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<font size="+1">[https://researchmap.jp/read0009425 市村 徹]</font><br> | |||
''元防衛大学校 応用科学群応用化学科''<br> | |||
<font size="+1">[https://researchmap.jp/taokamasato 田岡万悟]</font><br> | |||
''東京都立大学 理学部化学科''<br> | |||
{{box|text= 14-3-3タンパク質は分子量約30kDaのサブユニットから構成される2量体タンパク質のファミリーである。ヒトでは9つの分子種(α~σアイソフォーム)の存在が確認されており、各アイソフォームは分子のN末端構造を介してホモ或いはヘテロに結合することで、その内部にU字型の溝構造を形成している。14-3-3は、この溝構造を利用することで多種多様なリン酸化タンパク質と、リン酸化に依存して結合する。脳神経系において、14-3-3は神経突起の伸長、神経分化、細胞移動と生存、神経伝達物質の合成や放出など、さまざまな細胞プロセスに関わることが報告されている。さらに、14-3- | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年2月27日 原稿完成日:2025年3月10日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/wadancnp 和田 圭司](国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター) | |||
</div> | |||
英:14-3-3 protein | |||
{{box|text= 14-3-3タンパク質は分子量約30kDaのサブユニットから構成される2量体タンパク質のファミリーである。ヒトでは9つの分子種(α~σアイソフォーム)の存在が確認されており、各アイソフォームは分子のN末端構造を介してホモ或いはヘテロに結合することで、その内部にU字型の溝構造を形成している。14-3-3は、この溝構造を利用することで多種多様なリン酸化タンパク質と、リン酸化に依存して結合する。脳神経系において、14-3-3は神経突起の伸長、神経分化、細胞移動と生存、神経伝達物質の合成や放出など、さまざまな細胞プロセスに関わることが報告されている。さらに、14-3-3は、クロイツフェルト-ヤコブ病やパーキンソン病をはじめとする神経変性疾患、神経発達疾患、神経精神疾患など、さまざまな神経疾患と遺伝的に関連することも報告されている。}} | |||
== 研究の歴史 == | == 研究の歴史 == | ||
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上記したように14-3-3ファミリーのアミノ酸配列は生物種を超えて高度に保存されているが、U字構造内部の配列はとりわけ高く保存されている<ref name=Liu1995 /> [10]('''図1''')。このU字構造と[[nonsense mediated mRNA decay factor]] ([[SMG7]])タンパク質([[ナンセンスmRNA]]の崩壊因子)のN末端領域が形成する構造は、立体的に相同であることが報告されている<ref name=Fukuhara2005><pubmed>15721257</pubmed></ref>[11]。 | 上記したように14-3-3ファミリーのアミノ酸配列は生物種を超えて高度に保存されているが、U字構造内部の配列はとりわけ高く保存されている<ref name=Liu1995 /> [10]('''図1''')。このU字構造と[[nonsense mediated mRNA decay factor]] ([[SMG7]])タンパク質([[ナンセンスmRNA]]の崩壊因子)のN末端領域が形成する構造は、立体的に相同であることが報告されている<ref name=Fukuhara2005><pubmed>15721257</pubmed></ref>[11]。 | ||
[[ファイル:Ichimura 14-3-3 Fig2.png|サムネイル|'''図2. 14-3-3オルソログの系統樹'''<br>14-3-3オルソログ配列をClustalWを用いてアラインメントし、FastTreeアルゴリズムを用いて作成した。AT, ''Arabidopsis thaliana''; CE, ''C. elegans''; DM, ''Drosophila melanogaster''; DR, ''Danio rerio''; GG, ''Gallus gallus''; HS, ''Homo sapiens''; SC, ''Saccharomyces cerevisiae''; SP, ''Schizosaccharomyces pombe''; and XL, ''Xenopus laevis''.<br>Aristizábal-Corralesら<ref name=Aristizabal-Corrales2012><pubmed>22328524</pubmed></ref>から改変して転載。]] | |||
