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<font size="+1">山形方人</font><[[br]]>
<font size="+1">山形方人</font><br>
''Harvard University''<br>
''Harvard University''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2018年x月x日 原稿完成日:2018年x月x日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2018年8月13日 原稿完成日:2018年8月26日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/]( xx大学)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](京都大学大学院医学研究科)<br>
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英:nanobody 独:Nanobody, Nanoantikörper 仏:nanobody 中:纳米抗体 西:nanoanticuerpo
英:nanobody 独:Nanobody, Nanoantikörper 仏:nanobody 中:纳米抗体 西:nanoanticuerpo
{{box|text=
{{box|text=
 最も一般的な免疫グロブリンIgGは重鎖と軽鎖からなっているが、ラクダ科や軟骨魚は重鎖のみでできた免疫グロブリンも持っている。この重鎖抗体は可変領域のみで抗原と結合でき、この小さな単一ドメインはナノボディ(またはVHH)と呼ばれる。ナノボディは、それぞれアミノ酸配列が厳密に定義され、通常の抗体と同じように、免疫沈降法などの生化学的解析や免疫組織化学などに利用できる。また、細胞内でも抗原と結合できる細胞内抗体などとして機能的に発現させることで、神経細胞を含めたさまざまな細胞生物学的分析に利用可能である。診断や抗体医薬への応用も期待される。}}
 最も一般的な免疫グロブリンIgGは重鎖と軽鎖からなっているが、ラクダ科や軟骨魚は重鎖のみでできた免疫グロブリンも持っている。この重鎖抗体は可変領域のみで抗原と結合でき、この小さな単一ドメインはナノボディ(またはVHH)と呼ばれる。ナノボディは、それぞれアミノ酸配列が厳密に定義され、通常の抗体と同じように、免疫沈降法などの生化学的解析や免疫組織化学などに利用できる。また、細胞内でも抗原と結合できる細胞内抗体などとして機能的に発現させることで、神経細胞を含めたさまざまな細胞生物学的分析に利用可能である。診断や抗体医薬への応用も期待される。}}


==単鎖抗体、重鎖抗体 、ナノボディ==
==単鎖抗体、重鎖抗体 、ナノボディ==
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 最も一般的な抗体分子(免疫グロブリンG, IgG)は、別々の[[wj:可変領域|可変領域]](Variable region)ドメインを持った重鎖と軽鎖からなるヘテロダイマーが1つの抗原を認識し、重鎖の[[wj:定常領域|定常領域]](Constant region)ドメインを介した[[ジスルフィド結合]]で、もう一つの同じ重鎖と軽鎖 のヘテロダイマーと一緒になって、分子量150kDaほどのY字型のヘテロテトラマーとなっている。
 最も一般的な抗体分子(免疫グロブリンG, IgG)は、別々の[[wj:可変領域|可変領域]](Variable region)ドメインを持った重鎖と軽鎖からなるヘテロダイマーが1つの抗原を認識し、重鎖の[[wj:定常領域|定常領域]](Constant region)ドメインを介した[[ジスルフィド結合]]で、もう一つの同じ重鎖と軽鎖 のヘテロダイマーと一緒になって、分子量150kDaほどのY字型のヘテロテトラマーとなっている。


 また目的に応じて、抗原との結合能を維持した小型抗体分子、例えばFab(1つの軽鎖および半分の重鎖)のようなプロテアーゼ切断断片や、重鎖と軽鎖の可変領域ドメインを[[wj:組換えDNA技術|組換えDNA技術]]で人工的に接続することで一本鎖の可変断片とした[[wj:単鎖抗体|単鎖抗体]] (single chain antibody, single chain variable fragment, scFV)がしばしば利用されてきた<ref><pubmed>8114766</pubmed></ref> <ref><pubmed>23908655 </pubmed> </ref>。   
 また目的に応じて、抗原との結合能を維持した小型抗体分子、例えばFab(1つの軽鎖および半分の重鎖)のようなプロテアーゼ切断断片や、重鎖と軽鎖の可変領域ドメインを[[wj:組換えDNA技術|組換えDNA技術]]で人工的に接続することで一本鎖の可変断片とした[[wj:単鎖抗体|単鎖抗体]] (single chain antibody, single chain variable fragment, scFV)がしばしば利用されてきた<ref><pubmed>8114766</pubmed></ref> <ref><pubmed>23908655 </pubmed></ref>。   


