「慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー」の版間の差分

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小池春樹
<div align="right"> 
名古屋大学大学院医学系研究科 神経内科
<font size="+1">[https://researchmap.jp/abababab 小池 春樹]</font><br>
''名古屋大学大学院医学系研究科 神経内科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年10月12日 原稿完成日:2020年XX月XX日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446/ 漆谷 真](滋賀医科大学 脳神経内科)<br>           
</div>


英:chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy<br>
英:chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy 独:Chronische inflammatorische demyelinisierende Polyneuropathie 仏:polyradiculonévrite inflammatoire démyélinisante chronique<br>
英略語:CIDP<br>
英略語:CIDP<br>
同義語:慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー
同義語:慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー
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 慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチーは慢性進行性、または再発性の経過で筋力低下と感覚障害をきたす後天性の末梢神経疾患である<ref name=Koike2018><pubmed>30429275</pubmed></ref><ref name=Koike2020><pubmed>32410146</pubmed></ref> [1,2]。発症には免疫性の機序が関与すると推測されているが、十分明らかになっていない部分が多い。再発性の経過を呈する後天性の脱髄性末梢神経障害という概念は1958年にAustinによって提唱され<ref name=Austin1958><pubmed>13572689</pubmed></ref> [3]、1975年にDyckらによって慢性進行性や再発性の経過を呈し、左右対称で四肢近位部と遠位部同程度の障害をきたす、いわゆる典型的CIDPの疾患概念が確立された<ref name=Dyck1975><pubmed>1186294</pubmed></ref> [4]。
 慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチーは慢性進行性、または再発性の経過で筋力低下と感覚障害をきたす後天性の末梢神経疾患である<ref name=Koike2018><pubmed>30429275</pubmed></ref><ref name=Koike2020><pubmed>32410146</pubmed></ref> [1,2]。発症には免疫性の機序が関与すると推測されているが、十分明らかになっていない部分が多い。再発性の経過を呈する後天性の脱髄性末梢神経障害という概念は1958年にAustinによって提唱され<ref name=Austin1958><pubmed>13572689</pubmed></ref> [3]、1975年にDyckらによって慢性進行性や再発性の経過を呈し、左右対称で四肢近位部と遠位部同程度の障害をきたす、いわゆる典型的CIDPの疾患概念が確立された<ref name=Dyck1975><pubmed>1186294</pubmed></ref> [4]。


 現在の日常診療における慢性炎症性脱髄性多発神経炎診断の際には臨床症候と電気生理学的所見が重要視されており、これまでに多くの診断基準が提唱されてきた。中でも有名なものとして、American Academy of Neurology(AAN)の診断基準とEuropean Federation of Neurological Societies/Peripheral Nerve Society(EFNS/PNS)ガイドラインの診断基準の2つがあり<ref name=Dyck1975><pubmed>1186294</pubmed></ref><ref name=ref2027473><pubmed>2027473</pubmed></ref> [5,6]、現在は後者(EFNS/PNS診断基準)が頻用されている。
 現在の日常診療における慢性炎症性脱髄性多発神経炎診断の際には臨床症候と電気生理学的所見が重要視されており、これまでに多くの診断基準が提唱されてきた。中でも有名なものとして、American Academy of Neurology(AAN)の診断基準とEuropean Federation of Neurological Societies/Peripheral Nerve Society(EFNS/PNS)ガイドラインの診断基準の2つがあり<ref name=ref2027473><pubmed>2027473</pubmed></ref><ref name=JointTaskForceofthe2010><pubmed>20433600</pubmed></ref> [5,6]、現在は後者(EFNS/PNS診断基準)が頻用されている。


