「ニカストリン」の版間の差分

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西村正樹 
<font size="+1">[https://researchmap.jp/read0064576 西村 正樹]</font><br>
滋賀医科大学 神経難病研究センター
''滋賀医科大学 神経難病研究センター''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年11月11日 原稿完成日:2020年12月22日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/kojiyamanaka 山中 宏二](名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学)
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英語名:nicastrin
英語名:nicastrin
{{box|text= ニカストリンは、γセクレターゼ複合体の構成タンパク質である。γセクレターゼは多くのタイプⅠ膜貫通型タンパク質を基質とする膜内アスパラギン酸プロテアーゼであり、アルツハイマー病の原因ペプチドであるアミロイド&beta;(amyloid-&beta;; A&beta;)の産生やNotchシグナル伝達過程において働くことが知られる。これに対応し、アルツハイマー病をはじめ、癌や皮膚疾患との関連を示す知見が蓄積されている。γセクレターゼ複合体は、ニカストリンに加え、プレセニリン(Presenilin-1 & Presenilin-2)、APH1 (anterior pharynx defective-1)、PEN2 (presenilin enhancer-2)によって構成される。}}
{{box|text= ニカストリンは、γセクレターゼ複合体の構成タンパク質である。γセクレターゼは多くのタイプⅠ膜貫通型タンパク質を基質とする膜内アスパラギン酸プロテアーゼであり、アルツハイマー病の原因ペプチドであるアミロイド&beta;(amyloid-&beta;; A&beta;)の産生やNotchシグナル伝達過程において働くことが知られる。これに対応し、アルツハイマー病をはじめ、癌や皮膚疾患との関連を示す知見が蓄積されている。γセクレターゼ複合体は、ニカストリンに加え、プレセニリン(Presenilin-1 & Presenilin-2)、APH1 (anterior pharynx defective-1)、PEN2 (presenilin enhancer-2)によって構成される。}}


== はじめに==
== はじめに  ==
 ニカストリンは、家族性[[アルツハイマー病]]原因遺伝子[[プレセニリン]]の機能解析のなかで、2000年、[[プレセニリン1]]結合タンパク質として同定された<ref name=Yu2000><pubmed>10993067</pubmed></ref> 。その報告の直前、プレセニリンが[[γセクレターゼ]]切断に関与することが報告され<ref name=Wolfe1999><pubmed>10206644</pubmed></ref> 、それと合わせて、γセクレターゼの分子実体がプレセニリン複合体であることが明らかになった。この経緯から、ニカストリンは当初よりプレセニリン機能を補佐するとの位置付けで認識され、その命名もプレセニリン同定のもとになったイタリアの大家系がNicastro村落出身であったことに因んでいる。
 ニカストリンは、家族性アルツハイマー病原因遺伝子プレセニリンの機能解析のなかで、2000年、プレセニリン1結合タンパク質として同定された<ref name=Yu2000><pubmed>10993067</pubmed></ref> 。その報告の直前、プレセニリンがγセクレターゼ切断に関与することが報告され<ref name=Wolfe1999><pubmed>10206644</pubmed></ref> 、それと合わせて、γセクレターゼの分子実体がプレセニリン複合体であることが明らかになった。この経緯から、ニカストリンは当初よりプレセニリン機能を補佐するとの位置付けで認識され、その命名もプレセニリン同定のもとになったイタリアの大家系がNicastro村落出身であったことに因んでいる。
[[file:Nishimura_nicastrin_Fig1.png|thumb|'''図1. ニカストリンの構造'''<br>●:糖鎖付加が予想されるAsn残基、A: シグナル配列、B: DAPドメイン、C: 膜貫通ドメイン.]]
[[file:Nishimura_nicastrin_Fig1.png|'''図1. ニカストリンの構造'''<br>●:糖鎖付加が予想されるAsn残基、A: シグナル配列、B: DAPドメイン、C: 膜貫通ドメイン.]]
 
== 構造 ==
== 構造 ==
=== 一次構造 ===
=== 一次構造 ===
 ニカストリン遺伝子(NCT)は染色体1q23にマップされる。
 ニカストリン遺伝子(NCT)は染色体1q23にマップされる。


