「シャルコー・マリー・トゥース病」の版間の差分
細編集の要約なし |
(ページの作成:「鹿児島大学脳神経内科 橋口昭大、高嶋 博 ・要約 シャルコー・マリー・トゥース病(Charcot-Marie-Tooth disease:以下CMT)は遺伝…」) |
||
(同じ利用者による、間の19版が非表示) | |||
1行目: | 1行目: | ||
鹿児島大学脳神経内科 橋口昭大、高嶋 博 | |||
・要約 | |||
シャルコー・マリー・トゥース病(Charcot-Marie-Tooth disease:以下CMT)は遺伝性に運動と感覚の両方の末梢神経障害をきたす疾患の総称である。遺伝性運動性感覚性ニューロパチー(HMSN)という用語はCMTと同義的に用いられる。遺伝形式、臨床像、神経伝導検査により様々に分類される。近年の遺伝子解析技術の進歩に伴い遺伝子診断される症例が増えており、新規原因遺伝子の発見も続いている。同じ遺伝子変異であっても臨床像に違いがあるなど、臨床所見から原因遺伝子を特定することは非常に困難であることもわかってきた。そのため、確定診断をするためには遺伝子検査が欠かせなくなってきている。 | |||
・イントロダクション | |||
CMTは、1886年にフランス人神経学者であるJean-Martin CharcotとPierre Marieが 連名で ‘特に足の筋萎縮で始まり後に手にも筋萎縮がひろがる家族性の疾患’としてフランスの家系を報告し<ref name=CharcotCharcot JM, Marie P. On a particular form of muscular atrophy that is often familial, appearing in the feet and legs and later reaching the hands [in French]. Rev Med Interne 1886. 6:97-138</pubmed></ref> | |||
[1]、同年イギリス人神経学者のHoward Henry Toothも ‘Peroneal type(腓骨型)’の筋萎縮症としてイギリスの症例を報告した<ref name=ToothTooth HH. The peroneal type of progressive muscular atrophy. London: HK Lewis. 1886</pubmed></ref> | |||
[2]。この3人が初めて報告したため、遺伝性末梢神経障害の総称としてCMTの名称が用いられるようになった。CMTの中には脱髄型、軸索型、中間型、常染色体顕性遺伝形式、常染色体潜性遺伝形式、X染色体遺伝形式など様々なタイプのCMTがある。1989年VanceらはCMTの中で最も多い常染色体顕性遺伝形式の脱髄型CMT(CMT1A)において原因遺伝子が17番染色体にあることを発見し<ref name=Vance1989><pubmed>2707366</pubmed></ref> | |||
[3]、1991年Lupskiらのグループ<ref name=Lupski1991><pubmed>1677316</pubmed></ref> | |||
[4]とRaeymaekersらのグループ<ref name=Raeymaekers1991><pubmed>1822787</pubmed></ref> | |||
[5]がほぼ同時期にCMT1Aの原因が17番染色体のPMP22 (peripheral myelin protein 22) 遺伝子の重複であることを発見した。これによりCMTの遺伝子検査の歴史が始まり、PMP22重複の検査(FISH法: Fluorescence in situ hybridization法)は保険適応の外注委託検査として実施可能である。 | |||
・診断 | |||
<臨床所見> | |||
発症年齢は小児期(20歳未満)であることが多いが、成人以降に発症するCMT決して少なくない。筋萎縮と筋力低下は下肢遠位筋に特に認められ、逆シャンペンボトル様筋萎縮や凹足/Pes cavus、槌状趾がみられる。後に手内筋の萎縮、猿手、鷲手などもみられる様になる。感覚障害は、異常感覚と感覚鈍麻の両方がみられるが軽度の事が多い。 | |||
<電気生理学的分類> | |||
正中神経運動神経伝導速度(正常 50 m/s 以上)が38m/sより遅いものを「脱髄型」、38m/sより速いものを「軸索型」、その前後のものを「中間型」と分類する。電気生理学的分類と遺伝形式、一部重症度により以下の様に診断分類される。 | |||
電気生理学的分類 遺伝形式 診断 備考 | |||
脱髄型 AD CMT1 | |||
AR CMT4 | |||