 一方、1993年、[[wj:ヒトコブラクダ|ヒトコブラクダ]](''Camelus dromedarius'')は、 例外的に軽鎖がない重鎖のみでできた特殊な抗体('''重鎖抗体''' Heavy chain antibodies )も持っていることが、Hamers-Castermanらによって報告された<ref><pubmed>8502296</pubmed></ref><ref name=Muyldermans2013><pubmed>23495938</pubmed></ref>。 これは、現存するラクダ科の動物(ヒトコブラクダ、[[wj:フタコブラクダ|フタコブラクダ]](''Camelus bactorianus''または''ferus'')、[[wj:リャマ|リャマ]](''Lama glama'')/[[wj:グアナコ|グアナコ]](''Lama guanicoe'')、[[wj:アルパカ|アルパカ]](''Vicugna pacos'')/[[wj:ビクーニャ|ビクーニャ]](''Vicugna vicugna''))に共通して見られる抗体である。その後、[[wj:軟骨魚綱|軟骨魚類]]([[wj:サメ|サメ]]、[[wj:ギンザメ|ギンザメ]]など)でも類似した重鎖抗体の存在が確認された<ref><pubmed>7877689</pubmed></ref><ref><pubmed>19997068</pubmed></ref>。
 一方、1993年、[[wj:ヒトコブラクダ|ヒトコブラクダ]](''Camelus dromedarius'')は、 例外的に軽鎖がない重鎖のみでできた特殊な抗体('''重鎖抗体''' Heavy chain antibodies )も持っていることが、Hamers-Castermanらによって報告された<ref><pubmed>8502296</pubmed></ref><ref name=Muyldermans2013><pubmed>23495938</pubmed></ref>。 これは、現存するラクダ科の動物(ヒトコブラクダ、[[wj:フタコブラクダ|フタコブラクダ]](''Camelus bactorianus''または''ferus'')、[[wj:リャマ|リャマ]](''Lama glama'')/[[wj:グアナコ|グアナコ]](''Lama guanicoe'')、[[wj:アルパカ|アルパカ]](''Vicugna pacos'')/[[wj:ビクーニャ|ビクーニャ]](''Vicugna vicugna''))に共通して見られる抗体である。その後、[[wj:軟骨魚綱|軟骨魚類]]([[wj:サメ|サメ]]、[[wj:ギンザメ|ギンザメ]]など)でも類似した重鎖抗体の存在が確認された<ref><pubmed>7877689</pubmed></ref><ref><pubmed>19997068</pubmed></ref>。
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 将来的には人工知能などを使ったナノボディのデザインなども可能になるのかもしれない<ref><pubmed>29672675</pubmed></ref><ref><pubmed>28953867</pubmed></ref>。
 将来的には人工知能などを使ったナノボディのデザインなども可能になるのかもしれない<ref><pubmed>29672675</pubmed></ref><ref><pubmed>28953867</pubmed></ref>。
 通常、ナノボディは、目的別に発現ベクターにクローニングした後、哺乳類細胞だけなく、[[wj:細菌|細菌]]、[[wj:酵母|酵母]]、[[wj:植物|植物]]でも産生させることができる。哺乳類細胞では、抗体が本来機能する細胞外だけでなく、細胞内部でも発現させることが可能である([[ナノボディ#イントラボディ、クロモボディ|イントラボディ]])。ただし、ナノボディの配列はそれぞれ異なり、[[wj:ジスルフィド結合|ジスルフィド結合]]の生成が抗原との結合力あるコンフォメーションを取るために必要な場合、細胞外とは還元環境の異なる細胞内や細菌などでは活性のあるものが産生できないものもある。ナノボディの中には90℃という高温でも失活しないものもあるように<ref><pubmed>10209277</pubmed></ref><ref><pubmed>24739391</pubmed></ref>、一般に安定性は高いが、これも各ナノボディのアミノ酸配列から生じる特性による。


===既知ナノボディ===
===既知ナノボディ===
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 1つのナノボディは、120アミノ酸(cDNAとして360bp)ほどなので、クローニングなどに利用するための配列を付加しても500bp未満の長さに収めることができる。したがって、利用したい特定ナノボディのアミノ酸配列がわかっていれば、いくつかの民間会社が提供している長鎖DNAを化学合成するサービスなどを利用することで短期間のうちにcDNA配列が入手可能である。
 1つのナノボディは、120アミノ酸(cDNAとして360bp)ほどなので、クローニングなどに利用するための配列を付加しても500bp未満の長さに収めることができる。したがって、利用したい特定ナノボディのアミノ酸配列がわかっていれば、いくつかの民間会社が提供している長鎖DNAを化学合成するサービスなどを利用することで短期間のうちにcDNA配列が入手可能である。


