「筋強直性ジストロフィー」の版間の差分

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 筋強直性ジストロフィー(DM)のことを、Peter Harperはthe most variable of all human disordersと述べている<ref name=Harper2001>Harper PS. Myotonic Dystrophy. 3ed ed. London: W. B. Saunders; 2001. </ref>[1]。発症年齢は胎児期から老年まで、症状も全身さまざまと、非常に不思議な疾患である。
 筋強直性ジストロフィー(DM)のことを、Peter Harperはthe most variable of all human disordersと述べている<ref name=Harper2001>Harper PS. Myotonic Dystrophy. 3ed ed. London: W. B. Saunders; 2001. </ref>[1]。発症年齢は胎児期から老年まで、症状も全身さまざまと、非常に不思議な疾患である。
その複雑さ多様さのため、DMの疾患としての確立はやや遅れ、1909年にドイツのSteinert<ref name=Steinert1909>Steinert H. (1909). Über das klinische und anatomische Bild des Muskelschwunds der Myotoniker. Dtsch Z Nervenheilkd 37:58-104.
その複雑さ多様さのため、DMの疾患としての確立はやや遅れ、1909年にドイツのSteinert<ref name=Steinert1909>Steinert H. (1909). Über das klinische und anatomische Bild des Muskelschwunds der Myotoniker. Dtsch Z Nervenheilkd 37:58-104.
https://doi.org/10.1007/BF01671719</ref>[2]および英国のBatten and Gibb <ref name=Batten1909>Batten FE, Gibb HP. (1909). Myotonia atrophica. Brain 32:187-205. doi:10.1093/brain/32.2.187 https://doi.org/10.1093/brain/32.2.187</ref>[3]が別々に、まとまった記述を行ったのが最初である。欧州(特に大陸諸国)では発見者の名前をとり、Steinert病と今でも呼ばれる。なお、日本では長らく、筋緊張性ジストロフィーと呼ばれていたが、用語使用の適正化の点から現在は筋強直性ジストロフィーが正式名称となっている。
[https://doi.org/10.1007/BF01671719 [PDF<nowiki>]</nowiki>]</ref>[2]および英国のBatten and Gibb <ref name=Batten1909>Batten FE, Gibb HP. (1909). Myotonia atrophica. Brain 32:187-205. [https://doi.org/10.1093/brain/32.2.187 PDF]</ref>[3]が別々に、まとまった記述を行ったのが最初である。欧州(特に大陸諸国)では発見者の名前をとり、Steinert病と今でも呼ばれる。なお、日本では長らく、筋緊張性ジストロフィーと呼ばれていたが、用語使用の適正化の点から現在は筋強直性ジストロフィーが正式名称となっている。


1992年に、多くのリピート病とほぼ時を同じくして原因遺伝子が同定され、CTG繰り返し配列(リピート)の伸長によるリピート病であることが明らかにされた<ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref><ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref><ref name=Brook1992><pubmed>1568252</pubmed></ref>[4][5][6]。リピート病のうち、ハンチントン病や多くの脊髄小脳変性症では伸長CAGは翻訳領域に存在することからポリグルタミン毒性が仮説提唱された。しかしながら、本症の繰り返し配列は非翻訳領域に存在し、その産物であるタンパクの異常をきたさないことから、セントラルドグマで説明がつかず、病態がしばらく不明であった。2001年のDM2の原因遺伝子同定や<ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref><ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref><ref name=Brook1992><pubmed>1568252</pubmed></ref>[7]、Thorntonらによるモデルマウスの作出により<ref name=Liquori2001><pubmed>11486088</pubmed></ref>[8]、伸長した繰り返し配列を含むRNAが病態の主因であるというRNA gain of function説が提唱され<ref name=Mankodi2000><pubmed>10976074</pubmed></ref>[9]、その後に同定されたC9ORF72 FTD/ALSをはじめとする非翻訳領域リピート病の病態解明の先鞭をつけた<ref name=Ranum2004><pubmed>15065017</pubmed></ref>[10]。
 1992年に、多くのリピート病とほぼ時を同じくして原因遺伝子が同定され、CTG繰り返し配列(リピート)の伸長によるリピート病であることが明らかにされた<ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref><ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref><ref name=Brook1992><pubmed>1568252</pubmed></ref>[4][5][6]。リピート病のうち、ハンチントン病や多くの脊髄小脳変性症では伸長CAGは翻訳領域に存在することからポリグルタミン毒性が仮説提唱された。しかしながら、本症の繰り返し配列は非翻訳領域に存在し、その産物であるタンパクの異常をきたさないことから、セントラルドグマで説明がつかず、病態がしばらく不明であった。2001年のDM2の原因遺伝子同定や<ref name=Liquori2001><pubmed>11486088</pubmed></ref>[7]、Thorntonらによるモデルマウスの作出により<ref name=Liquori2001><pubmed>11486088</pubmed></ref>[8]、伸長した繰り返し配列を含むRNAが病態の主因であるというRNA gain of function説が提唱され<ref name=Mankodi2000><pubmed>10976074</pubmed></ref>[9]、その後に同定されたC9ORF72 FTD/ALSをはじめとする非翻訳領域リピート病の病態解明の先鞭をつけた<ref name=Ranum2004><pubmed>15065017</pubmed></ref>[10]。