軸索型 AD, AR CMT2 ARのものはAR-CMT2と表現 | |||
脱髄型・軸索型 AD, AR DSS*/CMT3 乳幼児期発症の重症型 | |||
中間型 AD CMT-DI | |||
AR CMT-RI | |||
脱髄型・中間型・軸索型 X染色体 CMTX 電気生理学的に中間型のことが多い | |||
*DSS: デジェリン・ソッタス病(Dejerine-Sottas 病) | |||
厚生労働省の指定難病判定にも用いられる「シャルコー・マリー・トゥース病の診療向上に関するエビデンスを構築する研究班」による診断基準<ref name=CMT診療マニュアル編集委員会編CMT診療マニュアル編集委員会編 シャルコー・マリー・トゥース病診療マニュアル. 2版. 京都:金芳堂;2015. p.127</pubmed></ref> | |||
[6]を下に示す。 | |||
CMT診断基準 | |||
(ア)筋力低下・筋萎縮 | ①以下の臨床症状(のうち2項目)を満たす。 | ||
下肢優位の四肢遠位部の障害(凹足、扁平足、逆シャンペンボトル様の筋萎縮、手内筋萎縮、足趾骨間筋萎縮など)が典型的だが、まれに四肢近位部が優位に障害される場合もある。症状は、基本的に左右対称性である。 | (ア)筋力低下・筋萎縮 | ||
(イ)感覚障害 | 下肢優位の四肢遠位部の障害(凹足、扁平足、逆シャンペンボトル様の筋萎縮、手内筋萎縮、足趾骨間筋萎縮など)が典型的だが、まれに四肢近位部が優位に障害される場合もある。症状は、基本的に左右対称性である。 | ||
下肢優位の手袋・靴下型の障害が典型的であるが、感覚障害が目立たない場合もある。 | (イ)感覚障害 | ||
症状は基本的に左右対称性である。 | 下肢優位の手袋・靴下型の障害が典型的であるが、感覚障害が目立たない場合もある。 | ||
(ウ)家族歴がある。 | 症状は基本的に左右対称性である。 | ||
(ウ)家族歴がある。 | |||
(エ)他の疾病によらない自律神経障害、声帯麻痺、視力障害、錐体路障害、錐体外路障害などの合併を認める場合もある。 | |||
②神経伝導検査の異常(のうち2項目)を満たす。 | |||
(ア)正中神経の運動神経伝導速度が38m/s以下 | (ア)正中神経の運動神経伝導速度が38m/s以下 | ||
(イ)正中神経の運動神経複合活動電位の明らかな低下 | (イ)正中神経の運動神経複合活動電位の明らかな低下 | ||
(ウ)他の末梢神経の神経伝導検査で軸索障害または脱髄性障害を認める。 | (ウ)他の末梢神経の神経伝導検査で軸索障害または脱髄性障害を認める。 | ||
なお、脱髄が高度な場合、全被検神経で活動電位が導出できない場合もある。 | なお、脱髄が高度な場合、全被検神経で活動電位が導出できない場合もある。 | ||
③シャルコー・マリー・トゥース病に特有の遺伝子異常がある。 | |||
(参考:現在判明している主な遺伝子異常は下記の異常) | |||
peripheral myelin protein 22(PMP22)、myelin protein zero(MPZ)、gap junction protein beta 1(GJB1)、early growth response 2(EGR2)、ARHGEF10、periaxin(PRX)、lipopolysaccharide-induced TNF-α factor(LITAF)、neurofilament light chain polypeptide(NEFL)、ganglioside-induced differentiation-associated protein 1(GDAP1)、myotubularin-related protein 2(MTMR2)、SH3 domain and tetratricopeptide repeats 2(SH3TC2)、SET-binding factor 2(SBF2)、N-myc downstream regulated 1(NDRG1)、mitofusin 2(MFN2)、Ras-related GTPase 7(RAB7)、glycyl-tRNA synthetase(GARS)、heat shock protein 1(HSPB1)、HSPB8、lamin A/C(LMNA)、dynamin 2(DNM2)、tyrosyl-ARS(YARS)、alanyl-ARS(AARS)、lysyl-ARS(KARS)、aprataxin(APTX)、senataxin(SETX)、tyrosyl-DNA phosphodiesterase 1(TDP1)、desert hedgehog(DHH)、gigaxonin 1(GAN1)、K-Cl cotransporter family 3(KCC3)など。 | |||
