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DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2022年9月22日 原稿完成日:2022年12月1日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/kojiyamanaka 山中 宏二](名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学) | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/kojiyamanaka 山中 宏二](名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学)<br> | ||
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英:spinal muscular atrophy 独:spinale Muskelatrophie 仏:amyotrophie spinale<br> | |||
英略語:SMA<br> | |||
{{box|text= 脊髄性筋萎縮症は進行性の筋力低下を呈する遺伝性の神経変性疾患で、脊髄前角の運動ニューロンの減少を特徴とする。 小児期に発症する原因遺伝子の最多のものはSMN1遺伝子の欠損か変異による常染色体劣性(潜性)のものであり、治療は支持療法と、疾患修飾治療薬の投与とがある。成人期以降は、複数の原因遺伝子が報告されており、 治療は支持療法である。}} | |||
== 脊髄性筋萎縮症とは == | |||
脊髄性筋萎縮症は進行性の筋力低下を呈する遺伝性の[[神経変性疾患]]で、[[脊髄]][[前角]]の[[運動ニューロン]]の減少を特徴とする<ref name=Kolb2011><pubmed>21482919</pubmed></ref>。1891年に[[w:Guido Werdnig|Guido Werdnig]] による乳児例が最初の報告である。その後、発症時期によってI-IV型に分類された('''表''')。 | |||
==== I型 ==== | |||
運動発達の遅れが生後半年までにみられることが多く、生涯にわたって坐位を獲得できない。7ヶ月までに[[人工呼吸器]]装着または死亡に至り、人工呼吸器を使用した場合も多くが1歳半までに死亡する。 | |||
==== II型 ==== | |||
立位を獲得できず、関節拘縮と[[側弯]]を合併しやすく、上気道感染をきたしやすい。 | |||
==== III型、IV型 ==== | |||
歩行は獲得できるが、加齢ととともに[[筋力低下]]と[[歩行障害]]をきたす<ref name=Cances2022><pubmed>35906608</pubmed></ref>。 | |||
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|+表. 脊髄性筋萎縮症の臨床分類 | |||
! !! 発症時期 !! 別名 !! 臨床症状 !! 自然歴の予後 | |||
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! I 型:重症型 | |||
| ~6か月 || [[Werdnig-Hoffmann病]] || [[floppy infant]]で出生。[[嚥下障害]]、[[呼吸不全]]。 || 呼吸器を用いなければ18か月までに死亡 | |||
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! II 型:中間型 | |||
| 6か月~1才6か月 || [[Dubowitz病]] || 立位未獲得。進行すると関節拘縮と側弯。 || 呼吸障害、肺炎により死亡することがある。 | |||
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! III 型:軽症型 | |||
| 1才6か月~20歳 || [[Kugelberg-Welander病]] || 立位獲得、歩行障害。 || 進行すると[[上肢]]筋力低下。 | |||
|- | |||
! IV型:成人型 | |||
| 20歳~ || || 歩行障害。 || 発病が遅いほど緩徐進行。 | |||
|} | |||
