「脳波」の版間の差分
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1930年代にドイツの精神科医であるHans Bergerによってヒトの脳波とその10Hz前後での振動現象であるアルファ波が報告されたが、脳波や脳磁図などで脳の神経活動を測定すると、さまざまな周波数での振動成分が観察される。詳細に周波数解析を行ってみるとアルファ波(8-12Hz)以外にもデルタ波(1-3Hz)、シータ波(4-7Hz)、ベータ波(13Hz-24Hz)、ガンマ波(25Hz~)と呼ばれるいくつかの周波数帯域での振動活動が観察される。 ニューロンに閾値以上の定常な興奮性の入力を与えると周期的な発火が起きるが、ニューロン同士が複雑に相互作用をするニューロン集団でも条件によっては周期的で同期している集団活動がおき、脳波にみられる振動成分は大脳皮質のニューロン集団がその周波数帯域で局所的に同期して周期的な活動をしていることを示唆する。<br> | 1930年代にドイツの精神科医であるHans Bergerによってヒトの脳波とその10Hz前後での振動現象であるアルファ波が報告されたが、脳波や脳磁図などで脳の神経活動を測定すると、さまざまな周波数での振動成分が観察される。詳細に周波数解析を行ってみるとアルファ波(8-12Hz)以外にもデルタ波(1-3Hz)、シータ波(4-7Hz)、ベータ波(13Hz-24Hz)、ガンマ波(25Hz~)と呼ばれるいくつかの周波数帯域での振動活動が観察される。 ニューロンに閾値以上の定常な興奮性の入力を与えると周期的な発火が起きるが、ニューロン同士が複雑に相互作用をするニューロン集団でも条件によっては周期的で同期している集団活動がおき、脳波にみられる振動成分は大脳皮質のニューロン集団がその周波数帯域で局所的に同期して周期的な活動をしていることを示唆する。<br> | ||
近年、さまざまな認知課題を被験者が行っている時の脳波時系列データを周波数解析することによって、脳活動の振動成分と認知機能との相関について、数多くの多くの研究がなされている。たとえば、ヒト脳波のシータ帯域に関しては記憶に関連して<ref name=ref1><pubmed>10391243</pubmed></ref><ref name=ref2><pubmed>17496796</pubmed></ref>、ガンマ帯域では物体の表現、特徴統合、注意や記憶に関係して[[同調性|振動同期現象]]が報告されている<ref name=ref3><pubmed>9989408</pubmed></ref><ref name=ref4><pubmed>16012336</pubmed></ref>。また局所的な脳波の振動のみではなく、後頭部と前頭部の脳波の振動同期のようなより大域的な振動同期と認知機能との関連も報告されている<ref name=ref5><pubmed>17556771</pubmed></ref> 6)。(memo:リファレンスはこれで良いか?)<br> | 近年、さまざまな認知課題を被験者が行っている時の脳波時系列データを周波数解析することによって、脳活動の振動成分と認知機能との相関について、数多くの多くの研究がなされている。たとえば、ヒト脳波のシータ帯域に関しては記憶に関連して<ref name=ref1><pubmed>10391243</pubmed></ref><ref name=ref2><pubmed>17496796</pubmed></ref>、ガンマ帯域では物体の表現、特徴統合、注意や記憶に関係して[[同調性|'''振動同期現象''']]が報告されている<ref name=ref3><pubmed>9989408</pubmed></ref><ref name=ref4><pubmed>16012336</pubmed></ref>。また局所的な脳波の振動のみではなく、後頭部と前頭部の脳波の振動同期のようなより大域的な振動同期と認知機能との関連も報告されている<ref name=ref5><pubmed>17556771</pubmed></ref> 6)。(memo:リファレンスはこれで良いか?)<br> | ||
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== 記録方法 == | == 記録方法 == | ||
=== 導出法 === | === 導出法 === | ||
