「小脳」の版間の差分

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<div align="right">   
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<font size="+1">廣野 守俊</font><br>
<font size="+1">[https://researchmap.jp/m_hirono 廣野 守俊]</font><br>
''同志社大学''<br>
''和歌山県立医科大学''<br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0023042 永雄 総一]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0023042 永雄 総一]</font><br>
''独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター''<br>
''のぞみ病院''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年7月3日 原稿完成日:2015年4月15日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年7月3日 原稿完成日:2015年4月15日 一部改訂:2021年9月10日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noritakaichinohe 一戸 紀孝](国立精神・神経医療研究センター 神経研究所)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noritakaichinohe 一戸 紀孝](国立精神・神経医療研究センター 神経研究所)<br>
</div>
</div>
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英語名:cerebellum 独:Kleinhirn 仏:cervelet
英語名:cerebellum 独:Kleinhirn 仏:cervelet


{{box|text= 小脳は大脳の尾側、脳幹の背側に存在する。小脳皮質とその深部にある白質からなり、さらに白質の中に小脳核が存在する。原始小脳である片葉、垂と小節、中央に古小脳である虫部、外側に新小脳である半球に大別される。半球と虫部はさらに溝により葉に分けられる。小脳の神経回路は学習機械と考えられる。小脳の出力細胞であるプルキンエ細胞には、末梢感覚器や大脳皮質に起源をもつ情報が苔状線維―平行線維を介して入力するが、それらは、下オリーブ核に起源をもつ登上線維の入力により修飾を受ける。さらにプルキンエ細胞の出力は小脳核に伝えられ、そこでさらに長期記憶として保持される。小脳皮質にはプルキンエ細胞以外に4種類の主要な神経細胞が存在し、プルキンエ細胞の信号伝達の特性や可塑性を調節する。小脳はこのような学習の機構を用いて、運動が正確かつ円滑に行われるようにフィードフォーワード制御を行う。また小脳は情動や認知機能の遂行にも関与すると考えられている。}}
{{box|text= 小脳は小脳皮質とその深部にある小脳核からなる。発生学的に小脳は、原始小脳である片葉、垂と小節、古小脳である虫部、新小脳である半球に大別される。半球と虫部はさらに溝により複数の葉に分けられる。小脳の神経回路は学習機械と考えられる。小脳の唯の出力細胞であるプルキンエ細胞には、末梢感覚器や大脳皮質に起源をもつ情報が苔状線維―平行線維を介して入力する。それらが下オリーブ核に起源をもつ登上線維入力により修飾されることにより短期の学習が生じる。プルキンエ細胞は小脳核に出力し、そこでさらに長期の学習が生じる。小脳皮質にはプルキンエ細胞以外に4種類の主要な神経細胞が存在し、プルキンエ細胞の信号伝達の特性や可塑性を調節する。小脳の学習機構は、運動が正確かつ円滑に行われるようなフィードフォーワード制御に用いられる。小脳は運動だけでなく、情動や認知機能にも関与すると考えられている。}}


== 小脳とは  ==
== 小脳とは  ==
[[ファイル:Cerebellum small.gif|サムネイル|右|250px|'''図1.:小脳(赤)'''<br>[http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Cerebellum_small.gif Wikipedia]より]]
[[ファイル:Cerebellum small.gif|サムネイル|右|250px|'''図1.:小脳(赤)'''<br>[http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Cerebellum_small.gif w]より]]
[[Image:図1小脳の神経回路.jpg|thumb|250px|<b>図2. 小脳のマクロ構造と小脳(前庭)核への投射パターン</b><br />小脳を後方からみた模式図]]  
[[Image:図1小脳の神経回路.jpg|thumb|250px|<b>2. 小脳のマクロ構造と小脳(前庭)核への投射パターン</b><br />小脳を後方からみた模式]]  