 EFNS/PNS診断基準では先に述べた典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎の他に、非典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎として、遠位部優位型(distal acquired demyelinating symmetric; DADS)、多巣性感覚運動型(multifocal acquired demyelinating sensory and motor neuropathy; MADSAM)、局所型、純粋運動型、および純粋感覚型の5種類の病型を定義している('''表1''')<ref name=JointTaskForceofthe2010><pubmed>20433600</pubmed></ref> [6]。多巣性感覚運動型 はEFNS/PNS診断基準が提唱される以前に報告されていたLewis-Sumner症候群と同義であると考えられている[6]。病型別の割合は報告によって異なるが、後方視的な連続106例の検討では、典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎が52%(55例)、遠位部優位型が15%(16例)、多巣性感覚運動型が14%(15例)、局所型が1%(1例)、純粋運動型が4%(4例)、純粋感覚型が14%(15例)であった<ref name=Ikeda2019><pubmed>31227562</pubmed></ref> [7]。
 EFNS/PNS診断基準では先に述べた典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎の他に、非典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎として、遠位部優位型(distal acquired demyelinating symmetric; DADS)、多巣性感覚運動型(multifocal acquired demyelinating sensory and motor neuropathy; MADSAM)、局所型、純粋運動型、および純粋感覚型の5種類の病型を定義している('''表1''')<ref name=JointTaskForceofthe2010><pubmed>20433600</pubmed></ref> [6]。多巣性感覚運動型 はEFNS/PNS診断基準が提唱される以前に報告されていたLewis-Sumner症候群と同義であると考えられている[6]。病型別の割合は報告によって異なるが、後方視的な連続106例の検討では、典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎が52%(55例)、遠位部優位型が15%(16例)、多巣性感覚運動型が14%(15例)、局所型が1%(1例)、純粋運動型が4%(4例)、純粋感覚型が14%(15例)であった<ref name=Ikeda2019><pubmed>31227562</pubmed></ref> [7]。


 近年、典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎と遠位部優位型の病型を呈する患者の一部で傍絞輪部に存在する155やコンタクチン1に対する自己抗体が検出されることが明らかとなり、これらの抗体陽性例は後述するように従来型の慢性炎症性脱髄性多発神経炎とは異なる病態を有する一群と考えられるようになっている<ref name=Koike2020><pubmed>32410146</pubmed></ref> [2]。
 近年、典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎と遠位部優位型の病型を呈する患者の一部で傍絞輪部に存在するニューロファシン155やコンタクチン1に対する自己抗体が検出されることが明らかとなり、これらの抗体陽性例は後述するように従来型の慢性炎症性脱髄性多発神経炎とは異なる病態を有する一群と考えられるようになっている<ref name=Koike2020><pubmed>32410146</pubmed></ref> [2]。
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|+表1 慢性炎症性脱髄性多発神経炎の病型(EFNS/PNS診療ガイドラインから引用)<ref name=JointTaskForceofthe2010><pubmed>20433600</pubmed></ref> [6]
|+表1 慢性炎症性脱髄性多発神経炎の病型(EFNS/PNS診療ガイドラインから引用)<ref name=JointTaskForceofthe2010><pubmed>20433600</pubmed></ref> [6]
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|+表2. 慢性炎症性脱髄性多発神経炎の臨床診断基準(EFNS/PNS診療ガイドラインから引用)[6]
|+表2. 慢性炎症性脱髄性多発神経炎の臨床診断基準(EFNS/PNS診療ガイドラインから引用)<ref name=JointTaskForceofthe2010><pubmed>20433600</pubmed></ref>[6]
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! style="text-align:left"| (1) 選択基準
! style="text-align:left"| (1) 選択基準
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  ・著明な括約筋(排尿・排便)障害<br>
  ・著明な括約筋(排尿・排便)障害<br>
  ・多巣性運動ニューロパチー <br>
  ・多巣性運動ニューロパチー <br>
  ・高力価の抗髄鞘関連糖蛋白(MAG)抗体を伴う単クローン性IgM-M蛋白血症<br>
  ・高力価の抗髄鞘関連糖タンパク質(MAG)抗体を伴う単クローン性IgM-Mタンパク質血症<br>
