「細胞外マトリックス」の版間の差分

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<font size="+1">金河 大</font><br>
''奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年5月30日 原稿完成日:2012年7月10日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/haruokasai 河西 春郎](東京大学 大学院医学系研究科)<br>
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英語:extracellular matrix、英略語:ECM  
英語:extracellular matrix、英略語:ECM  


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 細胞外マトリックス(ECM)は組織を裏打ちする[[基底膜]]や、細胞間隙に存在する糖とタンパク質の複合体である。脳においては神経細胞の分化や移動、[[軸索]]伸長、[[髄鞘|髄鞘化]]、損傷に対する応答といった細胞の挙動をはじめ、[[シナプス新生]]や[[シナプス可塑性]]の制御といった機能もある。  
 細胞外マトリックス(ECM)は組織を裏打ちする[[基底膜]]や、細胞間隙に存在する糖とタンパク質の複合体である。脳においては神経細胞の分化や移動、[[軸索]]伸長、[[髄鞘|髄鞘化]]、損傷に対する応答といった細胞の挙動をはじめ、[[シナプス新生]]や[[シナプス可塑性]]の制御といった機能もある。  
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== ECMの種類 ==
== ECMの種類 ==
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=== 発達とECM ===
=== 発達とECM ===


 マウスの胎生後期から出生後早期に、未熟型細胞外マトリックスが形成され始める。このとき、ヒアルロン酸、ニューロカン、バーシカンV0、バーシカンV1、テネイシンC、リンクタンパク質であるHAPLN1/Cartilage link protein1からなる。ニューロカンやバーシカンV0/V1の発達は、出生後すぐに発現のピークをむかえ、その後、急激に減少する。テネイシンCは、生後2~3週間で減少するが、[[上衣層]]や海馬といった神経新生の盛んな場所では発現が維持される。出生後2週間を過ぎると、これまでの比較的緩い未熟型細胞外マトリックスからより硬いメッシュ状となった成体の細胞外マトリックスに変化していく。成熟型のマトリックスは、初期のマトリックスと相同のバーシカンV2、アグレカン、ブレビカン、フォスファカン、テネイシンR、HAPLN/Bra1、HAPLN/Bra2より成る<ref name="ref5"><pubmed> 18696101 </pubmed></ref>。  
 マウスの胎生後期から出生後早期に、未熟型細胞外マトリックスが形成され始める。このとき、ヒアルロン酸、ニューロカン、バーシカンV0、バーシカンV1、テネイシンC、リンクタンパク質であるHAPLN1/Cartilage link protein1からなる。ニューロカンやバーシカンV0/V1の発達は、出生後すぐに発現のピークをむかえ、その後、急激に減少する。テネイシンCは、生後2~3週間で減少するが、[[上衣層]]や海馬といった[[神経新生]]の盛んな場所では発現が維持される。出生後2週間を過ぎると、これまでの比較的緩い未熟型細胞外マトリックスからより硬いメッシュ状となった成体の細胞外マトリックスに変化していく。成熟型のマトリックスは、初期のマトリックスと相同のバーシカンV2、アグレカン、ブレビカン、フォスファカン、テネイシンR、HAPLN/Bra1、HAPLN/Bra2より成る<ref name="ref5"><pubmed> 18696101 </pubmed></ref>。  


==== 神経幹細胞の維持と分化 ====
==== 神経幹細胞の維持と分化 ====
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==== ランビエ絞輪 ====
==== ランビエ絞輪 ====


 ランビエ絞輪の周りにはプロテオグリカンやテネイシンR、ラミニン、ジストログリカンが覆っており、局所的な[[wikipedia:JA:陽イオン|陽イオン]]の濃度や[[電位依存性ナトリウム+チャネル|電位依存性ナトリウムチャネル]]集合化を制御していると考えられている<ref name="ref6" />。  
 ランビエ絞輪の周りにはプロテオグリカンやテネイシンR、ラミニン、ジストログリカンが覆っており、局所的な[[wikipedia:JA:陽イオン|陽イオン]]の濃度や[[電位依存性ナトリウム+チャネル|電位依存性ナトリウムチャネル]]集合化を制御していると考えられている<ref name="ref6" />。


=== 可塑性とECM ===
=== 可塑性とECM ===
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 発達過程の中枢神経系において、アストロサイトから分泌されたトロンボスポンジン1と2が[[電位依存性カルシウムチャネル]]サブユニットα2δ-1と相互作用することにより、興奮性シナプスの新生が誘導されることが示されている<ref name="ref9"><pubmed> 22285841 </pubmed></ref>。  
 発達過程の中枢神経系において、アストロサイトから分泌されたトロンボスポンジン1と2が[[電位依存性カルシウムチャネル]]サブユニットα2δ-1と相互作用することにより、興奮性シナプスの新生が誘導されることが示されている<ref name="ref9"><pubmed> 22285841 </pubmed></ref>。  


