「シャルコー・マリー・トゥース病」の版間の差分

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鹿児島大学脳神経内科 橋口昭大、高嶋 博
<font size="+1">橋口昭大、[https://researchmap.jp/read0118590 高嶋 博]</font><br>
''鹿児島大学脳神経内科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年11月16日 原稿完成日:2020年12月26日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/kojiyamanaka 山中 宏二](名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学)
<br>
</div>
英:Charcot-Marie-Tooth disease 独:Morbus Charcot-Marie-Tooth 仏:maladie de Charcot-Marie-Tooth<br>
同義語:遺伝性運動性感覚性ニューロパチー(hereditary motor and sensory neuropathy, HMSN)<br>
英略号:CMT


{{box|text= シャルコー・マリー・トゥース病は遺伝性に運動と感覚の両方の末梢神経障害をきたす疾患の総称である。遺伝形式、臨床像、神経伝導検査により様々に分類される。近年の遺伝子解析技術の進歩に伴い遺伝子診断される症例が増えており、新規原因遺伝子の発見も続いている。同じ遺伝子変異であっても臨床像に違いがあるなど、臨床所見から原因遺伝子を特定することは非常に困難であることもわかってきた。そのため、確定診断をするためには遺伝子検査が欠かせなくなってきている。}}
英:Charcot-Marie-Tooth disease
{{box|text= シャルコー・マリー・トゥース病は遺伝性に運動と感覚の両方の末梢神経障害をきたす疾患の総称である。遺伝性運動性感覚性ニューロパチー(HMSN)という用語はシャルコー・マリー・トゥース病と同義的に用いられる。遺伝形式、臨床像、神経伝導検査により様々に分類される。近年の遺伝子解析技術の進歩に伴い遺伝子診断される症例が増えており、新規原因遺伝子の発見も続いている。同じ遺伝子変異であっても臨床像に違いがあるなど、臨床所見から原因遺伝子を特定することは非常に困難であることもわかってきた。そのため、確定診断をするためには遺伝子検査が欠かせなくなってきている。}}


== シャルコー・マリー・トゥース病とは ==
== シャルコー・マリー・トゥース病とは ==
 1886年にフランス人神経学者である[[wj:ジャン=マルタン・シャルコー|Jean-Martin Charcot]]と[[w:Pierre Marie|Pierre Marie]]が 連名で ‘特に足の[[筋萎縮]]で始まり後に手にも筋萎縮がひろがる家族性の疾患’としてフランスの家系を報告し<ref name=Charcot1886>'''Charcot JM, Marie P. (1886)'''<br>On a particular form of muscular atrophy that is often familial, appearing in the feet and legs and later reaching the hands. Rev Med Interne. 6:97-138</ref>、同年イギリス人神経学者の[[w:Howard Henry Tooth|Howard Henry Tooth]]も ‘Peroneal type(腓骨型)’の筋萎縮症としてイギリスの症例を報告した<ref name=Tooth1886>'''Tooth HH. (1886).'''<br>The peroneal type of progressive muscular atrophy. London: HK Lewis. 1886</ref>。この3人が初めて報告したため、遺伝性末梢神経障害の総称としてシャルコー・マリー・トゥース病の名称が用いられるようになった。シャルコー・マリー・トゥース病の中には[[脱髄型]]、[[軸索型]]、[[中間型]]、[[常染色体顕性]]遺伝形式、[[常染色体潜性]]遺伝形式]]、[[X染色体]]遺伝形式など様々なタイプがある。
 1886年にフランス人神経学者であるJean-Martin CharcotとPierre Marieが 連名で ‘特に足の筋萎縮で始まり後に手にも筋萎縮がひろがる家族性の疾患’としてフランスの家系を報告し<ref name=Charcot1886>Charcot JM, Marie P. On a particular form of muscular atrophy that is often familial, appearing in the feet and legs and later reaching the hands [in French]. Rev Med Interne 1886. 6:97-138</ref>[1]、同年イギリス人神経学者のHoward Henry Toothも ‘Peroneal type(腓骨型)’の筋萎縮症としてイギリスの症例を報告した<ref name=Tooth1886>Tooth HH. The peroneal type of progressive muscular atrophy. London: HK Lewis. 1886</ref>[2]。この3人が初めて報告したため、遺伝性末梢神経障害の総称としてシャルコー・マリー・トゥース病の名称が用いられるようになった。シャルコー・マリー・トゥース病の中には脱髄型、軸索型、中間型、常染色体顕性遺伝形式、常染色体潜性遺伝形式、X染色体遺伝形式など様々なタイプのシャルコー・マリー・トゥース病がある。1989年Vanceらはシャルコー・マリー・トゥース病の中で最も多い常染色体顕性遺伝形式の脱髄型シャルコー・マリー・トゥース病(シャルコー・マリー・トゥース病1A)において原因遺伝子が17番染色体にあることを発見し<ref name=Vance1989><pubmed>2707366</pubmed></ref> [3]、1991年Lupskiらのグループ<ref name=Lupski1991><pubmed>1677316</pubmed></ref> [4]とRaeymaekersらのグループ<ref name=Raeymaekers1991><pubmed>1822787</pubmed></ref> [5]がほぼ同時期にシャルコー・マリー・トゥース病1Aの原因が17番染色体のPMP22 (peripheral myelin protein 22) 遺伝子の重複であることを発見した。これによりシャルコー・マリー・トゥース病の遺伝子検査の歴史が始まり、PMP22重複の検査(FISH法: Fluorescence in situ hybridization法)は保険適応の外注委託検査として実施可能である。


 1989年Vanceらはシャルコー・マリー・トゥース病の中で最も多い常染色体顕性遺伝形式の脱髄型シャルコー・マリー・トゥース病(CMT1A)において原因遺伝子が17番染色体にあることを発見し<ref name=Vance1989><pubmed>2707366</pubmed></ref>、1991年[[w:James_R._Lupski|Lupski]]らのグループ<ref name=Lupski1991><pubmed>1677316</pubmed></ref>とRaeymaekersらのグループ<ref name=Raeymaekers1991><pubmed>1822787</pubmed></ref>がほぼ同時期にCMT1Aの原因が17番染色体のPMP22 (peripheral myelin protein 22) 遺伝子の重複であることを発見した。これによりシャルコー・マリー・トゥース病の遺伝子検査の歴史が始まり、[[PMP22]]重複の検査([[Fluorescence in situ hybridization|Fluorescence in situ hybridization (FISH)法]])は保険適応の外注委託検査として実施可能である。
== 診断 ==
== 診断 ==
[[ファイル:Hashiguchi CMT Fig.jpg|サムネイル|'''図1. 凹足(pes caves)'''<br>自験例]]
=== 臨床所見 ===
=== 臨床所見 ===
 発症年齢は小児期(20歳未満)であることが多いが、成人以降に発症するシャルコー・マリー・トゥース病も決して少なくない。筋萎縮と筋力低下は下肢遠位筋に特に認められ、[[逆シャンペンボトル様筋萎縮]]や[[凹足]]/[[pes cavus]]('''図1''')、[[槌状趾]]がみられる。後に[[手内筋]]の萎縮、[[猿手]]、[[鷲手]]などもみられる様になる。感覚障害は、異常感覚と感覚鈍麻の両方がみられるが軽度の事が多い。
 発症年齢は小児期(20歳未満)であることが多いが、成人以降に発症するシャルコー・マリー・トゥース病決して少なくない。筋萎縮と筋力低下は下肢遠位筋に特に認められ、逆シャンペンボトル様筋萎縮や凹足/Pes cavus、槌状趾がみられる。後に手内筋の萎縮、猿手、鷲手などもみられる様になる。感覚障害は、異常感覚と感覚鈍麻の両方がみられるが軽度の事が多い。
 
