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1994年にスウェーデンLund大学のGustafsonらと英国Manchester大学のNearyらのグループが[[前頭側頭型認知症]] ([[frontotemporal dementia]]: FTD)の概念をまとめ<ref name=Lund1994><pubmed>8163988</pubmed></ref>、次いで1998年にNearyらが前頭側頭型認知症に加えて、前頭側頭葉の萎縮と同部位の症状が前景に立つ症候群として意味性認知症と[[進行性非流暢性失語]] ([[progressive non-fluent aphasia]]: PNFA)を合わせて前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration: FTLD)と呼ぶことを提唱した('''図1''') <ref name=Neary1998><pubmed>9855500</pubmed></ref>。 | 1994年にスウェーデンLund大学のGustafsonらと英国Manchester大学のNearyらのグループが[[前頭側頭型認知症]] ([[frontotemporal dementia]]: FTD)の概念をまとめ<ref name=Lund1994><pubmed>8163988</pubmed></ref>、次いで1998年にNearyらが前頭側頭型認知症に加えて、前頭側頭葉の萎縮と同部位の症状が前景に立つ症候群として意味性認知症と[[進行性非流暢性失語]] ([[progressive non-fluent aphasia]]: PNFA)を合わせて前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration: FTLD)と呼ぶことを提唱した('''図1''') <ref name=Neary1998><pubmed>9855500</pubmed></ref>。 | ||
側頭葉優位の萎縮を呈する意味性認知症例ではその脳萎縮に左右差がある事が多い。左優位萎縮では一般物品についての[[意味記憶障害]]を呈する例、右優位萎縮では人物についての意味記憶障害、[[相貌認知障害]]、[[視覚対象認知障害]]を呈しやすく、意味性認知症の概念はこの両方を含む<ref name=Snowden1996></ref>。この様な意味記憶障害に沿った概念の整理と並行して、[[言語]]の障害に注目した臨床像の整理も進められた。まず初期に言語障害が前景に立ち認知症を欠く症例を[[緩徐進行性失語]] (slowly progressive aphasia without generalized dementia)とする概念が提唱され<ref name=Mesulam1982><pubmed>7114808</pubmed></ref>、次いで、発症二年以内に言語以外の[[認知機能]]や行動に異常を認めないとする[[原発性進行性失語]] ([[primary progressive aphasia]]: PPA)とまとめた概念が提唱された<ref name=Mesulam2001><pubmed>11310619</pubmed></ref>。PPAには三亜型として[[non-fluent progressive aphasia]]、[[logopenic progressive aphasia]]とともに意味性認知症が設定されていたが<ref name=Gorno-Tempini2004><pubmed>14991811</pubmed></ref>、その後、意味性認知症から物品呼称の障害と単語理解の障害を有する例だけを抽出して「[[意味性亜型原発性進行性失語]] (semantic variant primary progressive aphasia: svPPA)」と設定しなおした。これが現在の原発性進行性失語の分類である<ref name=Gorno-Tempini2011><pubmed>21325651</pubmed></ref>。 | 側頭葉優位の萎縮を呈する意味性認知症例ではその脳萎縮に左右差がある事が多い。左優位萎縮では一般物品についての[[意味記憶障害]]を呈する例、右優位萎縮では人物についての意味記憶障害、[[相貌認知障害]]、[[視覚対象認知障害]]を呈しやすく、意味性認知症の概念はこの両方を含む<ref name=Snowden1996></ref>。この様な意味記憶障害に沿った概念の整理と並行して、[[言語]]の障害に注目した臨床像の整理も進められた。まず初期に言語障害が前景に立ち認知症を欠く症例を[[緩徐進行性失語]] (slowly progressive aphasia without generalized dementia)とする概念が提唱され<ref name=Mesulam1982><pubmed>7114808</pubmed></ref>、次いで、発症二年以内に言語以外の[[認知機能]]や行動に異常を認めないとする[[原発性進行性失語]] ([[primary progressive aphasia]]: PPA)とまとめた概念が提唱された<ref name=Mesulam2001><pubmed>11310619</pubmed></ref>。PPAには三亜型として[[非流暢性進行性失語]] ([[non-fluent progressive aphasia]]、前述のPNFAと同義)、[[ロゴペニック進行性失語]] ([[logopenic progressive aphasia]])とともに意味性認知症が設定されていたが<ref name=Gorno-Tempini2004><pubmed>14991811</pubmed></ref>、その後、意味性認知症から物品呼称の障害と単語理解の障害を有する例だけを抽出して「[[意味性亜型原発性進行性失語]] (semantic variant primary progressive aphasia: svPPA)」と設定しなおした。これが現在の原発性進行性失語の分類である<ref name=Gorno-Tempini2011><pubmed>21325651</pubmed></ref>。 | ||
