「機能的磁気共鳴画像法」の版間の差分

編集の要約なし
 
(同じ利用者による、間の5版が非表示)
13行目: 13行目:


== はじめに ==
== はじめに ==
 機能的磁気共鳴画像とは、[[磁気共鳴画像]] (magnetic resonance imaging; MRI)を用いて生体の[[脳]]や[[脊髄]]を一定時間連続的に撮像し、脳活動(神経活動と[[シナプス]]活動等の総和)と相関するMRI信号の変動を非侵襲的に計測する技術である。
 機能的磁気共鳴画像とは、[[磁気共鳴画像法|磁気共鳴画像]] ([[磁気共鳴画像法|magnetic resonance imaging]]; [[磁気共鳴画像法|MRI]])を用いて生体の[[脳]]や[[脊髄]]を一定時間連続的に撮像し、脳活動(神経活動と[[シナプス]]活動等の総和)と相関するMRI信号の変動を非侵襲的に計測する技術である。


 1990年代の初頭に開発されるやいなや、当時ヒト脳機能イメージング研究手法の主流であった[[ポジトロン断層像]]([[PET]])による血流・代謝測定を置き換えた。現在では、脳機能イメージング研究の代名詞として、健常脳の機能分離や機能連関の理解、あるいは精神・神経疾患の病態生理の解明のため、欠かすことのできないツールとなっている。ただしfMRIは、PETと同様、脳活動の本態である神経細胞の電気化学的活動そのものを測定しているのではなく、脳活動の代用マーカー(surrogate marker)としての局所酸素代謝・血流動態を画像化していることには留意が必要である。また、脳活動に由来するfMRI信号の変動は、脳活動以外の要因による信号変動と比較して必ずしも大きくないため、興味のある脳活動を抽出するために適切な画像・信号処理を行うことも重要である。本項目では、脳機能を解明するツールとしてのfMRIの原理、解析法とそれらを応用した脳科学研究の潮流を概説する。
 1990年代の初頭に開発されるやいなや、当時ヒト脳機能イメージング研究手法の主流であった[[ポジトロン断層法]]([[PET]])による血流・代謝測定を置き換えた。現在では、脳機能イメージング研究の代名詞として、健常脳の機能分離や機能連関の理解、あるいは精神・神経疾患の病態生理の解明のため、欠かすことのできないツールとなっている。ただしfMRIは、PETと同様、脳活動の本態である神経細胞の電気化学的活動そのものを測定しているのではなく、脳活動の代用マーカー(surrogate marker)としての局所酸素代謝・血流動態を画像化していることには留意が必要である。また、脳活動に由来するfMRI信号の変動は、脳活動以外の要因による信号変動と比較して必ずしも大きくないため、興味のある脳活動を抽出するために適切な画像・信号処理を行うことも重要である。本項目では、脳機能を解明するツールとしてのfMRIの原理、解析法とそれらを応用した脳科学研究の潮流を概説する。


