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<font size="+1">[http://researchmap.jp/s_watanabe 渡邊 征爾]、[http://researchmap.jp/kojiyamanaka 山中 宏二]</font><br> | <font size="+1">[http://researchmap.jp/s_watanabe 渡邊 征爾]、[http://researchmap.jp/kojiyamanaka 山中 宏二]</font><br> | ||
''名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学''<br> | ''名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年12月18日 原稿完成日:2016年2月2日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真] | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446 漆谷 真](滋賀医科大学 医学部 脳神経内科)<br> | ||
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===臨床経過・生命予後=== | ===臨床経過・生命予後=== | ||
多くの[[wj:コホート研究|コホート研究]]での生存期間は、発症時から人工呼吸器装着時あるいは死亡時点までの期間とされている。海外の既報告では、孤発性ALSの生存期間中央値は、20-48ヶ月である。本邦での統計では、平均生存期間は約40ヶ月、中央値は31ヶ月であった。予後因子として、高齢発症、発症部位(呼吸障害、[[球麻痺]]で発症するケース)、低栄養は生存期間が短くなる予後不良因子としてほぼ確立している。このようなコホート研究や臨床治験においてよく用いられる重症度指標に、[[改訂ALS Functional Rating Scale]] (ALSFRS-R) | 多くの[[wj:コホート研究|コホート研究]]での生存期間は、発症時から人工呼吸器装着時あるいは死亡時点までの期間とされている。海外の既報告では、孤発性ALSの生存期間中央値は、20-48ヶ月である。本邦での統計では、平均生存期間は約40ヶ月、中央値は31ヶ月であった。予後因子として、高齢発症、発症部位(呼吸障害、[[球麻痺]]で発症するケース)、低栄養は生存期間が短くなる予後不良因子としてほぼ確立している。このようなコホート研究や臨床治験においてよく用いられる重症度指標に、[[改訂ALS Functional Rating Scale]] ([[ALSFRS-R]])がある('''表1''')。これは、言語、歩行、食事動作や嚥下、呼吸などの12項目の機能を点数化してその合計点数を数値化したものである(48点満点)<ref name=ref1 />。 | ||
{| class="wikitable" | {| class="wikitable" | ||
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|+表2.改訂El Escorial診断基準(抜粋、1998)<ref name=ref3><pubmed> 11464847 </pubmed></ref> | |+表2.改訂El Escorial診断基準(抜粋、1998)<ref name=ref3><pubmed> 11464847 </pubmed></ref> | ||
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|'''ALS診断における必須事項''' | | style="background-color:#f0fff0"|'''ALS診断における必須事項''' | ||
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|A. 以下が必要<br>(A:1) | |A. 以下が必要<br>(A:1) 下位運動ニューロン症候が臨床所見、電気生理学的検査、神経病理学的検査で示される。<br>(A:2) 上位運動ニューロン症候が臨床所見で示される。<br>(A:3) 症状、症候が一領域内あるいは他の領域に進行性に広がることが、病歴あるいは所見から示される。 | ||
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|B. 以下が存在しない<br>(B:1) | |B. 以下が存在しない<br>(B:1) 上位、下位運動ニューロン症候を説明する他疾患を示す電気生理学的所見あるいは病理学的所見。<br>(B:2) 臨床所見、電気生理学的所見を説明する他疾患を示す神経画像所見。 | ||
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| style="background-color:#f0fff0"|'''診断グレード''' | |||
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|身体を脳幹(脳神経)領域、頸髄領域、胸髄領域、腰仙髄領域の4種類に分ける。 | |||
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|clinically definite ALS<br>臨床所見で3領域以上に上位および下位運動ニューロン症候を認める。 | |||
