「トランスフォーミング増殖因子β」の版間の差分

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<font size="+1">[https://researchmap.jp/p03164chelsea 中島崇行]</font><br>
<font size="+1">[https://researchmap.jp/read0065257 中島 崇行]</font><br>
''大阪公立大学 大学院獣医学研究科獣医解剖学教室''<br>
''大阪公立大学 大学院獣医学研究科獣医解剖学教室''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年3月27日 原稿完成日:2025年4月4日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年3月27日 原稿完成日:2025年4月4日<br>
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英:Transforming growth factor-β<br>
英:Transforming growth factor-β<br>
英略語:TGF-β
英略語:TGF-β
{{box|text= TGF-βは、骨形成因子やアクチビン、インヒビンなどと共にTGF-βスーパーファミリーに属するサイトカインで、発生過程や成体において多様な細胞機能を調節する。哺乳類のTGF-βには、β1、β2、β3の3つのアイソフォームがあり、これらは神経系で異なる発現パターンを示す。TGF-βはN末端シグナルペプチド、潜在関連ペプチド(LAP)、C末端成熟フラグメントの3つのフラグメントからなる前駆体タンパク質として細胞内で産生される。前駆体タンパク質は細胞内でプロセッシングを受けた後、small latent complex (SLC)と呼ばれる二量体複合体となる。この二量体複合体はlatent TGF-β-binding protein (LTBP)と結合してlarge latent complex (LLC)と呼ばれるさらに大きな潜在型複合体となった後、細胞外へ分泌される。TGF-βが生理的作用を発揮するにはLLC内から成熟TGF-βが遊離される必要がある。遊離した成熟型TGF-βが細胞表面にある受容体に結合すると、細胞内シグナルタンパク質であるSMADが活性化する。活性化したSMADは細胞質から核に移行して標的遺伝子の発現を調節する。TGF-βの細胞内シグナル伝達にはSMADの代わりにMAP kinaseやNFBを介した経路もある。神経系でのTGF-βは、神経細胞やグリア細胞の機能に影響を与え、細胞増殖や生存に関与する。TGF-βはアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経疾患に関連していることが示唆されている。特にTGF-βはパーキンソン病と関連性が深い黒質線条体ドーパミン細胞の生存に寄与していることが示唆されている。}}
{{box|text= TGF-βは、骨形成因子やアクチビン、インヒビンなどと共にTGF-βスーパーファミリーに属するサイトカインで、発生過程や成体において多様な細胞機能を調節する。哺乳類のTGF-βには、β1、β2、β3の3つのアイソフォームがあり、これらは神経系で異なる発現パターンを示す。TGF-βはN末端シグナルペプチド、潜在関連ペプチド(LAP)、C末端成熟フラグメントの3つのフラグメントからなる前駆体タンパク質として細胞内で産生される。前駆体タンパク質は細胞内でプロセッシングを受けた後、small latent complex (SLC)と呼ばれる二量体複合体となる。この二量体複合体はlatent TGF-β-binding protein (LTBP)と結合してlarge latent complex (LLC)と呼ばれるさらに大きな潜在型複合体となった後、細胞外へ分泌される。TGF-βが生理的作用を発揮するにはLLC内から成熟TGF-βが遊離される必要がある。遊離した成熟型TGF-βが細胞表面にある受容体に結合すると、細胞内シグナルタンパク質であるSMADが活性化する。活性化したSMADは細胞質から核に移行して標的遺伝子の発現を調節する。TGF-βの細胞内シグナル伝達にはSMADの代わりにMAP kinaseやNF&kappa;Bを介した経路もある。神経系でのTGF-βは、神経細胞やグリア細胞の機能に影響を与え、細胞増殖や生存に関与する。TGF-βはアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経疾患に関連していることが示唆されている。特にTGF-βはパーキンソン病と関連性が深い黒質線条体ドーパミン細胞の生存に寄与していることが示唆されている。}}


