「髄芽腫」の版間の差分

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<font size="+1">[https://researchmap.jp/read0206395 川内大輔]</font><br>
<font size="+1">[https://researchmap.jp/read0206395 川内大輔]</font><br>
''ドイツがん研究センター 小児脳腫瘍部門''<br>
''ドイツがん研究センター 小児脳腫瘍部門''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2019年2月15日 原稿完成日:201X年X月XX日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2019年2月15日 原稿完成日:2019年2月19日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0080380 上口 裕之](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0080380 上口 裕之](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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 髄芽腫は、多分化能を持つと想定された[[髄芽細胞]] (medulloblast)から生じる未分化な胎児性[[脳腫瘍]]として名付けられ、[[神経膠腫]]と区別されてきた<ref name=Bailey1925>'''Bailey, P. and Cushing, H.'''<br>Medulloblastoma Cerebellia: Common Type of Midcerebellar Glioma of Childhood<br>''Arch. Neurol. Psychaitr.'' 1925, 14; 192-224 [https://bsd.neuroinf.jp/w/images/2/21/Archneurpsyc_14_2_002.pdf PDF]</ref> 。近年までこの腫瘍は、病理学的解析と腫瘍形成部位を基に「髄芽腫」として単一の疾患として治療されてきたが、個々の腫瘍の薬剤への反応性や予後の違いから、腫瘍間の異種性と細分化の必要性が議論されてきた。
 髄芽腫は、多分化能を持つと想定された[[髄芽細胞]] (medulloblast)から生じる未分化な胎児性[[脳腫瘍]]として名付けられ、[[神経膠腫]]と区別されてきた<ref name=Bailey1925>'''Bailey, P. and Cushing, H.'''<br>Medulloblastoma Cerebellia: Common Type of Midcerebellar Glioma of Childhood<br>''Arch. Neurol. Psychaitr.'' 1925, 14; 192-224 [https://bsd.neuroinf.jp/w/images/2/21/Archneurpsyc_14_2_002.pdf PDF]</ref> 。近年までこの腫瘍は、病理学的解析と腫瘍形成部位を基に「髄芽腫」として単一の疾患として治療されてきたが、個々の腫瘍の薬剤への反応性や予後の違いから、腫瘍間の異種性と細分化の必要性が議論されてきた。


 現在ではDNAの[[メチル化]]<ref name=Capper2018><pubmed>29539639</pubmed></ref><ref name=Northcott2017><pubmed>28726821</pubmed></ref> や、遺伝子<ref name=Northcott2011><pubmed>20823417</pubmed></ref> あるいはタンパク質の発現<ref name=Forget2018><pubmed>30205043</pubmed></ref><ref name=Archer2018><pubmed>30205044</pubmed></ref> を基に髄芽腫の分子レベルでの細分化が行われ、大別して四つの異なる疾患として個別に研究、治療する必要性が唱えられている<ref name=Taylor2012><pubmed>22134537</pubmed></ref><ref name=Cavalli2017><pubmed>28609654</pubmed></ref><ref name=Schwalbe2017><pubmed>28545823</pubmed></ref> (表1)。
 現在ではDNAの[[メチル化]]<ref name=Capper2018><pubmed>29539639</pubmed></ref><ref name=Northcott2017><pubmed>28726821</pubmed></ref> や、遺伝子<ref name=Northcott2011><pubmed>20823417</pubmed></ref> あるいはタンパク質の発現<ref name=Forget2018><pubmed>30205043</pubmed></ref><ref name=Archer2018><pubmed>30205044</pubmed></ref> を基に髄芽腫の分子レベルでの細分化が行われ、大別して四つの異なる疾患として個別に研究、治療する必要性が唱えられている<ref name=Taylor2012><pubmed>22134537</pubmed></ref><ref name=Cavalli2017><pubmed>28609654</pubmed></ref><ref name=Schwalbe2017><pubmed>28545823</pubmed></ref>('''表1''')。


