「うつ病」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史]</font><br>
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''独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター''<br>
''国立研究開発法人理化学研究所 脳神経科学研究センター''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2017年7月14日 原稿完成日:201X年X月XX日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2017年7月14日 原稿完成日:2020年X月XX日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](滋賀医科大学 医学部 神経内科)<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/hayashi-takagi/?lang=japanese 林(高木)朗子](国立研究開発法人理化学研究所 脳神経科学研究センター)<br>
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==うつ病とは==
==うつ病とは==
 [[抑うつ状態]]は、[[身体疾患]]、薬・物質、他の[[精神疾患]]など、さまざま原因で生じ得る。他の原因を特定出来ず、一定の診断基準を満たす場合をうつ病と呼ぶが、現在うつ病と診断されている患者の中にも、躁状態出現前の[[双極性障害]]の[[抑うつ状態]]、[[認知症]]の前駆症状としての抑うつ状態など、さまざまな状態が含まれている。
 一般に、精神疾患の診断は、一定の症候のまとまりである「状態像」を診断した後、その原因となっている「疾患」を特定するという、二段階で行われることが多い。抑うつ状態は、身体疾患、薬・物質、他の精神疾患など、さまざま原因で生じ得る状態像である。他の原因を特定出来ず、一定の診断基準を満たす場合を、疾患としての「うつ病」と呼ぶ。ただし、現在うつ病と診断されている患者の中にも、躁状態出現前の双極性障害の抑うつ状態、認知症の前駆症状としての抑うつ状態など、さまざまな状態が含まれていることには注意が必要である。
 
 従って、うつ病を診断するためには、器質性(脳梗塞によるうつ病など)・症状性(甲状腺機能低下症によるうつ病など)の抑うつ状態、薬物(インターフェロンなど)・物質(アルコールなど)による抑うつ状態、他の精神疾患(統合失調症など)による抑うつ状態を鑑別する必要がある。これらが全て否定され、抑うつエピソードの診断基準を満たした場合、躁病または軽躁病エピソードの病歴があれば双極性障害抑うつエピソード、なければうつ病と診断される。


 診断基準としては、[[DSM-5]]<ref name=dsm5>'''日本精神神経学会(監修), 高橋三郎、大野裕、染矢俊幸、神庭重信、尾崎紀夫、三村將、村井俊哉 (訳)'''<br> DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル<br>''医学書院'', 2014</ref>が広く用いられている。
 診断基準としては、[[DSM-5]]<ref name=dsm5>'''日本精神神経学会(監修), 高橋三郎、大野裕、染矢俊幸、神庭重信、尾崎紀夫、三村將、村井俊哉 (訳)'''<br> DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル<br>''医学書院'', 2014</ref>が広く用いられている。
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* [[希死念慮]](死にたくなる)
* [[希死念慮]](死にたくなる)
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 これらの症状のうち、中核症状のどちらかを含めて5個以上が、ほぼ1日中、ほとんど毎日、2週間以上続くために、社会的・職業的な機能の障害が引き起こされているか、自覚的な強い苦痛を伴い、身体疾患、薬・物質、他の[[精神疾患]]が原因であることが否定された場合に、うつ病と診断される。
 これらの症状のうち、中核症状のどちらかを含めて5個以上が、ほぼ1日中、ほとんど毎日、2週間以上続くために、社会的・職業的な機能の障害が引き起こされているか、自覚的な強い苦痛を伴い、身体疾患、薬・物質、他の[[精神疾患]]が原因であること、および双極性障害が否定された場合に、うつ病と診断される<ref name=dsm5 />。
 
 鑑別を要する精神疾患の代表が[[双極性障害]]であり、[[躁状態]]または[[軽躁状態]]の既往があれば、双極性障害と診断され、その場合、治療方針はうつ病とは全く異なる。具体的には、うつ病では、治療目標は抑うつ状態からの回復であり、治療薬としては抑うつ薬を用いるが、双極性障害では、治療目標は再発予防であり、治療には気分安定薬と非定型抗精神病薬が用いられ、抗うつ薬はなるべく使わない。