脳波は、頭部に接地された二つの電極間の電位差を増幅器で増幅することによって記録される。脳波を記録する電極を探査電極とよび、これに対して基準となる電極を基準(リファレンス)電極と呼ぶ。脳波の導出方法は、共通の基準電極を用いて探査電極との電位差を記録する''' | 脳波は、頭部に接地された二つの電極間の電位差を増幅器で増幅することによって記録される。脳波を記録する電極を探査電極とよび、これに対して基準となる電極を基準(リファレンス)電極と呼ぶ。脳波の導出方法は、共通の基準電極を用いて探査電極との電位差を記録する'''共通基準導出(referential/monopolar derivation)'''と、隣り合う電極間で電位差を記録する'''双極導出(bipolar derivation)'''に大別される。そのため共通基準導出は比較的広範囲で生じる空間的変化をみるのに適しており、双極導出は局所的な変化をみるのに適している。<br> | ||
近年のヒト脳イメージング研究では、共通基準導出が一般的に用いられている。共通基準導出では、基準電極を脳電位の影響をうけない場所に装着するべきであり、心電位や筋電位の混入を避けるためにも基準電極は耳朶や鼻尖に着けることが多い。しかしながら耳朶や鼻尖であっても僅かながらに測定信号が漏れこんでしまう'''活性化'''が生じる。差動増幅の原理から探査電極と基準電極の両方に共通して含まれる同相信号は打ち消されるため、基準電極に近い探査電極では電位が小さくなる。この問題はどこに基準電極を置いても生じてしまう。なお、近年主に用いられているデジタル脳波計では、電源によって駆動する機関部と生体信号が入力される被験者側が電気的に分離されており、増幅器のための基準点として接地(グラウンド)電極を設ける。グラウンド電極は頭皮上のどこにおいてもよいが,前頭部に置くことが多い。これは、基準電極が不良なときに基準電極の代わりに接地電極の電位が投射して入れ替わる現象から、アーティファクトを検出しやすくするためである<ref name=ref31>'''柳沢 信夫、 柴崎 浩'''<br>臨床神経生理学<br>''医学書院'':2008</ref>。<br> | 近年のヒト脳イメージング研究では、共通基準導出が一般的に用いられている。共通基準導出では、基準電極を脳電位の影響をうけない場所に装着するべきであり、心電位や筋電位の混入を避けるためにも基準電極は耳朶や鼻尖に着けることが多い。しかしながら耳朶や鼻尖であっても僅かながらに測定信号が漏れこんでしまう'''活性化'''が生じる。差動増幅の原理から探査電極と基準電極の両方に共通して含まれる同相信号は打ち消されるため、基準電極に近い探査電極では電位が小さくなる。この問題はどこに基準電極を置いても生じてしまう。なお、近年主に用いられているデジタル脳波計では、電源によって駆動する機関部と生体信号が入力される被験者側が電気的に分離されており、増幅器のための基準点として接地(グラウンド)電極を設ける。グラウンド電極は頭皮上のどこにおいてもよいが,前頭部に置くことが多い。これは、基準電極が不良なときに基準電極の代わりに接地電極の電位が投射して入れ替わる現象から、アーティファクトを検出しやすくするためである<ref name=ref31>'''柳沢 信夫、 柴崎 浩'''<br>臨床神経生理学<br>''医学書院'':2008</ref>。<br> | ||
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=== 入力抵抗と接触抵抗 === | === 入力抵抗と接触抵抗 === | ||
脳波計測では、脳を生体電源として探査電極とグラウンド電極で閉回路をつくり、オームの法則から探査電極にかかる電位を測る。しかし実際には生体内部では合計数十キロΩにもなる抵抗がかかっており、なおかつ変動することがあるため測定はできない。これによって探査電極にかかる電圧が生体電源電圧と等しくならず、正しい計測ができない。この生体内の抵抗を無視するために、脳波計の入力端子間における抵抗('''入力抵抗''')を高くする必要がある(10MΩ以上)。生体側の抵抗よりも入力抵抗が十分に高ければ、抵抗の両端で生じる電位差を脳で生じた電圧とほぼ等しいとみなすことができる。<br> | 脳波計測では、脳を生体電源として探査電極とグラウンド電極で閉回路をつくり、オームの法則から探査電極にかかる電位を測る。しかし実際には生体内部では合計数十キロΩにもなる抵抗がかかっており、なおかつ変動することがあるため測定はできない。これによって探査電極にかかる電圧が生体電源電圧と等しくならず、正しい計測ができない。この生体内の抵抗を無視するために、脳波計の入力端子間における抵抗('''入力抵抗''')を高くする必要がある(10MΩ以上)。生体側の抵抗よりも入力抵抗が十分に高ければ、抵抗の両端で生じる電位差を脳で生じた電圧とほぼ等しいとみなすことができる。<br> | ||
