「エストロゲン」の版間の差分

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=== 核内受容体ER ===
=== 核内受容体ER ===
 核内受容体のER&alpha;とER&beta;は細胞内に局在している。細胞内のエストロゲンがERに結合すると、ERはホモ二量体(&alpha;&alpha;, &beta;&beta;)あるいはヘテロ二量体(&alpha;&beta;)を形成して活性化する。活性化したER二量体はZnフィンガーモチーフを介してDNAに結合して遺伝子の転写を促進する('''図4''')。ERが認識する主なDNA配列はGGTCAnnnTGACCであり、[[エストロゲン応答エレメント]] (estrogen response element; ERE)と呼ばれる。ERの標的遺伝子には[[サイクリンD1]] ([[CCND1]])や[[トレフォイル因子1]] ([[trefoil factor 1]]; [[TFF1]])、[[核内受容体相互作用タンパク質1]] ([[nuclear receptor interacting protein 1]]; [[NRIP1]])、[[growth regulation by estrogen in breast cancer 1]] ([[GREB1]])などが存在する<ref name=Eeckhoute2006><pubmed>16980581</pubmed></ref><ref name=Lin2004><pubmed>15345050</pubmed></ref>。CCND1は広く細胞の増殖を促進し、TFF1は乳がん細胞の浸潤<ref name=Prest2002><pubmed>11919164</pubmed></ref>、NRIP1は乳腺の発達<ref name=Lapierre2015><pubmed>26116758</pubmed></ref>、GREB1は乳がん細胞の増殖に関わる<ref name=Hodgkinson2018><pubmed>29973689</pubmed></ref>。エストロゲンは[[骨代謝]]にも重要であり、骨代謝過程においてエストロゲン依存的な制御を受けるタンパク質群も同定されている<ref name=Pastorelli2005><pubmed>16237733</pubmed></ref>。また、ERは[[silencing mediator of retinoid and thyroid receptors]] ([[SMRT]])や[[核内受容体コリプレッサー]] ([[nuclear receptor corepressor]]; NCoR)をリクルートして転写のリプレッサーとしても機能することが報告されている<ref name=Huang2002><pubmed>12145334</pubmed></ref><ref name=Shang2000><pubmed>11136970</pubmed></ref>。
 核内受容体のER&alpha;とER&beta;は細胞内に局在している。細胞内のエストロゲンがERに結合すると、ERはホモ二量体(&alpha;&alpha;, &beta;&beta;)あるいはヘテロ二量体(&alpha;&beta;)を形成して活性化する。活性化したER二量体はZnフィンガーモチーフを介してDNAに結合して遺伝子の転写を促進する('''図4''')。ERが認識する主なDNA配列はGGTCAnnnTGACCであり、[[エストロゲン応答エレメント]] (estrogen response element; ERE)と呼ばれる。ERの標的遺伝子には[[サイクリンD1]] ([[CCND1]])や[[トレフォイル因子1]] ([[trefoil factor 1]]; [[TFF1]])、[[核内受容体相互作用タンパク質1]] ([[nuclear receptor interacting protein 1]]; [[NRIP1]])、[[growth regulation by estrogen in breast cancer 1]] ([[GREB1]])などが存在する<ref name=Eeckhoute2006><pubmed>16980581</pubmed></ref><ref name=Lin2004><pubmed>15345050</pubmed></ref>。CCND1は広く細胞の増殖を促進し、TFF1は乳がん細胞の浸潤<ref name=Prest2002><pubmed>11919164</pubmed></ref>、NRIP1は乳腺の発達<ref name=Lapierre2015><pubmed>26116758</pubmed></ref>、GREB1は乳がん細胞の増殖に関わる<ref name=Hodgkinson2018><pubmed>29973689</pubmed></ref>。エストロゲンは[[骨代謝]]にも重要であり、骨代謝過程においてエストロゲン依存的な制御を受けるタンパク質群も同定されている<ref name=Pastorelli2005><pubmed>16237733</pubmed></ref>。また、ERは[[silencing mediator of retinoid and thyroid receptors]] ([[SMRT]])や[[核内受容体コリプレッサー]] ([[nuclear receptor corepressor]]; [[NCoR]])をリクルートして転写のリプレッサーとしても機能することが報告されている<ref name=Huang2002><pubmed>12145334</pubmed></ref><ref name=Shang2000><pubmed>11136970</pubmed></ref>。


