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Dbxファミリータンパク質
<div align="right"> 
<font size="+1">[https://researchmap.jp/read0068738 江角 重行]</font><br>
''熊本大学大学院 生命科学研究部 形態構築学講座''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2023年5月8日 原稿完成日:2023年5月31日<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/hiroshikawasaki 河崎 洋志](金沢大学 医学系 脳神経医学教室)<br>
</div>


熊本大学大学院 生命科学研究部 形態構築学講座
英語名:developing brain homeobox family<br>
江角重行
 
英語名:Developing brain homeobox family
英略語:Dbx
英略語:Dbx


{{box|text= ホメオボックス型転写因子Dbx (Developing Brain homeoboX)ファミリーは、主に中枢・末梢神経系の発生時期に一過的・局所的に発現する転写因子であり、哺乳類ではDbx1と Dbx2が存在し、細胞分化や細胞運命決定に関わる。Dbx1・Dbx2は発生期の脊髄前駆細胞ドメインに局所的かつ一過的に発現しており、脊髄の介在ニューロン運命決定に必須である。Dbx1は終脳の背側腹側境界領域や視索前領域、中脳、視床上部、背側視床、視床下部の原基などにも発現しており、大脳皮質発生過程に一過的に存在するカハールレチウス細胞・扁桃体・視床下部外側核・中脳の呼吸中枢・中脳の交連線維などの発生や分化に大きく関与する。Dbx2は脊髄前駆細胞ドメインだけでなく、脊髄から視床ZLI (Zona limitans Intrathalamica) 周囲に至る翼板と基板間の領域や間葉系の細胞の一部で発現しているが、機能についての報告はほとんどない。}}
{{box|text= ホメオボックス型転写因子Dbx (developing brain homeobox)ファミリーは、主に中枢・末梢神経系の発生時期に一過的・局所的に発現する転写因子であり、哺乳類ではDbx1とDbx2が存在し、細胞分化や細胞運命決定に関わる。Dbx1・Dbx2は発生期の脊髄前駆細胞ドメインに局所的かつ一過的に発現しており、脊髄の介在ニューロン運命決定に必須である。Dbx1は終脳の背側腹側境界領域や視索前領域、中脳、視床上部、背側視床、視床下部の原基などにも発現しており、大脳皮質発生過程に一過的に存在するカハールレチウス細胞・扁桃体・視床下部外側核・中脳の呼吸中枢・中脳の交連線維などの発生や分化に大きく関与する。Dbx2は脊髄前駆細胞ドメインだけでなく、脊髄から視床ZLI (zona limitans intrathalamica) 周囲に至る翼板と基板間の領域や間葉系の細胞の一部で発現しているが、機能についての報告はほとんどない。}}


== Dbxファミリーとは ==
== Dbxファミリーとは ==
 Dbxファミリーは、[[ホメオドメイン]]を利用したクローニングによって[[マウス]]で同定された、進化的に保存された遺伝子である<ref name=Lu1992><pubmed>1355604</pubmed></ref><ref name=Shoji1996><pubmed>8798145</pubmed></ref>。
 Dbxファミリーは、[[ホメオドメイン]]を利用したクローニングによって[[マウス]]で同定された、進化的に保存された遺伝子である<ref name=Lu1992><pubmed>1355604</pubmed></ref><ref name=Shoji1996><pubmed>8798145</pubmed></ref>。


 [[哺乳類]]においては、[[Dbx1]], [[Dbx2]]が存在し、[[細胞分化]]や[[細胞運命決定]]に関わる。[[脊髄]]発生においては、Dbx1, Dbx2は[[翼板]]([[alar plate]])と[[基板]]([[basal plate]])間に位置する領域([[前駆細胞ドメイン]])に一過的に発現し、[[介在ニューロン]]の発生に必須である<ref name=Briscoe2000><pubmed>10830170</pubmed></ref><ref name=Pierani1999><pubmed>10399918</pubmed></ref>。
 [[哺乳類]]においては、[[Dbx1]], [[Dbx2]]が存在し、[[細胞分化]]や[[細胞運命決定]]に関わる。[[脊髄]]発生においては、Dbx1、Dbx2は[[翼板]]([[alar plate]])と[[基板]]([[basal plate]])間に位置する領域([[前駆細胞ドメイン]])に一過的に発現し、[[介在ニューロン]]の発生に必須である<ref name=Briscoe2000><pubmed>10830170</pubmed></ref><ref name=Pierani1999><pubmed>10399918</pubmed></ref>。