== ファミリー == | == ファミリー == | ||
複数の14-3-3アイソフォームが真核生物([[動物界]]、[[植物界]]、[[菌界]])を構成するさまざまな細胞から見つかっている。 | 複数の14-3-3アイソフォームが真核生物([[動物界]]、[[植物界]]、[[菌界]])を構成するさまざまな細胞から見つかっている。 | ||
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ヒトでは9つのアイソフォーム(α~σアイソフォーム)が報告されており<ref name=Shinkai1996 /> [8]、これらのうち、αとδアイソフォームは、それぞれβとζアイソフォームのリン酸化型である<ref name=Aitken1995><pubmed>7890696</pubmed></ref>[12]。同様のアイソフォームは、[[ラット]]、[[マウス]]、[[ウシ]]、[[ヒツジ]]、[[ニワトリ]]、[[ツメガエル]]、[[ゼブラフィシュ]]でも確認されている。各アイソフォームは種内でもまた種間でも高い配列保存が見られる。 | ヒトでは9つのアイソフォーム(α~σアイソフォーム)が報告されており<ref name=Shinkai1996 /> [8]、これらのうち、αとδアイソフォームは、それぞれβとζアイソフォームのリン酸化型である<ref name=Aitken1995><pubmed>7890696</pubmed></ref>[12]。同様のアイソフォームは、[[ラット]]、[[マウス]]、[[ウシ]]、[[ヒツジ]]、[[ニワトリ]]、[[ツメガエル]]、[[ゼブラフィシュ]]でも確認されている。各アイソフォームは種内でもまた種間でも高い配列保存が見られる。 | ||
[[線虫]]([[C. elegans|''C. elegans'']])と[[ショウジョウバエ]]([[D. melanogaster|''D. melanogaster'']])では、それぞれ2つのアイソフォーム([[PAR-5]]と[[FTT-2]]:[[Dm14-3-3ε]]と[[Dm14-3-3ζ]])の発現が検出されている<ref name=Berdichevsky2006><pubmed>16777605</pubmed></ref> | [[線虫]]([[C. elegans|''C. elegans'']])と[[ショウジョウバエ]]([[D. melanogaster|''D. melanogaster'']])では、それぞれ2つのアイソフォーム([[PAR-5]]と[[FTT-2]]:[[Dm14-3-3ε]]と[[Dm14-3-3ζ]])の発現が検出されている<ref name=Berdichevsky2006><pubmed>16777605</pubmed></ref><ref name=Skoulakis1996><pubmed>8938125</pubmed></ref><ref name=Benton2002><pubmed>12431373</pubmed></ref>[13][14][15]。 | ||
<ref name=Skoulakis1996><pubmed>8938125</pubmed></ref><ref name=Benton2002><pubmed>12431373</pubmed></ref>[13][14][15]。 | |||
植物では[[シロイヌナズナ]]で13のアイソフォーム(μ~χアイソフォーム)の存在が確認されている<ref name=DeLille2001><pubmed>11351068</pubmed></ref>[16]。また、[[ワタ]]には6つ、[[イネ]]には8つ、[[オオムギ]]には5つ、[[タバコ]]には17の潜在的アイソフォームの存在が報告されている<ref name=Denison2011><pubmed>21907297</pubmed></ref>[17]。菌類の[[出芽酵母]]([[S. cerevisiae|''S. cerevisiae'']])と[[分裂酵母]]([[S. pombe|''S. pombe'']])では、それぞれ2つのアイソフォーム([[BMH1]]と[[BMH2]];[[Rad24]]と[[Rad25]])が見つかっている<ref name=vanHeusden1995><pubmed>7744048</pubmed></ref><ref name=Peng1997><pubmed>9278512</pubmed></ref>[18][19]。 | 植物では[[シロイヌナズナ]]で13のアイソフォーム(μ~χアイソフォーム)の存在が確認されている<ref name=DeLille2001><pubmed>11351068</pubmed></ref>[16]。また、[[ワタ]]には6つ、[[イネ]]には8つ、[[オオムギ]]には5つ、[[タバコ]]には17の潜在的アイソフォームの存在が報告されている<ref name=Denison2011><pubmed>21907297</pubmed></ref>[17]。菌類の[[出芽酵母]]([[S. cerevisiae|''S. cerevisiae'']])と[[分裂酵母]]([[S. pombe|''S. pombe'']])では、それぞれ2つのアイソフォーム([[BMH1]]と[[BMH2]];[[Rad24]]と[[Rad25]])が見つかっている<ref name=vanHeusden1995><pubmed>7744048</pubmed></ref><ref name=Peng1997><pubmed>9278512</pubmed></ref>[18][19]。 | ||