生体信号の記録には、銀-塩化銀(Ag/ | 生体信号の記録には、銀-塩化銀(Ag/AgCl)電極の電気特性が最も良いといわれていが、脳波計の入力抵抗が十分に高ければ、電極の種類によらず歪のない計測ができるといわれている。電極を頭皮に接地する際には、頭皮との間に導電性のゲルを埋めて電気的に接触させる。この電極と頭皮における接触抵抗は、S/N比の高い脳波計測をするうえで非常に重要になってくる。接触抵抗が高いと閉回路に余計な抵抗が直列接続されることになり信号が減衰してしまうため、頭皮の角質を落とすといった前処理で下げる必要がある。接触抵抗は各電極とグラウンド電極間に交流電流を流した際の電極間抵抗として計測が可能であり、5kΩ以下にすることが望ましいとされる。また、接触抵抗はできるだけ一様に下げることが望ましい。これは電極抵抗の値が揃っていれば差動増幅器(脳波計)の特性によって同相信号が除去されるためであり、電源ラインから混入するノイズの影響を少なくすることができる。<br> | ||
近年では、接触抵抗にあまり左右されにくい'''アクティブ電極'''が使われるようになってきた。入力抵抗は脳波計の性能次第であるが、ボルテージフォロワのような回路が仕込まれているアクティブ電極では、電極ごとの抵抗に応じて入力抵抗を十分に上げることができる。これとは対照的に、回路が組み込まれていない従来の電極を'''パッシブ電極'''と呼ぶ。アクティブ電極によって高い入力抵抗を実現することにより、接触抵抗が電極間でバラついていてもある程度の値まで下がっていればその影響を小さくすることができる。これにより、シールドルーム外で電極リード線にノイズがのっても問題ない程度にS/N比を保つことができる。無論、アクティブ電極を用いる場合であっても余計なノイズの混入を防ぐためにはシールドルーム内での計測が望ましい。パッシブ電極では接触抵抗を一様に下げるためにかなりの労力と時間を要するが、これを大幅に短縮できるという点でもアクティブ電極の有用性は高い。<br> | 近年では、接触抵抗にあまり左右されにくい'''アクティブ電極'''が使われるようになってきた。入力抵抗は脳波計の性能次第であるが、ボルテージフォロワのような回路が仕込まれているアクティブ電極では、電極ごとの抵抗に応じて入力抵抗を十分に上げることができる。これとは対照的に、回路が組み込まれていない従来の電極を'''パッシブ電極'''と呼ぶ。アクティブ電極によって高い入力抵抗を実現することにより、接触抵抗が電極間でバラついていてもある程度の値まで下がっていればその影響を小さくすることができる。これにより、シールドルーム外で電極リード線にノイズがのっても問題ない程度にS/N比を保つことができる。無論、アクティブ電極を用いる場合であっても余計なノイズの混入を防ぐためにはシールドルーム内での計測が望ましい。パッシブ電極では接触抵抗を一様に下げるためにかなりの労力と時間を要するが、これを大幅に短縮できるという点でもアクティブ電極の有用性は高い。<br> | ||
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== 脳波を用いた研究手法 == | == 脳波を用いた研究手法 == | ||
=== 事象関連電位 === | === 事象関連電位 === | ||
ヒトは特に何をしていなくても脳は常に自発的に活動しており、このときみられる脳波を'''背景脳波'''と呼ぶ。一方、光や音といった刺激が入力されたときや自発的な運動準備・実行を行う際には、それに伴い脳波も変動する。たとえば何か注意を払っていた視覚情報を近くした際には、その視覚提示の約300ミリ秒後に陽性の振幅変動が生じる<ref name=ref71><pubmed> | ヒトは特に何をしていなくても脳は常に自発的に活動しており、このときみられる脳波を'''背景脳波'''と呼ぶ。一方、光や音といった刺激が入力されたときや自発的な運動準備・実行を行う際には、それに伴い脳波も変動する。たとえば何か注意を払っていた視覚情報を近くした際には、その視覚提示の約300ミリ秒後に陽性の振幅変動が生じる<ref name=ref71><pubmed>5852977</pubmed></ref>。この成分はP300と呼ばれ、注意の度合いによって振幅が変動する<ref name=ref72><pubmed> 15598514 </pubmed></ref>ことから注意の尺度として用いられることがある。また、脳から直接機械を操作しようというブレイン・マシン・インターフェース(Brain machine interface)への応用の1つとして、P300スペラーが有名である<ref name=ref73><pubmed> 2461285 </pubmed></ref>。