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''自然科学研究機構生理学研究所 生体情報研究系 岡崎国立共同研究機構 ''<br> | |||
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年12月7日 原稿完成日:2018年1月4日<br> | |||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/michisukeyuzaki 柚崎 通介](慶應義塾大学 医学部生理学)<br> | |||
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英語名:Hodgkin-Huxley Equations | |||
Alan Lloyd Hodgkin | {{box|text= [[wj:アラン・ロイド・ホジキン|Alan Lloyd Hodgkin]]と[[wj:アンドリュー・フィールディング・ハクスリー|Andrew Fielding Huxley]]は[[wj:イカ|イカ]]の[[巨大軸索]]の[[活動電位]]を、[[ナトリウムチャネル|Na<sup>+</sup>チャネル]]、[[カリウムチャネル|K<sup>+</sup>チャネル]]の開閉を実験的に測定し、開閉の[[wj:非線形|非線形]]な動態を[[wj:微分方程式|微分方程式]]を含む数式で表わす事に成功した。これをHodgkin-Huxley方程式という。比較的少ない数のパラメータで神経[[軸索]]の[[活動電位]]の発生と伝播を示す事に成功した。チャネルの開閉特性を比較的少ないパラメータでかなり正確に表すことができる点で、今でも高く評価されている。現在広く行われている[[興奮性細胞]]([[神経細胞]]、[[wj:心筋|心筋細胞]]、[[wj:骨格筋|骨格筋]]など)の電位シミュレーションでは、Hodgkin-Huxley方程式や(Hodgkin-Huxleyモデル)、それに類似のモデルが用いられる。 | ||
}} | |||
== Hodgkin-Huxley方程式とは == | |||
Alan Lloyd Hodgkin (1914-1998)とAndrew Fielding Huxley (1917-2012)は、ともに[[wj:イギリス|イギリス]]の電気生理学者である。イカの巨大軸索における活動電位の発生と伝播を測定し、その解析から現在の電気生理学の基礎となる概念を生み出すとともに、興奮性細胞(神経細胞、心筋細胞、骨格筋細胞など)の電気現象を定量的に扱う道を開いた<ref><pubmed> 12991237 </pubmed></ref><ref>Journal of Physiologyは、Hodgkin & Huxley (1952)論文の60周年を記念して、2012年5月にオンライン版の特別号を出版している。Hogkin & Huxleyおよび関係する論文は、このサイトからリンクされている。</ref> 。HodgkinとHuxleyは、電気生理学の基礎を築いた功績により、同じく電気生理学者の[[wj:ジョン・C・エックルス|John Carew Eccles]]と3人で、1963年の[[wj:ノーベル医学・生理学賞|ノーベル医学・生理学賞]]を受賞している。 | |||
# | HodgkinとHuxleyの業績の意義は次のように要約できる。 | ||
#Na<sup>+</sup>チャネル、K<sup>+</sup>チャネルの開閉を実験的に測定し、開閉の非線形な動態を微分方程式を含む数式で表した。これらの式はまとめてHodgkin- | |||
#Na<sup>+</sup>チャネル、K<sup>+</sup> | #活動電位発生時に、[[wj:ナトリウム|ナトリウム]]イオン(Na<sup>+</sup>)と[[wj:カリウム|カリウム]]イオン(K<sup>+</sup>)が、[[脱分極]]により開く[[細胞膜]]の別々の通路を通ることを示した。この発見はイオンチャネルの存在を予測するものであり、その後のイオンチャネル研究の源となった。なお当時の論文では、イオンチャネルという用語は用いられておらず、コンダクタンス[[wj:コンダクタンス|コンダクタンス]](イオンの通りやすさ、抵抗の逆数)という用語が使用されている。 | ||
#Na<sup>+</sup>チャネル、K<sup>+</sup>チャネルの開閉を実験的に測定し、開閉の非線形な動態を微分方程式を含む数式で表した。これらの式はまとめてHodgkin-Huxley方程式と呼ばれる。 | |||