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https://doi.org/10.1007/BF02164912</ref>[11]
https://doi.org/10.1007/BF02164912</ref>[11]


1909年 筋強直性ジストロフィーの初めての記述(<ref name=Steinert1909></ref>
1909年 筋強直性ジストロフィーの初めての記述(<ref name=Steinert1909></ref><ref name=Batten1909></ref>[2]; Batten and Gibb[3])
<ref name=Batten1909></ref>
 
[2]; Batten and Gibb[3])


1960年 先天性筋強直性ジストロフィーが認識される<ref name=Vanier1960><pubmed>13780165</pubmed></ref>[12]
1960年 先天性筋強直性ジストロフィーが認識される<ref name=Vanier1960><pubmed>13780165</pubmed></ref>[12]


1971年 遺伝子座がマッピングされる<ref name=Vanier1960><pubmed>13780165</pubmed></ref>[13]
1971年 遺伝子座がマッピングされる<ref name=Renwick1971><pubmed>5149523</pubmed></ref>[13]


1992年 DMPK遺伝子が同定され、原因としてCTGリピートの異常伸長が明らかにされる(<ref name=Brook1992><pubmed>1568252</pubmed></ref>[6]; Mahadevan et al. <ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref>[5]; Fu et al. <ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref>
1992年 DMPK遺伝子が同定され、原因としてCTGリピートの異常伸長が明らかにされる(<ref name=Brook1992><pubmed>1568252</pubmed></ref>[6]; Mahadevan et al. <ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref>[5]; Fu et al. <ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref>[4])
[4])


2001年 筋強直性ジストロフィー2型の原因が、ZNF9(CNBP)遺伝子のCCTGリピート異常伸長によることが明らかにされる(<ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref>[7])
2001年 筋強直性ジストロフィー2型の原因が、ZNF9(CNBP)遺伝子のCCTGリピート異常伸長によることが明らかにされる(<ref name=Liquori2001><pubmed>11486088</pubmed></ref>
[7])


== 臨床症状 ==
== 臨床症状 ==
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インスリン抵抗性による糖尿病が良く知られている。脂質異常や肝機能障害、脂肪肝なども多い。
インスリン抵抗性による糖尿病が良く知られている。脂質異常や肝機能障害、脂肪肝なども多い。


表1 DM1の多臓器障害 日本神経学会診療ガイドラインより一部改変<ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref>[14]
表1 DM1の多臓器障害 日本神経学会診療ガイドラインより一部改変<ref name=筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン編集委員会2020><pubmed>筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン編集委員会 (2020).<br>筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン2020. 東京: 南江堂</pubmed></ref>[14]
 