 アグリンは、大脳、海馬、扁桃体において高発現のセリンプロテアーゼ、[[ニューロトリプシン]]によって切断される、それによって生じた断片が樹状突起[[フィロポディア]]の成長を誘導することが示されている<ref name="ref10"><pubmed> 20944663 </pubmed></ref>。  
 アグリンは、大脳、海馬、扁桃体において高発現の[[細胞外プロテアーゼ]]、[[ニューロトリプシン]]によって切断される、それによって生じた断片が樹状突起[[フィロポディア]]の成長を誘導することが示されている<ref name="ref10"><pubmed> 20944663 </pubmed></ref>。  


==== シナプス可塑性 ====
==== シナプス可塑性 ====


 リーリンが[[Very–low-density lipoprotein receptor]](VLDLR)や[[Apolipoprotein E receptor type2]](APOER2)のリポタンパク質受容体に結合することで細胞内アダプタータンパク質[[Disabled1]](DAB1)を活性化する<ref name="ref10" />。それが[[Src family tyrosine kinase]](SFK)を活性化し、[[NMDA受容体|NMDA型グルタミン酸受容体]]の[[チロシンリン酸]]化を引き起こす<ref name="ref10" />。これにより、NMDAグルタミン酸受容体のCa<sup>2+</sup>の流入量が増え、シナプス可塑性を誘導する<ref name="ref10" />。  
 リーリンが[[Very–low-density lipoprotein receptor]](VLDLR)や[[Apolipoprotein E receptor type2]](APOER2)のリポタンパク質受容体に結合することで細胞内アダプタータンパク質[[Disabled 1]]([[DAB1]])を活性化する<ref name="ref10" />。それが[[Src family tyrosine kinase]](SFK)を活性化し、[[NMDA型グルタミン酸受容体]]の[[チロシンリン酸]]化を引き起こす<ref name="ref10" />。これにより、NMDAグルタミン酸受容体のCa<sup>2+</sup>の流入量が増え、シナプス可塑性を誘導する<ref name="ref10" />。  


 テネイシンCやヒアルロン酸が、[[電位依存性カルシウムチャネル|L型電位依存性カルシウムチャネル ]](L-type voltage-dependent Ca<sup>2+</sup> channel, LVDCC)の活性をサポートし、LVDCCのCa<sup>2+</sup>流入量が増えることでLTPが誘導されると考えられている<ref name="ref10" />。しかし、テネイシンCもしくはヒアルロン酸のLVDCCへの直接的結合はまだ示されていない<ref name="ref10" />。  
 テネイシンCやヒアルロン酸が、[[電位依存性カルシウムチャネル|L型電位依存性カルシウムチャネル ]](L-type voltage-dependent Ca<sup>2+</sup> channel, LVDCC)の活性をサポートし、LVDCCのCa<sup>2+</sup>流入量が増えることでLTPが誘導されると考えられている<ref name="ref10" />。しかし、テネイシンCもしくはヒアルロン酸のLVDCCへの直接的結合はまだ示されていない<ref name="ref10" />。  


 ヒアルロン酸を骨格としたPNが[[AMPA型受容体|AMPA型グルタミン酸受容体]]のシナプス外の膜領域への移行を妨げ、シナプス領域の区画化の役割を果たすことが示されている<ref name="ref4" /><ref name="ref6" />。テネイシンRは、LTPの誘導を[[GABA]]作動性[[介在ニューロン]]による[[海馬|海馬]][[CA1]][[錐体細胞]]の[[細胞体周辺抑制]](Perisomatic inhibition)のレベルを設定することによって起こす<ref name="ref10" />。  
 ヒアルロン酸を骨格としたPNが[[AMPA型グルタミン酸受容体]]のシナプス外の膜領域への移行を妨げ、シナプス領域の区画化の役割を果たすことが示されている<ref name="ref4" /><ref name="ref6" />。テネイシンRは、LTPの誘導を[[GABA]]作動性[[介在ニューロン]]による[[海馬|海馬]][[CA1]][[錐体細胞]]の[[細胞体周辺抑制]](Perisomatic inhibition)のレベルを設定することによって起こす<ref name="ref10" />。  


 神経可塑性においてCSPGは、形態の安定性に関わっていると考えられる。[[単眼遮蔽]]により成体において生じた[[眼優位性]]の固定は、[[Chondroitinase ABC]](ChABC)よりCSPGを酵素消化によって可塑的になる<ref name="ref6" />。海馬スライスをChABCで処理すると、CA1の[[LTP]]や[[LTD]]が阻害される<ref name="ref10" />。[[恐怖記憶実験]]では、CSPGは記憶の安定性に関わる<ref name="ref10" />。  
 神経可塑性においてCSPGは、形態の安定性に関わっていると考えられる。[[単眼遮蔽]]により成体において生じた[[眼優位性]]の固定は、[[Chondroitinase ABC]](ChABC)よりCSPGを酵素消化によって可塑的になる<ref name="ref6" />。海馬スライスをChABCで処理すると、CA1の[[LTP]]や[[LTD]]が阻害される<ref name="ref10" />。[[恐怖記憶実験]]では、CSPGは記憶の安定性に関わる<ref name="ref10" />。


=== 再生とECM ===
=== 再生とECM ===
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== 参考文献 ==
== 参考文献 ==


<references />  
<references />
 
<br> (執筆者:金河大 担当編集委員:河西春郎)