「神経符号化」の版間の差分

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 このように神経符号化研究では、観測者である動物に行動課題を課してそのパフォーマンスを計測する心理物理実験を行う。一方で同じ条件下で神経生理実験により神経活動を計測し、その活動から行動を予測する。そして両者の比較を行い動物の認識・行動を説明できる神経細胞・神経活動の候補を絞り込んでゆく。通常、前者は心理測定関数(psychometric function)、後者は神経測定関数(neurometric function)という形で記述される。図1に神経符号化研究の概略図を記した。ある神経細胞の特定の活動が動物の行動に必要な情報を担っている(神経符号の候補である)ためには、その神経活動の情報を用いて予測される最適な行動の成績が動物のそれを上回っていなければならない。そうでなければ、その神経細胞の活動は神経符号としては棄却される。なぜならば、行動に用いられた情報が神経活動として存在しているはずであり、その情報は計測した神経細胞もしくは行動予測に使用した活動特徴以外に存在しているはずだからである。
 このように神経符号化研究では、観測者である動物に行動課題を課してそのパフォーマンスを計測する心理物理実験を行う。一方で同じ条件下で神経生理実験により神経活動を計測し、その活動から行動を予測する。そして両者の比較を行い動物の認識・行動を説明できる神経細胞・神経活動の候補を絞り込んでゆく。通常、前者は心理測定関数(psychometric function)、後者は神経測定関数(neurometric function)という形で記述される。図1に神経符号化研究の概略図を記した。ある神経細胞の特定の活動が動物の行動に必要な情報を担っている(神経符号の候補である)ためには、その神経活動の情報を用いて予測される最適な行動の成績が動物のそれを上回っていなければならない。そうでなければ、その神経細胞の活動は神経符号としては棄却される。なぜならば、行動に用いられた情報が神経活動として存在しているはずであり、その情報は計測した神経細胞もしくは行動予測に使用した活動特徴以外に存在しているはずだからである。


'''図1. 神経符号化研究の概略図'''<br>Johns Hopkins大学Kenneth O. Johnson氏による講義ノートより筆者が改変・加筆。
[[ファイル:Shimazaki Neural Coding Fig1.png|サムネイル|'''図1. 神経符号化研究の概略図'''<br>Johns Hopkins大学Kenneth O. Johnson氏による講義ノートより筆者が改変・加筆。]]


 ここで注意すべきは、神経活動から予測される最適な行動に基づく心理実験課題の成績は実際に動物が行動によって報告した結果に基づく成績と同じである必要はなく、それを上回っていても良いことである。末梢神経等の初期段階で利用可能な情報が意思決定に余すとこなく使用されるとは限らないからである。しかしながら驚くべきことに、いくつかの事例において行動の成績が感覚受容器のパフォーマンスに接近していることが示されている。例えば人間は少なくとも数個の光子があればその報告が可能であると推定されており<ref name=Hecht1942><pubmed>19873316</pubmed></ref><ref name=Barlow1956><pubmed>13346424</pubmed></ref><ref name=Rieke1998>'''Rieke, F.  & Baylor, D. A. (1998)'''<br>Single-photon detection by rod cells of the retina. Reviews of Modern Physics. 70(3):1027</ref>[Hecht 1942; Barlow 1956; Rieke 1998]、これは網膜視細胞の検出限界に近いと考えられている。これらの結果は、中枢神経系が効率的に入力情報を使用して行動を生成していることを示唆している<ref name=Barlow1972><pubmed>4377168</pubmed></ref>[Barlow 1972]。一方、過去の知見に依存しない課題では、末梢神経のパフォーマンスを行動のパフォーマンスが上回ることはない。我々の認識精度の上限は感覚デバイスの精度に制限され、それを上回ることはないからである。
 ここで注意すべきは、神経活動から予測される最適な行動に基づく心理実験課題の成績は実際に動物が行動によって報告した結果に基づく成績と同じである必要はなく、それを上回っていても良いことである。末梢神経等の初期段階で利用可能な情報が意思決定に余すとこなく使用されるとは限らないからである。しかしながら驚くべきことに、いくつかの事例において行動の成績が感覚受容器のパフォーマンスに接近していることが示されている。例えば人間は少なくとも数個の光子があればその報告が可能であると推定されており<ref name=Hecht1942><pubmed>19873316</pubmed></ref><ref name=Barlow1956><pubmed>13346424</pubmed></ref><ref name=Rieke1998>'''Rieke, F.  & Baylor, D. A. (1998)'''<br>Single-photon detection by rod cells of the retina. Reviews of Modern Physics. 70(3):1027</ref>[Hecht 1942; Barlow 1956; Rieke 1998]、これは網膜視細胞の検出限界に近いと考えられている。これらの結果は、中枢神経系が効率的に入力情報を使用して行動を生成していることを示唆している<ref name=Barlow1972><pubmed>4377168</pubmed></ref>[Barlow 1972]。一方、過去の知見に依存しない課題では、末梢神経のパフォーマンスを行動のパフォーマンスが上回ることはない。我々の認識精度の上限は感覚デバイスの精度に制限され、それを上回ることはないからである。