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ユビキチンは76アミノ酸(8.6kDa)からなる小球状タンパク質である。1975 年にGoldstein 博士らにより発見されubiquitousに存在することからユビキチンと命名されたが、機能は不明であった。その後、1978年にCiechanover、Hershko博士らによって着手されたエネルギー依存性分解系研究の過程でエネルギー依存的なタンパク質分解系の一部として働くことが判明した。2004年にはユビキチン依存的タンパク質分解系の発見者であるHershko博士らにノーベル化学賞が授与されている<ref name=Hershko1998><pubmed>9759494</pubmed></ref><ref name=Hershko1992><pubmed>1323239</pubmed></ref><ref name=岩井2015>< | ユビキチンは76アミノ酸(8.6kDa)からなる小球状タンパク質である。1975 年にGoldstein 博士らにより発見されubiquitousに存在することからユビキチンと命名されたが、機能は不明であった。その後、1978年にCiechanover、Hershko博士らによって着手されたエネルギー依存性分解系研究の過程でエネルギー依存的なタンパク質分解系の一部として働くことが判明した。2004年にはユビキチン依存的タンパク質分解系の発見者であるHershko博士らにノーベル化学賞が授与されている<ref name=Hershko1998><pubmed>9759494</pubmed></ref><ref name=Hershko1992><pubmed>1323239</pubmed></ref><ref name=岩井2015>岩井 一宏 (2015).<br>ノーベル賞と医学の進歩・発展 タンパク質分解のメカニズム 最新医学 70(4):800-4.</ref><ref name=Kornitzer2000><pubmed>10567911</pubmed></ref> 。 | ||
ユビキチンはさまざまなタンパク質に結合すること(ユビキチン化)で、その機能を調節する。タンパク質の翻訳後修飾はリン酸化、アセチル化などの官能基によるものがほとんどであるが、ユビキチン化はそれ自身がタンパク質である点が大きく異なる点である。 | ユビキチンはさまざまなタンパク質に結合すること(ユビキチン化)で、その機能を調節する。タンパク質の翻訳後修飾はリン酸化、アセチル化などの官能基によるものがほとんどであるが、ユビキチン化はそれ自身がタンパク質である点が大きく異なる点である。 |
2021年2月16日 (火) 19:11時点における版
伏屋 康寛、岩井 一宏
京都大学・大学院医学研究科・細胞機能制御学
DOI:10.14931/bsd.9714 原稿受付日:2021年2月11日 原稿完成日:2020年10月13日
担当編集委員:古屋敷 智之(神戸大学大学院医学研究科・医学部 薬理学分野)
英:ubiquitin
ユビキチンはタンパク質を修飾してその機能を変換する翻訳後修飾因子の1つである。当初プロテアソーム依存的なタンパク質分解と密接に関連して研究が推進してきたが、現在ではユビキチン修飾系はタンパク質分解のみならず、シグナル伝達・プログラム細胞死・DNA修復・選択的オートファジーなどの様々な生体機能の制御系として機能している可逆的な翻訳後修飾系であり、その機能破綻はガンや神経変性疾患、自己免疫疾患など様々なヒトの疾患に関わることが明らかとなっている。さらに近年、ユビキチン自身がリン酸化などの翻訳後修飾を受けることや、枝分かれしたユビキチン鎖(分岐鎖)や異なる結合様式のユビキチン鎖が連結する混合鎖といった複雑なユビキチン鎖が相次いで発見され、ユビキチンの生物学は更に広く発展している。
ユビキチンとは
