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英:enhancer
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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0157296 佐藤 達也]、[http://researchmap.jp/tetsuichirosaito 斎藤 哲一郎]</font><br>
''千葉大学 大学院 医学研究院''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年3月25日 原稿完成日:2015年1月15日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0080380 上口 裕之](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>         
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 エンハンサーとは、遺伝子の転写量を増加させる作用をもつDNA領域のことをいう。多くの場合、転写活性化因子が結合する。プロモーターからの距離や位置、方向に関係なく働く<ref name="ref100"><pubmed>21358745</pubmed></ref><ref name="ref200"><pubmed>21295696</pubmed></ref><ref name="ref7"><pubmed>22487374</pubmed></ref>。サイレンサー(遺伝子の転写を抑制するDNA領域)とともに、細胞や時期特異的な遺伝子などの発現調節で重要な役割を果たす。
英語名:enhancer


== 構造と機能  ==
{{box|text=
 エンハンサーとは、[[wikipedia:ja:遺伝子|遺伝子]]の[[wikipedia:ja:転写|転写]]量を増加させる作用をもつDNA領域のことをいう。[[プロモーター]]からの距離や位置、方向に関係なく働く<ref name="ref100"><pubmed>21358745</pubmed></ref><ref name="ref200"><pubmed>21295696</pubmed></ref><ref name="ref7"><pubmed>22487374</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:サイレンサー|サイレンサー]](遺伝子の転写を抑制するDNA領域)とともに、遺伝子の発現調節で重要な役割を果たす。
}}
 
== エンハンサーとは ==
 1981年、[[wikipedia:ja:アカゲザル|アカゲザル]]の[[wikipedia:ja:ポリオーマ|ポリオーマ]]ウイルス[[wikipedia:SV40|SV40]]の[[wikipedia:ja:初期遺伝子|初期遺伝子]]の上流に位置する72塩基の反復配列を欠失させると、初期遺伝子の転写量が著しく低下することが見出された。また、この配列を他の遺伝子と連結すると、その遺伝子の転写量が増加することも見出され、そのような機能をもつ配列をエンハンサーと呼ぶようになった<ref><pubmed>6273820</pubmed></ref><ref><pubmed>6277502</pubmed></ref>。


 1981年、アカゲザルのポリオーマウイルスSV40の初期遺伝子の上流に位置する72塩基対の反復配列を欠失させると、初期遺伝子の転写量が著しく低下することが見出された。また、この配列を異種の遺伝子と連結すると、その遺伝子の転写量が増加することも見出され、そのような機能をもつ配列をエンハンサーと呼ぶようになった<ref><pubmed>6273820</pubmed></ref><ref><pubmed>6277502</pubmed></ref>。その後、1983年に、マウス免疫グロブリン遺伝子においてもエンハンサーが報告され<ref><pubmed>6409417</pubmed></ref><ref><pubmed>6409418</pubmed></ref>、様々なウイルスおよび真核生物の遺伝子においてもエンハンサーが同定されている。
 その後、1983年に、[[wikipedia:ja:マウス|マウス]][[wikipedia:ja:免疫グロブリン|免疫グロブリン]]遺伝子においてもエンハンサーが報告され<ref><pubmed>6409417</pubmed></ref><ref><pubmed>6409418</pubmed></ref>、様々なウイルスおよび真核生物の遺伝子でもエンハンサーが同定されている。


 エンハンサーは、イントロンなどの非翻訳領域に存在することが多い。通常多くの遺伝子には複数のエンハンサーが存在し、時期や位置特異的な遺伝子発現が別々のエンハンサーで制御されることが知られている。エンハンサーには転写活性化因子の結合する配列が1個以上存在し、結合する転写活性化因子の多様性と組み合わせにより遺伝子の発現が多様に制御される。
== 構造と機能  ==
 [[wikipedia:ja:イントロン|イントロン]]などの[[wikipedia:ja:非翻訳領域|非翻訳領域]]に存在することが多い。通常、エンハンサーには[[転写活性化因子]]の結合する配列が複数存在し、転写活性化因子の多様性と組み合わせにより遺伝子の発現が多様に制御されると考えられる。 また、多くの遺伝子には複数のエンハンサーが存在し、細胞種に特異的なエンハンサーや時期特異的なエンハンサーなど遺伝子発現が別々のエンハンサーで制御されることも多い。