 小脳は[[大脳]]の尾側、[[脳幹]]の背側にあり、ヒトでは脳全体の15%程度の容積しかないが、脳全体の[[神経細胞]]の約半分が存在する(図1)。小脳は[[小脳皮質]]と[[白質]]からなる。小脳皮質の深部には白質があり、白質の中に小脳核([[内側(室頂)核]]、[[中位(球状と栓状)核]]と[[外側(歯状)核]])がある。ヒトでは胎生2ヶ月位で[[後脳]]から発達した[[菱脳唇]](rhombic lip)から[[小脳原基]]が生じ、その後方部からまず原始小脳である[[片葉]](flocculus)、[[垂]](uvula)と[[小節]](nodulus)が、次に中央部から古小脳である[[虫部]](vermis)、最後に外側から新小脳である[[半球]](hemisphere)が発生する<ref name="ref1">'''Larsell O, Janzen J'''<br>The comparative anatomy and histology of the cerebellum from monotremes through the apes. <br>''Univ. of Minnesota Press'', Minneapolis, 1972. </ref>。図2に小脳のマクロの構造を示す。小脳には9つの大きな内ー外側方向に走る溝があり、そのうちの第一裂(primary fissure)より前方を前葉、第一裂と後外側裂(posterolateral fissure)の間の部分を後葉、後外側裂より後部を片葉―[[小節葉]]と呼ぶ。虫部は小脳内側核に投射し、中間部と呼ばれる半球の内側部は中位核、半球の外側部は小脳外側核に投射する。一方、片葉―小節葉は[[前庭核]]の一部の神経細胞に投射する。このように系統発生的に一番古い片葉ー小節葉は前庭系と強い関係を持つことから、[[前庭小脳]](vestibulo-cerebellum)と呼ばれ、身体の[[平衡]]調節に関係する。ついで古い虫部は[[脊髄]]と密接な関係を持ち、姿勢制御や[[wikipedia:ja:血圧|血圧]]や[[wikipedia:ja:循環|循環]]調節など[[自律神経]]機能に関係し[[脊髄小脳]](spino-cerebellum)と呼ばれる。半球の中間部や外側部は[[大脳皮質]]と密接な関係を持ち、[[随意運動]]制御や認知機能に関係し[[大脳小脳]](cerebro-cerebellum)と呼ばれる。  
 小脳は[[大脳]]の尾側、[[脳幹]]の背側にあり、ヒトでは脳全体の15%程度の容積しかないが、脳全体の[[神経細胞]]の約半分が存在する('''図1''')。小脳は[[小脳皮質]]と[[白質]]からなる。小脳皮質の深部には白質があり、白質の中に小脳核([[内側(室頂)核]]、[[中位(球状と栓状)核]]と[[外側(歯状)核]])がある。ヒトでは胎生2ヶ月位で[[後脳]]から発達した[[菱脳唇]](rhombic lip)から[[小脳原基]]が生じ、その後方部からまず原始小脳である[[片葉]](flocculus)、[[垂]](uvula)と[[小節]](nodulus)が、次に中央部から古小脳である[[虫部]](vermis)、最後に外側から新小脳である[[半球]](hemisphere)が発生する<ref name="ref1">'''Larsell O, Janzen J'''<br>The comparative anatomy and histology of the cerebellum from monotremes through the apes. <br>''Univ. of Minnesota Press'', Minneapolis, 1972. </ref>。'''図2'''に小脳のマクロの構造を示す。小脳には9つの大きな内ー外側方向に走る溝があり、そのうちの第一裂(primary fissure)より前方を前葉、第一裂と後外側裂(posterolateral fissure)の間の部分を後葉、後外側裂より後部を片葉―[[小節葉]]と呼ぶ。虫部は小脳内側核に投射し、中間部と呼ばれる半球の内側部は中位核、半球の外側部は小脳外側核に投射する。一方、片葉―小節葉は[[前庭核]]の一部の神経細胞に投射する。このように系統発生的に一番古い片葉ー小節葉は前庭系と強い関係を持つことから、[[前庭小脳]](vestibulo-cerebellum)と呼ばれ、身体の[[平衡]]調節に関係する。ついで古い虫部は[[脊髄]]と密接な関係を持ち、姿勢制御や[[wj:血圧|血圧]]や[[wj:循環|循環]]調節など[[自律神経]]機能に関係し[[脊髄小脳]](spino-cerebellum)と呼ばれる。半球の中間部や外側部は[[大脳皮質]]と密接な関係を持ち、[[随意運動]]制御や認知機能に関係し[[大脳小脳]](cerebro-cerebellum)と呼ばれる。  


== 小脳皮質ネットワーク  ==
== 小脳皮質ネットワーク  ==
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[[Image:図2小脳の神経回路.jpg|thumb|250px|<b>図3. 小脳皮質の3層構造と神経細胞の形態の特徴</b>]]  
[[Image:図2小脳の神経回路.jpg|thumb|250px|<b>図3. 小脳皮質の3層構造と神経細胞の形態の特徴</b>]]  


