「機能的磁気共鳴画像法」の版間の差分

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 1990年代の初頭に開発されるやいなや、当時ヒト脳機能イメージング研究手法の主流であったポジトロン断層像(PET)による血流・代謝測定を置き換えた。現在では、脳機能イメージング研究の代名詞として、健常脳の機能分離や機能連関の理解、あるいは精神・神経疾患の病態生理の解明のため、欠かすことのできないツールとなっている。ただしfMRIは、PETと同様、脳活動の本態である神経細胞の電気化学的活動そのものを測定しているのではなく、脳活動の代用マーカー(surrogate marker)としての局所酸素代謝・血流動態を画像化していることには留意が必要である。また、脳活動に由来するfMRI信号の変動は、脳活動以外の要因による信号変動と比較して必ずしも大きくないため、興味のある脳活動を抽出するために適切な画像・信号処理を行うことも重要である。本項目では、脳機能を解明するツールとしてのfMRIの原理、解析法とそれらを応用した脳科学研究の潮流を概説する。
 1990年代の初頭に開発されるやいなや、当時ヒト脳機能イメージング研究手法の主流であったポジトロン断層像(PET)による血流・代謝測定を置き換えた。現在では、脳機能イメージング研究の代名詞として、健常脳の機能分離や機能連関の理解、あるいは精神・神経疾患の病態生理の解明のため、欠かすことのできないツールとなっている。ただしfMRIは、PETと同様、脳活動の本態である神経細胞の電気化学的活動そのものを測定しているのではなく、脳活動の代用マーカー(surrogate marker)としての局所酸素代謝・血流動態を画像化していることには留意が必要である。また、脳活動に由来するfMRI信号の変動は、脳活動以外の要因による信号変動と比較して必ずしも大きくないため、興味のある脳活動を抽出するために適切な画像・信号処理を行うことも重要である。本項目では、脳機能を解明するツールとしてのfMRIの原理、解析法とそれらを応用した脳科学研究の潮流を概説する。


[[File:Hanakawa_fMRI_Fig1.png|thumb|right|'''図1. 神経血管連関の模式図'''<br>脳血流(CBF)は動脈〜小動脈(arteriole)から流入し、動脈血中では赤血球のヘモグロビンは酸素化(oxy-Hb)されている。刺激がない安静時'''(左)'''であっても、酸素は脳の基礎代謝要求により消費される。酸素は毛細血管で脳組織に供給され、酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb)は、常磁性体である還元ヘモグロビン(deoxy-Hb)に変わる。外的刺激などによりシナプス入力と神経活動が増加すると'''(右)'''、局所の酸素・エネルギー代謝要求は安静時と比較して増加する。酸素消費により還元ヘモグロビン(常磁性体)が増加するはずだから、局所磁場が乱れて[[磁気共鳴画像法#T2*|T2*]]が短縮するように思われる(陰性BOLD信号)。しかし、神経血管単位は基礎代謝要求の増加を検知して動脈血の流入を要求量以上に増加させるらしい。この過程にはプロスタグランジン(PG)や一酸化窒素(NO)が関わっているとされる。これらの影響の総和として、脳活動が増加する部分ではdeoxy-Hbが相対的に薄まって局所磁場が安定し、T2*延長が観察される。多くのfMRI法ではこのT2*の延長を陽性BOLD信号として計測している。]]
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig1.png|thumb|right|'''図1. 神経血管連関の模式図'''<br>脳血流(CBF)は動脈〜小動脈(arteriole)から流入し、動脈血中では赤血球のヘモグロビンは酸素化(oxy-Hb)されている。刺激がない安静時'''(左)'''であっても、酸素は脳の基礎代謝要求により消費される。酸素は毛細血管で脳組織に供給され、酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb)は、常磁性体である還元ヘモグロビン(deoxy-Hb)に変わる。外的刺激などによりシナプス入力と神経活動が増加すると'''(右)'''、局所の酸素・エネルギー代謝要求は安静時と比較して増加する。酸素消費により還元ヘモグロビン(常磁性体)が増加するはずだから、局所磁場が乱れて[[磁気共鳴画像法#T2*緩和|T2*]]が短縮するように思われる(陰性BOLD信号)。しかし、神経血管単位は基礎代謝要求の増加を検知して動脈血の流入を要求量以上に増加させるらしい。この過程にはプロスタグランジン(PG)や一酸化窒素(NO)が関わっているとされる。これらの影響の総和として、脳活動が増加する部分ではdeoxy-Hbが相対的に薄まって局所磁場が安定し、T2*延長が観察される。多くのfMRI法ではこのT2*の延長を陽性BOLD信号として計測している。]]
== 原理 ==
== 原理 ==
=== BOLD信号の発見 ===
=== BOLD信号の発見 ===
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=== 神経血管連関 ===
=== 神経血管連関 ===
 脳の神経・シナプス活動に応答する局所血流変化は、神経細胞、微小血管(細動脈~毛細血管)の内皮細胞や周皮細胞、さらに星状膠細胞などからなる神経血管単位(neurovascular unit)により制御され、脳活動に引き続いて局所に過剰な酸素供給(機能的充血、functional hyperemia)をもたらす。つまり、BOLD信号を脳活動の代用マーカーとするfMRIは、神経活動の増加に続いて機能的充血が生じる仕組み(神経血管連関、neurovascular coupling)に依存している(図1)。
 脳の神経・シナプス活動に応答する局所血流変化は、神経細胞、微小血管(細動脈~毛細血管)の内皮細胞や周皮細胞、さらに星状膠細胞などからなる神経血管単位(neurovascular unit)により制御され、脳活動に引き続いて局所に過剰な酸素供給(機能的充血、functional hyperemia)をもたらす。つまり、BOLD信号を脳活動の代用マーカーとするfMRIは、神経活動の増加に続いて機能的充血が生じる仕組み(神経血管連関、neurovascular coupling)に依存している('''図1''')。
   