 709アミノ酸残基から成るタイプⅠ膜貫通型糖タンパク質であり、アミノ(N)端側の大きな細胞外領域とカルボキシル(C)端の短い細胞内ドメインをもつ('''図1''')。細胞外領域には、ほぼ等間隔に配置する4つのCys残基がある他、種を越えて保存されたAsp-Tyr-Ile-Gly-Ser (DYIGS)配列があり、[[アミノペプチダーゼ]]との相同性からDAP (DYIGS and peptidase homologous)ドメインと呼ばれている<ref name=Shah2005><pubmed>16096062</pubmed></ref> 。[[細胞性粘菌]]から[[ヒト]]まで、相同分子の発現が知られる([[酵母]]にはない)。少なくともヒトでは、他にファミリー分子などはないが、エクソン16(膜貫通領域に近い細胞外領域71アミノ酸に相当)を欠くスプライシング亜型が報告されている<ref name=Mitsuda2006><pubmed>16303145</pubmed></ref> 。
 709アミノ酸残基から成るタイプⅠ膜貫通型糖タンパク質であり、アミノ(N)端側の大きな細胞外領域とカルボキシル(C)端の短い細胞内ドメインをもつ(図参照)。細胞外領域には、ほぼ等間隔に配置する4つのCys残基がある他、種を越えて保存されたAsp-Tyr-Ile-Gly-Ser (DYIGS)配列があり、アミノペプチダーゼとの相同性からDAP (DYIGS and peptidase homologous)ドメインと呼ばれている<ref name=Shah2005><pubmed>16096062</pubmed></ref> 。細菌性粘菌からヒトまで、相同分子の発現が知られる(酵母にはない)。少なくともヒトでは、他にファミリー分子などはないが、エクソン16(膜貫通領域に近い細胞外領域71アミノ酸に相当)を欠くスプライシング亜型が報告されている<ref name=Mitsuda2006><pubmed>16303145</pubmed></ref> 。
 
=== 翻訳後修飾 ===
 翻訳後、分泌経路を輸送され、糖鎖付加を受けて成熟型となり安定化する。N-糖鎖付加が予想される16個のAsn残基のうち、少なくとも11個にはN-糖鎖が確認された<ref name=Bai2015><pubmed>26280335</pubmed></ref> 。通常、γセクレターゼ複合体にはこの成熟型が組み込まれる。複合体の中で、糖鎖付加されるのはニカストリンだけであり、細胞外構造の大部分を占めるとともにカルネキシン(Calnexin)やERGIC-53との結合を仲介する。また、APH-1とともにパルミトイル化を受けるが、これはタンパク質安定化と膜マイクロドメインdetergent-resistant membrane (DRM)への局在に寄与するとされ、このパルミトイル化を阻害したモデルマウスでは脳Aβ蓄積が減少する。この他、TNF-&beta;はJNKによるニカストリンおよびプレセニリンのリン酸化を介してγセクレターゼ活性を亢進させる。一方、ニカストリンの分解はプロテアソームおよびライソゾーム経路により、前者にはE3ユビキチンリガーゼとしてシノヴィオリン(Synoviolin)が関わる。


=== γセクレターゼ複合体形成 ===
=== γセクレターゼ複合体形成 ===
 γセクレターゼ複合体の会合過程において、まずニカストリンがAPH-1と結合してヘテロ二量体を作る。次いで順次、プレセニリン、[[PEN-2]]が編入することによって活性型複合体が完成する。APH-1との結合には、膜貫通ドメインのN末端側領域が必須であり<ref name=Capell2003><pubmed>14602727</pubmed></ref> 、さらに細胞外の膜近傍にあるSer632とTrp648が複合体編入に寄与する<ref name=Walker2006><pubmed>16805816</pubmed></ref> 。一方、APH-1 側では第4および第5膜貫通ドメインのGly126とHis171 (残基番号はAPH-1aSによる)が結合に欠かせない。この結合に対し、[[Rer1]]はAPH-1と競合し複合体形成を阻害するとされる。ニカストリンはプレセニリンC末端とも直接結合するとされ、ニカストリンを欠く複合体は安定性を失う。活性型γセクレターゼ複合体会合は、[[トランス-ゴルジ-ネットワーク]]において完成する。
 γセクレターゼ複合体の会合過程において、まずニカストリンがAPH-1と結合してヘテロ二量体を作る。次いで順次、プレセニリン、PEN-2が編入することによって活性型複合体が完成する。APH-1との結合には、膜貫通ドメインのN末端側領域が必須であり<ref name=Capell2003><pubmed>14602727</pubmed></ref> 、さらに細胞外の膜近傍にあるSer632とTrp648が複合体編入に寄与する<ref name=Walker2006><pubmed>16805816</pubmed></ref> 。一方、APH-1 側では第4および第5膜貫通ドメインのGly126とHis171 (残基番号はAPH-1aSによる)が結合に欠かせない。この結合に対し、Rer1はAPH-1と競合し複合体形成を阻害するとされる。ニカストリンはプレセニリンC末端とも直接結合するとされ、ニカストリンを欠く複合体は安定性を失う。活性型γセクレターゼ複合体会合は、トランス-ゴルジ-ネットワークにおいて完成する。