 小脳皮質は、[[顆粒細胞]]、プルキンエ細胞(Purkinje cell)とその他の抑制性[[介在ニューロン]]、さらには[[バーグマングリア細胞]] (Bergmann glia)と呼ばれる[[神経膠細胞]]から構成される<ref name="ref2">'''Eccles JC, Ito M, Szentàgothai J'''<br>The Cerebellum as a Neuronal Machine.<br>pp. 335. ''Springer'', Berlin, 1967</ref> <ref name="ref3">'''Ito M'''<br>The Cerebellum and Neural Control.<br>pp. 589. ''Raven Press'', New York, 1984.</ref> <ref name="ref4">'''Ito M'''<br>The Cerebellum: Brain for an Implicit Self.<br>pp285, ''FT Press'', 2011</ref>。図3に小脳の顕微鏡構造を示す。小脳皮質は幾何学的に整然とした3つの層から成り立つ。[[顆粒細胞層]]には小さな[[細胞体]]と短い4本程度の[[樹状突起]]をもつ顆粒細胞が高密度に極めて多数存在する。顆粒細胞は小脳の主要な入力である苔状線維(mossy fiber)とシナプス結合するとともに、[[軸索]]を[[分子層]]向かって垂直に出す。この軸索は分子層の上部でT字型に分岐し[[平行線維]](parallel fiber)となってプルキンエ細胞の樹状突起の[[棘突起]]と興奮性シナプス結合をする。  
 小脳皮質は、[[顆粒細胞]]、プルキンエ細胞(Purkinje cell)とその他の抑制性[[介在ニューロン]]、さらには[[バーグマングリア細胞]] (Bergmann glia)と呼ばれる[[神経膠細胞]]から構成される<ref name="ref2">'''Eccles JC, Ito M, Szentàgothai J'''<br>The Cerebellum as a Neuronal Machine.<br>pp. 335. ''Springer'', Berlin, 1967</ref> <ref name="ref3">'''Ito M'''<br>The Cerebellum and Neural Control.<br>pp. 589. ''Raven Press'', New York, 1984.</ref> <ref name="ref4">'''Ito M'''<br>The Cerebellum: Brain for an Implicit Self.<br>pp285, ''FT Press'', 2011</ref>。'''図3'''に小脳の顕微鏡構造を示す。小脳皮質は幾何学的に整然とした3つの層から成り立つ。[[顆粒細胞層]]には小さな[[細胞体]]と短い4本程度の[[樹状突起]]をもつ顆粒細胞が高密度に極めて多数存在する。顆粒細胞は小脳の主要な入力である苔状線維(mossy fiber)とシナプス結合するとともに、[[軸索]]を[[分子層]]向かって垂直に出す。この軸索は分子層の上部でT字型に分岐し[[平行線維]](parallel fiber)となってプルキンエ細胞の樹状突起の[[棘突起]]と興奮性シナプス結合をする。  


 小脳の出力細胞であるプルキンエ細胞は、その大きな[[細胞体]](直径 0.02-0.04 mm)を[[プルキンエ細胞層]]に持ち、良く発達した[[樹状突起]]を[[分子層]]に拡げ、前述のように平行線維とシナプス結合する。また[[下オリーブ核]]に起源をもつ[[登上線維]]は分子層に向かって上行し、プルキンエ細胞の近位樹状突起と通過型(en-passant)の興奮性シナプス結合をする。特徴的なのは、プルキンエ細胞は10~20万の平行線維とシナプスを作るのに対して、たった1~2本の登上線維が同じプルキンエ細胞の樹状突起で多数のシナプスを形成することである。一方、プルキンエ細胞は[[GABA]]作動性であり、長い[[軸索]]を小脳核や前庭核の神経細胞に投射し、そこで抑制性のシナプスを形成する。  
 小脳の出力細胞であるプルキンエ細胞は、その大きな[[細胞体]](直径 0.02-0.04 mm)を[[プルキンエ細胞層]]に持ち、良く発達した[[樹状突起]]を[[分子層]]に拡げ、前述のように平行線維とシナプス結合する。また[[下オリーブ核]]に起源をもつ[[登上線維]]は分子層に向かって上行し、プルキンエ細胞の近位樹状突起と通過型(en-passant)の興奮性シナプス結合をする。特徴的なのは、プルキンエ細胞は10~20万の平行線維とシナプスを作るのに対して、たった1~2本の登上線維が同じプルキンエ細胞の樹状突起で多数のシナプスを形成することである。一方、プルキンエ細胞は[[GABA]]作動性であり、長い[[軸索]]を小脳核や前庭核の神経細胞に投射し、そこで抑制性のシナプスを形成する。  
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 [[ルガロ細胞]](Lugaro cell)は、顆粒細胞層のプルキンエ細胞層寄りに細胞体を持ち、プルキンエ細胞の軸索側枝から抑制性入力、苔状線維からは興奮性入力を受け、軸索を平行線維と平行の方向に出し、他の抑制性ニューロンと抑制性のシナプス結合をする。  
 [[ルガロ細胞]](Lugaro cell)は、顆粒細胞層のプルキンエ細胞層寄りに細胞体を持ち、プルキンエ細胞の軸索側枝から抑制性入力、苔状線維からは興奮性入力を受け、軸索を平行線維と平行の方向に出し、他の抑制性ニューロンと抑制性のシナプス結合をする。  