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|clinically probable ALS<br>臨床所見で2領域以上に上位および下位運動ニューロン症候を認め、上位運動ニューロン症候のある部位の一部が下位運動ニューロン症候のある部位よりも頸側にある。 | |||
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|clinically probable-laboratory-supported ALS<br>臨床所見で上位および下位運動ニューロン症候を1領域のみ、もしくは上位運動ニューロン症候のみを1領域に認め、かつ針筋電図で示された下位運動ニューロン症候を2領域以上で認める。 | |||
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|clinically possible ALS<br>臨床所見で上位および下位運動ニューロン症候を1領域のみ、もしくは上位運動ニューロン症候のみを2領域以上に認める。<br>下位運動ニューロン症候のある部位を上位運動ニューロン症候のある部位より頸側に認め、clinically probable-laboratory-supported ALSの基準を満たさないものを含む。<br>十分な除外診断を必要とする。 | |||
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|} | |} | ||
314行目: | 326行目: | ||
| Established | | Established | ||
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| | | Level B | ||
| Probable | | Probable | ||
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357行目: | 369行目: | ||
==病理所見== | ==病理所見== | ||
[[image:脳科学辞典Fig1 (ALS).jpg|thumb| | [[image:脳科学辞典Fig1 (ALS).jpg|thumb|300px|'''図1.孤発性ALSにおけるTDP-43陽性封入体'''<br>孤発性ALS腰髄におけるTDP-43陽性の円形封入体(矢印)、スケイン様封入体(*)。TDP-43抗体による免疫組織染色<br>漆谷 真先生(京都大学)提供]] | ||
[[image:脳科学辞典Fig2 (ALS).jpg|thumb| | [[image:脳科学辞典Fig2 (ALS).jpg|thumb|300px|'''図2.Bunina小体'''<br>孤発性ALS前角におけるBunina小体(矢印)。HE染色、200倍<br>故 中野今治先生(元自治医科大学)提供]] | ||
大脳皮質の上位運動ニューロンおよび脊髄の下位運動ニューロンに選択的な変性と脱落を認める。特に脊髄では、下位運動ニューロンの変性に伴って、[[髄鞘]]の崩壊や反応性[[グリオーシス]]の亢進が顕著である。また、下位運動ニューロン[[軸索]]近位には[[ニューロフィラメント]]が蓄積して腫大した[[スフェロイド]]が認められる。通常、[[大脳]]の萎縮は認められないが、一部のALS症例で[[中心前回]]、特に錯体路の萎縮を認めるほか、FTLDを伴うALSでは[[側頭葉]]を中心とした萎縮が見られる<ref name=ref1 />。 | 大脳皮質の上位運動ニューロンおよび脊髄の下位運動ニューロンに選択的な変性と脱落を認める。特に脊髄では、下位運動ニューロンの変性に伴って、[[髄鞘]]の崩壊や反応性[[グリオーシス]]の亢進が顕著である。また、下位運動ニューロン[[軸索]]近位には[[ニューロフィラメント]]が蓄積して腫大した[[スフェロイド]]が認められる。通常、[[大脳]]の萎縮は認められないが、一部のALS症例で[[中心前回]]、特に錯体路の萎縮を認めるほか、FTLDを伴うALSでは[[側頭葉]]を中心とした萎縮が見られる<ref name=ref1 />。 | ||
392行目: | 404行目: | ||
| [[ALS4]]||9q34||[[センタキシン]] ([[sentaxin]], [[SETX]])||AD | | [[ALS4]]||9q34||[[センタキシン]] ([[sentaxin]], [[SETX]])||AD | ||
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| [[ALS5]]||15q15-21|||| | | [[ALS5]]||15q15-21||[[スパタクシン]] ([[Spatacsin]], [[SPG11]])||AR | ||
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| [[ALS6]]||16q11.2||[[Fused in | | [[ALS6]]||16q11.2||[[Fused in sarcoma]]/[[translocated in liposarcoma]] ([[FUS]]/[[TLS]])||AD | ||
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| [[ALS7]]||20p13||||AD | | [[ALS7]]||20p13||||AD | ||
420行目: | 432行目: | ||