=== 翻訳後修飾 ===
 [[翻訳]]後、[[分泌]]経路を輸送され、[[糖鎖]]付加を受けて成熟型となり安定化する。N-糖鎖付加が予想される16個のAsn残基のうち、少なくとも11個にはN-糖鎖が確認された<ref name=Bai2015><pubmed>26280335</pubmed></ref> 。通常、γセクレターゼ複合体にはこの成熟型が組み込まれる。複合体の中で、糖鎖付加されるのはニカストリンだけであり、細胞外構造の大部分を占めるとともに[[カルネキシン]]([[calnexin]])や[[ERGIC-53]]との結合を仲介する。また、[[APH-1]]とともに[[パルミトイル化]]を受けるが、これはタンパク質安定化と膜マイクロドメインdetergent-resistant membrane (DRM)への局在に寄与するとされ、このパルミトイル化を阻害したモデルマウスでは脳[[Aβ]]蓄積が減少する。この他、[[TNF-&beta;]]は[[JNK]]によるニカストリンおよびプレセニリンの[[リン酸化]]を介してγセクレターゼ活性を亢進させる。一方、ニカストリンの分解は[[プロテアソーム]]および[[ライソゾーム]]経路により、前者には[[E3ユビキチンリガーゼ]]として[[シノヴィオリン]]([[synoviolin]])が関わる。
[[ファイル:Nishimura nicastrin Fig2.png|thumb|'''図2. &gamma;セクレターゼ複合体の立体構造'''<br>ニカストリンを赤で示す。文献<ref name=Bai2015 />、Wikipediaより。]]
=== 立体構造 ===
=== 立体構造 ===
 [[タマホコリカビ]]属の細胞性粘菌''[[Dictyostelium purpureum]]''の相同分子を用いた[[X線結晶構造解析]]によると、ニカストリンの細胞外には大小2つの葉状構造(lobe)があり、大きい葉状構造は内部に荷電アミノ酸や極性アミノ酸が配置するポケットをもち、小さい葉状構造から延びる"ふた(lid)"で覆われている<ref name=Xie2014><pubmed>25197054</pubmed></ref> 。続くクライオ電顕によるヒトγセクレターゼ複合体の結晶解析('''図2''')からは、上記に加え、ポケット構造の内部に4つのArgを含む荷電アミノ酸と極性アミノ酸が配置し、基質結合に与るとされるGlu333とTyr337もこの内部にあることが示された<ref name=Bai2015><pubmed>26280335</pubmed></ref><ref name=Lu2014><pubmed>25043039</pubmed></ref> 。基質結合に際して、大きい葉状構造がPhe287を軸に回転し"ふた"が開くと推測されている。この"ふた"自体は活性には必要ない<ref name=Zhang2016><pubmed>26887941</pubmed></ref> 。NMR解析からは、αヘリックス構造をとる膜貫通部に親水性パッチがあり、ここが膜貫通ドメイン同士の相互作用に関与する可能性や、構造をとらない細胞内ドメインのVal697からAla702は膜と結合することが指摘されている<ref name=Li2016><pubmed>26776682</pubmed></ref> 。
 タマホコリカビ属の細胞性粘菌''Dictyostelium purpureum''の相同分子を用いたX線結晶構造解析によると、ニカストリンの細胞外には大小2つの葉状構造(lobe)があり、大きい葉状構造は内部に荷電アミノ酸や極性アミノ酸が配置するポケットをもち、小さい葉状構造から延びる"ふた(lid)"で覆われている<ref name=Xie2014><pubmed>25197054</pubmed></ref> 。続くクライオ電顕によるヒトγセクレターゼ複合体の結晶解析からは、上記に加え、ポケット構造の内部に4つのArgを含む荷電アミノ酸と極性アミノ酸が配置し、基質結合に与るとされるGlu333とTyr337もこの内部にあることが示された<ref name=Bai2015><pubmed>26280335</pubmed></ref><ref name=Lu2014><pubmed>25043039</pubmed></ref> 。基質結合に際して、大きい葉状構造がPhe287を軸に回転し"ふた"が開くと推測されている。この"ふた"自体は活性には必要ない<ref name=Zhang2016><pubmed>26887941</pubmed></ref> 。NMR解析からは、αヘリクス構造をとる膜貫通部に親水性パッチがあり、ここが膜貫通ドメイン同士の相互作用に関与する可能性や、構造をとらない細胞内ドメインのVal697からAla702は膜と結合することが指摘されている<ref name=Li2016><pubmed>26776682</pubmed></ref> 。


 基質(APP-C83またはNotch-100)と結合したγセクレターゼ複合体の結晶構造解析では、ニカストリンはAPP-C83のN末端にあるLeu688/Val689と直接相互作用するとされ、[[Notch-100]]のN末端にある短いαヘリックスはニカストリンの親水性ポケットに入り込み、Gln1722がニカストリン側のTrp653インドール環に接するという<ref name=Zhou2019><pubmed>30630874</pubmed></ref><ref name=Yang2019><pubmed>30598546</pubmed></ref> 。しかし、いずれの基質もプレセニリンとの相互作用が主である。
 基質(APP-C83またはNotch-100)と結合したγセクレターゼ複合体の結晶構造解析では、ニカストリンはAPP-C83のN末端にあるLeu688/Val689と直接相互作用するとされ、Notch-100のN末端にある短いαヘリクスはニカストリンの親水性ポケットに入り込み、Gln1722がニカストリン側のTrp653インドール環に接するという<ref name=Zhou2019><pubmed>30630874</pubmed></ref><ref name=Yang2019><pubmed>30598546</pubmed></ref> 。しかし、いずれの基質もプレセニリンとの相互作用が主である。