臓器 症状
臓器 症状
骨格筋 筋強直(ミオトニア)、進行性筋萎縮(頚部・遠位筋より始まる)
骨格筋 筋強直(ミオトニア)、進行性筋萎縮(頚部・遠位筋より始まる)
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=== DM1の発症年齢による分類 ===
=== DM1の発症年齢による分類 ===
 DM1では先天型から白内障のみを示すような軽症の成人型まで、発症年齢・重症度・症状が様々である。発症時期に基づき、先天型、小児型、古典型(成人型)、軽症型の4つの臨床病型に分類されることが多い。病型により主だった症状が異なることに注意が必要である。
 DM1では先天型から白内障のみを示すような軽症の成人型まで、発症年齢・重症度・症状が様々である。発症時期に基づき、先天型、小児型、古典型(成人型)、軽症型の4つの臨床病型に分類されることが多い。病型により主だった症状が異なることに注意が必要である。
例えば、先天型では乳幼児期には筋強直現象は認めず、精神発達遅滞や知的障害が前景に立つ。小児型でも、年少期には筋強直は目立たず学習障害などが中心症状であることが多い。これらでは、家族歴の情報なしに本症を診断するのは難しい。
 
 例えば、先天型では乳幼児期には筋強直現象は認めず、精神発達遅滞や知的障害が前景に立つ。小児型でも、年少期には筋強直は目立たず学習障害などが中心症状であることが多い。これらでは、家族歴の情報なしに本症を診断するのは難しい。


表3 DM1の発症年代別病型分類
表3 DM1の発症年代別病型分類
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=== DM2の症状 ===
=== DM2の症状 ===
 DM類似の症状を呈するが、DMPK遺伝子に異常が見られない症例が1994年にRickerらにより報告され、proximal myotonic myopathy (PROMM)と名付けられた<ref name=Ricker1994><pubmed>8058147</pubmed></ref>[15]。同様の症例が報告されいくつかの名称で呼ばれていたが、DM type2(DM2)とすることが合意された<ref 2000><pubmed>10746587</pubmed></ref>[16]。
 DM類似の症状を呈するが、DMPK遺伝子に異常が見られない症例が1994年にRickerらにより報告され、proximal myotonic myopathy (PROMM)と名付けられた<ref name=Ricker1994><pubmed>8058147</pubmed></ref>[15]。同様の症例が報告されいくつかの名称で呼ばれていたが、DM type2(DM2)とすることが合意された<ref name= IDMC2000><pubmed>10746587</pubmed></ref>[16]。
 
 DM2はDM1と類似しているが相違点もある(表4)。とくに、筋力低下・筋萎縮の分布は DM1では遠位優位であるのに対し、DM2では比較的近位優位である。また、先天型もないとされている。
 DM2はDM1と類似しているが相違点もある(表4)。とくに、筋力低下・筋萎縮の分布は DM1では遠位優位であるのに対し、DM2では比較的近位優位である。また、先天型もないとされている。


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=== DM1女性の妊娠・出産 ===
=== DM1女性の妊娠・出産 ===
 妊娠・出産は健康人においても一定のリスクを伴うが、DM1では、自然流産、分娩遷延、胎盤遺残、分娩後出血などの合併症を起こしやすい。リスクを理解し、十分な準備と体制を整えて臨むことが大切である。
 妊娠・出産は健康人においても一定のリスクを伴うが、DM1では、自然流産、分娩遷延、胎盤遺残、分娩後出血などの合併症を起こしやすい。リスクを理解し、十分な準備と体制を整えて臨むことが大切である。
また、胎児が先天型である場合には、羊水過多や切迫早産などを認めることがある。出生時より全身性の筋緊張低下(フロッピーインファント)、呼吸障害、哺乳障害などの症状が見られ、人工呼吸や経管栄養が必要となることがある。新生児期を乗り越えた後は遅れながらも運動発達し、多くの例で歩行獲得に至る。
 
 また、胎児が先天型である場合には、羊水過多や切迫早産などを認めることがある。出生時より全身性の筋緊張低下(フロッピーインファント)、呼吸障害、哺乳障害などの症状が見られ、人工呼吸や経管栄養が必要となることがある。新生児期を乗り越えた後は遅れながらも運動発達し、多くの例で歩行獲得に至る。


== 遺伝 ==
== 遺伝 ==
DMは常染色体顕性(優性)遺伝を示す遺伝性疾患であり。原因遺伝子によりDM1とDM2がある。ともに、非翻訳領域における繰り返し配列の異常伸長が原因である。(表4)
 DMは常染色体顕性(優性)遺伝を示す遺伝性疾患であり。原因遺伝子によりDM1とDM2がある。ともに、非翻訳領域における繰り返し配列の異常伸長が原因である。(表4)