1995年に乳児型脊髄性筋萎縮症の責任遺伝子として、第5染色体に存在する(survival motor neuron、以下SMN)遺伝子の[[SMN1]]が同定され('''図1''')、主に小児期に発症する症例は、SMN1の異常を病因遺伝子を持つことが報告された<ref name=Lefebvre1995><pubmed>7813012</pubmed></ref>。SMN1遺伝子異常を持つ脊髄性筋萎縮症を、SMN1の染色体位置により5q型と呼ぶ。一方、SMN1遺伝子以外の原因遺伝子を持つ脊髄性筋萎縮症をnon 5q型と呼ぶ。原因遺伝子としては、多数の遺伝子が報告されている<ref name=Peeters2014><pubmed>24970098</pubmed></ref>。5q型は、遺伝子診断されれば、のちに述べる補充療法の適応になる。 | |||
臨床病型(I~IV型)別の、5q型の割合は、年齢が低いほど高く、日本からの報告では、I、II 型では9割超、III 型で6、7割、IV型で1割であった<ref name=荒川玲子2008>'''荒川玲子 (2018).'''<br>神経筋疾患の遺伝学的検査. ''脳と発達'' 50, 192-196</ref>。 | |||
[[ファイル:脊髄性筋萎縮症 Fig1.png|サムネイル|450px|'''図1. SMN遺伝子'''<br>健常者ではSMNタンパク質の90%がSMN1遺伝子由来である。SMN2遺伝子からは選択的スプライシングにより、二種類のmRNAが産生されるが、ほとんどはエクソン7を欠き、翻訳されるタンパク質は不安定ですぐに分解される。そのためSMN2遺伝子は、SMNタンパク質の10%ほどにしか寄与しない。文献<ref name=Farrar2017><pubmed> 28026041 </pubmed></ref><ref name=Rao2018 />から作成。]] | |||
== 診断 == | |||
確定診断としてSMN1遺伝子の検査を行う。患者の95%ではSMN1遺伝子で[[ホモ接合]]の遺伝子欠失がみられ(コピー数が0)、残り5%では1コピーの欠失ともう1コピーの変異がみられる<ref name=Prior2011><pubmed>21673580</pubmed></ref>。SMN遺伝子検査は保険収載されている。 | |||
=== 鑑別診断 === | |||
鑑別を要する疾患として、[[遠位型遺伝性運動ニューロパチー]](dHMN)、[[多巣性運動ニューロパチー]](MMN) <ref name=Hwang2017><pubmed>28792153</pubmed></ref>、[[慢性炎症性脱髄性多発神経炎]](CIDP)など[[下位運動ニューロン障害]]をきたす疾患がある<ref name=Garg2017><pubmed>28003344</pubmed></ref>。また臨床的に脊髄性筋萎縮症と診断される中に、SMN1以外の原因遺伝子を持つ非5q型の脊髄性筋萎縮症の存在も知られている<ref name=Peeters2014><pubmed>24970098</pubmed></ref>。 | |||
鑑別のため血液検査([[クレアチンキナーゼ]] ([[creatine kinase]], CK)、[[抗ガングリオシド抗体]]、[[筋炎]]関連抗体など)、[[神経伝導]]検査、[[骨格筋]][[CT]]または[[MRI]]、針[[筋電図]]検査、筋生検を行うことが一般的である。ただし早期診断・早期治療のため速やかに遺伝子検査を実施することが望ましい。 | |||
なおII, III型では、[[近位筋]]優位の症状分布に加えて針筋電図や筋生検で典型的な[[神経原性変化]]を示さないことがあり、筋疾患と誤診される症例が少なからず存在する<ref name=Hwang2017><pubmed>28792153</pubmed></ref>。 | |||
また、近年の治療薬開発が進むとともに新生児マススクリーニングの必要性が論じられるようになり、2022年現在国内でも幾つかの都道府県で実施されるようになった<ref name=Kimizu2021><pubmed>34287247</pubmed></ref>。 | |||
== 病態生理 == | |||
ここでは、特に症例の大半を占める5q型脊髄性筋萎縮症におけるSMN1の関与および修飾因子について記載する。 | |||
=== 病態と機序 === | |||