=== 電気生理学的分類 ===
=== 電気生理学的分類 ===
 [[正中神経]][[運動神経]][[伝導速度]](正常 50 m/s 以上)が38 m/sより遅いものを「脱髄型」、38 m/sより速いものを「軸索型」、その前後のものを「中間型」と分類する。電気生理学的分類と遺伝形式、一部重症度により以下の様に診断分類される。
 正中神経運動神経伝導速度(正常 50 m/s 以上)が38m/sより遅いものを「脱髄型」、38m/sより速いものを「軸索型」、その前後のものを「中間型」と分類する。電気生理学的分類と遺伝形式、一部重症度により以下の様に診断分類される。


{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
|+表1. 電気生理学的分類と遺伝形式、重症度による分類
|-
|-
! 電気生理学的分類!!遺伝形式!!診断!!備考
! 電気生理学的分類!!遺伝形式!!診断!!備考
|-
|-
| rowspan="2"|脱髄型||常染色体顕性||[[CMT1]]||  
| rowspan="2"|脱髄型 ||AD|| CMT1 ||  
|-
|-
|常染色体潜性||[[CMT4]]||
| AR||CMT4||
|-
|-
|軸索型||常染色体顕性、常染色体潜性||[[CMT2]]||常染色体潜性のものは[[AR-CMT2]]と表現
| 軸索型||AD, AR||CMT2||ARのものはAR-CMT2と表現
|-
|-
|脱髄型・軸索型||常染色体顕性、常染色体潜性||[[DSS]]<sup>*</sup>/[[CMT3]]||乳幼児期発症の重症型
| 脱髄型・軸索型||AD, AR||DSS<sup>*</sup>/CMT3||乳幼児期発症の重症型
|-
|-
| rowspan="2"|中間型||常染色体顕性||[[CMT-DI]]||  
| rowspan="2"|中間型||AD||CMT-DI ||  
|-
|-
| 常染色体潜性||[[CMT-RI]]||  
| AR||CMT-RI || セル内のテキスト
|-
|-
| 脱髄型・中間型・軸索型||X染色体||[[CMTX]]||電気生理学的に中間型のことが多い
| 脱髄型・中間型・軸索型||X染色体||CMTX||電気生理学的に中間型のことが多い
|}
|}
<sup>*</sup>DSS:[[デジェリン・ソッタス病]]([[Dejerine-Sottas病]])
<sup>*</sup>DSS: デジェリン・ソッタス病(Dejerine-Sottas 病)


=== 診断基準 ===
 厚生労働省の指定難病判定にも用いられる「シャルコー・マリー・トゥース病の診療向上に関するエビデンスを構築する研究班」による診断基準<ref name=シャルコー・マリー・トゥース病診療マニュアル編集委員会編>シャルコー・マリー・トゥース病診療マニュアル編集委員会編 シャルコー・マリー・トゥース病診療マニュアル. 2版. 京都:金芳堂;2015. p.127</ref>[6]を下に示す。
 厚生労働省の指定難病判定にも用いられる「シャルコー・マリー・トゥース病の診療向上に関するエビデンスを構築する研究班」による診断基準<ref name=シャルコー・マリー・トゥース病診療マニュアル編集委員会編>'''シャルコー・マリー・トゥース病診療マニュアル編集委員会編 (2015).'''<br>シャルコー・マリー・トゥース病診療マニュアル. 2版. 京都:金芳堂 p.127</ref>を下に示す。この診断基準は必ずしも家族歴がなくても孤発性の患者もシャルコー・マリー・トゥース病と診断することができる。シャルコー・マリー・トゥース病には感覚障害の非常に軽度のものやほとんど認めないものもあり、逆に感覚障害が顕著で運動障害が非常に軽度のものもある。


{| class="wikitable"
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59行目: 46行目:
症状は基本的に左右対称性である。<br>
症状は基本的に左右対称性である。<br>
(ウ)家族歴がある。<br>
(ウ)家族歴がある。<br>
(エ)他の疾病によらない[[自律神経]]障害、[[声帯]]麻痺、[[視力]]障害、[[錐体路障害]]、[[錐体外路障害]]などの合併を認める場合もある。<br>
(エ)他の疾病によらない自律神経障害、声帯麻痺、視力障害、錐体路障害、錐体外路障害などの合併を認める場合もある。<br>
   
   
'''②神経伝導検査の異常(のうち2項目)を満たす。'''<br>
'''②神経伝導検査の異常(のうち2項目)を満たす。'''<br>
67行目: 54行目:
なお、脱髄が高度な場合、全被検神経で活動電位が導出できない場合もある。<br>
なお、脱髄が高度な場合、全被検神経で活動電位が導出できない場合もある。<br>
   
   
'''③シャルコー・マリー・トゥース病に特有の遺伝子異常(表3)がある。'''<br>
'''③シャルコー・マリー・トゥース病に特有の遺伝子異常がある。'''<br>
|-
|-
|}
|}
(参考:現在判明している主な遺伝子異常は下記の異常)
peripheral myelin protein 22(PMP22)、myelin protein zero(MPZ)、gap junction protein beta 1(GJB1)、early growth response 2(EGR2)、ARHGEF10、periaxin(PRX)、lipopolysaccharide-induced TNF-α factor(LITAF)、neurofilament light chain polypeptide(NEFL)、ganglioside-induced differentiation-associated protein 1(GDAP1)、myotubularin-related protein 2(MTMR2)、SH3 domain and tetratricopeptide repeats 2(SH3TC2)、SET-binding factor 2(SBF2)、N-myc downstream regulated 1(NDRG1)、mitofusin 2(MFN2)、Ras-related GTPase 7(RAB7)、glycyl-tRNA synthetase(GARS)、heat shock protein 1(HSPB1)、HSPB8、lamin A/C(LMNA)、dynamin 2(DNM2)、tyrosyl-ARS(YARS)、alanyl-ARS(AARS)、lysyl-ARS(KARS)、aprataxin(APTX)、senataxin(SETX)、tyrosyl-DNA phosphodiesterase 1(TDP1)、desert hedgehog(DHH)、gigaxonin 1(GAN1)、K-Cl cotransporter family 3(KCC3)など。
   