== 発現 ==
== 発現 ==
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==分子機能==
==分子機能==
 ニカストリンがγセクレターゼの切断様式や活性にどのように関与するかについては、充分なコンセンサスに到っておらず、未だ相反する見解が見られる。その中で、γセクレターゼ基質の認識とドッキングに働くとする説はよく知られる。上述のDAPドメインはアミノペプチダーゼとの相同性を示すが、ニカストリン自体はペプチダーゼ活性をもたない一方、DYIGS配列の欠失変異体は細胞のAβ産生を阻害するなど、γセクレターゼ切断への機能的関与が初期より指摘されていた<ref name=Yu2000><pubmed>10993067</pubmed></ref> 。
 ニカストリンがγセクレターゼの切断様式や活性にどのように関与するかについては、充分なコンセンサスに到っておらず、未だ相反する見解が見られる。その中で、γセクレターゼ基質の認識とドッキングに働くとする説はよく知られる。上述のDAPドメインはアミノペプチダーゼとの相同性を示すが、ニカストリン自体はペプチダーゼ活性をもたない一方、DYIGS配列の欠失変異体は細胞のAβ産生を阻害するなど、γセクレターゼ切断への機能的関与が初期より指摘されていた<ref name=Yu2000><pubmed>10993067</pubmed></ref> 。Shahら<ref name=Shah2005><pubmed>16096062</pubmed></ref> はさらに、DAPドメインが基質のN末端を認識し、γセクレターゼ複合体と基質との結合を仲介すること、すなわち細胞外領域の刈り込み(シェディング)を受けたタイプⅠ膜タンパク質を選別して基質として認識し、そのドッキングに働くことを示した。さらに、既知のアミノペプチダーゼ構造モデルに基づきGlu333が基質ドッキングのポケット構造の形成に与ると予想し、Glu333Ala変異体がγセクレターゼ切断を阻害することを示した。これに対して、Glu333は複合体の会合と成熟に関与するものの、γセクレターゼ切断には必要でないとする報告もある<ref name=Chavez-Gutierrez2008><pubmed>18502756</pubmed></ref><ref name=Dries2009><pubmed>19729449</pubmed></ref> 。基質とγセクレターゼ複合体との結合は膜貫通領域を介したものであり、ニカストリンの細胞外領域は、その立体構造を介し、細胞外ドメインの長いタイプⅠ膜タンパク質と複合体との結合を妨害するとの指摘もある<ref name=Bolduc2016><pubmed>26699478</pubmed></ref> 。等間隔に位置するCys残基については、C248S変異がγセクレターゼが不活性化する一方、C213S変異やC230S変異はNotch切断に影響せずAPP切断のみを抑制するとされる<ref name=Pamren2011><pubmed>21768095</pubmed></ref> 。糖鎖付加については、ニカストリンの安定化と複合体への編入に必要だがγセクレターゼ活性には関与しないとする報告とともに、活発現性や基質指向性にも関与するとの報告も見られる<ref name=Moniruzzaman2018><pubmed>29787759</pubmed></ref> 。


 Shahら<ref name=Shah2005><pubmed>16096062</pubmed></ref> はさらに、DAPドメインが基質のN末端を認識し、γセクレターゼ複合体と基質との結合を仲介すること、すなわち細胞外領域の刈り込み(シェディング)を受けたタイプⅠ膜タンパク質を選別して基質として認識し、そのドッキングに働くことを示した。さらに、既知のアミノペプチダーゼ構造モデルに基づきGlu333が基質ドッキングのポケット構造の形成に与ると予想し、Glu333Ala変異体がγセクレターゼ切断を阻害することを示した。これに対して、Glu333は複合体の会合と成熟に関与するものの、γセクレターゼ切断には必要でないとする報告もある<ref name=Chavez-Gutierrez2008><pubmed>18502756</pubmed></ref><ref name=Dries2009><pubmed>19729449</pubmed></ref> 。
 一方で、ニカストリンがγセクレターゼ活性に必須でない可能性も指摘されている。ニカストリン欠失マウスの胎仔線維芽細胞でも、弱いながらγセクレターゼ活性が残存する他、プレセニリン単独でもγセクレターゼ活性をもつとされる。ただし、ニカストリンに特異的に結合する抗体短鎖可変領域はγセクレターゼ切断を明瞭に阻害することや<ref name=Hayashi2009><pubmed>19684016</pubmed></ref><ref name=Zhang2014><pubmed>25352592</pubmed></ref> 、ニカストリンを欠いた複合体は細胞内では不安定であることなどを合わせ、生理的機能に充分なγセクレターゼ活性の発現にはニカストリンが欠かせないと考えられる。
 