 EREを介したER依存的な経路が[[古典的経路]] ([[classical pathway]])と称される一方で、[[非古典的経路]] ([[non-classical pathway]])もいくつか報告されている。[[セカンドメッセンジャー]]を介したリガンド非依存的なERの活性化や膜に局在するERを介したシグナル伝達、ERと他の[[転写因子]]、例えば、[[活性化タンパク質1]] ([[activator protein 1]]; [[AP-1]])や[[specificity protein 1]] ([[Sp1]])、[[核内因子&kappa;B]] ([[nuclear factor-&kappa;B]]; [[NF-&kappa;B]])との相互作用を介して、ERE非依存的に遺伝子発現を制御する経路が示されている<ref name=McDevitt2008><pubmed>18534740</pubmed></ref>。
 EREを介したER依存的な経路が[[古典的経路]] ([[classical pathway]])と称される一方で、[[非古典的経路]] ([[non-classical pathway]])もいくつか報告されている。[[セカンドメッセンジャー]]を介したリガンド非依存的なERの活性化や膜に局在するERを介したシグナル伝達、ERと他の[[転写因子]]、例えば、[[活性化タンパク質1]] ([[activator protein 1]]; [[AP-1]])や[[specificity protein 1]] ([[Sp1]])、[[核内因子&kappa;B]] ([[nuclear factor-&kappa;B]]; [[NF-&kappa;B]])との相互作用を介して、ERE非依存的に遺伝子発現を制御する経路が示されている<ref name=McDevitt2008><pubmed>18534740</pubmed></ref>。
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 また、17β-エストラジオールと[[長期増強]]([[LTP]])との関連も報告されている。雄ラットの海馬スライスにレトロゾールを処置すると、海馬[[CA1]]領域のLTPの振幅が60%減少する一方、ベースラインには影響しない<ref name=Grassi2011><pubmed>21749911</pubmed></ref>。レトロゾールは、脳内でテストステロンを増加させる可能性があるが、Tozziらは、アンドロゲン受容体阻害薬が雄ラットから調製した海馬切片のLTPに影響を及ぼさないことを示している<ref name=Tozzi2019><pubmed>31866827</pubmed></ref>。従って、17β-エストラジオールは海馬CA1錐体細胞層に作用して、LTPに影響すると考えられる。
 また、17β-エストラジオールと[[長期増強]]([[LTP]])との関連も報告されている。雄ラットの海馬スライスにレトロゾールを処置すると、海馬[[CA1]]領域のLTPの振幅が60%減少する一方、ベースラインには影響しない<ref name=Grassi2011><pubmed>21749911</pubmed></ref>。レトロゾールは、脳内でテストステロンを増加させる可能性があるが、Tozziらは、アンドロゲン受容体阻害薬が雄ラットから調製した海馬切片のLTPに影響を及ぼさないことを示している<ref name=Tozzi2019><pubmed>31866827</pubmed></ref>。従って、17β-エストラジオールは海馬CA1錐体細胞層に作用して、LTPに影響すると考えられる。


 遺伝子発現変化を伴わないnon-genomic signaling pathwaysおよび遺伝子発現変化を伴うgenomic signaling pathwaysの双方が17β-エストラジオールによるシナプスの構造形成や機能の調節に関わっている。Non-genomic signaling pathwaysにおいて、[[Ak strain transforming]] ([[Akt]])シグナル([[プロテインキナーゼB]])やERKシグナルを中心としたリン酸化シグナルが主要なメカニズムであると考えられている<ref name=Levenga2017><pubmed>29173281</pubmed></ref><ref name=Mao2016><pubmed>26567109</pubmed></ref><ref name=Sweatt2001><pubmed>11145972</pubmed></ref>。一方、17β-エストラジオールは[[サイクリックAMP応答配列結合タンパク質]] ([[cAMP responsive element binding protein]]; [[CREB]])の活性化を介して[[脳由来神経栄養因子]] ([[brain-derived neurotrophic factor]]; [[BDNF]])や[[PDS-95]]の発現を増大させ、[[シナプス可塑性]]を調節することも示唆されている<ref name=Lu2019><pubmed>30728170</pubmed></ref>。
 遺伝子発現変化を伴わないnon-genomic signaling pathwaysおよび遺伝子発現変化を伴うgenomic signaling pathwaysの双方が17β-エストラジオールによるシナプスの構造形成や機能の調節に関わっている。Non-genomic signaling pathwaysにおいて、[[Ak strain transforming]] ([[Akt]])シグナル([[プロテインキナーゼB]])やERKシグナルを中心としたリン酸化シグナルが主要なメカニズムであると考えられている<ref name=Levenga2017><pubmed>29173281</pubmed></ref><ref name=Mao2016><pubmed>26567109</pubmed></ref><ref name=Sweatt2001><pubmed>11145972</pubmed></ref>。一方、17β-エストラジオールは[[サイクリックAMP応答配列結合タンパク質]] ([[cAMP responsive element binding protein]]; [[CREB]])の活性化を介して[[脳由来神経栄養因子]] ([[brain-derived neurotrophic factor]]; [[BDNF]])や[[PSD-95]]の発現を増大させ、[[シナプス可塑性]]を調節することも示唆されている<ref name=Lu2019><pubmed>30728170</pubmed></ref>。


=== 認知機能 ===
=== 認知機能 ===

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