ユビキチンは76アミノ酸(8.6kDa)からなる小球状タンパク質である。1975 年にGoldstein 博士らにより発見されubiquitousに存在することからユビキチンと命名されたが、機能は不明であった。その後、1978年にCiechanover、Hershko博士らによって着手されたエネルギー依存性分解系研究の過程でエネルギー依存的なタンパク質分解系の一部として働くことが判明した。2004年にはユビキチン依存的タンパク質分解系の発見者であるHershko博士らにノーベル化学賞が授与されている[1][2][3][4] 。
ユビキチンはさまざまなタンパク質に結合すること(ユビキチン化)で、その機能を調節する。タンパク質の翻訳後修飾はリン酸化、アセチル化などの官能基によるものがほとんどであるが、ユビキチン化はそれ自身がタンパク質である点が大きく異なる点である。
生合成
酵母からヒトに至るすべての真核生物に普遍的に存在し、出芽酵母とヒトで僅かに3アミノ酸残基が異なるのみであり、進化上最も高く保存されたタンパク質の1つである。ヒトではUBA52、RPS27A、UBB、UBCの4つの遺伝子にコードされている。前2遺伝子はユビキチンがリボソームタンパク質のN末側に存在する融合タンパク質として、後2遺伝子は複数のユビキチンがタンデムに連結した様式でコードされているが、いずれの遺伝子にコードされているユビキチンもアミノ酸配列は同一である[5] 。
ユビキチンは前駆体タンパク質の翻訳途上で迅速にフォールディングされ、ユビキチンのC末端を選択的に切断する脱ユビキチン化酵素(DUB)により切断されて、単量体(モノマー)として生成される。細胞内のユビキチンプールは新生ユビキチンとタンパク質に修飾した後に脱ユビキチン化酵素により基質より切断されて再利用されるユビキチンにより維持されている[6][7] 。
ユビキチン修飾の多様性と機能
ユビキチンをはじめとする可逆的な翻訳後修飾系はタンパク質に翻訳後修飾因子を結合させる酵素群、修飾を読み解くデコーダー群、修飾を終焉させる切断酵素群から構成される[8][9] 。
修飾酵素
ユビキチンは標的タンパク質のリジン残基に結合する[1][4][10] 。この時、標的タンパク質にユビキチンを結合させる酵素群としてユビキチン活性化酵素(E1)、ユビキチン結合酵素(E2)、ユビキチンリガーゼ(E3)の3種類が連続的に機能する(図1)。ヒトにはE1が2種類、E2は30種類以上、E3は600種類以上存在すると考えられている。
ユビキチン活性化酵素(E1)はATPを用いてユビキチンのC末端グリシンをアデニル化し、E1上のシステインと高エネルギー準位であるチオエステル結合を形成することでユビキチンを活性化する。活性化されたユビキチンはユビキチン結合酵素(E2)のシステイン残基へ転移される。
ユビキチンリガーゼ(E3)は標的タンパク質を選択的に識別し、ユビキチンが結合したE2を呼び寄せ、標的タンパク質へユビキチンを転移させる。すなわち、状況に応じて特定のタンパク質にユビキチンを結合することができる。
E3はHECT型、RING型、RING-IBR-RING型の3種類に大別される(図2)[11] 。HECT型及びRING-IBR-RING型E3ではユビキチンが一旦E3 上に転移し、その後標的タンパク質へ転移する。一方RING型E3はE2に結合したユビキチンが直接標的タンパク質へ転移させる足場として働く[11] 。
ユビキチン修飾の種類
ユビキチン修飾には、タンパク質に1分子のユビキチンが結合するモノユビキチン化もあるが、多くはタンパク質に結合したユビキチンにユビキチンが次々に付加して生成されるユビキチンのポリマーであるユビキチン鎖として結合することでタンパク質の機能を制御する場合が多い。
ユビキチン鎖の伸長には、7個のリジン(K6、K11、K27、K29、K33、K48、K63)、及びN末端のメチオニン(M1)がいずれもが関わりうる。ユビキチン鎖の中で、すべて同じリジンあるいはメチオニンが用いられているのを均質なユビキチン鎖といい、計8種類存在する(図3)[12] 。
一方、1つのユビキチン分子の複数のリジン残基にユビキチンが結合することでできる枝分かれしたユビキチン鎖である分岐型ユビキチン鎖や、あるユビキチン鎖の上に異なる連結型のユビキチン鎖が結合した混合型ユビキチン鎖も報告されている(図3)[13] 。さらにユビキチン自身がアセチル化やリン酸化による翻訳後修飾を受けることが発見されるなど、ユビキチン修飾系は現在想定されている以上に多彩な役割を果たしている可能性が考えられている(図3)[13][14][15][16][17][18][19] 。