 基質とγセクレターゼ複合体との結合は膜貫通領域を介したものであり、ニカストリンの細胞外領域は、その立体構造を介し、細胞外ドメインの長いタイプⅠ膜タンパク質と複合体との結合を妨害するとの指摘もある<ref name=Bolduc2016><pubmed>26699478</pubmed></ref> 。等間隔に位置するCys残基については、C248S変異がγセクレターゼが不活性化する一方、C213S変異やC230S変異は[[Notch]]切断に影響せず[[APP]]切断のみを抑制するとされる<ref name=Pamren2011><pubmed>21768095</pubmed></ref> 。糖鎖付加については、ニカストリンの安定化と複合体への編入に必要だがγセクレターゼ活性には関与しないとする報告とともに、活発現性や基質指向性にも関与するとの報告も見られる<ref name=Moniruzzaman2018><pubmed>29787759</pubmed></ref> 。
 
 一方で、ニカストリンがγセクレターゼ活性に必須でない可能性も指摘されている。ニカストリン欠失[[マウス]]の胎仔[[線維芽細胞]]でも、弱いながらγセクレターゼ活性が残存する他、プレセニリン単独でもγセクレターゼ活性をもつとされる。ただし、ニカストリンに特異的に結合する抗体短鎖可変領域はγセクレターゼ切断を明瞭に阻害することや<ref name=Hayashi2009><pubmed>19684016</pubmed></ref><ref name=Zhang2014><pubmed>25352592</pubmed></ref> 、ニカストリンを欠いた複合体は細胞内では不安定であることなどを合わせ、生理的機能に充分なγセクレターゼ活性の発現にはニカストリンが欠かせないと考えられる。


==生理・病態における機能==
==生理・病態における機能==
=== アルツハイマー病 ===
=== アルツハイマー病 ===
 ニカストリン遺伝子変異による家族性アルツハイマー病家系は知られていない一方、[[単一塩基多型]]([[single nucleotide polymorphism]]: [[SNP]])を基に5つの[[ハプロタイプ]]が見出され、特定のハプロタイプ頻度が若年発症の家族性アルツハイマー病例において有意に高いことが示された<ref name=Dermaut2002><pubmed>11992262</pubmed></ref>
 NCT変異による家族性アルツハイマー病家系は知られていない一方、単一塩基多型(single nucleotide polymorphism: SNP)を基に5つのハプロタイプが見出され、特定のハプロタイプ頻度が若年発症の家族性アルツハイマー病例において有意に高いことが示された<ref name=Dermaut2002><pubmed>11992262</pubmed></ref> 。また、プロモーター領域のSNP解析からも、アルツハイマー病との相関性が指摘されている。しかし、否定的な追試結果も見られる。さらに、11歳群と79歳群における認知機能テストから、このハプロタイプが生来の認知機能レベルと関連するものの、加齢に伴う認知機能低下とは相関しないとする報告もある<ref name=Deary2005><pubmed>15567563</pubmed></ref> 。現在まで、コモンバリアントとの連関はコンセンサスに到っていない。一方で、Luptonら<ref name=Lupton2011><pubmed>21364883</pubmed></ref> は、レアバリアントであるAsn417Tyrがギリシャ人アルツハイマー病群で有意に高いことを報告している。ちなみに、この変異体の発現は細胞のA産生には変化を与えない<ref name=Dermaut2002><pubmed>11992262</pubmed></ref> 。
 
 また、[[プロモーター]]領域のSNP解析からも、アルツハイマー病との相関性が指摘されている。しかし、否定的な追試結果も見られる。さらに、11歳群と79歳群における認知機能テストから、このハプロタイプが生来の認知機能レベルと関連するものの、加齢に伴う認知機能低下とは相関しないとする報告もある<ref name=Deary2005><pubmed>15567563</pubmed></ref> 。現在まで、コモンバリアントとの連関はコンセンサスに到っていない。一方で、Luptonら<ref name=Lupton2011><pubmed>21364883</pubmed></ref> は、レアバリアントであるAsn417Tyrがギリシャ人アルツハイマー病群で有意に高いことを報告している。ちなみに、この変異体の発現は細胞のA&beta;産生には変化を与えない<ref name=Dermaut2002><pubmed>11992262</pubmed></ref> 。
 
=== 体節形成、細胞分化、アポトーシスなど ===
=== 体節形成、細胞分化、アポトーシスなど ===
 ニカストリン欠失マウスは胎生致死であるが、加えて[[Notch1]]あるいはプレセニリンの欠失マウスに類似した体節形成不全などの表現型が確認されている<ref name=Li2003><pubmed>12716934</pubmed></ref> 。γセクレターゼの基質は多いため、それらに関連した多彩な表現型が認められ得る。例えば、マウスや[[ショウジョウバエ]]を用いた解析から、[[神経細胞]]や[[リンパ球]]の分化に必須であることが指摘されているが、これらはγセクレターゼがNotchシグナル伝達に不可欠であることで説明できる。
 ニカストリン欠失マウスは胎生致死であるが、加えてNotch1あるいはプレセニリンの欠失マウスに類似した体節形成不全などの表現型が確認されている<ref name=Li2003><pubmed>12716934</pubmed></ref> 。γセクレターゼの基質は多いため、それらに関連した多彩な表現型が認められ得る。例えば、マウスやショウジョウバエを用いた解析から、神経細胞やリンパ球の分化に必須であることが指摘されているが、これらはγセクレターゼがNotchシグナル伝達に不可欠であることで説明できる。


