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<div align="right"> 
{{box|text= Ras homolog enriched in brain (RHEB)は神経活動に依存して発現が上昇する遺伝子として1994年に単離された。[[Ras]]スーパーファミリーに属する低分子量Gタンパク質であり、mTOR(mammalian target of rapamycin)複合体の制御を通じて、タンパク質合成や細胞増殖を制御していることが知られている。細胞内では、膜上、特に小胞体やリソソームの膜上に多く存在する。神経細胞の分化に関わるほか、軸索ガイダンスや樹状突起スパイン形態形成、シナプス機能調節などの神経機能の成熟への関与、軸索のミエリン化の制御などが知られている。}}
<font size="+1">[https://researchmap.jp/ShimadaTadayuki 島田 忠之]、[http://researchmap.jp/yamagata-kn 山形 要人]</font><br>
''公益財団法人東京都医学総合研究所''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2025年4月1日 原稿完成日:2025年4月11日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之](神戸大学大学院医学研究科・医学部 薬理学分野)<br>
</div>
 
英:Ras homolog enriched in brain<br>
英略語:Rheb
{{box|text= Ras homolog enriched in brain (Rheb)は神経活動に依存して発現が上昇する遺伝子として1994年に単離された。その産物はRasスーパーファミリーに属する低分子量Gタンパク質であり、mTOR(mammalian target of rapamycin)複合体の制御を通じて、タンパク質合成や細胞増殖を制御していることが知られている。細胞内では、膜上、特に小胞体やリソソームの膜上に多く存在する。神経細胞の分化に関わるほか、軸索ガイダンスや樹状突起スパイン形態形成、シナプス機能調節などの神経機能の成熟への関与、軸索のミエリン化の制御などが知られている。}}


== Ras homolog enriched in brainとは ==
== Ras homolog enriched in brainとは ==
 1994年、[[ラット]]への電気[[けいれん]]刺激により、[[脳]]において発現が上昇するタンパク質として山形らにより単離された<ref name=Yamagata1994><pubmed>8206940</pubmed></ref>。[[Rasスーパーファミリー]]に属する[[低分子量Gタンパク質]]であることから、Ras homologue enriched in brainとしてRhebと命名されたが、その後の研究により脳以外の組織にも広く発現することが明らかとなっている。進化的には[[酵母]]から[[哺乳類]]まで、[[真核生物]]に広く保存されている。哺乳類では相同遺伝子が存在し、それぞれRheb1,Rheb2と呼称されている<ref name=Aspuria2004><pubmed> 15240005 </pubmed></ref>。
 1994年、[[ラット]]への電気[[けいれん]]刺激により、[[脳]]において発現が上昇するタンパク質として山形らにより単離された<ref name=Yamagata1994><pubmed>8206940</pubmed></ref>。[[Rasスーパーファミリー]]に属する[[低分子量Gタンパク質]]であることから、Ras homologue enriched in brainとしてRhebと命名されたが、その後の研究により脳以外の組織にも広く発現することが明らかとなっている。進化的には[[酵母]]から[[哺乳類]]まで、[[真核生物]]に広く保存されている。哺乳類では相同遺伝子が存在し、それぞれRheb1,Rheb2と呼称されている<ref name=Aspuria2004><pubmed></pubmed></ref>。


 [[結節性硬化症]]原因遺伝子産物である[[Tuberous sclerosis complex 1]] ([[Tsc1]])、[[Tsc2]]とのかかわりが詳細に解析されており、また、主要な下流因子として[[mammalian target of rapamycin複合体|mammalian target of rapamycin (mTOR)複合体]]が広く知られている。GTP結合型の活性型RhebはmTORCを活性化し、タンパク質合成や[[細胞分裂]]を促進する効果を持っている<ref name=Long2005><pubmed>15854902</pubmed></ref>。
 [[結節性硬化症]]原因遺伝子産物である[[Tuberous sclerosis complex 1]] ([[Tsc1]])、[[Tsc2]]とのかかわりが詳細に解析されており、また、主要な下流因子として[[mammalian target of rapamycin複合体|mammalian target of rapamycin (mTOR)複合体]]が広く知られている。GTP結合型の活性型RhebはmTORCを活性化し、タンパク質合成や[[細胞分裂]]を促進する効果を持っている<ref name=Long2005><pubmed>15854902</pubmed></ref>。
[[ファイル:1xtq.pdb|サムネイル|'''図1. ヒトRheb1タンパク質GDP型の立体構造'''<br>PDB:1XTQより。]]