均質なユビキチン鎖
ユビキチンの48番目のリジン残基(K48)を介した均質なユビキチン鎖(K48鎖)は、ユビキチンの最も良く知られている機能であるタンパク質をプロテアソームへ運ぶ分解シグナルとして機能する[2][4][20] 。
一方、K63を介したK63鎖は分解ではなく、DNA修復、シグナル伝達に関与する。また、N 末端のメチオニンを介したユビキチン鎖である直鎖状ユビキチン鎖(M1鎖)は唯一の生成酵素であるLUBACユビキチンリガーゼにより特異的に合成され、NF-κB活性化や細胞死抑制に関わることが知られている(図4)[9][11][21][22][23][24][25][26] 。
分岐型ユビキチン鎖・混合型ユビキチン鎖
K11鎖/K48鎖から構成される分岐型ユビキチン鎖(分岐鎖)はプロテアソーム依存的な分解シグナルを増強するのに加え[27] 、K48鎖/K63鎖による分岐鎖はK63鎖特異的な脱ユビキチン鎖酵素(CYLD)の会合を阻害することが報告されている[28] 。また、M1鎖とK63鎖の混合型ユビキチン鎖(混合鎖)は足場として働くことでシグナル伝達経路の構成因子の効率的な集積を担うなど[29] 、分岐鎖、混合鎖が果たす役割も徐々に解明されつつある。
またK48/K63の分岐鎖は全てのK63鎖のおよそ20%程度存在しており、プロテアソーム阻害剤添加によってその割合が50%近くまで上昇したという報告もある[14] 。従って分岐鎖はこれまで想定されていたよりも多く存在することが示唆されており今後のさらなる機能解明が待たれている。
モノユビキチン化
標的タンパク質のリジン残基にユビキチンが1分子のみ結合する場合をモノユビキチン化という。モノユビキチン化は膜輸送やエンドサイトーシス、ウイルスの出芽などへの関与が示唆されている[30][31] 。DNA鎖間の架橋修復に関わるファンコニ貧血(FA)経路のタンパク質であるFANCD2のモノユビキチン化がDNAとの結合能を亢進させるとともに修復因子のリクルートに寄与する[32] 。その障害が小児の遺伝性疾患であるFanconi貧血の原因となる[33] 。
標的タンパク質の複数のリジン残基にユビキチンが1分子ずつ結合するマルチプルモノユビキチン化もある。マルチプルモノユビキチン化の機能は明確ではないが、特定のユビキチン鎖同様に分解シグナルとなる可能性も示唆されている[34] 。
ユビキチンの翻訳後修飾
近年ユビキチン自身がリン酸化、アセチル化、ADPリボシル化などのユビキチン以外の翻訳後修飾を受けることも判明している[16][17][18][19][35] 。
常染色体劣性家族性パーキンソン病の原因遺伝子産物の1つであるParkin(PARK2)はユビキチンリガーゼE3であり、機能喪失型変異で疾患を発症する[36][37][38] 。Parkinは、他の常染色体劣性家族性パーキンソン病の原因遺伝子産物であるセリン/スレオニン型タンパク質リン酸化酵素PINK1(PTEN-induced putative kinase 1:PARK6)と協調的に働くことでミトコンドリアの品質管理に関与する。
正常なミトコンドリアにおいてPINK1はミトコンドリアで部分切断されたのちに細胞質で分解されるが、膜電位が低下した障害ミトコンドリアではPINK1はミトコンドリア外膜に集積し、外膜のタンパク質群に結合しているユビキチンの65番目のセリン(S65)をリン酸化する。Parkinは、S65がリン酸化されたユビキチンを認識してミトコンドリアにリクルートされ、PINK1によってユビキチン様ドメインのセリン残基をリン酸化されることでParkinのユビキチンリガーゼ機能が活性化する[39] 。
活性化されたParkinはミトコンドリア外膜にあるタンパク質をユビキチン化することで、mitophagyと呼称されるオートファジー機構で異常ミトコンドリアを除去する[40][41][42] 。PINK1、Parkinの変異によるミトコンドリアの品質管理機構が破綻し、異常ミトコンドリア蓄積による活性酸素種産生が亢進することがパーキンソン病の病態に関与していると考えられている。