 Dbx1は[[終脳]]発生過程でも一過的(胎生9.5-13.5日齢)に[[外套]]下部 /腹側外套([[ventral pallium]], VP/[[pallial-subpallial boundary]], PSB)や、[[視索前領域]]([[preoptic area]], POA)に発現する。この領域で産生されたDbx1系譜神経細胞は[[大脳皮質]]の[[カハールレチウス細胞]]<ref name=Bielle2005><pubmed>16041369</pubmed></ref>、[[扁桃体]][[基底外側核]]の[[グルタミン酸]]作動性[[興奮性ニューロン]]や[[扁桃体内側核]]の[[GABA]]作動性[[抑制性ニューロン]]になどに分化する<ref name=Hirata2009><pubmed>19136974</pubmed></ref>。
 Dbx1は[[終脳]]発生過程でも一過的(胎生9.5-13.5日齢)に[[外套]]下部 /腹側外套([[ventral pallium]], VP/[[pallial-subpallial boundary]], PSB)や、[[視索前領域]]([[preoptic area]], POA)に発現する。この領域で産生されたDbx1系譜神経細胞は[[大脳皮質]]の[[カハールレチウス細胞]]<ref name=Bielle2005><pubmed>16041369</pubmed></ref>、[[扁桃体]][[基底外側核]]の[[グルタミン酸]]作動性[[興奮性ニューロン]]や[[扁桃体内側核]]の[[GABA]]作動性[[抑制性ニューロン]]になどに分化する<ref name=Hirata2009><pubmed>19136974</pubmed></ref>。


 また、Dbx1は[[視床下部]]原基にも発現しており、[[視床下部外側核]]、[[弓状核]]ニューロンの発生を制御することがわかっている<ref name=Sokolowski2015><pubmed>25864637</pubmed></ref>。さらに、[[中脳]]の[[呼吸中枢]](pre-Bötzinger complex respiratory neurons)の発生にも必須であり<ref name=Gray2010><pubmed>21048147</pubmed></ref>、Dbx1ノックアウトマウスは生後0日目に呼吸不全で死亡する<ref name=Gray2010><pubmed>21048147</pubmed></ref>。
 また、Dbx1は[[視床下部]]原基にも発現しており、[[視床下部外側核]]、[[弓状核]]ニューロンの発生を制御することがわかっている<ref name=Sokolowski2015><pubmed>25864637</pubmed></ref>。さらに、[[中脳]]の[[呼吸中枢]]([[pre-Bötzinger複合体]]呼吸ニューロン)の発生にも必須であり<ref name=Gray2010><pubmed>21048147</pubmed></ref>、Dbx1ノックアウトマウスは生後0日目に呼吸不全で死亡する<ref name=Gray2010><pubmed>21048147</pubmed></ref>。