== 構造 ==
== 構造 ==
 哺乳類Rheb1タンパク質は184アミノ酸、Rheb2は183アミノ酸から構成される。結晶構造解析の結果から、他の多くの低分子量Gタンパク質と同様、[[GTP]]結合型と[[GDP]]結合型で微細に構造が変化することが明らかとなっている('''図1''')。GDP/GTPサイクルによる活性状態の切り替えや、活性調整タンパク質およびエフェクタータンパク質との相互作用に関わるスイッチ1領域およびスイッチ2領域についてはRasタンパク質とよく似た構造を有している。しかし、Rasと比較すると、Rhebの[[GTPase]]活性は低く、GTP結合型を維持しやすいことが示されている<ref name=Yu2005><pubmed>15728574</pubmed></ref>。また、C末端には[[CAAXモチーフ]]が存在し、[[脂質]]修飾を受けることが示唆される。実際に、Rhebは[[ファルネシル化]]され、主に[[リソソーム]]膜上に移行する<ref name=Hanker2010><pubmed>19838215</pubmed></ref>。
 哺乳類Rheb1タンパク質は184アミノ酸、Rheb2は183アミノ酸から構成される。結晶構造解析の結果から、他の多くの低分子量Gタンパク質と同様、[[GTP]]結合型と[[GDP]]結合型で微細に構造が変化することが明らかとなっている。GDP/GTPサイクルによる活性状態の切り替えや、活性調整タンパク質およびエフェクタータンパク質との相互作用に関わるスイッチ1領域およびスイッチ2領域についてはRasタンパク質とよく似た構造を有している。しかし、Rasと比較すると、Rhebの[[GTPase]]活性は低く、GTP結合型を維持しやすいことが示されている<ref name=Yu2005><pubmed>15728574</pubmed></ref>。また、C末端には[[CAAXモチーフ]]が存在し、[[脂質]]修飾を受けることが示唆される。実際に、Rhebは[[ファルネシル化]]され、主に[[リソソーム]]膜上に移行する<ref name=Hanker2010><pubmed>19838215</pubmed></ref>。


== サブファミリー ==
== サブファミリー ==
 Rheb1の相同遺伝子としてRheb2が存在しているが、Rheb2についてはあまり多くの解析はなされていない。Rheb1, Rheb2はRasスーパーファミリーに属する低分子量Gタンパク質であるが、相同性が低く独立したファミリーと考えられる[[Rho]]や[[Rab]]などとは異なり、Rheb1, Rheb2はRasとの相同性が高く、Rasファミリー内のタンパク質とされ、Rhebサブファミリーを形成する<ref name=Liu2018><pubmed> 30109180 </pubmed></ref>。
 Rheb1の相同遺伝子としてRheb2が存在しているが、Rheb2についてはあまり多くの解析はなされていない。Rheb1, Rheb2はRasスーパーファミリーに属する低分子量Gタンパク質であるが、相同性が低く独立したファミリーと考えられる[[Rho]]や[[Rab]]などとは異なり、Rheb1, Rheb2はRasとの相同性が高く、Rasファミリー内のタンパク質とされ、Rhebサブファミリーを形成する<ref name=Liu2018><pubmed></pubmed></ref>。
 