#Na<sup>+</sup>チャネル、K<sup>+</sup>チャネルおよび[[Leakチャネル]]を示す数式を組み合わせ、活動電位の発生・伝播を数値的に再現した。現在行われている興奮性細胞の電位シミュレーションは、要素が増えるなどして複雑になっているが基本は変わらない。 | |||
== ''m''<sup>3</sup>''h''と''n''<sup>4</sup> == | == ''m''<sup>3</sup>''h''と''n''<sup>4</sup> == | ||
HodgkinとHuxleyは、[[#.E9.9B.BB.E4.BD.8D.E5.9B.BA.E5.AE.9A.E6.B3.95:_.E5.9F.BA.E7.A4.8E.E3.81.A8.E3.81.AA.E3.81.A3.E3.81.9F.E6.8A.80.E8.A1.93|電位固定法]](voltage-clamp)を用いて活動電位に伴うNa<sup>+</sup>とK<sup>+</sup>のコンダクタンスの変化を定量的に解析し、Na<sup>+</sup>とK<sup>+</sup>には別々の通り道があることを示した。そしてNa<sup>+</sup>とK<sup>+</sup>のコンダクタンスが[[wj:電位|電位]]に依存的な[[ゲート]](gate)により開閉されると考えた。 | |||
*Na<sup>+</sup>チャネルは3つの活性化ゲート''m''と不活性化ゲート''h''により開閉される。 | *Na<sup>+</sup>チャネルは3つの活性化ゲート''m''と不活性化ゲート''h''により開閉される。 | ||
*K<sup>+</sup>チャネルは4つの活性化ゲート''n''により開閉される。 | *K<sup>+</sup>チャネルは4つの活性化ゲート''n''により開閉される。 | ||
''m''、''h''、''n'' | ''m''、''h''、''n''は、ゲートが開いている割合を示し、0と1の間で時間的に変化する変数であり、単純な[[#Two-state_model:_.E5.9F.BA.E7.A4.8E.E7.9A.84.E3.81.AA.E8.80.83.E3.81.88.E6.96.B9|Two-stateモデル]]に従うと仮定されている。''m''と''n''は、静止時に閉じており(すなわち0の値をとる)、脱分極した時に開く(すべてが開けば1となる)。一方、''h''は静止時に開いており脱分極時に閉じる。''m''と''n''ではなく、''m''<sup>3</sup>および''n''<sup>4</sup>としたのは、主に電流の立ち上がりの形をよく再現するためである。 | ||
[[wj:電流|電流]]はコンダクタンスと電圧に比例する(''I'' = ''GV''; Ohmの法則)。電圧の大きさは、膜電位(v)から細胞膜内外のイオン濃度差による電位(平衡電位; E<sub>X</sub>)を補正しなくてはならない(v-E<sub>X</sub>)。 従って、 Na<sup>+</sup>とK<sup>+</sup>により担われる電流''I''<sub>Na</sub>と''I''<sub>K</sub>は、Na<sup>+</sup>とK<sup>+</sup>の最大コンダクタンスをそれぞれ ''G''<sup>max</sup><sub>Na</sub>、''G''<sup>max</sup><sub>K</sub> 、平衡電位を''E''<sub>Na</sub>、''E''<sub>K</sub>とすると、 | |||
::<math>I_{Na} = G^{max}_{Na} m^3 h (v-E_{Na})\, </math> | ::<math>I_{Na} = G^{max}_{Na} m^3 h (v-E_{Na})\, </math> | ||
::<math>I_{K} = G^{max}_{K} n^4 (v-E_{K})\, </math> | |||
という式で表される。また膜電位の変化に対してオームの法則に従うコンダクタンスとしてリーク(leak)チャネルを想定した。これは、 | |||
::<math>I_{leak} = G_{leak}(v-E_{leak})\, </math> | ::<math>I_{leak} = G_{leak}(v-E_{leak})\, </math> | ||