 その他に小脳皮質には、[[縫線核]]からは[[セロトニン]]を伝達物質とする苔状線維、[[青斑核]]からは[[ノルアドレナリン]]を含む苔状線維がそれぞれ投射する。表1に小脳皮質の神経細胞の入出力の特徴と伝達物質をまとめる。<br>  
 その他に小脳皮質には、[[縫線核]]からは[[セロトニン]]を伝達物質とする苔状線維、[[青斑核]]からは[[ノルアドレナリン]]を含む苔状線維がそれぞれ投射する。'''表'''に小脳皮質の神経細胞の入出力の特徴と伝達物質をまとめる。<br>  


[[Image:図3小脳の神経回路.jpg|thumb|250px|<b>図4.下オリーブ核―小脳皮質―核微小複合体の構成</b><br />上に脊髄や大脳皮質との結合関係を示す]]  
[[Image:図3小脳の神経回路.jpg|thumb|250px|<b>4.下オリーブ核―小脳皮質―核微小複合体の構成</b><br />上に脊髄や大脳皮質との結合関係を示す]]  


{| cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" style="width: 582px; height: 356px;"
{| class="wikitable"
|+表. 小脳の神経細胞の特徴
|-
|-
| style="background-color:#dfd" |
!
| style="background-color:#dfd" | 主な入力  
!主な入力 || 主な出力先 || 神経伝達物質 || 密度(/mm<sup>2</sup>)
| style="background-color:#dfd" | 主な出力先  
| style="background-color:#dfd" | 神経伝達物質  
| style="background-color:#dfd" | 密度(/mm<sup>2</sup>)
|-
|-
| 顆粒細胞  
! 顆粒細胞  
| 苔状線維  
| 苔状線維  
| プルキンエ細胞  
| プルキンエ細胞  
54行目: 52行目:
| 5×10<sup>6</sup>
| 5×10<sup>6</sup>
|-
|-
| プルキンエ細胞  
! プルキンエ細胞  
| 平行線維<br>登上線維<br>バスケット細胞<br>星状細胞  
| 平行線維<br>登上線維<br>バスケット細胞<br>星状細胞  
| 小脳核<br>前庭核<br>ルガロ細胞  
| 小脳核<br>前庭核<br>ルガロ細胞  
60行目: 58行目:
| 500
| 500
|-
|-
| バスケット細胞  
! バスケット細胞  
| 平行線維<br>(登上線維)  
| 平行線維<br>(登上線維)  
| プルキンエ細胞  
| プルキンエ細胞  
66行目: 64行目:
| 600
| 600
|-
|-
| 星状細胞  
! 星状細胞  
| 平行線維<br>(登上線維)  
| 平行線維<br>(登上線維)  
| プルキンエ細胞  
| プルキンエ細胞  
72行目: 70行目:
| 10,000
| 10,000
|-
|-
| ゴルジ細胞  
! ゴルジ細胞  
| 平行線維<br>苔状線維  
| 平行線維<br>苔状線維  
| 顆粒細胞  
| 顆粒細胞  
78行目: 76行目:
| 150
| 150
|-
|-
| ルガロ細胞  
! ルガロ細胞  
| 苔状線維<br>プルキンエ細胞  
| 苔状線維<br>プルキンエ細胞  
| プルキンエ細胞<br>バスケット細胞<br>星状細胞<br>ゴルジ細胞  
| プルキンエ細胞<br>バスケット細胞<br>星状細胞<br>ゴルジ細胞  
85行目: 83行目:
|}
|}