また、運動を実行する前には運動準備電位(Readiness potential: RP)という陰性の緩電位が生じることが報告されている<ref name=ref74><pubmed> 14341490 </pubmed></ref><ref name=ref75><pubmed> 27392465 </pubmed></ref>。Libetら(1983)の有名な実験では、この運動準備電位の発生タイミングと運動意図が意識されるタイミングを比較した<ref name=ref76><pubmed> 6640273 </pubmed></ref>。実験参加者は時計を見ながら任意のタイミングでボタンを押したあとに、運動を意図したのはいつであったかを報告するよう求められた。その結果、運動準備電位は運動の約1秒から0.5秒前には生起していた一方で、参加者が報告した「今,動こう」という運動意図を意識した時刻はわずか0.2秒前であった。つまり、運動意図を意識する前の、無意識のうちからすでに運動準備の脳活動は開始していることが示された。このように事象に関連して生じる電位変化を'''事象関連電位'''(Event-related potential: ERP)と呼び、特に外部刺激によって惹起する成分を[[誘発電位および誘発脳磁界|'''誘発電位''']]と呼ぶことがある。このERPは数マイクロボルトと非常に小さい変動であり、この誘発電位は背景脳波に埋もれてしまう。背景脳波からERPを抽出するためには、複数回施行を繰り返し行い計測した脳波を特定の事象の開始時点を揃えて加算平均する必要がある。これにより、事象に対して一定の時間関係を持ったERP成分だけが残り、背景ノイズは互いに相殺し合うことになる。<br> | ||
=== 脳波リズム === | === 脳波リズム === | ||
脳波はその振幅情報だけでなく、その'''律動的なリズム'''も認知機能に関与することが示唆されている。たとえば、運動に関連してμ波リズム(α波とほぼ同一周波数帯域)のパワー値が減衰するmu-suppression (Pfurtscheller et al., 1977)という現象がある。このように事象に関連してある周波数帯域のパワー値が減衰する現象を'''事象関連脱同期'''(event-related desynchronization: ERD)と呼び,逆にパワー値が増強する現象を'''事象関連同期'''(event-related synchronization: ERS)と呼ぶ。<br> | 脳波はその振幅情報だけでなく、その'''律動的なリズム'''も認知機能に関与することが示唆されている。たとえば、運動に関連してμ波リズム(α波とほぼ同一周波数帯域)のパワー値が減衰するmu-suppression (Pfurtscheller et al., 1977)という現象がある。このように事象に関連してある周波数帯域のパワー値が減衰する現象を'''事象関連脱同期'''(event-related desynchronization: ERD)と呼び,逆にパワー値が増強する現象を'''事象関連同期'''(event-related synchronization: ERS)と呼ぶ。<br> | ||
近年では、周波数成分の位相情報に注目した'''ネットワーク解析'''が行われるようになってきた。Rodriguezら(1999)<ref name=ref3 />は,二値化された顔の画像を実験参加者に提示したところ,その画像が顔であると近くしたときに脳波の位相が大域的に同期することを発見した。このように、離れた領域間での脳波リズムの位相同期が情報統合に重要な役割を果たすと考えられている<ref name= | 近年では、周波数成分の位相情報に注目した'''ネットワーク解析'''が行われるようになってきた。Rodriguezら(1999)<ref name=ref3 />は,二値化された顔の画像を実験参加者に提示したところ,その画像が顔であると近くしたときに脳波の位相が大域的に同期することを発見した。このように、離れた領域間での脳波リズムの位相同期が情報統合に重要な役割を果たすと考えられている<ref name=ref81><pubmed>11283746</pubmed></ref>。<br> | ||
2018年10月17日 (水) 10:56時点における版
英語名:Electroencephalography 英語略名:EEG 独語名:Elektroenzephalografie