svPPAと意味性認知症との違いは二点ある。一つは、意味性認知症には初期から人物の意味記憶障害による相貌認知障害を呈する例が含まれるが、svPPAでは初期から視知覚性の障害が顕著な例は含まれない。二つ目は、svPPAの診断は、原発性進行性失語の診断基準を満たすことが前提となるため、病初期に失語が最も目立つ症状でなければならず、顕著な行動異常があった場合は除外される。そのため初期に行動異常がある程度目立つ場合は、意味性認知症と診断できてもsvPPAとは診断できない。これらの違いのため意味性認知症症例のうちsvPPAと診断される症例はごく一部である<ref name=池田学2013>'''池田 学、一美奈緒子、橋本 衛 (2013).'''<br>進行性失語の概念と診断. 高次脳機能研究 33: 304-309</ref>。右優位側頭葉萎縮例では人物の意味記憶障害、相貌認知障害、視覚対象認知障害、行動異常を呈しやすいので、結果的にsvPPAの基準を満たしにくい。右側頭葉優位萎縮例の臨床像はright-temporal lobe syndrome(右側頭葉症候群)と呼ばれる<ref name=Miller2014>'''Miller BL. (2014).'''<br>The clinical syndrome of svPPA. In: Miller BL. Frontotemporal dementia. New York: Oxford University Press 47-65.</ref>。 | svPPAと意味性認知症との違いは二点ある。一つは、意味性認知症には初期から人物の意味記憶障害による相貌認知障害を呈する例が含まれるが、svPPAでは初期から視知覚性の障害が顕著な例は含まれない。二つ目は、svPPAの診断は、原発性進行性失語の診断基準を満たすことが前提となるため、病初期に失語が最も目立つ症状でなければならず、顕著な行動異常があった場合は除外される。そのため初期に行動異常がある程度目立つ場合は、意味性認知症と診断できてもsvPPAとは診断できない。これらの違いのため意味性認知症症例のうちsvPPAと診断される症例はごく一部である<ref name=池田学2013>'''池田 学、一美奈緒子、橋本 衛 (2013).'''<br>進行性失語の概念と診断. 高次脳機能研究 33: 304-309</ref>。右優位側頭葉萎縮例では人物の意味記憶障害、相貌認知障害、視覚対象認知障害、行動異常を呈しやすいので、結果的にsvPPAの基準を満たしにくい。右側頭葉優位萎縮例の臨床像はright-temporal lobe syndrome(右側頭葉症候群)と呼ばれる<ref name=Miller2014>'''Miller BL. (2014).'''<br>The clinical syndrome of svPPA. In: Miller BL. Frontotemporal dementia. New York: Oxford University Press 47-65.</ref>。 | ||
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注:Gorno-Tempiniらの原著<ref name=Gorno-Tempini2011></ref>を池田らが翻訳して紹介しており<ref name=池田学2013></ref>、その内容を変えずに一部改変している。 | 注:Gorno-Tempiniらの原著<ref name=Gorno-Tempini2011></ref>を池田らが翻訳して紹介しており<ref name=池田学2013></ref>、その内容を変えずに一部改変している。 | ||
[[ファイル:Yokota semantic dementia Fig4.jpg|サムネイル|400px|'''図4. FTLD-TDPの代表的な病理サブタイプ<ref name=Cairns2007></ref><ref name=Mackenzie2011></ref>'''<br>'''A.''' Type A病理。<br>'''B.''' Type | [[ファイル:Yokota semantic dementia Fig4.jpg|サムネイル|400px|'''図4. FTLD-TDPの代表的な病理サブタイプ<ref name=Cairns2007></ref><ref name=Mackenzie2011></ref>'''<br>'''A.''' Type A病理。<br>'''B.''' Type B病理。'''図3'''の症例の下側頭回皮質。<br>'''C.''' Type C病理。'''図2'''の症例の側頭極の中側頭回皮質。('''A'''~'''C''')全てリン酸化TDP-43免疫染色(pS409/410-2)で、スケールバーは30 μm。]] | ||
[[ファイル:Yokota semantic dementia Fig5.jpg|サムネイル|400px|''' | [[ファイル:Yokota semantic dementia Fig5.jpg|サムネイル|400px|'''図5. 意味性認知症症例に認められた[[運動ニューロン]]の変性'''<br>本例の経過、MRI画像、脳血流SPECT画像は'''図3'''で、TDP-43病理サブタイプは'''図4B'''で呈示した。<br>'''A, B, C.''' 四肢遠位筋(A, B)と舌(C)の萎縮。意味性認知症患者にこのような下位運動ニューロン障害を稀に認める事がある。<br>'''D.''' [[延髄錐体路]]が軽度に変性しているが萎縮は指摘できない。なおFTLD-TDPではどのTDP-43病理サブタイプでも様々な程度の錐体路変性が高頻度に認められる。スケールバーは300 μm。[[Klüver-Barrera染色]]。<br>'''E.''' [[舌下神経核]](HGN。破線で示す)の神経細胞脱落。[[迷走神経]][[迷走神経背側核|背側核]](DVN)の神経細胞がたもたれている事と対照的。スケールバーは200 μm。[[Hematoxylin-eosin染色]]。<br>'''F.''' 舌下神経核で神経細胞脱落と対応して[[CD68]]陽性グリア細胞の増生を認める。スケールバーは200 μm。[[CD68]]免疫染色。<br>'''G.''' 舌下神経核に残存する神経細胞内に認められたTDP-43陽性顆粒状構造。スケールバーは10 μm。リン酸化TDP-43免疫染色(pS409/410-2)。<br>'''H.''' 上部頸髄前角細胞に認められたTDP-43陽性で線維状の[[skein-like inclusion]]。スケールバーは10 μm。リン酸化TDP-43免疫染色(pS409/410-2)。]] | ||