[[File:Hanakawa_fMRI_Fig1.png|thumb|right|'''図1. 神経血管連関の模式図'''<br>脳血流(CBF)は動脈〜小動脈(arteriole)から流入し、動脈血中では[[wj:赤血球|赤血球]]の[[wj:ヘモグロビン|ヘモグロビン]]は酸素化(oxy-Hb)されている。<br>刺激がない安静時'''(左)'''であっても、酸素は脳の基礎代謝要求により消費される。酸素は毛細血管で脳組織に供給され、酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb)は、[[wj:常磁性体|常磁性体]]である還元ヘモグロビン(deoxy-Hb)に変わる。<br>外的刺激などによりシナプス入力と神経活動が増加すると'''(右)'''、局所の酸素・エネルギー代謝要求は安静時と比較して増加する。酸素消費により還元ヘモグロビン(常磁性体)が増加するはずだから、局所磁場が乱れて[[磁気共鳴画像法#T2*緩和|T2*]]が短縮するように思われる(陰性BOLD信号)。しかし、神経血管単位は基礎代謝要求の増加を検知して動脈血の流入を要求量以上に増加させるらしい。この過程には[[プロスタグランジン]](PG)や[[一酸化窒素]](NO)が関わっているとされる。これらの影響の総和として、脳活動が増加する部分ではdeoxy-Hbが相対的に薄まって局所磁場が安定し、T2*延長が観察される。多くのfMRI法ではこのT2*の延長を陽性BOLD信号として計測している。]]
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig1.png|thumb|right|'''図1. 神経血管連関の模式図'''<br>脳血流(CBF)は動脈〜小動脈(arteriole)から流入し、動脈血中では[[wj:赤血球|赤血球]]の[[wj:ヘモグロビン|ヘモグロビン]]は酸素化(oxy-Hb)されている。<br>刺激がない安静時'''(左)'''であっても、酸素は脳の基礎代謝要求により消費される。酸素は毛細血管で脳組織に供給され、酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb)は、[[wj:常磁性体|常磁性体]]である還元ヘモグロビン(deoxy-Hb)に変わる。<br>外的刺激などによりシナプス入力と神経活動が増加すると'''(右)'''、局所の酸素・エネルギー代謝要求は安静時と比較して増加する。酸素消費により還元ヘモグロビン(常磁性体)が増加するはずだから、局所磁場が乱れて[[磁気共鳴画像法#T2*緩和|T2*]]が短縮するように思われる(陰性BOLD信号)。しかし、神経血管単位は基礎代謝要求の増加を検知して動脈血の流入を要求量以上に増加させるらしい。この過程には[[プロスタグランジン]](PG)や[[一酸化窒素]](NO)が関わっているとされる。これらの影響の総和として、脳活動が増加する部分ではdeoxy-Hbが相対的に薄まって局所磁場が安定し、T2*延長が観察される。多くのfMRI法ではこのT2*の延長を陽性BOLD信号として計測している。]]
== 原理 ==
== 原理 ==
=== BOLD信号の発見 ===
=== BOLD信号の発見 ===
33行目: 34行目:
 脳活動とBOLD信号の相関関係は、外的刺激や課題の無い安静時にも観察される。そもそも課題遂行では脳の酸素代謝は数%しか増えず、脳のエネルギーは課題の無い(task free)安静時(resting state)の活動に大半が消費されている。これは脳が安静時にも組織的かつ活発な自発活動を示すことによる。
 脳活動とBOLD信号の相関関係は、外的刺激や課題の無い安静時にも観察される。そもそも課題遂行では脳の酸素代謝は数%しか増えず、脳のエネルギーは課題の無い(task free)安静時(resting state)の活動に大半が消費されている。これは脳が安静時にも組織的かつ活発な自発活動を示すことによる。


 1990年代後半のPET研究により、[[内側前頭前野]]、[[後部帯状回]]や両側[[外側頭頂葉]]などは、課題遂行時と比べて安静時にむしろ脳血流が増加することが知られていた<ref><pubmed> 25938726</pubmed></ref>。安静時に著明な自発的神経活動を示すこれらの領域は、[[Marcus Raichle|Raichle]]により[[デフォルトモードネットワーク]](default mode network, DMN)と名づけられ、基底状態の脳の統合性に関わる内因性機構として提唱された。一方で、Biswalは1995年に安静状態のfMRIを解析し、両側[[運動感覚野]]の信号が主に0.1Hz以下の低い周波数(f)帯域において1/fのパターンで同期していることを見出していた<ref name=Biswal1995><pubmed> 8524021</pubmed></ref>。このようなfMRI信号同期は、[[安静状態神経ネットワーク]](resting-state network, RSN)が有する機能結合(functional connectivity, FC)を反映すると考えられた。さらに興味深いことに、安静時fMRIにより、Raichleの提唱したDMN内の脳領域間には強い機能結合が存在することがわかった<ref><pubmed> 12506194</pubmed></ref>。このように2つの独立した研究の潮流が融合したことで、安静時fMRIを用いて局所の自発脳活動と領域間の機能結合状態を評価できる可能性に大きな注目が集まった。その後、安静時fMRIの信号同期性がサル脳における神経連絡性に対応していることも判明した<ref name=Ogawa1990></ref>。
 1990年代後半のPET研究により、[[内側前頭前野]]、[[後部帯状回]]や両側[[外側頭頂葉]]などは、課題遂行時と比べて安静時にむしろ脳血流が増加することが知られていた<ref><pubmed> 25938726</pubmed></ref>。安静時に著明な自発的神経活動を示すこれらの領域は、[[w:Marcus Raichle|Raichle]]により[[デフォルトモードネットワーク]](default mode network, DMN)と名づけられ、基底状態の脳の統合性に関わる内因性機構として提唱された。一方で、Biswalは1995年に安静状態のfMRIを解析し、両側[[運動感覚野]]の信号が主に0.1Hz以下の低い周波数(f)帯域において1/fのパターンで同期していることを見出していた<ref name=Biswal1995><pubmed> 8524021</pubmed></ref>。このようなfMRI信号同期は、[[安静状態神経ネットワーク]](resting-state network, RSN)が有する機能結合(functional connectivity, FC)を反映すると考えられた。さらに興味深いことに、安静時fMRIにより、Raichleの提唱したDMN内の脳領域間には強い機能結合が存在することがわかった<ref><pubmed> 12506194</pubmed></ref>。このように2つの独立した研究の潮流が融合したことで、安静時fMRIを用いて局所の自発脳活動と領域間の機能結合状態を評価できる可能性に大きな注目が集まった。その後、安静時fMRIの信号同期性がサル脳における神経連絡性に対応していることも判明した<ref name=Ogawa1990></ref>。