と表され、イカ巨大軸索では主に[[wj:塩化物|クロライド]]イオン(Cl<sup>-</sup>)を通し静止電位保持に主要な役割を果たす。 | |||
---- | ---- | ||
''m''、''h''、''n'' | ''m''、''h''、''n''は[[#Two-state_model:_.E5.9F.BA.E7.A4.8E.E7.9A.84.E3.81.AA.E8.80.83.E3.81.88.E6.96.B9|Two-stateモデル]]モデルに従う値である。 開く速度定数αと閉じる速度定数βはいずれも電位に依存する。 HodgkinとHuxleyは''m''、''h''、''n''のそれぞれについていろいろな電位での αとβの値を実験的に測定し、一連のイカ巨大軸索を用いた実験値を便宜的に次の数式で表した。これらの式は何らかの理論から導きだされたものではない。なお注意すべき点として、以下の式で用いられている変数''v''は、膜電位''V''<sub>''m''</sub>そのものではなく静止電位を基準とした電位を意味している。またこれらの値は 6.3℃での速度定数であり、他の温度ではQ<sub>10</sub>=3で補正される。 | ||
< | ::<math>\alpha_m = \frac{0.1(-v+25)}{\exp\left(\frac{-v+25}{10}\right)-1}</math> | ||
::<math>\beta_m = 4\exp\left(\frac{-v}{18}\right)</math> | ::<math>\beta_m = 4\exp\left(\frac{-v}{18}\right)</math> | ||
::<math>\alpha_h = 0.07\exp\left(\frac{-v}{20}\right)</math> | ::<math>\alpha_h = 0.07\exp\left(\frac{-v}{20}\right)</math> | ||
::<math>\beta_h = \frac{1}{\exp\left(\frac{-v+30}{10}\right)+1}</math> | ::<math>\beta_h = \frac{1}{\exp\left(\frac{-v+30}{10}\right)+1}</math> | ||
::<math>\alpha_n = \frac{0.01(-v+10)}{\exp\left(\frac{-v+10}{10}\right)-1}</math> | ::<math>\alpha_n = \frac{0.01(-v+10)}{\exp\left(\frac{-v+10}{10}\right)-1}</math> | ||
::<math>\beta_n = 0.125\exp\left(\frac{-v}{80}\right)</math> | ::<math>\beta_n = 0.125\exp\left(\frac{-v}{80}\right)</math> | ||
== 電位変化 == | == 電位変化 == | ||
電位固定実験から得られた上記の式を用いると、電位の変化に応じて変化するNa<sup>+</sup>チャネルとK<sup>+</sup>チャネルのコンダクタンスを計算することができる。 一方、細胞の電位は、電流の入出により変化する。もし電位の初期条件と電流の時間経過がわかっていれば、電位を計算する事が出来る。これらを組み合わせることにより、細胞の電位の変化を計算できる。この関係は、現在広く行われている興奮性細胞の電位のシミュレーションの基本である。 | |||
以下は数式的な説明。 | |||
---- | ---- | ||
細胞を[[wj:コンデンサ|キャパシタ]]([[wj:コンデンサ|コンデンサ]])と考える。細胞外液の電位を0とする。膜電位を''v''、蓄えられる電荷を''Q''、[[wj:静電容量|静電容量]](capacitance)をCとすると、 | |||
::<math>Q = Cv\, </math> | ::<math>Q = Cv\, </math> | ||
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すなわち、 | すなわち、 | ||
::<math>I = G^{max}_{Na} m^3 h (v-E_{Na}) + G^{max}_{K} n^ | ::<math>I = G^{max}_{Na} m^3 h (v-E_{Na}) + G^{max}_{K} n^4 (v-E_{K}) + G_{leak}(v-E_{leak})\, </math> | ||