 一方、γセクレターゼとは独立した機能は充分に認知されていないが、ニカストリン欠失マウスでは[[脳]]や[[心臓]]において[[アポトーシス]]細胞が顕著に認められる所見をもとに、ニカストリンが[[p53]]の発現とリン酸化を阻害してp53経路を抑制し、γセクレターゼ活性とは無関係に[[細胞死]]を抑制する可能性が指摘されている<ref name=Pardossi-Piquard2009><pubmed>19187441</pubmed></ref> 。また、[[骨格筋]]においては、γセクレターゼ複合体とは異なるサイズの複合体形成(240ないし290 kDa)が示されている。
 一方、γセクレターゼとは独立した機能は充分に認知されていないが、ニカストリン欠失マウスでは脳や心臓においてアポトーシス細胞が顕著に認められる所見をもとに、ニカストリンがp53の発現とリン酸化を阻害してp53経路を抑制し、γセクレターゼ活性とは無関係に細胞死を抑制する可能性が指摘されている<ref name=Pardossi-Piquard2009><pubmed>19187441</pubmed></ref> 。また、骨格筋においては、γセクレターゼ複合体とは異なるサイズの複合体形成(240ないし290 kDa)が示されている。


=== 癌 ===
=== 癌 ===
 [[乳癌]]、[[肝細胞癌]]、[[大腸癌]]などにおいて高発現が報告されており、各種の発癌や転移に関与することが示唆される。少なくとも一部には、Notchシグナルを介したメカニズムが推測される。
 乳癌、肝細胞癌、大腸癌などにおいて高発現が報告されており、各種の発癌や転移に関与することが示唆される。少なくとも一部には、Notchシグナルを介したメカニズムが推測される。


=== 化膿性汗腺炎 ===
=== 化膿性汗腺炎 ===
hidradenitis suppurativa or acne inversa
hidradenitis suppurativa or acne inversa


 常染色体優性遺伝を示す化膿性[[汗腺]]炎の家系に、欠失、挿入、置換、スプライシング異常をきたすニカストリン遺伝子変異が見出されている(総説<ref name=Li2020><pubmed>31266094</pubmed></ref> )。γセクレターゼ複合体の他の構成分子をコードする遺伝子の類似変異をもつ家系も知られることから、γセクレターゼの発現低下が原因と考えられる。ヘテロ欠失マウスでも類似した毛包閉塞を伴う皮膚病変がみられる。化膿性汗腺炎の家系におけるアルツハイマー病合併率については、報告によって結果が一致していない。
 常染色体優性遺伝を示す化膿性汗腺炎の家系に、NCTの欠失、挿入、置換、スプライシング異常をきたす変異が見出されている(総説<ref name=Li2020><pubmed>31266094</pubmed></ref> )。γセクレターゼ複合体の他の構成分子をコードする遺伝子の類似変異をもつ家系も知られることから、γセクレターゼの発現低下が原因と考えられる。ヘテロ欠失マウスでも類似した毛包閉塞を伴う皮膚病変がみられる。化膿性汗腺炎の家系におけるアルツハイマー病合併率については、報告によって結果が一致していない。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==

2020年12月22日 (火) 09:29時点における版

西村正樹  滋賀医科大学 神経難病研究センター

英語名:nicastrin

 ニカストリンは、γセクレターゼ複合体の構成タンパク質である。γセクレターゼは多くのタイプⅠ膜貫通型タンパク質を基質とする膜内アスパラギン酸プロテアーゼであり、アルツハイマー病の原因ペプチドであるアミロイドβ(amyloid-β; Aβ)の産生やNotchシグナル伝達過程において働くことが知られる。これに対応し、アルツハイマー病をはじめ、癌や皮膚疾患との関連を示す知見が蓄積されている。γセクレターゼ複合体は、ニカストリンに加え、プレセニリン(Presenilin-1 & Presenilin-2)、APH1 (anterior pharynx defective-1)、PEN2 (presenilin enhancer-2)によって構成される。

はじめに 

 ニカストリンは、家族性アルツハイマー病原因遺伝子プレセニリンの機能解析のなかで、2000年、プレセニリン1結合タンパク質として同定された[1] 。その報告の直前、プレセニリンがγセクレターゼ切断に関与することが報告され[2] 、それと合わせて、γセクレターゼの分子実体がプレセニリン複合体であることが明らかになった。この経緯から、ニカストリンは当初よりプレセニリン機能を補佐するとの位置付けで認識され、その命名もプレセニリン同定のもとになったイタリアの大家系がNicastro村落出身であったことに因んでいる。 図1. ニカストリンの構造 ●:糖鎖付加が予想されるAsn残基、A: シグナル配列、B: DAPドメイン、C: 膜貫通ドメイン.