{| class="wikitable"
! Species !! Human !! Mouse
|-
! Entrez
| [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?db=gene&cmd=retrieve&dopt=default&list_uids=6009&rn=1 6009] || [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?db=gene&cmd=retrieve&dopt=default&list_uids=19744&rn=1 19744]
|-
! Ensembl
| [http://www.ensembl.org/Homo_sapiens/geneview?gene=ENSG00000106615;db=core ENSG00000106615] || [http://www.ensembl.org/Mus_musculus/geneview?gene=ENSMUSG00000028945;db=core ENSMUSG00000028945]
|-
! UniProt
| [https://www.uniprot.org/uniprot/Q15382 Q15382] || [https://www.uniprot.org/uniprot/Q921J2 Q921J2]
|-
! RefSeq (mRNA)
| [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/viewer.fcgi?val=NM_005614 NM_005614.4] || [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/viewer.fcgi?val=NM_053075 NM_053075.3]
|-
! RefSeq (protein)
| [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/viewer.fcgi?val=NP_005605 NP_005605.1] || [https://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/viewer.fcgi?val=NP_444305 NP_444305.2]
|-
! Location (UCSC)
| [https://genome.ucsc.edu/cgi-bin/hgTracks?org=Human&db=hg38&position=chr7:151466012-151520120 Chr 7: 151.16 – 151.22 Mb] || [https://genome.ucsc.edu/cgi-bin/hgTracks?org=Mouse&db=mm0&position=chr5:25007821-25047622 Chr 5: 24.31 – 24.35 Mb]
|-
|}


== 発現と局在 ==
== 発現と局在 ==
 Rheb1は全身にユビキタスに発現しているが、Rheb2は脳において高い発現量を示す<ref name=Saito2005><pubmed> 15809346 </pubmed></ref>。[[神経細胞]]、[[アストロサイト]]いずれにも発現が認められる。細胞内においては、Rhebは主に[[小胞体]]やリソソームの膜上に存在している。中でもリソソームの膜上に多く存在し、細胞膜上にはほぼ存在しないと考えられている<ref name=Sancak2007><pubmed>17386266</pubmed></ref>。ファルネシル化修飾を受けることで膜にアンカーされる。
 Rheb1は全身にユビキタスに発現しているが、Rheb2は脳において高い発現量を示す<ref name=Saito2005><pubmed></pubmed></ref>。細胞内においては、Rhebは主に[[小胞体]]やリソソームの膜上に存在している。中でもリソソームの膜上に多く存在し、細胞膜上にはほぼ存在しないと考えられている<ref name=Sancak2007><pubmed>17386266</pubmed></ref>。ファルネシル化修飾を受けることで膜にアンカーされる。


== 機能 ==
== 機能 ==
=== 活性調節 ===
=== 活性調節 ===
 Rhebは、他の低分子量Gタンパク質と同様にGTPと結合し活性型となり、自身が持つGTPase活性によりGTPをGDPに変換することで不活性型であるGDP結合型とへと変化する。RhebのGTPase activating protein(GAP)として知られているタンパク質として[[tuberous sclerosis complex1|tuberous sclerosis complex (Tsc) 1]], [[Tsc2]]がある<ref name=Pan2004><pubmed>15102439</pubmed></ref>。Tsc1/2はヘテロ2量体を形成しGAPとして機能する。一方、結合したGDPを乖離させ、GTPを結合させる機能を持つグアニンヌクレオチド交換因子(guanine nucleotide-exchanging factor; GEF)タンパク質は未だ同定されていない。また、Rhebの活性化にはファルネシル化による膜アンカーが必須と考えられており<ref name=Heard2014><pubmed>24863881</pubmed></ref><ref name=Sancak2007><pubmed>17386266</pubmed></ref>、ファルネシル化を受けない変異型Rhebは下流シグナルを活性化しない。
 Rhebは、他の低分子量Gタンパク質と同様にGTPと結合し活性型となり、自身が持つGTPase活性によりGTPをGDPに変換することで不活性型であるGDP結合型とへと変化する。RhebのGTPase activating protein(GAP)として知られているタンパク質として[[tuberous sclerosis complex1|tuberous sclerosis complex (Tsc) 1]], [[Tsc2]]がある<ref name=Pan2004><pubmed>15102439</pubmed></ref>。Tsc1/2はヘテロ2量体を形成しGAPとして機能する。一方、結合したGDPを乖離させ、GTPを結合させる機能を持つグアニンヌクレオチド交換因子(guanine nucleotide-exchanging factor; GEF)タンパク質は未だ同定されていない。また、Rhebの活性化にはファルネシル化による膜アンカーが必須と考えられており<ref name=Heard2014><pubmed>24863881</pubmed></ref><ref name=Sancak2007><pubmed>17386266</pubmed></ref>、ファルネシル化を受けない変異型Rhebは下流シグナルを活性化しない。
[[ファイル:Shimada Rheb Fig.png|サムネイル|'''図2. Rhebの活性化調節と下流シグナルの模式図'''<br>Rhebはファルネシル化修飾を受け、膜上に移行したのち、GTP結合型に変換され活性化する。Tsc1/2複合体はRhebに対するGAPタンパク質として機能することでGDP結合型への変換を促し不活性化を促進する。<br>Rhebの活性化に伴い、様々な下流シグナルが活性化する。ここでは代表的なものとしてmTORC1を示すが、これまでに多様な下流シグナル因子が明らかとなっている。]]
 