   
診断のカテゴリー
診断のカテゴリー
75行目: 65行目:
Probableのうち③を満たすものをDefiniteとする。
Probableのうち③を満たすものをDefiniteとする。


[[ファイル:Hashiguchi_CMT_Fig2.png|サムネイル|'''図2. 脱髄型CMT(自験例・遺伝子型不明)'''<br>onion bulb formation]]
 
[[ファイル:Hashiguchi_CMT_Fig3.png|サムネイル|'''図3. 脱髄型CMT(自験例・遺伝子型不明)'''<br>節性脱髄]]
この診断基準は必ずしも家族歴がなくても孤発性の患者もシャルコー・マリー・トゥース病と診断することができる。
[[ファイル:Hashiguchi_CMT_Fig4.png|サムネイル|'''図4. 軸索型CMT(CMT2E)'''<br>再生線維クラスター(矢頭)]]
シャルコー・マリー・トゥース病には感覚障害の非常に軽度のものやほとんど認めないものもあり、逆に感覚障害が顕著で運動障害が非常に軽度のものもある。
=== 病理所見 ===
 シャルコー・マリー・トゥース病の診断に病理所見は必須では無いが、病型を決める参考になる。脱髄型シャルコー・マリー・トゥース病では脱髄所見である[[onion bulb formation]]('''図2''')や節性脱髄('''図3''')がみられる。軸索型CMTでは有髄線維の減少や神経線維再生にともなう再生線維クラスター('''図4''')がみられる。いずれの所見もシャルコー・マリー・トゥース病に特異的な所見では無く、一般的に[[脱髄型ニューロパチー]]や[[軸索変性]]にみられる所見である。


=== 鑑別診断 ===
=== 鑑別診断 ===
 鑑別が必要なものとして以下の疾患を挙げる。
 鑑別が必要なものとして以下の疾患を挙げる。
* [[筋萎縮性側索硬化症]]・[[家族性筋萎縮性側索硬化症]]
* 筋萎縮性側索硬化症・家族性筋萎縮性側索硬化症
* [[脊髄性筋萎縮症]]
* 脊髄性筋萎縮症
* [[球脊髄性筋萎縮症]]([[Kennedy-Alter-Sung症候群]])
* 球脊髄性筋萎縮症(Kennedy-Alter-Sung症候群)
* [[遺伝性運動性ニューロパチー]]
* 遺伝性運動性ニューロパチー
* [[遺伝性感覚性ニューロパチー]]
* 遺伝性感覚性ニューロパチー


== 病態生理 ==
== 病態生理 ==
 シャルコー・マリー・トゥース病の原因遺伝子は既に70以上発見されている。それらの遺伝子を病態別に分類すると以下の'''1-9.'''('''表3''')に分類できる。記述した遺伝子はほんの一部でありそれぞれの病態関連遺伝子が多数報告されている。
シャルコー・マリー・トゥース病の原因遺伝子は既に70以上発見されている。それらの遺伝子を病態別に分類すると以下の9つに分類できる。
 
# ミエリンコンポーネント
 PMP22タンパク質は'''1. '''[[ミエリン]]コンポーネントの代表的なタンパク質であり、CMT1Bの原因遺伝子である[[myelin protein zero]] ([[MPZ]])遺伝子、CMTX1の原因遺伝子である[[gap junction protein beta 1]] ([[GJB1]])遺伝子などもこれに該当する遺伝子である。
# ミエリン関連蛋白転写因子
 
# ミエリン関連蛋白の輸送・代謝・処理
 '''2.''' ミエリン関連タンパク質[[転写因子]]、'''3. '''ミエリン関連タンパク質の輸送・代謝・処理、'''4. '''[[細胞分化]]・維持に関連する遺伝子にはそれぞれ[[early growth response 2]] ([[EGR2]])遺伝子、[[SET binding factor 2]] ([[SBF2]])遺伝子、[[N-myc downstream regulated 1]] ([[NDRG1]])遺伝子などがこれに該当する。これらの遺伝子は主にミエリン形成に関連する遺伝子であるが、'''3. '''ミエリン関連タンパク質の輸送・代謝・処理関連遺伝子に該当する[[rab protein 7]] ([[RAB7]])遺伝子は[[小胞輸送]]と[[膜貫通]]の調節機構により細胞内物質輸送と関連し、軸索型シャルコー・マリー・トゥース病(CMT2B)の原因である。
# 細胞分化・維持
 
# ニューロフィラメント・蛋白輸送関連
 '''5.''' [[ニューロフィラメント]]・タンパク質輸送関連遺伝子には[[neurofilament, light polypeptide]] ([[NEFL]])遺伝子などが該当し、NEFL遺伝子変異は脱髄型シャルコー・マリー・トゥース病(CMT1F)にも軸索型シャルコー・マリー・トゥース病(CMT2E)のどちらにもなりうる。
# ミトコンドリア関連
 
# DNA修復・転写・核酸合成
 '''6.''' [[ミトコンドリア]]関連遺伝子で最も重要なものは[[mitofusin 2]] ([[MFN2]])遺伝子である。MFN2遺伝子変異は軸索型シャルコー・マリー・トゥース病([[CMT2A2]])の原因となり軸索型シャルコー・マリー・トゥース病のなかで最も多い<ref name=Yoshimura2019><pubmed>30257968</pubmed></ref>。
# イオンチャネル
 
# アミノアシルtRNA合成酵素
 '''7.''' [[DNA修復]]・[[転写]]・[[核酸]]合成関連遺伝子に該当する[[phosphoribosyl pyrophosphate synthetase 1]] ([[PRPS1]])遺伝子はX染色体にあり[[プリン]]・核酸代謝に関連し、CMTX5の原因遺伝子である。
 
 '''8.''' [[イオンチャネル]]関連遺伝子には、[[Transient_receptor_potentialチャネル#TRPV|transient receptor potential cation channel, subfamily V, member 4]] ([[TRPV4]])遺伝子が該当する。TRPV4はCa<sup>2+</sup>[[浸透圧]]性[[カチオンチャネル]]をコードしており、CMT2Cの原因遺伝子である。
 