構造

一次構造

 ニカストリン遺伝子(NCT)は染色体1q23にマップされる。

 709アミノ酸残基から成るタイプⅠ膜貫通型糖タンパク質であり、アミノ(N)端側の大きな細胞外領域とカルボキシル(C)端の短い細胞内ドメインをもつ(図参照)。細胞外領域には、ほぼ等間隔に配置する4つのCys残基がある他、種を越えて保存されたAsp-Tyr-Ile-Gly-Ser (DYIGS)配列があり、アミノペプチダーゼとの相同性からDAP (DYIGS and peptidase homologous)ドメインと呼ばれている[3] 。細菌性粘菌からヒトまで、相同分子の発現が知られる(酵母にはない)。少なくともヒトでは、他にファミリー分子などはないが、エクソン16(膜貫通領域に近い細胞外領域71アミノ酸に相当)を欠くスプライシング亜型が報告されている[4]

翻訳後修飾

 翻訳後、分泌経路を輸送され、糖鎖付加を受けて成熟型となり安定化する。N-糖鎖付加が予想される16個のAsn残基のうち、少なくとも11個にはN-糖鎖が確認された[5] 。通常、γセクレターゼ複合体にはこの成熟型が組み込まれる。複合体の中で、糖鎖付加されるのはニカストリンだけであり、細胞外構造の大部分を占めるとともにカルネキシン(Calnexin)やERGIC-53との結合を仲介する。また、APH-1とともにパルミトイル化を受けるが、これはタンパク質安定化と膜マイクロドメインdetergent-resistant membrane (DRM)への局在に寄与するとされ、このパルミトイル化を阻害したモデルマウスでは脳Aβ蓄積が減少する。この他、TNF-βはJNKによるニカストリンおよびプレセニリンのリン酸化を介してγセクレターゼ活性を亢進させる。一方、ニカストリンの分解はプロテアソームおよびライソゾーム経路により、前者にはE3ユビキチンリガーゼとしてシノヴィオリン(Synoviolin)が関わる。

γセクレターゼ複合体形成

 γセクレターゼ複合体の会合過程において、まずニカストリンがAPH-1と結合してヘテロ二量体を作る。次いで順次、プレセニリン、PEN-2が編入することによって活性型複合体が完成する。APH-1との結合には、膜貫通ドメインのN末端側領域が必須であり[6] 、さらに細胞外の膜近傍にあるSer632とTrp648が複合体編入に寄与する[7] 。一方、APH-1 側では第4および第5膜貫通ドメインのGly126とHis171 (残基番号はAPH-1aSによる)が結合に欠かせない。この結合に対し、Rer1はAPH-1と競合し複合体形成を阻害するとされる。ニカストリンはプレセニリンC末端とも直接結合するとされ、ニカストリンを欠く複合体は安定性を失う。活性型γセクレターゼ複合体会合は、トランス-ゴルジ-ネットワークにおいて完成する。

立体構造

 タマホコリカビ属の細胞性粘菌Dictyostelium purpureumの相同分子を用いたX線結晶構造解析によると、ニカストリンの細胞外には大小2つの葉状構造(lobe)があり、大きい葉状構造は内部に荷電アミノ酸や極性アミノ酸が配置するポケットをもち、小さい葉状構造から延びる"ふた(lid)"で覆われている[8] 。続くクライオ電顕によるヒトγセクレターゼ複合体の結晶解析からは、上記に加え、ポケット構造の内部に4つのArgを含む荷電アミノ酸と極性アミノ酸が配置し、基質結合に与るとされるGlu333とTyr337もこの内部にあることが示された[5][9] 。基質結合に際して、大きい葉状構造がPhe287を軸に回転し"ふた"が開くと推測されている。この"ふた"自体は活性には必要ない[10] 。NMR解析からは、αヘリクス構造をとる膜貫通部に親水性パッチがあり、ここが膜貫通ドメイン同士の相互作用に関与する可能性や、構造をとらない細胞内ドメインのVal697からAla702は膜と結合することが指摘されている[11]

 基質(APP-C83またはNotch-100)と結合したγセクレターゼ複合体の結晶構造解析では、ニカストリンはAPP-C83のN末端にあるLeu688/Val689と直接相互作用するとされ、Notch-100のN末端にある短いαヘリクスはニカストリンの親水性ポケットに入り込み、Gln1722がニカストリン側のTrp653インドール環に接するという[12][13] 。しかし、いずれの基質もプレセニリンとの相互作用が主である。

発現

 ほとんどの臓器と細胞で発現している。中枢神経系でも広範な領域のニューロンにおいて、プレセニリンとの共存が確認されている。脳では出生直後に比較的高い発現レベルにあり、その後次第に減少して成熟個体レベルに到る[14]