'''表1. 小脳の神経細胞の特徴'''
=== 下オリーブ核ー小脳皮質ー小脳核微小複合体 ===
 
=== 下オリーブ核ー小脳皮質―小脳核微小複合体 ===


 下オリーブ核は登上線維をプルキンエ細胞に投射するが、プルキンエ細胞が出力を送る小脳核の神経細胞にもその軸索側枝を投射する。さらに小脳核の神経細胞のうち抑制性細胞は下オリーブ核に直接投射し、興奮性の細胞の一部は[[赤核小細胞部]]を介して下オリーブ核に投射する。このように下オリーブからプルキンエ細胞と小脳核への登上線維投射とプルキンエ細胞から小脳核への投射には強い特異性が見られ、これを下オリーブ核ー小脳皮質―小脳核複合体と呼ぶ<ref name="ref3" /> <ref name="ref4" />。図4にA, B (虫部と小節)、C1-3(半球中間部と片葉)、D1-2(半球外側部)の大まかな複合体を示す。1つの複合体はさらにいくつかの微小帯域(microzone)と呼ばれる機能の単位に分かれると考えられているが、その詳細は片葉以外の部位ではよく知られていない。片葉には少なくとも4~6個の微小帯域があると考えられており、それらは前庭3つの[[半規管系]]と6つの[[外眼筋]]からなる[[眼球反射]]の制御に対応する。  
 下オリーブ核は登上線維をプルキンエ細胞に投射するが、プルキンエ細胞が出力を送る小脳核の神経細胞にもその軸索側枝を投射する。さらに小脳核の神経細胞のうち抑制性細胞は下オリーブ核に直接投射し、興奮性の細胞の一部は[[赤核小細胞部]]を介して下オリーブ核に投射する。このように下オリーブからプルキンエ細胞と小脳核への登上線維投射とプルキンエ細胞から小脳核への投射には強い特異性が見られ、これを下オリーブ核ー小脳皮質―小脳核複合体と呼ぶ<ref name="ref3" /> <ref name="ref4" />。'''図4'''にA, B (虫部と小節)、C1-3(半球中間部と片葉)、D1-2(半球外側部)の大まかな複合体を示す。1つの複合体はさらにいくつかの微小帯域(microzone)と呼ばれる機能の単位に分かれると考えられているが、その詳細は片葉以外の部位ではよく知られていない。片葉には少なくとも4~6個の微小帯域があると考えられており、それらは前庭3つの[[半規管系]]と6つの[[外眼筋]]からなる[[眼球反射]]の制御に対応する。  


== 小脳皮質の神経回路のオペレーション  ==
== 小脳皮質の神経回路のオペレーション  ==
95行目: 91行目:
=== プルキンエ細胞のシナプス可塑性   ===
=== プルキンエ細胞のシナプス可塑性   ===


