「注意欠如・多動性障害」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
 
(同じ利用者による、間の4版が非表示)
3行目: 3行目:
''東京大学大学院医学系研究科''<br>
''東京大学大学院医学系研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年6月3日 原稿完成日:2015年6月5日 改訂日:2022年4月5日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年6月3日 原稿完成日:2015年6月5日 改訂日:2022年4月5日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学/医学部精神医学講座)<br>
</div>
</div>


12行目: 12行目:
同義語:注意欠陥・多動性障害、注意欠如・多動症
同義語:注意欠陥・多動性障害、注意欠如・多動症


{{box|text= 注意欠如・多動性障害は、不注意、多動性、衝動性という症状で定義され、12歳以前から症状を認める発達障害である。様々な精神疾患を併発することも特徴の一つである。成人後も機能障害が残存する場合が少なくないことが明らかになり、成人での診断・治療にも関心が高まっている。歴史的に早い時期から脳機能障害と認識されており、それを踏まえた病態モデルが検討されてきた。実行機能及び報酬系の障害に加えて、最近では時間的処理や情動制御の障害も想定されている。治療は、本人及び親をはじめとする周囲の人々がADHDの特性を適切に理解して対応できるようにする心理社会的治療と薬物療法が中心である。}}
{{box|text= 注意欠如・多動性障害は、不注意、多動性、衝動性という症状で定義され、12歳以前から症状を認める発達障害である。様々な精神疾患を併存することも特徴の一つである。成人後も機能障害が残存する場合が少なくないことが明らかになり、成人での診断・治療にも関心が高まっている。歴史的に早い時期から脳機能障害と認識されており、それを踏まえた病態モデルが検討されてきた。実行機能及び報酬系の障害に加えて、最近では時間的処理や情動制御の障害も想定されている。治療は、本人及び親をはじめとする周囲の人々がADHDの特性を適切に理解して対応できるようにする心理社会的治療と薬物療法が中心である。}}


==歴史と概念の変遷==
==歴史と概念の変遷==
19行目: 19行目:
 この延長線上で、1947年にStraussとLehtinenは「brain-injured child(脳損傷児)」概念を提唱した。その後、脳損傷が証明できないとして「minimal brain damage: MBD(微細脳損傷)」、さらには「minimal brain dysfunction: MBD(微細脳機能障害)」という名称が提唱された。
 この延長線上で、1947年にStraussとLehtinenは「brain-injured child(脳損傷児)」概念を提唱した。その後、脳損傷が証明できないとして「minimal brain damage: MBD(微細脳損傷)」、さらには「minimal brain dysfunction: MBD(微細脳機能障害)」という名称が提唱された。


 1960年代になると、MBD概念に代わって症状に注目されるようになった。1968年に[[wj:アメリカ精神医学会|アメリカ精神医学会]]から出版された「[[wj:精神疾患の診断・統計マニュアル第2版|精神疾患の診断・統計マニュアル第2版]]([[DSM-II]])」は初めて子どもの[[精神障害]]を記載し、その中には「hyperkinetic reaction of childhood(小児期の多動性反応)」が含まれていた。1970年代になると、多動に加えて、注意の持続や衝動のコントロールも重視されるようになり、1980年に出版された[[DSM-III]]では「attention deficit disorder(注意欠陥障害)」という概念が提唱された。その後、不注意、多動性、衝動性が主症状として確立して、2013年に出版された[[DSM-5]]では「attention-deficit/hyperactivity disorder(注意欠如・多動性障害/注意欠如・多動症): ADHD」という概念となっている。また、ADHDは[[DSM-5]]で新たに形成された「neurodevelopmental disorders([[神経発達症]]群/[[神経発達障害]]群)」に含まれ、[[発達障害]]として明確に位置づけられるようになった。
 1960年代になると、MBD概念に代わって症状に注目されるようになった。1968年に[[wj:アメリカ精神医学会|アメリカ精神医学会]]から出版された「[[精神疾患の診断・統計マニュアル第2版]]([[DSM-II]])」は初めて子どもの[[精神障害]]を記載し、その中には「hyperkinetic reaction of childhood(小児期の多動性反応)」が含まれていた。1970年代になると、多動に加えて、注意の持続や衝動のコントロールも重視されるようになり、1980年に出版された[[DSM-III]]では「attention deficit disorder(注意欠陥障害)」という概念が提唱された。その後、不注意、多動性、衝動性が主症状として確立して、2013年に出版された[[DSM-5]]では「attention-deficit/hyperactivity disorder(注意欠如・多動性障害/注意欠如・多動症): ADHD」という概念となっている。また、ADHDは[[DSM-5]]で新たに形成された「neurodevelopmental disorders([[神経発達症]]群/[[神経発達障害]]群)」に含まれ、[[発達障害]]として明確に位置づけられるようになった。