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==== 安定化物質 ==== | ==== 安定化物質 ==== | ||
14-3-3タンパク質-タンパク質間相互作用の安定化剤としては[[真菌]]が産生する[[ジテルペン配糖体]]である[[フシコクシン-A]]([[FC-A]])とそれの誘導体である[[コチレニン-A]]([[CN-A]])などがある。これらは14-3-3と[[H+-exporting P2-type ATPase|H<sup>+</sup>-exporting P2-type ATPase]] (PMA2) <ref name=Wurtele2003><pubmed>12606564</pubmed></ref>[80]、[[嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子]] ([[cystic fibrosis transmembrane conductance regulator]], [[CFTR]])<ref name=Stevers2016><pubmed>26888287</pubmed></ref>[81]、[[Raf-1]]<ref name=Molzan2013><pubmed>23808890</pubmed></ref>[82]とのタンパク質-タンパク質間を安定化することが報告されている。 | 14-3-3タンパク質-タンパク質間相互作用の安定化剤としては[[真菌]]が産生する[[ジテルペン配糖体]]である[[フシコクシン-A]]([[FC-A]])とそれの誘導体である[[コチレニン-A]]([[CN-A]])などがある。これらは14-3-3と[[H+-exporting P2-type ATPase|H<sup>+</sup>-exporting P2-type ATPase]] (PMA2) <ref name=Wurtele2003><pubmed>12606564</pubmed></ref>[80]、[[嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子]] ([[cystic fibrosis transmembrane conductance regulator]], [[CFTR]])<ref name=Stevers2016><pubmed>26888287</pubmed></ref>[81]、[[Raf-1]]<ref name=Molzan2013><pubmed>23808890</pubmed></ref>[82]とのタンパク質-タンパク質間を安定化することが報告されている。 | ||
[[ファイル:Ichimura 14-3-3 Fig3.png|サムネイル|'''図3. タンパク質レベルにおける14-3-3の働き'''<br>14-3-3はタンパク質キナーゼによってリン酸化された標的と相互作用することで、 (1)標的酵素の活性を調節する、(2)標的タンパク質の細胞内輸送を制御する、(3)標的分子を安定化させる、など多彩な役割をもつことが知られている。]] | |||
=== タンパク質レベルにおける役割 === | === タンパク質レベルにおける役割 === | ||
14-3-3が標的とするタンパク質は現在300種を超えており、その中には細胞内[[シグナル伝達]]経路を構成する一連の酵素・タンパク質が共通して含まれている<ref name=Kakiuchi2007><pubmed>17559233</pubmed></ref>[29]。こうした14-3-3の標的には、[[タンパク質リン酸化酵素]]、[[ユビキチンリガーゼ]]、代謝酵素、[[転写因子]]、[[細胞骨格]]成分、[[イオンチャンネル]]などがあげられる。14-3-3の結合は、標的リン酸化タンパク質のコンフォメーションや分子間相互作用に影響を与えることで<ref name=Tzivion2002><pubmed>11709560</pubmed></ref><ref name=Yaffe1997><pubmed>9428519</pubmed></ref><ref name=Obsil2001><pubmed>11336675</pubmed></ref><ref name=Yaffe2002><pubmed>11911880</pubmed></ref><ref name=Park2019><pubmed>31581174</pubmed></ref>[24][26][30][31][32]、結果として(1)標的酵素の活性を調節する、(2)標的タンパク質の細胞内輸送(局在)を制御する、(3)標的分子を安定化させる、など多彩な役割をもつことが知られている('''図3''')。