  ・POEMS症候群、骨硬化性骨髄腫、糖尿病性・非糖尿病性腰仙部神経根叢ニューロパチーなどの脱髄性ニューロパチーをきたすその他の原因。リンパ腫、アミロイドーシスは脱髄所見を呈することがある。<br>
  ・POEMS症候群、骨硬化性骨髄腫、糖尿病性・非糖尿病性腰仙部神経根叢ニューロパチーなどの脱髄性ニューロパチーをきたすその他の原因。リンパ腫、アミロイドーシスは脱髄所見を呈することがある。<br>
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|+表3. 慢性炎症性脱髄性多発神経炎の電気診断基準(EFNS/PNS診療ガイドラインから引用)[6]
|+表3. 慢性炎症性脱髄性多発神経炎の電気診断基準(EFNS/PNS診療ガイドラインから引用)<ref name=JointTaskForceofthe2010><pubmed>20433600</pubmed></ref>[6]
! style="text-align:left"|(1) Definite: 以下のうち少なくとも1項目を満たす
! style="text-align:left"|(1) Definite: 以下のうち少なくとも1項目を満たす
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|+ 表4. 慢性炎症性脱髄性多発神経炎診断の支持基準(EFNS/PNS診療ガイドラインから引用)[6]
|+ 表4. 慢性炎症性脱髄性多発神経炎診断の支持基準(EFNS/PNS診療ガイドラインから引用)<ref name=JointTaskForceofthe2010><pubmed>20433600</pubmed></ref>[6]
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| 1. 脳脊髄液の蛋白細胞解離(白血球数<10/mm<sup>3</sup>)<br>
| 1. 脳脊髄液のタンパク質細胞解離(白血球数<10/mm<sup>3</sup>)<br>
2. MRIでの馬尾、神経根、神経叢のガドリニウム造影効果・腫大<br>
2. MRIでの馬尾、神経根、神経叢のガドリニウム造影効果・腫大<br>
3. 少なくとも1神経における電気生理学的な感覚神経の異常所見(下記のいずれか)<br>
3. 少なくとも1神経における電気生理学的な感覚神経の異常所見(下記のいずれか)<br>
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|+表5. CIDP診断カテゴリー(EFNS/PNS診療ガイドラインから引用)[6]
|+表5. CIDP診断カテゴリー(EFNS/PNS診療ガイドラインから引用)<ref name=JointTaskForceofthe2010><pubmed>20433600</pubmed></ref>[6]
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| '''Definite CIDP'''<br>
| '''Definite CIDP'''<br>
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'''合併症に関連したCIDP(definite、probable、possible)'''
'''合併症に関連したCIDP(definite、probable、possible)'''
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[[ファイル:Koike_CIDP_Fig1.png|サムネイル|'''図1.マクロファージによる髄鞘の破壊。'''<br>
(A) 髄鞘を囲む基底膜(矢頭)内には髄鞘の残渣を多量に含んだマクロファージの細胞質がみられる。黒枠の拡大を(B)に示す。(B) マクロファージによる髄鞘の層構造の破壊がみられる。CIDP患者の腓腹神経生検電顕横断像。酢酸ウラン・クエン酸鉛染色。Scale bars = 2 μm (A) and 0.5 μm (B)。]]
[[ファイル:Koike_CIDP_Fig2.png|サムネイル|'''図2.髄鞘の消失。'''<br>
星印で示した有髄線維の軸索はマクロファージによる貪食によって周囲の髄鞘が消失している。正常な無髄線維の軸索を矢頭で示す。CIDP患者の腓腹神経生検電顕横断像。酢酸ウラン・クエン酸鉛染色。Scale bar = 0.5 μm。]]
[[ファイル:Koike_CIDP_Fig3.png|サムネイル|'''図3.貪食が終了して基底膜外に出て行くマクロファージ。'''<br>
マクロファージは矢頭の部分で有髄線維を囲む基底膜を貫通している。髄鞘が消失した軸索を星印で示す。CIDP患者の腓腹神経生検電顕横断像。酢酸ウラン・クエン酸鉛染色。Scale bar = 1 μm。]]
[[ファイル:Koike_CIDP_Fig4.png|サムネイル|'''図4.脱髄像と基底膜外に出たマクロファージ。'''<br>
脱髄像を星印で示す。基底膜外のマクロファージ(矢印)の細胞質には髄鞘の残渣が含まれている。CIDP患者の腓腹神経生検電顕横断像。酢酸ウラン・クエン酸鉛染色。Scale bar = 2 μm。]]
[[ファイル:Koike_CIDP_Fig5.png|サムネイル|'''図5.有髄線維における傍絞輪部周辺の構造とタンパク質の局在。'''<br>
有髄線維は長軸方向にみた場合、ランビエ絞輪部、傍絞輪部、傍絞輪近接部、絞輪間部の4つの部位に区分することができる。ニューロファシン155とコンタクチン1は傍絞輪部に局在しており、軸索膜と髄鞘終末ループを接着させる役割を担っている。Caspr1 = contactin-associated protein 1; Caspr2 = contactin-associated protein 2; CNTN1 = コンタクチン1; CNTN2 = コンタクチン2; NF155 = ニューロファシン155; NF186 = ニューロファシン186.]]