SMNタンパク質はさまざまな臓器、組織、細胞に広く発現している。神経細胞では、[[核]]において[[低分子量リボ核タンパク質]]([[snRNP]])の生合成を担い、[[細胞質]]においては[[軸索輸送]]などを担っており、細胞の[[恒常性]]維持に関与している<ref name=Chaytow2018><pubmed>29872871</pubmed></ref><ref name=Rao2018><pubmed>30582825</pubmed></ref>。SMN1タンパク質が減少すると、運動ニューロンの変性・脱落につながり、脊髄性筋萎縮症の発病につながると想定されている。 | |||
発病の重症度を決めるものとして、[[SMN2]]遺伝子などの修飾因子が知られている。 | |||
==== SMN2遺伝子 ==== | |||
染色体5q13上にはSMN1遺伝子と逆向性に1~複数コピーの遺伝子重複があり、SMN2遺伝子と呼ばれている('''図1''')。SMN1とSMN2はほぼ相同な遺伝子配列であるが、エクソン7に1塩基の違いがあり、SMN2遺伝子から[[mRNA]]が[[転写]]される際に大部分でエクソン7が除去され、完全長のSMNタンパクがわずかしか作られない<ref name=Lefebvre1995><pubmed>7813012</pubmed></ref>。 | |||
SMN2遺伝子のコピー数は一般に脊髄性筋萎縮症の重症度・病型と逆相関している。ただし同じコピー数であっても症例によって臨床病型が異なり、コピー数のみを予後予測のマーカーとすることはできない<ref name=Wadman2017><pubmed>28108522</pubmed></ref>。 | |||
==== SMN2以外の修飾因子 ==== | |||
SMN2遺伝子のほか、SMN遺伝子の近傍にある[[neuronal apoptosis inhibitory protein]] ([[NAIP]])遺伝子、[[Small EDRK-Rich Factor 1]] ([[SERF1]])遺伝子などが重症度に関連している<ref name=He2013><pubmed>23352792</pubmed></ref>。NAIP遺伝子は神経細胞の[[アポトーシス]]抑制に関与している<ref name=Roy1995><pubmed>7813013</pubmed></ref>。SERF1遺伝子の機能は不明である<ref name=Scharf1998><pubmed>9731538</pubmed></ref>。 | |||
[[ファイル:脊髄性筋萎縮症 Fig2.png|サムネイル|450px|'''図2. 治療戦略'''<br>SMN1遺伝子が欠損すると、SMNタンパク質が著明に減少し、SMNを発症する。SMN2は存在してもエクソン7を欠くmRNAは安定なタンパク質を形成できず、SMNタンパク質の量は低い。AVXS-101(オナセムノゲンアベパルボベク)はウイルスベクターで活性のあるSMN1遺伝子を導入する。ヌシネルセン、リスジプラムはエクソン7を含むSMN2 mRNAの産生を促す。文献<ref name=Farrar2017 /><ref name=Rao2018 />から作成。]] | |||
== 治療 == | |||
=== 支持療法 === | |||
身体機能向上と合併症の低下の予防のためには、[[支持療法]]([[リハビリテーション]]や生活環境の整備)がおこなわれる<ref name=Mercuri2018a><pubmed>29290580</pubmed></ref>。 | |||
=== 疾患修飾治療 === | |||
5q型脊髄性筋萎縮症については、その遺伝子を標的とした治療が試みられている('''図2''')。 | |||
==== ヌシネルセン ==== | |||
[[ヌシネルセン]](商品名:[[スピンラザ]])は、[[アンチセンスオリゴヌクレオチド]]である。SMN2のpre-mRNAのエクソン7下流に結合し、[[スプライシング因子]]である[[serine/arginine-rich splicing factor 1]] ([[SRSF1]])の結合することでスプライシングを阻害し、Δ7 mRNAからエクソン7を含んだ完全長mRNAへと産生をシフトさせることで、機能性SMNタンパク質の産生量を増加させる。臨床試験で、I型の死亡率を低下させ<ref name=Finkel2017><pubmed>29091570</pubmed></ref>、II、III型の機能予後を改善することが報告された<ref name=Mercuri2018><pubmed>29443664</pubmed></ref>。成人例への投与例に関しては、観察研究の報告がある<ref name=Hagenacker2020><pubmed>32199097</pubmed></ref>。 | |||