 Dbx2については発生期の脊髄前駆細胞ドメインだけでなく、脊髄から視床ZLI周囲の至るまで翼板と基板間の領域や、[[肢芽]]、[[歯芽]]、成熟した[[アストロサイト]]や[[間葉系]]の細胞の一部で発現するが、機能については、未解な部分が多い。これはDbx2遺伝子改変マウスを用いた報告がほとんどないためである。
 Dbx2については発生期の脊髄前駆細胞ドメインだけでなく、脊髄から視床ZLI周囲の至るまで翼板と基板間の領域や、[[肢芽]]、[[歯芽]]、成熟した[[アストロサイト]]や[[間葉系]]の細胞の一部で発現するが、機能については、未解な部分が多い。これはDbx2遺伝子改変マウスを用いた報告がほとんどないためである。
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== サブファミリー ==
== サブファミリー ==
 哺乳類では、Dbx1, Dbx2が存在し、細胞分化や細胞運命決定に関わる。ショウジョウバエにおいては、Dbx1/2のオルソログであるDbxが見つかっている<ref name=Lacin2009><pubmed>19710170</pubmed></ref>。その他、[[アフリカツメガエル]]<ref name=Gershon2000><pubmed>10851138</pubmed></ref><ref name=Ma2011><pubmed>21806971</pubmed></ref>、[[ゼブラフィッシュ]]<ref name=Gribble2007><pubmed>17994542</pubmed></ref><ref name=Hjorth2002><pubmed>12141447</pubmed></ref>のDbxファミリーが報告されている。
 哺乳類では、Dbx1, Dbx2が存在し、細胞分化や細胞運命決定に関わる。ショウジョウバエにおいては、Dbx1/2のオルソログであるDbxが見つかっている<ref name=Lacin2009><pubmed>19710170</pubmed></ref>。その他、[[アフリカツメガエル]]<ref name=Gershon2000><pubmed>10851138</pubmed></ref><ref name=Ma2011><pubmed>21806971</pubmed></ref>、[[ゼブラフィッシュ]]<ref name=Gribble2007><pubmed>17994542</pubmed></ref><ref name=Hjorth2002><pubmed>12141447</pubmed></ref>のDbxファミリーが報告されている。
[[ファイル:Esumi Dbx family fig.png|サムネイル|'''図. Dblファミリーの遺伝子とタンパク質の構造'''<br>HD: Homeoboxドメイン<br>
[[ファイル:Esumi Dbx family fig.png|サムネイル|'''図. Dbxファミリーの遺伝子とタンパク質の構造'''<br>HD: Homeoboxドメイン<br>
RD: Groucho/Tleファミリー依存的Engrailed阻害ドメイン<br>
RD: Groucho/Tleファミリー依存的Engrailed阻害ドメイン<br>
Cter: 酸性アミノ酸のクラスター<br>
Cter: 酸性アミノ酸のクラスター<br>
文献<ref name=Karaz2016><pubmed>27525057</pubmed></ref>より。]]
文献<ref name=Karaz2016><pubmed>27525057</pubmed></ref>より。]]
== 構造 ==
== 構造 ==
 Dbxファミリーは、[[ホメオボックスドメイン]]に加え、Groucho/Tleファミリー依存的Engrailed阻害ドメイン(RD, Drosophila Groucho /Mammalian TLE family dependent Engrailed Repressor Domain)をDbx1は2箇所(RD1,RD2)、Dbx2は1箇所(RD1)持つ。Dbx1はさらにC末端に酸性アミノ酸のクラスター(Cter)を持つ<ref name=Karaz2016><pubmed>27525057</pubmed></ref>('''図1''')。CterドメインはDbx1が[[Evx1]]/[[Evx2|2]]を制御するのに必要であり、Dbx遺伝子を持つ種間では進化的に保存されている<ref name=Karaz2016><pubmed>27525057</pubmed></ref>。
 Dbxファミリーは、[[ホメオボックスドメイン]]に加え、Groucho/Tleファミリー依存的Engrailed阻害ドメイン(RD, Drosophila Groucho /Mammalian TLE family dependent Engrailed Repressor Domain)をDbx1は2箇所(RD1,RD2)、Dbx2は1箇所(RD1)持つ。Dbx1はさらにC末端に酸性アミノ酸のクラスター(Cter)を持つ<ref name=Karaz2016><pubmed>27525057</pubmed></ref>('''図1''')。CterドメインはDbx1が[[Evx1]]/[[Evx2|2]]を制御するのに必要であり、Dbx遺伝子を持つ種間では進化的に保存されている<ref name=Karaz2016><pubmed>27525057</pubmed></ref>。
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 Dbx1系譜前駆細胞はV0ニューロンに分化し、Dbx2系譜前駆細胞はV1ニューロンに分化すると考えらえる。Dbx2の機能についてはノックアウトマウスによる機能解析の報告が少なく、解析が待たれる <ref name=Briscoe2000><pubmed>10830170</pubmed></ref><ref name=Pierani2001><pubmed>11239429</pubmed></ref><ref name=Sander2000><pubmed>10970877</pubmed></ref><ref name=Vallstedt2001><pubmed>11567614</pubmed></ref>。
 Dbx1系譜前駆細胞はV0ニューロンに分化し、Dbx2系譜前駆細胞はV1ニューロンに分化すると考えらえる。Dbx2の機能についてはノックアウトマウスによる機能解析の報告が少なく、解析が待たれる <ref name=Briscoe2000><pubmed>10830170</pubmed></ref><ref name=Pierani2001><pubmed>11239429</pubmed></ref><ref name=Sander2000><pubmed>10970877</pubmed></ref><ref name=Vallstedt2001><pubmed>11567614</pubmed></ref>。