==サブグループ ==
==サブグループ ==
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===グループ2(SHH型)===
===グループ2(SHH型)===
 [[SHH型髄芽腫]]は[[SHH]]シグナル伝達経路おける遺伝子変異が特徴的である。主な遺伝子変異は''[[PTCH1]]''、''[[SMO]]''、''[[SUFU]]''、[[GLI2]]あるいは''[[MYCN]]''などで高頻度に観察される<ref name=Pugh2012><pubmed>22820256</pubmed></ref><ref name=Robinson2012><pubmed>22722829</pubmed></ref> 。そのためマウスを用いた研究を基に、SHHシグナルを活性化する膜タンパク[[Smoothened]]の機能阻害剤<ref name=Romer2004><pubmed>15380514</pubmed></ref> など、SHHシグナル伝達経路の抑制が化学療法の候補として考えられ、実際に適用され始めている<ref name=Robinson2015><pubmed>26169613</pubmed></ref><ref name=Rudin2009><pubmed>19726761</pubmed></ref> 。病理学的には、小脳半球の表層上に観察され、小細胞性のものや大細胞性のものなど様々である一方、結節型の腫瘍はほぼSHH型髄芽腫に属する。
 [[SHH型髄芽腫]]は[[ソニック・ヘッジホッグ]] ([[SHH]])シグナル伝達経路おける遺伝子変異が特徴的である。主な遺伝子変異は''[[PTCH1]]''、''[[SMO]]''、''[[SUFU]]''、[[GLI2]]あるいは''[[MYCN]]''などで高頻度に観察される<ref name=Pugh2012><pubmed>22820256</pubmed></ref><ref name=Robinson2012><pubmed>22722829</pubmed></ref> 。そのためマウスを用いた研究を基に、SHHシグナルを活性化する膜タンパク[[Smoothened]]の機能阻害剤<ref name=Romer2004><pubmed>15380514</pubmed></ref> など、SHHシグナル伝達経路の抑制が化学療法の候補として考えられ、実際に適用され始めている<ref name=Robinson2015><pubmed>26169613</pubmed></ref><ref name=Rudin2009><pubmed>19726761</pubmed></ref> 。病理学的には、小脳半球の表層上に観察され、小細胞性のものや大細胞性のものなど様々である一方、結節型の腫瘍はほぼSHH型髄芽腫に属する。


 遺伝子組換えマウスを用いた豊富な研究から、SHH型は小脳[[顆粒細胞]]から生じるとされ<ref name=Yang2008><pubmed>18691548</pubmed></ref><ref name=Schuller2008><pubmed>18691547</pubmed></ref> 、WNT型とは異なる。小児だけでなく成人でも生じるが、遺伝子発現など分子的な特性がお互い異なることから<ref name=Kool2014><pubmed>24651015</pubmed></ref> 、成人髄芽腫は異なる細胞種から生じる可能性もある。またがん抑制遺伝子''[[TP53]]''の機能欠損変異がみられる腫瘍は非常に予後が不良で、最新のWHO区分でも予後不良の遺伝子型として特別に分類されている<ref name=Pickles2018><pubmed>28949028</pubmed></ref> 。
 遺伝子組換えマウスを用いた豊富な研究から、SHH型は小脳[[顆粒細胞]]から生じるとされ<ref name=Yang2008><pubmed>18691548</pubmed></ref><ref name=Schuller2008><pubmed>18691547</pubmed></ref> 、WNT型とは異なる。小児だけでなく成人でも生じるが、遺伝子発現など分子的な特性がお互い異なることから<ref name=Kool2014><pubmed>24651015</pubmed></ref> 、成人髄芽腫は異なる細胞種から生じる可能性もある。またがん抑制遺伝子''[[TP53]]''の機能欠損変異がみられる腫瘍は非常に予後が不良で、最新のWHO区分でも予後不良の遺伝子型として特別に分類されている<ref name=Pickles2018><pubmed>28949028</pubmed></ref> 。
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== 治療 ==
== 治療 ==
 治療は一般的には開頭術での摘出が行われ、その後の補助療法として放射線治療、化学療法がおこなわれる。髄芽腫においては従来手術での摘出度と年齢、髄膜播種の有無に応じて標準リスク群と高リスク群とに分類されており、それに応じて標準的な術後療法が異なっている一方近年は標準リスク群と高リスク群に加え予後が良好の一群を低リスク群として分類することも提唱されており('''表2''')、こうした低リスク群では[[放射線治療]]や[[化学療法]]の減量に向けた試みが始まっている<ref name=Ramaswamy2016><pubmed>27040285</pubmed></ref> 。
 治療は一般的には開頭術での摘出が行われ、その後の補助療法として放射線治療、化学療法がおこなわれる。髄芽腫においては従来手術での摘出度と年齢、髄膜播種の有無に応じて標準リスク群と高リスク群とに分類されており、それに応じて標準的な術後療法が異なっている一方近年は標準リスク群と高リスク群に加え予後が良好の一群を低リスク群として分類することも提唱されており('''表2''')、こうした低リスク群では[[放射線治療]]や[[化学療法]]の減量に向けた試みが始まっている<ref name=Ramaswamy2016><pubmed>27040285</pubmed></ref> 。