 小脳前核由来の苔状線維入力はすべてプルキンエ細胞に収束し、プルキンエ細胞から小脳核へ出力される。また苔状線維入力の反回側枝は小脳核へ投射する。従って、小脳皮質を通過する顆粒細胞―プルキンエ細胞―小脳核の経路は、[[小脳前核]]―小脳核の経路の側副路を構成する(図5)。小脳皮質の平行線維―プルキンエ細胞間のシナプス伝達効率は、同じプルキンエ細胞に入力する登上線維によって長期間にわたり調節を受けることが[[wikipedia:ja:伊藤正男 (生理学者)|Ito]]ら <ref name="ref5"><pubmed>7097592</pubmed></ref>により実験的に示されている。平行線維―プルキンエ細胞間シナプスと、同時に登上線維入力が同期して活性化される状態が続くときには、平行線維―プルキンエ細胞間のシナプス伝達は減弱し(長期抑圧:long-term depression, LTD)、平行線維だけが持続的に活性化される状態が続くときには増強([[長期増強]]: long-term potentiation, LTP)される<ref name="ref6"><pubmed>17046686</pubmed></ref>。[[wikipedia:David Marr (neuroscientist)|Marr]]<ref name="ref7"><pubmed>5784296</pubmed></ref>と[[wikipedia:James S. Albus|Albus]]<ref name="ref8">'''Albus J'''<br>A theory of cerebellar function<br>''Math Biosci'' 10: 25-61, 1971</ref>の[[小脳学習仮説]]は、登上線維入力が教師信号となって、平行線維―プルキンエ細胞間シナプスの伝達効率に変化がおこり、それにより[[運動学習]]が生じることを示唆する。小脳片葉により[[前庭動眼反射]]のゲインの適応を用いた実験の結果は、プルキンエ細胞で運動学習と一致した活動が生じることと、登上線維入力が、学習に必要な誤差の信号を反映しており、[[Marr-Albusの仮説]]を支持する<ref name="ref4" /> <ref name="ref9">'''永雄総一, 山崎匡'''<br>生体の科学 63: 3-10, 2012</ref>。このように、小脳皮質を経由する経路は、脳幹を経由する主経路に対して学習性の副側路を形成することになる。  
 小脳前核由来の苔状線維入力はすべてプルキンエ細胞に収束し、プルキンエ細胞から小脳核へ出力される。また苔状線維入力の反回側枝は小脳核へ投射する。従って、小脳皮質を通過する顆粒細胞―プルキンエ細胞―小脳核の経路は、[[小脳前核]]―小脳核の経路の側副路を構成する('''図5''')。小脳皮質の平行線維―プルキンエ細胞間のシナプス伝達効率は、同じプルキンエ細胞に入力する登上線維によって長期間にわたり調節を受けることが[[wj:伊藤正男 (生理学者)|Ito]]ら <ref name="ref5"><pubmed>7097592</pubmed></ref>により実験的に示されている。平行線維―プルキンエ細胞間シナプスと、同時に登上線維入力が同期して活性化される状態が続くときには、平行線維―プルキンエ細胞間のシナプス伝達は減弱し(長期抑圧:long-term depression, LTD)、平行線維だけが持続的に活性化される状態が続くときには増強([[長期増強]]: long-term potentiation, LTP)される<ref name="ref6"><pubmed>17046686</pubmed></ref>。[[w:David Marr (neuroscientist)|Marr]]<ref name="ref7"><pubmed>5784296</pubmed></ref>と[[wjmes S. Albus|Albus]]<ref name="ref8">'''Albus J'''<br>A theory of cerebellar function<br>''Math Biosci'' 10: 25-61, 1971</ref>の[[小脳学習仮説]]は、登上線維入力が教師信号となって、平行線維―プルキンエ細胞間シナプスの伝達効率に変化がおこり、それにより[[運動学習]]が生じることを示唆する。小脳片葉により[[前庭動眼反射]]のゲインの適応を用いた実験の結果は、プルキンエ細胞で運動学習と一致した活動が生じることと、登上線維入力が、学習に必要な誤差の信号を反映しており、[[Marr-Albusの仮説]]を支持する<ref name="ref4" /> <ref name="ref9">'''永雄総一, 山崎匡'''<br>生体の科学 63: 3-10, 2012</ref>。このように、小脳皮質を経由する経路は、脳幹を経由する主経路に対して学習性の副側路を形成することになる。  