14-3-3の相互作用にはアイソフォーム特異性があることが報告されている<ref name=Shinkai1996><pubmed>8721374</pubmed></ref>[8]。 | 14-3-3が標的とするタンパク質は現在300種を超えており、その中には細胞内[[シグナル伝達]]経路を構成する一連の酵素・タンパク質が共通して含まれている<ref name=Kakiuchi2007><pubmed>17559233</pubmed></ref>[29]。こうした14-3-3の標的には、[[タンパク質リン酸化酵素]]、[[ユビキチンリガーゼ]]、代謝酵素、[[転写因子]]、[[細胞骨格]]成分、[[イオンチャンネル]]などがあげられる。14-3-3の結合は、標的リン酸化タンパク質のコンフォメーションや分子間相互作用に影響を与えることで<ref name=Tzivion2002><pubmed>11709560</pubmed></ref><ref name=Yaffe1997><pubmed>9428519</pubmed></ref><ref name=Obsil2001><pubmed>11336675</pubmed></ref><ref name=Yaffe2002><pubmed>11911880</pubmed></ref><ref name=Park2019><pubmed>31581174</pubmed></ref>[24][26][30][31][32]、結果として(1)標的酵素の活性を調節する、(2)標的タンパク質の細胞内輸送(局在)を制御する、(3)標的分子を安定化させる、など多彩な役割をもつことが知られている('''図3''')。14-3-3の相互作用にはアイソフォーム特異性があることが報告されている<ref name=Shinkai1996><pubmed>8721374</pubmed></ref>[8]。 | ||
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=== 脳神経系での機能 === | === 脳神経系での機能 === | ||
脳神経系において、14-3- | 脳神経系において、14-3-3は上記したチロシン水酸化酵素やトリプトファン水酸化酵素、[[セロトニン''N''-アセチル転移酵素]](NAT)<ref name=Obsil2001 /> [30]と相互作用し酵素活性を制御することで細胞内モノアミンレベルの調節に関わっている。また[[カルシウム|Ca<sup>2+</sup>]]シグナルに応じて[[神経伝達物質]]の放出([[エキソサイトーシス]])を促進する役割が確認されている<ref name=Morgan1992><pubmed>1538762</pubmed></ref>[45]。シナプスにおける働きとしてよりよく理解されているのは、さまざまなイオンチャンネルのモジュレーターとしての役割である。代表的な標的チャンネルとして、[[ニコチン性アセチルコリン受容体]](α4β2nAChR <ref name=Jeanclos2001><pubmed>11352901</pubmed></ref>[46])、[[電位依存性カルシウムチャンネル]]([[CaV2.2]] <ref name=Li2006><pubmed>16982421</pubmed></ref>[47])、[[カリウムチャンネル]]([[KCNK3]] | ||
<ref name=O'Kelly2002><pubmed>12437930</pubmed></ref>[48] | <ref name=O'Kelly2002><pubmed>12437930</pubmed></ref>[48])、[[塩素イオンチャンネル|塩素チャンネル]](CFTR | ||
<ref name=Liang2012><pubmed>22278744</pubmed></ref>[49] | <ref name=Liang2012><pubmed>22278744</pubmed></ref>[49])、[[NMDA受容体]] ([[NR2C]]サブユニット<ref name=Chen2009><pubmed>19477150</pubmed></ref>[50])などが上げられる。14-3-3のリン酸化依存性相互作用は、チャンネル活性を調節し、あるいは細胞内輸送や構造安定性に影響を与えることによって、効率的なシナプス伝達の維持・制御に寄与していることが報告されている。 | ||
[[マウス]][[海馬]]において阻害ペプチドであるdifopein(dimeric fourteen-three-three peptide inhibitor)を用い14-3-3を阻害すると、[[CA3]]-[[CA1]]シナプスにおける[[連想学習]]と[[記憶行動]]を障害され、[[長期増強]]([[LTP]])を抑制されることが明らかになっている<ref name=Qiao2014><pubmed>24695700</pubmed></ref>[51]。またdifopeinは14-3-3と[[LRRK2]]キナーゼの相互作用を妨害し、マウス海馬の[[初代培養]]ニューロンの[[神経突起]]伸長を短縮化させることも知られている<ref name=Lavalley2016><pubmed>26546614</pubmed></ref>[52]。14-3-3は[[δカテニン]]、[[NUDEL]]、[[LIMドメイン含有キナーゼ]] ([[LIMK]])や[[コフィリン]]などに相互作用することで、神経細胞の移動、神経分化、形態形成、[[構造可塑性]]を制御することが報告されている<ref name=Cornell2017><pubmed>29075177</pubmed></ref>[53]。これらの標的に加えて、14-3-3は、次項に列挙したものを含む多種多様なタンパク質と結合することによって、脳神経系で機能していると考えられる。 | |||