[[ファイル:Koike_CIDP_Fig6.png|サムネイル|'''図6.抗ニューロファシン155抗体陽性例でみられた傍絞輪部の解離。'''<br>
髄鞘の終末ループと軸索の間隙を矢印で示す。(A)の黒枠の拡大を(B)に示す。腓腹神経生検電顕横断像。酢酸ウラン・クエン酸鉛染色。Scale bars = 0.5 μm (A) and 0.2 μm (B)。]]
== 病態生理 ==
== 病態生理 ==
=== マクロファージによる脱髄 ===
=== マクロファージによる脱髄 ===
 慢性炎症性脱髄性多発神経炎ではマクロファージによる髄鞘の貪食像が初期から報告されており(図1-4)、これによって生じる脱髄が神経の伝導障害を引き起こすと考えられてきた<ref name=Koike2018><pubmed>30429275</pubmed></ref> [1]。腓腹神経生検の検討では、主要な病型である典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎、遠位部優位型、多巣性感覚運動型、純粋感覚型の全てにおいて、全例ではないものの、マクロファージによる髄鞘貪食像が確認されている<ref name=Ikeda2019><pubmed>31227562</pubmed></ref> [7]。これらのうち非典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎、すなわち遠位部優位型、多巣性感覚運動型、純粋感覚型では有髄線維の脱落の程度や、繰り返しの脱髄・再髄鞘化の機転を示唆するオニオンバルブの分布に部位差を認めることが多いのに対し、典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎ではこのような部位差がみられず均一な所見を呈する傾向があることが示されている<ref name=Ikeda2019><pubmed>31227562</pubmed></ref> [7]。このことから、それぞれの病型にはマクロファージに関連した共通の病態を有する患者が含まれており、近位部・中間部・遠位部などの障害部位や髄鞘の修復機転などが臨床的な病型の差異を規定していることが推測される<ref name=Koike2020><pubmed>32410146</pubmed></ref> [2]。
 慢性炎症性脱髄性多発神経炎ではマクロファージによる髄鞘の貪食像が初期から報告されており('''図1-4''')、これによって生じる脱髄が神経の伝導障害を引き起こすと考えられてきた<ref name=Koike2018><pubmed>30429275</pubmed></ref> [1]。腓腹神経生検の検討では、主要な病型である典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎、遠位部優位型、多巣性感覚運動型、純粋感覚型の全てにおいて、全例ではないものの、マクロファージによる髄鞘貪食像が確認されている<ref name=Ikeda2019><pubmed>31227562</pubmed></ref> [7]。これらのうち非典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎、すなわち遠位部優位型、多巣性感覚運動型、純粋感覚型では有髄線維の脱落の程度や、繰り返しの脱髄・再髄鞘化の機転を示唆するオニオンバルブの分布に部位差を認めることが多いのに対し、典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎ではこのような部位差がみられず均一な所見を呈する傾向があることが示されている<ref name=Ikeda2019><pubmed>31227562</pubmed></ref> [7]。このことから、それぞれの病型にはマクロファージに関連した共通の病態を有する患者が含まれており、近位部・中間部・遠位部などの障害部位や髄鞘の修復機転などが臨床的な病型の差異を規定していることが推測される<ref name=Koike2020><pubmed>32410146</pubmed></ref> [2]。


 マクロファージによる脱髄と自己抗体との関係は十分明らかになっていなかったが、最近になって抗LM1抗体陽性慢性炎症性脱髄性多発神経炎患者の腓腹神経生検で、髄鞘への補体沈着とマクロファージによる髄鞘貪食像がみられたと報告された<ref name=Koike2020b><pubmed>31698166</pubmed></ref> [13]。LM1は髄鞘に豊富に存在するガングリオシドの一種であり、これに対する抗体はGM1やGD1bなど他のガングリオシドとの複合体に反応するものも含めると全慢性炎症性脱髄性多発神経炎患者の約10%で検出され、抗体陽性例は高齢の男性が多く、典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎の病型を呈し、失調がみられる頻度が高いといわれている<ref name=Kuwahara2013><pubmed>23138763</pubmed></ref> [14]。