脳波とは、ヒトの主に大脳皮質の錐体細胞のシナプス後電位の集合電位を頭皮上から観察しているものである。動物についても脳波とよぶことがある。身体に害を与えない非侵襲性の手法であることから、ヒト脳イメージング研究によく用いられる。非侵襲性イメージング手法の中でも、神経活動に伴う緩徐な血流動態を計測する機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)に比べて高い時間分解能をもち、ミリ秒オーダーの神経細胞集団の活動を計測できる。その一方で空間分解能は低く、計測信号から活動領域を推定することは高度な解析技術を要する。
歴史的背景
1930年代にドイツの精神科医であるHans Bergerによってヒトの脳波とその10Hz前後での振動現象であるアルファ波が報告されたが、脳波や脳磁図などで脳の神経活動を測定すると、さまざまな周波数での振動成分が観察される。詳細に周波数解析を行ってみるとアルファ波(8-12Hz)以外にもデルタ波(1-3Hz)、シータ波(4-7Hz)、ベータ波(13Hz-24Hz)、ガンマ波(25Hz~)と呼ばれるいくつかの周波数帯域での振動活動が観察される。 ニューロンに閾値以上の定常な興奮性の入力を与えると周期的な発火が起きるが、ニューロン同士が複雑に相互作用をするニューロン集団でも条件によっては周期的で同期している集団活動がおき、脳波にみられる振動成分は大脳皮質のニューロン集団がその周波数帯域で局所的に同期して周期的な活動をしていることを示唆する。
近年、さまざまな認知課題を被験者が行っている時の脳波時系列データを周波数解析することによって、脳活動の振動成分と認知機能との相関について、数多くの多くの研究がなされている。たとえば、ヒト脳波のシータ帯域に関しては記憶に関連して[1][2]、ガンマ帯域では物体の表現、特徴統合、注意や記憶に関係して振動同期現象が報告されている[3][4]。また局所的な脳波の振動のみではなく、後頭部と前頭部の脳波の振動同期のようなより大域的な振動同期と認知機能との関連も報告されている[5] 6)。(memo:リファレンスはこれで良いか?)
発生機序
ある神経細胞の活動電位が軸索を通ってシナプスに達すると、神経伝達物質を介して他の神経細胞へと情報が伝達される。この結果としてとしてシナプス後細胞が脱分極ないし過分極するとシナプス後膜にシナプス後電位が生じる。すると尖樹状突起と細胞体の間で細胞内電流が生じる。このとき細胞内電流とは逆方向に細胞外電流が生じ、電流双極子とみなすことができる。大脳皮質のニューロン集団がその周波数帯域で局所的に同期して周期的な活動をすると、多数の同一双極子が並ぶことになり、空間的に加重した電場が細胞外にできる。脳波は、この細胞外電流由来の頭皮上で生じる電場電位の変化を観測したものと考えられている。
脳波として計測される過程で,細胞外電流は神経路以外の髄液や頭蓋骨を伝わる(体積伝導: volume conduction)。髄液は高い電導性をもち、電流は広範囲に広がってしまうために活動領域の空間情報は劣化する。また、頭蓋骨の低電導性によって大きく信号は減衰されるため、高いS/N比を得るためには計測装置の磁場や漏れ電流などによる外乱ノイズを可能な限り無くすことが望ましい。
記録方法
導出法
脳波は、頭部に接地された二つの電極間の電位差を増幅器で増幅することによって記録される。脳波を記録する電極を探査電極とよび、これに対して基準となる電極を基準(リファレンス)電極と呼ぶ。脳波の導出方法は、共通の基準電極を用いて探査電極との電位差を記録する共通基準導出(referential/monopolar derivation)と、隣り合う電極間で電位差を記録する双極導出(bipolar derivation)に大別される。そのため共通基準導出は比較的広範囲で生じる空間的変化をみるのに適しており、双極導出は局所的な変化をみるのに適している。
近年のヒト脳イメージング研究では、共通基準導出が一般的に用いられている。共通基準導出では、基準電極を脳電位の影響をうけない場所に装着するべきであり、心電位や筋電位の混入を避けるためにも基準電極は耳朶や鼻尖に着けることが多い。しかしながら耳朶や鼻尖であっても僅かながらに測定信号が漏れこんでしまう活性化が生じる。差動増幅の原理から探査電極と基準電極の両方に共通して含まれる同相信号は打ち消されるため、基準電極に近い探査電極では電位が小さくなる。この問題はどこに基準電極を置いても生じてしまう。なお、近年主に用いられているデジタル脳波計では、電源によって駆動する機関部と生体信号が入力される被験者側が電気的に分離されており、増幅器のための基準点として接地(グラウンド)電極を設ける。グラウンド電極は頭皮上のどこにおいてもよいが,前頭部に置くことが多い。これは、基準電極が不良なときに基準電極の代わりに接地電極の電位が投射して入れ替わる現象から、アーティファクトを検出しやすくするためである[6]。
