「模倣」の版間の差分

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<div align="right"> 
<font size="+1">幕内 充</font><br>
''国立障害者リハビリテーションセンター研究所 ''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年4月26日 原稿完成日:2013年2月7日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構 生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
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英語: imitation 仏語:imitation 独語:Nachahmung <br>
英語: imitation 仏語:imitation 独語:Nachahmung <br>


同義語: mimicry, mimic, copy, emulation 真似、まね、物真似、ものまね、人真似、ひとまね
同義語: mimicry, mimic, copy, emulation 真似、まね、物真似、ものまね、人真似、ひとまね


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 模倣とは他者の運動を見てそれと同じ運動を行うことである。[[wikipedia:JA:ヒト|ヒト]]に普遍的にみられる文化的行為であり、観察[[学習]]の一方法として捉えられることもある 一方、ヒトは無目的、あるいは遊びとして模倣をすることもある。ヒト以外では鳴き鳥などの[[音声学習]]が模倣によるものと考えられている。[[神経心理学]]では1900年の[[wikipedia:Hugo Liepmann|Liepmann]]の[[観念運動失行]]の報告から現在に至るまで一貫して左[[頭頂葉]]が模倣の脳基盤として同定されてきた。模倣は他者の運動意図を理解するという社会的[[認知]]能力の現れとして見ることも可能であり、社会性の脳基盤研究の立場からも注目されている。これに関して[[wikipedia:JA:サル|サル]]の[[F5]]で発見された[[ミラーニューロン]]が他者の行為を理解する神経基盤であるとし、ヒトの模倣もF5ホモログである[[Broca野]]が重要な寄与をなしているとする主張がある。模倣の脳基盤研究における問題点は模倣とはなにかという明確な定義がなされていないことである。模倣には同一目的の達成から運動形式の正確なコピーに至るまで様々なレベルが含まれうるし、各レベルでの模倣はその心理学的・神経学的本質が異なる可能性がある。[[神経画像法]]研究ではその差異を明確に区別せずに脳基盤の研究が行われており、実験結果のみならずその解釈も多様である。  
 模倣とは他者の運動を見てそれと同じ運動を行うことである。[[wikipedia:JA:ヒト|ヒト]]に普遍的にみられる文化的行為であり、観察[[学習]]の一方法として捉えられることもある 一方、ヒトは無目的、あるいは遊びとして模倣をすることもある。ヒト以外では鳴き鳥などの[[音声学習]]が模倣によるものと考えられている。[[神経心理学]]では1900年の[[wikipedia:Hugo Liepmann|Liepmann]]の[[観念運動失行]]の報告から現在に至るまで一貫して左[[頭頂葉]]が模倣の脳基盤として同定されてきた。模倣は他者の運動意図を理解するという社会的[[認知]]能力の現れとして見ることも可能であり、社会性の脳基盤研究の立場からも注目されている。これに関して[[wikipedia:JA:サル|サル]]の[[F5]]で発見された[[ミラーニューロン]]が他者の行為を理解する神経基盤であるとし、ヒトの模倣もF5ホモログである[[Broca野]]が重要な寄与をなしているとする主張がある。模倣の脳基盤研究における問題点は模倣とはなにかという明確な定義がなされていないことである。模倣には同一目的の達成から運動形式の正確なコピーに至るまで様々なレベルが含まれうるし、各レベルでの模倣はその心理学的・神経学的本質が異なる可能性がある。[[神経画像法]]研究ではその差異を明確に区別せずに脳基盤の研究が行われており、実験結果のみならずその解釈も多様である。  
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==定義における問題点==
==定義における問題点==
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 模倣の神経基盤を明らかにするには模倣とは何かという明確な定義が必要だが、現状では研究者間で共有される定義がないまま模倣という概念が使用されている。
 模倣の神経基盤を明らかにするには模倣とは何かという明確な定義が必要だが、現状では研究者間で共有される定義がないまま模倣という概念が使用されている。


 Whitenらは[[社会的学習]] ([[social learning]])に[[複製]] ([[copying]])(他者の行うことをそっくり真似すること)、[[アフォーダンス学習]] ([[affordance learning]])(対象物や環境の操作特徴を学習すること)、[[観察的条件付け]] ([[obeservational conditioning]])(観察を通して対象物や事象の価値を学習すること)、[[強調]] ([[enhancement]])(環境の一部分に注意の焦点を合わせること)の4つの下位分類を設け、複製 (copying)の下に模倣 (imitation)、[[対象物の運動の再現]] ([[object movement reenactment]])、[[最終状態エミュレーション]] ([[end-state emulation]])の3つを区別している<ref name=ref1><pubmed>15161139</pubmed></ref>。この分類では行為の目的あるいは結果が同じになるように行為することを「最終状態エミュレーション」、行為対象物の運動形式が同様になるように行為することを「対象物の運動の再現」、行為の形式を模倣すること「模倣」と区別している。
 Whitenらは[[社会的学習]] ([[social learning]])に[[複製]] ([[copying]])(他者の行うことをそっくり真似すること)、[[アフォーダンス学習]] ([[affordance learning]])(対象物や環境の操作特徴を学習すること)、[[観察的条件付け]] ([[obeservational conditioning]])(観察を通して対象物や事象の価値を学習すること)、[[強調]] ([[enhancement]])(環境の一部分に注意の焦点を合わせること)の4つの下位分類を設け、複製 (copying)の下に模倣 (imitation)、[[対象物の運動の再現]] ([[object movement reenactment]])、[[最終状態エミュレーション]] ([[end-state emulation]])の3つを区別している<ref name=ref1><pubmed>15161139</pubmed></ref>(図1)。この分類では行為の目的あるいは結果が同じになるように行為することを「最終状態エミュレーション」、行為対象物の運動形式が同様になるように行為することを「対象物の運動の再現」、行為の形式を模倣すること「模倣」と区別している。


 このように模倣という概念は他者の行為の結果のみを真似するというレベルから運動形式も含めてコピーするというレベルまで含み得る。
 このように模倣という概念は他者の行為の結果のみを真似するというレベルから運動形式も含めてコピーするというレベルまで含み得る。
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==関連項目==
==関連項目==
*[[ミラーニューロン]]
*[[ミラーニューロン]]
* [[模倣学習]]
*[[ブローカ野]]
*[[ブローカ野]]
*[[新生児模倣]]
*[[新生児模倣]]
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<references/>
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(執筆者:幕内充 担当編集委員:定藤規弘)<br>