=== エフェクター ===
=== エフェクター ===
 Rhebのエフェクタータンパク質としては[[mTORC1]]が代表的である。GTP結合型RhebはmTORと直接結合し活性化させる<ref name=Heard2014><pubmed>24863881</pubmed></ref>。また、活性型Rhebは[[FK506結合タンパク質38]] ([[FK506 binding protein 38]]; [[FKBP38]])との結合、あるいは[[ホスホリパーゼD1]](PLD1)との結合を通じてもmTORC1の活性化を促進していると考えられている<ref name=Bai2007><pubmed>17991864</pubmed></ref><ref name=Heard2014><pubmed>24863881</pubmed></ref>。mTORは[[リボソームタンパク質S6キナーゼ]]([[S6K]])をリン酸化し、活性化する。S6Kは活性化することでタンパク質の翻訳を促進する。また、mTORは[[eukaryotic translation initiation factor 4E-binding protein 1]] ([[4E-BP1]]または[[EIF4EBP1]])を[[リン酸化]]することで不活性化する。4E-BP1はタンパク質[[翻訳]]開始因子[[eIF4F]]のネガティブレギュレーターであるため、4E-BP1の不活性化はタンパク質の合成を促進することになる。これらの機能を通じてmTORは細胞の成長や増殖、タンパク質合成を促進することが知られているが('''図2''')、Rhebの活性化はmTORC1活性化を通じて細胞の増殖などを引き起こすことが明らかとなっている。
 Rhebのエフェクタータンパク質としては[[mTORC1]]が代表的である。GTP結合型RhebはmTORと直接結合し活性化させる<ref name=Heard2014><pubmed>24863881</pubmed></ref>。また、活性型Rhebは[[FK506結合タンパク質38]] ([[FK506 binding protein 38]]; [[FKBP38]])との結合、あるいは[[ホスホリパーゼD1]](PLD1)との結合を通じてもmTORC1の活性化を促進していると考えられている<ref name=Bai2007><pubmed>17991864</pubmed></ref><ref name=Heard2014><pubmed>24863881</pubmed></ref>。mTORは[[リボソームタンパク質S6キナーゼ]]([[S6K]])をリン酸化し、活性化する。S6Kは活性化することでタンパク質の翻訳を促進する。また、mTORは[[eukaryotic translation initiation factor 4E-binding protein 1]] ([[4E-BP1]]または[[EIF4EBP1]])を[[リン酸化]]することで不活性化する。4E-BP1はタンパク質[[翻訳]]開始因子[[eIF4F]]のネガティブレギュレーターであるため、4E-BP1の不活性化はタンパク質の合成を促進することになる。これらの機能を通じてmTORは細胞の成長や増殖、タンパク質合成を促進することが知られているが('''図1''')、Rhebの活性化はmTORC1活性化を通じて細胞の増殖などを引き起こすことが明らかとなっている。