再基準化
基準電極の位置に依存する脳波の空間分布の偏りについては、再基準化によって対処することが可能である。再基準化の方法に、平均基準化と連結基準化が挙げられる。平均基準化では、全電極の平均電位を基準とすることで、リファレンスの活性化による影響を減らして局所的な変化を比較的明確にすることができる。一方、連結基準化では複数の電極部位を連結して基準にする手法であり、左右半球での偏りをなくすために左右の耳朶の電極を連結させた両耳朶連結基準がよく用いられる。基準電極同士を直接連結させた場合、左右耳朶に接地した電極抵抗(皮膚との接触抵抗)が左右で異なっていると基準が脳中央部から抵抗値の低い側に移動してしまう。対策として、オフラインで再基準化を行う方法がある。たとえば左耳朶を基準として脳波を記録する際には、逆の右耳朶の電極からも信号を記録し、解析時に右耳朶で記録された電位の1/2をすべての脳波から減算する。これにより、左右の耳朶の平均電位を再基準とすることができる。
電極配置
頭皮上から脳波を計測する際に電極を置く位置は、国際脳波・臨床神経生理学会連合から推奨されている国際10-20法(International 10-20 system)に則り配置することが一般的である[7]。国際10-20法では、眉間と外後頭隆起を結ぶ線と両側の耳介前点を結ぶ線の長さを基準としてその10%と20%の長さを組み合わせて電極位置を決める(図hoge左)。これにより、当該の大きさに関係なくほぼ一定部位に電極が配置でき、各電極間の距離をほぼ等しくできる。記録電極数の増加に対応するため、国際10-20法の各電極間の中点に電極を配置したものが拡張10-20法である(図hoge右)。近年では、脳波の電流減密度推定をより精度よくするため、2〜4センチメートル間隔で128〜256個の電極を配置した高密度脳波計測も行われるようになってきている。
入力抵抗と接触抵抗
脳波計測では、脳を生体電源として探査電極とグラウンド電極で閉回路をつくり、オームの法則から探査電極にかかる電位を測る。しかし実際には生体内部では合計数十キロΩにもなる抵抗がかかっており、なおかつ変動することがあるため測定はできない。これによって探査電極にかかる電圧が生体電源電圧と等しくならず、正しい計測ができない。この生体内の抵抗を無視するために、脳波計の入力端子間における抵抗(入力抵抗)を高くする必要がある(10MΩ以上)。生体側の抵抗よりも入力抵抗が十分に高ければ、抵抗の両端で生じる電位差を脳で生じた電圧とほぼ等しいとみなすことができる。
生体信号の記録には、銀-塩化銀(Ag/AgCl)電極の電気特性が最も良いといわれていが、脳波計の入力抵抗が十分に高ければ、電極の種類によらず歪のない計測ができるといわれている。電極を頭皮に接地する際には、頭皮との間に導電性のゲルを埋めて電気的に接触させる。この電極と頭皮における接触抵抗は、S/N比の高い脳波計測をするうえで非常に重要になってくる。接触抵抗が高いと閉回路に余計な抵抗が直列接続されることになり信号が減衰してしまうため、頭皮の角質を落とすといった前処理で下げる必要がある。接触抵抗は各電極とグラウンド電極間に交流電流を流した際の電極間抵抗として計測が可能であり、5kΩ以下にすることが望ましいとされる。また、接触抵抗はできるだけ一様に下げることが望ましい。これは電極抵抗の値が揃っていれば差動増幅器(脳波計)の特性によって同相信号が除去されるためであり、電源ラインから混入するノイズの影響を少なくすることができる。
近年では、接触抵抗にあまり左右されにくいアクティブ電極が使われるようになってきた。入力抵抗は脳波計の性能次第であるが、ボルテージフォロワのような回路が仕込まれているアクティブ電極では、電極ごとの抵抗に応じて入力抵抗を十分に上げることができる。これとは対照的に、回路が組み込まれていない従来の電極をパッシブ電極と呼ぶ。アクティブ電極によって高い入力抵抗を実現することにより、接触抵抗が電極間でバラついていてもある程度の値まで下がっていればその影響を小さくすることができる。これにより、シールドルーム外で電極リード線にノイズがのっても問題ない程度にS/N比を保つことができる。無論、アクティブ電極を用いる場合であっても余計なノイズの混入を防ぐためにはシールドルーム内での計測が望ましい。パッシブ電極では接触抵抗を一様に下げるためにかなりの労力と時間を要するが、これを大幅に短縮できるという点でもアクティブ電極の有用性は高い。
脳波を用いた研究手法
事象関連電位