==== オナセムノゲンアベパルボベク ==== | |||
[[オナセムノゲンアベパルボベク]]([[AVXS-101]]、製品名 [[ゾルゲンスマ]])は、[[ウイルスベクター#.E3.82.A2.E3.83.87.E3.83.8E.E9.9A.8F.E4.BC.B4.E3.82.A6.E3.82.A4.E3.83.AB.E3.82.B9.E3.83.99.E3.82.AF.E3.82.BF.E3.83.BC|アデノ随伴ウイルスベクター]]([[AAV vector]])にSMN1遺伝子を組み込んだ遺伝子治療薬である。正常なSMN遺伝子を導入し、SMNタンパク質の発現量を増加させる。乳児の臨床試験での有効性が報告された<ref name=Mendell2017><pubmed>29091557</pubmed></ref>。 | |||
==== リスジプラム ==== | |||
[[リスジプラム]](商品名[[エブリスディ]])は、経口投与が可能な小分子化合物である。SMN2 pre-mRNAの[[選択的スプライシング]]を修飾し、Δ7 mRNAからエクソン7を含んだ完全長mRNAへと産生をシフトさせることで、機能性SMNタンパク質の産生量を増加させる。臨床試験で機能を改善させた<ref name=Mercuri2022><pubmed>34942136</pubmed></ref><ref name=Darras2021><pubmed>34320287</pubmed></ref>。 | |||
== 疫学 == | |||
発症率は6000〜11000人の出生に1人とされている<ref name=Feldkotter2002><pubmed>11791208</pubmed></ref><ref name=Sugarman2012><pubmed>21811307</pubmed></ref>。日本では10000出生あたり0.51人との報告がある<ref name=Ito2022><pubmed>34452804</pubmed></ref>。乳幼児の致死的遺伝性疾患として、脊髄性筋萎縮症は[[嚢胞性線維症]]と並んで最多の1つである<ref name=Burr2022><pubmed>32809522</pubmed></ref>。 | |||
== 参考文献 == | |||
<references /> |
2022年12月19日 (月) 08:42時点における最新版
綾木 孝、平山典宏
京都大学大学院医学系研究科脳病態生理学講座 臨床神経学
DOI:10.14931/bsd.10069 原稿受付日:2022年9月22日 原稿完成日:2022年12月1日
担当編集委員:山中 宏二(名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学)
英:spinal muscular atrophy 独:spinale Muskelatrophie 仏:amyotrophie spinale
英略語:SMA
脊髄性筋萎縮症は進行性の筋力低下を呈する遺伝性の神経変性疾患で、脊髄前角の運動ニューロンの減少を特徴とする。 小児期に発症する原因遺伝子の最多のものはSMN1遺伝子の欠損か変異による常染色体劣性(潜性)のものであり、治療は支持療法と、疾患修飾治療薬の投与とがある。成人期以降は、複数の原因遺伝子が報告されており、 治療は支持療法である。
脊髄性筋萎縮症とは
脊髄性筋萎縮症は進行性の筋力低下を呈する遺伝性の神経変性疾患で、脊髄前角の運動ニューロンの減少を特徴とする[1]。1891年にGuido Werdnig による乳児例が最初の報告である。その後、発症時期によってI-IV型に分類された(表)。
I型
運動発達の遅れが生後半年までにみられることが多く、生涯にわたって坐位を獲得できない。7ヶ月までに人工呼吸器装着または死亡に至り、人工呼吸器を使用した場合も多くが1歳半までに死亡する。
II型
立位を獲得できず、関節拘縮と側弯を合併しやすく、上気道感染をきたしやすい。
III型、IV型
歩行は獲得できるが、加齢ととともに筋力低下と歩行障害をきたす[2]。
発症時期 | 別名 | 臨床症状 | 自然歴の予後 | |
---|---|---|---|---|