 マクロファージによる脱髄と自己抗体との関係は十分明らかになっていなかったが、最近になって抗LM1抗体陽性慢性炎症性脱髄性多発神経炎患者の腓腹神経生検で、髄鞘への補体沈着とマクロファージによる髄鞘貪食像がみられたと報告された<ref name=Koike2020b><pubmed>31698166</pubmed></ref> [13]。LM1は髄鞘に豊富に存在するガングリオシドの一種であり、これに対する抗体はGM1やGD1bなど他のガングリオシドとの複合体に反応するものも含めると全慢性炎症性脱髄性多発神経炎患者の約10%で検出され、抗体陽性例は高齢の男性が多く、典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎の病型を呈し、失調がみられる頻度が高いといわれている<ref name=Kuwahara2013><pubmed>23138763</pubmed></ref> [14]。


=== IgG4自己抗体による傍絞輪部の解離 ===
=== IgG4自己抗体による傍絞輪部の解離 ===
 近年になって155やコンタクチン1などの傍絞輪部に局在する蛋白に対する自己抗体による、古典的なマクロファージを介さない病態も存在することが明らかとなり注目を集めている(図5)<ref name=Koike2017><pubmed>28073817</pubmed></ref> [15]。なかでも傍絞輪部において髄鞘の終末ループと軸索を接着させる機能をもつ155に対する抗体陽性例は慢性炎症性脱髄性多発神経炎患者全体の5-10%程度を占めており<ref name=Koike2017><pubmed>28073817</pubmed></ref><ref name=Kadoya2016><pubmed>27852440</pubmed></ref>  [15,16]、若年で発症する傾向があり、感覚性運動失調や振戦が高率にみられ、経静脈的免疫グロブリン(IVIg)療法に対して抵抗性であるなどの特徴を有することが明らかになっている<ref name=Kadoya2016><pubmed>27852440</pubmed></ref><ref name=Ogata2015><pubmed>26478896</pubmed></ref>  [16,17]。抗155抗体陽性例の腓腹神経生検の検討では、マクロファージによる髄鞘の貪食像やオニオンバルブがみられないことなど、従来から報告されてきた古典的な慢性炎症性脱髄性多発神経炎の病理像とは異なる病理所見を呈することが明らかになっている<ref name=Koike2017><pubmed>28073817</pubmed></ref> [15]。電子顕微鏡による神経の縦断像の検討では、抗155抗体陽性例では傍絞輪部における髄鞘の終末ループと軸索間の離開がみられ(図6)、抗体の沈着によって155が両者を接着させる機能が失われていることが示されている<ref name=Koike2017><pubmed>28073817</pubmed></ref> [15]。本抗体の主な免疫グロブリンサブクラスはIgG4であり<ref name=Kadoya2016><pubmed>27852440</pubmed></ref><ref name=Ogata2015><pubmed>26478896</pubmed></ref> [16,17]、IgG4に対する抗体を用いた抗155抗体陽性例の腓腹神経の免疫染色ではIgG4の傍絞輪部への沈着が確認されている<ref name=Koike2017><pubmed>28073817</pubmed></ref> [15]。IgG4沈着部位には補体の沈着がみられないことから<ref name=Koike2017><pubmed>28073817</pubmed></ref> [15]、IgG4自己抗体が補体を介した炎症反応を惹起することなく標的抗原の機能を阻害して神経の伝導障害を惹起していると推測される。