 なお、鑑別を要する精神疾患の代表が[[双極性障害]]であり、[[躁状態]]または[[軽躁状態]]の既往があれば、双極性障害と診断される。
 なお、多数例を対象とした疫学研究においては、自記式質問表([[ベックうつ病自己評価尺度]]など)を施行し、カットオフ値を設定して統計学的解析が行われている場合があるが、本来うつ病は自己評価尺度のみで診断できるものではなく、こうした研究ではあくまで便宜的に解析が行われているに過ぎない。また、面接により評価する評価尺度(ハミルトンうつ病評価尺度、モンゴメリー・アズバーグうつ病評価尺度など)は、うつ病と診断された場合に、その症状の特徴、経過、治療反応性などを評価するために用いるものであり、診断に用いることはできない。これらの尺度で高い値を示すからといってうつ病とは限らないことには注意が必要である。
なお、多数例を対象とした疫学研究においては、自記式質問表([[ベックうつ病自己評価尺度]]など)を施行し、カットオフ値を設定して統計学的解析が行われている場合があるが、本来うつ病は自己評価尺度のみで診断できるものではなく、こうした研究ではあくまで便宜的に解析が行われているに過ぎない。


 うつ病にはさまざまなタイプがあるが、興味・喜びの喪失が強く、日内変動、早朝覚醒、精神運動制止、体重減少などの身体的変化や、特徴的な抑うつ気分、罪責感を伴う「[[メランコリー型]]」が最も典型的とされ、薬物療法などの身体的治療の必要性の指標となる。
 うつ病にはさまざまなタイプがあるが、興味・喜びの喪失が強く、日内変動、早朝覚醒、精神運動制止、体重減少などの身体的変化や、特徴的な抑うつ気分、罪責感を伴う「[[メランコリー型]]」が最も典型的とされ、薬物療法などの身体的治療の必要性の指標となる。
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 その他、決まって冬に生じる季節型、周産期に発症する場合、精神病性の特徴([[妄想]]、[[幻聴]]など)を伴うもの、混合性(躁状態の症状の一部を示す)、不安性の苦痛を伴うもの、[[緊張病]]性([[昏迷状態]]で[[蝋屈症]]などの特徴的な症状を伴う場合)など、さまざまなタイプがある。
 その他、決まって冬に生じる季節型、周産期に発症する場合、精神病性の特徴([[妄想]]、[[幻聴]]など)を伴うもの、混合性(躁状態の症状の一部を示す)、不安性の苦痛を伴うもの、[[緊張病]]性([[昏迷状態]]で[[蝋屈症]]などの特徴的な症状を伴う場合)など、さまざまなタイプがある。
 なお、「新型うつ病」という言葉はメディアによる造語であり、医学用語ではない。うつ病ではないにもかかわらず、その人がうつ病と診断されていると周囲が何らかの理由により誤認し、診断名と言動が一致しないことに周囲が困惑している様子を揶揄した言葉ということができ、精神疾患を記述する用語として用いられることはない。


== 治療 ==
== 治療 ==
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 薬物療法としては、[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]([[SSRI]])、[[セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬]]([[SNRI]])、[[受容体]][[阻害薬]]([[シナプス前部]]の[[α2受容体]]阻害などを介して[[セロトニン]]、[[ノルアドレナリン]]の[[神経伝達]]を促進する)などの新しい[[抗うつ薬]]が、単剤で、第一選択として用いられる。
 薬物療法としては、[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]([[SSRI]])、[[セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬]]([[SNRI]])、[[受容体]][[阻害薬]]([[シナプス前部]]の[[α2受容体]]阻害などを介して[[セロトニン]]、[[ノルアドレナリン]]の[[神経伝達]]を促進する)などの新しい[[抗うつ薬]]が、単剤で、第一選択として用いられる。