 mTORC1以外にもRhebにより制御されるシグナルタンパク質は幾つか知られている。例として、[[p21活性化キナーゼ]] ([[p21 activated kinase 2]]; [[PAK2]])は、活性化型Rheb依存的かつmTORC1非依存的にリン酸化を受け活性化される<ref name=Alves2015><pubmed>26412398</pubmed></ref>。また、[[シンテニン]]([[syntenin]])もRhebと結合することが明らかとなっている。シンテニンは[[PDZドメイン]]を有する[[アダプタータンパク質]]で、様々なシグナルカスケード因子と結合しシグナルの活性を調節することが知られている。シンテニンはGDP結合型Rhebとより結合しやすく、シンテニンとRhebが結合することで両者ともに[[プロテアソーム]]による分解を受ける。そのため、GTP型Rhebが増えるとシンテニンと結合して分解されるRhebが減少するため、結果的にシンテニンが増加し、シンテニンに依存したシグナルの増強が起きる<ref name=Sugiura2015><pubmed>25880340</pubmed></ref>。
 mTORC1以外にもRhebにより制御されるシグナルタンパク質は幾つか知られている。例として、[[p21活性化キナーゼ]] ([[p21 activated kinase 2]]; [[PAK2]])は、活性化型Rheb依存的かつmTORC1非依存的にリン酸化を受け活性化される<ref name=Alves2015><pubmed>26412398</pubmed></ref>。また、[[シンテニン]]]([[Syntenin]])もRhebと結合することが明らかとなっている。シンテニンは[[PDZドメイン]]を有する[[アダプタータンパク質]]で、様々なシグナルカスケード因子と結合しシグナルの活性を調節することが知られている。シンテニンはGDP結合型Rhebとより結合しやすく、シンテニンとRhebが結合することで両者ともに[[プロテアソーム]]による分解を受ける。そのため、GTP型Rhebが増えるとシンテニンと結合して分解されるRhebが減少するため、結果的にシンテニンが増加し、シンテニンに依存したシグナルの増強が起きる<ref name=Sugiura2015><pubmed>25880340</pubmed></ref>。


=== 神経系における機能 ===
=== 神経系における機能 ===
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 成熟後の神経においてもRhebは重要な役割を担っていると考えられている。RhebのmRNAは[[長期増強]]([[long term potentiation]]; [[LTP]]))を誘導するような脳への電気刺激で発現が上昇する<ref name=Yamagata1994><pubmed>8206940</pubmed></ref>。また、Tsc1/2の機能欠損マウスにおいてLTPの誘導が変化する報告があるほか、野生型マウスにmTORC1の[[阻害剤]]である[[ラパマイシン]]を投与することでLTPのレベルが変動する報告もある。また、このようにLTPのレベルが変化したマウスでは、[[学習]]・[[記憶]]能力の低下がみられることが多く、Tsc1/2-Rheb-mTORシグナルの[[シナプス伝達]]に対する影響とそれによる個体行動の変化のメカニズムは広く解析されている<ref name=Feliciano2013><pubmed>23485365</pubmed></ref>。
 成熟後の神経においてもRhebは重要な役割を担っていると考えられている。RhebのmRNAは[[長期増強]]([[long term potentiation]]; [[LTP]]))を誘導するような脳への電気刺激で発現が上昇する<ref name=Yamagata1994><pubmed>8206940</pubmed></ref>。また、Tsc1/2の機能欠損マウスにおいてLTPの誘導が変化する報告があるほか、野生型マウスにmTORC1の[[阻害剤]]である[[ラパマイシン]]を投与することでLTPのレベルが変動する報告もある。また、このようにLTPのレベルが変化したマウスでは、[[学習]]・[[記憶]]能力の低下がみられることが多く、Tsc1/2-Rheb-mTORシグナルの[[シナプス伝達]]に対する影響とそれによる個体行動の変化のメカニズムは広く解析されている<ref name=Feliciano2013><pubmed>23485365</pubmed></ref>。