   
 2001年のLogothetisらによるサルを対象としたfMRIと神経活動の同時計測は、刺激や課題に伴う脳活動の増加とBOLD信号の関係性の理解に大きく貢献した<ref><pubmed>11449264</pubmed></ref>。ある視覚刺激条件において、マルチユニット神経活動(複数の神経細胞の出力)は一過性にのみ増加を示したが、BOLD信号と局所電場電位(local field potential, LFP)は一過性の増加に引き続く持続性の増加を示した。すなわちBOLD信号変化は、マルチユニット神経活動よりもLFPと良く相関する。LFPはシナプス活動、すなわち神経細胞への情報入力を反映するから、BOLD信号変化は皮質からの出力量よりも皮質への入力量との関係が強いことになる。最近では、超高磁場・高解像度のfMRIにより、皮質層ごとの情報処理を反映するBOLD信号変化の計測技術が精力的に開発されている<ref><pubmed> 26832438</pubmed></ref>。
 2001年のLogothetisらによるサルを対象としたfMRIと神経活動の同時計測は、刺激や課題に伴う脳活動の増加とBOLD信号の関係性の理解に大きく貢献した<ref><pubmed>11449264</pubmed></ref>。ある視覚刺激条件において、マルチユニット神経活動(複数の神経細胞の出力)は一過性にのみ増加を示したが、BOLD信号と局所電場電位(local field potential, LFP)は一過性の増加に引き続く持続性の増加を示した。すなわちBOLD信号変化は、マルチユニット神経活動よりもLFPと良く相関する。LFPはシナプス活動、すなわち神経細胞への情報入力を反映するから、BOLD信号変化は皮質からの出力量よりも皮質への入力量との関係が強いことになる。最近では、超高磁場・高解像度のfMRIにより、皮質層ごとの情報処理を反映するBOLD信号変化の計測技術が精力的に開発されている<ref><pubmed> 26832438</pubmed></ref>。
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 システムとしての脳の仕組みを探るにあたり、機能局在を追求することだけでは限界がある。そこで脳部位間の繋がりが注目され、2005年には脳の網羅的な結線図を意味するコネクトーム(connectome)という概念が提唱された<ref><pubmed> 16201007</pubmed></ref>。脳コネクトームには様々な空間スケールがありうる。全脳を観察できるfMRIでは、脳領域間機能結合の正方行列を計算することで、全脳レベル(macroscale)の機能的コネクトーム解析が可能である。fMRIでは各脳領域間の連絡の強さの指標を機能結合(functional connetivity, FC)と呼ぶ。FCの産出法としては領域間の時系列信号のピアソン相関係数が良く使われる<ref name=Biswal1995></ref>。ある特定の脳領域を関心領域(シード)として設定し、相手方の関心領域(または体素)を、全脳に渡って隙間なく設定した相関解析を行えば、特定のシードに対する脳全体の機能結合マップが得られる。例えば、安静時fMRI解析において後部帯状回に関心領域を設定すれば、PETで見られたDMNがRSNとして抽出できる<ref><pubmed> 12506194</pubmed></ref><ref><pubmed> 17476267</pubmed></ref>。さらにシードを全脳の関心領域すべてに設定することで、多対多の網羅的な機能結合、すなわち機能的コネクトームが算出できる。このような機能的コネクトーム解析を行う際には、通常のピアソンの相関係数ではなく偏相関分析(partial correlation)を用いることで、2領域間に固有性の高いFCを評価できることが示唆されている<ref><pubmed> 22248579</pubmed></ref>。また機能的コネクトームを用いた新たな機能結合性モデルの提唱や、より高次な解析への展開(グラフ理論、独立成分分析、機械学習など)、他の指標や測定(脳波や臨床兆候など)との関連付け、疾患バイオマーカーの探索等の様々な研究も行われている。一方でヒトの脳コネクトーム研究単独では結果の妥当性の検証が難しいため、動物脳での検証も重要であり、例えば神経連絡トレーサーと機能的結合の比較は重要な課題である。