 これらによって効果が得られない場合は、[[三環系抗うつ薬]]も用いられる。最大量、4~8週間で効果が見られない場合は抗うつ薬の種類を変更する。これらの治療でも効果が見られない場合には、[[リチウム]]、[[非定型抗精神病薬]]、[[甲状腺ホルモン]]などによる増強療法が行われる。
 これらによって効果が得られない場合は、[[三環系抗うつ薬]]も用いられる。反復性経頭蓋磁気刺激(Repetitive Transcranial Magnetic Stimulation, rTMS)も用いられる。
 
 最大量の抗うつ薬による、4~8週間の治療で効果が見られない場合は、抗うつ薬の種類を変更する。これらの治療でも効果が見られない場合には、[[リチウム]]、[[非定型抗精神病薬]]、[[甲状腺ホルモン]]などによる増強療法が行われる。


 また、精神病症状があれば、[[抗精神病薬]]を併用する。また、精神療法としては、[[認知行動療法]]、[[対人関係療法]]が有効であり、多くの場合薬物療法と併用して用いられる。これらの治療が奏効しない場合、[[電気けいれん療法]]を施行する。
 また、精神病症状があれば、[[抗精神病薬]]を併用する。また、精神療法としては、[[認知行動療法]]、[[対人関係療法]]が有効であり、多くの場合薬物療法と併用して用いられる。これらの治療が奏効しない場合、[[電気けいれん療法]]を施行する。
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 現在用いられているほとんど全ての抗うつ薬がセロトニン、ノルアドレナリン、[[ドーパミン]]の神経伝達を促進することから、これらの[[モノアミン]]がその病態に関与していると考えられている。しかしながら、効果発現に1、2週間を要することから、これらのモノアミンが直接症状発現に繋がっているとは考えがたい。
 現在用いられているほとんど全ての抗うつ薬がセロトニン、ノルアドレナリン、[[ドーパミン]]の神経伝達を促進することから、これらの[[モノアミン]]がその病態に関与していると考えられている。しかしながら、効果発現に1、2週間を要することから、これらのモノアミンが直接症状発現に繋がっているとは考えがたい。


 抗うつ薬が共通して数週間後に脳内で[[脳由来神経栄養因子]]([[brain-derived neurotrophic factor]]; [[BDNF]])を増加させることと、[[ストレス]]が神経細胞の[[樹状突起]]および樹状突起[[スパイン]]の形態を変化させることなどから、うつ病には神経細胞の[[形態可塑性]]が関係していると考えられている。
 抗うつ薬が共通して数週間後に脳内で[[脳由来神経栄養因子]]([[brain-derived neurotrophic factor]]; [[BDNF]])を増加させることと、[[ストレス]]が神経細胞の[[樹状突起]]および樹状突起[[スパイン]]の形態を変化させること、即効性の抗うつ効果があると報告されているケタミンにシナプス新生を促進する効果があることなどから、うつ病には神経細胞の[[形態可塑性]]が関係していると考えられている。


 当初、ストレスにより[[海馬]]や前頭皮質で樹状突起やBDNFの減少に伴いスパインの減少が見られることが報告されたことから、ストレスは樹状突起の萎縮を引き起こすと考えられたが、その後、[[扁桃体]]や[[側坐核]]ではBDNFの増加やスパインの増加が見出されたことから、こうした変化はストレスによる樹状突起の再構築(リモデリング)であると考えられるようになっている。
 当初、ストレスにより[[海馬]]や前頭皮質で樹状突起やBDNFの減少に伴いスパインの減少が見られることが報告されたことから、ストレスは樹状突起の萎縮を引き起こすと考えられたが、その後、[[扁桃体]]や[[側坐核]]ではBDNFの増加やスパインの増加が見出されたことから、こうした変化はストレスによる樹状突起の再構築(リモデリング)であると考えられるようになっている。