と表され、電流''I''と電位''V''の関係を示す微分方程式に合わせると、 | と表され、電流''I''と電位''V''の関係を示す微分方程式に合わせると、 | ||
::<math>\frac{dv}{dt} = -\frac{1}{C}\left(G^{max}_{Na} m^3 h (v-E_{Na}) + G^{max}_{K} n^ | ::<math>\frac{dv}{dt} = -\frac{1}{C}\left(G^{max}_{Na} m^3 h (v-E_{Na}) + G^{max}_{K} n^4 (v-E_{K}) + G_{leak}(v-E_{leak})\right)\, </math> | ||
となる。 | |||
== 電位固定法: 基礎となった技術 == | == 電位固定法: 基礎となった技術 == | ||
Hodgkin-Huxley以前に、電気生理学の実験が行われていなかったわけではない。電流と電位変化に関する研究はかなり多く行われていた。しかしながら、細胞に外部から電流''I''<sub>ext</sub>を流すと、電位が変化し、その電位に応じていろいろなイオンチャネルが開口して電流が流れるため、細胞の電位''v''と外部から流す電流''I''<sub>ext</sub>の間の関係は、単純ではない。そこでHodgkinとHuxleyは、 voltage clamp(電位固定法)を用いて、コンダクタンスの変化を測定して解析した。 voltage clampは1940年代に[[wj:アメリカ|アメリカ]]の生物物理学者[[wj:Kenneth Stewart Cole|Kenneth Cole]] (1900 - 1984)らにより開発された。 | |||
以下は数式的な説明。 | |||
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外部より電流''I''<sub>ext</sub>を流した場合、電位の変化は、次の式で示される。 | |||
::<math>\frac{dv}{dt} = -\frac{1}{C}\left(\sum_X G_{X}(v-E_X) - I_{ext}\right)</math> | ::<math>\frac{dv}{dt} = -\frac{1}{C}\left(\sum_X G_{X}(v-E_X) - I_{ext}\right)</math> | ||
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''X''はいろいろな種類のチャネルを示している。 | ''X''はいろいろな種類のチャネルを示している。 | ||
この式から、''I''<sub>ext</sub>と電位との関係を理解する事は難しい。しかし''v''が一定となるような外部電流''I''<sub>clamp</sub>を流すと、左辺は0となるため、 | |||
::<math> I_{clamp} = \sum_X G_X (v - E_X)\, </math> | ::<math> I_{clamp} = \sum_X G_X (v - E_X)\, </math> | ||
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::<math>I_{clamp} = G_A (v - E_A)\, </math> | ::<math>I_{clamp} = G_A (v - E_A)\, </math> | ||
となる。これは[[wj:オームの法則|Ohmの法則]]である。ここで''I''<sub>clamp</sub>は実験の測定値、''v''は実験の設定値、''E''<sub>A</sub>は実験条件で定まる定数なので、 | |||
::<math>G_{A} = \frac{I_{clamp}}{v-E_A}\, </math> | ::<math>G_{A} = \frac{I_{clamp}}{v-E_A}\, </math> | ||
の関係式を用いて、実験データよりイオンチャネル''A''のコンダクタンス''G''<sub>A</sub>を算出できることになる。 | の関係式を用いて、実験データよりイオンチャネル''A''のコンダクタンス''G''<sub>A</sub>を算出できることになる。 | ||