== トランスフォーミング増殖因子βとは ==
== トランスフォーミング増殖因子βとは ==
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==== 非古典的シグナル伝達経路 ====
==== 非古典的シグナル伝達経路 ====
 SMAD非依存的シグナル伝達経路である。TGF-βは[[extracellular signal-regulated kinase 1]]/[[extracellular signal-regulated kinase 2|2]] ([[Erk1]]/[[Erk2|2]]) 、[[c-Jun N-terminal kinase]] ([[JNK]])、[[p38 MAPK]]を含む[[mitogen-activated protein kinases]] ([[MAPKs]])、[[nuclear factor-kappa B]] ([[NF-κB]])、[[Rho-like GTPases]]、[[phosphatidylinositol-3-kinase]] ([[PI3K]])/[[AKT]]も活性化させる<ref name=Mu2012><pubmed>21701805</pubmed></ref><ref name=Choi2012><pubmed>22835455</pubmed></ref><ref name=Freudlsperger2013><pubmed>22641218</pubmed></ref>。これらのシグナル伝達分子のうち、JNKとp38 MAPKはセリン/スレオニンタンパク質リン酸化酵素である[[TGF-β-activated kinase1]] ([[TAK1]]) 活性の経路によって活性化される。TAK1は[[TAK1-binding protein 2]] ([[TAB2]]) および[[ユビキチンリガーゼ]]である[[tumor necrosis factor receptor associated factor 6]] ([[TRAF6]]) との複合体を形成することでTβRIと結合しているが、TGF-β1の受容体への結合によってTAK1は[[TβRI]]から遊離される。遊離したTAK1はTAB1と相互作用することで自己リン酸化を引き起こし、活性状態となる。活性化したTAK1は[[MKK3]]-p38や[[MKK4]]-JNKカスケードなどの下流のシグナル伝達経路を活性化することで、細胞内にTGF-βの刺激を伝達する<ref name=Choi2012></ref>。
 SMAD非依存的シグナル伝達経路である。TGF-βは[[細胞外シグナル調節キナーゼ 1]]/[[細胞外シグナル調節キナーゼ 2|2]] ([[Erk1]]/[[Erk2|2]]) 、[[c-Jun N末端キナーゼ]] ([[JNK]])、[[p38 MAPK]]を含む[[分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ]] ([[MAPKs]])、[[nuclear factor-kappa B]] ([[NF-κB]])、[[Rho-like GTPases]]、[[ホスファチジルイノシトール3キナーゼ]] ([[PI3K]])/[[AKT]]も活性化させる<ref name=Mu2012><pubmed>21701805</pubmed></ref><ref name=Choi2012><pubmed>22835455</pubmed></ref><ref name=Freudlsperger2013><pubmed>22641218</pubmed></ref>。これらのシグナル伝達分子のうち、JNKとp38 MAPKはセリン/スレオニンタンパク質リン酸化酵素である[[TGF-β-activated kinase1]] ([[TAK1]]) 活性の経路によって活性化される。TAK1は[[TAK1結合タンパク質2]] ([[TAB2]]) および[[ユビキチンリガーゼ]]である[[腫瘍壊死因子受容体関連因子 6]] ([[tumor necrosis factor receptor associated factor 6]]; [[TRAF6]]) との複合体を形成することでTβRIと結合しているが、TGF-β1の受容体への結合によってTAK1は[[TβRI]]から遊離される。遊離したTAK1はTAB1と相互作用することで自己リン酸化を引き起こし、活性状態となる。活性化したTAK1は[[MKK3]]-p38や[[MKK4]]-JNKカスケードなどの下流のシグナル伝達経路を活性化することで、細胞内にTGF-βの刺激を伝達する<ref name=Choi2012></ref>。


 このように、TAK1の活性を起点とするMAPKs経路の活性化はSMAD依存経路とは異なり、TGF-β受容体であるTβRIキナーゼ活性に依存せずに生じる。TGF-βによるTAK1の活性は[[IκB kinase]] ([[IKK]])を介してNF-κBシグナル伝達を活性化し、IκBαのリン酸化、NF-κBサブユニット[[p65]]の核移行およびリン酸化、ならびにNF-κB下流標的の活性化をもたらす<ref name=Freudlsperger2013><pubmed>22641218</pubmed></ref>。
 このように、TAK1の活性を起点とするMAPKs経路の活性化はSMAD依存経路とは異なり、TGF-β受容体であるTβRIキナーゼ活性に依存せずに生じる。TGF-βによるTAK1の活性は[[IκB kinase]] ([[IKK]])を介してNF-κBシグナル伝達を活性化し、IκBαのリン酸化、NF-κBサブユニット[[p65]]の核移行およびリン酸化、ならびにNF-κB下流標的の活性化をもたらす<ref name=Freudlsperger2013><pubmed>22641218</pubmed></ref>。