 '''9.''' アミノアシルtRNA合成酵素関連遺伝子はシャルコー・マリー・トゥース病の原因遺伝子として近年複数同定されている。特定のtRNAに、対応するアミノ酸を結合させるアミノアシル化と関連するためアミノ酸の数だけ存在する。[[GARS]] ([[glycyl-tRNA synthetase]])を始め、[[AARS]] ([[alanyl-tRNA synthetase]]), [[YARS]] ([[tyrosyl-tRNA synthetase]])などがシャルコー・マリー・トゥース病の原因遺伝子として既に同定されている。
 
{| class="wikitable"
|+表3. 病態別原因遺伝子
|-
!遺伝子名!! CMT病型 !! その他病型
|-
!colspan="3" style="text-align:left;"|1. ミエリンコンポーネント  
|-
| [[GJB1]] || CMTX1 ||
|-
| [[MPZ]] || CMT1B, [[CMT2I]], [[CMT2J]], [[CMT-DID]] ||
|-
| [[PMP22]] || CMT1A, [[CMT1E]], DSS || [[HNPP]]
|-
| [[PRX]] || [[CMT4F]], DSS ||
|-
!colspan="3" style="text-align:left;"|2. ミエリン関連タンパク質転写因子
|-
| [[EGR2]] || [[CMT1D]], DSS ||
|-
| [[SOX10]] ||  || [[PCWH症候群]]
|-
!colspan="3" style="text-align:left;"|3. ミエリン関連タンパク質の輸送・代謝・処理
|-
| [[DNM2]] || CMT2M, [[CMT-DIB]] || 中心核ミオパチー
|-
| [[FIG4]] || [[CMT4J]] || [[ALS11]]
|-
| [[GNB4]] || [[CMT-DIF]] ||
|-
| [[LITAF]] || [[CMT1C]] ||
|-
| [[LRSAM1]] || [[CMT2P]] ||
|-
| [[MTMR2]] || [[CMT4B1]] ||
|-
| [[RAB7]] || [[CMT2B]] ||
|-
| [[SBF2]] || [[CMT4B2]] ||
|-
| [[SH3TC2]] || [[CMT4C]] ||
|-
| [[TRIM2]] || [[CMT2R]] ||
|-
| [[TFG]] ||  || [[HMSN-P]] (Okinawa type)
|-
!colspan="3" style="text-align:left;"|4. 細胞分化・維持
|-
| [[FGD4]] || [[CMT4H]] ||
|-
| [[MME]] || [[CMT2T]] || [[SCA43]]
|-
| [[NDRG1]] || [[CMT4D]] ||
|-
| [[ARHGEF10]] ||  || [[demyelinating neuropathy]]
|-
| [[DHH]] || [[GDMN]] ||
|-
!colspan="3" style="text-align:left;"|5. ニューロフィラメント・タンパク質輸送関連
|-
| [[HSPB1]] || [[CMT2F]] || [[dHMN2B]]
|-
| [[HSPB8]] || [[CMT2L]] || [[dHMN2A]]
|-
| [[KIF1B]] || [[CMT2A1]] ||
|-
| [[NEFH]] || [[CMT2CC]] ||
|-
| [[NEFL]] || [[CMT1F]], [[CMT2E]], [[CMT-DIG]] ||
|-
| [[GAN]] || ||[[giant axonal neurotpahy 1]]
|-
!colspan="3" style="text-align:left;"|6. ミトコンドリア関連
|-
| [[COX6A1]] || [[CMT-RID]] ||
|-
| [[GDAP1]] || [[CMT2K]], [[CMT-RIA]], [[CMT4A]] ||
|-
| [[MFN2]] || [[CMT2A2]] || [[HMSN6A]]
|-
| [[PDK3]] || [[CMTX6]] ||
|-
| [[COA7]] ||  || [[SCAN3]]
|-
| [[HK1]] ||  || [[HMSN-Russe]]
|-
!colspan="3" style="text-align:left;"|7. DNA修復・転写・核酸合成
|-
| [[LMNA]] || [[CMT2B1]] || [[EDMD2]]
|-
| [[MORC2]] || [[CMT2Z]] ||
|-
| [[PRPS1]] || [[CMTX5]] || [[Arts症候群]]、家族性[[難聴]]
|-
| [[APTX]] ||  || [[AOA1]]
|-
| [[SETX]] ||  || [[AOA2]], [[ALS4]]
|-
| [[TDP1]] ||  || [[SCAN1]]
|-
!colspan="3" style="text-align:left;"|8. イオンチャネル・トランスポーター
|-
| [[TRPV4]] || [[CMT2C]] || [[dHMN8]]
|-
| [[SLC12A6]] ||  || [[Andermann症候群]]
|-
!colspan="3" style="text-align:left;"|9. アミノアシルtRNA合成酵素
|-
| [[AARS]] || [[CMT2N]] ||
|-
| [[GARS]] || [[CMT2D]] || [[dHMN5A]], [[SMAJI]]
|-
| [[HARS]] || [[CMT2W]] ||
|-
| [[KARS]] || [[CMT-RIB]] ||
|-
| [[MARS]] || [[CMT2U]] ||
|-
| [[YARS]] || [[CMT-DIC]] ||
|}
遺伝子略称一覧:[[GJB1]]: [[gap junction protein beta 1]]; [[MPZ]]: [[myelin protein zero]]; [[PMP22]]: [[peripheral myelin protein 22]]; [[PRX]]: [[periaxin]]; [[DHH]]: [[desert hedgehog]]; [[EGR2]]: [[early growth response 2]]; [[SOX10]]: [[SRY-box transcription factor 10]]; [[DNM2]]: [[dynamin 2]]; [[FIG4]]: [[FIG4 phosphoinositide 5-phosphatase]]; [[GNB4]]: [[G protein subunit beta 4]]; [[LITAF]]: [[lipopolysaccharide-induced TNF-α factor]]; [[LRSAM1]]: [[leucine rich repeat and sterile alpha motif containing 1]]; [[MTMR2]]: [[myotubularin-related protein 2]]; [[RAB7]]: [[Ras-related GTPase 7]]; [[SBF2]]: [[SET-binding factor 2]]; [[SH3TC2]]: [[SH3 domain and tetratricopeptide repeats 2]]; [[TRIM2]]: [[tripartite motif containing 2]]; [[TFG]]: [[trafficking from ER to golgi regulator]]; [[FGD4]]: [[FYVE, RhoGEF and PH domain containing 4]]; [[MME: membrane metalloendopeptidase]]; [[NDRG1]]: [[N-myc downstream regulated 1]]; [[ARHGEF10]]: [[Rho guanine nucleotide exchange factor 10]]; [[HSPB1]]: [[heat shock protein 1]]; [[HSPB8]]: [[heat shock protein 8]]; [[KIF1B]]: [[kinesin family member 1B]]; [[NEFH]]: [[neurofilament heavy chain polypeptide]]; [[NEFL]]: [[neurofilament light chain polypeptide]]; [[GAN1]]: [[gigaxonin 1]]; [[COX6A1]]: [[cytochrome c oxidase subunit 6A1]]; [[GDAP1]]: [[ganglioside-induced differentiation-associated protein 1]]; [[MFN2]]: [[mitofusin 2]]; [[PDK3]]: [[pyruvate dehydrogenase kinase 3]]; [[COA7]]: [[cytochrome c oxidase assembly factor 7]]; [[HK1]]: [[hexokinase 1]]; [[LMNA]]: [[lamin A/C]]; [[MORC2]]: [[MORC family CW-type zinc finger 2]]; [[PRPS1]]: [[phosphoribosyl pyrophosphate synthetase 1]]; [[APTX]]: [[aprataxin]]; [[SETX]]: [[senataxin]]; [[TDP1]]: [[tyrosyl-DNA phosphodiesterase 1]]; [[TRPV4]]: [[transient receptor potential cation channel subfamily V member 4]]; [[SLC12A6]]: [[solute carrier family 12 member 6]] (=[[KCC3]]: [[K-Cl cotransporter family 3]]); [[AARS]]: [[alanyl-tRNA synthetase 1]]; [[GARS]]: [[glycyl-tRNA synthetase]]; [[HARS]]: [[histidyl-tRNA synthetase 1]]; [[KARS]]: [[lysyl-ARS]]; [[MARS]]: [[methionyl-tRNA synthetase 1]]; [[YARS]]: [[tyrosyl-tRNA synthetase 1]]