分子機能

 ニカストリンがγセクレターゼの切断様式や活性にどのように関与するかについては、充分なコンセンサスに到っておらず、未だ相反する見解が見られる。その中で、γセクレターゼ基質の認識とドッキングに働くとする説はよく知られる。上述のDAPドメインはアミノペプチダーゼとの相同性を示すが、ニカストリン自体はペプチダーゼ活性をもたない一方、DYIGS配列の欠失変異体は細胞のAβ産生を阻害するなど、γセクレターゼ切断への機能的関与が初期より指摘されていた[1] 。Shahら[3] はさらに、DAPドメインが基質のN末端を認識し、γセクレターゼ複合体と基質との結合を仲介すること、すなわち細胞外領域の刈り込み(シェディング)を受けたタイプⅠ膜タンパク質を選別して基質として認識し、そのドッキングに働くことを示した。さらに、既知のアミノペプチダーゼ構造モデルに基づきGlu333が基質ドッキングのポケット構造の形成に与ると予想し、Glu333Ala変異体がγセクレターゼ切断を阻害することを示した。これに対して、Glu333は複合体の会合と成熟に関与するものの、γセクレターゼ切断には必要でないとする報告もある[15][16] 。基質とγセクレターゼ複合体との結合は膜貫通領域を介したものであり、ニカストリンの細胞外領域は、その立体構造を介し、細胞外ドメインの長いタイプⅠ膜タンパク質と複合体との結合を妨害するとの指摘もある[17] 。等間隔に位置するCys残基については、C248S変異がγセクレターゼが不活性化する一方、C213S変異やC230S変異はNotch切断に影響せずAPP切断のみを抑制するとされる[18] 。糖鎖付加については、ニカストリンの安定化と複合体への編入に必要だがγセクレターゼ活性には関与しないとする報告とともに、活発現性や基質指向性にも関与するとの報告も見られる[19]

 一方で、ニカストリンがγセクレターゼ活性に必須でない可能性も指摘されている。ニカストリン欠失マウスの胎仔線維芽細胞でも、弱いながらγセクレターゼ活性が残存する他、プレセニリン単独でもγセクレターゼ活性をもつとされる。ただし、ニカストリンに特異的に結合する抗体短鎖可変領域はγセクレターゼ切断を明瞭に阻害することや[20][21] 、ニカストリンを欠いた複合体は細胞内では不安定であることなどを合わせ、生理的機能に充分なγセクレターゼ活性の発現にはニカストリンが欠かせないと考えられる。

生理・病態における機能

アルツハイマー病

 NCT変異による家族性アルツハイマー病家系は知られていない一方、単一塩基多型(single nucleotide polymorphism: SNP)を基に5つのハプロタイプが見出され、特定のハプロタイプ頻度が若年発症の家族性アルツハイマー病例において有意に高いことが示された[22] 。また、プロモーター領域のSNP解析からも、アルツハイマー病との相関性が指摘されている。しかし、否定的な追試結果も見られる。さらに、11歳群と79歳群における認知機能テストから、このハプロタイプが生来の認知機能レベルと関連するものの、加齢に伴う認知機能低下とは相関しないとする報告もある[23] 。現在まで、コモンバリアントとの連関はコンセンサスに到っていない。一方で、Luptonら[24] は、レアバリアントであるAsn417Tyrがギリシャ人アルツハイマー病群で有意に高いことを報告している。ちなみに、この変異体の発現は細胞のA産生には変化を与えない[22]

体節形成、細胞分化、アポトーシスなど

 ニカストリン欠失マウスは胎生致死であるが、加えてNotch1あるいはプレセニリンの欠失マウスに類似した体節形成不全などの表現型が確認されている[25] 。γセクレターゼの基質は多いため、それらに関連した多彩な表現型が認められ得る。例えば、マウスやショウジョウバエを用いた解析から、神経細胞やリンパ球の分化に必須であることが指摘されているが、これらはγセクレターゼがNotchシグナル伝達に不可欠であることで説明できる。

 一方、γセクレターゼとは独立した機能は充分に認知されていないが、ニカストリン欠失マウスでは脳や心臓においてアポトーシス細胞が顕著に認められる所見をもとに、ニカストリンがp53の発現とリン酸化を阻害してp53経路を抑制し、γセクレターゼ活性とは無関係に細胞死を抑制する可能性が指摘されている[26] 。また、骨格筋においては、γセクレターゼ複合体とは異なるサイズの複合体形成(240ないし290 kDa)が示されている。

 乳癌、肝細胞癌、大腸癌などにおいて高発現が報告されており、各種の発癌や転移に関与することが示唆される。少なくとも一部には、Notchシグナルを介したメカニズムが推測される。

化膿性汗腺炎

hidradenitis suppurativa or acne inversa

 常染色体優性遺伝を示す化膿性汗腺炎の家系に、NCTの欠失、挿入、置換、スプライシング異常をきたす変異が見出されている(総説[27] )。γセクレターゼ複合体の他の構成分子をコードする遺伝子の類似変異をもつ家系も知られることから、γセクレターゼの発現低下が原因と考えられる。ヘテロ欠失マウスでも類似した毛包閉塞を伴う皮膚病変がみられる。化膿性汗腺炎の家系におけるアルツハイマー病合併率については、報告によって結果が一致していない。

関連項目

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