 現在、安静時fMRIの同期現象は、神経連絡を持つ遠隔領域間で同期して発生する自発性のシナプス・神経活動(及びこれらに伴うBOLD効果)に基づいていると考えられている。領域間の同期の詳細を知るための解析手法の改善、覚醒時の基底状態としての意識との関連、精神疾患や[[認知症]]などの病態との関連、神経連絡性との対応などについて研究が進んでいる。
 現在、安静時fMRIの同期現象は、神経連絡を持つ遠隔領域間で同期して発生する自発性のシナプス・神経活動(及びこれらに伴うBOLD効果)に基づいていると考えられている。領域間の同期の詳細を知るための解析手法の改善、覚醒時の基底状態としての意識との関連、精神疾患や[[認知症]]などの病態との関連、神経連絡性との対応などについて研究が進んでいる。
99行目: 100行目:
 脳コネクトームには様々な空間スケールがありうる。全脳を観察できるfMRIでは、脳領域間機能結合の正方行列を計算することで、全脳レベル(macroscale)の機能的コネクトーム解析が可能である。fMRIでは各脳領域間の連絡の強さの指標を機能結合(functional connetivity, FC)と呼ぶ。FCの産出法としては領域間の時系列信号の[[wj:ピアソン相関係数|ピアソン相関係数]]が良く使われる<ref name=Biswal1995></ref>。ある特定の脳領域を関心領域(シード)として設定し、相手方の関心領域(または体素)を、全脳に渡って隙間なく設定した相関解析を行えば、特定のシードに対する脳全体の機能結合マップが得られる。例えば、安静時fMRI解析において後部帯状回に関心領域を設定すれば、PETで見られたデフォルトモードネットワークが安静状態神経ネットワークとして抽出できる<ref><pubmed> 12506194</pubmed></ref><ref><pubmed> 17476267</pubmed></ref>。さらにシードを全脳の関心領域すべてに設定することで、多対多の網羅的な機能結合、すなわち機能的コネクトームが算出できる。
 脳コネクトームには様々な空間スケールがありうる。全脳を観察できるfMRIでは、脳領域間機能結合の正方行列を計算することで、全脳レベル(macroscale)の機能的コネクトーム解析が可能である。fMRIでは各脳領域間の連絡の強さの指標を機能結合(functional connetivity, FC)と呼ぶ。FCの産出法としては領域間の時系列信号の[[wj:ピアソン相関係数|ピアソン相関係数]]が良く使われる<ref name=Biswal1995></ref>。ある特定の脳領域を関心領域(シード)として設定し、相手方の関心領域(または体素)を、全脳に渡って隙間なく設定した相関解析を行えば、特定のシードに対する脳全体の機能結合マップが得られる。例えば、安静時fMRI解析において後部帯状回に関心領域を設定すれば、PETで見られたデフォルトモードネットワークが安静状態神経ネットワークとして抽出できる<ref><pubmed> 12506194</pubmed></ref><ref><pubmed> 17476267</pubmed></ref>。さらにシードを全脳の関心領域すべてに設定することで、多対多の網羅的な機能結合、すなわち機能的コネクトームが算出できる。