=== DM1の遺伝的原因 ===
=== DM1の遺伝的原因 ===
DM1の原因は19番目の染色体(19q13.2-q13.3)にあるDMPK遺伝子の非翻訳領域に存在するCTGという3塩基の繰り返し配列が異常伸長することによる<ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref><ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref><ref name=Brook1992><pubmed>1568252</pubmed></ref>[4][5][6]。通常、このCTG繰り返しの回数は5~34回であるのに対して、患者では50~3000回前後に増加している。35~49回である場合は、「前変異」とされる。前変異を持つ人自身は発症しないが、子どもはより伸長した遺伝子を受け継ぎ発症する可能性がある。繰り返し配列の長さは重症度に相関し、長いほど重症で発症が早くなる傾向がある。
 DM1の原因は19番目の染色体(19q13.2-q13.3)にあるDMPK遺伝子の非翻訳領域に存在するCTGという3塩基の繰り返し配列が異常伸長することによる<ref name=Fu1992><pubmed>1546326</pubmed></ref><ref name=Mahadevan1992><pubmed>1546325</pubmed></ref><ref name=Brook1992><pubmed>1568252</pubmed></ref>[4][5][6]。通常、このCTG繰り返しの回数は5~34回であるのに対して、患者では50~3000回前後に増加している。35~49回である場合は、「前変異」とされる。前変異を持つ人自身は発症しないが、子どもはより伸長した遺伝子を受け継ぎ発症する可能性がある。繰り返し配列の長さは重症度に相関し、長いほど重症で発症が早くなる傾向がある。


=== DM1における表現促進現象と先天型DM ===
=== DM1における表現促進現象と先天型DM ===
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 多くの症状を示すことから、様々な医療現場で遭遇される。多くの医療関係者が疾患を知り、まずはDMを疑うことが患者の診断につながる。古典型では、特徴的な顔貌や筋強直現象などに気づけば比較的容易に臨床診断できるが、先天型・小児型では容易でないこともある。家族歴は、表現促進現象のため、はっきりしないことも多いが、白内障、耐糖能異常、突然死、流・死産などの聴取が重要である。
 多くの症状を示すことから、様々な医療現場で遭遇される。多くの医療関係者が疾患を知り、まずはDMを疑うことが患者の診断につながる。古典型では、特徴的な顔貌や筋強直現象などに気づけば比較的容易に臨床診断できるが、先天型・小児型では容易でないこともある。家族歴は、表現促進現象のため、はっきりしないことも多いが、白内障、耐糖能異常、突然死、流・死産などの聴取が重要である。


 DM2の診断はしばしば困難とされている。筋強直が強く痛みを呈し線維筋痛症や関節リウマチが疑われた例から、筋強直がほとんど目立たず肢帯型筋ジストロフィーと診断された例までさまざまである。厚生労働省の政策研究班が、DM2も念頭に置いた筋ジストロフィー病型診断のフローを作成している。https://neurology-jp.org/guidelinem/pdf/syounin_15.pdf
 DM2の診断はしばしば困難とされている。筋強直が強く痛みを呈し線維筋痛症や関節リウマチが疑われた例から、筋強直がほとんど目立たず肢帯型筋ジストロフィーと診断された例までさまざまである。厚生労働省の政策研究班が、DM2も念頭に置いた[https://neurology-jp.org/guidelinem/pdf/syounin_15.pdf 筋ジストロフィー病型診断のフロー]を作成している。


 診断目的に筋生検は通常施行されず、遺伝学的検査で診断確定される。診断基準としては、厚生労働省の指定難病である筋ジストロフィーの一つに含まれ、その基準が一般に用いられている。https://www.nanbyou.or.jp/entry/4523
 診断目的に筋生検は通常施行されず、遺伝学的検査で診断確定される。[https://www.nanbyou.or.jp/entry/4523 診断基準]としては、厚生労働省の指定難病である筋ジストロフィーの一つに含まれ、その基準が一般に用いられている。


== 疫学 ==
== 疫学 ==