 通常、ナノボディは、目的別に発現ベクターにクローニングした後、哺乳類細胞だけなく、[[wj:細菌|細菌]]、[[wj:酵母|酵母]]、[[wj:植物|植物]]でも産生させることができる。哺乳類細胞では、抗体が本来機能する細胞外だけでなく、細胞内部でも発現させることが可能である([[wj:イントラボディ|イントラボディ]]、下記参考)。ただし、ナノボディの配列はそれぞれ異なり、[[wj:ジスルフィド結合|ジスルフィド結合]]の生成が抗原との結合力あるコンフォメーションを取るために必要な場合、細胞外とは還元環境の異なる細胞内や細菌などでは活性のあるものが産生できないものもある。ナノボディの中には90℃という高温でも失活しないものもあるように<ref><pubmed>10209277</pubmed></ref><ref><pubmed>24739391</pubmed></ref>、一般に安定性は高いが、これも各ナノボディのアミノ酸配列から生じる特性による。<u>(編集部コメント:この段落はむしろ応用の方に移してはと思います)</u>
===修飾===
 
 ナノボディだけでは 通常の抗体と違い定常領域を欠いているため、何らかの修飾が必要である。このことはナノボディが抗体のように簡便に利用できないという不便さになっているが、修飾を実験に合わせて自在に工夫できるという利点にもなっている。また、余分な構造を持たないので、バックグラウンドを低下させ、感度や精度の高い解析が可能になるという長所もある。
==利用法==
[[ファイル:nanobody4.jpg ‎|サムネイル|800px|'''図4.ナノボディの利用法''']]
 基本的には通常の「抗体」のように生化学的解析([[ウェスタンブロッティング]]、[[免疫沈降法]]、[[ELISA]]など)、[[免疫組織化学]]([[組織染色]]、[[蛍光抗体法]]など)、細胞分離技術([[wj:FACS|FACS]]など)に利用できる(図4)。


 しかし、ナノボディだけでは 通常の抗体と違い定常領域を欠いているため、何らかの修飾が必要である。このことはナノボディが抗体のように簡便に利用できないという不便さになっているが、修飾を実験に合わせて自在に工夫できるという利点にもなっている。また、余分な構造を持たないので、バックグラウンドを低下させ、感度や精度の高い解析が可能になるという長所もある。
====化学的カップリング====
 
===化学的カップリング===
 免疫組織化学に最もよく用いられているのは、ナノボディをタンパク質として精製後、色素分子などを化学的にカップリングするという方法である。このような試薬は既製のナノボディ試薬として市販もされている(例、ChromoTek社<ref>https://www.chromotek.com/</ref> )。最近、1次抗体を認識する「2次抗体」の活性を持つナノボディが報告されている<ref><pubmed>29263082</pubmed></ref> 。ナノボディの多くは、大腸菌で活性あるものを大量産生、精製することができるので、一度、配列がわかれば、動物を使用する必要がなくなる。
 免疫組織化学に最もよく用いられているのは、ナノボディをタンパク質として精製後、色素分子などを化学的にカップリングするという方法である。このような試薬は既製のナノボディ試薬として市販もされている(例、ChromoTek社<ref>https://www.chromotek.com/</ref> )。最近、1次抗体を認識する「2次抗体」の活性を持つナノボディが報告されている<ref><pubmed>29263082</pubmed></ref> 。ナノボディの多くは、大腸菌で活性あるものを大量産生、精製することができるので、一度、配列がわかれば、動物を使用する必要がなくなる。