 最近、染色体免疫沈降法(Chromatin Immuno-Precipitation, ChIP)とDNAチップによる検出を組み合わせた方法(ChIP-chip法)や、次世代シークエンサーを組み合わせた方法(ChIP-Seq法)などの技術革新により、網羅的なエンハンサー解析が進んでいる<ref name="ref100" /><ref name="ref200" /><ref name="ref7" />。  
 [[wikipedia:ja:クロマチン免疫沈降法|クロマチン免疫沈降法]](Chromatin Immuno-Precipitation, ChIP)と[[wikipedia:ja:DNAチップ|DNAチップ]]による検出を組み合わせた方法([[wikipedia:ja:ChIP-chip法|ChIP-chip法]])や、[[wikipedia:DNA_sequencing#Next-generation_methods|次世代シークエンサー]]を組み合わせた方法([[wikipedia:ja:ChIP-Seq法|ChIP-Seq法]])などの技術革新により、網羅的なエンハンサー解析が進んでいる<ref name="ref100" /><ref name="ref200" /><ref name="ref7" />。


== 作用機序  ==
== 作用機序  ==


 エンハンサーには1個から複数個の転写活性化因子が結合する。プロモーターには転写基本因子(TFIIDなど)が結合し、RNAポリメラーゼIIとともに転写開始複合体が形成される。エンハンサーとプロモーターが離れていても(3Mbpの場合もある)、転写活性化因子と転写開始複合体の両者にコアクチベーターと呼ばれる因子が相互作用することにより、DNAはループを形成しエンハンサーとプロモーターが接近し、転写が促進されると考えられている<ref><pubmed>22855826</pubmed></ref><ref><pubmed>22169023</pubmed></ref>。このループ構造がどのように転写を促進するのかについて完全には解明されていない。細胞核の中では、盛んに転写が起きている領域が存在し、ループ構造が転写の起きている領域への移動に関与するという可能性も考えられている。<br>
 多くの場合、エンハンサーには複数個の転写活性化因子が結合する。プロモーターには[[基本転写因子]]([[TFIID]]など)が結合し、[[wj:RNAポリメラーゼII|RNAポリメラーゼII]]とともに転写開始複合体が形成される。エンハンサーとプロモーターが離れていても(3Mbpの場合もある)、転写活性化因子と転写開始複合体の両者に[[wj:コアクチベーター|コアクチベーター]]と呼ばれる因子が相互作用することにより、DNAはループを形成しエンハンサーとプロモーターが接近すると考えられる<ref><pubmed>22855826</pubmed></ref><ref><pubmed>22169023</pubmed></ref>。この時、転写活性化因子とコアクチベーターは次々に転写開始複合体の形成を促進することにより、転写が盛んに起きると考えられている。しかし、ループ構造と転写促進には不明な点も多い。[[wj:細胞核|細胞核]]の中では、転写が活発な領域が存在し、ループ構造が転写の活発な領域への移動に関与するという可能性も示唆されている。
 
エンハンサーとそれに結合した複数の転写活性化因子から成る構造体を、enhanceosomeと呼ぶこともある<ref><pubmed>18206362</pubmed></ref>。<br>


 コアクチベーターには、CBPやp300といったヒストンアセチルトランスフェラーゼ(histone acetyltransferase; HAT)活性を持つものがあり、エンハンサーおよびプロモーターにおけるコアヒストンのN末端をアセチル化する<ref><pubmed>21131905</pubmed></ref><ref><pubmed>19698979</pubmed></ref>。アセチル基は負の電荷を持つため、ヒストンの正の電荷を打ち消してヒストンとDNAの間の結合が弱められ、転写因子がDNAに結合しやすくなると考えられる。また、クロマチン再構成複合体(chromatin remodeling complex)は転写活性化因子に結合し、ATP依存的にヌクレオソームの配置を変更したり、分解する<ref><pubmed>20513433</pubmed></ref><ref><pubmed>10500090</pubmed></ref>。そして、より多くの転写活性化因子がエンハンサーに結合しやすくなったり、転写基本因子とコアクチベーターならびにRNAポリメラーゼIIがプロモーター上で集合しやすくなって、転写が促進される。<br>
 エンハンサーに結合した多くの転写活性化因子から成る構造体を、[[w:enhanceosome|enhanceosome]]と呼ぶこともある<ref><pubmed>18206362</pubmed></ref>