 なお、[[wj:世界保健機関|世界保健機関]]による「[[wj:精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン第10版|精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン第10版]]([[ICD-10]])」にはADHDという診断名はない。「[[hyperkinetic disorders]](多動性障害)」が存在し、注意の障害と多動が基本的な特徴とされ、不注意および多動性―衝動性の両方ともが目立つADHDと近似している。
 なお、[[wj:世界保健機関|世界保健機関]]による「[[精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン第10版]]([[ICD-10]])」にはADHDという診断名はない。「[[hyperkinetic disorders]](多動性障害)」が存在し、注意の障害と多動が基本的な特徴とされ、不注意および多動性―衝動性の両方ともが目立つADHDと近似している。


==症状==
==症状==
93行目: 93行目:


==疫学==
==疫学==
 ADHDの頻度は、DSM-5では子どもで約5%、成人で約2.5%とされている。[[wj:アメリカ疾病管理予防センター|アメリカ疾病管理予防センター]]([w:Centers for Disease Control and Prevention|Centers for Disease Control and Prevention]]: CDC)の報告によると、ADHDと診断された4~17歳の子どもが2011年に11.0%であり、2003年に7.8%であったのと比べて大きく増加している<ref>[http://www.cdc.gov/ncbddd/adhd/prevalence.html Centers for Disease Control and Prevention]</ref>。日本では通常の学級に在籍する児童生徒に関する質問紙調査でADHD症状を有する割合が3.1%との報告があり、アメリカよりも若干低いかもしれない<ref>[http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/__icsFiles/afieldfile/2012/12/10/1328729_01.pdf 文部科学省]</ref>。性別では、女性よりも男性に多く、子どもでその傾向が強い。女性では男性より不注意が目立つ。
 ADHDの頻度は、DSM-5では子どもで約5%、成人で約2.5%とされている。[[wj:アメリカ疾病管理予防センター|アメリカ疾病管理予防センター]]([[w:Centers for Disease Control and Prevention|Centers for Disease Control and Prevention]]: CDC)の報告によると、ADHDと診断された4~17歳の子どもが2011年に11.0%であり、2003年に7.8%であったのと比べて大きく増加している<ref>[http://www.cdc.gov/ncbddd/adhd/prevalence.html Centers for Disease Control and Prevention]</ref>。日本では通常の学級に在籍する児童生徒に関する質問紙調査でADHD症状を有する割合が3.1%との報告があり、アメリカよりも若干低いかもしれない<ref>[http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/__icsFiles/afieldfile/2012/12/10/1328729_01.pdf 文部科学省]</ref>。性別では、女性よりも男性に多く、子どもでその傾向が強い。女性では男性より不注意が目立つ。


==病因・病態==
==病因・病態==
135行目: 135行目:


===薬物療法===
===薬物療法===
 日本でADHD治療薬として子どもと成人への適応が承認されている薬物は、[[中枢神経刺激薬]]である[[メチルフェニデート]]徐放剤と[[リスデキサンフェタミンメシル酸塩]]、[[選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害剤]]である[[アトモキセチン]]、及び[[選択的α2Aアドレナリン受容体作動薬|選択的α<sub>2A</sub>アドレナリン受容体作動薬]]である[[グアンファシン塩酸塩]]徐放剤である。リスデキサンフェタミンメシル酸塩は子ども(6歳以上18歳未満)のみに承認されているが、他の3剤は子どもにも成人にも承認されている。中枢神経刺激薬の2剤はADHD適正流通管理システムで管理されており、登録医しか処方ができず、処方する毎に各患者について処方を登録する必要がある。2剤とも[[ドーパミ]]ン及び[[ノルアドレナリン]]の再取り込み阻害作用があるが、リスデキサンフェタミンメシル酸塩はドーパミン及びノルアドレナリンの遊離促進作用も有している。4剤のうちでメチルフェニデートとアトモキセチンは小児のADHDへの適用が承認されてから10年以上が経過しており、使用経験が蓄積されている。メチルフェニデートの方がアトモキセチンよりも速やかに効果が発現する。メチルフェニデートは、[[実行機能]]と[[報酬系]]の障害への作用が期待されるが、[[依存]]やチックを誘発する恐れがある。一方、アトモキセチンは、主として実行機能の障害に作用して、依存やチックの誘発の危険はない。メチルフェニデートの副作用としては、上記の他に[[睡眠]]障害、食欲低下が高率であり、[[けいれん]]閾値の低下にも留意を要する。MTA研究では長期的に身長が3cm弱低くなったという。アトモキセチンの副作用としては、[[頭痛]]、食欲低下、傾眠があげられる。また、グアンファシンの副作用としては、血圧低下、傾眠、頭痛、[[めまい]]が、リスデキサンフェタミンメシル酸塩の副作用としては、食欲低下、[[不眠]]、頭痛があげられる。
 日本でADHD治療薬として子どもと成人への適応が承認されている薬物は、[[中枢神経刺激薬]]である[[メチルフェニデート]]徐放剤と[[リスデキサンフェタミンメシル酸塩]]、[[選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害剤]]である[[アトモキセチン]]、及び選択的[[α2Aアドレナリン受容体|α<sub>2A</sub>アドレナリン受容体]]作動薬である[[グアンファシン塩酸塩]]徐放剤である。リスデキサンフェタミンメシル酸塩は子ども(6歳以上18歳未満)のみに承認されているが、他の3剤は子どもにも成人にも承認されている。中枢神経刺激薬の2剤はADHD適正流通管理システムで管理されており、登録医しか処方ができず、処方する毎に各患者について処方を登録する必要がある。2剤とも[[ドーパミン]]及び[[ノルアドレナリン]]の再取り込み阻害作用があるが、リスデキサンフェタミンメシル酸塩はドーパミン及びノルアドレナリンの遊離促進作用も有している。4剤のうちでメチルフェニデートとアトモキセチンは小児のADHDへの適用が承認されてから10年以上が経過しており、使用経験が蓄積されている。メチルフェニデートの方がアトモキセチンよりも速やかに効果が発現する。メチルフェニデートは、[[実行機能]]と[[報酬系]]の障害への作用が期待されるが、[[依存]]やチックを誘発する恐れがある。一方、アトモキセチンは、主として実行機能の障害に作用して、依存やチックの誘発の危険はない。メチルフェニデートの副作用としては、上記の他に[[睡眠]]障害、食欲低下が高率であり、[[けいれん]]閾値の低下にも留意を要する。MTA研究では長期的に身長が3cm弱低くなったという。アトモキセチンの副作用としては、[[頭痛]]、食欲低下、傾眠があげられる。また、グアンファシンの副作用としては、血圧低下、傾眠、頭痛、[[めまい]]が、リスデキサンフェタミンメシル酸塩の副作用としては、食欲低下、[[不眠]]、頭痛があげられる。


 日本では適応外であるが、[[アドレナリンα2受容体|アドレナリンα<sub>2</sub>受容体]][[作動薬]]であるクロニジンもADHDに有効とされる。[[イミプラミン]]、[[ノルトリプチリン]]という[[三環系抗うつ薬]]もADHDに使用されてきた。
 日本では適応外であるが、[[アドレナリンα2受容体|アドレナリンα<sub>2</sub>受容体]]であるクロニジンもADHDに有効とされる。[[イミプラミン]]、[[ノルトリプチリン]]という[[三環系抗うつ薬]]もADHDに使用されてきた。


 攻撃性や情動不安定が目立つ場合には、[[抗精神病薬]]や[[気分安定薬]]が使用されることもある。
 攻撃性や情動不安定が目立つ場合には、[[抗精神病薬]]や[[気分安定薬]]が使用されることもある。