診断のカテゴリー | 診断のカテゴリー | ||
75行目: | 58行目: | ||
Probableのうち③を満たすものをDefiniteとする。 | Probableのうち③を満たすものをDefiniteとする。 | ||
この診断基準は必ずしも家族歴がなくても孤発性の患者もCMTと診断することができる。 | |||
CMTには感覚障害の非常に軽度のものやほとんど認めないものもあり、逆に感覚障害が顕著で運動障害が非常に軽度のものもある。鑑別が必要なものとして以下の疾患を挙げる。 | |||
1)筋萎縮性側索硬化症・家族性筋萎縮性側索硬化症 | |||
2)脊髄性筋萎縮症 | |||
3)球脊髄性筋萎縮症(Kennedy-Alter-Sung症候群) | |||
4)遺伝性運動性ニューロパチー | |||
5)遺伝性感覚性ニューロパチー | |||
• 病態生理 | |||
CMTの原因遺伝子は既に70以上発見されている。それらの遺伝子を病態別に分類すると以下の9つに分類できる。 | |||
①ミエリンコンポーネント | |||
②ミエリン関連蛋白転写因子 | |||
③ミエリン関連蛋白の輸送・代謝・処理 | |||
④細胞分化・維持 | |||
⑤ニューロフィラメント・蛋白輸送関連 | |||
⑥ミトコンドリア関連 | |||
⑦DNA修復・転写・核酸合成 | |||
⑧イオンチャネル | |||
⑨アミノアシルtRNA合成酵素 | |||
PMP22蛋白は①ミエリンコンポーネントの代表的な蛋白であり、CMT1Bの原因遺伝子であるMPZ(myelin protein zero)遺伝子、CMTX1の原因遺伝子であるGJB1(gap junction protein beta 1)遺伝子などもこれに該当する遺伝子である。②ミエリン関連蛋白転写因子、③ミエリン関連蛋白の輸送・代謝・処理、④細胞分化・維持に関連する遺伝子にはそれぞれEGR2(early growth response 2)遺伝子、SBF2(SET binding factor 2)遺伝子、NDRG1(N-myc downstream regulated 1)遺伝子などがこれに該当する。これらの遺伝子は主にミエリン形成に関連する遺伝子であるが、③ミエリン関連蛋白の輸送・代謝・処理関連遺伝子に該当するRAB7(rab protein 7)遺伝子は小胞輸送と膜貫通の調節機構により細胞内物質輸送と関連し、軸索型CMT(CMT2B)の原因である。⑤ニューロフィラメント・蛋白輸送関連遺伝子にはNEFL(neurofilament, light polypeptide)遺伝子などが該当し、NEFL遺伝子変異は脱髄型CMT(CMT1F)にも軸索型CMT(CMT2E)のどちらにもなりうる。⑥ミトコンドリア関連遺伝子で最も重要なものはMFN2(mitofusin 2)遺伝子である。MFN2遺伝子変異は軸索型CMT(CMT2A2)の原因となり軸索型CMTのなかで最も多い<ref name=Yoshimura2019><pubmed>30257968</pubmed></ref> | |||
[7]。⑦DNA修復・転写・核酸合成関連遺伝子に該当するPRPS1(phosphoribosyl pyrophosphate synthetase 1)遺伝子はX染色体にありプリン・核酸代謝に関連し、CMTX5の原因遺伝子である。⑧イオンチャネル関連遺伝子には、TRPV4(transient receptor potential cation channel, subfamily V, member 4)遺伝子が該当する。TRPV4はCa2+浸透圧性カチオンチャネルをコードしており、CMT2Cの原因遺伝子である。⑨アミノアシルtRNA合成酵素関連遺伝子はCMTの原因遺伝子として近年複数同定されている。特定のtRNAに、対応するアミノ酸を結合させるアミノアシル化と関連するためアミノ酸の数だけ存在する。GARS(glycyl-tRNA synthetase)を始め、AARS(alanyl-tRNA synthetase), YARS(tyrosyl-tRNA synthetase)などがCMTの原因遺伝子として既に同定されている。記述した遺伝子はほんの一部でありそれぞれの病態関連遺伝子が多数報告されている。 | |||
• 治療 | |||
CMTの症状に効果が証明された治療薬はまだない。神経栄養因子やCMT原因遺伝子の解明に伴い遺伝子治療など新たな治療戦略が研究されているが、現状では実用的ではない。CMTの中で最も多いCMT1Aに関してはアスコルビン酸がPMP22の過剰な発現を抑制すると期待され、欧米で無作為化比較対照試験まで実施されたがアスコルビン酸の有用性は示されなかった<ref name=Lewis2013><pubmed>23797954</pubmed></ref> | |||