 エンハンサーでは、ヒストンの翻訳後修飾や種類が他の領域と異なり、ヒストンH3の4番目のリジンがモノメチル化またはジメチル化され(H3K4me1/ H3K4me2)<ref><pubmed>17277777</pubmed></ref>、H3.3やH2A.Zを含むヌクレオソームが存在する<ref><pubmed>19633671</pubmed></ref>。このヌクレオソームは、通常のヌクレオソームより不安定で分解されやすく、転写活性化因子がDNAに結合しやすくなると考えられている。ヒストンH3.3やH2A.Zを含むヌクレオソームは、プロモーターにも存在するが、ヒストンH3の4番目のリジンはトリメチル化されている(H3K4me3)。<br>  
 コアクチベーターには、[[CBP]]や[[p300]]といった[[アセチル化#ヒストンアセチル基転移酵素|ヒストンアセチル基転移酵素]]([[アセチル化#ヒストンアセチル基転移酵素|histone acetyltransferase]]; [[アセチル化#ヒストンアセチル基転移酵素|HAT]])活性を持つものがあり、[[wj:ヒストン|ヒストン]]を[[アセチル化]]する<ref><pubmed>21131905</pubmed></ref><ref><pubmed>19698979</pubmed></ref>。アセチル化されたヒストンでは、DNAとの間の結合が弱まり、[[転写因子]]がDNAに結合しやすくなると考えられる。また、[[wj:クロマチン再構成複合体|クロマチン再構成複合体]]([[w:chromatin remodeling complex|chromatin remodeling complex]])は転写活性化因子に結合し、[[ATP]]依存的に[[wj:ヌクレオソーム|ヌクレオソーム]]の移動や解離を行う<ref><pubmed>20513433</pubmed></ref><ref><pubmed>10500090</pubmed></ref>。その結果、より多くの転写活性化因子がエンハンサーに結合することができるようになり、プロモーター上で転写開始複合体の形成が促進されると考えられる。


 転写の活性化の状態によって、エンハンサーにおけるヒストンの翻訳後修飾が異なる例が報告されている。ヒトES細胞を例にとると、転写が活性化されている遺伝子のエンハンサーでは、ヒストンH3の27番目のリジンがアセチル化されているが(H3K27ac)、転写がおきていない遺伝子のエンハンサーでは、メチル化されている(H3K27me3)<ref><pubmed>21160473</pubmed></ref>。このES細胞を分化させた時、新たに転写が活性化される遺伝子のエンハンサーでは、メチル化されていたヒストンがアセチル化される(H3K27me3 → H3K27ac)。逆に、分化した後に転写が抑制される遺伝子のエンハンサーでは、アセチル化されていたヒストンがメチル化される(H3K27ac → H3K27me3)。他の系においても、様々なヒストンの翻訳後修飾がみつかっており、遺伝子発現制御との関係が調べられている<ref name="ref7" />。一般的に、転写の活性化の状態に関わらず、H3K4me1/ H3K4me2はエンハンサー領域にみられる特徴であり、活性化しているエンハンサーではp300の結合と、ヒストンのアセチル化がみられる。<br>  
 エンハンサー領域では、ヒストンの[[wj:翻訳後修飾|翻訳後修飾]]が他と異なり、ヒストンH3の4番目の[[wj:リジン|リジン]]がモノ[[wj:メチル化|メチル化]]またはジメチル化される(ヒストンH3の4番目のリジンがモノメチル化やジメチル化されたものを、それぞれH3K4me1やH3K4me2と記述する)<ref><pubmed>17277777</pubmed></ref>。また、エンハンサー領域のヌクレオソームは、ヒストンH3のバリアントであるH3.3やヒストンH2のバリアントであるH2A.Zを含む<ref><pubmed>19633671</pubmed></ref>。H3.3やH2A.Zを含むヌクレオソームは、通常のヌクレオソームより不安定なため、転写活性化因子がDNAと容易に相互作用できると考えられている。ヒストンH3.3やH2A.Zを含むヌクレオソームは、プロモーター領域にも存在するが、ヒストンH3の4番目のリジンはトリメチル化(H3K4me3)されている。さらに、エンハンサー領域におけるヒストンの修飾は、機能の有無で変化することも知られている。例えば、ヒト[[ES細胞]]では、エンハンサーが働いている時はヒストンH3の27番目のリジンがアセチル化(H3K27ac)されるが、機能していない時はメチル化(H3K27me3)される<ref><pubmed>21160473</pubmed></ref>