 近年になってニューロファシン155やコンタクチン1などの傍絞輪部に局在するタンパク質に対する自己抗体による、古典的なマクロファージを介さない病態も存在することが明らかとなり注目を集めている('''図5''')<ref name=Koike2017><pubmed>28073817</pubmed></ref> [15]。なかでも傍絞輪部において髄鞘の終末ループと軸索を接着させる機能をもつニューロファシン155に対する抗体陽性例は慢性炎症性脱髄性多発神経炎患者全体の5-10%程度を占めており<ref name=Koike2017><pubmed>28073817</pubmed></ref><ref name=Kadoya2016><pubmed>27852440</pubmed></ref>  [15,16]、若年で発症する傾向があり、感覚性運動失調や振戦が高率にみられ、経静脈的免疫グロブリン(IVIg)療法に対して抵抗性であるなどの特徴を有することが明らかになっている<ref name=Kadoya2016><pubmed>27852440</pubmed></ref><ref name=Ogata2015><pubmed>26478896</pubmed></ref>  [16,17]。抗ニューロファシン155抗体陽性例の腓腹神経生検の検討では、マクロファージによる髄鞘の貪食像やオニオンバルブがみられないことなど、従来から報告されてきた古典的な慢性炎症性脱髄性多発神経炎の病理像とは異なる病理所見を呈することが明らかになっている<ref name=Koike2017><pubmed>28073817</pubmed></ref> [15]。電子顕微鏡による神経の縦断像の検討では、抗ニューロファシン155抗体陽性例では傍絞輪部における髄鞘の終末ループと軸索間の離開がみられ('''図6''')、抗体の沈着によってニューロファシン155が両者を接着させる機能が失われていることが示されている<ref name=Koike2017><pubmed>28073817</pubmed></ref> [15]。本抗体の主な免疫グロブリンサブクラスはIgG4であり<ref name=Kadoya2016><pubmed>27852440</pubmed></ref><ref name=Ogata2015><pubmed>26478896</pubmed></ref> [16,17]、IgG4に対する抗体を用いた抗ニューロファシン155抗体陽性例の腓腹神経の免疫染色ではIgG4の傍絞輪部への沈着が確認されている<ref name=Koike2017><pubmed>28073817</pubmed></ref> [15]。IgG4沈着部位には補体の沈着がみられないことから<ref name=Koike2017><pubmed>28073817</pubmed></ref> [15]、IgG4自己抗体が補体を介した炎症反応を惹起することなく標的抗原の機能を阻害して神経の伝導障害を惹起していると推測される。


== 治療 ==
== 治療 ==
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=== 病型による治療反応性の違い ===
=== 病型による治療反応性の違い ===
 先に述べた通り慢性炎症性脱髄性多発神経炎には多様な病型が含まれている。例えば、EFNS/PNS診断基準が定義する典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎、遠位部優位型、多巣性感覚運動型、局所型、純粋運動型、および純粋感覚型の6病型を規定する病態の差異に関しては明らかになっていないため、これら6病型全てに同一の治療方針を適用するべきかどうかに関しては今後の知見の積み重ねが必要である。後方視的な検討では遠位部優位型と多巣性感覚運動型 のIVIgに対する治療反応性は典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎 と比較して不良であったとされている<ref name=Kuwabara2015><pubmed>25424435</pubmed></ref><ref name=Doneddu2019><pubmed>30297520</pubmed></ref>  [19,20]。また、純粋運動型に関してはステロイドによる治療で悪化したという報告があり注意を要する<ref name=ガイドライン></ref>[9]。抗155抗体のようなIgG4自己抗体陽性例ではIVIgに対する反応性が乏しい反面、副腎皮質ステロイド薬や血漿浄化療法は有効とされている<ref name=Koike2020><pubmed>32410146</pubmed></ref> [2]。血漿浄化療法を選択する際には一般的な免疫吸着療法はIgG4を吸着しにくいことを考慮にいれる必要がある<ref name=Kuwahara2018><pubmed>28796305</pubmed></ref> [21]。また、これらの抗体陽性例に対してはリツキシマブの有効性が示唆されている<ref name=Shimizu2020><pubmed>32234705</pubmed></ref> [22]。