ヒトは特に何をしていなくても脳は常に自発的に活動しており、このときみられる脳波を背景脳波と呼ぶ。一方、光や音といった刺激が入力されたときや自発的な運動準備・実行を行う際には、それに伴い脳波も変動する。たとえば何か注意を払っていた視覚情報を近くした際には、その視覚提示の約300ミリ秒後に陽性の振幅変動が生じる[8]。この成分はP300と呼ばれ、注意の度合いによって振幅が変動する[9]ことから注意の尺度として用いられることがある。また、脳から直接機械を操作しようというブレイン・マシン・インターフェース(Brain machine interface)への応用の1つとして、P300スペラーが有名である[10]。また、運動を実行する前には運動準備電位(Readiness potential: RP)という陰性の緩電位が生じることが報告されている[11][12]。Libetら(1983)の有名な実験では、この運動準備電位の発生タイミングと運動意図が意識されるタイミングを比較した[13]。実験参加者は時計を見ながら任意のタイミングでボタンを押したあとに、運動を意図したのはいつであったかを報告するよう求められた。その結果、運動準備電位は運動の約1秒から0.5秒前には生起していた一方で、参加者が報告した「今,動こう」という運動意図を意識した時刻はわずか0.2秒前であった。つまり、運動意図を意識する前の、無意識のうちからすでに運動準備の脳活動は開始していることが示された。このように事象に関連して生じる電位変化を事象関連電位(Event-related potential: ERP)と呼び、特に外部刺激によって惹起する成分を誘発電位と呼ぶことがある。このERPは数マイクロボルトと非常に小さい変動であり、この誘発電位は背景脳波に埋もれてしまう。背景脳波からERPを抽出するためには、複数回施行を繰り返し行い計測した脳波を特定の事象の開始時点を揃えて加算平均する必要がある。これにより、事象に対して一定の時間関係を持ったERP成分だけが残り、背景ノイズは互いに相殺し合うことになる。
脳波リズム
脳波はその振幅情報だけでなく、その律動的なリズムも認知機能に関与することが示唆されている。たとえば、運動に関連してμ波リズム(α波とほぼ同一周波数帯域)のパワー値が減衰するmu-suppression (Pfurtscheller et al., 1977)という現象がある。このように事象に関連してある周波数帯域のパワー値が減衰する現象を事象関連脱同期(event-related desynchronization: ERD)と呼び,逆にパワー値が増強する現象を事象関連同期(event-related synchronization: ERS)と呼ぶ。
近年では、周波数成分の位相情報に注目したネットワーク解析が行われるようになってきた。Rodriguezら(1999)[3]は,二値化された顔の画像を実験参加者に提示したところ,その画像が顔であると近くしたときに脳波の位相が大域的に同期することを発見した。このように、離れた領域間での脳波リズムの位相同期が情報統合に重要な役割を果たすと考えられている[14]。
関連項目
参考文献
- ↑
Kahana, M.J., Sekuler, R., Caplan, J.B., Kirschen, M., & Madsen, J.R. (1999).
Human theta oscillations exhibit task dependence during virtual maze navigation. Nature, 399(6738), 781-4. [PubMed:10391243] [WorldCat] [DOI] - ↑
Sato, N., & Yamaguchi, Y. (2007).
Theta synchronization networks emerge during human object-place memory encoding. Neuroreport, 18(5), 419-24. [PubMed:17496796] [WorldCat] [DOI] - ↑ 3.0 3.1
Rodriguez, E., George, N., Lachaux, J.P., Martinerie, J., Renault, B., & Varela, F.J. (1999).
Perception's shadow: long-distance synchronization of human brain activity. Nature, 397(6718), 430-3. [PubMed:9989408] [WorldCat] [DOI] - ↑
Doesburg, S.M., Kitajo, K., & Ward, L.M. (2005).
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