 このような機能的コネクトーム解析を行う際には、通常のピアソンの相関係数ではなく[[wj:偏相関分析|偏相関分析]](partial correlation)を用いることで、2領域間に固有性の高いFCを評価できることが示唆されている<ref><pubmed> 22248579</pubmed></ref>。また機能的コネクトームを用いた新たな機能結合性モデルの提唱や、より高次な解析への展開([[wj:グラフ理論|グラフ理論]]、独立成分分析、機械学習など)、他の指標や測定(脳波や臨床兆候など)との関連付け、疾患バイオマーカーの探索等の様々な研究も行われている。一方でヒトの脳コネクトーム研究単独では結果の妥当性の検証が難しいため、動物脳での検証も重要であり、例えば[[神経連絡トレーサー]]と機能的結合の比較は重要な課題である。
 このような機能的コネクトーム解析を行う際には、通常のピアソンの相関係数ではなく[[wj:偏相関分析|偏相関分析]](partial correlation)を用いることで、2領域間に固有性の高いFCを評価できることが示唆されている<ref><pubmed> 22248579</pubmed></ref>。また機能的コネクトームを用いた新たな機能結合性モデルの提唱や、より高次な解析への展開([[wj:グラフ理論|グラフ理論]]、独立成分分析、機械学習など)、他の指標や測定(脳波や臨床兆候など)との関連付け、疾患バイオマーカーの探索等の様々な研究も行われている。一方でヒトの脳コネクトーム研究単独では結果の妥当性の検証が難しいため、動物脳での検証も重要であり、例えば[[神経連絡トレーサー]]と[[機能的結合]]の比較は重要な課題である。


[[File:Hanakawa_fMRI_Fig6.png|thumb|'''図6. 安静時fMRI画像を前処置後、独立成分分析により得たDMN'''<br>後部帯状回を中心とし頭頂葉、前頭前野前内側部を含むデフォルトモードネットワーク(DMN)。左上は膨らました皮質表面にマッピングしたもの、右上は軸断像に表示、および同ネットワークの信号変化(左下)および周波数分析結果(右下)。周波数0.01-0.1Hzに高いパワーを持つネットワーク活動である。'''図3'''と同じfMRIデータで、動き補正・ノイズ処理を行ったあとに得られたもの。]]
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig6.png|thumb|'''図6. 安静時fMRI画像を前処置後、独立成分分析により得たDMN'''<br>後部帯状回を中心とし頭頂葉、前頭前野前内側部を含むデフォルトモードネットワーク(DMN)。左上は膨らました皮質表面にマッピングしたもの、右上は軸断像に表示、および同ネットワークの信号変化(左下)および周波数分析結果(右下)。周波数0.01-0.1Hzに高いパワーを持つネットワーク活動である。'''図3'''と同じfMRIデータで、動き補正・ノイズ処理を行ったあとに得られたもの。]]
106行目: 107行目:
independent component analysis
independent component analysis


 独立成分分析はデータ駆動型の解析でありブラインド信号分離の技術として多くの分野で活用されている。[[wj:主成分分析|主成分分析]](principle component analysis, PCA)と比べ、データマイニングの手法として柔軟であると考えられている。主成分分析では無相関、つまりベクトルとして直交する成分のセットが解析的に一意に定まる。これに対し独立成分分析では、互いに他の情報を持たないという特性(独立性)が大きくなるよう成分を分離する。無相関であっても独立ではないことがあるから、独立性は相関性よりも柔軟な条件である。確率変数としてデータの空間的な分布を採るか、経時変化を採るかによって、空間的独立成分分析と時間的独立成分分析が可能である。fMRIデータが空間的に高次元であることから、初期のfMRIでの活用は空間的独立成分分析により数十個の独立成分を求めるものであった。神経解剖学的に解釈可能な皮質ネットワークを得ることができデフォルトモードネットワークの同定にも使用される('''図6''')。独立成分分析は従前から脳波など電気生理データのノイズ除去に利用されてきたが、機械学習判別によって個人レベルのfMR元データから構造ノイズ成分を除去する前処理過程にも独立成分分析が利用されている(fMRIデータの前処理の項参照)。
 [[wj:独立成分分析|独立成分分析]]はデータ駆動型の解析でありブラインド信号分離の技術として多くの分野で活用されている。[[wj:主成分分析|主成分分析]](principle component analysis, PCA)と比べ、データマイニングの手法として柔軟であると考えられている。主成分分析では無相関、つまりベクトルとして直交する成分のセットが解析的に一意に定まる。これに対し独立成分分析では、互いに他の情報を持たないという特性(独立性)が大きくなるよう成分を分離する。無相関であっても独立ではないことがあるから、独立性は相関性よりも柔軟な条件である。確率変数としてデータの空間的な分布を採るか、経時変化を採るかによって、空間的独立成分分析と時間的独立成分分析が可能である。fMRIデータが空間的に高次元であることから、初期のfMRIでの活用は空間的独立成分分析により数十個の独立成分を求めるものであった。神経解剖学的に解釈可能な皮質ネットワークを得ることができデフォルトモードネットワークの同定にも使用される('''図6''')。独立成分分析は従前から脳波など電気生理データのノイズ除去に利用されてきたが、機械学習判別によって個人レベルのfMR元データから構造ノイズ成分を除去する前処理過程にも独立成分分析が利用されている(fMRIデータの前処理の項参照)。
   
