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トリプレット病のうち9つの疾患については、エクソン内に存在し、ポリグルタミン鎖をコードするCAGリピートが異常伸長することからポリグルタミン病とも呼ばれている。ポリグルタミン病の共通の特徴として、伸長ポリグルタミン鎖を有する変異タンパクが患者神経細胞内で凝集体を形成することがしられている。ポリグルタミン鎖の異常伸長はそれぞれの遺伝子産物の折りたたみ構造(コンフォーメーション)に変化をきたし(ミスフォールディング)、異常な折りたたみ構造を呈するタンパクが次第に凝集体として神経細胞内に蓄積すると考えられる。また、ミスフォールディングの結果、それら遺伝子産物が本来有する機能、特に他の分子とのタンパク間相互作用を介した機能に変化をきたし、その結果さまざまな細胞内プロセスに変化をきたし、最終的に神経変性に導くと考えられている。 | |||
'''SBMA (球脊髄性筋萎縮症)''' | '''SBMA (球脊髄性筋萎縮症)''' | ||
アンドロゲンレセプター遺伝子(''AR'')内のCAGリピートの異常伸長によるX染色体劣性遺伝性の疾患で、緩徐進行性の筋萎縮(特に近位筋)や線維束攣縮を主症状とする。中年期に発症することが多く、筋萎縮・脱力は顔面筋・舌筋・咽頭筋・遠位筋にも広がる。アンドロゲンに対する感受性の軽度低下による女性化乳房、睾丸萎縮、生殖能力の低下も見られる。病理学的には脊髄前角細胞、延髄の下位運動ニュ−ロン、後根神経節細胞の変性が特徴的で、変異アンドロゲンレセプターは神経細胞内で核内封入体を形成する。 | アンドロゲンレセプター遺伝子(''AR'')内のCAGリピートの異常伸長によるX染色体劣性遺伝性の疾患で、緩徐進行性の筋萎縮(特に近位筋)や線維束攣縮を主症状とする。中年期に発症することが多く、筋萎縮・脱力は顔面筋・舌筋・咽頭筋・遠位筋にも広がる。アンドロゲンに対する感受性の軽度低下による女性化乳房、睾丸萎縮、生殖能力の低下も見られる。病理学的には脊髄前角細胞、延髄の下位運動ニュ−ロン、後根神経節細胞の変性が特徴的で、変異アンドロゲンレセプターは神経細胞内で核内封入体を形成する。 | ||
'''ハンチントン病 (Huntington disease)''' | '''ハンチントン病 (Huntington disease)''' | ||
ハンチンチン蛋白N末端部に存在するポリグルタミン鎖をコードする''HTT''遺伝子内CAGリピートの異常伸長による疾患で、患者は主に中年期に発症し、舞踏病(不随意運動の一種)に加えて、記銘力障害、人格変化、うつなどの症状を示し、平均10年から15年で死に至る。神経病理学的には尾状核と被殻の著名な萎縮が特徴的で、GABA作動性の投射細胞である中型有棘神経細胞(medium spiny neuron)が最も変性に陥りやすい細胞とされる。2次的に線条体から投射を受ける淡蒼球も変性し、また大脳皮質の萎縮も認められるが、小脳プルキンエ細胞は一般的には保たれる。 | |||
20歳以下で発症する若年型HDは全体の5-10%を占め、成人型で観察される症状とはやや臨床像が異なり、重篤な精神機能障害や小脳症状なども認められる。若年型の患者では通常,CAG反復数が60回超のHTTアレルが認められる. | 20歳以下で発症する若年型HDは全体の5-10%を占め、成人型で観察される症状とはやや臨床像が異なり、重篤な精神機能障害や小脳症状なども認められる。若年型の患者では通常,CAG反復数が60回超のHTTアレルが認められる. | ||
ハンチンチン蛋白の生理機能については不明な点が多いが、タンパク間相互作用を介するHEAT リピート構造を多数有することから、多彩な生理機能に関与する足場(scaffold)タンパクであると考えられている<ref><pubmed>14600292</pubmed></ref>。 | |||
'''脊髄小脳変性症 (SCAs)と歯状核赤核淡蒼球ルイ体変性症 (DRPLA)''' | '''脊髄小脳変性症 (SCAs)と歯状核赤核淡蒼球ルイ体変性症 (DRPLA)''' | ||
SCA及びDRPLAは小脳及びそれに関連する神経路の変性を主体とする変性疾患で、臨床的には中年期に発症することが多く小脳失調や構音障害などの症状が共通して認められる。 | |||
