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Junko kurahashi (トーク | 投稿記録) 細編集の要約なし |
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<font size="+1"> | <font size="+1">[http://researchmap.jp/hiroyukiokuno 奥野 浩行]</font><br> | ||
''鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科''<br> | ''鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2018年4月1日 原稿完成日:2018年6月25日<br> | ||
担当編集委員:[https://researchmap.jp/wadancnp 和田圭司] (国立精神・神経医療研究センター トランスレーショナル・メディカルセンター)<br> | 担当編集委員:[https://researchmap.jp/wadancnp 和田圭司] (国立精神・神経医療研究センター トランスレーショナル・メディカルセンター)<br> | ||
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{{box|text= CREBは転写制御因子のひとつであり、ゲノム上の遺伝子転写制御領域に存在するcAMP応答配列(CRE)を介した転写活性化に関わる中心的な核タンパク質である。CREBは生体のほとんどの細胞で恒常的に発現しており、細胞の増殖や分化、生存を含む多様な細胞応答に関与している。CREBの転写活性はさまざまなセカンドメッセンジャー経路を介して制御されており、神経細胞においては名前の由来であるサイクリックAMP依存的な活性調節に加えて、シナプス活性化にともなう細胞内カルシウム濃度上昇や神経栄養因子による受容体活性化などがCREB活性化の主要な因子として働いている。CREBの生理機能は神経系においてよく解析されており、広範な生物種において長期記憶の形成に必要であることが明らかになっている。また、記憶機能以外にも、アルコールや薬物などへの中毒、さらには鬱などの精神症状などの疾患プロセスにもCREBが関与していることが示唆されている。}} | {{box|text= CREBは転写制御因子のひとつであり、ゲノム上の遺伝子転写制御領域に存在するcAMP応答配列(CRE)を介した転写活性化に関わる中心的な核タンパク質である。CREBは生体のほとんどの細胞で恒常的に発現しており、細胞の増殖や分化、生存を含む多様な細胞応答に関与している。CREBの転写活性はさまざまなセカンドメッセンジャー経路を介して制御されており、神経細胞においては名前の由来であるサイクリックAMP依存的な活性調節に加えて、シナプス活性化にともなう細胞内カルシウム濃度上昇や神経栄養因子による受容体活性化などがCREB活性化の主要な因子として働いている。CREBの生理機能は神経系においてよく解析されており、広範な生物種において長期記憶の形成に必要であることが明らかになっている。また、記憶機能以外にも、アルコールや薬物などへの中毒、さらには鬱などの精神症状などの疾患プロセスにもCREBが関与していることが示唆されている。}} | ||
== CREBとは == | == CREBとは == | ||
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CREBのSer133はKID領域内に存在し、そのリン酸化は他のタンパク質との相互作用のスイッチとなる。KID領域にはSer133以外にも複数のセリン残基があり(Ser111, Ser121, Ser142/133など)、これらもリン酸化修飾を受けることからCREBに対する巧妙なリン酸化制御機構の存在が示唆されている<ref name=Altarejos2011/>。 | CREBのSer133はKID領域内に存在し、そのリン酸化は他のタンパク質との相互作用のスイッチとなる。KID領域にはSer133以外にも複数のセリン残基があり(Ser111, Ser121, Ser142/133など)、これらもリン酸化修飾を受けることからCREBに対する巧妙なリン酸化制御機構の存在が示唆されている<ref name=Altarejos2011/>。 | ||
一方、CREBの脱リン酸化による制御に関しては[[ | 一方、CREBの脱リン酸化による制御に関しては[[タンパク質脱リン酸化酵素1]]([[PP1]])や[[タンパク質脱リン酸化酵素2A|PP2A]]の関与が示されているが不明な点が多い。 | ||
== 共活性化因子 == | == 共活性化因子 == | ||
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=== CREB結合タンパク質とp300 === | === CREB結合タンパク質とp300 === | ||