=== 手術 ===
=== 手術 ===
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=== 化学療法 ===
=== 化学療法 ===
 標準リスク群では[[wj:アルキル化剤|アルキル化剤]]に分類される[[wj:シクロフォスファミド|シクロフォスファミド]](cyclophosphamide), [[wj:プラチナ製剤|プラチナ製剤]]である[[wj:シスプラチン|シスプラチン]](cisplatin), [[wj:微小管|微小管]]重合の[[阻害剤]]である[[wj:ビンクリスチン|ビンクリスチン]](vincristine), [[wj:トポイソメラーゼⅡ|トポイソメラーゼⅡ]]阻害剤である[[エトポシド]](etoposide)を組み合わせた化学療法([[ICE療法]]や[[PackerBレジメン]]と呼ばれている)に[[wj:メトトレキサート|メトトレキサート]](Methotrexate, MTX)を髄注するプロトコールを用いて行われ<ref name=Packer2006><pubmed>16943538</pubmed></ref> 、高リスク群ではそれらのプロトコールに加え[[wj:ナイトロジェン・マスタード|ナイトロジェン・マスタード]]系の[[wj:アルキル化剤|アルキル化剤]]である[[wj:チオテパ|チオテパ]](Thiotepa)やアルキル化剤に分類される抗がん剤である[[wj:メルファラン|メルファラン]](Melphalan,L-PAM)を用いた大量化学療法を行うレジメンが行われている。
 標準リスク群では[[wj:アルキル化剤|アルキル化剤]]に分類される[[wj:シクロフォスファミド|シクロフォスファミド]](cyclophosphamide), [[wj:プラチナ製剤|プラチナ製剤]]である[[wj:シスプラチン|シスプラチン]](cisplatin), [[微小管]]重合の[[阻害剤]]である[[wj:ビンクリスチン|ビンクリスチン]](vincristine), [[wj:トポイソメラーゼⅡ|トポイソメラーゼⅡ]]阻害剤である[[エトポシド]](etoposide)を組み合わせた化学療法([[ICE療法]]や[[PackerBレジメン]]と呼ばれている)に[[wj:メトトレキサート|メトトレキサート]](Methotrexate, MTX)を髄注するプロトコールを用いて行われ<ref name=Packer2006><pubmed>16943538</pubmed></ref> 、高リスク群ではそれらのプロトコールに加え[[wj:ナイトロジェン・マスタード|ナイトロジェン・マスタード]]系の[[wj:アルキル化剤|アルキル化剤]]である[[wj:チオテパ|チオテパ]](Thiotepa)やアルキル化剤に分類される抗がん剤である[[wj:メルファラン|メルファラン]](Melphalan,L-PAM)を用いた大量化学療法を行うレジメンが行われている。


 またサブグループの発見後はサブグループ毎に分子標的薬の臨床研究も海外では行われており、SHH typeの髄芽腫に対してSHHのpathwayの一つであるSMOの阻害剤である[[wj:ビスモデギブ|ビスモデギブ]]を使用した臨床試験の報告が報告されており、有効例が報告されている<ref name=Robinson2015><pubmed>26169613</pubmed></ref> 。
 またサブグループの発見後はサブグループ毎に分子標的薬の臨床研究も海外では行われており、SHH typeの髄芽腫に対してSHHのpathwayの一つであるSMOの阻害剤である[[wj:ビスモデギブ|ビスモデギブ]]を使用した臨床試験の報告が報告されており、有効例が報告されている<ref name=Robinson2015><pubmed>26169613</pubmed></ref> 。