 また、化学的なカップリングなので、カップリングする分子を変化させ工夫することで、目的に合わせて様々な標識ナノボディ(薬剤を結合した[[wj:武装抗体|武装抗体]]など)を作製できる可能性がある<ref><pubmed>28883823 </pubmed></ref> 。しかし、カップリングによるアミノ酸残基を修飾する反応により抗原結合能を失うことも想定される。しかし、修飾するアミノ酸残基の位置を制御することは可能である<ref><pubmed>26633879</pubmed></ref> 。<u>編集部コメント:「しかし」がダブっています。<u/>
 また、化学的なカップリングなので、カップリングする分子を変化させ工夫することで、目的に合わせて様々な標識ナノボディ(薬剤を結合した[[wj:武装抗体|武装抗体]]など)を作製できる可能性がある<ref><pubmed>28883823 </pubmed></ref> 。しかし、カップリングによるアミノ酸残基を修飾する反応により抗原結合能を失うことも想定される。この問題については、修飾するアミノ酸残基の位置を制御することで解決は可能である<ref><pubmed>26633879</pubmed></ref> 。
 
====RANbody====
 ナノボディは小さく、通常の抗体では入り込めない箇所に結合することで、[[STORM]]や[[PALM]]などの[[高解像度顕微鏡]]においても、アーチファクトが減少し、有用なツールになると考えられている<ref><pubmed>23845946</pubmed></ref> 。
 
===RANbody===
 化学的カップリング反応は、しばしばナノボディの活性を消失させるが、実験的にも条件決定など必ずしも容易ではない。この問題を克服するために開発されたプラットフォームがRANbody(Receptor-and-Nanobody)である<ref name=yamagata2018><pubmed>29440485</pubmed></ref>。
 化学的カップリング反応は、しばしばナノボディの活性を消失させるが、実験的にも条件決定など必ずしも容易ではない。この問題を克服するために開発されたプラットフォームがRANbody(Receptor-and-Nanobody)である<ref name=yamagata2018><pubmed>29440485</pubmed></ref>。


 RANbodyは、ナノボディを酵素(改良型[[wj:西洋ワサビペルオキシダーゼ] HRP)、抗原性のあるニワトリ抗体IgY、多重エピトープタグなどと組み換えDNA技術により融合させたものである。プラスミドを293T細胞などの動物細胞に導入するだけで、培地中に放出されるので多くの生物医学系の実験室で利用できる。HRPは大腸菌の中では活性のある酵素として発現させることができない。その一つの解決策として、[[アスコルビン酸オキシダーゼ]] ([[APEX2]])との融合タンパク質を大腸菌で発現させて用いることができるが、APEX2はHRPに比べて活性が弱い<ref><pubmed>29915061</pubmed></ref><ref><pubmed>25419960</pubmed></ref> 。
 RANbodyは、1つのナノボディを酵素(改良型[[wj:西洋ワサビペルオキシダーゼ|西洋ワサビペルオキシダーゼ]] HRP)、抗原性のあるニワトリ抗体IgYのFc断片、あるいは多重エピトープタグなどのうち1つと、組み換えDNA技術により融合させることで、検出可能にしたものである。プラスミドを293T細胞などの動物細胞に導入するだけで、培地中に放出されるので多くの生物医学系の実験室で利用できる。HRPは大腸菌の中では活性のある酵素として発現させることができない。その一つの解決策として、[[アスコルビン酸オキシダーゼ]] ([[APEX2]])との融合タンパク質を大腸菌で発現させて用いることができるが、APEX2はHRPに比べて活性が弱い<ref><pubmed>29915061</pubmed></ref><ref><pubmed>25419960</pubmed></ref> 。


==利用法==
[[ファイル:nanobody4.jpg ‎|サムネイル|300px|'''図4.ナノボディの利用法''']]
 基本的には通常の「抗体」のように生化学的解析([[ウェスタンブロッティング]]、[[免疫沈降法]]、[[ELISA]]など)、[[免疫組織化学]]([[組織染色]]、[[蛍光抗体法]]など)、細胞分離技術([[wj:FACS|FACS]]など)に利用できる(図4)。
===免疫沈降法===
===免疫沈降法===
 免疫沈降法(プルダウンPulldown)では、GFPナノボディなどを[[wj:アガロース|アガロース]]や[[wj:磁気ビーズ|磁気ビーズ]]などの担体にカップリングすることで得られた担体が市販されているので利用できる。また、多くのナノボディは大量に自家精製できるので、通常の抗体などの[[wj:アフィニティクロマトグラフィ|アフィニティクロマトグラフィ]]担体を作製するのと同じように利用可能である。例えば、[[wj:グルタチオンS-転移酵素|グルタチオンS-転移酵素]] (GST)などとの融合タンパク質は、グルタチン結合ゲルに容易に結合するので、免疫沈降法に有用である<ref><pubmed>18936248</pubmed></ref> <ref><pubmed>17951627</pubmed></ref> <ref><pubmed>25964651</pubmed></ref> 。
 免疫沈降法(プルダウン pulldown)では、GFPナノボディなどを[[wj:アガロース|アガロース]]や[[wj:磁気ビーズ|磁気ビーズ]]などの担体にカップリングすることで得られた担体が市販されているので利用できる。また、多くのナノボディは大量に自家精製できるので、通常の抗体などの[[wj:アフィニティクロマトグラフィ|アフィニティクロマトグラフィ]]担体を作製するのと同じように利用可能である。例えば、[[wj:グルタチオンS-転移酵素|グルタチオンS-転移酵素]] (GST)などとの融合タンパク質は、グルタチン結合ゲルに容易に結合するので、免疫沈降法に有用である<ref><pubmed>18936248</pubmed></ref> <ref><pubmed>17951627</pubmed></ref> <ref><pubmed>25964651</pubmed></ref> 。
 
