「機能的磁気共鳴画像法」の版間の差分

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 MNI座標系のような3次元空間での位置合わせ技術も、高次元の非線形法が進歩したことで精度が向上している。しかし複雑な脳回のパターンを保ったまま3次元位置合わせを行うことは原理的に困難である。そこで、大脳皮質が2次元のシートが折れ曲がった構造をしていることに注目した皮質表面解析法が生まれた<ref><pubmed> 9448242</pubmed></ref><ref><pubmed> 22248573</pubmed></ref>。構造MRI画像から皮質を分画化し、その外表面(皮質と脳軟膜境界)と内表面(白質・皮質境界)を抽出し「皮質表面」を得る。そしてこの皮質表面上で脳回のパターン(曲率や深度)を位置合わせする手法(surface registration)が提案され<ref><pubmed> 10619420</pubmed></ref>、個人間の皮質機能構築を2次元座標上で標準化できるようになった。また皮質表面の2次元座標系と、皮質下構造の3次元MNI座標系を組み合わせた新しい座標(灰白質座標)と専用フォーマットCIFTIも設計された。正確な皮質表面の抽出には、高解像度・高画質の脳構造画像が必要であり、得られた表面境界とfMRI画像との正確な位置合わせを行うことで<ref><pubmed> 19573611</pubmed></ref>、fMRI画像を灰白質画像に正確に重ね合わせ、個人間解析を高い位置精度で行うことが可能になってきている。さらに、脳回情報だけでなく機能や構造に関わる値(RSNやミエリンマップ等)を複数組み合わせた、さらに高い精度の表面位置合わせ法も開発され、応用も進んでいる<ref><pubmed> 29100940</pubmed></ref>。
 MNI座標系のような3次元空間での位置合わせ技術も、高次元の非線形法が進歩したことで精度が向上している。しかし複雑な脳回のパターンを保ったまま3次元位置合わせを行うことは原理的に困難である。そこで、大脳皮質が2次元のシートが折れ曲がった構造をしていることに注目した皮質表面解析法が生まれた<ref><pubmed> 9448242</pubmed></ref><ref><pubmed> 22248573</pubmed></ref>。構造MRI画像から皮質を分画化し、その外表面(皮質と脳軟膜境界)と内表面(白質・皮質境界)を抽出し「皮質表面」を得る。そしてこの皮質表面上で脳回のパターン(曲率や深度)を位置合わせする手法(surface registration)が提案され<ref><pubmed> 10619420</pubmed></ref>、個人間の皮質機能構築を2次元座標上で標準化できるようになった。また皮質表面の2次元座標系と、皮質下構造の3次元MNI座標系を組み合わせた新しい座標(灰白質座標)と専用フォーマットCIFTIも設計された。正確な皮質表面の抽出には、高解像度・高画質の脳構造画像が必要であり、得られた表面境界とfMRI画像との正確な位置合わせを行うことで<ref><pubmed> 19573611</pubmed></ref>、fMRI画像を灰白質画像に正確に重ね合わせ、個人間解析を高い位置精度で行うことが可能になってきている。さらに、脳回情報だけでなく機能や構造に関わる値(RSNやミエリンマップ等)を複数組み合わせた、さらに高い精度の表面位置合わせ法も開発され、応用も進んでいる<ref><pubmed> 29100940</pubmed></ref>。


[[File:Hanakawa_fMRI_Fig5.png|thumb|'''図5. 課題fMRIの課題デザイン・解析・結果の例'''<br>ヒト脳コネクトームプロジェクト(HCP)の課題fMRIデータを使用。<br>
指示に反応して体の各部位(右足・左足・右手・左手・舌)を動かす課題fMRIの結果。'''A.''' 運動時の脳活動をモデル化後、血流動態反応(HRF)を畳み込んでBOLD信号変化モデル(緑線)を作成する。データへのあてはめ(GLM)を行い、モデルとデータが有意に相関した部位(体素)の信号変化(赤線)を示している。'''B.''' 運動課題のBOLD信号変化モデルを30例の被験者のデータにあてはめた際のt検定の結果(t値)を、大脳皮質表面に投影して表示。左側は平均の皮質表面、右側はその皮質表面を膨らませて表示することで、脳溝内の統計値を見やすくしている。運動野、補足運動野、2次体性感覚野の神経活動が示唆される。]]