細胞外からの刺激を受けない基底状態においてもCREBは標的遺伝子の[[プロモーター]]領域のCREに結合している<ref name=Impey2004><pubmed> 15620361 </pubmed></ref> <ref name=Zhang2005><pubmed>15753290</pubmed></ref>。刺激によってゲノムに結合しているCREBのKID領域のSer133がリン酸化修飾を受けると、CREB結合タンパク質CBPとの親和性が上昇し、CREBとCBPが複合体を形成する<ref name=Mayr2001/>。CBPは[[ | 細胞外からの刺激を受けない基底状態においてもCREBは標的遺伝子の[[プロモーター]]領域のCREに結合している<ref name=Impey2004><pubmed> 15620361 </pubmed></ref> <ref name=Zhang2005><pubmed>15753290</pubmed></ref>。刺激によってゲノムに結合しているCREBのKID領域のSer133がリン酸化修飾を受けると、CREB結合タンパク質CBPとの親和性が上昇し、CREBとCBPが複合体を形成する<ref name=Mayr2001/>。CBPは[[ヒストン]][[アセチル化]]活性を持つため、ヒストンとDNAとの相互作用を弱めてCREB結合領域周辺の[[クロマチン]]構造を変化させて転写を促進する。また、CREB-CBP複合体は[[RNAポリメラーゼII]]複合体との相互作用を介して転写を増強する。 | ||
なお、[[脊椎動物]]ではCBP遺伝子(CREBBP)のパラローグとして[[p300]]遺伝子(EP300)が存在する。p300はCBPと構造的に類似しており、CREBに対してCBP同様に作用すると考えらえるが、生体におけるCBP/p300パラローグの機能差の有無や生理的意義については不明な点が多い。 | なお、[[脊椎動物]]ではCBP遺伝子(CREBBP)のパラローグとして[[p300]]遺伝子(EP300)が存在する。p300はCBPと構造的に類似しており、CREBに対してCBP同様に作用すると考えらえるが、生体におけるCBP/p300パラローグの機能差の有無や生理的意義については不明な点が多い。 | ||
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|+ 表1 神経細胞におけるCREB標的遺伝子の一部 | |+ 表1 神経細胞におけるCREB標的遺伝子の一部 | ||
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| 転写制御因子 /核内受容体 || [[Btg2]], [[Cebpb]], [[Crem]], [[Egr1]], [[Fos]], [[Fral]], [[Fra2]], [[Fosb]], [[Hes1]], [[Jun]], [[Junb]], [[Jund]], [[Nr4a1]], [[Nr4a2]], [[Per1]], [[Per2]], [[Rb1]] | | 転写制御因子 /核内受容体 || [[Btg2]], [[Cebpb]], [[Crem]], [[Egr1]], [[Fos]], [[Fral]], [[Fra2]], [[Fosb]], [[Hes1]], [[Jun]], [[Junb]], [[Jund]], [[核内受容体|Nr4a1]], [[核内受容体|Nr4a2]], [[Per1]], [[Per2]], [[Rb1]] | ||
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| シナプス シナプス ・可塑性関連タンパク質 || [[AchE]], [[Arc]], [[Bdnf]], [[Inhba]], [[Homer1]], [[Ntrk2]], [[Nptx2]], [[ | | シナプス シナプス ・可塑性関連タンパク質 || [[アセチルコリンエステラーゼ|AchE]], [[Arc]], [[Bdnf]], [[Inhba]], [[Homer1]], [[Ntrk2]], [[Nptx2]], [[シナプシン|Syn1]] | ||
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| シグナル伝達 || [[Cdk5]], [[Nf1]], [[Nos1]], [[Pgs2]]/[[Cox2]], [[Sgk1]] | | シグナル伝達 || [[Cdk5]], [[Nf1]], [[Nos1]], [[Pgs2]]/[[Cox2]], [[Sgk1]] | ||