I 型:重症型 | ~6か月 | Werdnig-Hoffmann病 | floppy infantで出生。嚥下障害、呼吸不全。 | 呼吸器を用いなければ18か月までに死亡 |
II 型:中間型 | 6か月~1才6か月 | Dubowitz病 | 立位未獲得。進行すると関節拘縮と側弯。 | 呼吸障害、肺炎により死亡することがある。 |
III 型:軽症型 | 1才6か月~20歳 | Kugelberg-Welander病 | 立位獲得、歩行障害。 | 進行すると上肢筋力低下。 |
IV型:成人型 | 20歳~ | 歩行障害。 | 発病が遅いほど緩徐進行。 |
1995年に乳児型脊髄性筋萎縮症の責任遺伝子として、第5染色体に存在する(survival motor neuron、以下SMN)遺伝子のSMN1が同定され(図1)、主に小児期に発症する症例は、SMN1の異常を病因遺伝子を持つことが報告された[3]。SMN1遺伝子異常を持つ脊髄性筋萎縮症を、SMN1の染色体位置により5q型と呼ぶ。一方、SMN1遺伝子以外の原因遺伝子を持つ脊髄性筋萎縮症をnon 5q型と呼ぶ。原因遺伝子としては、多数の遺伝子が報告されている[4]。5q型は、遺伝子診断されれば、のちに述べる補充療法の適応になる。
臨床病型(I~IV型)別の、5q型の割合は、年齢が低いほど高く、日本からの報告では、I、II 型では9割超、III 型で6、7割、IV型で1割であった[5]。
診断
確定診断としてSMN1遺伝子の検査を行う。患者の95%ではSMN1遺伝子でホモ接合の遺伝子欠失がみられ(コピー数が0)、残り5%では1コピーの欠失ともう1コピーの変異がみられる[8]。SMN遺伝子検査は保険収載されている。
鑑別診断
鑑別を要する疾患として、遠位型遺伝性運動ニューロパチー(dHMN)、多巣性運動ニューロパチー(MMN) [9]、慢性炎症性脱髄性多発神経炎(CIDP)など下位運動ニューロン障害をきたす疾患がある[10]。また臨床的に脊髄性筋萎縮症と診断される中に、SMN1以外の原因遺伝子を持つ非5q型の脊髄性筋萎縮症の存在も知られている[4]。
鑑別のため血液検査(クレアチンキナーゼ (creatine kinase, CK)、抗ガングリオシド抗体、筋炎関連抗体など)、神経伝導検査、骨格筋CTまたはMRI、針筋電図検査、筋生検を行うことが一般的である。ただし早期診断・早期治療のため速やかに遺伝子検査を実施することが望ましい。
なおII, III型では、近位筋優位の症状分布に加えて針筋電図や筋生検で典型的な神経原性変化を示さないことがあり、筋疾患と誤診される症例が少なからず存在する[9]。
また、近年の治療薬開発が進むとともに新生児マススクリーニングの必要性が論じられるようになり、2022年現在国内でも幾つかの都道府県で実施されるようになった[11]。
病態生理
ここでは、特に症例の大半を占める5q型脊髄性筋萎縮症におけるSMN1の関与および修飾因子について記載する。
病態と機序
SMNタンパク質はさまざまな臓器、組織、細胞に広く発現している。神経細胞では、核において低分子量リボ核タンパク質(snRNP)の生合成を担い、細胞質においては軸索輸送などを担っており、細胞の恒常性維持に関与している[12][7]。SMN1タンパク質が減少すると、運動ニューロンの変性・脱落につながり、脊髄性筋萎縮症の発病につながると想定されている。
発病の重症度を決めるものとして、SMN2遺伝子などの修飾因子が知られている。
SMN2遺伝子
染色体5q13上にはSMN1遺伝子と逆向性に1~複数コピーの遺伝子重複があり、SMN2遺伝子と呼ばれている(図1)。SMN1とSMN2はほぼ相同な遺伝子配列であるが、エクソン7に1塩基の違いがあり、SMN2遺伝子からmRNAが転写される際に大部分でエクソン7が除去され、完全長のSMNタンパクがわずかしか作られない[3]。
SMN2遺伝子のコピー数は一般に脊髄性筋萎縮症の重症度・病型と逆相関している。ただし同じコピー数であっても症例によって臨床病型が異なり、コピー数のみを予後予測のマーカーとすることはできない[13]。
SMN2以外の修飾因子
SMN2遺伝子のほか、SMN遺伝子の近傍にあるneuronal apoptosis inhibitory protein (NAIP)遺伝子、Small EDRK-Rich Factor 1 (SERF1)遺伝子などが重症度に関連している[14]。NAIP遺伝子は神経細胞のアポトーシス抑制に関与している[15]。SERF1遺伝子の機能は不明である[16]。