== Two-state model: 基礎的な考え方 == | == Two-state model: 基礎的な考え方 == | ||
OpenとClosedの2つの状態がある系で、他の状態に移る率が一定の場合、次の性質がある。<br> | |||
* | *[[wj:指数関数|指数関数]]的に変化し、一定の値に近づいていく。 | ||
*近づく値、変化の速さは、初期条件に依存しない。<br> | *近づく値、変化の速さは、初期条件に依存しない。<br> | ||
以下は数式的な説明。 | |||
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OpenとClosedの2つの状態がある系を考え、Openの状態にある確率を''p''とする。Closedの状態にある確立は, 1-''p''となる。''p''は時刻''t''の関数であり、''p''(''t'')と表わすとする。 | |||
いま状態Closedから状態Openへ移っていく単位時間での割合(速度定数、rate constant)をαとし、状態Openから状態Closedへの速度定数をβとする。 ''p''(''t'')の時間的経過を表わす微分方程式は、 | |||
::<math> \frac{dp(t)}{dt} = \alpha (1-p(t)) - \beta p(t)\, </math> | ::<math> \frac{dp(t)}{dt} = \alpha (1-p(t)) - \beta p(t)\, </math> | ||
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*これらの値''p''(∞)、τは、初期値''p''(0)に依存しない。 | *これらの値''p''(∞)、τは、初期値''p''(0)に依存しない。 | ||
さらに、 | |||
::<math>q(t) = p(t) - \frac{\alpha}{\alpha+\beta}\, </math> | ::<math>q(t) = p(t) - \frac{\alpha}{\alpha+\beta}\, </math> | ||
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とより単純な形式となる。この関係は微分方程式の数値計算でよく用いられる。 | とより単純な形式となる。この関係は微分方程式の数値計算でよく用いられる。 | ||
なお、このTwo-stateモデルは''n''-stateモデルに拡張することが可能であり、拡張された式はMarkov過程のシミュレーション等に用いられている。 | |||
==批判 == | |||
Hodgkin-Huxleyモデルは、比較的少ない数のパラメータで神経軸索の活動電位の発生と伝播を示す事に成功した。しかしその後、イオンチャネルの存在が明らかになり、いろいろな測定が可能になって来ると、Hodgkin-Huxleyモデルでは説明できない事が見つかって来た。 | |||
#ゲート電流(gating current): チャネルタンパクの動きを反映すると考えられるゲート電流の電位依存性は、電流の電位依存性よりも過分極側にずれており、チャネルが最終的に開く過程は電位依存的ではないと推測された。<ref><pubmed>4700900</pubmed></ref> | |||
#Single-channel recording: Na<sup>+</sup>チャネルの開口時間は、Hodgkin-Huxleyモデルで予測されるよりも短く、脱分極から遅れてチャネルが開く場合が観察された。 <ref><pubmed>6316158</pubmed></ref> | |||
#Markov過程モデル: Hodgkin-Huxleyモデルよりもより複雑な過程を示すことの出来るMarkov過程モデルの方が、より詳細なチャネルの性質や、変異による性質の変化を表すことが出来た。 <ref><pubmed>6094703</pubmed></ref> <ref><pubmed>10448858</pubmed></ref> | |||
== 現在におけるHodgkin-Huxleyモデル == | |||
Hodgkin-Huxleyモデルは、チャネルの開閉特性を比較的少ないパラメータでかなり正確に表すことができる点で、今でも高く評価されている。現在広く行われている興奮性細胞(神経細胞、心筋細胞、骨格筋細胞)の電位シミュレーションでは、通常、Hodgkin-Huxleyモデルもしくはそれに類似のモデルが用いられる。Markov過程モデルの方がチャネル分子の動きと関係付けることが容易でありが、Hodgkin-Huxleyモデルの方が計算量の面で効率的である。<br> | |||