 歩行機能は[[中枢パターン生成器]] ([[central pattern generator]], CPG)は後肢の筋肉に投射する興奮性[[運動ニューロン]]とDbx1が発生に関わる抑制性ニューロン(介在ニューロン)で構成されている。急性単離した胎生18.5日齢のDbx1ノックアウトマウスの脊髄を用いた解析では、脊髄のCPGにおいて交互発火 (co-burst)が起きない。この結果は左右のCPGにおける屈曲進展運動を制御する介在ニューロンはDbx1依存的に発生することを示唆する <ref name=Lanuza2004><pubmed>15134635</pubmed></ref>。
 歩行機能は、脊髄の[[中枢パターン生成器]] ([[central pattern generator]], CPG)で制御されているが。この中枢パターン生成器は、筋肉に投射する興奮性[[運動ニューロン]]と抑制性ニューロン([[介在ニューロン]])で構成されている。この抑制性ニューロンの発生にDbx1が関わる。急性単離した胎生18.5日齢のDbx1ノックアウトマウスの脊髄を用いた解析では、脊髄のCPGにおいて交互発火 (co-burst)が起きない。この結果は左右のCPGにおける屈曲進展運動を制御する介在ニューロンはDbx1依存的に発生することを示唆する <ref name=Lanuza2004><pubmed>15134635</pubmed></ref>。


==== 中脳呼吸中枢 ====
==== 中脳呼吸中枢 ====
 [[呼吸中枢]]は、[[延髄]]腹側部に両側に存在する[[pre-Bötzinger複合体]] ([[pre-Bötzinger complex]], preBotC)と呼ばれる領域に存在し、呼吸リズム形成に重要である。また、脊髄V0やV1領域の介在ニューロンはリズミカルな呼吸運動に必須である。Dbx1ノックアウトマウスは生後すぐに死亡するが、これはV0やV1領域の介在ニューロンの発生異常を原因とする運動活動の低下と、呼吸中枢の発生異常による呼吸不全のためである。このマウスでは呼吸活動の消失が認められる<ref name=Gray2010><pubmed>21048147</pubmed></ref><ref name=Pierani2001><pubmed>11239429</pubmed></ref>。
 [[呼吸中枢]]は、[[延髄]]腹側部に両側に存在する[[pre-Bötzinger複合体]] ([[pre-Bötzinger complex]], preBotC)と呼ばれる領域に存在し、呼吸リズム形成に重要である。また、脊髄V0やV1領域の介在ニューロンはリズミカルな呼吸運動に必須である。Dbx1ノックアウトマウスは生後すぐに死亡するが、これはV0やV1領域の介在ニューロンの発生異常を原因とする運動活動の低下と、呼吸中枢の発生異常による呼吸不全のためである。このマウスでは呼吸活動の消失が認められる<ref name=Gray2010><pubmed>21048147</pubmed></ref><ref name=Pierani2001><pubmed>11239429</pubmed></ref>。


 呼吸リズムを発生するpre-Bötzinger複合体の介在ニューロンの性質や細胞系譜を[[Pax7]]-Cre; Dbx1-foxedマウスで解析したところ、Dbx1はpre-Bötzinger複合体のリズム形成に必要なグルタミン酸性介在ニューロンの発生過程で細胞運命を制御していることがわかった。また、Dbx1-Cre; [[Robo3]] ([[round about homolog3]]/robo3)-f1oxedマウスの解析から、Dbx1系譜神経細胞におけるRobo3の不活性化は左右のpreBotCの同期性を消失させる。左右のpreBotC領域に存在するDbx1系譜介在ニューロンの軸索誘導のシグナリングは、Robo3依存的に生じ、左右の呼吸リズムの同期させる機能に必須である<ref name=Bouvier2010><pubmed>20680010</pubmed></ref>。
 呼吸リズムを発生するpre-Bötzinger複合体の介在ニューロンの性質や細胞系譜を[[Pax7]]-Cre; Dbx1-floxedマウスで解析したところ、Dbx1はpre-Bötzinger複合体のリズム形成に必要なグルタミン酸性介在ニューロンの発生過程で細胞運命を制御していることがわかった。また、Dbx1-Cre; [[Robo3]] ([[round about homolog3]]/robo3)-floxedマウスの解析から、Dbx1系譜神経細胞におけるRobo3の不活性化は左右のpreBotCの同期性を消失させる。左右のpreBotC領域に存在するDbx1系譜介在ニューロンの軸索誘導のシグナリングは、Robo3依存的に生じ、左右の呼吸リズムの同期させる機能に必須である<ref name=Bouvier2010><pubmed>20680010</pubmed></ref>。


