチから、海馬が空間記憶の中枢であるという仮説が実証された。近年の神経科学的手法の進歩により、空間記憶の分類や記憶過程に対応した海馬内領域の機能分化を示す実験的証拠が得られている。}} | ||
==空間記憶とは== | ==空間記憶とは== | ||
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海馬内では、嗅内皮質から貫通線維を介して[[歯状回]]に至るシナプス、歯状回から[[苔状線維]]を介して[[CA3野]]に至るシナプス、CA3から[[シャッファー側枝]]を介してCA1野に至るシナプス、さらにそこから嗅内皮質に戻るシナプスが閉回路を形成している。これに加えて、CA3野には、側枝を出して再びCA3野に戻る[[反回性経路]]が存在する。苔状線維からCA3に至る経路のシナプスで生じる長期増強はNMDA型グルタミン酸受容体を必要としないが、反回性経路からCA3に戻る経路のシナプスでの長期増強はNMDA型グルタミン酸受容体を必要とすることが分かっている。 | 海馬内では、嗅内皮質から貫通線維を介して[[歯状回]]に至るシナプス、歯状回から[[苔状線維]]を介して[[CA3野]]に至るシナプス、CA3から[[シャッファー側枝]]を介してCA1野に至るシナプス、さらにそこから嗅内皮質に戻るシナプスが閉回路を形成している。これに加えて、CA3野には、側枝を出して再びCA3野に戻る[[反回性経路]]が存在する。苔状線維からCA3に至る経路のシナプスで生じる長期増強はNMDA型グルタミン酸受容体を必要としないが、反回性経路からCA3に戻る経路のシナプスでの長期増強はNMDA型グルタミン酸受容体を必要とすることが分かっている。 | ||
海馬内の機能分化は、David Marr | 海馬内の機能分化は、David Marr<ref name=marr><pubmed> 4399412 </pubmed></ref>が提唱した[[パターン完成]]と[[パターン分離]]の理論に基づいて検討されてきた。パターン完成とは、一部の手掛りから全体を想起する能力であり、パターン分離は環境の違いを弁別する能力である。 | ||
Nakazawaらは、CA3限定的にNMDA型グルタミン酸受容体が発現しない[[ノックアウトマウス]]に[[水迷路]]訓練し、訓練後のプローブテストにおいて、迷路を取り囲む環境刺激の数を変化させた<ref name=nakazawa />。その結果、CA3ノックアウトマウスでは刺激の数が少なるにつれて、記憶したプラットホーム位置の想起が難しくなった。この動物では、目印の少ない環境での場所細胞の発火に欠陥が見られた。これらの結果について、Nakazawaらは、CA3野のNMDA型グルタミン酸受容体は一部の手掛りから全体を想起する「[[パターン完成能力]]」に関与すると結論付けた。これに対して、歯状回の顆粒細胞はパターン分離能力が高い可能性が指摘されている。歯状回の場所細胞は、環境に応じて敏感に発火パターンを変化させること<ref><pubmed>17303747</pubmed></ref>や、歯状回のNMDA型グルタミン酸受容体が発現しないノックアウトマウスでは、空間の違いを弁別させる文脈恐怖条件付けの成績が悪いこと <ref><pubmed>17556551</pubmed></ref> が根拠である。 | Nakazawaらは、CA3限定的にNMDA型グルタミン酸受容体が発現しない[[ノックアウトマウス]]に[[水迷路]]訓練し、訓練後のプローブテストにおいて、迷路を取り囲む環境刺激の数を変化させた<ref name=nakazawa />。その結果、CA3ノックアウトマウスでは刺激の数が少なるにつれて、記憶したプラットホーム位置の想起が難しくなった。この動物では、目印の少ない環境での場所細胞の発火に欠陥が見られた。これらの結果について、Nakazawaらは、CA3野のNMDA型グルタミン酸受容体は一部の手掛りから全体を想起する「[[パターン完成能力]]」に関与すると結論付けた。これに対して、歯状回の顆粒細胞はパターン分離能力が高い可能性が指摘されている。歯状回の場所細胞は、環境に応じて敏感に発火パターンを変化させること<ref><pubmed>17303747</pubmed></ref>や、歯状回のNMDA型グルタミン酸受容体が発現しないノックアウトマウスでは、空間の違いを弁別させる文脈恐怖条件付けの成績が悪いこと <ref><pubmed>17556551</pubmed></ref> が根拠である。 | ||
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発達に伴い、空間の情報処理は質的に変化していく。 | 発達に伴い、空間の情報処理は質的に変化していく。 | ||
子どもの空間認知はランドマーク(目印)を検出し再認する段階、ランドマークをルートの係留点として使用する段階、いくつかのルートを使用して空間をまとまった形(俯瞰図)に統合することができる段階をたどる<ref><pubmed></pubmed> | 子どもの空間認知はランドマーク(目印)を検出し再認する段階、ランドマークをルートの係留点として使用する段階、いくつかのルートを使用して空間をまとまった形(俯瞰図)に統合することができる段階をたどる<ref><pubmed> 1101663 </pubmed></ref>。ランドマークを利用したターゲット探索は、目印とターゲットの空間関係を理解する必要があり、この空間情報処理はおよそ2歳頃に可能になる<ref><pubmed>6617310</pubmed></ref>。空間をまとまった形に統合する空間表象の獲得にはさらに時間を要する。空間表象の形成には他者中心的枠組みにルートを統合する必要があるが、これが可能になるのは9歳頃である<ref>'''Golledge, R., Gale, N., Pellegrino, J., and Doherty, S.''' <br>Spatial knowledge acquisition by children: Route learning and relational distances<br>''Annals of the Association of American Geographers'' 82, 223-244. 1992 [https://www.jstor.org/stable/2563895?seq=1#page_scan_tab_contents JSTOR]</ref>。 | ||
この見解は、子どもの空間知覚についてのPiagetの指摘と一致する。Piagetは、3つの大きさが異なる山の模型を提示し、子ども自身とは異なる場所に置かれた人形が山をどのように見るかを判断させる「3つの山課題」を実施し、6歳から8歳の子どもは、人形から見える山の景色と自身の見えを同じであると回答する傾向があることを報告した。このように、8歳以下の子どもの空間認知は自身の見え方にしばられる傾向がある<ref name=ref02>'''Dudchenko, P. A.'''<br>Why People Get Lost: The Psychology and Neuroscience of Spatial Cognition.<br>New York: Oxford University Press; 2010.</ref>。 | この見解は、子どもの空間知覚についてのPiagetの指摘と一致する。Piagetは、3つの大きさが異なる山の模型を提示し、子ども自身とは異なる場所に置かれた人形が山をどのように見るかを判断させる「3つの山課題」を実施し、6歳から8歳の子どもは、人形から見える山の景色と自身の見えを同じであると回答する傾向があることを報告した。このように、8歳以下の子どもの空間認知は自身の見え方にしばられる傾向がある<ref name=ref02>'''Dudchenko, P. A.'''<br>Why People Get Lost: The Psychology and Neuroscience of Spatial Cognition.<br>New York: Oxford University Press; 2010.</ref>。 |