== Hodgkin-Huxley方程式を使ってみる == | |||
Hodgkin-Huxley方程式の数値計算には、ノートPCレベルのコンピュータがあれば十分である。基本的には常微分方程式の数値積分なので、C/C++やFortranなどの通常の言語でプログラムを作成すればよい。しかしそのような計算を目的に開発されて来た[http://www.neuron.yale.edu NEURONシミュレータ]を用いると、電位固定でのチャネルの性質や、チャネルを細胞に組み込んだ時の電位の変化などを比較的容易に検証する事が出来る。 | |||
== | ==関連項目== | ||
* [[積分発火モデル]] | |||
== 参考文献 == | |||
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2021年10月2日 (土) 19:15時点における最新版
井本 敬二
自然科学研究機構生理学研究所 生体情報研究系 岡崎国立共同研究機構
DOI:10.14931/bsd.577 原稿受付日:2012年12月7日 原稿完成日:2018年1月4日
担当編集委員:柚崎 通介(慶應義塾大学 医学部生理学)
英語名:Hodgkin-Huxley Equations
Alan Lloyd HodgkinとAndrew Fielding Huxleyはイカの巨大軸索の活動電位を、Na+チャネル、K+チャネルの開閉を実験的に測定し、開閉の非線形な動態を微分方程式を含む数式で表わす事に成功した。これをHodgkin-Huxley方程式という。比較的少ない数のパラメータで神経軸索の活動電位の発生と伝播を示す事に成功した。チャネルの開閉特性を比較的少ないパラメータでかなり正確に表すことができる点で、今でも高く評価されている。現在広く行われている興奮性細胞(神経細胞、心筋細胞、骨格筋など)の電位シミュレーションでは、Hodgkin-Huxley方程式や(Hodgkin-Huxleyモデル)、それに類似のモデルが用いられる。
Hodgkin-Huxley方程式とは
Alan Lloyd Hodgkin (1914-1998)とAndrew Fielding Huxley (1917-2012)は、ともにイギリスの電気生理学者である。イカの巨大軸索における活動電位の発生と伝播を測定し、その解析から現在の電気生理学の基礎となる概念を生み出すとともに、興奮性細胞(神経細胞、心筋細胞、骨格筋細胞など)の電気現象を定量的に扱う道を開いた[1][2] 。HodgkinとHuxleyは、電気生理学の基礎を築いた功績により、同じく電気生理学者のJohn Carew Ecclesと3人で、1963年のノーベル医学・生理学賞を受賞している。
HodgkinとHuxleyの業績の意義は次のように要約できる。
- 活動電位発生時に、ナトリウムイオン(Na+)とカリウムイオン(K+)が、脱分極により開く細胞膜の別々の通路を通ることを示した。この発見はイオンチャネルの存在を予測するものであり、その後のイオンチャネル研究の源となった。なお当時の論文では、イオンチャネルという用語は用いられておらず、コンダクタンスコンダクタンス(イオンの通りやすさ、抵抗の逆数)という用語が使用されている。
- Na+チャネル、K+チャネルの開閉を実験的に測定し、開閉の非線形な動態を微分方程式を含む数式で表した。これらの式はまとめてHodgkin-Huxley方程式と呼ばれる。
- Na+チャネル、K+チャネルおよびLeakチャネルを示す数式を組み合わせ、活動電位の発生・伝播を数値的に再現した。現在行われている興奮性細胞の電位シミュレーションは、要素が増えるなどして複雑になっているが基本は変わらない。
m3hとn4
HodgkinとHuxleyは、電位固定法(voltage-clamp)を用いて活動電位に伴うNa+とK+のコンダクタンスの変化を定量的に解析し、Na+とK+には別々の通り道があることを示した。そしてNa+とK+のコンダクタンスが電位に依存的なゲート(gate)により開閉されると考えた。
- Na+チャネルは3つの活性化ゲートmと不活性化ゲートhにより開閉される。
- K+チャネルは4つの活性化ゲートnにより開閉される。