== 疾患との関わり == | == 疾患との関わり == | ||
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=== クロイツフェルト-ヤコブ病 === | === クロイツフェルト-ヤコブ病 === | ||
[[プリオン]]タンパク質(PrP)のミスフォールディングによって引き起こされる致死性の[[海綿状脳症]]である。治療法は現在開発されておらず、対症療法が主体である。生前の確定診断法はないが、[[脳脊髄液]]由来の14-3-3タンパク質が[[クロイツフェルト-ヤコブ病]]の信頼できるマーカーになりうることが報告されている<ref name=Hsich1996><pubmed>8782499</pubmed></ref>[54]。14-3-3タンパク質の脳脊髄液への漏出は、クロイツフェルト-ヤコブ病による脳神経細胞の広範な破壊に依存している可能性が指摘されている<ref name=Muayqil2012><pubmed>22993290</pubmed></ref>。[55] | |||
[54]。14-3- | |||
=== アルツハイマー病 === | === アルツハイマー病 === | ||
[[アルツハイマー病]]とは数百万人が罹患しており、徐々に悪化する神経変性疾患である。[[アミロイド斑]]と[[神経原線維変化]]という2つの病理学的特徴があげられる。神経原線維変化は、異常にリン酸化されたタウタンパク質の凝集によって主に構成されており、14-3-3は、リン酸化されたタウに結合し<ref name=Hashiguchi2000><pubmed>10840038</pubmed></ref>[56]その機能や安定性を制御することで、神経原線維変化へのタウの凝集を調節していると推定されている<ref name=Shimada2013><pubmed>24364034</pubmed></ref><ref name=Abdi2024><pubmed>38375509</pubmed></ref>[57][58]。また、14-3-3は、アルツハイマー病の[[アミロイド斑]]の主成分である[[アミロイドβ]]のクリアランスに関係することも報告されている<ref name=Abdi2024 />[58]。さらに、14-3-3はアルツハイマー病患者の脳や脳脊髄液中で発現レベルが異常化していることも判明しており、その異常がアルツハイマー病の病態マーカーになる可能性も示唆されている。 | |||
=== パーキンソン病 === | === パーキンソン病 === | ||
[[パーキンソン病]]とは[[黒質]]の[[ドーパミン]]神経細胞の障害によって発症する[[神経変性疾患]]である。患者の脳では、[[レビー小体]]と呼ばれる線維状タンパク質を含む不溶性の凝集体が観察され、14-3-3はレビー小体に存在することが証明されている<ref name=Kawamoto2002><pubmed>11895039</pubmed></ref>[59]。さらに14-3-3は、パーキンソン病の発症と進行に関係する3大主要因子であるLRRK2、[[α-シヌクレイン]]、[[パーキン]]らのすべてと相互作用し、その活性を制御したり細胞内局在を変化させたり、あるいは安定化するなどの役割が報告されている<ref name=Giusto2021><pubmed>34548498</pubmed></ref>[60]。14-3-3のアミノ酸配列にはα-シヌクレインと相同的な領域がある<ref name=Ostrerova1999><pubmed>10407019</pubmed></ref>[61]。 | |||
=== 筋萎縮性側索硬化症 === | === 筋萎縮性側索硬化症 === | ||
[[筋萎縮性側索硬化症]]とは筋力低下と筋萎縮を特徴とする致死的な運動ニューロン疾患である。神経病理学的特徴として、[[ニューロフィラメント]](NF)や[[TDP-43]]、[[SOD]]などを含む[[レビー小体様ヒアリン封入体]](LBHI)の存在があげられる。患者でも動物モデルでも、14-3-3はLBHIに存在することが証明されている<ref name=Kawamoto2004><pubmed>15378322</pubmed></ref>[62]。14-3-3は、NF軽鎖にリン酸化依存的に結合して安定化させることで、ニューロフィラメント軽鎖を介する[[凝集体]]形成を抑制すると推定されている<ref name=Miao2013><pubmed>23230147</pubmed></ref>[63]。また、14-3-3θのmRNA発現レベルが患者の脊髄で上昇していることも明らかにされている<ref name=Malaspina2000><pubmed>11080204</pubmed></ref> [64]。 | |||