[8]。他にも、ニューロトロフィン3、ニューレグリン、クルクミン、プロゲステロン刺激薬など治療効果の検討がされているが今だ有用性は認めていない。最近では、HDAC(histone deacetylase) 6阻害剤の触媒作用とユビキチンとの相互作用を通じての非触媒作用の両方がCMTを含む希少疾患に有用ではないかと期待され研究されている<ref name=Brindisi2020><pubmed>31415174</pubmed></ref> | |||
[9]。 | |||
== | ・疫学 | ||
< | 過去の欧米の報告では有病率は2500人に1人とされてきた<ref name=Skre1974><pubmed>4430158</pubmed></ref> | ||
[10]が、本邦の最近の疫学では1万人に1人程度となっている<ref name=Kurihara2002><pubmed>12207153</pubmed></ref> | |||
[11]。脱髄型CMTの中ではPMP22遺伝子重複によるCMT1Aが脱髄型CMTの約70%<ref name=Boerkoel2002><pubmed>11835375</pubmed></ref> | |||
[12]、CMT全体の約50%<ref name=Szigeti2006><pubmed>16775379</pubmed></ref> | |||
[13]と最多である。軸索型ではMFN2遺伝子変異によるCMT2A2が最も多く、CMTXではGJB1遺伝子変異によるCMTX1が最も多い<ref name=Yoshimura2019><pubmed>30257968</pubmed></ref> | |||
[7]。 | |||
• 参考文献 |
2020年12月24日 (木) 21:45時点における版
鹿児島大学脳神経内科 橋口昭大、高嶋 博
・要約 シャルコー・マリー・トゥース病(Charcot-Marie-Tooth disease:以下CMT)は遺伝性に運動と感覚の両方の末梢神経障害をきたす疾患の総称である。遺伝性運動性感覚性ニューロパチー(HMSN)という用語はCMTと同義的に用いられる。遺伝形式、臨床像、神経伝導検査により様々に分類される。近年の遺伝子解析技術の進歩に伴い遺伝子診断される症例が増えており、新規原因遺伝子の発見も続いている。同じ遺伝子変異であっても臨床像に違いがあるなど、臨床所見から原因遺伝子を特定することは非常に困難であることもわかってきた。そのため、確定診断をするためには遺伝子検査が欠かせなくなってきている。
・イントロダクション
CMTは、1886年にフランス人神経学者であるJean-Martin CharcotとPierre Marieが 連名で ‘特に足の筋萎縮で始まり後に手にも筋萎縮がひろがる家族性の疾患’としてフランスの家系を報告し引用エラー: 無効な <ref>
タグです。数が多すぎるなどの理由で名前が無効です
[1]、同年イギリス人神経学者のHoward Henry Toothも ‘Peroneal type(腓骨型)’の筋萎縮症としてイギリスの症例を報告した引用エラー: 無効な <ref>
タグです。数が多すぎるなどの理由で名前が無効です
[2]。この3人が初めて報告したため、遺伝性末梢神経障害の総称としてCMTの名称が用いられるようになった。CMTの中には脱髄型、軸索型、中間型、常染色体顕性遺伝形式、常染色体潜性遺伝形式、X染色体遺伝形式など様々なタイプのCMTがある。1989年VanceらはCMTの中で最も多い常染色体顕性遺伝形式の脱髄型CMT(CMT1A)において原因遺伝子が17番染色体にあることを発見し[1]
[3]、1991年Lupskiらのグループ[2]
[4]とRaeymaekersらのグループ[3]
[5]がほぼ同時期にCMT1Aの原因が17番染色体のPMP22 (peripheral myelin protein 22) 遺伝子の重複であることを発見した。これによりCMTの遺伝子検査の歴史が始まり、PMP22重複の検査(FISH法: Fluorescence in situ hybridization法)は保険適応の外注委託検査として実施可能である。