 さらに、mTORC1のエフェクター分子であるS6Kの欠損マウスでは、シナプス伝達の長期増強や学習行動に異常がみられる。また、[[phosphatase and Tensin Homolog Deleted from Chromosome 10]] ([[PTEN]])欠損マウスでは[[ホスファチジルイノシトール-3,4,5-トリスリン酸]] ([[phosphatidylinositol 3,4,5-trisphosphate]]; [[PIP3]])の増加により[[Akt]]が過剰に活性化され、これに伴ってTsc1/2複合体の機能が抑制され、その結果としてRheb活性が亢進する。こうしたPTEN欠損マウスでもシナプス伝達の長期増強の異常や行動の変化が観察される。これらの結果も、Rheb活性がシナプス機能の調節に関与することを示唆している。<ref name=Antion2008><pubmed> 18316404 </pubmed></ref><ref name=Kwon2006><pubmed> 16675393 </pubmed></ref>。
 さらに、mTORC1のエフェクター分子であるS6Kの欠損マウスでは、シナプス伝達の長期増強や学習行動に異常がみられる。また、[[phosphatase and Tensin Homolog Deleted from Chromosome 10]] ([[PTEN]])欠損マウスでは[[ホスファチジルイノシトール-3,4,5-トリスリン酸]] ([[phosphatidylinositol 3,4,5-trisphosphate]]; [[PIP3]])の増加により[[Akt]]が過剰に活性化され、これに伴ってTsc1/2複合体の機能が抑制され、その結果としてRheb活性が亢進する。こうしたPTEN欠損マウスでもシナプス伝達の長期増強の異常や行動の変化が観察される。これらの結果も、Rheb活性がシナプス機能の調節に関与することを示唆している。<ref name=Antion2008><pubmed></pubmed></ref><ref name=Kwon2006><pubmed></pubmed></ref>。


 Rhebの活性はシナプス形成部位である[[樹状突起スパイン]]の形態を直接制御していることも明らかとなっている。不活性型のRhebはシンテニンタンパク質と結合し、プロテアソーム依存的な分解を受ける。Tsc2変異マウスでは活性型のRhebが増加して、シンテニンの分解が抑制されて、シンテニンが増加する。このシンテニンの増加は、樹状突起スパインの形態を細長く変形させ、スパイン先端にシナプスが形成されにくくすることが見いだされており、Rhebの活性増加はスパインの形態変化とシナプスの形成位置異常につながると考えられる<ref name=Sugiura2015><pubmed>25880340</pubmed></ref>。原因となるメカニズムとして以下の分子的メカニズムが示唆されている。シンテニンは[[シンデカン2]]と結合するため、シンテニンの増加は、シンテニンと結合するシンデカン2の割合が増えることにつながる。その結果、シンデカン2と相互作用している[[CASK]]タンパク質がシンデカン2から乖離する。CASKタンパク質は[[protein 4.1]]と相互作用して[[線維状アクチン]]の伸長に関与することが知られており<ref name=Biederer2001><pubmed>11604393</pubmed></ref>、シンテニンの増加が、遊離CASKの増加を通じてスパイン内部の線維状アクチン制御メカニズムに対し影響を及ぼし、スパイン形態が変化すると予想されている<ref name=Sugiura2015><pubmed>25880340</pubmed></ref>。
 Rhebの活性はシナプス形成部位である[[樹状突起スパイン]]の形態を直接制御していることも明らかとなっている。不活性型のRhebはシンテニンタンパク質と結合し、プロテアソーム依存的な分解を受ける。Tsc2変異マウスでは活性型のRhebが増加して、シンテニンの分解が抑制されて、シンテニンが増加する。このシンテニンの増加は、樹状突起スパインの形態を細長く変形させ、スパイン先端にシナプスが形成されにくくすることが見いだされており、Rhebの活性増加はスパインの形態変化とシナプスの形成位置異常につながると考えられる<ref name=Sugiura2015><pubmed>25880340</pubmed></ref>。原因となるメカニズムとして以下の分子的メカニズムが示唆されている。シンテニンは[[シンデカン2]]と結合するため、シンテニンの増加は、シンテニンと結合するシンデカン2の割合が増えることにつながる。その結果、シンデカン2と相互作用している[[CASK]]タンパク質がシンデカン2から乖離する。CASKタンパク質は[[protein 4.1]]と相互作用して[[線維状アクチン]]の伸長に関与することが知られており<ref name=Biederer2001><pubmed>11604393</pubmed></ref>、シンテニンの増加が、遊離CASKの増加を通じてスパイン内部の線維状アクチン制御メカニズムに対し影響を及ぼし、スパイン形態が変化すると予想されている<ref name=Sugiura2015><pubmed>25880340</pubmed></ref>。
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== 疾患とのかかわり ==
== 疾患とのかかわり ==
=== がん ===
=== がん ===
 Rhebの変異に起因する疾患としては主にがんがあげられる。中でもよく知られているのはY35N変異であり、[[GAPタンパク質]]の影響を受けにくくなることでRhebの活性を保ち、mTORC1の恒常的な活性化を通じて細胞のがん化を引き起こすと考えられている<ref name=Ghosh2015><pubmed>26255626</pubmed></ref><ref name=Lawrence2014><pubmed> 24390350 </pubmed></ref>。
 Rhebの変異に起因する疾患としては主にがんがあげられる。中でもよく知られているのはY35N変異であり、[[GAPタンパク質]]の影響を受けにくくなることでRhebの活性を保ち、mTORC1の恒常的な活性化を通じて細胞のがん化を引き起こすと考えられている<ref name=Ghosh2015><pubmed>26255626</pubmed></ref><ref name=Lawrence2014><pubmed></pubmed></ref>。