ユビキチンレセプター
翻訳後修飾は特異的な結合タンパク質(デコーダー群)に認識されることで、その機能を果たす。ユビキチンはタンパク質としては非常に小さいが、翻訳後修飾因子としては非常に大きい。それゆえ、ユビキチン鎖だけで認識シグナルを作ることができるので、タンパク質のどの部位にK48鎖が結合しても分解に導くことができる特徴を持つので、進化上、分解シグナルとして出現したのであろうと考えられている。ユビキチン修飾系におけるデコーダー群をユビキチンレセプターという。ユビキチンレセプターの多くは2個のユビキチンを認識する。つまりユビキチンレセプターは8種類あるユビキチン間結合のいずれかを特異的に認識する。そのため、ユビキチン鎖の種類によって大きく異なる機能を発現する(図4)[43][44] 。
ユビキチンレセプターは一つ以上のUBD(ubiquitin binding domain)を有している[45] 。現在20種類以上のUBDが知られているが、UBDの種類が認識するユビキチン鎖と必ずしも対応しておらず、特定のユビキチン鎖の機能の解明には認識する各々のユビキチンレセプターを解析することが必要である。
分岐鎖、混合鎖は異なるユビキチン鎖を認識するユビキチンレセプターを集簇させるが、分岐鎖の場合はUBDによるユビキチン鎖の認識を阻害する場合も報告されている[28] 。
モノユビキチン化はタンパク質に結合していない遊離のユビキチンと同一の構造であり、ユビキチンに加えて標的タンパク質の結合部位周囲の構造を認識して機能発現するので、結合部位が重要であると考えられている。
脱ユビキチン化酵素
タンパク質からユビキチンを切断する脱ユビキチン化酵素(DUB)が存在する。ヒトには90種類以上の脱ユビキチン化酵素が存在し、ユビキチン修飾によるシグナルを収束させている。脱リン酸化酵素は修飾残基からリン酸基を切断するだけだが、DUBには8種のユビキチン間結合を特異的に切断する酵素が存在することが大きな特徴である。
脱ユビキチン化酵素はユビキチンシグナルを負に制御する以外の例も報告されている。直鎖状ユビキチン鎖を選択的に切断する脱ユビキチン化酵素であるOTULINは、直鎖状ユビキチン鎖を生成するLUBACユビキチンリガーゼが自身に結合させた自己直鎖状ユビキチン鎖を剪定することで、LUBACによる標的タンパク質への直鎖状ユビキチン鎖結合を亢進させる、すなわち、直鎖状ユビキチン鎖シグナルを亢進させている[46][47][48] 。
また、DUBには新規に合成されたユビキチン前駆体タンパク質からユビキチンモノマーを提供する酵素もある。前述の標的タンパク質に結合したユビキチン鎖を切断することでユビキチンモノマーを生成する酵素もあるので、DUBは細胞内のユビキチンモノマーの量を一定に保つ働きも有している[6][7] 。
神経・精神疾患との関わり
ユビキチン修飾系の異常は、神経・精神疾患発症とも深く関わることが知られている[49] 。パーキンソン病、アルツハイマー病や、ハンチントン病をはじめとした神経変性疾患において、神経細胞内外に異常なタンパク質の凝集体が認められることは古くから知られているが、この凝集体の主成分の多くはユビキチン化されていることが分かっており[50] 、ユビキチン陽性凝集体は病理学的診断上も重要な所見となっている。
パーキンソン病
パーキンソン病は筋固縮、無動・寡動・振戦、姿勢反射障害などの症状を特徴とする、アルツハイマー病に次いで患者数の多い神経変性疾患である。高齢になるほど発症率が増加し、60歳以上では約1%が罹患する。パーキンソン病の約10%は家族性に発症することがわかっているが、その中でも常染色体劣性遺伝形式で発症するPARK2遺伝子(Parkinタンパクをコード)の変異は人種を超えてみられ、遺伝性若年性パーキンソン病の約50%にみられる[37][51] 。