・診断 <臨床所見> 発症年齢は小児期(20歳未満)であることが多いが、成人以降に発症するCMT決して少なくない。筋萎縮と筋力低下は下肢遠位筋に特に認められ、逆シャンペンボトル様筋萎縮や凹足/Pes cavus、槌状趾がみられる。後に手内筋の萎縮、猿手、鷲手などもみられる様になる。感覚障害は、異常感覚と感覚鈍麻の両方がみられるが軽度の事が多い。 <電気生理学的分類> 正中神経運動神経伝導速度(正常 50 m/s 以上)が38m/sより遅いものを「脱髄型」、38m/sより速いものを「軸索型」、その前後のものを「中間型」と分類する。電気生理学的分類と遺伝形式、一部重症度により以下の様に診断分類される。
電気生理学的分類 遺伝形式 診断 備考 脱髄型 AD CMT1 AR CMT4 軸索型 AD, AR CMT2 ARのものはAR-CMT2と表現 脱髄型・軸索型 AD, AR DSS*/CMT3 乳幼児期発症の重症型 中間型 AD CMT-DI AR CMT-RI 脱髄型・中間型・軸索型 X染色体 CMTX 電気生理学的に中間型のことが多い *DSS: デジェリン・ソッタス病(Dejerine-Sottas 病)
厚生労働省の指定難病判定にも用いられる「シャルコー・マリー・トゥース病の診療向上に関するエビデンスを構築する研究班」による診断基準引用エラー: 無効な <ref>
タグです。数が多すぎるなどの理由で名前が無効です
[6]を下に示す。
CMT診断基準
①以下の臨床症状(のうち2項目)を満たす。 (ア)筋力低下・筋萎縮 下肢優位の四肢遠位部の障害(凹足、扁平足、逆シャンペンボトル様の筋萎縮、手内筋萎縮、足趾骨間筋萎縮など)が典型的だが、まれに四肢近位部が優位に障害される場合もある。症状は、基本的に左右対称性である。 (イ)感覚障害 下肢優位の手袋・靴下型の障害が典型的であるが、感覚障害が目立たない場合もある。 症状は基本的に左右対称性である。 (ウ)家族歴がある。 (エ)他の疾病によらない自律神経障害、声帯麻痺、視力障害、錐体路障害、錐体外路障害などの合併を認める場合もある。
②神経伝導検査の異常(のうち2項目)を満たす。 (ア)正中神経の運動神経伝導速度が38m/s以下 (イ)正中神経の運動神経複合活動電位の明らかな低下 (ウ)他の末梢神経の神経伝導検査で軸索障害または脱髄性障害を認める。 なお、脱髄が高度な場合、全被検神経で活動電位が導出できない場合もある。
③シャルコー・マリー・トゥース病に特有の遺伝子異常がある。 (参考:現在判明している主な遺伝子異常は下記の異常) peripheral myelin protein 22(PMP22)、myelin protein zero(MPZ)、gap junction protein beta 1(GJB1)、early growth response 2(EGR2)、ARHGEF10、periaxin(PRX)、lipopolysaccharide-induced TNF-α factor(LITAF)、neurofilament light chain polypeptide(NEFL)、ganglioside-induced differentiation-associated protein 1(GDAP1)、myotubularin-related protein 2(MTMR2)、SH3 domain and tetratricopeptide repeats 2(SH3TC2)、SET-binding factor 2(SBF2)、N-myc downstream regulated 1(NDRG1)、mitofusin 2(MFN2)、Ras-related GTPase 7(RAB7)、glycyl-tRNA synthetase(GARS)、heat shock protein 1(HSPB1)、HSPB8、lamin A/C(LMNA)、dynamin 2(DNM2)、tyrosyl-ARS(YARS)、alanyl-ARS(AARS)、lysyl-ARS(KARS)、aprataxin(APTX)、senataxin(SETX)、tyrosyl-DNA phosphodiesterase 1(TDP1)、desert hedgehog(DHH)、gigaxonin 1(GAN1)、K-Cl cotransporter family 3(KCC3)など。
診断のカテゴリー ①、②を満たすものをProbableとする。 Probableのうち③を満たすものをDefiniteとする。
この診断基準は必ずしも家族歴がなくても孤発性の患者もCMTと診断することができる。
CMTには感覚障害の非常に軽度のものやほとんど認めないものもあり、逆に感覚障害が顕著で運動障害が非常に軽度のものもある。鑑別が必要なものとして以下の疾患を挙げる。
1)筋萎縮性側索硬化症・家族性筋萎縮性側索硬化症 2)脊髄性筋萎縮症 3)球脊髄性筋萎縮症(Kennedy-Alter-Sung症候群) 4)遺伝性運動性ニューロパチー 5)遺伝性感覚性ニューロパチー