   
 また、空間的標準化を行った後、複数の個人の安静時fMRIに空間的独立成分分析を適応することで、個人間に共通のネットワークを同定し(グループ独立成分分析)、グループとしての安静状態神経ネットワークを検出することも可能である。さらにこのグループRSNの各個人のデータへのあてはめ(一般線形モデル)を、時間と空間について2回行うことで、個人毎のRSNが得られる。この個人毎の安静状態神経ネットワークを用いた集団解析が可能であり<ref><pubmed> 28348512</pubmed></ref>、病態解明への応用研究も進んでいる。最近は時間分解能の高いfMRIデータが取得されるようになってきたことで、時間的ICAの応用も進み、空間的に重なり合う成分や神経連絡性とも合致する成分の抽出<ref><pubmed> 22323591</pubmed></ref>や、脳全体の広範なノイズの検出に有用であることが分かってきている。ただし独立成分分析の結果の解釈には数学的な仮定(例えば次元数や線形性等)と脳のシステム・神経-血管連関・画像ノイズの妥当性や検証に留意する必要がある<ref><pubmed> 11559959</pubmed></ref>。
 また、空間的標準化を行った後、複数の個人の安静時fMRIに空間的独立成分分析を適応することで、個人間に共通のネットワークを同定し(グループ独立成分分析)、グループとしての安静状態神経ネットワークを検出することも可能である。さらにこのグループRSNの各個人のデータへのあてはめ(一般線形モデル)を、時間と空間について2回行うことで、個人毎のRSNが得られる。この個人毎の安静状態神経ネットワークを用いた集団解析が可能であり<ref><pubmed> 28348512</pubmed></ref>、病態解明への応用研究も進んでいる。最近は時間分解能の高いfMRIデータが取得されるようになってきたことで、時間的ICAの応用も進み、空間的に重なり合う成分や神経連絡性とも合致する成分の抽出<ref><pubmed> 22323591</pubmed></ref>や、脳全体の広範なノイズの検出に有用であることが分かってきている。ただし独立成分分析の結果の解釈には数学的な仮定(例えば次元数や線形性等)と脳のシステム・神経-血管連関・画像ノイズの妥当性や検証に留意する必要がある<ref><pubmed> 11559959</pubmed></ref>。
113行目: 114行目:
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig7.png|thumb|right|'''図7. ヒト大脳皮質の領域分画化'''<br>マルチモーダルMRI画像(ミエリンコントラスト、安静時機能的連絡性、課題遂行時活動など)を用いて、皮質表面上で機能構築を位置合わせし、皮質表面上で急激に変化する(傾斜が高い)部位を分画の境界線として設定して作成された<ref name= Glasser2016b><pubmed> 27437579</pubmed></ref>。本分画は一般公開されており誰でも利用できる[https://balsa.wustl.edu/976l8]]]
[[File:Hanakawa_fMRI_Fig7.png|thumb|right|'''図7. ヒト大脳皮質の領域分画化'''<br>マルチモーダルMRI画像(ミエリンコントラスト、安静時機能的連絡性、課題遂行時活動など)を用いて、皮質表面上で機能構築を位置合わせし、皮質表面上で急激に変化する(傾斜が高い)部位を分画の境界線として設定して作成された<ref name= Glasser2016b><pubmed> 27437579</pubmed></ref>。本分画は一般公開されており誰でも利用できる[https://balsa.wustl.edu/976l8]]]