=== fMRIの統計解析 ===
=== fMRIの統計解析 ===
==== 単変量解析 ====
==== 単変量解析 ====
univariate analysis
univariate analysis
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig5.png '''図5. 課題fMRIの課題デザイン・解析・結果の例'''<br>ヒト脳コネクトームプロジェクト(HCP)の課題fMRIデータを使用。<br>
指示に反応して体の各部位(右足・左足・右手・左手・舌)を動かす課題fMRIの結果。'''A.''' 運動時の脳活動をモデル化後、血流動態反応(HRF)を畳み込んでBOLD信号変化モデル(緑線)を作成する。データへのあてはめ(GLM)を行い、モデルとデータが有意に相関した部位(体素)の信号変化(赤線)を示している。'''B.''' 運動課題のBOLD信号変化モデルを30例の被験者のデータにあてはめた際のt検定の結果(t値)を、大脳皮質表面に投影して表示。左側は平均の皮質表面、右側はその皮質表面を膨らませて表示することで、脳溝内の統計値を見やすくしている。運動野、補足運動野、2次体性感覚野の神経活動が示唆される。]]
 課題fMRIの解析には、課題に対応する脳活動とそれに応答するBOLD信号変化を合わせてモデル化し、この理論的な信号変化モデルと実際に測定したBOLD信号との適合度を体積画素/体素(voxel)ごとに計算し、課題に関連する脳活動を反映する統計画像を得る方法が広く用いられている。信号変化モデルは、複数の説明変数(課題遂行と相関する「脳活動」、頭部の動きなど脳活動以外の要因など)や脳活動に対するBOLD反応の時間的遅れやバラつき(血流動態関数、HRF)を考慮して構築する。多重回帰を含む一般線形モデル(general linear model, GLM)により、信号変化モデルとデータとの適合程度を調べ、各説明変数の重み付け係数値画像や誤差値画像を算出する(第1段階解析)('''図5A''')。臨床検査としての課題fMRI(術前の言語機能評価など)のように、個人の結果に興味がある場合は、係数値画像を誤差値画像で割って得られるt値画像などを用いた個人内要因の統計検定を行う。例えば、課題Aと課題B遂行時の脳活動の差を見るためには、係数の引き算に相当する重みづけ操作を行い(”コントラストを立てる”)、得られたt値画像を用いて統計検定を行う。医学研究や神経科学研究では、測定対象とした複数の個人を母集団からランダムに抽出したサンプルと考え、母集団についての推定を行いたいことが一般的である。その際は、研究者が関心のある実験要因に対する重みづけ係数画像について、個人間でのバラつきの違い「変量効果(random effect)」を考慮した統計検定(一般化線形混合モデル[generalized linear mixed model, GLMM])を行い、課題と相関する脳活動とその群間差を示す脳部位を検出する(2段階解析)('''図5B''')。
 課題fMRIの解析には、課題に対応する脳活動とそれに応答するBOLD信号変化を合わせてモデル化し、この理論的な信号変化モデルと実際に測定したBOLD信号との適合度を体積画素/体素(voxel)ごとに計算し、課題に関連する脳活動を反映する統計画像を得る方法が広く用いられている。信号変化モデルは、複数の説明変数(課題遂行と相関する「脳活動」、頭部の動きなど脳活動以外の要因など)や脳活動に対するBOLD反応の時間的遅れやバラつき(血流動態関数、HRF)を考慮して構築する。多重回帰を含む一般線形モデル(general linear model, GLM)により、信号変化モデルとデータとの適合程度を調べ、各説明変数の重み付け係数値画像や誤差値画像を算出する(第1段階解析)('''図5A''')。臨床検査としての課題fMRI(術前の言語機能評価など)のように、個人の結果に興味がある場合は、係数値画像を誤差値画像で割って得られるt値画像などを用いた個人内要因の統計検定を行う。例えば、課題Aと課題B遂行時の脳活動の差を見るためには、係数の引き算に相当する重みづけ操作を行い(”コントラストを立てる”)、得られたt値画像を用いて統計検定を行う。医学研究や神経科学研究では、測定対象とした複数の個人を母集団からランダムに抽出したサンプルと考え、母集団についての推定を行いたいことが一般的である。その際は、研究者が関心のある実験要因に対する重みづけ係数画像について、個人間でのバラつきの違い「変量効果(random effect)」を考慮した統計検定(一般化線形混合モデル[generalized linear mixed model, GLMM])を行い、課題と相関する脳活動とその群間差を示す脳部位を検出する(2段階解析)('''図5B''')。
   
   