• 病態生理 CMTの原因遺伝子は既に70以上発見されている。それらの遺伝子を病態別に分類すると以下の9つに分類できる。 ①ミエリンコンポーネント ②ミエリン関連蛋白転写因子 ③ミエリン関連蛋白の輸送・代謝・処理 ④細胞分化・維持 ⑤ニューロフィラメント・蛋白輸送関連 ⑥ミトコンドリア関連 ⑦DNA修復・転写・核酸合成 ⑧イオンチャネル ⑨アミノアシルtRNA合成酵素 PMP22蛋白は①ミエリンコンポーネントの代表的な蛋白であり、CMT1Bの原因遺伝子であるMPZ(myelin protein zero)遺伝子、CMTX1の原因遺伝子であるGJB1(gap junction protein beta 1)遺伝子などもこれに該当する遺伝子である。②ミエリン関連蛋白転写因子、③ミエリン関連蛋白の輸送・代謝・処理、④細胞分化・維持に関連する遺伝子にはそれぞれEGR2(early growth response 2)遺伝子、SBF2(SET binding factor 2)遺伝子、NDRG1(N-myc downstream regulated 1)遺伝子などがこれに該当する。これらの遺伝子は主にミエリン形成に関連する遺伝子であるが、③ミエリン関連蛋白の輸送・代謝・処理関連遺伝子に該当するRAB7(rab protein 7)遺伝子は小胞輸送と膜貫通の調節機構により細胞内物質輸送と関連し、軸索型CMT(CMT2B)の原因である。⑤ニューロフィラメント・蛋白輸送関連遺伝子にはNEFL(neurofilament, light polypeptide)遺伝子などが該当し、NEFL遺伝子変異は脱髄型CMT(CMT1F)にも軸索型CMT(CMT2E)のどちらにもなりうる。⑥ミトコンドリア関連遺伝子で最も重要なものはMFN2(mitofusin 2)遺伝子である。MFN2遺伝子変異は軸索型CMT(CMT2A2)の原因となり軸索型CMTのなかで最も多い[4]
[7]。⑦DNA修復・転写・核酸合成関連遺伝子に該当するPRPS1(phosphoribosyl pyrophosphate synthetase 1)遺伝子はX染色体にありプリン・核酸代謝に関連し、CMTX5の原因遺伝子である。⑧イオンチャネル関連遺伝子には、TRPV4(transient receptor potential cation channel, subfamily V, member 4)遺伝子が該当する。TRPV4はCa2+浸透圧性カチオンチャネルをコードしており、CMT2Cの原因遺伝子である。⑨アミノアシルtRNA合成酵素関連遺伝子はCMTの原因遺伝子として近年複数同定されている。特定のtRNAに、対応するアミノ酸を結合させるアミノアシル化と関連するためアミノ酸の数だけ存在する。GARS(glycyl-tRNA synthetase)を始め、AARS(alanyl-tRNA synthetase), YARS(tyrosyl-tRNA synthetase)などがCMTの原因遺伝子として既に同定されている。記述した遺伝子はほんの一部でありそれぞれの病態関連遺伝子が多数報告されている。
• 治療 CMTの症状に効果が証明された治療薬はまだない。神経栄養因子やCMT原因遺伝子の解明に伴い遺伝子治療など新たな治療戦略が研究されているが、現状では実用的ではない。CMTの中で最も多いCMT1Aに関してはアスコルビン酸がPMP22の過剰な発現を抑制すると期待され、欧米で無作為化比較対照試験まで実施されたがアスコルビン酸の有用性は示されなかった[5]
[8]。他にも、ニューロトロフィン3、ニューレグリン、クルクミン、プロゲステロン刺激薬など治療効果の検討がされているが今だ有用性は認めていない。最近では、HDAC(histone deacetylase) 6阻害剤の触媒作用とユビキチンとの相互作用を通じての非触媒作用の両方がCMTを含む希少疾患に有用ではないかと期待され研究されている[6] [9]。
・疫学 過去の欧米の報告では有病率は2500人に1人とされてきた[7]
[10]が、本邦の最近の疫学では1万人に1人程度となっている[8] [11]。脱髄型CMTの中ではPMP22遺伝子重複によるCMT1Aが脱髄型CMTの約70%[9] [12]、CMT全体の約50%[10] [13]と最多である。軸索型ではMFN2遺伝子変異によるCMT2A2が最も多く、CMTXではGJB1遺伝子変異によるCMTX1が最も多い[4] [7]。
• 参考文献
- ↑
Vance, J.M., Nicholson, G.A., Yamaoka, L.H., Stajich, J., Stewart, C.S., Speer, M.C., ..., & Pericak-Vance, M.A. (1989).
