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== PDの病態仮説15) == | == PDの病態仮説15) == | ||
動物は、危険を予測する学習によって自らを様々な害から守り、生命を維持することが可能である。不安は、おそらく危険信号への反応として発生したものが、長い進化の歴史の結果、危険を回避するという一連の反応傾向を形成するに至ったと考えられる16)。そして発達段階において適応性が向上するにつれ、様々な恐怖反応が出現したものと思われる。つまり、不安‐回避の連鎖である。もちろん、より複雑で高等なヒトでは条件反応に感情、認知、運動の要素が絡んで不安反応となる。不安障害は、進化に基づく誤警報により概念化が可能と言われている17) | 動物は、危険を予測する学習によって自らを様々な害から守り、生命を維持することが可能である。不安は、おそらく危険信号への反応として発生したものが、長い進化の歴史の結果、危険を回避するという一連の反応傾向を形成するに至ったと考えられる16)。そして発達段階において適応性が向上するにつれ、様々な恐怖反応が出現したものと思われる。つまり、不安‐回避の連鎖である。もちろん、より複雑で高等なヒトでは条件反応に感情、認知、運動の要素が絡んで不安反応となる。不安障害は、進化に基づく誤警報により概念化が可能と言われている17)。PDでは、進化論的起源が窒息警報とされているが<ref><pubmed>8466392</pubmed></ref>、その生物学的病態について、“Stress-induced fear circuitry disorders”という概念を通じて、述べる。 | ||
=== Stress-induced fear circuitry disorders(SIFCD)とは === | === Stress-induced fear circuitry disorders(SIFCD)とは === | ||
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図4は、今まで述べてきた、“stress-induced fear circuit”の模式図である。先ほどから述べているように、感覚情報、例えばPD患者であればパニック発作時の動悸や発汗、息切れ等の身体感覚、SADであれば“人前でのスピーチ(public speaking)”の最中の緊張状態における身体感覚が、まず視床に入る。そして前述した2つのパターンで、一部はすぐに扁桃体に伝わり、他方は海馬や前部帯状回や前部帯状回を通り高次機能での分析が行われてから、扁桃体に投射する。この経路(青の点線)は抑制系なので、視床からの入力(=アクセル)によって扁桃体が過活動状態になるのにブレーキをかける。その結果、アクセルとブレーキの兼ね合いで扁桃体中心核から出力系が調整されるが、不安障害ではブレーキの効きが悪いために、前述したような視床下部、青斑核(LC)、結合腕傍核といった脳部位を病的に活性化してしまい、様々な身体症状(心拍数の増加、血圧上昇、過呼吸等)を出現させる。そしてまたこの身体症状を新たな感覚情報として取り込み、再びこの神経回路が働いてしまうという、負のスパイラルが生じる。そうなると、意識に調節(=前頭前野等の高次機能による抑性)はできなくなり、どんどん悪い方向へ向かってしまう。このように“stress-induced fear circuitry disorders”というのは、扁桃体が病的に過活動になってしまう、そして本来それを抑制しなければならない前頭前野あるいは前部帯状回等の機能が低下している病気、と言えるかもしれない(図5、参照)。 | 図4は、今まで述べてきた、“stress-induced fear circuit”の模式図である。先ほどから述べているように、感覚情報、例えばPD患者であればパニック発作時の動悸や発汗、息切れ等の身体感覚、SADであれば“人前でのスピーチ(public speaking)”の最中の緊張状態における身体感覚が、まず視床に入る。そして前述した2つのパターンで、一部はすぐに扁桃体に伝わり、他方は海馬や前部帯状回や前部帯状回を通り高次機能での分析が行われてから、扁桃体に投射する。この経路(青の点線)は抑制系なので、視床からの入力(=アクセル)によって扁桃体が過活動状態になるのにブレーキをかける。その結果、アクセルとブレーキの兼ね合いで扁桃体中心核から出力系が調整されるが、不安障害ではブレーキの効きが悪いために、前述したような視床下部、青斑核(LC)、結合腕傍核といった脳部位を病的に活性化してしまい、様々な身体症状(心拍数の増加、血圧上昇、過呼吸等)を出現させる。そしてまたこの身体症状を新たな感覚情報として取り込み、再びこの神経回路が働いてしまうという、負のスパイラルが生じる。そうなると、意識に調節(=前頭前野等の高次機能による抑性)はできなくなり、どんどん悪い方向へ向かってしまう。このように“stress-induced fear circuitry disorders”というのは、扁桃体が病的に過活動になってしまう、そして本来それを抑制しなければならない前頭前野あるいは前部帯状回等の機能が低下している病気、と言えるかもしれない(図5、参照)。 | ||