 Dbx1-CreERT2マウスを用いた解析では、preBotC領域の[[スマトスタチン]] (SST)+/[[タキキニン受容体1]] (NK1R+)/[[スマトスタチン受容体2]] (SST2aR)+ ニューロンは胎生9.5-11.5日齢に産生されたDbx1系譜神経細胞であることが示されている<ref name=Gray2010><pubmed>21048147</pubmed></ref>。
 Dbx1-CreERT2マウスを用いた解析では、preBotC領域の[[ソマトスタチン]] (SST)+/[[タキキニン受容体1]] (NK1R+)/[[ソマトスタチン受容体2]] (SST2aR)+ ニューロンは胎生9.5-11.5日齢に産生されたDbx1系譜神経細胞であることが示されている<ref name=Gray2010><pubmed>21048147</pubmed></ref>。


 近年、pre-Bötzinger複合体領域と大脳皮質の高次機能との関連について報告されている。この領域を構成する[[カドヘリン9]] ([[Cdh9]])+, Dbx1系譜神経細胞  (吸気の前に強く興奮する)をDbx1-Cre; Cdh9-floxed-DTRマウスを使い除去すると、通常の呼吸は正常に維持されるが、ゆっくりとしたリズムの呼吸が増加した。また、個体レベルではcalm behavior が増え、覚醒している時間が短くなった。この結果から、Cdh9+; Dbx1系譜神経細胞は[[青斑核]]に直接投射し[[ノルアドレナリン]]ニューロンを活性化することで、呼吸のリズムを制御していることが明らかになった<ref name=Yackle2017><pubmed>28360327</pubmed></ref>。
 近年では、pre-Bötzinger複合体領域と大脳皮質の高次機能との関連も報告されている。この領域を構成する[[カドヘリン9]] ([[Cdh9]])+, Dbx1系譜神経細胞  (吸気の前に強く興奮する)をDbx1-Cre; Cdh9-floxed-DTRマウスを使い除去すると、通常の呼吸は正常に維持されるが、ゆっくりとしたリズムの呼吸が増加した。また、個体レベルではcalm behavior が増え、覚醒している時間が短くなった。この結果から、Cdh9+; Dbx1系譜神経細胞は[[青斑核]]に直接投射し[[ノルアドレナリン]]ニューロンを活性化することで、呼吸のリズムを制御していることが明らかになった<ref name=Yackle2017><pubmed>28360327</pubmed></ref>。


==== 中脳交連線維の ====
==== 中脳交連線維====
 Dbx1は、中脳背側から正中交差して左右の脳を繋ぐ[[交連ニューロン]]の運命決定に関与する。また、その[[軸索ガイダンス]]においては、Dbx1の活性化によってRobo3が働くことが正中交差において重要な働きを示すことが報告されている<ref name=Inamata2014><pubmed>24553291</pubmed></ref>。
 Dbx1は、中脳背側から正中交差して左右の脳を繋ぐ[[交連ニューロン]]の運命決定に関与する。また、その[[軸索ガイダンス]]においては、Dbx1の活性化によってRobo3が働くことが正中交差において重要な働きを示すことが報告されている<ref name=Inamata2014><pubmed>24553291</pubmed></ref>。


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 ヒトを含む哺乳類および胎児の大脳皮質[[辺縁層]](いわゆる表層)にあたる[[プレプレート]]([[preplate]])には、[[リーリン]]タンパク質([[reelin]])を分泌し、大脳皮質の神経細胞の移動と層構造の形成に重要な役割を果たすカハールレチウス細胞が存在する。プレプレートは、神経細胞が移動して来た後に、カハールレチウス細胞を含み大脳皮質第I層となる辺縁層(marginal zone)と[[サブプレート]]に分かれる。カハールレチウス細胞は興奮性であり、胎生期に一過的に出現し、層構造形成に重要な働きを行う。生後の大脳皮質においては、[[細胞死]]によって数が著しく減少する<ref name=Teissier2010><pubmed>20685999</pubmed></ref>。生後の大脳皮質に散在するリーリン陽性の抑制性GABAニューロンは尾側[[基底核隆起]] (caudal [[gaglionic eminence]],CGE)を由来としており<ref name=Miyoshi2010><pubmed>20130169</pubmed></ref>、上記のカハールレチウス細胞(興奮性ニューロン)とは異なる。
 ヒトを含む哺乳類および胎児の大脳皮質[[辺縁層]](いわゆる表層)にあたる[[プレプレート]]([[preplate]])には、[[リーリン]]タンパク質([[reelin]])を分泌し、大脳皮質の神経細胞の移動と層構造の形成に重要な役割を果たすカハールレチウス細胞が存在する。プレプレートは、神経細胞が移動して来た後に、カハールレチウス細胞を含み大脳皮質第I層となる辺縁層(marginal zone)と[[サブプレート]]に分かれる。カハールレチウス細胞は興奮性であり、胎生期に一過的に出現し、層構造形成に重要な働きを行う。生後の大脳皮質においては、[[細胞死]]によって数が著しく減少する<ref name=Teissier2010><pubmed>20685999</pubmed></ref>。生後の大脳皮質に散在するリーリン陽性の抑制性GABAニューロンは尾側[[基底核隆起]] (caudal [[gaglionic eminence]],CGE)を由来としており<ref name=Miyoshi2010><pubmed>20130169</pubmed></ref>、上記のカハールレチウス細胞(興奮性ニューロン)とは異なる。