病名略称一覧:[[HNPP]]: [[hereditary neuropathy, with liability to pressure palsies]]; [[PCWH]]: [[peripheral demyelinating neuropathy, central dysmyelination, Waardenburg syndrome, and Hirschsprung disease]]; [[ALS]]: [[amyotrophic lateral sclerosis]]; [[SCA]]: [[spinocerebellar ataxia]]; [[GDMN]]: [[46,XY gonadal dysgenesis with minifascifular neuropathy]]; [[dHMN]]: [[distal hereditary motor neuropathy]]; [[SCAN]]: [[spinocerebellar ataxia, autosomal recessive, with axonal neuropathy]]; [[AOA]]: [[ataxia-oculomotor apraxia]]; [[EDMD]]: [[Emery-Dreifuss muscular dystrophy]]; [[SMAJI]]: [[spinal muscular atrophy, infantile, James type]]
PMP22蛋白は①ミエリンコンポーネントの代表的な蛋白であり、シャルコー・マリー・トゥース病1Bの原因遺伝子であるMPZ(myelin protein zero)遺伝子、シャルコー・マリー・トゥース病X1の原因遺伝子であるGJB1(gap junction protein beta 1)遺伝子などもこれに該当する遺伝子である。②ミエリン関連蛋白転写因子、③ミエリン関連蛋白の輸送・代謝・処理、④細胞分化・維持に関連する遺伝子にはそれぞれEGR2(early growth response 2)遺伝子、SBF2(SET binding factor 2)遺伝子、NDRG1(N-myc downstream regulated 1)遺伝子などがこれに該当する。これらの遺伝子は主にミエリン形成に関連する遺伝子であるが、③ミエリン関連蛋白の輸送・代謝・処理関連遺伝子に該当するRAB7(rab protein 7)遺伝子は小胞輸送と膜貫通の調節機構により細胞内物質輸送と関連し、軸索型シャルコー・マリー・トゥース病(シャルコー・マリー・トゥース病2B)の原因である。⑤ニューロフィラメント・蛋白輸送関連遺伝子にはNEFL(neurofilament, light polypeptide)遺伝子などが該当し、NEFL遺伝子変異は脱髄型シャルコー・マリー・トゥース病(シャルコー・マリー・トゥース病1F)にも軸索型シャルコー・マリー・トゥース病(シャルコー・マリー・トゥース病2E)のどちらにもなりうる。⑥ミトコンドリア関連遺伝子で最も重要なものはMFN2(mitofusin 2)遺伝子である。MFN2遺伝子変異は軸索型シャルコー・マリー・トゥース病(シャルコー・マリー・トゥース病2A2)の原因となり軸索型シャルコー・マリー・トゥース病のなかで最も多い<ref name=Yoshimura2019><pubmed>30257968</pubmed></ref>
  [7]。⑦DNA修復・転写・核酸合成関連遺伝子に該当するPRPS1(phosphoribosyl pyrophosphate synthetase 1)遺伝子はX染色体にありプリン・核酸代謝に関連し、シャルコー・マリー・トゥース病X5の原因遺伝子である。⑧イオンチャネル関連遺伝子には、TRPV4(transient receptor potential cation channel, subfamily V, member 4)遺伝子が該当する。TRPV4はCa2+浸透圧性カチオンチャネルをコードしており、シャルコー・マリー・トゥース病2Cの原因遺伝子である。⑨アミノアシルtRNA合成酵素関連遺伝子はシャルコー・マリー・トゥース病の原因遺伝子として近年複数同定されている。特定のtRNAに、対応するアミノ酸を結合させるアミノアシル化と関連するためアミノ酸の数だけ存在する。GARS(glycyl-tRNA synthetase)を始め、AARS(alanyl-tRNA synthetase), YARS(tyrosyl-tRNA synthetase)などがシャルコー・マリー・トゥース病の原因遺伝子として既に同定されている。記述した遺伝子はほんの一部でありそれぞれの病態関連遺伝子が多数報告されている。