'''SCA1''' | '''SCA1''' | ||
アタキシン1 (ATXN1)をコードする''SCA1''遺伝子内のCAGリピートの異常伸長による常染色体優性遺伝性疾患、患者は小脳性運動失調・構音障害・嚥下障害・外眼筋麻痺・錐体路症状・認知機能障害などの症状を呈する。表現促進現象が認められる。ATXN1は広く中枢神経系の神経細胞で発現しているが神経病理学的にはプルキンエ細胞・小脳歯状核・赤核・橋核・下オリーブ核・クラーク柱・脊髄小脳路などを中心に選択的変性を認め、残存する神経細胞核内にはATXN1陽性の封入体形成が認められる。ATXN1の生理機能には不明な点が多いが、核移行シグナルを有し、またRNAと結合しうることが示されている。加えてATXN1と相互作用するまたさまざまな因子(ATXN1L,CIC, | アタキシン1 (ATXN1)をコードする''SCA1''遺伝子内のCAGリピートの異常伸長による常染色体優性遺伝性疾患、患者は小脳性運動失調・構音障害・嚥下障害・外眼筋麻痺・錐体路症状・認知機能障害などの症状を呈する。表現促進現象が認められる。ATXN1は広く中枢神経系の神経細胞で発現しているが神経病理学的にはプルキンエ細胞・小脳歯状核・赤核・橋核・下オリーブ核・クラーク柱・脊髄小脳路などを中心に選択的変性を認め、残存する神経細胞核内にはATXN1陽性の封入体形成が認められる。ATXN1の生理機能には不明な点が多いが、核移行シグナルを有し、またRNAと結合しうることが示されている。加えてATXN1と相互作用するまたさまざまな因子(ATXN1L,CIC,RBM17など)が同定されており、ポリグルタミン鎖の伸長はそれら因子との相互作用を複雑に変化させ、病態発現に関与していると考えられる<ref><pubmed>18957430</pubmed></ref>。 | ||
'''SCA2''' | '''SCA2''' | ||
アタキシン2 (ATXN2)をコードする''SCA2'' | アタキシン2 (ATXN2)をコードする''SCA2''遺伝子内のCAGリピートの異常伸長による常染色体優性遺伝性疾患で、患者はSCA1と類似の臨床像を示すが、発症早期より眼振を欠く緩徐眼球運動を認めるのが特徴的とされる。健常者ではリピート長が22または23である頻度が高く、患者では35以上に伸長している。神経病理学的には小脳皮質全層・橋核・下オリーブ核の強い変性が主体をなす。ATXN2は、細胞質内のRNAの代謝に関与すると考えられている<ref><pubmed> 9462862</pubmed></ref>。最近、ATXN2が筋萎縮性側索硬化症 (ALS)の責任遺伝子産物の1つTDP-43 (TAR DNA-binding protein)とRNA依存性に相互作用すること、またSCA2遺伝子CAGリピートの中程度の伸長(24以上34以下)が、ALSの危険因子となることが示された<ref><pubmed>20740007</pubmed></ref>。 | ||
'''SCA3''' | '''SCA3''' | ||
アタキシン3 (ATXN3)をコードする''MJD1''遺伝子内のCAGリピートの異常伸長による常染色体優性遺伝性疾患でMachado-Joseph 病とも呼ばれる。臨床症状は多彩で、小脳失調、錐体路徴候、ジストニア、パーキンソニズム、末梢神経障害などを中核症状として、加えて進行性外眼筋麻痺、びっくり眼、顔面ミオキミアなどの症状を伴う。病理学的にはルイ体淡蒼球内節系、歯状核赤核系、黒質、橋核、脳幹運動神経核、脊髄、末梢神経の変性が主体をなす。アタキシン3タンパクのN末端部にはジョセフィンドメインと呼ばれるユビキチン分解酵素活性を示す領域があり、さらにその下流にはユビキチンと結合する2カ所のUIMと呼ばれるモチーフがあることから、ユビキチンプロテアソーム分解系 (UPS) | アタキシン3 (ATXN3)をコードする''MJD1''遺伝子内のCAGリピートの異常伸長による常染色体優性遺伝性疾患でMachado-Joseph 病とも呼ばれる。臨床症状は多彩で、小脳失調、錐体路徴候、ジストニア、パーキンソニズム、末梢神経障害などを中核症状として、加えて進行性外眼筋麻痺、びっくり眼、顔面ミオキミアなどの症状を伴う。病理学的にはルイ体淡蒼球内節系、歯状核赤核系、黒質、橋核、脳幹運動神経核、脊髄、末梢神経の変性が主体をなす。アタキシン3タンパクのN末端部にはジョセフィンドメインと呼ばれるユビキチン分解酵素活性を示す領域があり、さらにその下流にはユビキチンと結合する2カ所のUIMと呼ばれるモチーフがあることから、ユビキチンプロテアソーム分解系 (UPS) の調節因子として機能する分子と考えられている<ref><pubmed>14602712</pubmed></ref>。 | ||