 1990年後半からfMRI研究は飛躍的に世界中に広まり多くの成果をあげてきた。その間に基礎となるMRI技術も大きく進展し、質の高いデータが得られるようになった。初期の研究の興味は脳の機能局在・分離の同定にあったが、2010年代以後はネットワークとしての脳の解明に興味がシフトした<ref><pubmed> 22481337</pubmed></ref>。一つの研究が扱うfMRIデータの数も、数10人から数百人、数万人の規模へと拡大し、種としてのヒトの脳機能構築やその複雑性の理解、個体差の理解へと興味が広がった。2010年から2016年まで、米国NIHの支援により大規模研究プロジェクトHuman Connectome Project(HCP)が行われた。このプロジェクトでは、[[wj:ワシントン大学|ワシントン大学]]セントルイス医学校および[[wj:オックスフォード大学|オックスフォード大学]]が中心となり約1200名の健康な若年成人被験者を対象として、安静時fMRI、標準的な課題を用いた課題fMRI、構造MRI(T1・T2強調画像)、[[拡散強調画像]]を撮像し、脳内の機能的結合と構造的結合について統合的に解析を進めた。このプロジェクトは(1)質が高い画像データを大量に取得する、(2)空間分解能を犠牲にすることなくデータを処理する手法を開発する、(3)FACT、すなわち皮質機能(Function)・連絡性(Connectivity)、構造(Architecture)、位置(Topography)の情報を統合した脳の領域分割(parcellation)を行う、(4)取得した生データ、解析データ、データ解析に必要なプログラム・コードを無料で公開する、といった多くの野心的な目標を達成し、現在も世界のMRI脳科学研究に大きな影響を与え続けている。
 1990年後半からfMRI研究は飛躍的に世界中に広まり多くの成果をあげてきた。その間に基礎となるMRI技術も大きく進展し、質の高いデータが得られるようになった。初期の研究の興味は脳の機能局在・分離の同定にあったが、2010年代以後はネットワークとしての脳の解明に興味がシフトした<ref><pubmed> 22481337</pubmed></ref>。一つの研究が扱うfMRIデータの数も、数10人から数百人、数万人の規模へと拡大し、種としてのヒトの脳機能構築やその複雑性の理解、個体差の理解へと興味が広がった。2010年から2016年まで、米国NIHの支援により大規模研究プロジェクトHuman Connectome Project(HCP)が行われた。このプロジェクトでは、[[wj:セントルイス・ワシントン大学|ワシントン大学セントルイス医学校]]および[[wj:オックスフォード大学|オックスフォード大学]]が中心となり約1200名の健康な若年成人被験者を対象として、安静時fMRI、標準的な課題を用いた課題fMRI、構造MRI(T1・T2強調画像)、[[拡散強調画像]]を撮像し、脳内の機能的結合と構造的結合について統合的に解析を進めた。このプロジェクトは(1)質が高い画像データを大量に取得する、(2)空間分解能を犠牲にすることなくデータを処理する手法を開発する、(3)FACT、すなわち皮質機能(Function)・連絡性(Connectivity)、構造(Architecture)、位置(Topography)の情報を統合した脳の領域分割(parcellation)を行う、(4)取得した生データ、解析データ、データ解析に必要なプログラム・コードを無料で公開する、といった多くの野心的な目標を達成し、現在も世界のMRI脳科学研究に大きな影響を与え続けている。


 特にFACT法は片側半球を180領域に分割することに成功し<ref name= Glasser2016b><pubmed> 27437579</pubmed></ref>、100年以上続くヒト脳の機能分画の歴史の中で初めて非侵襲手法により生きた個人の脳地図を作成することに成功した('''図7''')。こうした技術をさらに発展・拡張させ、脳の個体差の検出や、疾患の診断技術の開発が期待されており、更に規模の大きな研究プロジェクトが各国で推進されている([[w:UK Biobank|UKバイオバンク]]、[https://www.addictionresearch.nih.gov/abcd-study ABCD Study]など)。また動物モデルへの技術展開も進めることで動物種を超えた脳のシステムの解明や、適切な動物疾患モデルの開発や評価法検証も期待される。
 特にFACT法は片側半球を180領域に分割することに成功し<ref name= Glasser2016b><pubmed> 27437579</pubmed></ref>、100年以上続くヒト脳の機能分画の歴史の中で初めて非侵襲手法により生きた個人の脳地図を作成することに成功した('''図7''')。こうした技術をさらに発展・拡張させ、脳の個体差の検出や、疾患の診断技術の開発が期待されており、更に規模の大きな研究プロジェクトが各国で推進されている([[w:UK Biobank|UKバイオバンク]]、[https://www.addictionresearch.nih.gov/abcd-study ABCD Study]など)。また動物モデルへの技術展開も進めることで動物種を超えた脳のシステムの解明や、適切な動物疾患モデルの開発や評価法検証も期待される。