また、背側縫線核(DRN)から起こるセロトニン神経系の投射は、一般にLCを抑制するのに対し、LCから起こる投射はDRNのセロトニンニューロンを刺激し、正中縫線核ニューロンを抑制する。さらに、DRNからの投射は、前頭前野、扁桃体、視床下部、中脳水道周囲灰白質等へ伸びている。そのため、セロトニン神経系を調節することによって、「恐怖条件づけ」の神経回路の主要な領域に影響を与えられる可能性があり、ノルアドレナリンの活性低下、コルチコトロピン放出因子の放出低下、防衛と逃避行動の修正等が可能となる17)。また、前頭前野(あるいは前部帯状回) | また、背側縫線核(DRN)から起こるセロトニン神経系の投射は、一般にLCを抑制するのに対し、LCから起こる投射はDRNのセロトニンニューロンを刺激し、正中縫線核ニューロンを抑制する。さらに、DRNからの投射は、前頭前野、扁桃体、視床下部、中脳水道周囲灰白質等へ伸びている。そのため、セロトニン神経系を調節することによって、「恐怖条件づけ」の神経回路の主要な領域に影響を与えられる可能性があり、ノルアドレナリンの活性低下、コルチコトロピン放出因子の放出低下、防衛と逃避行動の修正等が可能となる17)。また、前頭前野(あるいは前部帯状回)の働きにより恐怖条件づけが消去されることがわかっている<ref><pubmed>18668096</pubmed></ref>。これは認知行動療法(CBT)による治療の際に行われているものと推定されている(図5、参照)。 | ||
== PDの治療 == | == PDの治療 == | ||
2009年に改定されたアメリカ精神医学会(American Psychiatric Association:APA)の治療ガイドライン21)を始め、世界生物学的医学会(2002) | 2009年に改定されたアメリカ精神医学会(American Psychiatric Association:APA)の治療ガイドライン21)を始め、世界生物学的医学会(2002)<ref name=ref22><pubmed>12516310</pubmed></ref>、オーストラリア・ニュージーランドの精神医学会ガイドライン(2003)<ref name=ref23><pubmed>14636376</pubmed></ref>、イギリス精神薬理学会(British Association for Psychopharmacology:BAP)(2005)<ref name=ref24><pubmed>16272179</pubmed></ref>等、PDに関する各国の主な治療ガイドラインでは、薬物療法とCBTのいずれも有効で、両者とも治療の第一選択として挙げられている。CBTのメリットとしては、薬物療法に比し再発率が低いことであるが25)、そもそも我が国ではうつ病以外CBTの保険適応がないこと、そのためコスト面での問題があること、さらに現時点では習熟した治療者が不足していること等、実臨床として本格的にCBTを活用するには、残念ながら課題は山積していると言わざるを得ない。一方、薬物療法については、その概念の確立時期よりすでに有効性が示されており、現在も治療の中心的な役割を担っている。以下に、薬物療法について少し述べる。 | ||
=== 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI) === | === 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI) === | ||
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=== ベンゾジアゼピン(Benzodiazepine:BZD)系抗不安薬 === | === ベンゾジアゼピン(Benzodiazepine:BZD)系抗不安薬 === | ||
SSRI・TCAと共に、高力価のBZD系抗不安薬もPDに有効である29,30)。具体的にはalprazolam、lorazepam 、clonazepam、diazepam等、である。前述の欧米各国のガイドラインでは、いずれもBZD系抗不安薬は第2選択薬とされ、SSRI等の抗うつ薬の効果が発現するまでの間(通常、治療開始から1カ月間) | SSRI・TCAと共に、高力価のBZD系抗不安薬もPDに有効である29,30)。具体的にはalprazolam、lorazepam 、clonazepam、diazepam等、である。前述の欧米各国のガイドラインでは、いずれもBZD系抗不安薬は第2選択薬とされ、SSRI等の抗うつ薬の効果が発現するまでの間(通常、治療開始から1カ月間)、PA等を抑えるための補助的な投与に留めるよう、勧告されている<ref name=ref22><pubmed>12516310</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>14636376</pubmed></ref><ref name=ref24><pubmed>16272179</pubmed></ref> 21-24)。その理由として、眠気や脱力といった副作用や長期投与による依存形成等のためである。一方、前述の厚生労働省の研究班によるハンドブックでは、抗うつ薬の治療開始から効果発現までの期間にはBZD系抗不安薬の併用によって積極的に症状改善を図るとし26)、その後4~12週程度の間に徐々に減量し、頓用化を試みるよう指導している。したがって、欧米と我が国ではBZD系抗不安薬の使用について若干温度差があるが、これは日本では欧米に比しBZD系抗不安薬の依存や耐性を示す頻度が少ないためかもしれない。 | ||
== 参考文献 == | == 参考文献 == | ||
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