=== 抑制性介在ニューロンの役割  ===
=== 抑制性介在ニューロンの役割  ===
115行目: 111行目:
 小脳皮質の平行線維―プルキンエ細胞間のシナプスに長期抑圧や増強で生じた運動学習の[[記憶痕跡]](memory trace)は24時間程度で消去されるが、小脳皮質で生じる可塑性が繰り返されるような実験条件で作られる運動学習の記憶痕跡は、小脳核や前庭核に保持されていることを示唆する所見が提出されている。これは見かけ上は、小脳皮質のシナプスに作られた運動学習の記憶痕跡が、学習を繰り返すことにより、シナプスを超えて小脳核や前庭核に移動することになるので、記憶痕跡のシナプス間移動(trans-synaptic memory transfer)と呼ばれる<ref name="ref14"><pubmed>12019316</pubmed></ref> <ref name="ref15"><pubmed>16458438</pubmed></ref>。このためには小脳核や前庭核にシナプス可塑性があることが想定されるが、その具体的なメカニズムはよくわかっていない。苔状線維―小脳(前庭)核の神経細胞のシナプスには、苔状線維が持続的に活性化することにより生じる[[脱分極]]と、小脳皮質からの入力により生じる再分極の時間間隔により調節される可塑性<ref name="ref15" />があり、記憶痕跡のシナプス間移動との関連が注目されている。  
 小脳皮質の平行線維―プルキンエ細胞間のシナプスに長期抑圧や増強で生じた運動学習の[[記憶痕跡]](memory trace)は24時間程度で消去されるが、小脳皮質で生じる可塑性が繰り返されるような実験条件で作られる運動学習の記憶痕跡は、小脳核や前庭核に保持されていることを示唆する所見が提出されている。これは見かけ上は、小脳皮質のシナプスに作られた運動学習の記憶痕跡が、学習を繰り返すことにより、シナプスを超えて小脳核や前庭核に移動することになるので、記憶痕跡のシナプス間移動(trans-synaptic memory transfer)と呼ばれる<ref name="ref14"><pubmed>12019316</pubmed></ref> <ref name="ref15"><pubmed>16458438</pubmed></ref>。このためには小脳核や前庭核にシナプス可塑性があることが想定されるが、その具体的なメカニズムはよくわかっていない。苔状線維―小脳(前庭)核の神経細胞のシナプスには、苔状線維が持続的に活性化することにより生じる[[脱分極]]と、小脳皮質からの入力により生じる再分極の時間間隔により調節される可塑性<ref name="ref15" />があり、記憶痕跡のシナプス間移動との関連が注目されている。  


 小脳核の神経細胞には興奮性と抑制性があり、抑制性の細胞は下オリーブ核に直接投射し、興奮性の細胞の一部は赤核小細胞部を介して同じく下オリーブ核に投射する(図4)。赤核小細胞部は、同時に[[大脳皮質]]の[[運動前野]]からの投射を受けるが、ここでどのような情報処理がなされているかは不明である。下オリーブ核の神経細胞は学習に必要な教師信号を、登上線維を介して送るが、小核核から下オリーブ核に伝えられる情報が学習にどのように関係しているかはよくわかっていない。小脳中位核と外側核の興奮性出力の多くは[[視床]]を介して大脳皮質に伝えられる。大脳皮質の出力は[[橋核]]を経て苔状線維により小脳皮質に伝えられ、いわゆる大脳―小脳ループを形成する。それらは随意運動の制御の役割を担っていることが示唆されているが、その詳細は今のところよくわかっていない<ref name="ref3" /> <ref name="ref4" /> <ref name="ref9" />。  
 小脳核の神経細胞には興奮性と抑制性があり、抑制性の細胞は下オリーブ核に直接投射し、興奮性の細胞の一部は赤核小細胞部を介して同じく下オリーブ核に投射する('''図4''')。赤核小細胞部は、同時に[[大脳皮質]]の[[運動前野]]からの投射を受けるが、ここでどのような情報処理がなされているかは不明である。下オリーブ核の神経細胞は学習に必要な教師信号を、登上線維を介して送るが、小核核から下オリーブ核に伝えられる情報が学習にどのように関係しているかはよくわかっていない。小脳中位核と外側核の興奮性出力の多くは[[視床]]を介して大脳皮質に伝えられる。大脳皮質の出力は[[橋核]]を経て苔状線維により小脳皮質に伝えられ、いわゆる大脳―小脳ループを形成する。それらは随意運動の制御の役割を担っていることが示唆されているが、その詳細は今のところよくわかっていない<ref name="ref3" /> <ref name="ref4" /> <ref name="ref9" />。  


[[Image:図4小脳の神経回路.jpg|thumb|250px|<b>図5.小脳皮質神経細胞ネットワークのスキーム</b><br />赤の経路は興奮性結合、青の経路は抑制性結合を示す。]]  
[[Image:図4小脳の神経回路.jpg|thumb|250px|<b>図5. 小脳皮質神経細胞ネットワークのスキーム</b><br />赤の経路は興奮性結合、青の経路は抑制性結合を示す。]]  


== 小脳皮質の神経回路と小脳症状   ==
== 小脳皮質の神経回路と小脳症状   ==
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*[[前庭動眼反射]]  
*[[前庭動眼反射]]  
*[[小脳によるタイミング制御]]  
*[[小脳によるタイミング制御]]  
*[[瞬膜反射の条件付け]]
*[[瞬膜反射条件づけ]]


== 外部リンク  ==
== 外部リンク  ==