 システムとしての脳の仕組みを探るにあたり、機能局在を追求することだけでは限界がある。そこで脳部位間の繋がりが注目され、2005年には脳の網羅的な結線図を意味するコネクトーム(connectome)という概念が提唱された<ref><pubmed> 16201007</pubmed></ref>。脳コネクトームには様々な空間スケールがありうる。全脳を観察できるfMRIでは、脳領域間機能結合の正方行列を計算することで、全脳レベル(macroscale)の機能的コネクトーム解析が可能である。fMRIでは各脳領域間の連絡の強さの指標を機能結合(functional connetivity, FC)と呼ぶ。FCの産出法としては領域間の時系列信号のピアソン相関係数が良く使われる<ref name=Biswal1995></ref>。ある特定の脳領域を関心領域(シード)として設定し、相手方の関心領域(または体素)を、全脳に渡って隙間なく設定した相関解析を行えば、特定のシードに対する脳全体の機能結合マップが得られる。例えば、安静時fMRI解析において後部帯状回に関心領域を設定すれば、PETで見られたDMNがRSNとして抽出できる<ref><pubmed> 12506194</pubmed></ref><ref><pubmed> 17476267</pubmed></ref>。さらにシードを全脳の関心領域すべてに設定することで、多対多の網羅的な機能結合、すなわち機能的コネクトームが算出できる。このような機能的コネクトーム解析を行う際には、通常のピアソンの相関係数ではなく偏相関分析(partial correlation)を用いることで、2領域間に固有性の高いFCを評価できることが示唆されている<ref><pubmed> 22248579</pubmed></ref>。また機能的コネクトームを用いた新たな機能結合性モデルの提唱や、より高次な解析への展開(グラフ理論、独立成分分析、機械学習など)、他の指標や測定(脳波や臨床兆候など)との関連付け、疾患バイオマーカーの探索等の様々な研究も行われている。一方でヒトの脳コネクトーム研究単独では結果の妥当性の検証が難しいため、動物脳での検証も重要であり、例えば神経連絡トレーサーと機能的結合の比較は重要な課題である。


[[File:Hanakawa_fMRI_Fig6.png|thumb|'''図6. 安静時fMRI画像を前処置後、独立成分分析により得たDMN'''<br>後部帯状回を中心とし頭頂葉、前頭前野前内側部を含むデフォルトモードネットワーク(DMN)。左上は膨らました皮質表面にマッピングしたもの、右上は軸断像に表示、および同ネットワークの信号変化(左下)および周波数分析結果(右下)。周波数0.01-0.1Hzに高いパワーを持つネットワーク活動である。図3と同じfMRIデータで、動き補正・ノイズ処理を行ったあとに得られたもの。]]
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig6.png|thumb|'''図6. 安静時fMRI画像を前処置後、独立成分分析により得たDMN'''<br>後部帯状回を中心とし頭頂葉、前頭前野前内側部を含むデフォルトモードネットワーク(DMN)。左上は膨らました皮質表面にマッピングしたもの、右上は軸断像に表示、および同ネットワークの信号変化(左下)および周波数分析結果(右下)。周波数0.01-0.1Hzに高いパワーを持つネットワーク活動である。'''図3'''と同じfMRIデータで、動き補正・ノイズ処理を行ったあとに得られたもの。]]


==== 独立成分分析 ====
==== 独立成分分析 ====