'''SCA6''' | '''SCA6''' | ||
SCA6変異アレルでは''CACNA1A''遺伝子の最終エクソン(エクソン47)に存在するCAGリピートが軽度に伸長(正常: 4-19, 患者: 19-33)している。''CACNA1A'' | SCA6変異アレルでは''CACNA1A''遺伝子の最終エクソン(エクソン47)に存在するCAGリピートが軽度に伸長(正常: 4-19, 患者: 19-33)している。''CACNA1A''はP/Q 型電位依存性カルシウムチャネルのメインサブユニットCav2.1をコードし、CAGリピートはチャネルC末端部細胞質内ドメインに存在するポリグルタミンに翻訳される。Cav2.1はシナプス終末からの神経伝達物質の放出に重要な役割を果たし、特にプルキンエ細胞に強く発現している。主に40才から50才代の中年に発症する患者が多い。患者は、失調性歩行、四肢の運動失調、構音障害、注視眼振などの小脳失調症を呈し、臨床的に小脳症状以外に目立った症状がなく、いわゆる純粋小脳型の特徴を示す。経過は緩徐進行性で生命予後は比較的良好である。神経病理学的には小脳PCにほぼ限局した選択的な神経脱落を示す。Cav2.1陽性ユビキチン陰性の封入体が細胞質・樹状突起近位部を中心に認められるのが特徴的である。CAGリピートの伸長はCav2.1チャネルの基本的機能には影響しない<ref><pubmed>18687887</pubmed></ref>。 | ||
'''SCA7''' | |||
''' | アタキシン7 (ATXN7) をコードする''SCA7''遺伝子内のCAGリピートの異常伸長による常染色体優性遺伝性疾患で、網膜黄斑変性症を伴うのが特徴的である。視覚障害と小脳失調が主症状で、黄斑変性の他に視神経萎縮や網膜色素変性が認められることもある。ATXN7はGCN5ヒストンアセチル化酵素複合体のサブユニットで転写コアクチベーター機能を有する。変異アタキシン7が含まれるGCN5複合体は網膜桿体細胞のロドプシン遺伝子などのプロモーターに誘導されやすく、H3ヒストンの過剰なアセチル化を介してクロマチン構造に変化をきたし、これら遺伝子の発現を抑制するのではないかとの説が提唱されている<ref><pubmed>16911843</pubmed></ref>。 | ||
'''SCA17''' | |||
TATA結合蛋白質 (TBP) 遺伝子のCAGリピートの異常伸長による常染色体優性遺伝性疾患で、患者は小脳運動失調に加えて認知症やてんかんなどの症状を示す。神経病理学的にはプルキンエ細胞・線条体・大脳皮質で神経変性が目立つとされる。TBPは基本転写因子のひとつで、TFIID複合体を形成し、ひろく様々な細胞で多くの遺伝子の転写の開始段階に関与することが知られている。TBP分子のポリグルタミン鎖の異常伸長は転写機能異常を介して病態の発症に導くと考えられている<ref><pubmed>17994014</pubmed></ref>。 | |||
'''DRPLA ''' | |||
本邦に多い常染色体優性遺伝性疾患である。表現促進現象が認められ、中年期に発症する患者では運動失調・アテトーゼ様不随意運動・認知症を主症状とする脊髄小脳変性症、20才以下の若年発症型ではミオクローヌス・てんかん・精神遅滞を主症状とするミオクローヌスてんかんの臨床像を示す。若年発症型の大部分は父親からの遺伝である。神経病理学的には歯状核赤核系及び淡蒼球外節ルイ体系の変性を主体とする。変異アレルではアトロフィン1(atrophin 1)をコードするDRPLA遺伝子エクソン5に存在するCAGリピートが異常伸長している。アトロフィン1は標的遺伝子の転写を負に制御するコリプレッサーの1つで、ポリグルタミン鎖の伸長によりその機能が障害され、神経変性に導くものと考えられている。 | |||
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