== 治療 ==
== 治療 ==
 シャルコー・マリー・トゥース病の症状に効果が証明された治療薬はまだない。[[神経栄養因子]]やシャルコー・マリー・トゥース病原因遺伝子の解明に伴い遺伝子治療など新たな治療戦略が研究されているが、現状では実用的ではない。シャルコー・マリー・トゥース病の中で最も多いCMT1Aに関しては[[アスコルビン酸]]がPMP22の過剰な発現を抑制すると期待され、欧米で無作為化比較対照試験まで実施されたがアスコルビン酸の有用性は示されなかった<ref name=Lewis2013><pubmed>23797954</pubmed></ref>。他にも、[[ニューロトロフィン3]]、[[ニューレグリン]]、[[クルクミン]]、[[プロゲステロン]]刺激薬など治療効果の検討がされているが今だ有用性は認めていない。最近では、[[histone deacetylase 6|histone deacetylase (HDAC) 6]][[阻害剤]]の触媒作用と[[ユビキチン]]との相互作用を通じての非触媒作用の両方がシャルコー・マリー・トゥース病を含む希少疾患に有用ではないかと期待され研究されている<ref name=Brindisi2020><pubmed>31415174</pubmed></ref>。
 シャルコー・マリー・トゥース病の症状に効果が証明された治療薬はまだない。神経栄養因子やシャルコー・マリー・トゥース病原因遺伝子の解明に伴い遺伝子治療など新たな治療戦略が研究されているが、現状では実用的ではない。シャルコー・マリー・トゥース病の中で最も多いシャルコー・マリー・トゥース病1Aに関してはアスコルビン酸がPMP22の過剰な発現を抑制すると期待され、欧米で無作為化比較対照試験まで実施されたがアスコルビン酸の有用性は示されなかった<ref name=Lewis2013><pubmed>23797954</pubmed></ref>
[8]。他にも、ニューロトロフィン3、ニューレグリン、クルクミン、プロゲステロン刺激薬など治療効果の検討がされているが今だ有用性は認めていない。最近では、HDAC(histone deacetylase) 6阻害剤の触媒作用とユビキチンとの相互作用を通じての非触媒作用の両方がシャルコー・マリー・トゥース病を含む希少疾患に有用ではないかと期待され研究されている<ref name=Brindisi2020><pubmed>31415174</pubmed></ref>
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== 疫学 ==
== 疫学 ==
 過去の欧米の報告では有病率は2500人に1人とされてきた<ref name=Skre1974><pubmed>4430158</pubmed></ref>が、本邦の最近の疫学では1万人に1人程度となっている<ref name=Kurihara2002><pubmed>12207153</pubmed></ref>。脱髄型シャルコー・マリー・トゥース病の中ではPMP22遺伝子重複によるCMT1Aが脱髄型シャルコー・マリー・トゥース病の約70%<ref name=Boerkoel2002><pubmed>11835375</pubmed></ref>、シャルコー・マリー・トゥース病全体の約50%<ref name=Szigeti2006><pubmed>16775379</pubmed></ref>と最多である。軸索型ではMFN2遺伝子変異によるCMT2A2が最も多く、CMTXではGJB1遺伝子変異によるCMTX1が最も多い<ref name=Yoshimura2019><pubmed>30257968</pubmed></ref>。
過去の欧米の報告では有病率は2500人に1人とされてきた<ref name=Skre1974><pubmed>4430158</pubmed></ref>[10]が、本邦の最近の疫学では1万人に1人程度となっている<ref name=Kurihara2002><pubmed>12207153</pubmed></ref>[11]。脱髄型シャルコー・マリー・トゥース病の中ではPMP22遺伝子重複によるシャルコー・マリー・トゥース病1Aが脱髄型シャルコー・マリー・トゥース病の約70%<ref name=Boerkoel2002><pubmed>11835375</pubmed></ref>[12]、シャルコー・マリー・トゥース病全体の約50%<ref name=Szigeti2006><pubmed>16775379</pubmed></ref>[13]と最多である。軸索型ではMFN2遺伝子変異によるシャルコー・マリー・トゥース病2A2が最も多く、シャルコー・マリー・トゥース病XではGJB1遺伝子変異によるシャルコー・マリー・トゥース病X1が最も多い<ref name=Yoshimura2019><pubmed>30257968</pubmed></ref>[7]
 
== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
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2020年12月24日 (木) 22:16時点における版

鹿児島大学脳神経内科 橋口昭大、高嶋 博

英:Charcot-Marie-Tooth disease

 シャルコー・マリー・トゥース病は遺伝性に運動と感覚の両方の末梢神経障害をきたす疾患の総称である。遺伝性運動性感覚性ニューロパチー(HMSN)という用語はシャルコー・マリー・トゥース病と同義的に用いられる。遺伝形式、臨床像、神経伝導検査により様々に分類される。近年の遺伝子解析技術の進歩に伴い遺伝子診断される症例が増えており、新規原因遺伝子の発見も続いている。同じ遺伝子変異であっても臨床像に違いがあるなど、臨床所見から原因遺伝子を特定することは非常に困難であることもわかってきた。そのため、確定診断をするためには遺伝子検査が欠かせなくなってきている。

シャルコー・マリー・トゥース病とは

 1886年にフランス人神経学者であるJean-Martin CharcotとPierre Marieが 連名で ‘特に足の筋萎縮で始まり後に手にも筋萎縮がひろがる家族性の疾患’としてフランスの家系を報告し[1][1]、同年イギリス人神経学者のHoward Henry Toothも ‘Peroneal type(腓骨型)’の筋萎縮症としてイギリスの症例を報告した[2][2]。この3人が初めて報告したため、遺伝性末梢神経障害の総称としてシャルコー・マリー・トゥース病の名称が用いられるようになった。シャルコー・マリー・トゥース病の中には脱髄型、軸索型、中間型、常染色体顕性遺伝形式、常染色体潜性遺伝形式、X染色体遺伝形式など様々なタイプのシャルコー・マリー・トゥース病がある。1989年Vanceらはシャルコー・マリー・トゥース病の中で最も多い常染色体顕性遺伝形式の脱髄型シャルコー・マリー・トゥース病(シャルコー・マリー・トゥース病1A)において原因遺伝子が17番染色体にあることを発見し[3] [3]、1991年Lupskiらのグループ[4] [4]とRaeymaekersらのグループ[5] [5]がほぼ同時期にシャルコー・マリー・トゥース病1Aの原因が17番染色体のPMP22 (peripheral myelin protein 22) 遺伝子の重複であることを発見した。これによりシャルコー・マリー・トゥース病の遺伝子検査の歴史が始まり、PMP22重複の検査(FISH法: Fluorescence in situ hybridization法)は保険適応の外注委託検査として実施可能である。

診断

臨床所見

 発症年齢は小児期(20歳未満)であることが多いが、成人以降に発症するシャルコー・マリー・トゥース病決して少なくない。筋萎縮と筋力低下は下肢遠位筋に特に認められ、逆シャンペンボトル様筋萎縮や凹足/Pes cavus、槌状趾がみられる。後に手内筋の萎縮、猿手、鷲手などもみられる様になる。感覚障害は、異常感覚と感覚鈍麻の両方がみられるが軽度の事が多い。

電気生理学的分類

 正中神経運動神経伝導速度(正常 50 m/s 以上)が38m/sより遅いものを「脱髄型」、38m/sより速いものを「軸索型」、その前後のものを「中間型」と分類する。電気生理学的分類と遺伝形式、一部重症度により以下の様に診断分類される。