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 システムとしての脳の仕組みを探るにあたり、機能局在を追求することだけでは限界がある。そこで脳部位間の繋がりが注目され、2005年には脳の網羅的な結線図を意味するコネクトーム(connectome)という概念が提唱された<ref><pubmed> 16201007</pubmed></ref>。脳コネクトームには様々な空間スケールがありうる。全脳を観察できるfMRIでは、脳領域間機能結合の正方行列を計算することで、全脳レベル(macroscale)の機能的コネクトーム解析が可能である。fMRIでは各脳領域間の連絡の強さの指標を機能結合(functional connetivity, FC)と呼ぶ。FCの産出法としては領域間の時系列信号のピアソン相関係数が良く使われる<ref name=Biswal1995></ref>。ある特定の脳領域を関心領域(シード)として設定し、相手方の関心領域(または体素)を、全脳に渡って隙間なく設定した相関解析を行えば、特定のシードに対する脳全体の機能結合マップが得られる。例えば、安静時fMRI解析において後部帯状回に関心領域を設定すれば、PETで見られたDMNがRSNとして抽出できる<ref><pubmed> 12506194</pubmed></ref><ref><pubmed> 17476267</pubmed></ref>。さらにシードを全脳の関心領域すべてに設定することで、多対多の網羅的な機能結合、すなわち機能的コネクトームが算出できる。このような機能的コネクトーム解析を行う際には、通常のピアソンの相関係数ではなく偏相関分析(partial correlation)を用いることで、2領域間に固有性の高いFCを評価できることが示唆されている<ref><pubmed> 22248579</pubmed></ref>。また機能的コネクトームを用いた新たな機能結合性モデルの提唱や、より高次な解析への展開(グラフ理論、独立成分分析、機械学習など)、他の指標や測定(脳波や臨床兆候など)との関連付け、疾患バイオマーカーの探索等の様々な研究も行われている。一方でヒトの脳コネクトーム研究単独では結果の妥当性の検証が難しいため、動物脳での検証も重要であり、例えば神経連絡トレーサーと機能的結合の比較は重要な課題である。
 システムとしての脳の仕組みを探るにあたり、機能局在を追求することだけでは限界がある。そこで脳部位間の繋がりが注目され、2005年には脳の網羅的な結線図を意味するコネクトーム(connectome)という概念が提唱された<ref><pubmed> 16201007</pubmed></ref>。脳コネクトームには様々な空間スケールがありうる。全脳を観察できるfMRIでは、脳領域間機能結合の正方行列を計算することで、全脳レベル(macroscale)の機能的コネクトーム解析が可能である。fMRIでは各脳領域間の連絡の強さの指標を機能結合(functional connetivity, FC)と呼ぶ。FCの産出法としては領域間の時系列信号のピアソン相関係数が良く使われる<ref name=Biswal1995></ref>。ある特定の脳領域を関心領域(シード)として設定し、相手方の関心領域(または体素)を、全脳に渡って隙間なく設定した相関解析を行えば、特定のシードに対する脳全体の機能結合マップが得られる。例えば、安静時fMRI解析において後部帯状回に関心領域を設定すれば、PETで見られたDMNがRSNとして抽出できる<ref><pubmed> 12506194</pubmed></ref><ref><pubmed> 17476267</pubmed></ref>。さらにシードを全脳の関心領域すべてに設定することで、多対多の網羅的な機能結合、すなわち機能的コネクトームが算出できる。このような機能的コネクトーム解析を行う際には、通常のピアソンの相関係数ではなく偏相関分析(partial correlation)を用いることで、2領域間に固有性の高いFCを評価できることが示唆されている<ref><pubmed> 22248579</pubmed></ref>。また機能的コネクトームを用いた新たな機能結合性モデルの提唱や、より高次な解析への展開(グラフ理論、独立成分分析、機械学習など)、他の指標や測定(脳波や臨床兆候など)との関連付け、疾患バイオマーカーの探索等の様々な研究も行われている。一方でヒトの脳コネクトーム研究単独では結果の妥当性の検証が難しいため、動物脳での検証も重要であり、例えば神経連絡トレーサーと機能的結合の比較は重要な課題である。