 最近になって、enhancer RNA (eRNA)とよばれるRNAがエンハンサーにおいて双方向に転写されて産生されることが見いだされた<ref><pubmed>20393465</pubmed></ref>。eRNAはタンパク質をコードせず、ポリアデニル化されない。転写活性化因子p53が結合するエンハンサーの中には、その転写活性化能がeRNAに依存的なものがある<ref><pubmed>23273978</pubmed></ref>。しかし、eRNAが一般的にエンハンサーの機能に関与しているかどうかはまだよくわかっていない。一方、100塩基長以上の長さを持つノンコーディングRNA(lncRNA)が転写を調節する場合がある<ref><pubmed>20887892</pubmed></ref>。このlncRNAのほとんどは、一方向に転写されることにより産生され、ポリアデニル化される。このlncRNAのうち、''ncRNA-a7''と呼ばれるlncRNAをsiRNA法で阻害すると、近傍の遺伝子の転写が抑制される。''ncRNA-a7''遺伝子をリポーター遺伝子と連結すると、''ncRNA-a7''遺伝子の方向に関係なくリポーター遺伝子の転写が誘導される。このlncRNAが転写を活性化する詳しいメカニズムはまだよくわかっていないが、siRNA法で阻害すると転写が抑制されることから、ncRNA-a7自身が転写の活性化に必要である。ENCODEプロジェクトによると、これまで「junk DNA」であると考えられてきたヒトゲノムの領域から、9640のlncRNAが転写されることがわかった<ref><pubmed>22955616</pubmed></ref>。これらのlncRNAもまた、''ncRNA-a7''と同様に遺伝子の発現を制御している可能性がある。eRNAおよびlncRNAの詳しい作用機序については、現時点では不明な点が多く、さらに調べる必要があると思われる。<br>
 エンハンサーでは、[[エンハンサーRNA]]([[eRNA]])とよばれるRNAが双方向に転写されることもある<ref><pubmed>20393465</pubmed></ref>。eRNAはタンパク質をコードせず、[[ポリアデニル化]]されない。eRNA合成がエンハンサーの機能に必須な例として、転写活性化因子[[w:p53|p53]]が結合するエンハンサーがある<ref><pubmed>23273978</pubmed></ref>。しかし、全てのエンハンサーでeRNA合成が必要なのかはまだ不明である。一方、100塩基以上の長さを持ちポリアデニル化されるノンコーディングRNA([[w:lncRNA|lncRNA]])が転写を活性化する場合もある<ref><pubmed>20887892</pubmed></ref>。[[wj:ENCODEプロジェクト|ENCODEプロジェクト]]により、ヒトでは9640種のlncRNAが転写されることが明らかとなった<ref><pubmed>22955616</pubmed></ref>


== 神経系におけるエンハンサー  ==
== 神経系におけるエンハンサー  ==


=== Nestinのエンハンサー  ===
=== ''Nestin'' ===


 中間径フィラメントの一つである''Nestin''は、神経幹細胞などで特異的に発現し、分化するとその発現は消失する。トランスジェニックマウスを用いた解析により、''Nestin''遺伝子の第2イントロン内に神経幹細胞での発現を誘導するエンハンサーが存在することが明らかとなっている<ref><pubmed>8292356</pubmed></ref>。このエンハンサーには、POUファミリーおよびSOXファミリーの転写制御因子の結合する配列が存在する<ref name="ref22"><pubmed>15456859</pubmed></ref><ref><pubmed>9671582</pubmed></ref>。POUファミリーの''Brn2''と''SOXファミリーのSox2''は、神経幹細胞で発現し、第2イントロン内のエンハンサーに結合して''Nestin''の発現を誘導する<ref name="ref22" />。さらにBrn2は、細胞周期のG2期からM期にリン酸化され、エンハンサーに結合しにくくなるため、''Nestin''の発現が減少する<ref name="ref24"><pubmed>18349072</pubmed></ref>。G1期からS期ではBrn2が脱リン酸化され、エンハンサーに結合して、''Nestin''の発現が増加する。このように、''Nestin''の発現は細胞周期の進行に伴い変動する。
 [[中間径フィラメント]]の一つである[[Nestin]]は、[[神経幹細胞]]などで特異的に発現し、分化すると発現は消失する。''Nestin''遺伝子の第2イントロン内に神経幹細胞での発現を誘導するエンハンサーが存在する<ref><pubmed>8292356</pubmed></ref>。このエンハンサーには[[POU転写因子|POUファミリー]]および[[SOXファミリー]]の転写制御因子の結合する配列が存在し<ref name="ref22"><pubmed>15456859</pubmed></ref><ref><pubmed>9671582</pubmed></ref>、神経幹細胞で発現するPOUファミリーの[[Brn2]]とSOXファミリーの[[Sox2]]が、''Nestin''の発現を誘導すると考えられている<ref name="ref22" />。また、''Nestin''の発現は細胞周期の進行に伴い変動し、[[G2期]]から[[M期]]ではBrn2が[[リン酸化]]されてエンハンサーに結合できなくなり、''Nestin''の発現が減少すると考えられている<ref name="ref24"><pubmed>18349072</pubmed></ref>