 先に述べた通り慢性炎症性脱髄性多発神経炎には多様な病型が含まれている。例えば、EFNS/PNS診断基準が定義する典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎、遠位部優位型、多巣性感覚運動型、局所型、純粋運動型、および純粋感覚型の6病型を規定する病態の差異に関しては明らかになっていないため、これら6病型全てに同一の治療方針を適用するべきかどうかに関しては今後の知見の積み重ねが必要である。後方視的な検討では遠位部優位型と多巣性感覚運動型 のIVIgに対する治療反応性は典型的慢性炎症性脱髄性多発神経炎 と比較して不良であったとされている<ref name=Kuwabara2015><pubmed>25424435</pubmed></ref><ref name=Doneddu2019><pubmed>30297520</pubmed></ref>  [19,20]。また、純粋運動型に関してはステロイドによる治療で悪化したという報告があり注意を要する<ref name=ガイドライン></ref>[9]。抗ニューロファシン155抗体のようなIgG4自己抗体陽性例ではIVIgに対する反応性が乏しい反面、副腎皮質ステロイド薬や血漿浄化療法は有効とされている<ref name=Koike2020><pubmed>32410146</pubmed></ref> [2]。血漿浄化療法を選択する際には一般的な免疫吸着療法はIgG4を吸着しにくいことを考慮にいれる必要がある<ref name=Kuwahara2018><pubmed>28796305</pubmed></ref> [21]。また、これらの抗体陽性例に対してはリツキシマブの有効性が示唆されている<ref name=Shimizu2020><pubmed>32234705</pubmed></ref> [22]。


=== 新たな治療戦略 ===
=== 新たな治療戦略 ===
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== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
[[ファイル:Koike_CIDP_Fig1.png|サムネイル|'''図1.マクロファージによる髄鞘の破壊。'''<br>
(A) 髄鞘を囲む基底膜(矢頭)内には髄鞘の残渣を多量に含んだマクロファージの細胞質がみられる。黒枠の拡大を(B)に示す。(B) マクロファージによる髄鞘の層構造の破壊がみられる。CIDP患者の腓腹神経生検電顕横断像。酢酸ウラン・クエン酸鉛染色。Scale bars = 2 μm (A) and 0.5 μm (B)。]]
[[ファイル:Koike_CIDP_Fig2.png|サムネイル|'''図2.髄鞘の消失。'''<br>
星印で示した有髄線維の軸索はマクロファージによる貪食によって周囲の髄鞘が消失している。正常な無髄線維の軸索を矢頭で示す。CIDP患者の腓腹神経生検電顕横断像。酢酸ウラン・クエン酸鉛染色。Scale bar = 0.5 μm。]]
[[ファイル:Koike_CIDP_Fig3.png|サムネイル|'''図3.貪食が終了して基底膜外に出て行くマクロファージ。'''<br>
マクロファージは矢頭の部分で有髄線維を囲む基底膜を貫通している。髄鞘が消失した軸索を星印で示す。CIDP患者の腓腹神経生検電顕横断像。酢酸ウラン・クエン酸鉛染色。Scale bar = 1 μm。]]
[[ファイル:Koike_CIDP_Fig4.png|サムネイル|'''図4.脱髄像と基底膜外に出たマクロファージ。'''<br>
脱髄像を星印で示す。基底膜外のマクロファージ(矢印)の細胞質には髄鞘の残渣が含まれている。CIDP患者の腓腹神経生検電顕横断像。酢酸ウラン・クエン酸鉛染色。Scale bar = 2 μm。]]
[[ファイル:Koike_CIDP_Fig5.png|サムネイル|'''図5.有髄線維における傍絞輪部周辺の構造と蛋白の局在。'''<br>
有髄線維は長軸方向にみた場合、ランビエ絞輪部、傍絞輪部、傍絞輪近接部、絞輪間部の4つの部位に区分することができる。ニューロファシン155とコンタクチン1は傍絞輪部に局在しており、軸索膜と髄鞘終末ループを接着させる役割を担っている。Caspr1 = contactin-associated protein 1; Caspr2 = contactin-associated protein 2; CNTN1 = コンタクチン1; CNTN2 = コンタクチン2; NF155 = ニューロファシン155; NF186 = ニューロファシン186.]]
[[ファイル:Koike_CIDP_Fig6.png|サムネイル|'''図6.抗ニューロファシン155抗体陽性例でみられた傍絞輪部の解離。'''<br>
髄鞘の終末ループと軸索の間隙を矢印で示す。(A)の黒枠の拡大を(B)に示す。腓腹神経生検電顕横断像。酢酸ウラン・クエン酸鉛染色。Scale bars = 0.5 μm (A) and 0.2 μm (B)。]]