=== 免疫組織化学 ===
 上述したように標識したナノボディを用いることで、細胞や組織の染色が可能である。ナノボディは小さく、通常の抗体では入り込めない箇所に結合することで、[[STORM]]や[[PALM]]などの[[高解像度顕微鏡]]においても、アーチファクトが減少し、有用なツールになると考えられている<ref><pubmed>23845946</pubmed></ref> 。


===イントラボディ、クロモボディ===
===イントラボディ、クロモボディ===
 ナノボディの特徴は、組み換えタンパク質として、細胞に強制発現させることで、細胞内で機能的に発現することができることである。この方法は、一般に[[イントラボディ]] (intrabody)(細胞内ボディ、細胞内抗体、細胞内発現抗体)と呼ばれる。
 ナノボディの特徴は、組み換えタンパク質として、細胞に強制発現させることで、細胞内で機能的に発現することができることである。この方法は、一般にイントラボディ (intrabody)(細胞内ボディ、細胞内抗体、細胞内発現抗体)と呼ばれる。


 クロモボディ (chromobody)は、ナノボディをGFPなどの蛍光タンパク質と結合することで、標的分子に結合し、標的分子の染色や追跡を可能にする方法である。例えば、アクチンに対するナノボディをGFPと融合させ、それを細胞内で発現させれば、アクチンがナノボディを介してGFPで標識される(アクチンーナノボディーGFP)。この融合させる蛍光タンパク質をSTORM, PALMなどの高解像度顕微鏡に利用できる分子種とすれば、高解像度のバイオイメージングも可能である<ref><pubmed>22543348</pubmed></ref><ref><pubmed>17060912</pubmed></ref><ref><pubmed>28883823</pubmed></ref>。   
 クロモボディ (chromobody)は、ナノボディを[[GFP]]などの[[蛍光タンパク質]]と結合することで、標的分子に結合し、標的分子の染色や追跡を可能にする方法である。例えば、[[アクチン]]に対するナノボディをGFPと融合させ、それを細胞内で発現させれば、アクチンがナノボディを介してGFPで標識される(アクチンーナノボディーGFP)。この融合させる蛍光タンパク質をSTORM, PALMなどの高解像度顕微鏡に利用できる分子種とすれば、高解像度のバイオイメージングも可能である<ref><pubmed>22543348</pubmed></ref><ref><pubmed>17060912</pubmed></ref><ref><pubmed>28883823</pubmed></ref>。   


 更に、特殊な構造を認識できるナノボディを利用すれば、分子の変化を追跡することが可能になる。例えば、活性型と非活性型の[[β2アドレナリン受容体]]の[[wj:コンフォメーション]] を識別できるナノボディ<ref><pubmed>23515162</pubmed></ref> を使って、同分子の特殊なコンフォメーションを細胞内で観察ができる。
 更に、特殊な構造を認識できるナノボディを利用すれば、分子の変化を追跡することが可能になる。例えば、活性型と非活性型の[[β2アドレナリン受容体]]の[[wj:コンフォメーション|コンフォメーション]] を識別できるナノボディ<ref><pubmed>23515162</pubmed></ref> を使って、同分子の特殊なコンフォメーションを細胞内で観察ができる。


 また、GFPナノボディのあるものは、GFPを2つに分割した断片と再構成したGFPを区別できる<ref name=yamagata2018/>。
 また、GFPナノボディのあるものは、GFPを2つに分割した断片と再構成したGFPを区別できる<ref name=yamagata2018/>。