=== 結節性硬化症 ===
=== 結節性硬化症 ===
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=== その他の神経疾患 ===
=== その他の神経疾患 ===
 Rheb-mTORC1シグナルの神経細胞形態に対する影響の一つとして、[[軸索再生]]があげられる。mTORC1の活性化はタンパク質合成の促進につながるため、[[TC10]]や[[Par3]]をはじめとする軸索伸長に必要な様々な因子や、細胞膜や細胞骨格タンパク質など軸索そのものの構成要素の合成がmTORC1の活性により促される<ref name=Gracias2014><pubmed>24667291</pubmed></ref><ref name=Wu2015><pubmed>26245968</pubmed></ref>。そのためRhebの活性化は、軸索の再生を促進する。疾患と関わる具体的な例としては、恒常的活性型のRhebを発現させることで、[[パーキンソン病]]モデルとなる[[6-ヒドロキシドーパミン]]誘導性の、[[黒質]][[ドーパミン]]神経の軸索退縮からの軸索の再生が促されることが示されている<ref name=Kim2012><pubmed> 22008911 </pubmed></ref>。さらに、恒常的活性型のRhebは[[脳由来神経栄養因子]] ([[BDNF]])の発現を促進し、[[アルツハイマー病]]における神経細胞死のモデルとなる[[トロンビン]]誘導性の神経細胞死を抑制する<ref name=Jeon2015><pubmed> 25502903 </pubmed></ref>。これらの現象の詳細なメカニズムは不明であるが、mTORC1の活性化による軸索伸長の誘導が重要な役割を果たすと考えられている。
 Rheb-mTORC1シグナルの神経細胞形態に対する影響の一つとして、[[軸索再生]]があげられる。mTORC1の活性化はタンパク質合成の促進につながるため、[[TC10]]や[[Par3]]をはじめとする軸索伸長に必要な様々な因子や、細胞膜や細胞骨格タンパク質など軸索そのものの構成要素の合成がmTORC1の活性により促される<ref name=Gracias2014><pubmed>24667291</pubmed></ref><ref name=Wu2015><pubmed>26245968</pubmed></ref>。そのためRhebの活性化は、軸索の再生を促進する。疾患と関わる具体的な例としては、恒常的活性型のRhebを発現させることで、[[パーキンソン病]]モデルとなる[[6-ヒドロキシドーパミン]]誘導性の、[[黒質]][[ドーパミン]]神経の軸索退縮からの軸索の再生が促されることが示されている<ref name=Kim2012><pubmed></pubmed></ref>。さらに、恒常的活性型のRhebは[[脳由来神経栄養因子]] ([[BDNF]])の発現を促進し、[[アルツハイマー病]]における神経細胞死のモデルとなる[[トロンビン]]誘導性の神経細胞死を抑制する<ref name=Jeon2015><pubmed></pubmed></ref>。これらの現象の詳細なメカニズムは不明であるが、mTORC1の活性化による軸索伸長の誘導が重要な役割を果たすと考えられている。