'' Nestin''は神経幹細胞のよいマーカーであり、そのエンハンサーは神経幹細胞において遺伝子を発現させるのによく用いられる。蛍光タンパク質の遺伝子を''Nestin''のエンハンサーで発現させるトランスジェニックマウスを用い、神経幹細胞を効率よく分離することもできる<ref name="ref24" /><ref><pubmed>11178865</pubmed></ref><ref><pubmed>20205849</pubmed></ref>。<br>
 Nestinは神経幹細胞のマーカーであり、[[蛍光タンパク質]]を''Nestin''のエンハンサーで発現させるトランスジェニックマウスなどを用い、神経幹細胞を効率よく分離することに利用される<ref name="ref24" /><ref><pubmed>11178865</pubmed></ref><ref><pubmed>20205849</pubmed></ref>。


=== Mbh1のエンハンサー  ===
=== ''Barh1'' (''Mbh1'') ===


 哺乳類には、千種類以上の様々な個性を持つ神経細胞が存在する。プロニューラル因子と呼ばれる転写制御因子は、神経細胞の分化を開始させるスイッチとして働く<ref><pubmed>17898002</pubmed></ref>。プロニューラル因子が直接制御する遺伝子は長らく不明であったが、転写制御因子''Mbh1''(''Mammalian Bar-class homeobox 1'')がプロニューラル因子の一つである''Atoh1''(''Math1'', ''Mammalian atonal homolog 1'')によって直接に制御されることが見出された<ref name="ref29"><pubmed>15788459</pubmed></ref>。''Mbh1''は胎生期の脊髄交連神経細胞で発現しており、''in vivo'' electroporation法によって強制発現させると脊髄背側の細胞を交連神経細胞へ運命転換させる<ref><pubmed>12657654</pubmed></ref>。''Mbh1''遺伝子の3’側にエンハンサーが存在し、その中のE-box(CAGCTG)にAtoh1タンパク質が結合する<ref name="ref29" />。Atoh1タンパク質はこのE-boxを介して''Mbh1''遺伝子の転写を直接活性化すると考えられる。<br>
 [[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]には、千種類以上の様々な個性を持つ神経細胞が存在する。[[プロニューラル因子]]と呼ばれる転写制御因子は神経細胞の分化を開始させるスイッチとして働くが<ref><pubmed>17898002</pubmed></ref>、直接に制御する遺伝子は長らく不明であった。プロニューラル因子の''[[Atoh1]]''(''[[Math1]]'', ''[[Mammalian atonal homolog 1]]'')は''[[Barh1]]''''[[Mbh1]]'', ''[[Mammalian Bar-class homeobox 1]]'')を直接に活性化することが見出された<ref name="ref29"><pubmed>15788459</pubmed></ref>。''Barh1''''Mbh1'')は[[脊髄]][[交連神経]]細胞や小脳顆粒細胞の前駆細胞で発現し、その運命を制御する<ref><pubmed>12657654</pubmed></ref><ref><pubmed>18723012</pubmed></ref><ref><pubmed>20599893</pubmed></ref>。''Barh1''(''Mbh1'')のエンハンサーは翻訳領域の3’側に存在し、Atoh1タンパク質が結合するE-boxと呼ばれるDNA配列が必須である<ref name="ref29" />