ParkinはRING-IBR-RING型のユビキチンリガーゼであり、PINK1と協調的に働くことにより、ミトコンドリアの品質管理に深く関わる。PARK2 変異患者の臨床像は特徴的で、孤発性パーキンソン病患者と異なる点が多い。40-50 歳以下の若年発症であり、下肢のジストニアを認め、パーキンソン病の薬であるL-ドーパへの反応性が高く少量で十分効果を得られることがある。また一般的なパーキンソン病患者に見られるような認知機能障害、幻覚、嗅覚障害、自律神経障害は認められないことが多い[52] 。また病理像として、Lewy 小体を認めない症例がほとんどである。ちなみにParkinと協調的に働くPINK1(PARK6)も常染色体劣性遺伝家族性パーキンソン病の原因遺伝子である[53] 。PINK1変異を伴う症例はParkin変異の次に頻度が高く、Parkin変異患者と臨床像が類似していることが知られている[54] 。
筋萎縮性側索硬化症
筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis :ALS)は上位及び下位運動ニューロンの細胞死により全身の骨格筋の筋力低下・筋萎縮をきたす神経変性疾患である。本疾患はメジャーリーグのプロ野球選手で1920年代から1930年代にかけてニューヨーク・ヤンキースで活躍した名選手であるルー・ゲーリッグ(Lou Gehrig)が本疾患に罹患したことがきっかけで引退し、37歳の若さで亡くなったことから世界中で広く知られるようになり、別名ルー・ゲーリッグ病とも呼ばれる。
ALSにおける運動ニューロン変性の機序は不明であり、90%以上は孤発性だが、5〜10%の患者は家族性に発症する。1993 年に家族性 ALS の原因遺伝子の一つとしてsuperoxide dismutase 1(SOD1)が同定され[55] ,2006 年には孤発性ALSの病態関連タンパク質として TAR DNA binding protein 43(TDP-43)が同定された[56][57] 。これまでに約20の家族性ALSの原因遺伝子が見いだされ、OPTNやUBQLN2、VCPといったユビキチンが関与する因子も同定されている[58] 。
その中でも2010年本邦から家族性ALS原因遺伝子の一つとして同定されたオプチニューリン(OPTN)に関して紹介する[59] 。OPTNは直鎖状ユビキチン鎖を特異的に認識するUBAN(ubiquitin binding in A20-binding IκB(ABIN)and NEMO protein)ドメインを有し、オートファジーやNF-Bの制御に重要なタンパク質である。OPTN変異ALS患者の解析からOPTNと直鎖状ユビキチン鎖との結合能が低下することがALS発症に関連することが示唆されている[60] 。またALSは運動神経細胞において細胞質封入体を認めることが古くから知られているが、OPTN変異ALS患者のみならず、孤発性ALS患者においても運動神経細胞内封入体に直鎖状ユビキチン鎖が共局在することも近年報告されており[61] 、直鎖状ユビキチン鎖とALSの研究も注目されつつある[9][62] 。
もやもや病
もやもや病(Willis動脈輪閉塞症)は両側内頚動脈終末部に慢性進行性の狭窄を生じ,側副血行路として脳底部に異常血管網(脳底部もやもや血管)が形成される東アジアに多い疾患である。脳血管撮影検査所見において,側副血行路の異常血管網が“もやもや”とみえるため,この病気が“もやもや病”と名づけられた。本邦におけるもやもや病の有病率は10万人あたり3~10.5人とされる。
2011年に、もやもや病の疾患感受性遺伝子としてRNF213遺伝子(別名:ミステリン)が同定された[63][64] 。RNF213は2つのAAA+ ATPaseドメインと一つのRING型ユビキチンリガーゼドメインを持ち、知られている中では唯一のATPaseとユビキチンリガーゼのハイブリッド酵素である[65] 。現在50以上ものRNF213遺伝子多型変異が同定されているが、その中でもp.R4810Kが最も疾患との関連の深い変異と考えられている。p.R4810Kは、日本人患者の80~90%が保因しているが、日本人健常者の1~2%も同様に保因していることがわかっている。つまり大部分のp.R4810K保因者はもやもや病を発症しておらず、他の遺伝あるいは環境要因が関与する多因子疾患と考えられる。
また、同遺伝子多型p.R4810Kは動脈硬化性頭蓋内動脈狭窄症にも一定数認められることが知られており、頭蓋内血管狭窄を来す共通した素因であることが示唆されている[65] 。