 カハールレチウス細胞の産生される場所については、胎生期終脳原基の外套下部 /腹側外套 (VP/PSB) 、[[中隔野]] (pallial septum)、内側周辺部 (cortical hem)などの大脳皮質以外の領域で産生され、水平移動して大脳皮質に入る<ref name=Bielle2005><pubmed>16041369</pubmed></ref><ref name=Takiguchi-Hayashi2004><pubmed>14999079</pubmed></ref><ref name=Yoshida2006><pubmed>16410414</pubmed></ref>。余談であるが、鳥類では、カハールレチウス細胞のような興奮性グルタミン酸ニューロンの水平移動は認められないが、GABA作動性抑制性ニューロン発生でみられる水平移動は観察されている<ref name=García-Moreno2018><pubmed>29298437</pubmed></ref>。
 カハールレチウス細胞は、胎生期終脳原基の外套下部 /腹側外套 (VP/PSB) 、[[中隔野]] (pallial septum)、内側周辺部 (cortical hem)などの大脳皮質以外の領域で産生され、水平移動して大脳皮質に入る<ref name=Bielle2005><pubmed>16041369</pubmed></ref><ref name=Takiguchi-Hayashi2004><pubmed>14999079</pubmed></ref><ref name=Yoshida2006><pubmed>16410414</pubmed></ref>。余談であるが、鳥類では、カハールレチウス細胞のような興奮性グルタミン酸ニューロンの水平移動は認められないが、GABA作動性抑制性ニューロン発生でみられる水平移動は観察されている<ref name=García-Moreno2018><pubmed>29298437</pubmed></ref>。


 終脳の発生過程では、外套下部(VP/PSB)や中隔野ではDbx1が一過的胎生10.5~13.5日齢に発現する。この領域はprogenitor poolとして、大脳皮質や大脳辺縁系に細胞を供給している。外套下部や中隔野で産生されたDbx1系譜神経細胞の一部は水平方向に移動して、大脳皮質の辺縁層のカハールレチウス細胞<ref name=Bielle2005><pubmed>16041369</pubmed></ref>や [[皮質板]]([[cortical plate]])に分布することが報告されている。この皮質板に広く分布するDbx1系譜神経細胞は興奮性グルタミン酸ニューロンであるが、約50%は生後0日目までにアポトーシスにより消失し、成体までにほぼ全ての大脳皮質のDbx1系譜興奮性グルタミン酸ニューロンは消失する<ref name=Teissier2010><pubmed>20685999</pubmed></ref>。また、Dbx1-Cre-Floxed-[[ジフテリア毒素]] ([[DTA]])マウスを用いて、外套下部(VP/PSB)や中隔野に由来するカハールレチウス細胞を含むDbx1系譜細胞を除去すると、大脳皮質の領野形成や領域化に影響を与えることも報告されている <ref name=Griveau2010><pubmed>20668538</pubmed></ref>。
 終脳の発生過程では、外套下部(VP/PSB)や中隔野でDbx1が胎生10.5~13.5日齢に一過性に発現する。この領域はprogenitor poolとして、大脳皮質や大脳辺縁系に細胞を供給している。外套下部や中隔野で産生されたDbx1系譜神経細胞の一部は水平方向に移動して、大脳皮質の辺縁層のカハールレチウス細胞<ref name=Bielle2005><pubmed>16041369</pubmed></ref>や [[皮質板]]([[cortical plate]])に分布することが報告されている。この皮質板に広く分布するDbx1系譜神経細胞は興奮性グルタミン酸ニューロンであるが、約50%は生後0日目までにアポトーシスにより消失し、成体までにほぼ全ての大脳皮質のDbx1系譜興奮性グルタミン酸ニューロンは消失する<ref name=Teissier2010><pubmed>20685999</pubmed></ref>。また、Dbx1-Cre-Floxed-[[ジフテリア毒素]] ([[DTA]])マウスを用いて、外套下部(VP/PSB)や中隔野に由来するカハールレチウス細胞を含むDbx1系譜細胞を除去すると、大脳皮質の領野形成や領域化に影響を与えることも報告されている <ref name=Griveau2010><pubmed>20668538</pubmed></ref>。