m、h、nは、ゲートが開いている割合を示し、0と1の間で時間的に変化する変数であり、単純なTwo-stateモデルに従うと仮定されている。mとnは、静止時に閉じており(すなわち0の値をとる)、脱分極した時に開く(すべてが開けば1となる)。一方、hは静止時に開いており脱分極時に閉じる。mとnではなく、m3およびn4としたのは、主に電流の立ち上がりの形をよく再現するためである。
電流はコンダクタンスと電圧に比例する(I = GV; Ohmの法則)。電圧の大きさは、膜電位(v)から細胞膜内外のイオン濃度差による電位(平衡電位; EX)を補正しなくてはならない(v-EX)。 従って、 Na+とK+により担われる電流INaとIKは、Na+とK+の最大コンダクタンスをそれぞれ GmaxNa、GmaxK 、平衡電位をENa、EKとすると、
という式で表される。また膜電位の変化に対してオームの法則に従うコンダクタンスとしてリーク(leak)チャネルを想定した。これは、
と表され、イカ巨大軸索では主にクロライドイオン(Cl-)を通し静止電位保持に主要な役割を果たす。
m、h、nはTwo-stateモデルモデルに従う値である。 開く速度定数αと閉じる速度定数βはいずれも電位に依存する。 HodgkinとHuxleyはm、h、nのそれぞれについていろいろな電位での αとβの値を実験的に測定し、一連のイカ巨大軸索を用いた実験値を便宜的に次の数式で表した。これらの式は何らかの理論から導きだされたものではない。なお注意すべき点として、以下の式で用いられている変数vは、膜電位Vmそのものではなく静止電位を基準とした電位を意味している。またこれらの値は 6.3℃での速度定数であり、他の温度ではQ10=3で補正される。
電位変化
電位固定実験から得られた上記の式を用いると、電位の変化に応じて変化するNa+チャネルとK+チャネルのコンダクタンスを計算することができる。 一方、細胞の電位は、電流の入出により変化する。もし電位の初期条件と電流の時間経過がわかっていれば、電位を計算する事が出来る。これらを組み合わせることにより、細胞の電位の変化を計算できる。この関係は、現在広く行われている興奮性細胞の電位のシミュレーションの基本である。
以下は数式的な説明。
細胞をキャパシタ(コンデンサ)と考える。細胞外液の電位を0とする。膜電位をv、蓄えられる電荷をQ、静電容量(capacitance)をCとすると、
の関係が成り立つ。両辺を時間tで微分すると、
となる。一方、流れる電流Iはすなわち電荷量Qであるから、
ここで右辺にマイナス符号が付くのは、細胞に流れ込む電流を負とする習わしによる。
電流Iは、チャネルを流れる電流の和であるから、
すなわち、
と表され、電流Iと電位Vの関係を示す微分方程式に合わせると、
となる。
電位固定法: 基礎となった技術
Hodgkin-Huxley以前に、電気生理学の実験が行われていなかったわけではない。電流と電位変化に関する研究はかなり多く行われていた。しかしながら、細胞に外部から電流Iextを流すと、電位が変化し、その電位に応じていろいろなイオンチャネルが開口して電流が流れるため、細胞の電位vと外部から流す電流Iextの間の関係は、単純ではない。そこでHodgkinとHuxleyは、 voltage clamp(電位固定法)を用いて、コンダクタンスの変化を測定して解析した。 voltage clampは1940年代にアメリカの生物物理学者Kenneth Cole (1900 - 1984)らにより開発された。
以下は数式的な説明。
外部より電流Iextを流した場合、電位の変化は、次の式で示される。
Xはいろいろな種類のチャネルを示している。
この式から、Iextと電位との関係を理解する事は難しい。しかしvが一定となるような外部電流Iclampを流すと、左辺は0となるため、
という関係が得られる。もし溶液の組成を工夫しさらにチャネルのブロッカーなどを用いて、イオンチャネルAを流れる電流のみを単離して測れたとすると、
となる。これはOhmの法則である。ここでIclampは実験の測定値、vは実験の設定値、EAは実験条件で定まる定数なので、
の関係式を用いて、実験データよりイオンチャネルAのコンダクタンスGAを算出できることになる。
Two-state model: 基礎的な考え方
OpenとClosedの2つの状態がある系で、他の状態に移る率が一定の場合、次の性質がある。
- 指数関数的に変化し、一定の値に近づいていく。
- 近づく値、変化の速さは、初期条件に依存しない。
以下は数式的な説明。