 リン酸化、アセチル化などの[[wj:翻訳後修飾]](Post-translational modification, PTM) された抗原を認識するナノボディは、翻訳後修飾のセンサーとして利用される<ref><pubmed>23942372</pubmed></ref>。
 リン酸化、アセチル化などの[[wj:翻訳後修飾|翻訳後修飾]](post-translational modification) された抗原を認識するナノボディは、翻訳後修飾のセンサーとして利用される<ref><pubmed>23942372</pubmed></ref>。


====分子間相互作用など分子の機能理解への利用====
===分子間相互作用など===
 ナノボディは、[[分子間相互作用]](Protein-protein interaction, [[PPI]])の研究ツールとしても有用である<ref><pubmed>24115738</pubmed></ref><ref><pubmed>29949961</pubmed></ref>。このために、1つの効果的な使用法は、イントラボディとして発現させ、[[FRET]]、[[LRET]]といった分子間相互作用を検出するための方法と組み合わせたバイオイメージングである<ref><pubmed>28725224</pubmed></ref><ref><pubmed>27510808 </pubmed></ref><ref><pubmed>27249560 </pubmed></ref>。また、細胞外分子の分子間相互作用研究のツールとしても利用されている<ref><pubmed>27644106</pubmed></ref><ref><pubmed>30033369</pubmed></ref>。   
 ナノボディは、[[分子間相互作用]](Protein-protein interaction, [[PPI]])の研究ツールとしても有用である<ref><pubmed>24115738</pubmed></ref><ref><pubmed>29949961</pubmed></ref>。このために、1つの効果的な使用法は、イントラボディとして発現させ、[[FRET]]、[[LRET]]といった分子間相互作用を検出するための方法と組み合わせたバイオイメージングである<ref><pubmed>28725224</pubmed></ref><ref><pubmed>27510808 </pubmed></ref><ref><pubmed>27249560 </pubmed></ref>。また、細胞外分子の分子間相互作用研究のツールとしても利用されている<ref><pubmed>27644106</pubmed></ref><ref><pubmed>30033369</pubmed></ref>。   


 また、特定の分子間相互作用を阻害するナノボディを細胞内で発現させたりすることも可能である。このような方法は、分子機能の研究において、タンパク質の数を調整する[[RNAi]]や[[ゲノム編集]]による変異法とは違ったアプローチである<ref><pubmed>28913971</pubmed></ref> 。
 また、特定の分子間相互作用を阻害するナノボディを細胞内で発現させたりすることも可能である。このような方法は、分子機能の研究において、タンパク質の数を調整する[[RNAi]]や[[ゲノム編集]]による変異法とは違ったアプローチである<ref><pubmed>28913971</pubmed></ref> 。


 [[ユビキチン系]]を利用することで、ナノボディの標的タンパク質を特異的に分解することも可能である<ref><pubmed>22157958</pubmed></ref>。
 [[ユビキチン]]系を利用することで、ナノボディの標的タンパク質を特異的に分解することも可能である<ref><pubmed>22157958</pubmed></ref>。


==ナノボディー以外の組み換え結合体==
==ナノボディー以外の組み換え結合体==
 免疫グロブリンに由来するナノボディ以外に、免疫グロブリン以外に見られるタンパク質のドメインを用いて、新たな'''組み換え結合体'''を作製する方法もあり、原理的にはこのような組み換え結合体はナノボディと同じ利用法が可能である<ref name=Helma2015><pubmed>26056137</pubmed></ref><ref><pubmed>28249355</pubmed></ref> 。
 免疫グロブリンに由来するナノボディ以外に、免疫グロブリン以外に見られるタンパク質のドメインを用いて、新たな'''組み換え結合体'''(recombinant binder)を作製する方法もあり、原理的にはこのような組み換え結合体はナノボディと同じ利用法が可能である<ref name=Helma2015><pubmed>26056137</pubmed></ref><ref><pubmed>28249355</pubmed></ref> 。