電気生理学的分類 遺伝形式 診断 備考
脱髄型 AD CMT1
AR CMT4
軸索型 AD, AR CMT2 ARのものはAR-CMT2と表現
脱髄型・軸索型 AD, AR DSS*/CMT3 乳幼児期発症の重症型
中間型 AD CMT-DI
AR CMT-RI セル内のテキスト
脱髄型・中間型・軸索型 X染色体 CMTX 電気生理学的に中間型のことが多い

DSS: デジェリン・ソッタス病(Dejerine-Sottas 病)

 厚生労働省の指定難病判定にも用いられる「シャルコー・マリー・トゥース病の診療向上に関するエビデンスを構築する研究班」による診断基準[6][6]を下に示す。

表2. シャルコー・マリー・トゥース病診断基準

①以下の臨床症状(のうち2項目)を満たす。
(ア)筋力低下・筋萎縮 
下肢優位の四肢遠位部の障害(凹足、扁平足、逆シャンペンボトル様の筋萎縮、手内筋萎縮、足趾骨間筋萎縮など)が典型的だが、まれに四肢近位部が優位に障害される場合もある。症状は、基本的に左右対称性である。
(イ)感覚障害
下肢優位の手袋・靴下型の障害が典型的であるが、感覚障害が目立たない場合もある。
症状は基本的に左右対称性である。
(ウ)家族歴がある。
(エ)他の疾病によらない自律神経障害、声帯麻痺、視力障害、錐体路障害、錐体外路障害などの合併を認める場合もある。

②神経伝導検査の異常(のうち2項目)を満たす。
(ア)正中神経の運動神経伝導速度が38m/s以下
(イ)正中神経の運動神経複合活動電位の明らかな低下
(ウ)他の末梢神経の神経伝導検査で軸索障害または脱髄性障害を認める。
なお、脱髄が高度な場合、全被検神経で活動電位が導出できない場合もある。

③シャルコー・マリー・トゥース病に特有の遺伝子異常がある。

(参考:現在判明している主な遺伝子異常は下記の異常) peripheral myelin protein 22(PMP22)、myelin protein zero(MPZ)、gap junction protein beta 1(GJB1)、early growth response 2(EGR2)、ARHGEF10、periaxin(PRX)、lipopolysaccharide-induced TNF-α factor(LITAF)、neurofilament light chain polypeptide(NEFL)、ganglioside-induced differentiation-associated protein 1(GDAP1)、myotubularin-related protein 2(MTMR2)、SH3 domain and tetratricopeptide repeats 2(SH3TC2)、SET-binding factor 2(SBF2)、N-myc downstream regulated 1(NDRG1)、mitofusin 2(MFN2)、Ras-related GTPase 7(RAB7)、glycyl-tRNA synthetase(GARS)、heat shock protein 1(HSPB1)、HSPB8、lamin A/C(LMNA)、dynamin 2(DNM2)、tyrosyl-ARS(YARS)、alanyl-ARS(AARS)、lysyl-ARS(KARS)、aprataxin(APTX)、senataxin(SETX)、tyrosyl-DNA phosphodiesterase 1(TDP1)、desert hedgehog(DHH)、gigaxonin 1(GAN1)、K-Cl cotransporter family 3(KCC3)など。

診断のカテゴリー ①、②を満たすものをProbableとする。 Probableのうち③を満たすものをDefiniteとする。


この診断基準は必ずしも家族歴がなくても孤発性の患者もシャルコー・マリー・トゥース病と診断することができる。 シャルコー・マリー・トゥース病には感覚障害の非常に軽度のものやほとんど認めないものもあり、逆に感覚障害が顕著で運動障害が非常に軽度のものもある。

鑑別診断

 鑑別が必要なものとして以下の疾患を挙げる。

  • 筋萎縮性側索硬化症・家族性筋萎縮性側索硬化症
  • 脊髄性筋萎縮症
  • 球脊髄性筋萎縮症(Kennedy-Alter-Sung症候群)
  • 遺伝性運動性ニューロパチー
  • 遺伝性感覚性ニューロパチー

病態生理

シャルコー・マリー・トゥース病の原因遺伝子は既に70以上発見されている。それらの遺伝子を病態別に分類すると以下の9つに分類できる。

  1. ミエリンコンポーネント
  2. ミエリン関連蛋白転写因子
  3. ミエリン関連蛋白の輸送・代謝・処理
  4. 細胞分化・維持
  5. ニューロフィラメント・蛋白輸送関連
  6. ミトコンドリア関連
  7. DNA修復・転写・核酸合成
  8. イオンチャネル
  9. アミノアシルtRNA合成酵素

PMP22蛋白は①ミエリンコンポーネントの代表的な蛋白であり、シャルコー・マリー・トゥース病1Bの原因遺伝子であるMPZ(myelin protein zero)遺伝子、シャルコー・マリー・トゥース病X1の原因遺伝子であるGJB1(gap junction protein beta 1)遺伝子などもこれに該当する遺伝子である。②ミエリン関連蛋白転写因子、③ミエリン関連蛋白の輸送・代謝・処理、④細胞分化・維持に関連する遺伝子にはそれぞれEGR2(early growth response 2)遺伝子、SBF2(SET binding factor 2)遺伝子、NDRG1(N-myc downstream regulated 1)遺伝子などがこれに該当する。これらの遺伝子は主にミエリン形成に関連する遺伝子であるが、③ミエリン関連蛋白の輸送・代謝・処理関連遺伝子に該当するRAB7(rab protein 7)遺伝子は小胞輸送と膜貫通の調節機構により細胞内物質輸送と関連し、軸索型シャルコー・マリー・トゥース病(シャルコー・マリー・トゥース病2B)の原因である。⑤ニューロフィラメント・蛋白輸送関連遺伝子にはNEFL(neurofilament, light polypeptide)遺伝子などが該当し、NEFL遺伝子変異は脱髄型シャルコー・マリー・トゥース病(シャルコー・マリー・トゥース病1F)にも軸索型シャルコー・マリー・トゥース病(シャルコー・マリー・トゥース病2E)のどちらにもなりうる。⑥ミトコンドリア関連遺伝子で最も重要なものはMFN2(mitofusin 2)遺伝子である。MFN2遺伝子変異は軸索型シャルコー・マリー・トゥース病(シャルコー・マリー・トゥース病2A2)の原因となり軸索型シャルコー・マリー・トゥース病のなかで最も多い[7]