| [[ALS18]]||17p13.3||[[プロフィリン1]] ([[PFN1]])||AD | | [[ALS18]]||17p13.3||[[プロフィリン1]] ([[PFN1]])||AD | ||
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| [[ALS19]]||2q33.3-34||[[ERBB4]]||AD | | [[ALS19]]||2q33.3-34||''[[ERBB4]]''||AD | ||
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| [[ALS20]]||12q13.13||[[ヘテロ核リボヌクレオタンパク質]] ([[ヘテロ核リボヌクレオタンパク質|Heterogenous nuclear ribonucleotide protein A1]], [[HNRNPA1]])||AD | | [[ALS20]]||12q13.13||[[ヘテロ核リボヌクレオタンパク質]] ([[ヘテロ核リボヌクレオタンパク質|Heterogenous nuclear ribonucleotide protein A1]], [[HNRNPA1]])||AD | ||
428行目: | 440行目: | ||
| [[ALS22]]||2q35||[[チューブリン|チューブリンα-4A]] ([[チューブリン|TUBA4A]])||AD | | [[ALS22]]||2q35||[[チューブリン|チューブリンα-4A]] ([[チューブリン|TUBA4A]])||AD | ||
|- | |- | ||
| [[ | | [[FTD-ALS1]]||9p21.2||[[C9orf72]]||AD | ||
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| [[ | | [[FTD-ALS2]]||22q11.23||[[CHCHD10]]||AD | ||
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| [[ | | [[FTD-ALS3]]||5q35.3||[[SQSTM1]] ([[p62]])||AD | ||
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| [[ | | [[FTD-ALS4]]||12q14.2||[[TBK1]]||AD | ||
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| ||2q13.1||[[ダイナクチン1]] (DCTN1)||AD | | ||2q13.1||[[ダイナクチン1]] (DCTN1)||AD | ||
460行目: | 472行目: | ||
====その他==== | ====その他==== | ||
上記の遺伝子のほかに、[[オプチニューリン]] (''OPTN'')や''[[ | 上記の遺伝子のほかに、[[オプチニューリン]] (''OPTN'')や''[[ERBB4]]''遺伝子変異を有する家族性ALSが本邦で発見、報告されている。 | ||
===ALSの動物モデル=== | ===ALSの動物モデル=== | ||
467行目: | 479行目: | ||
==神経細胞内の分子病態== | ==神経細胞内の分子病態== | ||
===興奮毒性=== | ===興奮毒性=== | ||
上位と下位の運動神経間のシグナル伝達はグルタミン酸を[[神経伝達物質]] | 上位と下位の運動神経間のシグナル伝達はグルタミン酸を[[神経伝達物質]]として用いるが、過剰のグルタミン酸は[[カルシウムイオン]]の細胞内への過剰な流入を引き起こして、有害であることが知られている。ALS患者の脊髄やSOD1tgマウスでは、[[シナプス]]間隙におけるグルタミン酸の回収を担う、[[アストロサイト]]の[[グルタミン酸トランスポーター]][[GLT1]]/[[EAAT2]]の発現が低下しており、グルタミン酸回収量が低下している。また、孤発性ALSにおいて、運動神経の[[グルタミン酸受容体]]である、[[AMPA型グルタミン酸受容体]]が[[RNA編集]]の異常に伴ってカルシウムイオン易透過性になっていることも明らかにされた<ref><pubmed> 24355598 </pubmed></ref><ref><pubmed> 14985749 </pubmed></ref>。これらの異常により、運動神経への過剰なカルシウムイオンの流入が生じ、運動神経の変性を引き起こすものと考えられている。 | ||
最近の研究で、カルシウムイオン依存性の[[タンパク質分解酵素]]である[[カルパイン]]がTDP-43の異常断片化と易凝集化に関与していることが報告されたことも、興奮毒性の機序がALSにおける運動神経変性に深く関与していることを示唆している<ref><pubmed> 23250437 </pubmed></ref>。また、ALSの治療薬リルゾールは、主としてグルタミン酸受容体に対する拮抗阻害効果を通じて、この興奮毒性を緩和することが作用機序であると考えられている。 | 最近の研究で、カルシウムイオン依存性の[[タンパク質分解酵素]]である[[カルパイン]]がTDP-43の異常断片化と易凝集化に関与していることが報告されたことも、興奮毒性の機序がALSにおける運動神経変性に深く関与していることを示唆している<ref><pubmed> 23250437 </pubmed></ref>。また、ALSの治療薬リルゾールは、主としてグルタミン酸受容体に対する拮抗阻害効果を通じて、この興奮毒性を緩和することが作用機序であると考えられている。 |