治療
支持療法
身体機能向上と合併症の低下の予防のためには、支持療法(リハビリテーションや生活環境の整備)がおこなわれる[17]。
疾患修飾治療
5q型脊髄性筋萎縮症については、その遺伝子を標的とした治療が試みられている(図2)。
ヌシネルセン
ヌシネルセン(商品名:スピンラザ)は、アンチセンスオリゴヌクレオチドである。SMN2のpre-mRNAのエクソン7下流に結合し、スプライシング因子であるserine/arginine-rich splicing factor 1 (SRSF1)の結合することでスプライシングを阻害し、Δ7 mRNAからエクソン7を含んだ完全長mRNAへと産生をシフトさせることで、機能性SMNタンパク質の産生量を増加させる。臨床試験で、I型の死亡率を低下させ[18]、II、III型の機能予後を改善することが報告された[19]。成人例への投与例に関しては、観察研究の報告がある[20]。
オナセムノゲンアベパルボベク
オナセムノゲンアベパルボベク(AVXS-101、製品名 ゾルゲンスマ)は、アデノ随伴ウイルスベクター(AAV vector)にSMN1遺伝子を組み込んだ遺伝子治療薬である。正常なSMN遺伝子を導入し、SMNタンパク質の発現量を増加させる。乳児の臨床試験での有効性が報告された[21]。
リスジプラム
リスジプラム(商品名エブリスディ)は、経口投与が可能な小分子化合物である。SMN2 pre-mRNAの選択的スプライシングを修飾し、Δ7 mRNAからエクソン7を含んだ完全長mRNAへと産生をシフトさせることで、機能性SMNタンパク質の産生量を増加させる。臨床試験で機能を改善させた[22][23]。
疫学
発症率は6000〜11000人の出生に1人とされている[24][25]。日本では10000出生あたり0.51人との報告がある[26]。乳幼児の致死的遺伝性疾患として、脊髄性筋萎縮症は嚢胞性線維症と並んで最多の1つである[27]。
参考文献
- ↑
Kolb, S.J., & Kissel, J.T. (2011).
Spinal muscular atrophy: a timely review. Archives of neurology, 68(8), 979-84. [PubMed:21482919] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Cances, C., Vlodavets, D., Comi, G.P., Masson, R., Mazurkiewicz-Bełdzińska, M., Saito, K., ..., & ANCHOVY Working Group (2022).
Natural history of Type 1 spinal muscular atrophy: a retrospective, global, multicenter study. Orphanet journal of rare diseases, 17(1), 300. [PubMed:35906608] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑ 3.0 3.1
Lefebvre, S., Bürglen, L., Reboullet, S., Clermont, O., Burlet, P., Viollet, L., ..., & Zeviani, M. (1995).
Identification and characterization of a spinal muscular atrophy-determining gene. Cell, 80(1), 155-65. [PubMed:7813012] [WorldCat] [DOI] - ↑ 4.0 4.1
Peeters, K., Chamova, T., & Jordanova, A. (2014).
Clinical and genetic diversity of SMN1-negative proximal spinal muscular atrophies. Brain : a journal of neurology, 137(Pt 11), 2879-96. [PubMed:24970098] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑ 荒川玲子 (2018).
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