 外套下部(VP/PSB)由来のDbx1系譜神経細胞の一部は、扁桃体<ref name=Hirata2009><pubmed>19136974</pubmed></ref>や[[梨状葉]]<ref name=Shabangu2021><pubmed>33863910</pubmed></ref>に移動して、基底外側核の興奮性グルタミン酸ニューロンに分化することもわかっている (後述)。
 外套下部(VP/PSB)由来のDbx1系譜神経細胞の一部は、扁桃体<ref name=Hirata2009><pubmed>19136974</pubmed></ref>や[[梨状葉]]<ref name=Shabangu2021><pubmed>33863910</pubmed></ref>に移動して、基底外側核の興奮性グルタミン酸ニューロンに分化することもわかっている (後述)。
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 胎仔期のマウス終脳の外套下部で発現するDbx1はPax6の発現に依存している。一方、ニワトリ終脳の腹側外套では、Pax6が発現しているにも関わらずDbx1が発現しない。興味深いことに、ニワトリ終脳にPax6を強制発現するとDbx1の発現を誘導することができる。このことからDbx1プロモーター領域に存在するPax6応答配列は種を超えて保存されており、Pax6によるDbx1の発現誘導メカニズムは進化的に古い段階で獲得されていたことが推測される。<ref name=Yamashita2018><pubmed>29661783</pubmed></ref>(野村真先生より寄稿)。
 胎仔期のマウス終脳の外套下部で発現するDbx1はPax6の発現に依存している。一方、ニワトリ終脳の腹側外套では、Pax6が発現しているにも関わらずDbx1が発現しない。興味深いことに、ニワトリ終脳にPax6を強制発現するとDbx1の発現を誘導することができる。このことからDbx1プロモーター領域に存在するPax6応答配列は種を超えて保存されており、Pax6によるDbx1の発現誘導メカニズムは進化的に古い段階で獲得されていたことが推測される。<ref name=Yamashita2018><pubmed>29661783</pubmed></ref>(野村真先生より寄稿)。


 ヒト胎生期のDbx1(DBX1)は、外套下部(VP/PSB)に限局して発現しているのではなく、大脳皮質の[[Tbr1]]やPax6陽性の領域にも広がっている。さらにDbx1を発現する細胞は[[脳室下帯]] (subventricular zone, SVZ)の[[Ctip2]]陽性の領域でも認められる。[[霊長類]]のプロモーター領域を持つDbx1トランスジェニックマウスを解析すると、マウスでもヒトやサルなどの霊長類と類似したDbx1の発現を認められた。これは、進化的に獲得された霊長類の特異的なDbx1プロモーター配列(cis-regulatory-elements)が大脳皮質におけるDbx1の発現を誘導したためであると考えられる<ref name=Arai2019><pubmed>31618633</pubmed></ref>。
 ヒト胎生期のDbx1(DBX1)は、外套下部(VP/PSB)に限局して発現しているのではなく、大脳皮質の[[Tbr1]]やPax6陽性の領域にも広がっている。さらにDbx1を発現する細胞は[[脳室下帯]] (subventricular zone, SVZ)の[[Ctip2]]陽性の領域でも認められる。[[霊長類]]のプロモーター領域を持つDbx1トランスジェニックマウスを解析すると、マウスでもヒトやサルなどの霊長類と類似したDbx1の発現が認められた。これは、進化的に獲得された霊長類の特異的なDbx1プロモーター配列(cis-regulatory-elements)が大脳皮質におけるDbx1の発現を誘導したためであると考えられる<ref name=Arai2019><pubmed>31618633</pubmed></ref>。


==== 扁桃体 ====
==== 扁桃体 ====