Linkage of Charcot-Marie-Tooth neuropathy type 1a to chromosome 17. Experimental neurology, 104(2), 186-9. [PubMed:2707366] [WorldCat] [DOI] - ↑
Lupski, J.R., de Oca-Luna, R.M., Slaugenhaupt, S., Pentao, L., Guzzetta, V., Trask, B.J., ..., & Patel, P.I. (1991).
DNA duplication associated with Charcot-Marie-Tooth disease type 1A. Cell, 66(2), 219-32. [PubMed:1677316] [WorldCat] [DOI] - ↑
Raeymaekers, P., Timmerman, V., Nelis, E., De Jonghe, P., Hoogendijk, J.E., Baas, F., ..., & Bolhuis, P.A. (1991).
Duplication in chromosome 17p11.2 in Charcot-Marie-Tooth neuropathy type 1a (CMT 1a). The HMSN Collaborative Research Group. Neuromuscular disorders : NMD, 1(2), 93-7. [PubMed:1822787] [WorldCat] [DOI] - ↑ 4.0 4.1
Yoshimura, A., Yuan, J.H., Hashiguchi, A., Ando, M., Higuchi, Y., Nakamura, T., ..., & Takashima, H. (2019).
Genetic profile and onset features of 1005 patients with Charcot-Marie-Tooth disease in Japan. Journal of neurology, neurosurgery, and psychiatry, 90(2), 195-202. [PubMed:30257968] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Lewis, R.A., McDermott, M.P., Herrmann, D.N., Hoke, A., Clawson, L.L., Siskind, C., ..., & Muscle Study Group (2013).
High-dosage ascorbic acid treatment in Charcot-Marie-Tooth disease type 1A: results of a randomized, double-masked, controlled trial. JAMA neurology, 70(8), 981-7. [PubMed:23797954] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Brindisi, M., Saraswati, A.P., Brogi, S., Gemma, S., Butini, S., & Campiani, G. (2020).
Old but Gold: Tracking the New Guise of Histone Deacetylase 6 (HDAC6) Enzyme as a Biomarker and Therapeutic Target in Rare Diseases. Journal of medicinal chemistry, 63(1), 23-39. [PubMed:31415174] [WorldCat] [DOI] - ↑
Skre, H. (1974).
Genetic and clinical aspects of Charcot-Marie-Tooth's disease. Clinical genetics, 6(2), 98-118. [PubMed:4430158] [WorldCat] [DOI] - ↑
Kurihara, S., Adachi, Y., Wada, K., Awaki, E., Harada, H., & Nakashima, K. (2002).
An epidemiological genetic study of Charcot-Marie-Tooth disease in Western Japan. Neuroepidemiology, 21(5), 246-50. [PubMed:12207153] [WorldCat] [DOI] - ↑
Boerkoel, C.F., Takashima, H., Garcia, C.A., Olney, R.K., Johnson, J., Berry, K., ..., & Lupski, J.R. (2002).
Charcot-Marie-Tooth disease and related neuropathies: mutation distribution and genotype-phenotype correlation. Annals of neurology, 51(2), 190-201. [PubMed:11835375] [WorldCat] [DOI] - ↑
Szigeti, K., Nelis, E., & Lupski, J.R. (2006).
Molecular diagnostics of Charcot-Marie-Tooth disease and related peripheral neuropathies. Neuromolecular medicine, 8(1-2), 243-54. [PubMed:16775379] [WorldCat] [DOI]