=== 終脳で機能するエンハンサー  ===
=== 終脳で機能するエンハンサー  ===


 マウス胎児の終脳で発現する様々な遺伝子のエンハンサーが網羅的に同定され、その発現様式が公開された<ref><pubmed>23375746</pubmed></ref>。塩基配列の種間の比較や、p300の結合を指標にしたCHIP-Seqによって、4600箇所以上のDNA領域がエンハンサーの候補として同定された。そのうち329のエンハンサーの活性がトランスジェニックマウスを用いて調べられた。再現性のある145のエンハンサーの活性が、レポーター遺伝子の発現として多くの切片上に発表された。この結果をもとに、終脳で発現する様々な遺伝子の発現制御のネットワークが今後明らかにされていくものと思われる。<br>
 マウス胎児の[[終脳]]で発現する様々な遺伝子のエンハンサーが網羅的に調べられている<ref><pubmed>23375746</pubmed></ref>。p300の結合を指標にしたCHIP-Seq法により、4600箇所以上のDNA領域がエンハンサーの候補となり、145のエンハンサーが同定された。


== 関連項目  ==
== 関連項目  ==
 
*[[プロモーター]]
転写制御因子<br>
*[[エンハンサーRNA]]
*[[転写制御因子]]


== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />  
<references />
 
(執筆者:佐藤達也、斎藤哲一郎、担当編集委員:岡野栄之)

2023年3月31日 (金) 00:04時点における最新版

佐藤 達也斎藤 哲一郎
千葉大学 大学院 医学研究院
DOI:10.14931/bsd.2781 原稿受付日:2013年3月25日 原稿完成日:2015年1月15日
担当編集委員:上口 裕之(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英語名:enhancer

 エンハンサーとは、遺伝子転写量を増加させる作用をもつDNA領域のことをいう。プロモーターからの距離や位置、方向に関係なく働く[1][2][3]サイレンサー(遺伝子の転写を抑制するDNA領域)とともに、遺伝子の発現調節で重要な役割を果たす。

エンハンサーとは

 1981年、アカゲザルポリオーマウイルスSV40初期遺伝子の上流に位置する72塩基の反復配列を欠失させると、初期遺伝子の転写量が著しく低下することが見出された。また、この配列を他の遺伝子と連結すると、その遺伝子の転写量が増加することも見出され、そのような機能をもつ配列をエンハンサーと呼ぶようになった[4][5]

 その後、1983年に、マウス免疫グロブリン遺伝子においてもエンハンサーが報告され[6][7]、様々なウイルスおよび真核生物の遺伝子でもエンハンサーが同定されている。

構造と機能

 イントロンなどの非翻訳領域に存在することが多い。通常、エンハンサーには転写活性化因子の結合する配列が複数存在し、転写活性化因子の多様性と組み合わせにより遺伝子の発現が多様に制御されると考えられる。 また、多くの遺伝子には複数のエンハンサーが存在し、細胞種に特異的なエンハンサーや時期特異的なエンハンサーなど遺伝子発現が別々のエンハンサーで制御されることも多い。

 クロマチン免疫沈降法(Chromatin Immuno-Precipitation, ChIP)とDNAチップによる検出を組み合わせた方法(ChIP-chip法)や、次世代シークエンサーを組み合わせた方法(ChIP-Seq法)などの技術革新により、網羅的なエンハンサー解析が進んでいる[1][2][3]

作用機序

 多くの場合、エンハンサーには複数個の転写活性化因子が結合する。プロモーターには基本転写因子TFIIDなど)が結合し、RNAポリメラーゼIIとともに転写開始複合体が形成される。エンハンサーとプロモーターが離れていても(3Mbpの場合もある)、転写活性化因子と転写開始複合体の両者にコアクチベーターと呼ばれる因子が相互作用することにより、DNAはループを形成しエンハンサーとプロモーターが接近すると考えられる[8][9]。この時、転写活性化因子とコアクチベーターは次々に転写開始複合体の形成を促進することにより、転写が盛んに起きると考えられている。しかし、ループ構造と転写促進には不明な点も多い。細胞核の中では、転写が活発な領域が存在し、ループ構造が転写の活発な領域への移動に関与するという可能性も示唆されている。

 エンハンサーに結合した多くの転写活性化因子から成る構造体を、enhanceosomeと呼ぶこともある[10]