== 鑑別診断 == | == 鑑別診断 == | ||
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== 病因・病態 == | == 病因・病態 == | ||
意味性認知症では側頭葉極に強い脳萎縮を認め、相対的に前頭葉は保たれ、側頭前頭型の萎縮を呈する。この萎縮分布パターンを取れば病理背景に関わらず臨床的に意味性認知症を呈しうると考えられるが、実際には意味性認知症を呈する疾患で頻度が高いものはFTLD-TDPである。意味性認知症患者では[[タウ]]陽性[[封入体]]が出現する[[タウオパチー]]の頻度が低い<ref name=Snowden2007><pubmed>17569065</pubmed></ref> | 意味性認知症では側頭葉極に強い脳萎縮を認め、相対的に前頭葉は保たれ、側頭前頭型の萎縮を呈する。この萎縮分布パターンを取れば病理背景に関わらず臨床的に意味性認知症を呈しうると考えられるが、実際には意味性認知症を呈する疾患で頻度が高いものはFTLD-TDPである。意味性認知症患者では[[タウ]]陽性[[封入体]]が出現する[[タウオパチー]]の頻度が低い<ref name=Snowden2007><pubmed>17569065</pubmed></ref>。新皮質における[[TDP-43]]陽性病変は組織病理学的にtype Aからtype Dの4型がまず整理され('''表3'''、'''図4A−C''') <ref name=Cairns2007><pubmed>17579875</pubmed></ref><ref name=Mackenzie2011><pubmed>21644037</pubmed></ref>、後にtype Eが追加された<ref name=Lee2017><pubmed>28130640</pubmed></ref>('''表3''')。意味性認知症患者のTDP-43病理学的サブタイプは長い変性神経突起を多く認めるtype C病理が高頻度である('''図4C''')。Manchester大のシリーズでは意味性認知症を呈したFTLD-TDPの約90%を占め<ref name=Snowden2007 />、本邦でのFTLD-TDPの剖検シリーズでも同様の傾向を認める<ref name=Yokota2009><pubmed>19194716</pubmed></ref>。ただし、稀にtype A病理<ref name=Snowden2007 />や、type B病理<ref name=Yokota2009><pubmed>19194716</pubmed></ref>を有する例がある。特にtype B病理はTDP-43陽性封入体を有する[[筋萎縮性側索硬化症]]に強く関連する病理であるが、type Bで意味性認知症を呈する例で経過中に四肢や舌の筋萎縮が出現し('''図5A-C''')、病理学的に上位・下位運動ニューロンの変性('''図5D−F''')と運動ニューロンにTDP-43陽性病変('''図5G, H''')を認める場合があるため、臨床実地では注意を要する。 | ||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
|+表3. FTLD-TDPのTDP-43陽性病変のサブタイプ<ref name=Cairns2007></ref><ref name=Mackenzie2011></ref> | |+表3. FTLD-TDPのTDP-43陽性病変のサブタイプ<ref name=Cairns2007></ref><ref name=Mackenzie2011></ref><ref name=Lee2017></ref> | ||
! タイプ | ! タイプ | ||
! 病理所見 | ! 病理所見 | ||
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3Rタウ陽性4Rタウ陰性の[[ピック小体]]を有するピック病で意味性認知症を呈する例はかなり稀であり、本邦の経過を追えた14例のシリーズでは意味性認知症を呈した例はおらず<ref name=Yokota2009><pubmed>19194716</pubmed></ref> | 3Rタウ陽性4Rタウ陰性の[[ピック小体]]を有するピック病で意味性認知症を呈する例はかなり稀であり、本邦の経過を追えた14例のシリーズでは意味性認知症を呈した例はおらず<ref name=Yokota2009><pubmed>19194716</pubmed></ref>、米国のブレインバンクのピック病21例でも意味性認知症を呈した例はいなかった<ref name=Irwin2016><pubmed>26583316</pubmed></ref>。英国の意味性認知症の剖検シリーズ24例においては、3例(12.5%)がピック小体を有するピック病、3例(12.5%)がアルツハイマー病で、残りの18例(75%)がユビキチン陽性封入体を有するFTLDと報告されている(うち13例でTDP-43を検討し全例がFTLD-TDPであった) <ref name=Hodges2010><pubmed>19805492</pubmed></ref>。 | ||
FTLD-TDPに関しては[[C9orf72]]遺伝子、valosin-containing protein(VCP)遺伝子、[[progranulin]]遺伝子の変異を有する例がある。 | FTLD-TDPに関しては[[C9orf72]]遺伝子、valosin-containing protein(VCP)遺伝子、[[progranulin]]遺伝子の変異を有する例がある。 |