=== ポリグルタミン病 === | === ポリグルタミン病 === | ||
==== 脊髄小脳失調症 ==== | |||
[[脊髄小脳失調症]]1型([[SCA1]])は、[[アタキシン-1]]における[[ポリグルタミン]](ポリQ)鎖の異状伸長によって引き起こされる致死性の神経変性疾患である。SCA1における病態の顕著な部位は小脳プルキンエ細胞であり、そこでは異状アタキシン-1が核に入り込み、封入体を形成する。14-3-3は、リン酸化されたアタキシン-1に結合し<ref name=Chen2003><pubmed>12757707</pubmed></ref>[65]、[[脱リン酸化]]を防ぐとともに核への移行を阻害する役割が報告されている<ref name=Lai2011><pubmed>21835928</pubmed></ref>[66]。14-3-3εの部分欠損がSCA1の小脳表現型を改善するという所見は、14-3-3がSCA1の病因に寄与していることを示唆している<ref name=Jafar-Nejad2011><pubmed>21245341</pubmed></ref>[67]。 | |||
=== ハンチントン病 === | ==== ハンチントン病 ==== | ||
[[ハンチントン病]]とは[[常染色体顕性遺伝]]の進行性神経変性疾患であり、[[ハンチンチン]]タンパク質におけるポリQ鎖の伸長によって引き起こされる。14-3-3は、この異常ハンチンチンの封入体形成を促進することで、ミスフォールディングしたハンチンチンを除去する役割が示唆されている<ref name=Kaneko2006><pubmed>16516399</pubmed></ref>[68]。[[siRNA]]による14-3-3ζの減少は異状ハンチンチンの封入体形成を阻害したことから<ref name=Omi2008><pubmed>18078716</pubmed></ref>[69]、14-3-3が封入体形成に関与することも示唆されている。 | |||
=== ミラー・ディーカー症候群 === | === ミラー・ディーカー症候群 === | ||
[[ミラー・ディーカー症候群]]とは[[lissencephaly]]([[滑脳症]])のより重篤な型であり、ヒトとマウスに脳の異常を伴うまれな[[神経細胞移動]]障害を引き起こす。14-3-3ε遺伝子YWHAEが存在する[[染色体]]領域17p13-3はミラー・ディーカー症候群患者で常に欠損していることが明らかになっている<ref name=Toyo-oka2003><pubmed>12796778</pubmed></ref>[70]。14-3-3εは、[[CDK5]]でリン酸化されたNUDELに結合し、NUDELのリン酸化状態を保護することで、神経細胞の移動を制御していることが報告されている<ref name=Toyo-oka2003 /> [70]。NUDELは、[[LIS1]]結合タンパク質として知られており、この複合体は細胞質[[ダイニン]]重鎖機能を制御する、神経細胞の移動に必須な因子である<ref name=Taya2007><pubmed>17202468</pubmed></ref>[71]。このことは、14-3-3εが神経細胞移動に必須の役割を担っていることを示唆している。実際、14-3-3ε欠損マウスは、海馬の欠損、皮質の菲薄化、移動距離の減少、神経細胞死の増加などの脳構造の異状を示す。しかし14-3-3εの単独欠失では、発症しないことが報告されている<ref name=Denomme-Pichon2023><pubmed>36999555</pubmed></ref>[72]。 | |||
=== 統合失調症 === | === 統合失調症 === | ||
[[統合失調症]]とは[[陽性症状]]、[[陰性症状]]、[[認知症状]]の組み合わせによって特徴付けられる[[精神神経疾患]]であり、高い遺伝性があることが示されている。遺伝子解析により、14-3-3η遺伝子YWHAHが存在する染色体領域22q12-13との関連が示唆されている。実際、14-3-3η遺伝子の[[一塩基多型]](SNP)との有意な関連は、様々なヒトサンプルを用いた多くの研究で証明されている<ref name=Toyooka1999><pubmed>10206237</pubmed></ref><ref name=Bell2000><pubmed>11121172</pubmed></ref>[73][74]。患者の脳サンプルにおいて、14-3-3ηを含む多くの14-3-3アイソフォームのmRNA発現レベルが変化していることが明らかになっている。また、14-3-3εヘテロ接合体ノックアウトマウスは、海馬や皮質の構造変化や[[ワーキングメモリー]]障害などの表現型を表すことから、初めての動物モデルとして提唱されている<ref name=Ikeda2008><pubmed>18658164</pubmed></ref>[75]。 | |||
==参考文献== |