 これら以外にも、mTORの活性異常については様々な神経・精神疾患との関与が示唆されており、Rhebの異常がmTORの活性調整を通じて神経疾患に関わる可能性がある。限局性皮質形成異常によるてんかんにおいてmTORやRhebの変異を持つ患者が報告されており<ref name=Hoeffer2010><pubmed>19963289</pubmed></ref><ref name=Zhao2019><pubmed>31337748</pubmed></ref>、てんかん発作に起因する精神疾患にmTORが関わると考えられる。また、[[慢性ストレス]]による[[うつ]]の誘導の際には、[[DNA damage-inducible transcript 4]] ([[DDIT4]])[[タンパク質]]の発現上昇を通じてTsc1/2のGAP活性が促進される。その結果、Rhebの不活性化とmTORシグナルの抑制がおこり、うつが誘導されることが示されている<ref name=Ota2014><pubmed>24728411</pubmed></ref>。他にもmTORを通じた樹状突起スパインのダイナミクスと自閉症とのかかわりを示唆する報告が多々ある<ref name=Chaudry2022><pubmed> 35782388 </pubmed></ref>。このようにRhebはmTORの制御を通じて多岐にわたる神経・精神疾患の発症メカニズムに関与することが示されている。
 これら以外にも、mTORの活性異常については様々な神経・精神疾患との関与が示唆されており、Rhebの異常がmTORの活性調整を通じて神経疾患に関わる可能性がある。限局性皮質形成異常によるてんかんにおいてmTORやRhebの変異を持つ患者が報告されており<ref name=Hoeffer2010><pubmed>19963289</pubmed></ref><ref name=Zhao2019><pubmed>31337748</pubmed></ref>、てんかん発作に起因する精神疾患にmTORが関わると考えられる。また、[[慢性ストレス]]による[[うつ]]の誘導の際には、[[DNA damage-inducible transcript 4]] ([[DDIT4]])[[タンパク質]]の発現上昇を通じてTsc1/2のGAP活性が促進される。その結果、Rhebの不活性化とmTORシグナルの抑制がおこり、うつが誘導されることが示されている<ref name=Ota2014><pubmed>24728411</pubmed></ref>。他にもmTORを通じた樹状突起スパインのダイナミクスと自閉症とのかかわりを示唆する報告が多々ある<ref name=Chaudry2022><pubmed></pubmed></ref>。このようにRhebはmTORの制御を通じて多岐にわたる神経・精神疾患の発症メカニズムに関与することが示されている。


== 関連語 ==
== 関連語 ==
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* [[てんかん]]
* [[てんかん]]
==参考文献==
==参考文献==
図:Rhebの活性化調節と下流シグナルの模式図
Rhebはファルネシル化修飾を受け、膜上に移行したのち、GTP結合型に変換され活性化する。Tsc1/2複合体はRhebに対するGAPタンパク質として機能することでGDP結合型への変換を促し不活性化を促進する。
Rhebの活性化に伴い、様々な下流シグナルが活性化する。ここでは代表的なものとしてmTORC1を示すが、これまでに多様な下流シグナル因子が明らかとなっている。