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| 神経ペブチド・神経伝達物質関連 || [[Adcyap1]], [[Adrb1]], [[Adrb2]], [[Avp]], [[Crh]], [[Ddh]], [[ | | 神経ペブチド・神経伝達物質関連 || [[Adcyap1]], [[Adrb1]], [[Adrb2]], [[Avp]], [[Crh]], [[Ddh]], [[GABA受容体#GABAA.E5.8F.97.E5.AE.B9.E4.BD.93|Gabra1]], [[Gal]], [[Galr1]], [[Pdyn]], [[Penk]], [[Pnoc]], [[Sst]], [[Sstr2]], [[Tacr1]], [[Vip]] | ||
|} | |} | ||
プロモータ領域またはエンハサー領域にCRE配列が存在し、CREBによる転写調節を受けていることが報告されている、あるいは受ける可能性が高い遺伝子([[マウス]]における遺伝子名)の一部を記した。 | プロモータ領域またはエンハサー領域にCRE配列が存在し、CREBによる転写調節を受けていることが報告されている、あるいは受ける可能性が高い遺伝子([[マウス]]における遺伝子名)の一部を記した。 | ||
== 長期シナプス可塑性および長期記憶形成 == | == 長期シナプス可塑性および長期記憶形成 == | ||
神経系におけるCREBの生理機能は、様々な生物種において様々なCREB機能阻害実験によって解析されている<ref><pubmed>9530494</pubmed></ref>。[[アメフラシ]]において[[エラ引き込み反射]]の長期増強には長期促通(long-term facilitation)と呼ばれる長期シナプス可塑性が関与しているが、この時、神経細胞に抗CREB抗体やデコイとなるCRE配列を注入すると[[長期促通]]が阻害される<ref><pubmed>2141668</pubmed></ref><ref><pubmed>9428516</pubmed></ref>。[[ショウジョウバエ]]においては、[[ドミナントネガティブ型]]CREBを過剰発現させることによってCREBの機能阻害を引き起こすと、匂いと電気ショックの[[連合学習]]後に短期記憶は獲得できるものの、長期記憶は障害される<ref><pubmed>7923376</pubmed></ref>。同様に、CREB欠損マウスにおける[[ | 神経系におけるCREBの生理機能は、様々な生物種において様々なCREB機能阻害実験によって解析されている<ref><pubmed>9530494</pubmed></ref>。[[アメフラシ]]において[[エラ引き込み反射]]の長期増強には長期促通(long-term facilitation)と呼ばれる長期シナプス可塑性が関与しているが、この時、神経細胞に抗CREB抗体やデコイとなるCRE配列を注入すると[[長期促通]]が阻害される<ref><pubmed>2141668</pubmed></ref><ref><pubmed>9428516</pubmed></ref>。[[ショウジョウバエ]]においては、[[ドミナントネガティブ型]]CREBを過剰発現させることによってCREBの機能阻害を引き起こすと、匂いと電気ショックの[[連合学習]]後に短期記憶は獲得できるものの、長期記憶は障害される<ref><pubmed>7923376</pubmed></ref>。同様に、CREB欠損マウスにおける[[恐怖文脈条件づけ|文脈依存的な恐怖条件づけ課題]]では短期記憶は形成されるが長期記憶に障害があることが報告されている<ref><pubmed>7923378</pubmed></ref>。[[ラット]]を用いた[[空間学習]]課題の実験では、CREBのアンチセンスオリゴを[[海馬]]に局所注入してCREBの発現を抑制すると、短期記憶は正常に形成されるが、長期記憶には障害が生じる<ref><pubmed>9122258</pubmed></ref>。 | ||
マウスやラットにおいて海馬神経細胞におけるシナプスの[[長期増強]](long-term potentiation, LTP)は海馬依存的な学習および記憶形成に重要な役割を果たしていると考えられている。特に、数時間以上持続する[[後期LTP]](late-phase LTP)は長期記憶形成との関連が強く示唆されている。海馬神経細胞に活性化型CREBを発現させると、通常は後期LTPが起きない刺激条件でも後期LTPが成立することから、CREBあるいはCREBによって発現制御される遺伝子産物は海馬における後期LTPの成立に重要な役割を果たしていると考えられる<ref name=Barco2002/>。 | マウスやラットにおいて海馬神経細胞におけるシナプスの[[長期増強]](long-term potentiation, LTP)は海馬依存的な学習および記憶形成に重要な役割を果たしていると考えられている。特に、数時間以上持続する[[後期LTP]](late-phase LTP)は長期記憶形成との関連が強く示唆されている。海馬神経細胞に活性化型CREBを発現させると、通常は後期LTPが起きない刺激条件でも後期LTPが成立することから、CREBあるいはCREBによって発現制御される遺伝子産物は海馬における後期LTPの成立に重要な役割を果たしていると考えられる<ref name=Barco2002/>。 |