OpenとClosedの2つの状態がある系を考え、Openの状態にある確率をpとする。Closedの状態にある確立は, 1-pとなる。pは時刻tの関数であり、p(t)と表わすとする。
いま状態Closedから状態Openへ移っていく単位時間での割合(速度定数、rate constant)をαとし、状態Openから状態Closedへの速度定数をβとする。 p(t)の時間的経過を表わす微分方程式は、
と表される。αとβが定数であるとして、t =∞で定常状態になれば、
であるから、
となる。また微分方程式は解析的に解けて、
となる。 これらの式は次のことを示している。
- p(t)は指数関数的にp(∞)に近づいていく。
- その時定数(time constant)τは1/(α+β)である。
- これらの値p(∞)、τは、初期値p(0)に依存しない。
さらに、
と表すとすると、
とより単純な形式となる。この関係は微分方程式の数値計算でよく用いられる。
なお、このTwo-stateモデルはn-stateモデルに拡張することが可能であり、拡張された式はMarkov過程のシミュレーション等に用いられている。
批判
Hodgkin-Huxleyモデルは、比較的少ない数のパラメータで神経軸索の活動電位の発生と伝播を示す事に成功した。しかしその後、イオンチャネルの存在が明らかになり、いろいろな測定が可能になって来ると、Hodgkin-Huxleyモデルでは説明できない事が見つかって来た。
- ゲート電流(gating current): チャネルタンパクの動きを反映すると考えられるゲート電流の電位依存性は、電流の電位依存性よりも過分極側にずれており、チャネルが最終的に開く過程は電位依存的ではないと推測された。[3]
- Single-channel recording: Na+チャネルの開口時間は、Hodgkin-Huxleyモデルで予測されるよりも短く、脱分極から遅れてチャネルが開く場合が観察された。 [4]
- Markov過程モデル: Hodgkin-Huxleyモデルよりもより複雑な過程を示すことの出来るMarkov過程モデルの方が、より詳細なチャネルの性質や、変異による性質の変化を表すことが出来た。 [5] [6]
現在におけるHodgkin-Huxleyモデル
Hodgkin-Huxleyモデルは、チャネルの開閉特性を比較的少ないパラメータでかなり正確に表すことができる点で、今でも高く評価されている。現在広く行われている興奮性細胞(神経細胞、心筋細胞、骨格筋細胞)の電位シミュレーションでは、通常、Hodgkin-Huxleyモデルもしくはそれに類似のモデルが用いられる。Markov過程モデルの方がチャネル分子の動きと関係付けることが容易でありが、Hodgkin-Huxleyモデルの方が計算量の面で効率的である。
Hodgkin-Huxley方程式を使ってみる
Hodgkin-Huxley方程式の数値計算には、ノートPCレベルのコンピュータがあれば十分である。基本的には常微分方程式の数値積分なので、C/C++やFortranなどの通常の言語でプログラムを作成すればよい。しかしそのような計算を目的に開発されて来たNEURONシミュレータを用いると、電位固定でのチャネルの性質や、チャネルを細胞に組み込んだ時の電位の変化などを比較的容易に検証する事が出来る。
関連項目
参考文献
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HODGKIN, A.L., & HUXLEY, A.F. (1952).
A quantitative description of membrane current and its application to conduction and excitation in nerve. The Journal of physiology, 117(4), 500-44. [PubMed:12991237] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑ Journal of Physiologyは、Hodgkin & Huxley (1952)論文の60周年を記念して、2012年5月にオンライン版の特別号を出版している。Hogkin & Huxleyおよび関係する論文は、このサイトからリンクされている。
- ↑
Armstrong, C.M., & Bezanilla, F. (1973).
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