 細胞接着分子[[wj:フィブロネクチン]中の代表的なモチーフであるtype IIIリピートは、免疫グロブリンドメインと構造が類似しており、これを他の分子に結合する免疫グロブリンのように改変することが可能である。この方法は、'''モノボディ'''(monobody)と名付けられている<ref><pubmed>22198408</pubmed></ref>。この方法は、ナノボディと違って、ジスルフィド結合によって構造が左右されないので、細胞内での還元状態の環境でも利用できる可能性が広がる。例えば、Arnoldのグループによって開発された'''FingR'''は、[[PSD-95]]や[[ゲフィリン]]といったシナプスタンパク質を認識することができる<ref><pubmed>23791193</pubmed></ref> 。
 細胞接着分子[[wj:フィブロネクチン|フィブロネクチン]]中の代表的なモチーフであるtype IIIリピートは、免疫グロブリンドメインと構造が類似しており、これを他の分子に結合する免疫グロブリンのように改変することが可能である。この方法は、'''モノボディ'''(monobody)と名付けられている<ref><pubmed>22198408</pubmed></ref>。この方法は、ナノボディと違って、ジスルフィド結合によって構造が左右されないので、細胞内での還元状態の環境でも利用できる可能性が広がる。例えば、Arnoldのグループによって開発された'''FingR'''は、[[PSD-95]]や[[ゲフィリン]]といったシナプスタンパク質を認識することができる<ref><pubmed>23791193</pubmed></ref> 。


 免疫グロブリンを利用しない組み換え結合体には、このほかにも、アンキリンリピートを利用した'''DARPin'''(Designed ankyrin repeat proteins)などの方法がある<ref name=Helma2015/>。DARPinは認識に関わる構造が凹型になりやすく、パラトープが凸型でタンパク質中に埋もれた構造を認識しやすいナノボディとは対照的である。一般にナノボディは小分子を認識するものは作製が困難であるとされており<ref name=Arbabi2017/>、ナノボディー以外の組み換え結合体はこのようなナノボディの弱点を克服するのに有用であろう。
 免疫グロブリンを利用しない組み換え結合体には、このほかにも、アンキリンリピートを利用した'''DARPin'''(Designed ankyrin repeat proteins)などの方法がある<ref name=Helma2015/>。DARPinは認識に関わる構造が凹型になりやすく、パラトープが凸型でタンパク質中に埋もれた構造を認識しやすいナノボディとは対照的である。一般にナノボディは小分子を認識するものは作製が困難であるとされており<ref name=Arbabi2017/>、ナノボディー以外の組み換え結合体はこのようなナノボディの弱点を克服するのに有用であろう。
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 近年、生命科学系の研究では、論文発表された実験結果の一部が容易に再現できないとされる問題がしばしば指摘されている。抗体の利用は、この再現性問題の重要な要因の1つであるとされる<ref><pubmed>25993940</pubmed></ref><ref><pubmed>29688318</pubmed></ref>。
 近年、生命科学系の研究では、論文発表された実験結果の一部が容易に再現できないとされる問題がしばしば指摘されている。抗体の利用は、この再現性問題の重要な要因の1つであるとされる<ref><pubmed>25993940</pubmed></ref><ref><pubmed>29688318</pubmed></ref>。


 例えば、ウサギなどからのポリクローナル抗体は、多数の異なる抗体分子を含んでいるため、免疫した動物などバッチごとの差が大きい。また、[[wj:モノクローン抗体]]は、ハイブリドーマ細胞を増殖させることで、永遠に同じものを得ることができるはずであるが、市販抗体は予期せず販売中止になったり、ハイブリドーマ細胞は極低温で凍結維持しなくてはならず、災害や個々の研究者の都合により失われてしまうこともある。
 例えば、ウサギなどからのポリクローナル抗体は、多数の異なる抗体分子を含んでいるため、免疫した動物などバッチごとの差が大きい。また、[[wj:モノクローナル抗体|モノクローナル抗体]]は、ハイブリドーマ細胞を増殖させることで、永遠に同じものを得ることができるはずであるが、市販抗体は予期せず販売中止になったり、ハイブリドーマ細胞は極低温で凍結維持しなくてはならず、災害や個々の研究者の都合により失われてしまうこともある。


 ナノボディは、アミノ酸配列レベルで定義されるので質は同じであり、DNAという形で安価で長期保存が可能である。万一DNAが失われても、登録されたアミノ酸配列をもとにして容易に再生できるので、抗体の利用研究の再現性問題の解決法として注目されている。
 ナノボディは、アミノ酸配列レベルで定義されるので質は同じであり、DNAという形で安価で長期保存が可能である。万一DNAが失われても、登録されたアミノ酸配列をもとにして容易に再生できるので、抗体の利用研究の再現性問題の解決法として注目されている。