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig6.png|thumb|'''図6. 安静時fMRI画像を前処置後、独立成分分析により得たDMN'''<br>後部帯状回を中心とし頭頂葉、前頭前野前内側部を含むデフォルトモードネットワーク(DMN)。左上は膨らました皮質表面にマッピングしたもの、右上は軸断像に表示、および同ネットワークの信号変化(左下)および周波数分析結果(右下)。周波数0.01-0.1Hzに高いパワーを持つネットワーク活動である。図3と同じfMRIデータで、動き補正・ノイズ処理を行ったあとに得られたもの。]]


==== 独立成分分析 ====
==== 独立成分分析 ====
independent component analysis
independent component analysis
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig6.png '''図6. 安静時fMRI画像を前処置後、独立成分分析により得たDMN'''<br>後部帯状回を中心とし頭頂葉、前頭前野前内側部を含むデフォルトモードネットワーク(DMN)。左上は膨らました皮質表面にマッピングしたもの、右上は軸断像に表示、および同ネットワークの信号変化(左下)および周波数分析結果(右下)。周波数0.01-0.1Hzに高いパワーを持つネットワーク活動である。図3と同じfMRIデータで、動き補正・ノイズ処理を行ったあとに得られたもの。]]
 ICAはデータ駆動型の解析でありブラインド信号分離の技術として多くの分野で活用されている。主成分分析(principle component analysis, PCA)と比べ、データマイニングの手法として柔軟であると考えられている。主成分分析では無相関、つまりベクトルとして直交する成分のセットが解析的に一意に定まる。これに対しICAでは、互いに他の情報を持たないという特性(独立性)が大きくなるよう成分を分離する。無相関であっても独立ではないことがあるから、独立性は相関性よりも柔軟な条件である。確率変数としてデータの空間的な分布を採るか、経時変化を採るかによって、空間的ICAと時間的ICAが可能である。fMRIデータが空間的に高次元であることから、初期のfMRIでの活用は空間的ICAにより数十個の独立成分を求めるものであった。神経解剖学的に解釈可能な皮質ネットワークを得ることができDMNの同定にも使用される('''図6''')。ICAは従前から脳波など電気生理データのノイズ除去に利用されてきたが、機械学習判別によって個人レベルのfMR元データから構造ノイズ成分を除去する前処理過程にもICAが利用されている(fMRIデータの前処理の項参照)。
 ICAはデータ駆動型の解析でありブラインド信号分離の技術として多くの分野で活用されている。主成分分析(principle component analysis, PCA)と比べ、データマイニングの手法として柔軟であると考えられている。主成分分析では無相関、つまりベクトルとして直交する成分のセットが解析的に一意に定まる。これに対しICAでは、互いに他の情報を持たないという特性(独立性)が大きくなるよう成分を分離する。無相関であっても独立ではないことがあるから、独立性は相関性よりも柔軟な条件である。確率変数としてデータの空間的な分布を採るか、経時変化を採るかによって、空間的ICAと時間的ICAが可能である。fMRIデータが空間的に高次元であることから、初期のfMRIでの活用は空間的ICAにより数十個の独立成分を求めるものであった。神経解剖学的に解釈可能な皮質ネットワークを得ることができDMNの同定にも使用される('''図6''')。ICAは従前から脳波など電気生理データのノイズ除去に利用されてきたが、機械学習判別によって個人レベルのfMR元データから構造ノイズ成分を除去する前処理過程にもICAが利用されている(fMRIデータの前処理の項参照)。