[7]。⑦DNA修復・転写・核酸合成関連遺伝子に該当するPRPS1(phosphoribosyl pyrophosphate synthetase 1)遺伝子はX染色体にありプリン・核酸代謝に関連し、シャルコー・マリー・トゥース病X5の原因遺伝子である。⑧イオンチャネル関連遺伝子には、TRPV4(transient receptor potential cation channel, subfamily V, member 4)遺伝子が該当する。TRPV4はCa2+浸透圧性カチオンチャネルをコードしており、シャルコー・マリー・トゥース病2Cの原因遺伝子である。⑨アミノアシルtRNA合成酵素関連遺伝子はシャルコー・マリー・トゥース病の原因遺伝子として近年複数同定されている。特定のtRNAに、対応するアミノ酸を結合させるアミノアシル化と関連するためアミノ酸の数だけ存在する。GARS(glycyl-tRNA synthetase)を始め、AARS(alanyl-tRNA synthetase), YARS(tyrosyl-tRNA synthetase)などがシャルコー・マリー・トゥース病の原因遺伝子として既に同定されている。記述した遺伝子はほんの一部でありそれぞれの病態関連遺伝子が多数報告されている。

治療

 シャルコー・マリー・トゥース病の症状に効果が証明された治療薬はまだない。神経栄養因子やシャルコー・マリー・トゥース病原因遺伝子の解明に伴い遺伝子治療など新たな治療戦略が研究されているが、現状では実用的ではない。シャルコー・マリー・トゥース病の中で最も多いシャルコー・マリー・トゥース病1Aに関してはアスコルビン酸がPMP22の過剰な発現を抑制すると期待され、欧米で無作為化比較対照試験まで実施されたがアスコルビン酸の有用性は示されなかった[8]

[8]。他にも、ニューロトロフィン3、ニューレグリン、クルクミン、プロゲステロン刺激薬など治療効果の検討がされているが今だ有用性は認めていない。最近では、HDAC(histone deacetylase) 6阻害剤の触媒作用とユビキチンとの相互作用を通じての非触媒作用の両方がシャルコー・マリー・トゥース病を含む希少疾患に有用ではないかと期待され研究されている[9]
[9]。

疫学

過去の欧米の報告では有病率は2500人に1人とされてきた[10][10]が、本邦の最近の疫学では1万人に1人程度となっている[11][11]。脱髄型シャルコー・マリー・トゥース病の中ではPMP22遺伝子重複によるシャルコー・マリー・トゥース病1Aが脱髄型シャルコー・マリー・トゥース病の約70%[12][12]、シャルコー・マリー・トゥース病全体の約50%[13][13]と最多である。軸索型ではMFN2遺伝子変異によるシャルコー・マリー・トゥース病2A2が最も多く、シャルコー・マリー・トゥース病XではGJB1遺伝子変異によるシャルコー・マリー・トゥース病X1が最も多い[7][7]。

参考文献

  1. Charcot JM, Marie P. On a particular form of muscular atrophy that is often familial, appearing in the feet and legs and later reaching the hands [in French]. Rev Med Interne 1886. 6:97-138
  2. Tooth HH. The peroneal type of progressive muscular atrophy. London: HK Lewis. 1886
  3. Vance, J.M., Nicholson, G.A., Yamaoka, L.H., Stajich, J., Stewart, C.S., Speer, M.C., ..., & Pericak-Vance, M.A. (1989).
    Linkage of Charcot-Marie-Tooth neuropathy type 1a to chromosome 17. Experimental neurology, 104(2), 186-9. [PubMed:2707366] [WorldCat] [DOI]
  4. Lupski, J.R., de Oca-Luna, R.M., Slaugenhaupt, S., Pentao, L., Guzzetta, V., Trask, B.J., ..., & Patel, P.I. (1991).
    DNA duplication associated with Charcot-Marie-Tooth disease type 1A. Cell, 66(2), 219-32. [PubMed:1677316] [WorldCat] [DOI]
  5. Raeymaekers, P., Timmerman, V., Nelis, E., De Jonghe, P., Hoogendijk, J.E., Baas, F., ..., & Bolhuis, P.A. (1991).
    Duplication in chromosome 17p11.2 in Charcot-Marie-Tooth neuropathy type 1a (CMT 1a). The HMSN Collaborative Research Group. Neuromuscular disorders : NMD, 1(2), 93-7. [PubMed:1822787] [WorldCat] [DOI]
  6. シャルコー・マリー・トゥース病診療マニュアル編集委員会編 シャルコー・マリー・トゥース病診療マニュアル. 2版. 京都:金芳堂;2015. p.127
  7. 7.0 7.1 Yoshimura, A., Yuan, J.H., Hashiguchi, A., Ando, M., Higuchi, Y., Nakamura, T., ..., & Takashima, H. (2019).
    Genetic profile and onset features of 1005 patients with Charcot-Marie-Tooth disease in Japan. Journal of neurology, neurosurgery, and psychiatry, 90(2), 195-202. [PubMed:30257968] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  8. Lewis, R.A., McDermott, M.P., Herrmann, D.N., Hoke, A., Clawson, L.L., Siskind, C., ..., & Muscle Study Group (2013).
    High-dosage ascorbic acid treatment in Charcot-Marie-Tooth disease type 1A: results of a randomized, double-masked, controlled trial. JAMA neurology, 70(8), 981-7. [PubMed:23797954] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  9. Brindisi, M., Saraswati, A.P., Brogi, S., Gemma, S., Butini, S., & Campiani, G. (2020).
    Old but Gold: Tracking the New Guise of Histone Deacetylase 6 (HDAC6) Enzyme as a Biomarker and Therapeutic Target in Rare Diseases. Journal of medicinal chemistry, 63(1), 23-39. [PubMed:31415174] [WorldCat] [DOI]
  10. Skre, H. (1974).
    Genetic and clinical aspects of Charcot-Marie-Tooth's disease. Clinical genetics, 6(2), 98-118. [PubMed:4430158] [WorldCat] [DOI]
  11. Kurihara, S., Adachi, Y., Wada, K., Awaki, E., Harada, H., & Nakashima, K. (2002).
    An epidemiological genetic study of Charcot-Marie-Tooth disease in Western Japan. Neuroepidemiology, 21(5), 246-50. [PubMed:12207153] [WorldCat] [DOI]
  12. Boerkoel, C.F., Takashima, H., Garcia, C.A., Olney, R.K., Johnson, J., Berry, K., ..., & Lupski, J.R. (2002).
    Charcot-Marie-Tooth disease and related neuropathies: mutation distribution and genotype-phenotype correlation. Annals of neurology, 51(2), 190-201. [PubMed:11835375] [WorldCat] [DOI]
  13. Szigeti, K., Nelis, E., & Lupski, J.R. (2006).
    Molecular diagnostics of Charcot-Marie-Tooth disease and related peripheral neuropathies. Neuromolecular medicine, 8(1-2), 243-54. [PubMed:16775379] [WorldCat] [DOI]