アンジェルマン症候群
重度の精神発達遅滞、てんかん、失調性運動障害、容易に引き起こされる笑いなどの行動を特徴とする疾患で、約15,000人に一人の頻度で発症する疾患である。
90%以上の症例は15番染色体q11-q13に位置する遺伝子UBE3A(E6AP)の機能喪失により発症する[66] 。UBE3AはHECT型のユビキチンリガーゼ (E3) であり、神経細胞においてUBE3Aは母由来アレルのみが発現しており、ゲノム刷り込み現象により発現が制御されている[67] 。UBE3A機能喪失の機序として、母由来染色体15q11-q13の欠失、15番染色体の父性片親性ダイソミー、刷り込み変異、UBE3Aの変異が知られている[68] 。現時点では根本的な治療法は確立されておらず、対症療法が主体となっている。
逆にUBE3Aの過剰発現をもたらすコピー数変動は自閉症スペクトラム症候群(ASD)の発症と強く関連することも知られており、注目される分子である[68] 。
ラフォラ病
ミオクローヌス、てんかん発作、小脳性運動失調、知的障害などを呈する進行性ミオクローヌスてんかん(progressive myoclonic epilepsy:PME)の原因疾患の一つで、常染色体劣性遺伝を示す進行性の神経変性疾患であり、好発年齢は7〜18歳である。神経細胞や心筋細胞にperiodic acid Schiff(PAS)染色陽性の凝集体が沈着することを特徴とする。
原因遺伝子は,1998年にEPM2A(laforin), 2003年にはEPM2B(NHLRC1, Malin)が同定されたが, なお約20%の患者の原因遺伝子は不明である。Malinはユビキチンリガーゼ、laforinは脱リン酸化酵素であることが知られており、Malinとlaforinとが複合体を形成して協調的に働くことでグリコーゲン代謝に関わることが知られている[69][70] 。
ユビキチンと創薬
ユビキチン修飾系は多彩な生理的機能を有し、さらには多くの疾患発症に深く関わることが明らかになっているが、現時点でユビキチン修飾系をターゲットとした薬剤は多くない。ユビキチン-プロテアソーム系を阻害することで効果を発揮する薬剤として、ボルテゾミブ(bortezomib, 商品名Velcade®)は多発性骨髄腫・マントル細胞リンパ腫・リンパ形質細胞リンパ腫・原発性マクログロブリン血症の治療薬として、カルフィルゾミブ(carfilzomib, 商品名Kyprolis®)及びイキサゾミブ(ixcazomib, 商品名Ninlaro®)は多発性骨髄腫の治療薬として承認されている[71][72][73] 。
また近年プロテアソーム機能を阻害するのとは逆に、ユビキチン-プロテアソームシステムを利用することで特定のガン関連タンパク質を選択的に分解する化合物の開発も進んでおり、サリドマイド誘導体であるポマリドミド(pomalidomide, 商品名Pomalyst®)やレナリドミド(lenalidomide, 商品名Revlimid®)が承認されている。ちなみにポマリドミドは多発性骨髄腫の治療薬として、またレナリドミドは多発性骨髄腫に加え、骨髄異形成症候群(MDS)、成人T細胞白血病リンパ腫(ATLL)、濾胞性リンパ腫・辺縁帯リンパ腫の治療として使用されている。これらの薬剤はCullin型E3複合体CRL4の基質認識サブユニットであるcerebronに結合することで本来の基質との結合を阻害すると同時に、ガン化に関連する転写因子を新たな基質としてリクルートしてユビキチン-プロテアソーム系を用いて分解することでガン化を抑制すると考えられている。
近年、前述のサリドマイド誘導体などのユビキチンリガーゼとがん原性を持つタンパク質を認識して後者を分解に導く化合物(Protacと称されている)は注目され、世界的に開発が進んでいる。その他にも主にガンの治療を中心としてユビキチン修飾系をターゲットとした創薬は進んでおり、今後神経・精神疾患領域においてもユビキチン修飾系をターゲットとした薬が開発されることが期待されている。
関連項目
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