 コアクチベーターには、CBPp300といったヒストンアセチル基転移酵素histone acetyltransferase; HAT)活性を持つものがあり、ヒストンアセチル化する[11][12]。アセチル化されたヒストンでは、DNAとの間の結合が弱まり、転写因子がDNAに結合しやすくなると考えられる。また、クロマチン再構成複合体chromatin remodeling complex)は転写活性化因子に結合し、ATP依存的にヌクレオソームの移動や解離を行う[13][14]。その結果、より多くの転写活性化因子がエンハンサーに結合することができるようになり、プロモーター上で転写開始複合体の形成が促進されると考えられる。

 エンハンサー領域では、ヒストンの翻訳後修飾が他と異なり、ヒストンH3の4番目のリジンがモノメチル化またはジメチル化される(ヒストンH3の4番目のリジンがモノメチル化やジメチル化されたものを、それぞれH3K4me1やH3K4me2と記述する)[15]。また、エンハンサー領域のヌクレオソームは、ヒストンH3のバリアントであるH3.3やヒストンH2のバリアントであるH2A.Zを含む[16]。H3.3やH2A.Zを含むヌクレオソームは、通常のヌクレオソームより不安定なため、転写活性化因子がDNAと容易に相互作用できると考えられている。ヒストンH3.3やH2A.Zを含むヌクレオソームは、プロモーター領域にも存在するが、ヒストンH3の4番目のリジンはトリメチル化(H3K4me3)されている。さらに、エンハンサー領域におけるヒストンの修飾は、機能の有無で変化することも知られている。例えば、ヒトES細胞では、エンハンサーが働いている時はヒストンH3の27番目のリジンがアセチル化(H3K27ac)されるが、機能していない時はメチル化(H3K27me3)される[17]

 エンハンサーでは、エンハンサーRNAeRNA)とよばれるRNAが双方向に転写されることもある[18]。eRNAはタンパク質をコードせず、ポリアデニル化されない。eRNA合成がエンハンサーの機能に必須な例として、転写活性化因子p53が結合するエンハンサーがある[19]。しかし、全てのエンハンサーでeRNA合成が必要なのかはまだ不明である。一方、100塩基以上の長さを持ちポリアデニル化されるノンコーディングRNA(lncRNA)が転写を活性化する場合もある[20]ENCODEプロジェクトにより、ヒトでは9640種のlncRNAが転写されることが明らかとなった[21]

神経系におけるエンハンサー

Nestin

 中間径フィラメントの一つであるNestinは、神経幹細胞などで特異的に発現し、分化すると発現は消失する。Nestin遺伝子の第2イントロン内に神経幹細胞での発現を誘導するエンハンサーが存在する[22]。このエンハンサーにはPOUファミリーおよびSOXファミリーの転写制御因子の結合する配列が存在し[23][24]、神経幹細胞で発現するPOUファミリーのBrn2とSOXファミリーのSox2が、Nestinの発現を誘導すると考えられている[23]。また、Nestinの発現は細胞周期の進行に伴い変動し、G2期からM期ではBrn2がリン酸化されてエンハンサーに結合できなくなり、Nestinの発現が減少すると考えられている[25]

 Nestinは神経幹細胞のマーカーであり、蛍光タンパク質Nestinのエンハンサーで発現させるトランスジェニックマウスなどを用い、神経幹細胞を効率よく分離することに利用される[25][26][27]

Barh1 (Mbh1)

 哺乳類には、千種類以上の様々な個性を持つ神経細胞が存在する。プロニューラル因子と呼ばれる転写制御因子は神経細胞の分化を開始させるスイッチとして働くが[28]、直接に制御する遺伝子は長らく不明であった。プロニューラル因子のAtoh1Math1, Mammalian atonal homolog 1)はBarh1Mbh1, Mammalian Bar-class homeobox 1)を直接に活性化することが見出された[29]Barh1Mbh1)は脊髄交連神経細胞や小脳顆粒細胞の前駆細胞で発現し、その運命を制御する[30][31][32]Barh1Mbh1)のエンハンサーは翻訳領域の3’側に存在し、Atoh1タンパク質が結合するE-boxと呼ばれるDNA配列が必須である[29]

終脳で機能するエンハンサー

 マウス胎児の終脳で発現する様々な遺伝子のエンハンサーが網羅的に調べられている[33]。p300の結合を指標にしたCHIP-Seq法により、4600箇所以上のDNA領域がエンハンサーの候補となり、145のエンハンサーが同定された。

関連項目

参考文献

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